著者
小田 達也 姜 澤東
出版者
長崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

海藻類中には、多くの有用な成分が含まれている。近年、昆布やモズクに含まれる硫酸化多糖体であるフコイダンはアポトーシス誘導、抗酸化、抗腫瘍、免疫賦活、血圧降下、血糖値降下など多彩な作用を示すことから、硫酸化多糖体のさまざまな利用法が期待されている。これまでの研究により、アルギン酸の工業的原料として広く用いられている褐藻類アスコフィラム・ノドサム乾燥粉末からフコイダンとは異なる画分として硫酸化多糖体アスコフィランが比較的高収率で得られることを見出している。アスコフィラム・ノドサムにおけるアスコフィランの存在は古くから知られたが、その生理活性に関する研究はほとんどなかった。そこで、我々はアスコフィランの生理活性を主にとして、様々な研究を行った。その研究成果により、アスコフイランはU937細胞に対するアポトーシス誘導、哺乳類MDCK細胞の増殖促進、サルコーマ180担癌マウスに対して延命効果、マクロファージRAW264.7細胞からの一酸化窒素(NO)及びサイトカイン(TNF-α及びG-CSF)放出誘導活性など多彩な生物活性を示すことを見出した。最近の研究により、アスコフィランはJNKMAPK経路及びERK MAPK経路を介してRAW264.7細胞におけるNADPHoxidase (p67^<phox>とp47^<phox>サブユニット)を誘導させ、RAW264.7細胞から活性酸素(ROS)放出を誘導することを見出した。さらに、in vivoで、アスコフィランをマウスの腹内に投与した後、マウス脾臓からnatural killer (NK)細胞はマウスリンパ腫細胞(YAC-1)に対する細胞傷害作用が上がることが分かった。さらに、固形腫瘍担癌マウスへのアスコフィラン経口投与により、腫瘍サイズの減少が見出された。
著者
大條 弘貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

水ストレス下にある植物の道管内の液には高い陰圧がかかる.このとき,木部にある気体が道管表面にある壁孔を通して内部に引き込まれ,その気泡が道管内腔を満たすこと(キャビテーション)で水の輸送が妨げられる.一方で,灌水による水ストレスの緩和に伴い,通水性が回復することが多くの植物で確認されてきた.この通水性の回復は,木本植物を用いた研究から,道管周囲の柔細胞から道管内に浸透的に水を入れ込み,道管を再充填させる可能性が示唆されている.また,木部内のデンプンの分解とショ糖濃度の上昇がみられ,浸透物質としての糖の関与が考えられている.しかし近年,木部に高い陰圧がかかった状態で通水性を測定するための試料を作製すると,水切りの際の切り口から道管内に気泡が侵入し,通水性の低下を過大評価してしまう可能性が示唆されている(cutting artifact; Wheeler et al. 2013).このため,観察されてきた通水性の回復現象の多くは空洞化した道管に水が再充填された結果ではなく,cutting artifactによるものではないかと疑問視されている.平成26年度はひまわりの葉柄を用い,このようなartifactがない状況で水ストレスによって生じたキャビテーションが灌水時に解消されるのか調べた.またそのとき,浸透物質としての関与が示唆されている糖の量の変化を調べた.結果,ヒマワリの葉柄において,灌水による通水性の回復,つまり道管の再充填現象が確認された.一方で,通水性の回復に伴った葉柄内のグルコース,ショ糖,デンプンの濃度に変化はみられなかった.葉柄内の道管の再充填は,篩部を通した葉身からの糖輸送に依存している可能性がある.
著者
遠藤 貴美子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

1980年代後半以降, 日本経済はグローバル化を迎え, 国内産地は激しい国際競争の進展に直面している。特に日用消費財は安価で豊富な労働力を保有する東南アジアへ急速に生産拠点を移行してきた。一方で, 企業間の近接立地に依拠した受発注連関もまた業種や生産場面によっては不可欠である。情報伝達技術が発達した現代においても, 数値化や言葉で説明することが困難な知識や技術の共有・伝達においては, 企業間の直接接触に依存するからである。本研究ではニット産業を事例に, 先進国の大都市工業集積を中心とした生産の地域間分業を分析し, 企業間連関と生産の空間構造とを明らかにすることによって, 国際分業化における大都市工業地域位置づけと役割を再検討することを目的とした。この際, 城東地域に立地するニット関連業種の中でも, 生産のオーガナイザーである「ニットメーカー」を分析の主眼とした。平成25年度は, 平成24年度に現地で行った資料収集や視察の結果などをから分析を進め, 学会発表でその成果を発表した。さらに, 学会発表で議論を深めながら博士論文として執筆した。その内容は, 学術雑誌での発表に向けて準備中である。具体的な内容としては, ニットメーカーと各種生産拠点との連関については, メールによるCAMデータの電送やメール, 電話などによって事業所間の距離はおおよそ克服されているものの, 生産ラインや品質チェックといった場面では事業所間の直接接触は定期的に必要であることが明らかとなった。また, 通常の発注時においても, 円滑な意思疎通を可能にしているのは長期取引やそれまでの直接接触の経験によって構築した相互理解でもあった。なかでも海外工場との取引では文化的距離の障壁をも伴うため, 相互理解を構築するには言語や民族的価値観, 労働環境に対する配慮がなされている。これらのことから, 城東地域に立地するニットメーカーはグローバル分業上での取引費用の削減に多大な役割を果たしていると指摘できる。すなわち, 東京城東地域の当該産業集積は量産という意味でのかつての製造機能を弱めた一方で, デザイン補助や小ロット短納期生産, また生産オーガナイズの機能を強めるといった形態で, 地域間競争・国際競争の激化後も生産システム上で重要な役割を果たし続けていることが明らかになった。
著者
髙須賀 圭三
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、既往調査によって野外で発見したクモヒメバチ一種の産卵行動を飼育下で再現させる系の構築に着手したが、うまくいかず課題を残した。野外で成熟メスを確保することが難しく、羽化させたメスを飼育することで成熟させ供試したが、この手法では産卵しなかった。今後、野外個体による追試を行う必要がある。本種を含め、本研究で発見されたクモヒメバチ二種の野外での産卵行動は、例数の少なさから学術誌への報告は控えている。ただし、植物上に複雑で繊細な不規則網を張る寄主(ニホンヒメグモ)を室内で造網させる系を確立できたことは、今後の進展に寄与する成果である。また、本種を含め計三種で行った交尾実験がいずれも不成功に終わったことは、本研究最大の障害となった。ネガディブデータが今後の研究に活かされることを期待する。初年度から着手したクモヒメバチによるクモの網操作には進展があった。過去二年に行った網の構造比較や造網行動観察などで、ニールセンクモヒメバチが、ギンメッキゴミグモが脱皮前に張る休息網を操作網として強制的に作らせていることは証明できた。本年度は去年度から開始した引張試験による追加試験を行い、操作網の糸の耐荷重が、休息網や円網の糸より遥かに高い一方で、応力では3つの網の間で有意差がないという結果を得た。これらは、休息網に補強の目的はないことと、操作網は、休息網を発現させた上で糸を繰り返し張らせて耐久性を向上させていることを示している。クモの脱皮期間が数日なのに対し、ハチがクモを殺してから羽化するまでに平均10日以上を要したことから、操作網の耐久性にかかった選択圧が、糸張りの繰り返しを進化させたことが考えられる。本研究は、寄生者による寄主操作の適応的意義を物理特性から明らかにした数少ない事例であり、現在J Exp Biolの査読を受けている。また、クモヒメバチによる網操作現象を概説した論文を生物科学に発表した。
著者
田口 陽子
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は、現代インドの都市における「公共性」のあり方を明らかにすることである。平成23年度は長期の現地調査を行い、南アジア研究における人格論を援用して、ムンバイにおける公共性を検討した。調査開始当初は、現地の都市計画と食物を扱う移民商人の活動の関係性に焦点を当て、人格を構成する「物質コード」(物質と規範コード、行為者と行為を切り離せないものとして考える南アジアのエスノ・ソシオロジーの概念)の概念を検討するべく、食物の授受や流通についてのデータを収集することを目的としていた。現地で調査を進めるにしたがい、現代ムンバイにおいてミドルクラスの「市民」における社会運動が活発化しており、それらの運動がおもに食物を扱う移民商人、露天商の啓蒙と排斥という一見矛盾する活動に力を入れていることがわかった。物質コードの授受や公共空間の再構成に直接かかわり変更を加えようとするそれらの運動に焦点を当てることが本研究にとって重要と判断し、「市民活動」を看板に掲げるムンバイ市の住民団体や英字新聞、政治団体を主な調査対象とした。具体的には、タブロイド紙の主導する美化キャンペーン、ミドルクラスの住民団体による市民活動、「市民候補者」を選出しようとする選挙運動への参与観察と主要活動家への聞き取りを行った。物質コードの概念は、ムンバイにおける「市民」や「市民社会」を分析概念としてのみではなく具体的でローカルなマテリアルとして捉えるために有効だと考えられる。そのうえで、本研究では、物質コードのやりとりに注目して現実生成の過程を観察することを試みた。具体的には、調査対象者の用語や行為、使用されるモノに焦点を当て、彼らによる「市民」の具現化と美学がどのような形で表されているのかを分析した。さらに、公共空間をめぐるミドルクラスの活動家と露天商らのコンフリクトに注目し、パーソンの重層性と空間的境界の変容を検討した。
著者
相馬 雅代
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

卵生の動物のメスにとって産卵量の調節は,限られた繁殖資源を配分投資し,自身とさらに子の適応度を最適化するという面で,重要な繁殖パラメータである.一般的に,卵1個に対する栄養投資量が多いほど子の生存率は高まる一方,メスには総投資量として大きな負担を強いることになる.また,一度の繁殖で産む卵は多いほうが,効率的に子の数を増やすことができ,適応度に寄与する可能性もあるが,他方で,育児・育雛のコストが大きくなり兄弟間競争が激化するぶん,メス自身や子の各個体にとって必ずしも利益となるとは限らない.そのため,産卵量の調節は,繁殖コンディションの影響を鋭敏に反映するのではないかと予測されている。このような産卵量の調節に関わるのが,繁殖コンディションやつがい相手オスの質である.ジュウシマツのような鳴禽類は,性淘汰形質として発声行動(歌)を求愛ディスプレイに用いる.そこでメスは,どのような歌をうたうオスとつがうと産卵投資を増加させるのか検討を行った.その結果,それぞれのメスがつがった相手の歌の音響特性が,初期発達期にさらされた歌とどれだけ似ているかどうかという指標が,卵重・一腹卵数・性比の増減に関連していた.メスの配偶投資に反映される選好性には,父親よりも,発達初期に社会交渉のあった非父親オスの歌の方が影響を与えていることが示唆された.このことは,初期聴覚記憶にもとづく性的刷り込み学習が繁殖投資に影響している一方で,近親交配を促進するような,すなわち父親の歌を選好するような傾向は無いことを示唆している.この結果については,学会において発表を行い,論文を準備中である.
著者
塩澤 健一
出版者
中央大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

2006年3月12日、政府の発表した米軍再編案に絡んで山口県岩国市で住民投票が行われた。現在厚木基地に配備されている空母艦載機57機の岩国基地への移駐に「反対」が圧倒的多数を占めたこの住民投票について、同年6月から7月にかけて郵送調査を行った。住民投票の有権者であった合併前の旧岩国市内の住民2,101名を対象として行い、最終的な有効回答数は743件、転居・不着分等を除いた調査対象者に占める回答率は35.8%であった。基地を抱える住民の感情は見た目の投票結果以上に複雑であり、「反対」票が全て移駐案の「白紙撤回」の意思表示というわけではない。そこで本調査では、あくまで「白紙撤回」を求めるのか、条件付きで移駐受け入れを望むのかという点について尋ねた。実際の投票行動とのクロスデータを見ると、住民投票で反対票を投じた人の中にも「条件付き受け入れ」を望む回答は約3割に上り、市長選で「移駐反対派」の井原に投票した人で見ても、やはり同様の傾向が確認できる。また、住民投票を棄権した人の多くは「条件付き受け入れ」を求めていることが明らかとなった。すなわち、同一の争点について尋ねた場合でも、その尋ね方、選択肢の提示の仕方によって、「民意」の表れ方が異なることが、本調査のデータから明らかとなった。90年代後半に同じ米軍基地問題に関して沖縄で実施された2つの住民投票などとの比較も踏まえて考慮すると、特定の政策争点に関する「民意」は一回の、一種類の投票によってのみ一義的に決まるわけではないということが理解できる。
著者
矢島 宏紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成23年度も、図書を購入して前年度に引き続き研究動向の整理に努めた。その結果、アメリカ独立革命史研究においてこれまで相対的に低い関心しか寄せられてこなかった先住民や独立反対派(ロイヤリスト)に着目した研究が昨今多数現れていることが分かった。ロイヤリストや英国国教会にも関わる大西洋史の文脈でも最新の研究が多数見られ、私の研究テーマがアメリカにおける研究動向と乖離していないことが確認できた。昨年以来、南部におけるアメリカ主教派遣問題を中心としたアメリカ植民地と英国国教会の関係を探る論文の執筆を目標としていた。これについては手稿吏料の収集および解読が困難を極めることもあり、残念ながら平成23年度内に成果を発表することは叶わなかった。南部植民地における宗教に着目した研究が本邦において寡少である現状にあって本研究は完成すれば日本の初期アメリカ研究に一定の貢献ができると思われるため、今後も継続していく予定である。以上のように英国国教会と本国との関係を探る研究は未だ途中であるが、修士論文で注目したジョナサン・バウチャーという人物の伝記的考察を『東京大学アメリカ太平洋研究』12号に掲載した。これは一人物の分析を通じて独立革命当時の南部植民地における政治社会の実相に迫ることを意図したものである。バウチャーは革命期アメリカにおいて最も保守的な人物とされてきたが、彼のアメリカ植民地における軌跡を丹念に追ったところ、反動的とまでは言えないことが分かった。こうしたバウチャーが結果的に亡命を余儀なくされたのは、愛国派による詭弁的論難や暴力を伴う迫害を受けたことによる。ただし、彼は教会統治論上明らかに保守的であり、愛国派とは思想的に対立する要素を本来的に有していたとも言える。一方、愛国派の教会観も一枚岩的ではなかった。上で挙げた本国国教会の動向と合わせて、革命期アメリカの複雑な宗教状況を今後も考察していくつもりである。
著者
高橋 一誠
出版者
名古屋市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は、運転者の生体指標(心拍・呼吸)から覚醒度を推定し、覚醒度低下検出時に運転者を最適な運転水準へ誘導するシステムの基礎体系を構築することを目的としている。システムは①覚醒度推定に用いる心拍および呼吸を計測する静電容量センサ、②覚醒度推定アルゴリズム、③覚醒度維持刺激の3つの要素技術から成る。平成25年度に実施した各要素の技術開発の成果を以下に記す。①自動車運転時において心電図と呼吸を着衣状態で安定的に計測することを目的とし、本年度は静電容量型アクティブ電極を用いた心電・呼吸センサのプロトタイプを実車に搭載し、直進走行時において安定的に心電図と呼吸を計測できることを確認した。②眠気兆候を捉え易い心拍と呼吸を用い、覚醒度推定アルゴリズムの開発を行った。被験者48名の協力により実施した実験から、運転時の覚醒度低下に観察される心拍と呼吸の特徴を定量化した指標を用いたアルゴリズムにより、覚醒度推定の最も信頼性の高い眼球運動指標よりも早い段階で眠気兆候を捉えることができることを見出した。この成果はInternational Journal of ITS Researchに投稿している。③生理的に眠気を緩和させる手法の開発を目的とし、眠気時の血中酸素飽和度の低下に着目した。被験者16名の実験から、運転者の心拍と呼吸リズム間にCRPS (Cardio-Respiratory Phase Synchronization)を出現させることによって眠気時の頭部酸素量低下を抑えることができることを見出した。このCRPSは運転者の心拍リズムに同期した振動刺激をシート座面から付与することによって導出可能である。これらの成果は、IEEE Transactions on Intelligent Transportation Systemに掲載された。
著者
南澤 孝太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

当該年度は,入の力触覚知覚に関する基礎的研究,および力触覚インタラクションシステムの実装という両側面からの研究を行い,本研究のテーマである人の知覚特性を活用した力触覚ディスプレイの設計論を構築した.(1)指の皮膚感覚と腕の固有受容感覚の役割分担の検証と,両者を統合した力触覚提示手法の構築人間の力触覚の知覚において,指先から手首にかけての自己受容感覚を欠如しても,肘から肩にかけての4自由度の力覚提示のみでも十分な重量感の伝達が行えることを確認した.これにより簡易な装置による高品位な触覚情報提示が実現可能となる.また重量の知覚における皮膚感覚と固有受容感覚の役割分担および統合の効果について検証し,皮膚感覚は小さい力で優位に働き,固有受容感覚は大きい力で優位に働くという,相補関係にある役割分担が存在することを確認し,皮膚感覚と固有受容感覚が統合されることで,知覚域全体でのフラットなパフォーマンスが達成されていることを,心理物理実験を通じて検証した.この結果から,皮膚感覚は知覚範囲が狭いが分解能は高く,自己受容感覚は分解能が低いが知覚範囲は高い,という相補関係にある役割分担が存在することが示唆された.本研究成果はROBOMEC 2009およびIEEE Haptics Symposium 2010において発表を行った.(2)空中に浮かぶ三次元映像の把持操作が可能な,ハプティックインタラクションシステムの構築身体性を有する触覚情報の提示技術を開発するため,これまで設計した指先装着型ハプティックディスプレイと手掌部装着型ハプティックディスプレイを統合し,手袋型のハプティックディスプレイを実装したまた.物理シミュレーション空間において手のモデルを構築し,バーチャルな手と物体との接触における手の各部位での垂直力と剪断力の実時間計算を行った.さらに立体映像の提示を導入し,視覚情報と触覚情報の位置の一致により実在感の向上が行えることを心理物理実験により検証した.最後に,これうの知見を統合し,全周囲立体映像提示装置TWISTERにおいて手袋型ハプティックディスプレイを用いた,3次元視触覚情報提示システムを構築し,身体性を有する触覚コミュニケーションメディアの有効性を確認した.本研究成果は,東京ゲームショウ2009において技術展示を行い,ハプティックインタラクションの可能性を提示することができた.
著者
池上 高志 FROESE T FROESE T.
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

基本的なテーマである、身体化認知科学の研究を,特に2人以上の社会的なネットワークの中で考察していく、それを進めていくことが出来た。身体性認知科学とは、人の知覚とは外部から勝手にやってくる情報をパッシブに受け止めることではなく、自分で積極的に動くことである。つまり知覚と、自律的な身体運動は等価である。こうした身体性認知科学の視点をさまざまな機会で発表し、また認知実験やモデル実験で示すことができた。例えばAndy ClarkのBehav.Brain Sci.に対するコメント論文、Frontiers in Human Neuroscienceへの論文、あるいは国際会議での招待講演の中で主張してきた。具体的な実験として、知覚交差実験を新たに構築しなおすこともできた。これは、人を被験者としてコンピュータのスクリーン越しに触覚による対話をさせる実験である。仮想空間上の同じところに指があると、指先にはめたデバイスに刺激が生じるが、それは相手じゃなくてその仮想空間上の静止物に触っても生じてしまう。また、あいての本当の指の影に接触しても刺激が生じる。この静止物や影と、本物の相手の指を区別できるかどうか、がここでの実験である。この対話相互作用を繰り返し、この実験を行い、いつどういうタイミングでマウスをクリックするか、それが正しいか、またそのときに相手であることがはっきり知覚できたか(Perceptual Awareness Scale=PASという)、をアンケートで調べたりした。この結果、正しいクリックが高いPASを伴うことなどを発見することができた。これはひき続いて研究中である。この認知実験を説明する力学系モデルの研究は、論文として受理されている。
著者
高島 康弘
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

ES細胞から間葉系幹細胞を誘導しえたこと、この間葉系幹細胞は神経上皮細胞由来であることから、試験管内のES細胞の分化メカニズムと生体内の発生過程が同じであるのかを明らかにすることを目的として研究を行った。神経上皮特異的に発現している遺伝子であるSox1遺伝子にCreリコンビネースをノックインしたマウスを作成した。このマウスと、Rosa-stop-YFPマウスと交配することで、Creが発現すると、YFPが発現し、ひとたびCreが発現した細胞は、理論上Creを発現し続けることができるマウスを作成することに成功できた。このマウスを解析したところ、胎生期においては、YFP陽性すなわち神経上皮細胞由来のPDGFRα陽性の細胞が存在し、その細胞は多分化能および増殖能力を有しES細胞由来の間葉系幹細胞と同じ能力および形態の細胞であった。以上のことから、少なくとも胎生期において、神経上皮由来の間葉系幹細胞が生体内で存在することを証明しえた。次に出生後のマウスにて神経上皮由来の細胞が存在するのかを解析することにした。同様にSox1CreマウスとRosa-stop-YFPマウスを交配した。まず、間葉系幹細胞の存在が報告されている骨髄で解析をすることにした。出生直後のマウスを用いた解析からは、骨髄内にわずかではあるが、間葉系幹細胞が存在する、という所見を得た。この発生過程が、神経から直接関間葉系に分化するのか、Neural crestを経るのか、という問題に関して、PO-Creマウスを用いて、同様に行った。このとき、Sox1-Creマウスと同様にNeural Crestからも同様にできることがわかり、少なくともNeural Crestも神経上皮と同様の能力を持つということが分かった。
著者
李 敬淑
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究は、最近発掘された植民地地域の映画を研究対象に含め、戦時下の東アジア映画の全体像を把握するものである。そして、1931年満州事変から1945年第二次世界大戦終戦に至るまでの時期において日本、朝鮮、満州の映画界に現れた文化史的現状を「女優」という一つの軸を中心に分析することで、東アジア映画界のネットワークの在り様を明らかにすることを目的とする。その中で特に主眼を置いている課題は、既存の一国的な観点からではなく、帝国の中心(日本、内地)と植民地周辺(朝鮮・満州)との間で起こる統合/分離の緊張関係の中で、東アジア地域における戦時下映画を捉えることである。そのため、本研究は田中絹代、原節子、文芸峯、金信哉、李香蘭といった戦時下の東アジア映画界における重要な女優たちを対象にし、今年度は彼女らの表象比較に重点をおいて研究活動を行った。その結果、各々の表象を日本と朝鮮・満州映画史に結びつけつつ、しかし個別的女優史としてではなく、映画産業や国家政策、言説、言語、欲望、またその時代の社会的・文化的環境との関係といった複数のレベルの要素が複雑に関わり合った重層的な歴史的変容として描き出すことができた。今年度の研究は個々の女優を演技者として検討する方法よりも、帝国と植民地の間(in-between)と彼女らがどのように接合されていたかという戦時下の映画と女優との構造的な相関関係や帝国―植民地の影響関係を浮き彫りにしたことに意義がある。
著者
兼橋 真二
出版者
明治大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は天然漆の長期安定性に及ぼす影響因子と漆構造との関係解明と漆の更なる有効利用を目的とした新規な機能材料の創製を目的としている。本研究では産地の異なる漆(ベトナム、ミャンマー、中国)塗膜を調製し、各種構造解析を行い基本物性を明らかにした。また漆の構成成分である水球サイズに着目し、この水球の大きさ、分散状態の異なる漆液を調製し、その漆塗膜の紫外線劣化と水球の状態に関係があることを見出した。これは水球中に存在する酵素の反応性が大きく関係するものであった。漆の有効利用を目的として、漆を用いた電波吸収特性を有するハイブリッド材料の創製では漆が酸化鉄等の多量の金属フィラーを含有することのできる優れたバインダー特性を有することを明らかにした。また漆の構成成分であるウルシオールと類似構造体のバイオマスである非可食なカシューナッツシェルリキッドに着目し、エポキシ反応、プレポリマー化(酸化重合)により新規なバイオベースエポキシ材料を得た。このエポキシ材料は市販品のものよりも乾燥性、耐熱性に優れるものであった。また加熱により熱硬化特性を示す材料であった。またアミン化合物を含有した複合材料では、大腸菌、黄色ブドウ球菌に対する抗菌特性を有することを明らかにし、医療用塗料への可能性を見出した。漆は通常の環境下で優れた長期耐久性や美的な外観特性を有する。この漆の優れた機能を学びそれらを再現することを目的として、このカシューナッツシェルリキッドを原料としたカテコール類の合成と酵素重合を用いたポリカテコールの研究と新規な合成漆を開発した。得られた合成漆は黄色い外観であり、この発色原因が乾燥(重合)過程で生じるキノンに由来することを明らかにした。
著者
石川 葉菜
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

近年のアメリカの福祉政策の変容を理解する上で、1996年福祉改革は非常に重要な分析対象である。同改革がもたらした重要な変化は、以下の二点である。第一に、連邦政府の定める福祉受給資格が厳格化され、福祉政策が抑制的なものへと変化した。第二に、州政府は、連邦政府が定めた福祉受給資格よりも厳格な基準を設定することが認められ、大幅な裁量権を得た。既存研究の多くは、近年の福祉政策の変容の要因を96年福祉改革にばかり求めていた。しかし、同改革がもたらした重要な変化の一つである州政府への権限移譲については、1962年社会保障法改正で挿入され、現在まで存在する第1115条(ウェイバー条項)の中に、その萌芽が認められる。ウェイバー条項は、社会保障法のもとでは連邦政府のみが有していた福祉受給資格を設定する権限を、例外的に州政府に与え、独自の政策の実施を認める制度である。また、ウェイバー条項の運用目的と運用数は、時代を経て大きく変化した。1962年から1986年までの実証試験のうち、その多く福祉拡充を意図したものであった一方で、受給資格の制限などの福祉縮減を意図した実証試験は稀だった。ところが、1987年以降になると、福祉拡充を意図したウェイバー条項の運用は全く実施されなくなり、反対に、福祉縮減を意図したウェイバー条項の運用が、突如として増大した。すなわち、96年福祉改革の特徴とされる、福祉の縮減と州への権限委譲という福祉政策の変容は、ウェイバー条項に基づく実証試験の実施という形で、ロナルド・レーガン政権から、すでに生じていたと捉えなければならない。そこで本研究では、なぜ、レーガン政権以降、福祉縮減のためのウェイバー条項の運用が拡大したのかという問いを設定した。主にロナルド・レーガン大統領図書館、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領図書館、ビル・クリントン大統領図書館において収集した政権内部の資料を用いて、レーガン政権が意図的にウェイバー条項の運用を転用させ、それがその後のウェイバー条項の運用拡大を導いていたことを明らかにした。本研究成果の一部は、2013年日本比較政治学会年次大会にて報告した。
著者
棚瀬 京子 (日和佐 京子)
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

エチレン受容体の分解機構解明に関わる実験には、保持しているエチレン受容体タンパク質の抗体に特異性があることが重要である。しかし、既存の抗体では特異性を砲認できなかった。既存の抗体は古いものでは10年以上のものもあるため、抗体の状態が悪くなっていることも考慮された。そこで、新しくペプチド抗体を外注した。続いて、大腸菌に3種のメロンエチレン受容体タンパク質を発現させ、これを使って新しい抗体の特異性を確認することを試みた。しかし、pQE30Xaへの導入コンストラクトでは、受容体タンパク質が発現しなかった。先行研究で、大腸菌発現ベクターであるpET32aにエチレン受容体遺伝子を導入した場合では、タンパク質の発現に成功した例があり、現在はこのベクターのコンストラクトを作成中である。また、実験4で作出したメロンのエチレン受容体を発現しているトマトの葉、および実生から膜タンパク質を抽出し、抗体の特異性の確認に使用することを試みた。しかし、このウエスタンによる結果は不十分な結果に終わっている。ただし、膜タンパク質のマーカーであるHSC70の抗体を使ったウエスタンでは、目的サイズのバンドが確認できており、膜タンパク質の抽出は問題ないことが確認できている。また、エチレン受容体の分解に関わると推定される配列の受容体分解への関与を調べる研究(実験4)では、昨年度作出したメロンのアミノ酸置換導入エチレン受容体を導入したトマトの遺伝子の発現をリアルタイムPCRで確認した。現在は、導入遺伝子シングルコピーのT_1個体の栽培を行っており、開花からBreaker(催色期)まで、およびBreakerからRed(赤熟期)までの果実成熟日数の調査を実施している。また、葉の老化や花持ちおよび形態的な変化についても観察を行っているが、これらについては顕著な変化は見られていない。
著者
小林 晃
出版者
公益財団法人東洋文庫
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

平成26年度は、南宋末期の公田法に関する研究論文を『歴史学研究』の誌上に掲載させ、その研究を一区切りさせるとともに、新たな研究テーマとして南宋末期における四明(現在の浙江省寧波市)史氏の没落過程の解明に着手した。四明史氏は南宋後期に3人の宰相・執政を輩出するなど、当時の中央政治を掌握し続けた一族であったが、南宋理宗時代に宰相史嵩之が失脚したあとは政治的な地位を喪失した。従来の研究は史氏没落の原因を、政治的な立ち位置をめぐる史氏一族の内輪もめに求めてきたのであった。しかし史氏の没落によって、四明出身の官僚たちが南宋中央から駆逐されたとされてきたことを考えると、史氏没落の様相を明らかにすることは、つづく元朝・明朝における四明知識人の活動実態を明らかにするための前提条件であるといえよう。以上の問題関心のもと、当時の史料を検討してみたところ、史氏の没落の原因は一族内の内輪もめではなく、史嵩之の政治的資産を引き継げる適当な人物が存在していなかったことにあることが明らかになった。しかしそうした状況は、皇帝理宗の政治運営に深刻な影響をもたらした。皇帝理宗は、それまで史氏の出身者が築いてきた国防体制に依拠してモンゴルとの戦争を切り抜けてきたからである。これを正常に機能させるためには、史氏が有した人的結合関係に重なる人脈を持つ者を宰相に据えなければならない。こうした事情のなかで、史氏の継承者として登場したのが賈似道であったと考えられる。賈似道の義母は四明史氏の女子であり、まさに史氏の人的結合の延長線上に位置する人物だったのである。このように見てくると、南宋最末期にも四明出身者の人脈が大いに活躍していたことが明らかとなる。これらの研究成果については、早期に研究論文としてまとめて発表する予定である。
著者
坂田 ゆず
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

1年目と2年目における研究から、アワダチソウグンバイ(以下グンバイ)が高密度で見られる集団ほど、セイタカアワダチソウ(以下セイタカ)の抵抗性が高いことが明らかとなった。原産地から侵入地への侵入過程で、どのような自然選択圧が背景となり、グンバイの密度が高まり、セイタカの抵抗性が変化したかを明らかにするために、野外調査、相互移植実験、温室実験を行った。今年度は、これまで行った集団遺伝学的解析の結果、日本のセイタカの集団と最も近縁であることが明らかになった北米南部集団のグンバイへの抵抗性を比較した。日本における圃場実験の結果、北米南部集団のセイタカは、グンバイに対して高い抵抗性を示した一方で、日本のグンバイの侵入が11年目の集団に比べて、抵抗性が低い傾向も検出された。3年間の研究から、原産地でもセイタカとグンバイの関係は地理的な変異が大きく、両地域でセイタカのグンバイに対する防御形質が局所的に適応していることが明らかとなった。そして、グンバイが日本への侵入時に、原産地に比べて侵入地では気候条件が好適で、グンバイの競争者となるその他の植食者が少なく、抵抗性が低いセイタカが全国に分布しているという背景によって、侵入地におけるグンバイの密度が高まったことが示唆された。その結果、セイタカは、グンバイから解放されることで一旦は低下した抵抗性が、侵入地において再会したグンバイが強い選択圧によって、防御形質の適応が短期間に再び生じているといった進化動態が示唆された。以上により、物理的環境と生物的環境の複数の要因が作用し植物と植食者の局所適応が生じていることが示唆された。これらの結果をまとめ、国内外での学会での発表を行い、投稿論文を執筆中である。
著者
横山 祐典 OBROCHTA Stephen Phillip OBROCHTA Stephen OBROCHTA Stefen Phillip
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

気候システムの理解に重要な熱帯域の環境変遷の復元のためには、太平洋とインド洋を結ぶ重要な海流であるインドネシア通過流の変動について理解することが重要である。世界で最も大気循環が活発で、その挙動がグローバルな気候変動に影響をおよぼす西赤道太平洋暖水プールの水温変動などをコントロールすると考えられている為である。本研究では近年でもっとも大きな環境変動である氷期-間氷期の移行期についてターゲットを置き、過去30万年間の変遷について、チモール海の堆積物コアを用いた研究を行った。特に底棲有孔虫の炭酸カルシウム殻の化学分析により水温および塩分変化をモニタリングをすることが目的であった。しかし実際に分析を行ってみると、酸素および炭素の同位体が、氷期間氷期の海水の同位体比を大きく超えて短時間で変動することが明らかになった。分析についての前処理方法の詳細な検討(酸の濃度変化、時間などのビデオを用いたモニタリング)、個々の試料のサイズ分析、電子顕微鏡観察などを通して解釈したところ、海域に存在が確認されている海底からの冷湧水にともなう初期続成作用によるものが考えられることが明らかになった。この研究は、古気候古海洋学を行う際の既存の前処理プロトコルについて一石を投じるもので、現在論文の準備中である。
著者
川西 澄 RAZAZ Mahdi RAZAZ Mahdi
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の大きな目標である河川流速場の連続計測を達成するため、江の川の両岸にFATS(河川音響トモグラフィー装置)の音響局を8つ配置して多数の音線に沿った音波の伝播時間を計測した。計測された伝播時間を用いてインバース解析を実施し、流速の水平分布を連続的に求めた。連続計測期間は、4月16日~21日である。計測領域の河床形状は、ADCP(超音波ドップラー流向流速分布計)をゴムボードで移動させて計測した。インバース解析結果の妥当性を判断するため、計測領域内の河床に2台のADCPを設置して流向と流速を連続観測した。河床に設置した2台のADCPの流向と流速の時系列との比較によると,インバース解析結果は妥当なものであり,流量変動にともなう河川の蛇行や河床形状を反映した流速場の連続的な可視化に成功したと考える.この成果は、水工学分野ではトップのインパクトファクターを有するアメリカ地球物理学連合(AGU)発行のジャーナルに投稿中である。