著者
後藤 友嗣
出版者
国立天文台
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は宇宙最遠方のQSOを発見し、これを用いて宇宙最電離を解明することにある。本年度はUKIDSS近赤外線サーベイによって新しく観測されたデータを用いてQSO候補天体の選択を行った。これら候補天体を同定するため、主としてハワイ大学の8-10mの望遠鏡を用いて分光観測を行ったが新しいQSOは発見できなかった。UKIDSSサーベイの進行状況が全計画の1/2程度まで進んでおり、QSOの個数密度の進化をz<6から外挿すると、この領域でのQSO発見の期待値は~4個程度である。従ってこの領域のQSOの発見個数が0であることは、QSOの個数密度がz>7において大きく減少していることを示している。これはQSOの進化史にとって劇的な変化であり、QSOの進化理論に制限をつけることができる重要な結果である。現在はこの結果を最終確認すべく、UKIDSSサーベイの残り1/2の領域について鋭意探査を継続中である。QSO探査と平行して既知の遠方QSOに関する調査も行った。昨年度我々がその周囲に取り巻くホスト銀河およびライマンα輝線星雲を発見したz=6.4におけるQSOを10m望遠鏡を用いて詳細分光観測を行った。この分光データを用いて、QSOを背景光として利用することにより5.615<z<6.365における宇宙の電離度の調査を行った。QSOを背景光とした直説的な方法による宇宙の電離度の探査がz=6.365の遠方にまで遡って行われたのはこの研究が初めてである。この結果5.915<z<6.365の間において、ガンピーターソンの谷とよばれる全くQSOの紫外光が検出されない暗黒領域が見つかった。これは200Mpcという前例をみない広大な領域に及んでおり、5.615<z<6.365の宇宙は再電離が完了しておらず、宇宙がより中性であった暗黒時代にさしかかっていると考えて矛盾しない。
著者
川尻 洋平
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

今年度前半は、イタリア、ローマ大学のTorella教授の指導の下、研究を進めた。ローマ大学では、ウトパラデーヴァやアビナヴァグプタと同時代のヴィシュヌ教徒ヴァーマナダッタの『サンヴィットプラカーシャ』の授業に参加した他、学生たちとアビナヴァグプタの『パラマールタサーラ』を読む機会を得た。アビナヴァグプタ著『主宰神の再認識に関する反省的考察』認識章第五日課および第六日課の読解は終えたが、未出版注釈『主宰神の再認識に関する反省的考察注』については、写本の欠落等により、写本校訂および読解困難な箇所が残っている。また、部分的に現存するウトパラデーヴァ著『主宰神の再認識詳注』の断片を写本のマージンから回収している。これらの難読箇所の読解については、Acharya教授の協力を仰いだ。『主宰神の再認識詳注』の断片については帰国後、西日本インド学仏教学会学術大会およびJapan-Austria International Symposium on Transmission and Tradidonにおいて発表した。さらにウトパラデーヴァとアビナヴァグプタの関係についての発表をインド思想史学会で行った。これらの発表内容については、プロシーディングおよびJoumal of Indological Studiesに投稿予定である。またシヴァ教研究の世界的権威であるSanderson教授の授業にも参加する機会を得て、最先端のシヴァ教研究について新しい知見を得るとともに、『パラートリーシカー』の写本伝承などの情報を交換することが出来た。
著者
川本 徹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究はジョン・フォードの監督作品を中心に、新旧のアメリカ映画を題材として20世紀のアメリカ文化社会のジェンダー表象を多面的、複合的に分析するものである。最終年度となる本年度は、昨年度までの研究成果を整理したうえで、それをより広範な問題領域に結び付けるための実験的、応用的考察をおこなった。前年度にひときわ重要なテーマとして再発見され、本研究の主要な考察課題として再規定されたのが、自然風景、ナショナリズム、ジェンダーという三項の複雑な相関関係である。本年度はここにテクノロジーの一項を付け加え、アメリカのジャンル映画の内部にこの四項の精妙なせめぎ合いが潜んでいることを、フォードの監督作品をはじめとする具体的なテクスト分析によって浮き彫りにした。またその過程においては、考察対象の選択範囲も20世紀中葉を中心としたものから、20世紀全体、さらには21世紀を射程に入れたものへと大幅に拡大した。より具体的な研究内容は以下の二点にまとめられる。1.ジョン・フォードのモニュメント・バレー表象(その内実については昨年度、『映画研究』掲載論文のなかで詳述した)を念頭に置きつつ、フォード以後のアメリカ映画作家たちのモニュメント・バレー表象(あるはそれに類するアメリカ西部の荒野表象)を比較考察した。2.以上の研究を遂行するなかで、アメリカ映画における自然とテクノロジーの関係を、後者にも力点を置いて考察する必要性が生じた。そこでフォードの監督作品を手がかりに、従前より多くの文化学者の関心を引きながらも、いまだ体系的な分析がなされてこなかった西部劇における列車の表象を、映画史初期から21世紀まで幅広く概観した。研究成果の一部はすでに公表が決定しているが、残りの部分についても早期に公表できるよう鋭意準備を進めている。
著者
北川 亘太
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

ドイツの労働協約システムの再編過程を、①協約自治に対する政治的支援(干渉)の度合をめぐる対立 ②将来の分配と交渉力を左右しうる手続をめぐる対立 に注目ながら調査し、研究発表と論文公表を行った。本研究の意義は、様々な利害集団の交渉力の公平性を確保するうえで適正な交渉枠組み及び政治的支援の在り方とは何かについて、ドイツにおける社会的回答を明らかにする点である。具体的な調査項目と成果は以下の2点である。(1) 労働協約システムのアウトサイダーである派遣労働者の増加に対処する金属産業労組 金属産業労組による、派遣労働者の待遇改善の取組みに焦点を当てながら、伝統的に正規労働者志向の戦略を採用してきた当該組合が2000年代規制緩和後の労働環境に見合うアイデンティティーを再構築しようと試みてきたことを明らかにした。くわえて、当該組合が、企業が派遣労働を活用するというこの労働環境を所与としたうえで、雇用形態が多様化する中で求心力を高めようと試み、一定の成果を挙げたことを明らかにした。この研究を、『大原社会問題研究所雑誌』に査読論文として公開した。(2) 一般法定最低賃金導入までの論争 2013年連立協定において導入が決定した一般法定最低賃金をめぐる、過去20年間の社会運動と政策論争を概観した。論争での焦点は、①協約自治に対する政治的介入の度合 ②最低賃金の導入が雇用に与える影響 であった。本研究は、①について、政治的妥協の結果、代表的な2つの案の中間に帰結したこと、②について、経済研究機関の研究蓄積の結果、諸々の利害集団の見解が、雇用に対する大きな悪影響は考えにくいという認識に収斂したことを明らかにした。この研究を、Kyoto Economic Riviewに英文査読論文として公開した。
著者
有馬 隆文 (2011) 出口 敦 (2009-2010) SWAI Ombeni
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、アフリカのヴァナキュラー建築の特性理解と今後の発展・改善を目標として、2009年9月より開始したものであり、建築スタイルの一つであるバイオ建築の設計原理に基づいて、近隣との共生するバイオ建築の在り方を明らかにするものである。本年度は、それまでの調査の内容を改良し、社会的・物理的環境変化による建築・近隣地区の変化を把握するために実施した。この調査では約90世帯を対象にインタビュー、アンケート、物的調査を実施した。結果として、(1)家族形態の変化が建物の拡張を誘導し、「建築物の不規則な密集化」を引き起こす要因であること。(2)建物規模の拡大要求は、家族形態の変化に対応することのみならず、近隣との社会的・経済的活動にも起因すること。(3)建物規模の拡張は、換気の障害といった影響を環境パラメーターに直接与えるとともに、中庭での社会的機能等にも影響を及ぼしていることなどを明らかとした。また、環境パラメーターの分析においては、気温、湿度、雲行き、風速と方向、太陽放射、雨降りといった環境データを分析し、この研究地域は、湿っぽい上、年間60%の高い太陽放射量があるので、住まいには相応しくない環境であること明確化した。ここで得られた知見は、バイオ建築設計上で解決すべき、最も重要な設計要素の手がかりである。このような湿度の高い気候では、中庭や建物の路地といった機能スペースを遮断する傾向が増したことで、より高度な設計が要求される。なぜなら、建物面積の拡張は、横断的な換気を必要とする気候の性質に反するからである。このような考察をもとに、最終的には「共生都市コミュニティ設計へのアプローチ」の戦略と方法論を提案した。以上の内容を取りまとめ、学術論文に投稿した。
著者
HILL P.Jonathan (2012) JONATHAN P.HILL (2011) JONATHAN P. (2010) SANCHEZ Ballester SANCHEZ BALLESTE M.N.SANCHEZ Ballester
出版者
独立行政法人物質・材料研究機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

無機物質と有機物質の両方の特性を兼ね備えかつナノメートルレベルの構造特性を持つ物質の合成は、様々な機能材料の開発にとって重要である。本研究では、マンガンと鉄を含む配位型の有機・無機ハイブリッドを新たに合成開発した。配位高分子(Coordination Polymer)としてはこれまでに報告のない種類のものであること、遷移金属の酸化物が組み込まれた新しいタイプのハイブリッドであること、二量体と三量体のマンガンクラスターの中間的な状態を持つ大変希少な形態であることなどが、結果としてわかった。これらの化合物合成は、物質科学上の研究ということだけではなく、生体内の金属クラスターの模倣という点からも進められている。本研究の成果は、いくつかの論文上で発表したが、特にDalton Transaction誌においてその詳細を報告した。また、いくつかの金属酸化物のナノ構造体の合成を室温条件下で行ったところ、そのうちに非常に比表面積地の高いものが得られた。この物質の特性をさらに検討するため、スーパーキャパシターやORR電気触媒反応の検討も行った。さらに、新規なキレート型ナノ粒子の合成と太陽光変更素子への応用も手がけた。後者の二つの研究テーマを次のポジションでも継続的に進める予定である。
著者
大隅 尚広
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

これまでの研究において,他者からの不公正な金銭の分配を受け入れて利得を得るか,それとも拒絶して互いの利得をゼロにするかという意思決定場面(最後通牒ゲーム)におけるサイコパシー特性の影響を検討した結果,サイコパシーの利己性が高い個人は不公正を受諾する傾向が高いことが示された。この課題における不公正の拒絶は非合理的であるが,公正規範を犯した他者への罰,あるいは公正性の回復(不平等への嫌悪反応)としての意味があると考えられる。そこで,他者への罰の動機を検討するため,他者が意図的に不平等な分配を行った条件と,他者が意図せずに分配金額が不平等になってしまった条件における意思決定を比較した。その結果,実験参加者の拒否率は意図の有無という要因では変わらず,サイコパシーの影響のみが見られた。つまり,これまでの実験における拒否行動には罰の動機は含まれず,不平等への嫌悪反応を基盤としている可能性が示唆された。そして,このことから,サイコパシーによる拒否率の低下は嫌悪反応の低下であるということが推測される。また,この結果は,脳神経イメージングを行った前年の実験の結果,すなわち,嫌悪感情の脳表象であると考えられている前部島皮質が拒否率と相関すること,そしてサイコパシーによって前部島皮質の活動が低下することと整合性をもつ。また,イメージングの結果をさらに解析すると,サイコパシー傾向による前部島皮質の活動の低下が扁桃体の活動の低下と機能的に関連することが明らかになった。つまり,サイコパシーによって不公正が受諾される背景には扁桃体の機能低下の関与が示唆され,サイコパシーの扁桃体の機能低下説を支持した。この結果は,日本パーソナリティ心理学会第19回大会にてポスター発表された。また,国際学術雑誌に投稿予定となっている。
著者
澤田 剛 MALIK A.K. MALLIK A.K.
出版者
熊本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

環境科学、食品科学、臨床医学などの分野で重要な物質の幾何異性体を、高速液体クロマトグラフィによって分離、分析することは、分析化学の分野で重要な課題である。本研究では、高選択的な逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)に利用可能な、新奇な交互共重合ポリマーシリカハイブリッド型充填剤を開発することを目的としている。平成24年度は、分子ゲルを形成するL-グルタミド脂質を末端に導入し、アミド基を高密度で配向制御した超薄膜シリカ微粒子(si1-FIP)を合成し、RP-HPLC充填剤としての可能性を検討するとともに、これまでの研究成果をまとめて、図書の1章として発表した。Si1-FIPは、L-グルタミド脂質を合成してアミド基を置換後、アミノイソプロピルトリメトキシシラン(APS)修飾シリカ表面に導入して合成した。Si1-FIPを充填剤としてRP-HPLCを行った結果、多環芳香族類、特に、o-,p-ターフェニルの分離において高い形状選択性を示した(α_p<-/o-Terpheny1>=24.9)。また、これまでの研究成果を総括した結果、電荷移動相互作用を利用したN-マレイミド-オクタデシルアクリル酸エステルの交互共重合体や分子ゲル構造を利用した超薄膜を形成することで、アミド基やカルボニル基を高密度で配向制御した超薄膜が形成できることを見いだした。超薄膜シリカ微粒子をRP-HPLCの充填剤に利用することで、トコフェノール類やステロイド類、多環芳香族類をそれぞれ高い形状選択性を示した。特にトコフェノール異性体では、25min以内で完全分離が可能となった。これはL-グルタミド脂質部位とアミド基による水素結合、カルボニルπ相互作用等の弱い相互作用の多点集積化により、形状認識能が向上したためと考えられる。
著者
長澤 和也 DANNY Tang
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

わが国では近年,気温の上昇ばかりでなく,周辺海域における海水温の上昇が観測されており,地球温暖化が現実のものとなりつつある。水産分野で早急に対処しなければならないのは,地球温暖化による漁業生産への影響評価である。本研究では,1)沖縄産亜熱帯性魚類に寄生するカイアシ類の分類学・生態学的特性を明らかにするとともに,2)地球温暖化に伴う彼らの本土侵入を予測し,わが国の水産養殖業における病害虫としての彼らの影響を評価することを目的とする。本年度も,昨年度に引き続き現地での標本採集を行って同定するとともに,地球温暖化に伴って本土に侵入する種を推測した。得られた知見は以下のとおり。(1)沖縄県沿岸・近海で漁獲された海水魚を入手して寄生虫学的検査を行い,得られた寄生性カイアシ類の同定を行った。大きな研究成果として,アマダイ類の鰓に寄生するカイアシ類を新科Pseudohatschekiidaeとして認め,記載した。(2)人工飼育下(水産研究機関・水族館)の海水魚を調べ,寄生性カイアシ類の同定を行った。ハタ類からレペオフテイルス属の1種,ジンベエザメからプロシーテス属の1種が採集された。後者の分類・同定には混乱が見られたので,形態を詳細に観察して,この問題を解決した。また,前者は亜熱帯性で,水産養殖上重要なハタ類に特異的に寄生し,重度寄生の場合には宿主の斃死を招くほど病害性が高いことが判明した。
著者
金子 啓祐
出版者
愛媛大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

Ca^<2+>/calmodulin依存性プロテインキナーゼ(CaMK)はすべての真核生物に存在し、動物では神経機能の調節、植物においては微生物との共生の制御にかかる。一方で、真菌類におけるCaMKの機能はほとんどわかっていない。これまで我々は担子菌Coprinopsis cinereaの新規CaMK遺伝子CoPK12を同定した^<(1)>。CoPK12は担子菌キノコ特有の活性化機構を有しており、その活性がC. cinereaの菌糸成長と関わることが示唆された。当該年度では、CoPK12が担子菌キノコ特有の細胞内局在を示すCaMKであることを明らかにした。菌糸細胞を細胞分画したところ、CoPK12は菌糸細胞の細胞膜に局在していた。一方で、内在性プロテアーゼによって生じる46kDaの分解断片は細胞質に局在していた。in silico解析によりCoPK12はN-ミリストイル化を介した脂質修飾を受けることが推測された。そこで、放射性同位体を用いたin vitroN-ミリストイル化アッセイによりCoPK12のN-ミリストイル化の可能性を調べたところ、CoPK12は有意にN-ミリストイル化を受けることが明らかになった。酵母細胞に発現させたCoPK12は細胞膜に局在したが、N-ミリストイル化部位を変異させたところ、細胞内局在が細胞質に変化した。このことから、CoPK12はN-ミリストイル化を介して細胞膜に局在するCaMKであることが示唆された。CaMKの多くは細胞質に局在することが知られており、N-ミリストイル化を受けるCaMKは前例がない。さまざまな生物種のCaMKのアミノ酸配列を用いてアライメント解析を行ったところ、担子菌キノコのCaMKが特異的にN-ミリストイル化を受けることが示唆された。一方で、担子菌キノコのCaMK間でN-ミリストイル化周辺のアミノ酸配列がほとんど相同ではなかった。このことから、担子菌キノコのCaMKの膜局在は、それぞれの遺伝子が独自に進化したことによるものだと考えられた。これらのことから、CoPK12の膜局在化は担子菌キノコ特有の現象であることが強く示唆された。(1)Kaneko K. et al. Siochim. Biophys. Acta 1790 (2009) 71-79.
著者
杉 達紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

TgMAPK1がトキソプラズマの生態に果たす役割を解析するために、TgMAPK1の染色体位置上に変異を導入した。発現誘導が可能である、Destabilizing Domain (DD)タグをタンパク質N-末に融合した形で発現するように組換に成功した。DDタグが付加されたTgMAPK1はDDタグの低分子リガンドであるshield-1存在下において、濃度依存的にタンパク質の蓄積量の増加した。Shield-1の処理により強発現となったDDタグ融合TgMAPK1は原虫の生育を止めたことから、DD-TgMAPK1がDDタグの存在により機能を損なっていることが示唆された。HAタグをN末に付加したTgMAPK1に種々の変異を導入した配列により、原虫が持つTgMAPK1位置でノックインした原虫を作成した。低分子化合物であるBKIの一つである1NM-PP1による感受性が変化する感受性決定アミノ酸位置が、G, A, T, F, Yのそれぞれのアミノ酸に置換された変異体を作出した。Alanineを感受性決定アミノ酸に持つTgMAPK1をコードする組換原虫RH/TgMAPK1Aは、1NM-PP1により低濃度(100nM以下)で増殖が阻止されたのに対して、Tyr。sineを持つTgMAPK1をコードする組換原虫RH/TgMAPK1Yは耐性を獲得していた。1NM-PP1処理時において、核のDNA量の変化についてフローサイトメトリーで観察した。その結果RH/TgMAPK1AとRH/TgMAPK1Yともにゲノム複製の完了を示す細胞内DNA量2Nまでは相違なく進んだが、RH/TgMAPK1A (1NM-PP1感受性株)においては核分裂および細胞分裂期の進行を示す1NのDNA量を持った細胞が減少した。これは、TgMAPK1がDNA合成以降の細胞周期の中でチェックポイントとして働いていることを示唆している。
著者
遠藤 俊祐
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

1,四国三波川帯の五良津岩体を構成する各種岩石(エクロジャイト,ざくろ石角閃岩)の熱力学相平衡解析(pseudosection解析)を行い詳細かつ定量的な温度-圧力経路を導出した,この研究では,複雑な履歴を経た岩石から信頼度の高い温度-圧力経路を導出するため,逆解析(地質温度圧力計)および前進解析(pseudosection解析)を組み合わせた相補的手法を用いる重要性と,各変成段階で酸化還元状態を独立の変数として考慮する重要性を示した.こうした精密解析の結果,これらの岩石が沈み込み帯において,沈み込み,沈み込むプレート(スラブ)から剥離し,マントル深度から上昇するプロセスを明らかにし,そのメカニズムについてモデルを提案した.これまで五良津岩体の大部分を構成するざくろ石角閃岩は,エクロジャイトが浅所まで上昇する過程で加水変質による産物と考えられてきたが,一部のざくろ石角閃岩は深部で安定であり,初生的岩相であることを示した.エクロジャイトより低密度なざくろ石角閃岩が卓越することで,五良津岩体は浮力上昇した可能性がある.2,天然には稀少でありながら,沈み込み帯深部に普遍的に分布することが予測され,重要視される'ローソン石エクロジャイト'をフランシスカン帯ジェナー海岸から新たに発見した.新たに見出した同岩石は,解析の結果,より高温の沈み込み帯を特徴づける'緑簾石エクロジャイト'から低温沈み込み帯を意味する'ローソン石エクロジャイト'へ変化したものであることが明らかとなった.また,特に低温の沈み込み帯条件では,塩基性岩は高い保水能力をもつため,系内の水がすべて含水鉱物として固定される状態(流体が存在しないか,水以外を主成分とする流体が存在)が一般的となる可能性を示唆した.このことは従来の高圧変成岩の解析で一般的に行われる,H_2O流体の存在の仮定に注意を促すものである.
著者
早尾 貴紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

ヨーロッパ近代思想史上の最大の課題とも言える国民国家/多民族共存の問題が、現在のパレスチナ/イスラエルに転移しているという認識、つまり、ユダヤ人問題の外部化によってユダヤ人国家イスラエルが誕生し、同にパレスチナ人が難民化したという認識から、二つの課題に取り組み発表論文を執筆した。一つは、パレスチナとイスラエルのあいだで際限なく繰り広げられる暴力(テロリズムもその一つ)の所在を突き止めること。パレスチナ/イスラエルにおける暴力は、端的に、相手の存在を否定し、自らの存在を確保するために行なわれる。だが、相手との対称性をもつその論理は無限に反転し、「暴力の連鎖」は止まることがなくなる。また、それぞれの暴力は同時に自らの存立基盤をも崩壊していく。それに対して、たんに絶対平和主義に立つのでもなく、またどっちもどっちという相対主義の立場に立つのでもない、暴力批判の倫理のあり方を考察した。もう一つが、ユダヤ人とアラブ人の、イスラエルとパレスチナの共存の枠組みを探ること。一般に宗教対立と思われがちなパレスチナ/イスラエルの民族問題の解決は、ヨーロッパ近代的な理念である、世俗国家・民主国家によって得られるのか。あるいは、それとは異なる国家原理はありうるのか。これまでの歴史のなかで実際に謳われたいくつかの国家理念(それには、二民族が一つの国家の中で共存をすることを目指す「バイナショナリズム思想」も含まれる)を検討しながら、それらがどれだけの現実可能性と批判力をもつのかを検討した。
著者
五味 正一 (三石 正一)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

遺構を恒久的に露出・展示しながら保存するために,遺構の乾燥化を防ぐ親水性ポリマーが土壌中の水分移動に与える影響をあきらかにするために研究をおこなった.実験に使用した試料土には立川ローム,供試ポリマーにはポリシロキサン-ポリオキシアルキレンオリゴマー(分子量700、以下SAO)と,ポリエチレングリコール(分子量400、以下PEG)を用いた.土壌の水分蒸発に影響を与えている供試ポリマーの浸透深さを知るために,供試ポリマー散布後の土壌中の水分ポテンシャル分布をWP4-Tを用いて測定した.その結果,SAOは深さ1cm,PEGは深さ1.5cmまで浸透していることがわかり,この結果から,乾土重あたりの供試ポリマーの比,すなわち混合ポリマー比を計算した.そして供試ポリマー混合試料土を作成し,水分保持特性曲線をWP4-Tを用いて作成した.水分保持特性から,PEGを混合した土壌の水性はSAOを混合した土壌の2倍の保水性を有することがわかった.また供試ポリマー混合試料の水分保持特性曲線をもちいて,供試ポリマー浸透層中の水通過抵抗係数をあきらかにした.その結果,SAO混合試料の水通過抵抗係数は1×10^<-13>cm s^<-1>,PEG混合試料は1×10^<-12>cm s^<-1>となり,PEGよりもSAO浸透層中の水は移動し難いことがあきらかになった.これまで得られた実験結果をもとに,供試ポリマー浸透層による輸送抵抗を考慮した土壌水分蒸発速度の予測をおこなった.輸送抵抗を組み込んだバルク式を用いて蒸発速度を計算した結果,蒸発速度を低く見積もった.その理由として,ポリマー浸透層中では水蒸気ではなく液体水が移動していることが考えられる.本研究では,供試ポリマーの添加による土壌の保水性の上昇と,ポリマー浸透層中の水分移動の相関はみられなかった.親水性ポリマーによる土壌の水分蒸発の抑制や水分蒸発量の予測には,土壌間隙中のポリマーの存在形態および水分子との関係の把握が必要であることがあきらかになった.
著者
加藤 雄一
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

DNAで可溶化した単層カーボンナノチューブ(ナノチューブ)をコール酸ナトリウム水溶液に分散させた。この溶液に、レーザー光を照射し、カイラリティ選択的な可溶化剤の交換を試みた。当目的のためにナノチューブ可溶化剤の交換挙動について調査した。DNAは長さの異なるオリゴー本鎖DNAを用い、可溶化剤の被覆率を吸収スペクトルから求めた。そして反応の平衡定数、熱力学パラメータを、カイラリティの異なるナノチューブそれぞれについて実験的に決定した。これはナノチューブと可溶化剤の相互作用の解明への道を拓いたことを意味する重要な成果である。まず、DNAの長さの影響について興味深いことが分かった。長さによって、加熱によりコール酸ナトリウムからDNAへの交換が進行するか、逆のDNAからコール酸ナトリウムへの交換が進行するかが異なることが分かった。この成果の意義および重要性は、レーザー光照射による交換についての、濃度条件や温度条件などの基本的な実験条件を求めたことにある。この成果は論文としてScientific Reports誌において発表した。またInternational Association of Colloidand Interface Scientists,Conferenceなど国際学会および国内学会で発表を行った。コール酸ナトリウムの濃度が交換挙動に与える影響を調査し、ある濃度においてコール酸ナトリウムとナノチューブの相互作用が変化することを明らかにした。この成果は論文としてChemPhysChem誌において採択された。またこの成果に関する発表は九州コロイドコロキウムにおいてposterawardを受賞した。さらに上記可溶化剤分子のサイズと濃度とが相互作用に与える影響についての体系的な調査結果と、可溶化剤交換についてのノウハウを踏まえた結果、低分子化合物であるフラビン誘導体を可溶化剤に用いたカイラリティ分離と、その後の可溶化剤を除去し、別の可溶化剤に交換することによるナノチューブの再分散に成功した。この成果は、現在論文投稿準備中である。
著者
松本 ディオゴけんじ
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

当該年度に実施した研究の主要な成果は以下の通りである.1. ベキ等なヤン・バクスター写像の構成とバブルソートとの関係全順序集合の要素をいくつか並べ, 隣り合う要素の大小を比較しながら整列させるソーティングアルゴリズムをバブルソートと呼ぶ. バブルソートは可積分系における重要な研究対象である超離散戸田分子方程式, 箱玉系と関係があることが知られており, バブルソートに現れる"隣り合う2元を大小関係に従って並べ替える写像"は全順序集合上のベキ等なヤン・バクスター写像を与えていることが示されている. そのため一般のベキ等なヤン・バクスター写像はバブルソートの一般化と考えられ, ベキ等なヤン・バクスター写像の構成は超離散可積分系を理解するための新しい視点を与える重要な研究対象であると考えられる.本研究では, 分配束(全順序集合を含む代数系)上のベキ等なヤン・バクスター写像を考察することにより, 二つの非可換な二項演算を持つプレ・半環に吸収律を緩めた条件を追加して得られる代数系からベキ等なヤン・バクスター写像が構成されることを示した. また, この代数系は零環(積が零元となる自明な環)を含んでおり, 去年度研究をした半群上のベキ等なヤン・バクスター写像の延長上の研究である.2. 上述の代数系の構造と余積の調査分配束は上述した代数系の重要な例であり, 上述の代数系で消約律や可換律が成立をするものを考えることにより, 分配束が得られることを示した, また, 適切な条件を考えることによりこの代数系上の余積の族が得られることも示した.
著者
宮崎 展昌
出版者
東洋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

昨年度半ばより引き続き,アメリカ合衆国・Stanford大学に滞在し,研究に従事してきた.昨年度後半より着手した博士論文の一部についての出版準備を進め,『阿闍世王経の研究-その編纂過程の解明を中心として』(山喜房佛書林,東京)として8月末に上梓することができた.同書ではその副題にあるように,主に文献学的方法論にもとづきながら『阿闍世王経』の編纂過程について論じ,筆者がこれまでに獲得しえた研究成果を広く公開することができた.今後はその成果をもとに,インド仏教思想史上における『阿闍世王経』の位置付けについて解明を進めていきたい.上記拙著の出版準備完了後は『阿闍世王経』のテキスト研究を再開した.すなわち,チベット・カンギュル諸本を用いて校合作業を進め,同経の巻(bam po)第五について校合作業を完了することができた.今後は同部分の訳注研究を進めながら,テキスト校訂を試みる.さらに,残る巻第一及び第二の部分についても校合作業および訳注研究に着手する予定である.また,他のカンギュル諸本との関連が明らかにされていない,新出のタボ寺写本やゴーンドラ写本などについて,校合・校訂作業にもとづきながら,二大系統としてしられるテンパンマ系・パンタンマ系との関係についても調査を進めている.一方,『阿闍世王経』と般若経典類との関連を探るために,『金剛般若経』『文殊般若経』『八千頌般若』について調査を進めている.今後は『二万五千類般若』などについても調査を進め,それらと『阿闍世王経』との関連について検討・考察を進めたい.
著者
高島 響子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

メディカルツーリズムにおいて、患者の「渡航行為」により新たに生じる問題を抽出するために、近年英国で問題となっている英国からスイスへの渡航幇助自殺について、事例研究、文献調査、ならびに英国にて当事者への聞き取りを行った。その結果、英国内では実施することのできない自殺幇助を、実施可能なスイスに渡航して実現する人(患者)が登場したことで、英国内の議論に変化が生じたことがわかった。英国は、積極的安楽死ならびに自殺幇助を法律で禁じており、それらを望む人々による法改正等を求める裁判や運動が、20世紀初頭より繰り返されてきた。行方で、スイスは利他的な理由からなされた自殺幇助は法的に罰せられず、事実上実施可能である。2002年頃より、英国からスイスへと渡航して自殺幇助を受ける人が報告されるようになった。こうした「渡航幇助自殺」の増加に伴い、英国内において1.国内での自殺幇助実施を認める要請、2.渡航幇助自殺を認める要請の2方向で議論が起きた。現在のところ1.の要請は成功に至っておらず、一方2.については、2009年Debbie Purdyの貴族院判決において、渡航幇助自殺を求める原告が初めて勝訴し、渡航幇助自殺が事実上容認されたともとれる状況が生まれたことがわかった。国内では禁止規制により解決できない問題が、合法的に実施可能な他国の存在を利用した渡航医療を包含することで解消されるという構図が生じた。これを「一応の解決」とみなすことも可能だが、国内における実施容認へのさらなる要請、また受入国側の規制変化(渡航医療の受入制限)の可能性が考えられ、すでにそうした動きもみられた。以上のような渡航医療と国内規制および受入国との構図は、国によって法規制が異なる他の医療にも当てはまりうるものであり、日本において問題視される渡航臓審移植や渡航生殖補助医療の今後の議論の在り方に有用な示唆を与えた。
著者
小坂田 耕太郎 NELI Mintcheva NELI N.Mintcheva-Peneva
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

前年度までの成果に基づき、かさだかい有機ケイ素配位子であるシルセスキオキサンを配位子とする有機白金およびパラジウム錯体の合成を行った。キレート配位するテトラメチルエチレンジアミンや2,2-ビピリジンを支持配位子とするフェニル(ヨード)およびジヨード錯体をシルセスキオキサン配位子の置換反応で新規錯体に導いた。シルセスキオキサンパラジウム錯体は、これまで合成例がなく、本研究がはじめての報告となる。錯体の構造は単結晶構造解析で明らかにしたが、溶液中の構造をNMRスペクトルで検討すると動的な挙動を示すことがわかった。H,C,FなどのNMRスペクトルを種々の温度で測定し、精密に解析することによって、この錯体はこれまでに申請者がみいだした、O-H-O水素結合のスイッチングに加えて、シルセスキオキサンが回転することによってコンフォメーション異性体の変換がおきていること、シルセスキオキサン配位子がきわめてかさだかいために、そのコンフォメーション異性体が低温では区別して観測されることが明らかになった。類似の錯体を多数合成し、比較することによって、中心金属の電子状態とコンフォメーション変化速度とに相関があることがわかった。このような結果と以前の結果とをあわせて、後期遷移金属のシルセスキオキサン配位錯体の合成法、構造変化について広範な立場からの区分をおこなった。その結果、種々の動的挙動のパラメーターがモデル化合物であるシリルオキソ錯体とは大きく異なることを明らかにすることができた。本研究によってシルセスキオキサン錯体についての重要な知見が得られ、これを米国化学会発行のOrganometallics誌に2報の論文として報告した。