著者
大清水 裕
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度は研究計画の最終年度であり、これまでの研究をまとめ、公開することに精力を傾けた。他方、研究計画に沿って小アジアの諸遺跡、特にエフェソスやアフロディシアスの調査も行なっている。まず、学会での口頭発表としては、5月の日本西洋史学会第61回大会で「『マクタールの収穫夫』の世界-3世紀北アフリカの都市参事会の継続と変容-」と題した報告を行なった。「マクタールの収穫夫」とは、チュニジア中部の高原地帯に位置する都市マクタールで発見された3世紀後半の墓碑に登場する人物である。この碑文は、現在、ルーヴル美術館の所蔵となっており、2010年5月に行なった実地調査の成果を交えて報告を行なった。従来、「3世紀の危機」を反映したものと扱われてきた有名な碑文だが、その内容だけでなく、碑文の刻まれた石の形状や遺跡のコンテクストも含めてその位置づけを見直し、「危機」とされる時代の再評価を行なっている。次に、雑誌等に発表したものとしては、「マクシミヌス・トラクス政権の崩壊と北アフリカ」(『史学雑誌』121編2号、2012年2月、1-38頁)がある。この論文では、238年の北アフリカでの反乱で殺害された人物の墓碑の再評価を行なった。従来、その文言から、親元老院的な都市名望家とされてきたこの人物を、その石の形状や発見地などの情報をもとに、帝政期の北アフリカ独自の文化環境に生きた人物として描き出している。また、Les noms des empereurs tetrarchiques marteles: lesinscriptions de l'Afrique romaine,Classica et Christiana,6/2,2011,549-570も公表されている。四帝統治の時代の碑文から皇帝たちの名前が削り取られた理由を検討したもので、従来想定されてきた理由とは別に、碑文の刻まれた石の再利用という目的を重視するよう指摘した。遺跡での現地調査としては、今年度は9月にトルコの諸遺跡を訪れた。その成果は、今後何らかの形で公開していきたいと考えている。
著者
五味 紀真
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

特別研究員報告書にも書いた通り、当初の研究実施計画を変更する必要があった。なお、変更に当たって研究の最終的な目標、および概略に関しては一切変更していない。本年度は第一に、一神教・多神教問題と精神分析との関係性についての基礎的な文献や先行研究を分析した。4月に行った発表「Den Entzug eines Gottes nachbereiten一神教の脱構築とエクリチュールの歴史についての覚書」では、デリダの脱構築と、フロイトの『モーセと一神教』を中心とした問題との関係性をある程度明確に分析することができた。また、レヴィ=ストローズから始まりジャン=ピエール=ヴェルナン、ピエール・ヴィダル=ナケに至る構造主義的な神話分析の研究を読解することによって、これまで本研究が主に依拠してきたハイデガー-キトラーによる「解釈学的・存在論的神話分析」と前者との差異を子細に分析することができた。後者においては木庭顕『政治の成立』から多くの示唆を得ることができた。また、精神分析に関しては、これまで主に分析してきたフロイト、ラカンに加え、メラニー・クラインら対象関係論の分析家たちの著作の読解も始めた。対象関係論は、研究実施計画にも記したドゥルーズらによる資本主義分析において大きな役割を果たしているため、デリダの脱構築と一神教の問題、およびドゥルーズの資本主義分析を関連付けて論じるために、ラカン派に劣らず重要であると思われる。残念ながら計画に記したように本年度中に以上の研究を博士論文としてまとめることはできなかった。今後も研究を継続し、実施計画にある通りの研究を完遂することを目指し、本研究を続けていきたいと思う。
著者
蛭子 はるか
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

脳神経系の細胞構築には、大脳皮質に代表される「層構造」と脳深部に存在する「神経核構造」の2つがあり、脳神経系の形成メカニズムの統合的理解にはこの両者の理解が必須である。従来、大脳皮質などを用いて層構造の形成メカニズムは集中的に解析されてきたが、神経核構造の形成メカニズムは不明な点が多かった。そこで、申請者は神経核構造に着目し、マウス視床をモデルとして神経核のパターン形成の分子メカニズムを解析してきた。具体的にはこれまでに、予定視床領域で転写因子Foxp2の発現量が前後軸方向に勾配を持つこと、また機能不全型のFoxp2を発現するFoxp2(R552H)ノックインマウス(以下ノックインマウスとする)を用いて、Foxp2が視床パターン形成および視床皮質軸索投射を制御することを示した。さらに、Foxp2を発現制御する上流分子を同定するために子宮内電気穿孔法を用いて、視床の外から分泌され視床パターン形成を制御するFGF8bの発現を操作した。FGF8bを過剰発現した結果Foxp2の発現は抑制されたことから、FGF8bはFoxp2の上流である可能性がある。平成27年度はまず、視床パターン形成におけるFoxp2の視床自律性について検討した。具体的には、子宮内電気穿孔法を用いてFoxp2 shRNAを視床に導入した結果、ノックインマウスで見られた視床パターン変化と同様の変化が観察された。すなわち、視床パターン形成は視床内のFoxp2が制御していることが示唆された。また、ノックインマウスで観察される視床パターンの変化がより早期の胎生期から生じているか検討するために、胎生14.5日齢のノックインマウスで視床亜核マーカーの発現分布を解析した結果、既に視床パターンは変化していた。このことは、胎生期よりノックインマウスの視床パターン形成における表現型は出現していることを示唆している。
著者
川合 豊
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究では,デバイスの演算能力が低い場合にも運用可能な暗号認証方式の研究を行った.現在PRIDのようなデバイスが実運用されるにあたり,デバイス内の個人情報などの流出や,運用システムへの攻撃などが危倶されている.そこで本研究では個人情報を秘匿したまま認証が可能な暗号方式の設計と,その方式の省リソースデバイス上での運用を検討した.個人情報(ここではIDと呼ぶ)を直接認証に使うのではなく,IDを何かのグループに所属させ,IDがグループに属しているかのみで認証を行うSecret handshakeという方式を主軸に置き,その匿名性について研究を行った.Secret handshakeでは,たとえば会社Aに所属しているIDならば認証可能だが,ID自体は認証に用いない方式を構成可能である.ただし,(認証自体は正しく行うが)不正を働いたIDを有事の際に特定するためにある特権を持つ管理人のみその匿名性をはく奪することが可能である.既存の方式は,管理人が何の制約もなく匿名性をはく奪することができた.しかしながらこれは正しく運用しているユーザであっても匿名性をはく奪される危険性があることを示している.そこで,まず,認証システム側から要請があった時のみ管理者が匿名性をはく奪できる方式を構成した.しかしながら,前述の方式では管理者が「自分のグループのユーザが認証したかどうか」ですらわからない方式であった.これは,たとえばSecret handshakeを会社の入退場システムに使った場合,会社の人間がどれほど入退場しているかすら管理人は感知することはできない(匿名性をはく奪しIDを取得すれば可能).そこで,管理者が「自分のグループのユーザが認証したかどうか」は単体でチェック可能だが,「IDが何であるか」は認証システムからの要請がなければ不可能な方式を提案した.これが本研究の成果である.
著者
芦田 明美
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、これまでの研究成果をまとめ、博士論文執筆に専念し学位論文の提出に至った。本研究により明らかになった結果を以下に記す。1)共分散構造分析による修学阻害要因の検討から、子どもたちは家庭や社会背景に関わる要因が背景となって毎日の修学を続けることが困難になり、突如学校に通うことを辞め、低い教育達成へと繋がることが分かった。また、現在の職業と初等教育の修了有無には明確な関連性が見られなかった。すなわち、最低限の読み書きができればそれ以上の学年を修了するインセンティブがこの地域にはなく、留年の有無にかかわらず子どもたちは学校を辞めてしまう。2)教育開発戦略および政策、プロジェクトの分析から、諸政策は先の初等教育修了阻害要因について触れているものの、具体的な方略や指針などは提示していない。他方、プロジェクトは諸要因に触れ、具体的な活動も提示し実施している。対象地域で実施されたプロジェクトは、修学の継続に貢献し得ると考えられるが、これまでの諸政策およびプロジェクトは、留年を繰り返し退学してしまう子どもたちを想定しており、すぐに学校を辞めてしまう子どもたちの存在は考慮されていない。3)修学実態年代推移の分析から、修学状況は改善傾向にあることが分かった。他方、問題として残っているのは、1990年代前半入学グループから1990年代後半入学グループにかけての、年度末評価における落第の減少の頭打ちである。さらに、1980年代後半入学者には、留年が一度あるか無いか程度の卒業パターンと、入学後1年ないしは2年未満で学校を去る退学パターンが共存する、Enrollment Divideとも呼ぶべき修学実態が見受けられた。しかし、年度が新しくなるほど卒業パターンは増加傾向にあり、退学パターンは減少傾向にある。1年生の状況は他の学年よりも相対的に望ましい状態になく、特に入学初年度1年生は深刻である。
著者
松本 清 OGUNWANDE I.A.
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

ナイジェリア産植物であるAcacia Tortilis葉中に含まれる精油成分をGC及びGC-MS分析により明らかにした。すなわち、本植物葉をジエチルエーテル(室温、1昼夜処理)にて抽出を行い、濃縮物を被険試料とした。GC条件として、DB-5及びDB-FFAP(ともに30m*0.32mm)カラム、60-240℃(3℃/min)、FID検出を採用した。また、GC-MS分析条件としては、DB-5カラムを用いて、イオン化電圧70eVで行った。ピークの同定は、GC法によるretention index値の一致並びにGC-MSライブラリーによる推定によって行った。その結果、本植物葉より収率0.12%のオイル状香気濃縮物を得ることができ、GC及びGC-MS分析の結果、本被険物のオイル組成はモノテルペン類20.4%、セスキテルペン類52.2%、脂肪族並びに芳香族化合物(17.2%)で構成されていることを明ちかにした。最終的に69種類の揮発性化合物を同定することができた。この中で、主要香気成分は、α-humulene(12.0%),α-cadinol(10.6%),nerolidol(9.9%),γ-cadinene(7.4%),α-phellandrene(4.7%),ρ-cymene(4.0%),(E)-carveol(3.1%),γ-terpinene, methyl eugenol(ca2.0%)及び2-(E)-octenal(6.0%)であると判断された。本植物葉はハーブ系素材としての展開が期待されるが、主要香気成分組成を考慮すると、すっきりとした清涼感のある素材としての活用性が期待される。
著者
門脇 大
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

主に以下の五点の調査・発表を行った。第一に、平田篤胤『勝五郎再生記聞』に関する発表を行った。口頭発表「『勝五郎再生記聞』小考」(第28回鈴屋学会大会研究発表会、本居宣長記念館、2011年4月)、論文「『勝五郎再生記聞』小考」(「鈴屋学会報」28号、2011年12月)である。十余点の関係資料を整理して、対象作品の特色を明らかにした。また、「産土神」に関わる例話が『玉襷』にとりいれられていることを明らかにした。第二に、弁惑物が同時代にどのように捉えられていたのかを発表した。論文「前近代における怪異譚の思想変節をめぐって」(「アジア・ディアスポラと植民地近代」成果報告書、科学研究費補助金(基盤研究(B)、2009年~2011年)、代表者・緒形康、2012年3月)である。弁惑物『太平弁惑金集談』が出版された四年後に、怪異小説『今昔雑冥談』が出版された。両者の関係を具体的に検討した。さらに『怪談見聞実記』の検討を行った。これらの検討により、怪異譚の思想変節の一端を明らかにした。第三に、弁惑物と心学書に共通する言説を発表した。論文「心学書に描かれた怪異-心から生まれる怪異をめぐって-」(「国文論叢」45号、2012年3月)である。心学書に記されている、怪異現象の正体や原因を人の心に求める話を検肘した。さらに、弁惑物との比較・検討を行い、両者に共通して見られる怪異否定の論理を明らかにした。第四に、近世怪異小説における弁惑物の位置づけを発表した。論文「弁惑物の位相」(「国文学研究ノート」49号、2012年3月)である。弁惑物、近世怪異小説に関する先行研究を整理して、弁惑物がどのような作品群であるのかを明らかにした。また、弁惑物の周辺分野を明示した。第五に、上記の一から四の調査・発表に加えて、前年度以前の研究成果を博士論文「弁惑物の研究-近世怪異小説をめぐって-」(神戸大学、2011年12月)にまとめて発表した。
著者
茶谷 直人 LEE Sangick
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

ジイン類と金属カルボニル錯体からシクロペンタジエノン-金属カルボニル錯体が生成することは古くから知られていたが、その塩化物の構造は推定されてはいたが、そのX線構造解析は報告されていなかった。本研究では、シクロペンタジエノン-ロジウム(カルボニル)塩化物錯体のX線構造解析に初めて成功した。さらに、ジイン類が量論量の金属カルボニルと反応し、シクロペンタジエノンが量論的に生成することは知られていたが、その触媒反応は知られていなかった。これは、生成するシクロペンタジエノン-金属カルボニル錯体が安定なことに起因していると思われる。つまり、シクロペンタジエノンが金属に強く配位し、解離できないため、触媒的に回らなかったためである。そこで、本研究ではロジウム触媒存在下、ジインと一酸化炭素から生成したシクロペンタジエノンにフェノキシ基を適当な位置に結合させておくと、反応条件下でクライゼン転位が起こり、その結果、ジイン類の環化カルボニル化/クライゼン転位のタンデム反応が起こる系を設計した。反応を行ったところ、期待通りタンデム反応が効率よく進行することがわかった。まず、初期生成物として得られたシクロペンタジエノン-ロジウムカルボニル錯体が、金属の配位のため続くクライゼン転位を通常よりも低温で進行させていると思われる。基質の適用範囲はやや狭いが、新しい形式の触媒的カルボニル化反応の開発に成功した。
著者
齋藤 類
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

①観測を行ったアリューシャン渦の構造とその時間変化について記述し、平成28日3月に発表した論文の内容を示す。西部亜寒帯循環(WSG)域に存在した渦の中冷水の最低水温がアラスカンストリーム(AS)域に存在した渦よりも低かった。この水温差は冬期の冷却と春期加熱期の渦周辺水の影響に起因すると考えられた。渦解像モデルを用いた粒子輸送実験によると、WSG 域に存在した渦は春季加熱期においても周辺の冷水の巻き込みにより中冷水を冷却されることを示唆した。中暖水の水温は渦間で差は無かった。渦がAS域からWSG域の伝播において、中冷水は時間の経過とともに変質するが、中暖水は形成時の性質を維持することを示した。②低次生産が高い春季から秋季にかけての渦の一次生産への影響に関する成果を示す。先行研究によってアリューシャン列島南岸で形成された渦の存在が確認されたAS域からWSG域までの範囲を対象域とし、表面 CHL、水温、一次生産量(NPP)と海面高度偏差(SLA)の偏差を比較した。春季及び秋季のSLAの変動があった列島南岸からWSG域までの範囲で一次生産に変動があったため、渦がWSG域にあると生物生産が高くなることを示唆した。2010年7月に観測した渦の変動を見ると、AS域を移動した冬季は水温が低く、一次生産も低かった。夏季の水温上昇により CHLは7~9月まで上昇した。秋季の水温の低下によって、一次生産は減少し、秋季のCHLは渦内で高かった。秋季の他の渦内もCHLが渦外よりも高く、対象域に渦が存在すると、一次生産が高くなることを示した。③沿岸水の影響を受けない外洋域での渦の生物生産への影響を生態系モデルを用いて評価したところ、外洋域に存在する渦内で生物生産が高くなることが示唆された。渦の中冷水・中暖水は表面水に比べると、列島南岸の形成時に巻き込んだ沿岸水を維持しながら、WSG 域に達するためと考えられる。
著者
野口 明生
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

私の研究課題はAlexander多項式における解析的性質の研究である.この研究は私が行ってきたAlexander多項式をLefschetzゼータ関数という力学系ゼータ関数に翻訳することによって性質を調べる手法をさらに推し進めていくものである.初年度にあたる平成16年度は計画どおりにLefschetzゼータ関数の零点の研究をとおしてAlexander多項式の零点の研究をした.この結果,Alexander多項式の零点のp進数論的振る舞いが,ある力学系のエントロピーの情報を与えていることが解明された.このことは一般的に力学系ゼータ関数と呼ばれるゼータ関数の零点がエントロピーの情報を与えているとされる事実と符合し,Alexander多項式をLefschetzゼータ関数と見なす視点が有効に働くということが確認された.この零点とエントロピーの関係は単にAlexander多項式にゼータ関数としての正当性を与えるだけではなく,以下の2つの応用を導いた.1つは結び目の上で分岐する3次元球面のr重巡回被覆空間に対する1次のホモロジーの位数の指数的増大性をAlexander多項式の零点を使って明示的に記述した。この増大性の問題はGordonに始まりRiley, Gonzalez-Acuna and Shortといった人たちによって研究されてきたもので,今回の研究はそれを引き継ぐものである.もう一つはAlexander多項式の最高次の係数も同様にある種のエントロピーであって,その零点によって明示的に記述することが出来た.Alexander多項式はAlexander加群が有限生成かどうかを判別するという重要な因子であるとされている.しかしこの研究を通じて,この有限性に対する障害は零点の分布によって引き起こされ,最高次の係数はそれらの和になっていることが解明された.
著者
秋野 有紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

「文化的な創造活動への広域的共同支援に関する国際研究-ドイツと日本を例に」をテーマに、本年度は調査研究を進めつつ、これまでの研究成果の発表を積極的に行った。とりわけこの3年間従事してきた研究・調査については、11月にドイツの国際セミナーで口頭発表を行い、3月には日本で査読論文として発表した。研究成果としては以下の点が明らかになった。(1)ドイツは伝統的に舞台芸術への公的支援は極めて大きいが、近年では自治体の財政難を背景に超域・広域的な支援に向かいつつあることを具体例から示した。(2)その背景として、公共サービスの自由化や人の移動の加速化があるが、ドイツの芸術環境における観劇者層の非対称性という課題も公的支援の根拠を動揺させている要因である。(3)日本は確かにドイツと比べると公的な支援は相対的に小さいが、習い事や商業劇場、演劇人たちの自主的な劇団活動など、私的な領域からの芸術活動への寄与度は極めて高く、そのことがドイツでは見られない自由で多様な表現の土壌を準備する潜在性となっている。(4)だが日本では一般的に、個人の〈芸術消費(受容)〉意識の高さとそれとは相対的に低い〈創造性(生産)への支援〉の必要性への意識という非対称性が、「創造環境としての公立劇場」を公的に支援する際の障壁になるという構図がしばしば現れる。この比較により、舞台芸術領域において〈公の強いドイツ〉と〈私の強い日本〉という特徴に優劣をつけるのではなく、双方の課題を可視化し、(日本では従来、専ら欧州から学ぶという姿勢をとってきたが)お互いに学びうる可能性を示し、市民社会における豊かな文化環境を形成する上での政策的・実践的基盤に関して、国際的に論点を共有することが出来たことは有益であった。ドイツの事例についての分析の一部は日本で論文としてすでに発表したが、来年度秋頃には、日独比較の部分をドイツで共著として発表する準備を進めている。
著者
西尾 剛 ASHTOSH ASHTOSH ASHUTOSH
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

Diplotaxis muralisの細胞質(mur型細胞質)を持つBrassicaの細胞質雄性不稔性の稔性回復遺伝子を同定するため、mur型細胞質雄性不稔性のブロッコリーと稔性回復遺伝子を持つカイラン(Brassica oleracea var. alboglabra)のF_2集団を用い、両親間で多型を示すDNAマーカーを作成して遺伝子型を分析することにより、昨年度稔性回復遺伝子を第1連鎖群にマッピングした。今年度は、稔性回復遺伝子が含まれる第1連鎖群のゲノム領域のシンテニーを解析し、これまでいくつかの種で稔性回復遺伝子として報告されてきたpentatricopeptide(PPR)モチーフを持つ遺伝子を、その領域に3つ見出すことができた。その遺伝子発現を解析したところ、稔性回復系統と不稔性回復系統で発現量に差が見られたことから、それらが稔性回復遺伝子の候補と考えられた。これらの結果を論文にまとめ、投稿中である。同研究室内の別の学生が行っているB.oleraceaの耐病性のQTL解析のためにSNPマーカー作成を協力し、これら2つの研究で得られた連鎖地図を統合することによって、320マーカーからなるB.oleraceaの連鎖地図を構築した。カイランの白花とブロッコリーの黄花は1遺伝子によって決定されるが、白花は黄花に対し優性である。この遺伝子も第1連鎖群にあり、稔性回復遺伝子とは25cM離れていることを見出した。色素合成に関わる酵素の遺伝子を分析したが、カイランとブロッコリーで変異がない、あるいはDNA塩基配列に変異があっても、マッピングした位置に座乗しないなどのため、この特性に関わる遺伝子の候補は見出されなかった。
著者
中尾 敬
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度はまず,昨年度に本研究課題の一環として実施したfunctional magnetic resonance imaging (fMRI)を用いた実験のデータを再解析(Psychophysiological interaction analysis)した。その結果,答えが決まっていない事態における行動選択過程においては特に内側前頭前皮質と前部帯状回とに機能的な関連が存在することが明らかとなった。これら結果はこれまでに報告されていない新たな知見であることから,その成果を国際誌向けの論文にまとめ投稿した。論文はすでにNeuroscience Lettersに受理され刊行されている。同データは,国際学会であるThe 15th World Congress of Psychophysiology (IOP 2010)においてポスター発表した。また,研究課題と関係の深い先行研究のメタ分析を実施した。メタ分析では答えの存在する事態における意志決定についての研究と答えが存在しない事態における事態における意志決定の研究で観察された脳活動部位の比較を行った。その結果,答えの存在する事態のうち,答えの予測可能性が高い事態では眼窩野の内側部に活動の増加が認められていたが,答えの存在する事態のうち答えの予測可能性が低い事態と答えが存在しない事態では内側前頭前皮質に活動の増加が認められていた。これらの結果は,予測可能性の高低だけではなく,答えの有無によって意志決定に関与する前頭部位のネットワークが変化することを示していた。このメタ分析成果は2本のレビュー論文としてまとめ,一本はすでに「生理心理学と精神生理学」に受理され現在印刷中である。もう一本は国際誌向けに執筆したものであり,現在審査中である。また,現在実験も進行中である。
著者
杉浦 哲朗 SERGIO A. CON CHIN CON CHIN Sergio A.
出版者
高知大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

胃癌の高頻度発症国であるコスタリカでの胃内ヘリコバクター・ピロリ菌感染と消化管疾患発症との関連性について研究している。これまでに、コスタリカ人から分離されたピロリ菌の2遺伝子(cagAとvacA(s1/ml))。保有率はEurope/North AmericaとEast Asiaの中間に位置しており、vacA s1bとvacA m1型遺伝子保有ピロリ菌感染と胃癌群との間に関連性を認めた。一方でvacA m1型のみが萎縮性胃炎と関連性を認め、統計学上は有意差を示さなかったが、cagA/vacA s1b型と萎縮性胃炎の間にも関連性を示す傾向が判明した。(論文発表)また、Low-PG(血清ペプシノーゲン値)、Very Low-PG、ピロリCagA抗体は、個々に萎縮性胃炎と腸上皮化生との間に関運性を示したが、サイトカインであるIL-1B+3954T保有者とIL-1RN(ホモで2つのアレル保有者)は腸上皮化生とのみに関連性を示した。さらに、胃体部の萎縮性胃炎を検出するためのVL-PG値は、sensitivity(77.4%)、specificity(80.7%)、PPV(39.3%)、NPV(95.7%)と良好な検査診断法(マーカー)と考えられた。また、VL-PG値にピロリCagA抗体の結果を加えることにより、sensitivity(74.2%)、specificity(92.7%)、PPV(62.2%)、NPV(95.7%)となりさらに特異性が向上した。以上より、胃癌のハイリスクである胃体部の萎縮性胃炎を検出・診断するためには血清ペプシノーゲンの周期的な測定のみか、或いはピロリCagA抗体測定との組み合わせ検診がコスタリカにおける検診として最も適していると考えられた。(論文発表)
著者
見田 悠子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

今年度前半の主な活動は、ガルシア=マルケスを育んだコロンビア共和国での調査である。世界的にも長らく見過ごされていたバランキーリャ・グループについては、日本国内にはほとんど情報がない。研究計画作成当初は、コロンビアは渡航が危険とされていたことや、どのような情報があるのかも知られていなかったため、今回の渡航調査は計画外のものである。しかし、ガルシア=マルケス研究やカリブ海沿岸地域文学の研究を進めるにあたっては必須かつ有意義なものであった。*ガルシア=マルケスの生地/アラカタカガブリエル・ガルシア=マルケスの弟であるハイメ・ガルシア=マルケスの案内によってアラカタカのガルシア=マルケス博物館や資料館となっている電信技師の家、公民館、図書館において『百年の孤独』の舞台となっている村の当時の様子を見聞した。*カリブ海沿岸地方/バランキーリャカリブ海沿岸地域の文化そしてガルシア=マルケスの専門家アリエル・カスティーリョ博士から論文や雑誌記事の提供を受け、今後の研究に際して助言を得られることとなった。バランキーリャを代表する小説家、ラモン・バッカからもバランキーリャにおける文学活動について情報を得た。ホセ・フェリクス・フエンマジョールやアルバロ・セペダ=サムディオの著作とガルシア=マルケスの比較研究をするという課題をみつけた。*カリブ海沿岸地方/カルタヘナFNPI(国際ヌエボ・ペリオディスモ基金)においてガルシア=マルケスの新聞記者時代に関する資料を入手した。*首都/ボゴタ国際ブックフェアや古本屋において、日本もふくめ諸外国では手に入りにくい資料を多く入手した。
著者
小山 太一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

昨年度における資料収集およびアントニー・ポウエルの戦前諸作品の研究を踏まえて、本年度は、論文The Novels of Anthony Powell : A Critical Study(90,000 words、未発表)を完成させることにもっぱら努力を傾注した。本論文は、まずポウエルの喜劇小説創作の傾向と諸問題、文学史的コンテクストを整理解説したうえで、ポウエルの戦前・戦後の全テクストに詳細な読解を加え、とりわけ戦後の膨大な12連作『時間の踊り』(A Dance to the Music of Time,1951-1975)の全体像を一望の下に置いたうえでその語りのテクニックとテーマを掘り下げるものである。その論述過程においては、喜劇小説家ポウエルの長いキャリアに「コミックなるものの構造転換、喜劇の持つ教育機能をみずから脱構築してゆく語り」という一貫したテーマを見出し、彼が英国の社会喜劇小説の伝統にもたらした革新(あるいは英国の社会喜劇小説の伝統への反逆)の持つ意味とその限界を明らかにすることを第一の目標とした。本論文は、現在、英国アントニー・ポウエル協会(http://www.anthonypowell.org)を通じて英国ないし米国の出版社との出版交渉を準備中である。また、本年度は、ポウエル以降の英国小説における「コミックなるもの」のありかたにも視野を広げ、文学史的通観を現代まで接続する試みも開始した。論文「イアン・マキューアンにおけるコミックの要素」は、現代において創作活動を展開している英国小説家について、彼の小説の語りの構造そのものに内在する不条理な喜劇性を考察したものである。
著者
松岡 數充 MERTENS Kenneth MERTENS Kenneth N
出版者
長崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

温度と塩分の異なる条件でProtoceratium reticulatumシストの発芽を試みたが成功せず,この種は温度と塩分の異なる条件に順応不可能であったと考えられた.このために,発芽実験用標本は形態的に類似した隠蔽種(cryptospecies)ではないかとの仮説の基に,天然シストを詳細に観察し,かつP.reticulatumのプランクトン細胞とシストのrDNA塩基配列を調査した.その結果,プランクトン細胞とシストの対応関係を得た.この実験結果は従前のP.reticulatumプランクトン細胞とシスト対応関係を支持していた.すなわちOperculodiniun centrocarpum sesu WallとされてきたシストはP.reticulatumであった.カナダ(東部: バフィン湾,西部: バンクーバー島)(日本;北海道,九州),デンマーク;カテガット)など異なる地点から採取したプランクトン単細胞と単一のシストのSSU,ITSおよびLSU塩基配列を明らかにした.その結果,ITS領域では配列に顕著な違いがある事が判明した.これが隠蔽種であるのか否かが今後の検討課題となった.北太平洋表層堆積物中のP.reticulatumシストの刺の長さの変化を詳細に計測した.平均刺の長さは毎年の海水密度と逆相関を示した:σt annual=1000+(-0.8476 x average process length+29.094)(R^2=0.84). Effingham Inlet in British Columbiaでのセディメント・トラップ試料では海水密度変化と平均プロセス長さの変化は北太平洋と同じ関係を示した.バルト海-スカゲラク海峡地域では平均の刺の長さ変化は海水密度と以下の関係式で示された.σt annual=1000+(3.5184 x average process length-6.686)(R^2=0.87). それぞれの関係式は一致しなかった.それは海水密度や栄養塩環境に地域特性があり,それに適応した隠蔽種が存在するか,あるいは他の未知の環境要因が寄与している可能性があるのかが今後の検討課題として残された.
著者
杉本 陽奈子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は、古典期アテナイの外人の商業活動について、ネットワークという観点から研究をすすめた。まず、紀元前4世紀アテナイの銀行家について、史料を網羅的に分析することでさらに考察を深めた。先行研究では、預金や貸付といった銀行業務の具体的内容が主たる論点とされてきたため、銀行家に対する社会的認識についてはほとんど論じられていない状況にある。そこで、この問題に関して法廷弁論の分析をすすめたところ、次の二点が浮かび上がった。すなわち、アテナイ社会では銀行家に対する特定のイメージが形成されていたということ、さらには、弁論の話し手が自らの主張を強化するためにそのイメージを積極的に利用していたということである。この研究成果については、学会で口頭発表を行った。また本年度は、海上交易商人のネットワークと裁判とのかかわり方についても検討を加えた。法廷弁論の中では商人の協力関係への言及がしばしば確認されるが、先行研究はこれらを組合や連帯責任という観点から論じてきた。しかし、これらの研究にはそうした言及が行われたコンテクストに注意を向けていないという問題点がある。そこで、関連する法廷弁論を網羅的に分析した結果、次のような結論が導き出された。第一に、商人は自身と他の商人との協力関係を強調することで、信頼獲得を得ることができたとみられる。第二に、商業裁判の場では、訴訟相手とその支持者の協力関係を「共謀」という形で攻撃することによって、自身の主張の説得力を高めるという手法が用いられていたと考えられる。すなわち、協力関係への言及は、肯定的機能・否定的機能の二種類を有していたとみることができるのである。
著者
新山 陽子 金 成学 KIM SongGak
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は、米国の食品安全管理システムを取上げ食品安全がどのようにコントロールされているかを総合的に分析・検証したうえで、日本のシステム構築への提言を行うことである。具体的な課題として以下の4つを設定した。1.安全性管理システムとそれを支える経済理論を検討する。2.食品安全管理の新しい手法として注目されている「リスクアナリシス」の手法について、とくに食肉を対象により詳細な実証分析を行い、その導入の到達点と問題点を解明する。3.以上にもとづいて、アメリカの食品安全管理システムの経験から得られる、日本の食品安全確保システム構築への知見をまとめる。4.食肉を対象にリスクアナリシスの手法にもとづく安全管理の基本モデルの提示を試みる。採用期間中は、文献と国内外の現地調査をもとに分析を行い、その成果を雑誌論文として公表した。主要な内容としては、まず、白米両国の食肉安全管理システムの検証として、安全管理システムの構造とそれを支える経済理論について検討した。ここでは、食肉安全管理体系を、民間戦略/自主的政策、法律による直接規制、法的インセンティブ政策という3つに整理し、食肉そのものの安全確保と、安全性情報の提供・管理という2つの側面に焦点をあてた。また、リスクアナリシスの手法について、詳細な実証分析を行い、その導入の到達点と問題点を解明した。具体的には、リスク査定結果とリスク管理政策を検討し、生産・流通の各段階においてリスク管理システムがプラン通り厳格に実施・運営されているか、また、その結果として、病原性微生物やBSE等への対策が確実に成果を上げているかを検証した。また、アメリカのリスクアナリシス、トレーサビリティ、HACCPなどに対する考え方・概念を整理し、EUや日本と比較しながら、安全管理システムのあり方をめぐる論点を明らかにした。あわせて、食肉に関する日米の安全性基準の違いとその根拠、WTO・SPS協定との整今性を検討し、それをもとにした「安全性基準の国際的整合」のあり方への課題提起を行った。
著者
塩野 義人 POUMALE POUMALE Herve Martial POUMALE POUMALE H.M
出版者
山形大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

【目的】カメルーンは中央アフリカに位置に生命活動が非常に活発な地域であり、未だ、多くの薬用植物の成分が明らかになっていない。そこで、今年度は、カメルーン産薬用植物に寄生する植物内生菌菌類より、生理活性物質を探索した。【平成22年度の研究結果】カメルーンの森林地域で、採取した薬用植物サンプルより分離した植物内生菌類の培養物のメタノール抽出物について、抗菌活性や細胞毒性試験を用いて、スクリーニングを行いカッコウアザミ(Ageratum conyzoides L.)の樹皮より分離された糸状菌Fusarium equieti SF-3-17を選択した。次にSF-3-17株の培養物をカラムクロマトグラフィーにより精査し、2種の物質(1,2)を単離することができた。それぞれのNMRを中心とした構造解析の結果、既知のネオフサピロンの新規誘導体であることが判明した。詳細に構造を解析したところ、両物質は、分子内にマグネシウムを含有し、二分子のネオフサピロンがピロン環を介して、マグネシウムに配位した非常にユニークな構造をしていることが判明した。次に抗菌試験を行ったところ、物質(1,2)は、モノマーのネオフサピロンと同程度で活性を示し、さらに、植物に対する根の伸長阻害活性試験おいては、既知のネオフサピロンと比較し、強い阻害活性を示すことがわかった。