著者
由良 嘉啓
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究では、外国為替市場の注文情報のヒストリカルデータを解析し、その数理モデル化を行った。26年度までの研究により注文情報の揺らぎと価格変動の関係は、溶媒中を揺らぐコロイド粒子の確率的な揺らぎを記述するランジュバン方程式で近似できることがわかっている。本年は、システムの離散性の強さを特徴付けるクヌッセン数を外国為替市場において新規に導入した。クヌッセン数は主に統計物理学や流体力学の分野で用いられるシステムを特徴づける量のひとつであるが、この値によりシステムを記述する方程式が連続極限または離散のどちらかに分類できる。例えば、大きなクヌッセン数を取るシステム(気体)であれば、ボルツマン方程式のような離散モデリングが必要となる。一方で、小さなクヌッセン数を取るシステム(流体)であれば、ナビエストークス方程式のような連続極限での近似が可能となる。外国為替市場の価格変動のモデリングはブラックショールズモデルなどを代表とした価格変動を連続極限でモデル化するものが存在する。この連続極限でのモデリングの妥当性を議論することを目的として、複数の通貨ペアの時系列データから、新たに外国為替市場におけるクヌッセン数として定義した量の統計的な性質を調べた。結果、観測した時間範囲においては、離散性が強く連続極限のモデリングが妥当ではない時間帯が観測された。大部分の時間帯は連続極限のモデリングは妥当ではあるものの、ごく短時間、特に市場が暴騰暴落するケースにおいては妥当ではないことが示唆されている。市場が不安定になり価格が一方的にどちらかの方向に進むケース(暴落や暴騰)の状態では、クヌッセン数の値は非常に大きくなり、システムの離散性が強くなることがわかった。
著者
勝方 恵子 LESLIE Winston
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

調査研究の効率をはかるために、京都の国際日本文化研究センターや、愛媛県の高畠華宵大正ロマン館。宮沢賢治記念館などで、西欧近代をいち早く取り入れながらも日本古来の伝統にこだわり続けた地元出身の作家たちの第一次資料や文献の調査、関係者インタヴューなどに重点を置いた。具体的には、1)両性具有的な人物描写で著名な漫画家・竹宮恵子が全作品を捧げている謎の挿絵画家「高畠華宵」について調べるために、著作権を管理している遺族のインタヴューを行い、テープを起こし、英語に翻訳した。これらの情報をもとに、華宵の年代譜を作成する予定である。華宵の来歴の最も謎の部分は、第二次大戦後、弟子の一人を連れてロサンゼルスに移住し、美術学校の設立準備にあたったが、弟子の不慮の死により計画を断念して1年で帰国した経緯である。その足跡の詳細は、ロスでの調査に託されよう。遺族との会見で得た大きな成果は、「高畠華宵」再評価の先鞭をつける使命を負わされ、今後の論文執筆に際して全作品の掲載に関する著作権を許可してもらったことである。2)古文書『病名彙解』などに記載された「フタナリ」に関する記述を解読。近世期における日本や中国の見解を知る手掛かりとなった。3)京都の京都国立博物館において、『病草紙』(12世紀の絵巻物・国宝)などに「ふたなり」に関する描写を発見し、模写版のコピーを得ることが出来た。4)宮沢賢治記念館では、『銀河鉄道の夜』のカムパネルラ解釈にかんして、「中有」「中陰」「中間生」という仏教用語が多用されることの背景を探るための資料収集をすることが出来た。5)その他、谷崎潤一郎に関する文献・資料もほとんど完了し、初期作品に「両性具有イメージ」が顕著であることに関して、傍証を得ることが出来た。以上、申請書に掲げた調査予定は完了した。予算の関係で沖縄調査は断念せざるを得なかったが、別途計画したい。
著者
筒井 牧子 (石川 牧子)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本課題研究はイタヤガイ類の"逆影"色彩パターン(背側が暗色, 腹側が明色の生物界に広く見られる背景適応)を司る貝殻色素形成の分子基盤を明らかにすることを目的として開始したが, 貝殻色素についての先行研究は, 1950年代の抽出実験から現代の分光分析による方法の出現まで長期間にわたり論文の少ない時期があり, 色素構造についても混乱していた. そこで本年はまずその研究史を総説としてまとめた.更に, イタヤガイの色素はポリエン化合物であることが確実となったため, イタヤガイ科ホタテガイをモデルとし, 液体クロマトグラフ/タンデム質量分析計および2D-DIGE解析, 抗体染色により, 殻を作る組織である外套膜のポリエン分解酵素について存在を確認した. 更に, 液体クロマトグラフ/タンデム質量分析計によりアサリ外套膜においても酵素の存在を確認した. 機能解析までは至っていないが, 今後機能解析を含めた色彩パターン形成研究を発展させる重要な結果である."逆影"色彩パターンについてはイタヤガイ科二枚貝類をモデルとし, 米スミソニアン博物館の収蔵本を中心に写真撮影を基に"逆影"の程度を既存の系統樹上にプロットし, 生活型(付着型 vs. 遊泳型)との相関を検討した, これによりタクソンサンプリングはほぼ完全となり, 付着型の属の殻は左右同様色彩パターンを示すのに対し, 独立に進化した遊泳種では逆影的なパターンを独立に獲得している傾向を確かめ, 更に中新世で付着型から遊泳型に生活型を変化させたイタヤガイ類の系統の紫外線色彩復元法による模様の復元を行った. 更に精密な証明のための画像データの統計的解析が終了次第, 論文としてまとめる.
著者
古山 若呼
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

エボラウイルスのGPに対して誘導される抗体の一部はin vitroでウイルスの感染を増強することが知られている(抗体依存性感染増強現象Antibody-dependent enhancement: ADE)。この現象は、デングウイルスを含む多くのウイルスで報告されており、主に抗体がFcγレセプターIIa (FcγRIIa) を介して細胞とウイルスとを架橋し、ウイルスの吸着効率が上昇することによって引き起こされると考えられている。さらに、エボラウイルスではFcγRIIaだけではなく、補体成分であるC1qおよびC1qレセプターを介したADEも報告されている。しかし、ADEの詳細なメカニズムは明らかとなっていない。そこで、本研究ではADE抗体存在時のエボラウイルス感染における宿主細胞内シグナル経路やウイルスの侵入経路を、ADE抗体非存在時の感染と比較することによって、ADEに特異的なメカニズムを分子レベルで解明することを目的とした。昨年度は、エボラウイルスに対する抗体がADEを引き起こすためは、宿主細胞のFcγRIIaを介したシグナルであるSrc Family PTKsが重要であることを、実際のエボラウイルスを用いて明らかにした。また、ADE抗体がFcγRIIa下流のSrc Family PTKsを介したシグナル伝達経路を活性化し、マクロピノサイトーシス/ファゴサイトーシスを誘導することによって細胞へのウイルスの取り込み効率を上昇させ、その結果、感染増強が引き起こされていることを明らかにした。本年度は、これらすべての結果をまとめ論文を執筆しPLoS Pathogensに掲載された。
著者
齋藤 久美子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

壁塗り用石膏に関して、前年まで研究で、当時石膏焼きの際、過焼成によりプラスターに無水石膏が混入していた可能性を指摘したが、これが現在までに二水石膏部分をも無水化させた原因ではないかと考え、半水石膏と、半水石膏と無水石膏の混合物をそれぞれ水和させ、変化を観察した。1年半にわたり湿度30〜40%の状態に置き、定期的に石膏の脱水の有無を調べたが、両者とも脱水は見られなかった。さらに、温度など壁画が置かれていた環境も検討し、長期的な観察を行う必要がある。顔料については、壁画には銅を発色源とするエジプシャン・ブルー、土器の彩色にはコバルトを発色源とするコバルト・ブルーという使い分けが行われていた理由を実験により検証した。分析結果に基づき合成したエジプシャン・ブルーと、出土したエジプシャン・ブルーの塗られた壁画片を、土器を焼く温度で輝いてみたところ、ともに黒く変色した。エジプシャン・ブルーは熱に弱く土器には使えなかったものと考えられる。コバルトブルーの製法については、同じくコバルトを使用していたガラスの製法、及びコバルト・ブルーより二千年以上前から作られていたエジプシャン・ブルーの製法と比較してみた。成分分析の結果、ガラスに比べて、コバルト・ブルーには多量のアルミナが含まれていた。分析結果に基づいて合成実験を行ったところ、アルミナが多いと融解温度が高くなるため、当時ガラスが作られていた温度ではガラス化が困難であり、ガラス製法そのままではコバルト・ブルーは作れないことがわかった。また、エジプシャン・ブルーともガラス質部分の配合が異なり、伝統的な顔料製法を用い、新たに導入された原料であるコバルトを単に銅に置き換えただけではないことが判明した。当時の技術体系の複雑さが伺える。顔料に関する実験の成果の一部を、6月に行われた日本西アジア考古学会第10回大会で発表した。
著者
宮本 愛喜子
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

生後発達期、中枢神経系では大規模な神経回路形成・編成が生じる。神経回路網の変化としては神経間の情報伝達部位であるシナプスの除去や新生があげられるが、近年、ミクログリアがシナプス除去に対して役割を持っていることが明らかとなってきた。申請者は未解明である生後1-2週目のマウスにおけるミクログリアの役割、特に神経回路発達の指標となるシナプス動態に対するミクログリアの関与について明らかにするためにin vivo 2光子イメージングを用いたミクログリアの接触とスパイン形成または消失について検討を行った。生後8-10日齢の子宮内電気穿孔法によって大脳皮質興奮性神経細胞に赤色蛍光タンパク質を発現させたlbal-EGFPマウス(ミクログリア特異的にEGFPを発現)を用いて、タイムラプスin vivo 2光子イメージングを行ったところ、ミクログリアが接触した部位に新たなフィロポディア状の突起(スパインの前駆体であると考えられている)が形成される様子が観察された。また、ミクログリアの活性を抑えるミノサイクリンを腹腔内投与したマウスのスパイン密度を調べたところ有意な減少が見られ、ミクログリア選択的に除去したマウスでも同様の結果が得られたことから、ミクログリアによるフィロポディア形成は発達期におけるスパイン形成に寄与していると考えられる。さらに、ミクログリアを除去したマウスから作成した急性スライス標本を用いて微小興奮性シナプス後電位の頻度を確認したところ対照群と比較して優位に減少していた。したがって、ミクログリアにより形成されたフィロポディアは機能的シナプスの形成に寄与していると考えられる。以上の結果から大脳皮質体性感覚野の発達期において、時期特異的にミクログリアがフィロポディアの形成を介して機能的シナプスの形成に寄与していることが示され、発達期の回路形成に対するミクログリアの新たな役割を示唆する結果が得られた。
著者
FEDOROVA ANASTASIA (2013) フィオードロワ アナスタシア (2011-2012)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度、申請者はこれまでのリーサーチを通して収集された一次資料の整理作業を行い、その分析をもとに"Japan's Quest for Cinematic Realism frorm the Perspective of Cultural Dialogue between Japan and Soviet Russia, 1925-1955"(和訳 : 「ソビエト・ロシアとの文化対話から見た日本映画史におけるリアリズムの追求、1925-19551」)というタイトルの博士論文を執筆した。本博士論文において、申請者は当初計画されていた研究課題を大幅に拡充した。即ち、本論文は、ソビエト・ロシアに留学し、そこで育んできたリアリズム観やモンタージュに対する知識を自らの作品のなかで応用してみせた日本を代表するドキュメンタリー映画監督である亀井文夫の作風ばかりでなく、1925年から1955年までの日本映画における、より広い意味での「リアリズム追求の歴史」を、日本とソビエト・ロシアとの映画交流を軸に論じているのである。申請者の博士論文は、1925年から1955年までの間におこった日ソ間の映画交流(相互間における映画作品や映画理論の受容、留学体験を通しての映画知識の共有、合作映画の製作など)を詳細に分析することで、これらの交流を促進させていたのが、日本とソビエト・ロシア両者におけるリアリズムに対する強い感心であったことを明らかにしている。結論部分では、日ソ両映画界に共通していたこの強い感心が、ハリウッド映画の世界的影響力への対抗心から来るものであったと主張され、日ソの映画人が目指していたリアリズムという芸術潮流は、メインストリーム(ハリウッド映画)に対するイデオロギー的及び美学的アルターナティヴの追求として定義付けられている。
著者
牧 義之
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、雑誌『改造』の伏字調査とともに、「内閲」に関する資料の整理を行なった。「内閲」が終了する昭和2年までの誌面を調査した結果、一つの記事の中で複数種が混合で使われているものが見られた。特に社会主義関連の記事に多く、語句(×印が多い)以外の文章単位の伏字(3点リーダーが多い)は、危険箇所として指摘された部分でもあると思われるので、「内閲」による結果であると想像される。関連資料の調査では、新聞・雑誌の記事から、大正10年には「内検閲」の言葉が見られ、慣習的に行なわれていたことが分かる。明治期の末までは、「出版前に原稿を検閲して出版後の安全を確保するが如き便宜法」を希望する記事(『読売新聞』明治43年9月10日)が見られたので、原則「内閲」は行われていない。発売禁止回避の為、当局と発行者の双方が歩み寄る「内閲」は、大正期以降昭和2年までのおよそ10年程度の期間に行なわれていたと推定される。廃止の理由については諸説あるが、大正14年中頃には廃止の噂が流れ、「現今では『そんな規定がないから』の口実で内閲願は苦もなく一蹴される」(同」大正15・3・20)という記事が示すように、内務省側も出版物の増大を理由に断わることが多かった。廃止を決定的にした原因の一つが、山崎今朝弥による禁止処分に対する訴訟事件である。大審院の判決により「国家警察権ノ発動ヲ阻止スルカ如キ」「内閲」の「契約ハ無効」(『法律新報』第120号、昭和2・8・25)とされたことが廃止の根拠とされたであろうと思われる。検閲と文学との関連性に関して、「狂演のテーブル--戦前期・脚本検閲官論--」(『JunCture超域的日本文化研究』第3号)、「永井荷風の検閲意識--発禁関連言説の点検と『つゆのあとさき』本文の分析から--」(『中京国文学』第31号)、「森田草平『輪廻』伏字表記考--戦前期検閲作品の差別用語問題--」(『文学・語学』第202号)の3篇を発表した。
著者
長谷 亜蘭
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

摩擦に伴う表面の磁化現象のメカニズムの解明のために,磁束密度測定実験と顕微鏡観察部に摩擦系を組み込んだin-situ観察実験(その場観察実験)の二つの摩擦実験を行った.磁束密度測定実験では,摩擦による磁束密度変化と摩擦面損傷状態などとの関連性を調査した.in-situ観察実験では,摩擦による磁区構造変化を観察し,トライボロジー現象との関連性を調査した.また,磁気力顕微鏡(MFM)を用いた摩擦面の観察・分析を行った.以上の実験を主に純金属材料(Fe,Co,Ni)に関して実施した.本研究で明らかになった点け,以下のとおりである.1)凝着摩耗(移着)による損傷が摩擦表面の磁化と関係している.2)一つの摩耗粒子および微細な摩耗粒子の集合は一方向に磁化する.3)一方向に磁化した大きな摩耗粒子や移着粒子からの漏えい磁場が,周囲の微細な摩耗粒子の磁化に影響を与えている.4)摩擦面上の摩耗粒子および移着粒子が,摩擦磁化の大きな一因である.5)摩耗による移着粒子の生成や弾塑性変形による逆磁歪効果により,摩擦面直下における磁区構造の変化が生じている.6)摩擦前後のMFM像の比較から,摩耗素子のようなナノオーダーで摩擦表面が磁化していることが確認できた.本研究成果より,摩耗素子のような微視的な原因と移着粒子や摩耗粒子のような巨視的な原因が,摩擦磁化現象に関わっていることを明らかにできた.
著者
橋本 隼一
出版者
北陸先端科学技術大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的はminimax探索を基盤とするコンピュータ将棋プログラムに言語処理で培われてきたアルゴリズムを導入し,特にn-gram統計を利用したヒューリスティックを用いて強化を図り名人レベルのプログラムを実現することであった.実際,昨年度導入したn-gramを用いたキラーヒューリスティックや,浅いレベルに限定したヒューリスティックの利用は本研究室で開発を行ってきたコンピュータ将棋TACOSの強化に寄与し,その名前が先日情報処理学会から日本将棋連盟に送られた挑戦状において「名人に伍する力ありと情報処理学会が認めるまでに強いコンピュータ将棋」を実現するための一プログラムとして記されたことで,当初の目的は一定の成果を挙げた.ここ数年のコンピュータ将棋の発展を概観すると,その原動力が大規模な評価関数の自動調整と計算機速度の上昇によって可能となった網羅的な探索にあったと言える.そのような状況で我々の手法は選択的な探索を指向しており方向を異にしていた感はある.しかしながら本年度の発表に挙げたような人間の熟達度を測る指標としてのn-gram統計の利用を見出したことは,一般人がほとんど太刀打ちできなくなったコンピュータ将棋のこれからの方向性-初心者への教師としてのプログラム形成-を考えていく上で貢献できると考える.また本研究での成果はコンピュータ囲碁の発展に貢献できると考えられる.将棋では名人レベルへの目処がついたが,囲碁(19路)ではいまだアマチュアのレベルである.コンピュータチェス,コンピュータ将棋の歴史を見るといずれもヒューリスティックの効果的な利用がプログラム強化のブレイクスルーとなった時期があり,コンピュータ囲碁ではまさにその時期にあたる.本研究の延長として言語ベースアルゴリズムによる名人レベルのコンピュータ囲碁の実現を今後の課題としたい.
著者
田畑 潤
出版者
青山学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は夏・殷・西周時代を中心に、副葬された青銅礼器・武器の様相を分析し、当時の葬制(礼制)を明らかにすることを目的としている。平成24年度の研究成果について、以下の3点にまとめる。1、国内調査における研究成果:泉屋博古館(京都本館)・黒川古文化研究所・寧楽美術館蔵の殷周春秋戦国時代及び漢代の青銅器の調査(写真撮影、拓本採取、法量計測)を行った。主に青銅礼器と青銅武器を対象とし、各器種のデータを収集するとともに、製作技術や使用法の観点から分析を進めた。2、国外(中国)調査における研究成果:昨年度に引き続き青銅武器の毀兵行為の分析をテーマに、中国北京、山西省を中心に調査を行った。北京では国家博物館・首都博物館において琉璃河燕国墓地、宝鶏石鼓山墓地出土青銅器の実見・写真撮影を行った。山西省では山西省考古研究所・侯馬考古工作站に赴き、天馬-曲村墓地、横水墓地出土青銅器を中心に調査を行った。3、博士論文について:博士論文『西周時代の礼制と葬制―青銅礼器・武器の副葬行為に関する研究―』が昨年度までの成果及び本年度の主たる研究成果である。本論の目的は青銅礼器及び青銅武器の副葬行為から西周時代の「葬制」及び上位概念である「礼制」について検討していくことである。西周時代の葬制の伝播・展開・拡散のモデルを構築し、夏代から殷代にかけての青銅礼器葬制を被葬者の個人的権威を反映させる段階である「人」への副葬と位置付け、西周時代の規格化された葬制を「墓」への副葬と呼び、その差異を明らかにした。また、青銅礼器銘文における祭祀・儀礼から導かれる「礼制」の変化と副葬配置の変化は対応しており、西周前・中期は周王との関係性を重視した「公」の副葬、西周後期は諸侯国の貴族階級の個を重視した「私」の副葬であると結論付けた。
著者
菊地 史倫
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、日常生活で使用されるウソやユーモアが社会的に機能するときに、聞き手の心的機構(認知・感情過程)に与える影響について明らかにすることを目的としている。過失により他者に不利益を与えてしまった状況(e.g.,遅刻)において、人は他者からの罰(e.g.,叱責)を避けるために弁解をすることがある。本年度は弁解としてのユーモアが聞き手の認知(おもしろさの程度)を媒介して感情調整(ネガティブ感情の抑制・ポジティブ感情の促進)を行っている可能性に着目し、ユーモアに関わる立場(ユーモアの話し手・聞き手)とユーモアの聞き手の状況(聞き手の不利益が大きい状況・不利益が小さい状況)を考慮した実験を行った。その結果、ユーモアに関わる立場に関係なく、弁解としてのユーモアは聞き手のおもしろさの認知を媒介することで過失に対するネガティブ感情を抑制し、聞き手からの罰を避けていることが明らかになった。また、ユーモアは聞き手のおもしろさの認知を媒介することでポジティブ感情を促進するが、罰の回避に与える影響は小さいことが明らかになった。そして、聞き手の不利益が大きい状況では不利益が小さい状況に比べて、ユーモアのおもしろさの程度が低く認知されることが明らかになった。ただし、ユーモアの聞き手の不利益が大きい状況においても、おもしろさが高く認知されれば、感情調整が行われ、聞き手からの罰を回避できることが明らかになった。これらの結果から、ユーモアに関わる立場に関係なく、弁解としてのユーモアは聞き手の認知を媒介し感情調整を行うことで社会的に機能することが示された。また、聞き手の状況(e.g.,不利益の大きさ)によっておもしろさの認知は影響を受けるが、この認知を聞き手に生じさせることができれば感情調整が行われ、ユーモアは社会的潤滑油として機能することが示された。
著者
伊藤 大幸
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、ユーモアの生起メカニズムに関する代表的理論とされる不適合理論に欠けていた「無意味性」の概念について検証を行った。これまで不適合理論ではユーモアを認知的現象とみなす傾向が強く、特有の表情の変化や発声(笑い)を伴う感情現象としてユーモアを捉える視点が欠けていた。近年の感情研究では、感情が生じる際には、対象が自らにとってどのような影響を与えうるかに関する意識的・無意識的な評価が不可欠であるという認知的評価理論がコンセンサスを得つつあるが、不適合理論ではこうした考え方が取り入れられてこなかった。また、近年、進化学的視点からユーモアの起源や適応的意味についての理論的考察が盛んになされるようになった。こうした考察においては、ユーモアの起源は類人猿の「遊び」に求めることができるという遊び理論が主流になりつつある。不適合理論はこうした進化学的理論とも接点を持たなかった。そこで筆者は、論理的・構造的不適合に加え、無意味性という第3の要因がユーモアの生起を規定するというモデルを想定した。無意味性とは、状況が個人的にも社会的にも何ら深刻で重大な意味を持たないという評価を意味しており、遊びという活動の中核になる要素である。本年度の実験では、このモデルを検証するため、論理的・構造的不適合および無意味性という3つの要素を独立に操作し、ユーモアの変化を検討した。その結果、無意味性は論理的・構造的不適合とは独立にユーモアに影響を及ぼすことが明らかになった。本研究によって、一般的な感情理論や進化学的理論とユーモアの不適合理論が整合的に結びつけられた。この研究成果は現在、学術雑誌「心理学研究」に投稿中である。
著者
宮本 佳明
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

前年度に構築した大気・海洋結合モデルを実現象の再現実験に適用できるように改善を行った.ここで,当初構築する予定であった大気・波浪境界層(Wave Boundary Layer : WBL)・波浪・海洋の結合モデルは,前年度のロードアイランド大学滞在中に得た知見を基に,WBLモデルの構築,及び,波浪モデルの組み込みを取り止めた.その理由は,両モデルは計算負荷が大きい欠点を持ちながら,顕著な精度向上が見込まれないためである.つまり,現在までに得られている波浪・WBLの物理過程に関する理解では,長時間のコーディング作業をせずに,多少近似が強いながらも最新の観測結果を踏まえた手法を取った方が良いと判断した.そこで,大気-海洋間の結合が物理量のフラックスによって行われると考え,既存の大気モデルで良く用いられているバルク法を用いて以下のようにモデル化した.海面フラックス(モデル最下層における応力項に対する下端境界条件)は,WBL上端の風・海面上とその高度間の変数の勾配に比例するとして,2005年・2008年の観測・室内実験結果に関する先行研究(Donealn et al. 2004 ; Zhang et al. 2008)からその比例係数を決定した.ここで,WBL上端の高度はモデル変数から診断できないため,大気安定度に依存した対数分布を仮定して高度10mにおける風速を基に勾配を決定した.次に,海洋モデルに日本付近の海底地形データの導入し,過去に顕著な災害をもたらした台風の再現実験を行った.そして,海洋モデル及び最新の実測値を基にした海面フラックスの定式化を行うことによるインパクトを調べ,熱帯低気圧の数値モデル内での再現におけるそれらの重要性を示した.
著者
坂口 さやか
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世の帝国統治理念が、政治的権力としていかなる実効性を持ったのか、帝国理念の表象である芸術作品の解釈および受容の研究により解明することにある。平成20年度は、特に以下の目的に沿って研究を進めた。1.ルドルフの肖像A)即位時のメダイヨンや硬貨、B)トルコ戦争に関する銅版画や彫刻、C)アルチンボルドの《ウェルトゥムヌス》に分類して考察を行った。その結果、A)では新皇帝ルドルフを印象付けるため、B)では皇帝の勝利のイメージにより、帝国やキリスト教世界の平和が保たれることを示すため、C)では自然魔術により地上の黄金時代の魔術的皇帝像を構築するため、ルドルフの肖像が創造され、それらは同時代の文献において皇帝のほぼ思惑通りに受容されていたことが解明された。その成果をもとに、表象文化論学会第3回大会およびオタワ大学でのワークショップでの口頭発表、そして『表象』3号への論文投稿を行った。2.神話画従来の研究でルドルフの神話イメージで最重要とされたウェヌスやミネルウァなどの神話画について考察を深めることとした。まず、各々の作品について図像解釈を行った。そして、そこから導出されたキーワード「愛・叡智・寓意」の相互の関連性および政治権力との結びつきを、ブルーノの著作に基づき論じた。さらに、フィチーノを参照しつつブルーノとの比較を行った。その結果、ブルーノの思想が政治権力を強く志向していると判明した。ブルーノはルドルフを魔術的皇帝と崇めており、またプラハ宮廷の人々とも親交があったため、彼の神話イメージに関する政治思想が、ルドルフや宮廷人たちの思想と同様の方向性を有していた可能性を結論として提示した。その成果をもとに、東京大学で開かれたシンポジウム「イメージの作法」での口頭発表および『表象文化論研究』8号への論文投稿を行った。
著者
松元 まどか
出版者
玉川大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

多面的な動機づけの神経機構を明らかにするため、1.達成動機、2.自己効力感、3.自己決定感による内発的動機づけの促進の神経基盤について、機能的磁気共鳴イメージング法(fMRI)で検討してきた。1.行動を動機づける重要な要因の一つに達成目標があるが、ヒトの達成目標は質的に異なる2種類(自分の成績を超える「習得目標」と他者の成績を超える「遂行目標」)に大別される。それぞれの目標を設定して課題を行っている際の脳活動をfMRIで調べた。習得目標で課題を行っている際には動機付けが高く、遂行目標で課題を行っている際には、動機付けは成績と正の相関を示した。さらに、前頭前野外側部、腹側線条体が動機づけの大きさに応じて活動すること、また、側頭頭頂接合部が遂行目標のときよりも習得目標のときに強く活動することが明らかになった(2011年の北米神経科学大会、神経経済学学会において発表)。2.自分の行動によって特定の結果をうまく導くことができるという期待感は自己効力感と呼ばれており、その高低が動機づけに影響することが分かっているが、その神経基盤は不明である。前頭葉内側部-線条体-視床-前頭葉内側部という神経ループに着目し、自己効力感およびその動機づけへの影響の神経基盤を明らかにするため、自己効力感を調べるのに適した課題の検討を行った。3.外的報酬による内発的動機づけの低減効果(アンダーマイニング効果)において、前頭前野と線条体との相互作用が重要であることを2010年に報告したが、逆に内発的動機づけを促進する神経機構については、よく分かっていない。心理学的な先行研究から、この促進には自己決定感の有無が重要な役割を果たすことが示唆されているので、自己決定感の有無を制御した動機づけ課題を考案、課題プログラムの検討を行った。
著者
中串 孝志
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

火星気象の変動のタイムスケールは様々である。そのため連続的観測が不可欠である。しかし探査機に頼り切った現状では時間的・空間的連続性を確保するのは難しい。地上観測によるモニタリングは依然としてニーズがある。我々は2003年観測期(2002年10月18日から2004年6月31日まで)に観測された諸現象について、西はりま天文台火星共同観測および月惑星研究会に大量に寄せられた優秀な画像アーカイブに基づいて、主として形態学的見地からの現象事例観測報告を行ってきた。本年度は後半期4145個のデータから得られた成果を論文としてまとめ、発表した(Publications of Astronomical Society of Japan誌第57巻3号497頁)。また火星気象はダストなどエアロゾルの物理に支配される気象でもある。これまで手薄だった偏光度による観測をスタートさせ、実用化段階に入っている。2003年のデータ解析の予備的成果は飛騨天文台主催のワークショップにて発表された。現在は2005年の観測データの解析中である。また特にエアロゾルと気象を結びつける実験的研究に関する現状は壊滅的と言ってよい。火星地表面上の地質学的研究が進んでいる現状を鑑みて、これは危機的状況と言える。そこで我々は近い将来我が国の着陸探査機が行う探査に備えた基礎的研究を想定し、エアロゾルの実験的研究に関する研究グループを立ち上げた。さらに惑星観測専用の宇宙望遠鏡プロジェクトも東北大他と立ち上げ、惑星エアロゾルの多角的研究を積極的に推進している。
著者
岩本 崇
出版者
大手前大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

今年度は、三角縁神獣鏡の相対年代についての分析、さらにその成果をふまえた地域における受容のあり方を中心に、古墳時代前期における墳墓築造の経緯と展開について研究を実施した。三角縁神獣鏡の相対年代については、生産面の特徴を共有する鏡群の抽出をもとに、舶載鏡と位置づけられる例を全体で4段階に区分した。そのうえで、生産の画期を3段階目と4段階目の間と考えた。そのうえで、ひとつは東海地方におけるケーススタディをおこない、いまひとつは兵庫県揖保川流域における三角縁神獣鏡出土古墳を具体的にフィールドワークの対象として検討を試みた。その結果、古墳時代前期の中頃に、地域圏の形成のあり方に変動をうかがうことができ、古墳築造のあり方に強い影響をうかがえる可能性があることを指摘した。すなわち、前期中葉までの地域間交流は、地域という大きな枠組みを期盤に展開したものではなく、複雑な地域圏が多様な交流をおこなっていたものと想定できる。その後、前期中葉に至ると、より広域で地域圏が形成されるようになり、その結果として古墳の築造場所の変化、首長墳の数的な統合が現象として表出するものと考えた。そして、さらに時期が下降すると、地域間交流は安定的なものとなり、各地において定型化した埴輪や葺石をもつ前方後円墳が出現するものと想定した。なお、上記の分析のほか、これまでにも継続してきた古墳出土青銅器についての技術的な比較検討や、日韓の古墳時代・三国時代の併行関係を考える材料の提示などを試みた。
著者
武林 弘恵
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、3つのテーマのうち2に重点的に取り組み、1・3にも一定程度の進展をみた。1、売春婦管理史料の史料学的分析を進めるために、長野県立歴史館所蔵の信濃国内の宿場・温泉場の飯盛女・湯女関係史料の調査や、長崎歴史文化博物館所蔵の肥前国長崎における幕府公認遊廓関係史料の調査を実施するなど、フィールドを広げて史料収集をおこない事例蓄積の進展をみた。2、幕府のみならず諸藩の政策動向もふまえて近世売買春の構造的特質を理解するという立場から、奥州二本松藩を中心に売買春政策の特質を検証した。この関連で、支配の様相を解明するために、郡山市歴史資料館が所蔵する同藩領郡山宿伝来の御用留帳およびそれに類する史料の悉皆調査をおこなった。その成果として、「近世後期の宿駅再建と売買春政策-二本松藩領郡山宿を中心に-」(東北近世史研究会夏のセミナー)・「近世後期二本松藩における都市振興政策と売春業-郡山宿を中心に-」(遊廓社会研究会)・「近世後期の都市振興政策と売春業-奥州二本松藩を事例に-」(千葉歴史学会例会)の3口頭報告をおこなった。また、近世期における全国の売春婦設置状況一覧、および売買春関連の幕府諸藩仕置例を悉皆的に収集・電子化したデータベースを作成した。これにより、幕府諸藩の売買春関連の通時的・全国的な政策傾向を把握することが可能になった。3、遊女屋奉公人の一類型である遣手奉公人の実態解明のため、肥前国長崎丸山町・寄合町遊廓における遊廓関係史料の収集を実施した。
著者
林 寛平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、教育の脱集権化が現場の教育にどう影響し、教師たちの教育実践をどのように変容させてきたのかを明らかにすることである。本年度は、博士論文の執筆に向けて脱集権化改革初期の資料を収集し、集権体制から脱集権化に向けた動きが生じた背景を検討した。まず、2009年6月に行われた日本比較教育学会でラウンドテーブル「教育の『北欧モデル』の行方-学力問題に揺れる北欧諸国の教育政策」に参加し、スウェーデンの学力政策と分権体制に関するこれまでの研究のレビューを発表した。この中で、(1)脱集権化がグローバリゼーションとの関連で述べられる際、1990年代の現象として認識されているという誤り(2)日本においては、1960年代までの研究と1990年代以降の研究は盛んに行われてきたが、その間の研究がわずかにしか蓄積されていないこと(3)現在の教育改革を検討する上で、1970年代に起きた政権交代と政策の転換の理解が欠かせないことを指摘した。これを受けて研究の方向性を再吟味し、1970年代を始点(転換期)とした脱集権化改革の検討を始めることにした。2009年8月21日から10月2日にかけて、スウェーデンのウプサラ大学教育学研究所とルンド大学図書館を訪れ、資料収集と調査を行った。ウプサラ大学ではウルフ・P・ルンドグレン教授のもとで1970年代から80年代にかけての政策文書と教員組合の機関誌などの資料を200点以上収集し、歴史的な流れについて整理した。ルンド大学図書館では、1980年代のフリーコミューン(特区自治体)実験期に行われた学校開発活動の報告書を入手した。この調査から、脱集権化改革のアジェンダ設定が1970年国会における野党の提議によってなされたことと、その背景に社会構造の転換と教員組合のロビー活動があったことが明らかになった。さらに、注目すべきアクターとして、国会に設置された学校内活動調査委員会(SIA委員会)が浮かんできた。SIA委員会の資料は図書館に所蔵されているものについてはすべて収集した。1970年代のSIA委員会に関する研究成果は論文にまとめ、現在投稿に向けて準備中である。また、9月末にはアイスランドの就学前学級と小学校を訪れた。今回は最近できはじめている私立学校の動向について調査した。金融危機前後での教育政策の変容について現地の声を聞くことができ、非常に有意義であった。この成果は『比較教育学事典』に「アイスランドの教育」という項での執筆に反映されている。