著者
新田 祥子
出版者
福山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の逆反応もしくはアミノリシスを用いることで、アミノ酸もしくはアミノ酸エステルを重合してポリペプチドを合成する化学酵素合成が注目されている。これまで報告されているポリペプチドの酵素触媒重合に用いられるプロテアーゼは主にエンド型である。一方エキソ型プロテアーゼはオリゴペプチド分解反応を抑制できると考えられることから、エキソ型プロテアーゼ触媒による重合反応はより高分子量オリゴペプチドが得られると期待できる。そこでエキソ型プロテアーゼであるCarboxypeptidase Yを選択し、Benzoyl alanine methyl ester(BzAlaMe)およびleucine methyl ester hydrochlorideを基質に用いたオリゴマー化を試みた。重合反応における反応条件(反応温度、反応pH、基質濃度、酵素濃度、反応時間)がオリゴマー収率に与える影響について検討を行った。逆相HPLCによる分子量測定の結果より、反応時間の経過とともに転化率ならびに分子量が徐々に増加し、反応時間1時間程度で転化率はほぼ一定の値を取った。その間、主鎖中の分解挙動は見られず、分子量分布も1.0に近い値を示した。さらにオリゴマー収率は反応時におけるBzAlaMe/基質仕込み比やバッファーpH、温度といった条件に大きく依存した。重合反応をを妨げるBzAlaMeの加水分解反応は、バッファーpHや温度を制御することで10%程度まで抑えることができた。
著者
安達 友紀
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究の目的は痛みに対する「破局的思考」と呼ばれる要因への催眠による緩和効果を実証的に解明することであった。採用第2年度は, 慢性の痛みの患者を対象とした介入研究を実施し, 痛みに対する破局的思考の催眠による緩和効果を検討した。特別研究員は2013年8月から2014年3月までの期間に米国University of Washington, Department of Rehabilitation Medicineへ渡航し, 慢性の痛みのある脊髄損傷患者および多発性硬化症患者を対象とした無作為比較試験においてデータ収集を行った。本臨床試験は目標参加者数144名を自己催眠プラス認知療法群, 自己催眠群, 認知療法群, コントロール群の4群に無作為割り付けし, 催眠の痛みに対する効果を検証するものである。特別研究員はプロジェクトの主導者であるMark Jensen博士から, 痛みのある状態での自己効力感の程度を測定するPain Self-Efficacy Questionnaireを評価項目に加えることを依頼し許可を得た。催眠は痛みの症状緩和だけでなく, 痛みのコントロール感や治療への満足感といったポジティブな副作用があることが報告されており, 催眠によって個人の自己効力感が向上することが想定される。催眠による治療の影響力が痛みに対する破局的思考と自己効力感どちらでより大きいかを合わせて検討することにより, 催眠の効果の明確化および介入の適正化につながると考えられる。また, 昨年度実施済みの慢性の痛みを有する患者24名を対象とした催眠による痛みに対する破局的思考の緩和効果の実験について論文化中である。平成26年5月を目途に, International Joumal of Clinical and Experimental Hypnosisへ投稿予定である。
著者
松村 洋子
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

【クビナガハムシ亜科の系統推定とオス・メス交尾器の詳細な形態観察から,交尾器の伸長現象と連動したオス・メスの複雑な共進化の全貌が解明されつつある】一般に繁殖に関わる形質は,他の形態形質では区別ができない種間でも,顕著な差異を示す例が多く知られる.交尾器特有の多様性を生む原動力は性淘汰・性的対立によると考えられ,行動生態学的な視点からの研究が行われてきた.一方で,その多様な形態をもつ交尾器の進化史はこれまであまり着目されてこなかった.さらにオス・メス交尾器の共進化の研究もサイズという一面しか捉えられてこなかった.形態形質の変化は個体発生の変更によってもたらされ,発生単位の構成要素間で連動した形態変化が起こることが十分に予想される.しかし,これまでにそういった発想で繁殖形質の網羅的な形態観察に基づく共進化史を推定した例はない.本研究では,これまで見落とされてきたサイズ以外の要素も含めたオス・メス交尾器の共進化の実態解明を目的とし,クビナガハムシ亜科に見られる交尾器の伸長現象を取上げた.これまで良く知られているように,オス・メス間の交尾器長の共変化に加え,メス側の構造に,オスの伸長部の有無と連動した以下の変化傾向があることが分かった:(1)交尾時にメス側の受入れ口となる部位に観察されるパッドの有無,(2)メス膣の表面に観察される剛毛のパッチの位置,(3)メスの精子貯蔵器官の複雑さ.さらに,オスの伸長部の長さがある閾値を越える否かで,オスの伸長部を取り巻く膜の表面構造が劇的に変化することが分かった.現在,形態観察に加えて本分類群の分子系統樹の構築を進めている.今後は,これを基に,交尾器の形質状態の祖先・子孫関係を決定し,オス・メス交尾器の共進化史を提示する.
著者
長濱 虎太郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究の目的は、生活支援ロボットが人間を観察し、道具を用いたタスクの目的と各操作の手段を認識し再現するための一手法を実証的に明らかにすることであった。従来の観察学習手法では観察対象の追跡結果を入力としていたが、袋に入れる・包丁で切るといった道具利用の観察では、観察対象が見えない場合が発生する。これに対し本課題では、観察対象が見えなくなること自体に観察対象の状態を推定するための重要な情報が含まれるとの着想のもと、遮蔽関係を積極的に利用して観察対象同士の関係を推定し利用する研究を進めており、ロボットによる観察と道具利用タスクにより評価を行ってきた。本年度は、複数の観察対象同士の遮蔽関係あるいはフレームアウトにより、対象が全く見えなくなる重要な時区間が存在する状況を想定し、観測できた時刻の見え方のみを使って、遮蔽下の状況を推定する仕組みの解明と評価をおこなった。本手法では、観察対象の疎な探索結果を入力とし、観察対象同士の視覚重畳関係と、運動特徴の時間的推移から、上下・包含関係の変化を含む作用を検出する。その際に視覚重畳関係と運動特徴の時間的推移を補間するための数種類の知識を与えることで、袋への収納や片付け等の観察においても、タスク目的と許される操作手段が推定可能であることを示した。さらに、ロボットが自身の体と再現時の環境に合わせて、観察学習した手段を用いてタスク目的を達成するために、STRIPSタイプの因果関係記述とタスクプランナを用いる手法を導入した。物体同士の上下・包含関係と道具的利用法を表す述語を定義して、観察学習したタスク目的と手段を記述し、各々の上下・包含関係の操作の前には、許される操作手段を前提条件として確認させる。最終的に日常環境での片付け作業、洗濯ネットを用いて洗濯物を仕分け作業を等身大ヒューマノイドへ観察学習・再現させる実験により、本手法の有用性を確認した。
著者
蟹江 憲史 KABIRI N. KABIRI N KABIRI Ngeta
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

当研究の目的は、気候変動ガバナンスと法的拘束力のある地域気候変動レジームの制約についての分析を行いつつ、位置づけていくことにあり、また、当事国の発展の必要性とグローバルな利益に注意を払いつつ、経済的なベネフィットにも寄与することが可能な、地域気候変動レジームのタイプについて形付けることであった。地域統合における、東アフリカ共同体(EAC)と南アフリカ発展共同体(SADC)の気候変動ガバナンスレジームの新興アーティキュレーションは存在する。どちらの共同体も気候変動に焦点を当て主張することができ、政策決定者は、この取組みを推進すべきであると考えられる。しかしながら、2つの共同体には明白な違いがあり、EACにおいては相当な進展を示しており、一方、SADCは、気候変動レジームを形成している段階にある。制度構造が部分的にこの違いの原因となっており、また、このような構造がなぜSADCに欠落しているかという説明が必要となってくる。しかし、EACについても、法的拘束力をもつレジームの達成を妨げる、いくつかの障害も記録されており、プロジェクトやプログラム構成がSADCより進んでいることを除いては、このケースはEACにおいても同じ状況にあるといえる。これら阻害要因を無くすためにより多くの投資が必要であり、共同体の気候変動ガバナンスアジェンダをさらに前進させるためにも、関連する政策手段を講じる価値があると考えられる。当研究により得られた成果により、具体的に国際開発を実現するような目標や指標を同定し、またその実現のためのガバナンスのフレームワークを導き出し、論文、学会発表等を通して、提言することが出来た。JSPSからのFundを通して、アフリカ等での市場調査を行い、様々な国際会議への参加が可能となり、円滑に研究を進めることが出来、十分な成果を導き出すことが出来た。
著者
重橋 のぞみ (2003) 武藤 のぞみ (2002)
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

情動表出に問題を持つ統合失調症者(以下SC)について臨床実践を用いて検討した。以下、交付申請書の研究実施計画(研究1〜3)に対応させ、今年度の実績を報告する。「研究1」長期入院中のSCに対し、心理劇の関わりとSCの自発性・非言語的情動表出との関係を検討した。セッションの評定とセッションの特徴を分析した結果、過去に実体験があるなじみやすい場面、親和性のある場面、過去の大切な思い出を取り扱った場面において他者に了解可能な適切な情動表出が増すことが示された。(日本心理劇学会第9回発表論文集掲載;2003)。現在、発表内容を論文へまとめ、投稿の準備中である(情動の平板化ある統合失調症者の自己表現と自発性を促すテーマおよび場面設定の特徴;投稿準備中)。なお、心理劇における情動表出評定スケールついて前年度の学会発表を修正し投稿、受理された(心理劇研究印刷中;2004)。「研究2」SSTにおけるSCの会話から情動表出のあり方を検討した。その結果、スキルを習得するだけではなく、安心して自己表現できる場をグループが提供し、体験を伴えるロールプレイ場面を行うことにより、非言語情動表出の適切性が増すことが示された(第23回日本心理臨床学会2004:発表予定)。「研究3」SCの就労支援に対する具体的援助を通し、生活の場におけるSCの情動表出および臨床援助のあり方を検討した。その結果、SCの主体性を重視し、等身大の自己認識を促す関わりが情動表出および就労問題への取り組み方に影響を示す事がわかった(第27回九州集団精神療法研究会発表論文集掲載;2004)。実証研究も継続し、VTR視聴場面におけるSCの情動表出・情動体験について情動平板化の程度の違いから比較を行った(統合失調者の情動平板化が情動表出と情動体験に与える影響:心理学研究修正査読中)。また健常者とSCの情緒的な刺激の受け止め方、情動体験のあり方について検討し(第68回日本心理学会;2004発表予定)、SCは否定的情動体験に健常者は肯定的情動体験へ反応しやすいことが示された。
著者
河内 佑美
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

要素間の相互作用によって自ら構造変化を起こし機能を創発する"複雑適応ネットワーク"において,秩序形成や自己組織化の要因となる構成要素や関係性を特徴づける定量的・定性的な内在情報をとらえることで,本研究は,ネットワークの適応・創発に関する秩序形成メカニズムを解明する.特に,その状態が可観測であり事後検証可能なWWWを対象とし,ソフトウェア工学的側面から次世代の知的情報システム構築を目指す.そこでまず,実ネットワークの調査・解析を行うためにWWWから情報取得を行うシステムを構築し,Eコマースシステムや情報発信コミュニケーションシステムから取得したデータを,ユーザの評価機能や相互リンク機能,閲覧履歴等から形成される大規模ネットワークとして調査を行った.特に,大規模な実データとして日本国内のユーザ約12万人のウェブブラウザから収集された1か月間約3憶件のURLアクセスログを用いた.全ユーザのクリックストリームをネットワークとして重ね合わせるとWeb構造と同様に,その構造はスケールフリー特性を持つ複雑ネットワークであり,どの一時点においてもスケールフリーという構造特性は変わらないことがわかった.さらに,時間発展と共にクリックストリームは刻々と変化しているので,その移り変わりを明らかにするために単位時間におけるネットワーク構造の遷移をネットワーク間の類似度を用いて解析し,二次元上に可視化することで,ビヘイビアのダイナミクスを明らかにした.このように,大規模実データを扱うための解析手法の提案と,解析結果から得られたユーザビヘイビアのダイナミクスについて複雑系工学,複雑ネットワークの視点から議論を行い,論文として結実している.
著者
奥村 優子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

乳児を取り巻く環境は、情報に満ちあふれた複雑な世界である。そうであるにもかかわらず、乳児は驚くべき速さで、そして効率的に、世界の仕組みを学習する。乳児はどのようにして、複雑な世界から有益な情報を獲得していくのだろうか。本研究は、乳児が他者からいかに効率的に情報を獲得するかといった社会的学習のメカニズムを実証的に検討することを目的とした。研究1では、社会的学習の対象となるエージェントそれ自体が乳児の学習にもたらす影響を検討するために、12ヶ月児を対象として、ヒトとロポットの視線が乳児の物体学習に与える影響を比較した。乳児は両エージェントの視線方向を追従したが、ヒトの視線を追従するときのみ物体学習が促進されることが示された。本研究の結果から、ヒトの視線は、乳児の物体学習において強力な影響をもつことが明らかにされた。これは、発達初期におけるヒトからの学習の特異性を示唆している。研究2では、ロボットにコミュニカティブな手がかりとして音声発話を付与することによって、乳児がロポットの視線を学習に利用する可能性を検証した。その結果、乳児は音声発話といったコミュニカティプな手がかりを付与されたロポットの視線を、物体学習に利用できることが示唆された。今後教師役のロボットの設計原理を考えるうえで、この結果は一つの指針を与え、新しい学習戦略への道を開くであろう。研究3では、ヒトが情報源であったとしても、乳児が他者からの情報を区別し、特に、文化的集団のメンバーから選択的な情報獲得を行うかどうかを検討した。生後一年目までに、乳児は話者の方言を手がかりとしてコミュニティメンバーを特定し、自身の養育環境にある方言話者に対して社会的選好を示した。このような選好は、所属する文化的集団メンバーから選択的に情報を獲得する社会的、文化的学習を支えている一つの要因であるかもしれない。
著者
田上 亮太
出版者
熊本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

2次元高分子ナノ構造の自己組織的構築のための方法論として、芳香族Schiff base反応を分子間のカップリング反応として用いた「固液界面平衡重合法」を検討している。芳香族Schiff base反応の反応平衡をpHで制御することで、均一溶液中では反応かぎりぎり進行しないにもかかわらず、モノマーの濃縮と疎水効果による反応促進効果が働く固液界面では選択的に平衡重合が進行する。固液界面で起こる自発的なカップリング反応と自己組織化により、分子レベルで配列した構造が形成することをプローブ顕微鏡による観察により明らかにしている。前年度の成果としてのベンゼン骨格をベースとした最小のユニット同士の組み合わせから、ベンゼンユニットがアゾメチン結合によってハニカム状につながれた構造を構築することに成功している。π共役的に繋がれた最もシンプルなベンゼンユニットからなるポーラスハニカムネットワーク構造は、グラフェン、グラフェン状窒化炭素(g-CN)に続く第三の共有結合性2次元ネットワーク状モノレイヤとしての展開が大いに展開される。この成果を受けて本年度は2次元ハニカム状メッシュ構造性薄膜の基板成長の検討を柱に検討を行った。本年度の成果としてモノレイヤに対するこれまでのプローブ顕微鏡による観察に加えて、光電気化学測定によって可視光領域での光電流の発生を確認することに成功した。このことはプローブ顕微鏡での視覚的知見に加えて表面での重合による共役系の延長を裏付ける非常に有力な証拠となり得る。さらに、研究室が持つ基板選択的な重縮合反応に基づく多層薄膜成長のノウハウを組み合わせることで、ポーラスハニカムメッシュ構造を基板上で連続的に自発成長させることで、π共役系がネットワーク状に広がった有機薄膜のその場構築にも成功した。モノレイヤと同様、多層薄膜においても可視光領域における光電流の発生が確認された。
著者
山川 雄司
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

昨年度,柔軟物体の動的マニピュレーションの実現を目指し,柔軟紐の動的結び操作を実現した.しかしながら,柔軟紐の操作では線状柔軟物体(紐,ケーブル)への応用に限られてしまい,様々な柔軟物体に対する操りへの適用が困難である.そこで本年度は,柔軟物体の対象を拡張し,面状柔軟物体の動的マニピュレーションの実現を目指した.具体的なタスクとして,2台の高速スライダに搭載した2台の高速多指ハンドと高速ビジョンを用いて布の動的折りたたみ操作を実現した.タスク実現にあたり,次の3点を行った.1つ目に,面状柔軟物体の簡易モデルの構築を行った.昨年度,ロボットの高速性を利用した線状柔軟物体の簡易モデルを提案した.そのモデルはロボットの軌道から線状柔軟物体の動的挙動を計算できる代数方程式であり,面状柔軟物体への拡張が容易である.そこで,1次元的な線状柔軟物体モデルを2次元的な面状柔軟物体モデルに拡張した,そして,ロボットの運動に対する布の変形を実験とシミュレーションで比較し,モデルの妥当性を確認した.2つ目に,簡易モデルを用いたロボットの軌道生成手法の提案を行った.本軌道生成手法は提案モデルがロボットの軌道を基にした代数方程式で表現される特徴を利用した方法である.はじめに面状柔軟物体の変形を指定し,次にモデルを逆計算することにより,ロボットの軌道を得ることができる.3つ目に,ロバストにタスクを実現するための高速視覚フィードバック制御手法の提案を行った,本タスクを実現するためには,折りたたんだ布を把持するタイミングも重要である.この把持タイミングを抽出し,布の把持動作を実現するような制御手法を提案した.以上の要素をロボットシステムに実装し,実験を行い,それぞれの有効性を確認すると同時に,布の動的折りたたみ操作を実現した.
著者
大須賀 沙織
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.『セラフィタ』に複合的に織り込まれた聖書の引用、暗示、イメージを収集し、テクスト比較を行った。聖書テクストとしては、バルザックがウルガタ版ラテン語聖書を特に使用していることを確認し、思想的には、懐疑の時代への抵抗、聖書の霊的意義の啓示、人間の内的完成への手引きといった意図が込められていることを明らかにした。この内容を「バルザック『セラフィタ』における聖書」(『日本フランス語フランス文学会関東支部論集』)にまとめた。2.バルザックの聖書引用を考察する過程で、カトリックのミサ、祈りの言葉の影響も大きいことに気付き、典礼の研究を行った。バルザックがラテン語で暗記し引用しているものは、多く教会の祈り、グレゴリオ聖歌から来ており、これらを収集、分析した結果、ミサやグレゴリオ聖歌に対するバルザックの愛着、審美的視点が浮かび上がり、さらにバルザックの作品が19世紀まで継承されてきた伝統的典礼の記録として資料的価値を担っていることがわかった。バルザックはカトリック典礼から詩的材料を引き出しており、またカトリック典礼の内包する神秘を描き出しているということを明らかにした。この内容を「バルザックにおけるカトリック典礼」として日本フランス語フランス文学会関東支部大会で発表した。3.スウェーデンボルグの使用聖書調査結果に基づき、海外の図書館、古書店を通して、スウェーデンボルグが所有していた17、18世紀の聖書12点を収集した。今後、日本におけるスウェーデンボルグ研究の重要な基礎資料として、広く役立ててゆきたいと考えている。4.『セラフィタ』の新訳が出版されることとなり、これまで収集してきた『セラフィタ』各版と和訳5点を参照しつつ、翻訳作業に着手した。これは、加藤尚宏氏との共訳で、『神秘の書』三部作(『追放者』、『ルイ・ランベール』、『セラフィタ』)として2012年に水声社より出版予定である。
著者
成 知〓 (2009) 成 知[ヒョン] (2008)
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

採用第2年目には、採用第1年目の成果をもとに再考察、および、精密化し、『現代日本語の補助動詞の研究-「してみる」と「してみせる」の意味・用法の記述的研究』(以下、本研究と呼ぶ)を題名とする博士論文の執筆に臨んだ。提出予定の博士論文では、語彙レベル、文法レベルの考察によって、「してみる」「してみせる」の語彙的特徴、および、形態・構文的特徴を明らかにし、それを手がかりにして両形式の意味・用法を明らかにしようとしている。また、「してみる」「してみせる」の従来の研究で、「何のために行われるか」という「もくろみ」の観点に改めて注目し、語彙・文法レベルの考察を基盤とし、さらに、連文レベルの考察を行っていることに独創性および意義があると思われる。本研究では、コーパスから採集した実例に基づき「してみる」および「してみせる」の語彙的特徴、形態・構文的特徴を明らかにし、それを手がかりにして、両形式の意味・用法について明らかにする。まず、「してみる」については、「ためし」「気づき」「慣用的用法」の3つの意味があることを示す。また、「してみる」が文脈のなかで「状況把握からの試行」「状況把握からの試行の促し」「発見状況の説明づけ」「理由、評価、立場の説明づけ」「憧れ」「禁止」という文脈的機能を果たしていることを指摘する。次に、「してみせる」については、「動作の直接的提示」「動作や言葉での間接的提示」「豪語」「称賛」の4つの意味があることを示す。また、「してみせる」が文脈のなかで「応答」「合図」「催促」「強調」「証明」「象徴」「手本」「みせびらかし」「披露」という文脈的機能を果たしていることを指摘する。博士論文での研究では、「してみる」および「してみせる」の分析に焦点を当て詳しく論じることにより種々のことを明らかにすることができると思われる。提出後は、「してみる」「してみせる」と関連する他の形式との関わりについての考察に広げていきたい。
著者
冨永 悠介
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

今年度は主に以下の研究を行った。(1)国史館台湾文献館所蔵の琉・韓僑関連史料調査及びその研究報告台湾文献館(南投史)には琉・韓僑の史料が所蔵されている。例えば『琉僑管理』『韓僑管理』等の史料である。これらの史料は台湾省警務処によって作成され、戦後台湾に暮らした琉・韓僑の生活の一端が伺い知れる。しかし、これらの史料を使用した研究はこれまでに報告されていない。そこで、まずは史料の全体像を把握するために目録を作成し、その後、個別具体的案件の検討を行った。その成果は、2013年5月25~26日に開催された第15回日本台湾学会において報告した。これまで着目されてこなかった戦後台湾における琉・韓僑の生活や歴史を知る上で、これらの史料は貴重であるが、その一方で、他の史料との関連において考察しなければ、単なる事例紹介に留まるという本研究の限界も同時に露呈した。(2)宮城菊の歴史的経験これまで続けてきた聞き取りの成果に基づき、宮城菊という在台湾沖縄出身者の歴史的経験に着目した論文を執筆することが出来た。その際、人びとの経験は定常的に語れるものではなく、その時代や生活環境によって揺れ動くことに着目した。宮城菊という一人の歴史的経験から大きな時代の流れや背景を照らし出すことによって、これまで語られてきた通史には収まりきらない経験があること、そして、そこにこそ新たな東アジア史を照射する個人経験の重要性があることを指摘した。
著者
[ジョ] 貞恩 (2012) 曹 貞恩 (2011)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度には医療宣教師のアイデンティティ、中医学に対する認識について考察した。1)2011年9月に明清史学会において口頭発表した内容を修正・補完し、2012年韓国の学術雑誌『明清史研究』37集に掲載した。2)2012年9-10月に上海での史料調査を行った。上海档案館では、中国医療伝道協会の内部資料や档案史料を集めた。上海図書館では、電子資料として公開されている医療宣教師関係の雑誌や民国時代の医学雑誌を収集することができた。3}医療宣教師のアイデンティティー医療と伝道の間:本章では医療と伝道のどちらを優先するかという問題をめぐる医療宣教師の論争を紹介し、1900年代以降医療と伝道が分離分離され、医療宣教師は主に医師としての役割を果たすようになったことを明らかにした。医療と伝道の分離は、中国医療伝道協会の役割、ひいては中国での医療活動にも大きな変化をもたらしたのである。史料としては、医療宣教師が残した文章及び全中国プロテスタント宣教師大会の報告書を主に利用した。4)医療宣教師の中薬に対する認識:最初医療宣教師が中薬を研究した理由は、中国伝統医学を深く理解するためというより、薬の不足といった医療活動の現実的な問題を解決するためであった。ところが1920年代に入ってから、中国人による中薬研究が活発になり、中薬の新たな可能性を発見すると、医療宣教師の中薬に対する認識も大きく変化する。本章では、医療宣教師の中薬に対する認識の変化、それに影響を与えた中国人の中薬の研究活動を分析することで、西洋医学と中国伝統医学の相互作用の一面を明らかにしたい。
著者
豊田 唯
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は、平成23~24年度の2年にわたる課題研究期間の後半にあたる。その研究課題は、バロック期スペインの宗教画家ファン・デ・バルデス・レアル作のヴァニタス画《束の間の命》と《この世の栄光の終わり》について、その複雑な図像の解釈を試みることにあった。この大型の対作品は1672年にサンタ・カリダード聖堂(セビーリャ)の内部装飾の一環として描かれ、現在でも当初のままに、入口付近の南北両壁に相対して掛けられている。これらのバルデス・レアル作品の図像解釈は先行研究でも断続的に試みられてきたものの、一部の暗示的モティーフについては、いまだ統一的な見解に至っていない。それに対して報告者は、画中の謎めくモティーフ三つについて、対抗宗教改革期スペインの神学や美術の情勢を手がかりに解読を試みた。そしてそれらの分析をもとに、カリダード聖堂のヴァニタス画が「死」や「審判」の教理を一般論として掲げるに止まらず、観者一人ひとりに対し、自己の死を省察するように促していた可能性を新たに指摘した。一方で報告者の推測によれば、観者を自己省察へと導くための工夫は2点のバルデス・レアル作品のみならず、堂内のバルトロメ・エステバン・ムリーリョ作の聖人画2点、そして最奥の主祭壇衝立へと継承されている。聖堂入口の対作品に端を発した「死の自己省察」は、祭壇衝立内の群像彫刻《キリストの埋葬》や《慈愛》像においていかに帰結したのであろうか。報告者は、最後に2点のヴァニタス画を聖堂装飾プログラムの枠内に戻すことで、バルデス・レアル作品の「死の勝利」から主祭壇衝立の「慈愛の勝利」へと繰り広げられたダイナミックな宗教的メッセージの解読を試みた。なお、以上の研究成果は美術史学会の会誌『美術史』(第174号)への投稿論文「バルデス・レアルの二大ヴァニタス画-死の勝利から慈愛の勝利へ-」として現在、査読を受けている。
著者
島袋 梢
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では、デング熱感染症の発生に影響を与えると考えられている気象を解析し、影響を与える特定の気象パターンを見つけだす事を目的としている。特に、デング熱媒介昆虫の生態学的特徴から、本研究では新たに、無降水も影響を与えていると考えている。本年度は、昨年収集したデング熱が流行しているアジア地区を中心とした気象データを解析した。最初に参照した気象データ(日本の気象業務支援センターのデータ・アメリカ海洋大気庁(以下:2次データ))は欠損値が多く、予想に反して2次データを用いての解析が難しい事が分かった。そのため、デング熱患者の疫学データと同地域から直接データを入手し、最終的にはカンボジア国の7地域最大15年の気象データ(降水量・温度・湿度)を用いて解析をおこなったところ、月や年平均の降水量・気温・湿度の大きな相関は見られなかった。特に、本研究で仮定している無降水との関連性も、月別の無降水日数で検討したが大きな影響は見られなかった。その結果を元に問題点を検討したところ、降水量の観測地点と患者発生地点の距離が影響している可能性が考えられた。その仮説をもとに、降水量がどの程度の距離間まで同じ降水パターンを示すか検討することとした。国内の詳細なアメダスデータを基に、平坦な地域で降水量が類似パターンを示す限界が約30キロ圏内であることが推定された(地理的特徴などによっても異なる)。一方で、国内でのデータが海外でも同様の傾向がみられるかを検討するために、シンガポール国にて実際に雨量計で計測を行ってみたところ、30キロ以内のシンガポール国内の観測データを比較したところ、類似性がみられないことが分かった。その原因は熱帯の気象変化が亜熱帯地域と比較してより多様性があることが考えられたことから本研究のように降水量のパターンを調べていく場合、観測地点は30キロマスより小さいレベルで参照することが今後必要になるとの新たな課題が考えられる結果となった。
著者
橋本 あゆみ
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

前年度を引き継いで、戦後の主要な戦争文学との比較を通じ、大西巨人『神聖喜劇』の文学的特徴を検討した。まず前年に口頭発表した野間宏との比較論を基に、論文「大西巨人『神聖喜劇』における兵士の加害/被害―野間宏『真空地帯』との比較から―」を『文藝と批評』に発表した。小説発表当時の社会情況を踏まえつつ、『神聖喜劇』が早くに応召兵士の加害性を問題化した点や、物語の進行とともに暴力否定のモチーフが深まりを見せた点をテクストの検討から指摘した。また、同じく『真空地帯』を主な比較対象に、両作における「法」や「規定」の捉え方が、軍隊と社会の関係や知識人の描き方の違いに関わることを指摘した論文「軍隊を描く/法をとらえる―大西巨人『神聖喜劇』・野間宏『真空地帯』比較―」を『昭和文学研究』に発表した。第二の軸として研究を進めていた大岡昇平『野火』『俘虜記』等との比較は、所属機関内で構想発表を行ったものの有効な焦点を導き出すに至らず、別の比較対象を立てることも視野に入れて再検討中である。2014年3月12日の大西巨人死去を承けた追悼出版物『大西巨人 抒情と革命』(河出書房新社)には、「「別の長い物語り」のための覚書―『精神の氷点』から『神聖喜劇』へ―」を寄稿し、小説第一作と『神聖喜劇』の間での問題意識の継承と発展の見取り図を示した。夏からは二松學舍大学・山口直孝教授を中心とする大西巨人旧蔵書の整理に研究協力者として参画し、リスト作成やワークショップの開催(第1回は2015年2月)を行っている。9月の日本社会文学会拡大例会では、依頼により集英社『コレクション戦争×文学』の『日中戦争』『9.11 変容する戦争』収録作を論じる口頭発表を行い、内容を機関誌『社会文学』に掲載した。『二松學舍大学人文論叢』には、前年から続いて、大西とも交流のあった編集者・玉井五一氏への聞き書きの最終回を掲載した。
著者
高科 直
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

申請者は申請書内の研究目的・内容[3]にある,社会経済学的な視点を取り入れた海洋保護区(MPA)の効果的な導入方法を明らかにする研究をすすめてきた。この研究において,漁業資源管理をするにあたり,努力や海洋保護区配分の最小単位である管理単位スケールの選択が,経済的便益や資源量などの資源管理の帰結に重大な影響を与えることを明らかにし,資源の生物学的特性に関する情報の他に,管理者らの意思決定も管理の成否に大きく関わる可能性を示唆した。また,伝統的な資源管理モデルを空間明示的なモデルに拡張し,最も重要な漁業資源管理の指標の一つである最大持続生産量(MSY)がどのように影響を受けるかを明らかにする研究を行った。モデルを空間明示的に拡張した場合,得られるMSYの値は必ず伝統的に使われてきたMSYの値より低くなることがわかった。すなわち,現実の空間構造を無視している伝統的なモデルは,MSYを過大に見積もっている可能性があることを示唆する。さらに,申請者は空間構造・齢構造を取り込んだ資源動態モデルを発展させ,MPAの導入が漁獲量を増加させるための理論的条件を初めて導きだした。この条件は,漁獲対象種1個体当たりの再生産数が中庸な値になるとき達成され,同時に漁獲高を増加させるという観点からみると,MPAは必ずしも有効な管理手段では無い事を示唆する。以上の3研究は現在論文にまとめ,審査中である
著者
青島 麻子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度の学会発表をもとに執筆し、投稿受理された論文「平安朝物語の婚姻居住形態-『源氏物語』の「据ゑ」をめぐって-」は、国文学の分野においてあまり言及されてこなかった従来の婚姻居住形態に関する議論を、物語の方法として捉え直すことを目的としたものである。本論文では、当時の婚姻居住形態に関する議論について改めて整理を行い、これまで妻としての疵と捉えられるのみであった「据ゑ」の形態について、物語の描かれ方に即して検討を加えた上で、『源氏物語』の独自性とその先駆としての『蜻蛉日記』の存在を指摘した。また、今年度に発表した論文「『源氏物語』の初妻重視-葵の上の「添臥」をめぐって-」では、古記録等の調査により「添臥」についての通説に再検討を加え、さらに『源氏物語』における「添臥」の語の使用方法が、光源氏の両義性を照射する優れた方法となっていたことに着目し、それを手がかりに物語に語られる初妻重視の思想について考察した。さらに、今年度末に予定していた研究会発表(震災の影響により中止)は、物語に散見する婿選びの際の登場人物の発言を取り上げ、このような記述をもとに実際に平安朝の婚姻慣習を炙り出そうとするような方法を退け、その描かれ方をこそ問題にすべきであると主張するものであった。具体的には若菜下巻の蛍宮と真木柱の結婚記事を端緒として、当該場面直後に置かれる代替わり記事と女三の宮物語との繋がりや、光源氏の地位を揺さぶり物語を展開していく当該巻の手法について検討した上で、蛍宮と真木柱の結婚記事と上記のような若菜巻の論理との関連を指摘するものである。以の研究により、婚姻研究という視点を通して、平安朝の各作品相互の交渉や『源氏物語』の独自性の一端を浮かび上がらせることができたと考えている。
著者
窪田 知子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

平成19年度は、これまでの訪英で得られた資料を分析の対象として、イギリスの文脈に沿いながら、インクルージョン概念の整理と概念規定を行うことを目的としていた。そこで、インクルージョンについて理解する上で新たな視点を提供するセバらの「プロセスとしてのインクルージョン」というとらえ方に着目して考察を行った。その成果は、平成19年10月に行われたSNE学会で発表した。また、平成20年5月に同学会の研究紀要(SNEジャーナル)に投稿予定である。本年度の研究では、インクルージョンの先進的な実践としてスキッドモアが紹介しているイギリス南西部のダウンランド校の実践例を取り上げ、同校が、学習上の困難をもつ生徒への対応を発展させていく中で、どのようにインクルージョンの実現をめざしていたのかを検討することを通して、「プロセス」としてインクルージョンを理解することの具体像の一端を明らかにした。またその過程が、統合という「状態」の実現をめざしていた従来のインテグレーションと、インクルージョンの相違をあらためて浮き上がらせるものであることを指摘した。「プロセス」としてインクルージョンを理解することにより、障害児を含めた多様なニーズをもつ生徒の存在を前提として、彼らを包摂する「不断の学校づくりの努力のプロセス」としてインクルージョンをとらえることが可能となり、通常学校教育のあり方そのものを問い直す議論としての視座を明確にすることができた。さらに、昨年度に引き続き、京都市立高倉小学校との共同授業研究では、障害児学級を足場に学習する児童について、教師と協働で具体的な支援について考えた。また、日本学術振興会の許可を得て大阪府大東市教育委員会の非常勤巡回発達相談員を勤め、本研究の成果の普及にも努めた。