著者
甲斐田 幸佐
出版者
独立行政法人労働安全衛生総合研究所(産業医学総合研究所)
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

午後に生じる眠気は,作業効率を落とすのみでなく,職場での事故や作業ミスを誘発する.これまで,午後の眠気を抑えるために,さまざまな方法が考案されてきた.なかでも,約20分間の短時間仮眠が注目され,その効果は多くの研究により実証されている,いくつかの企業においては,職場で短時間の仮眠をとる試みがなされているようであるが,安全かつ衛生的な仮眠が可能な場所を確保することは,どの職場でも容易であるとは考え難い.その場合,仮眠以外の選択肢が望まれる.昨年度までに行った一連の研究により,限られた昼休み時間にも利用できるような短時間(約30分間)の自然光受容が,覚醒度を上昇させるだけでなく,気分状態を改善することが新たに明らかになった.午後の自然光受容は職場におけるメンタルヘルスの維持・改善効果も期待される.今年度は,スウェーデン国カロリンスカ研究所において,眠気に関する基礎研究を行った.研究の結果,強い眠気の状態では,眠気の自覚症状と生理的覚醒度やパフォーマンスの間に乖離が生じることを実証した.この乖離は,安全に対する自覚を軽視することにつながる可能性があるため,労働安全を考える上で大切な視点であると考えられる.また,本研究では、眠気の生理的指標,特に心拍数の変動は,パフォーマンス悪化の数分前に生じることを明らかにした.生理的指標からパフォーマンスを予測することにより,労働作業中の事故を予測できる可能性がある.本年度の研究成果は2編の学術論文にまとめられた.
著者
矢口 祐人 SMITH Colin SMITH Colin S
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は日本における「フリーター」現象を、グローバルな若者文化とポスト産業主義社会の時代性との関連のなかで理解しようとするものであった。その目的は以下の三点であった。まず、日本社会における過去15年から20年のフリーターの増加を、労働市場と若者の文化の価値観の変容から考察すること。さらにフリーターが低収入と不安定な雇用状況にいかに対処し、正規雇用へ移っていく過程を捉えるとともに、政府の政策がかれらのキャリア作りにいかなる動機を与えているかを検討すること。最後にポスト産業主義社会のなかで、日本の若者の生活の変化を考えること。とりわけグローバルな消費文化、および日本独自の若者のサブカルチャーとの関連のなかでそれを捉え、分析することを重視した。本年度は前年度に引き続き、日本のフリーター・若者文化の理解を深めるため、東京と大阪の各地で主に若者ブリーターのフィールドワークを行った。その結果、フリーターと呼ばれる人びとの多様性を具体的に把握することができた。とりわけ、今日の経済状況のなかでやむなくフリーターや派遣社員になっている若者のみならず、自らの選択でフリーターになっていると主張する若者たちと出会うことができた。かれらはボスト産業主義の時代において、近代社会で当然のごとく受けいれられてきた「良い仕事」や「良いキャリア」と呼ばれるものとは別のものに価値を見出している。かれらにとって「大人」の定義も従来と異なるものであることが判明した。変貌する日本社会におけるフリーターの存在は、単なる経済問題としてのみならず、若者の価値観の変容という点からも考察する必要があることが明らかとなった。
著者
清水 琢音
出版者
麻布大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2021-04-28

プリオン病では神経変性が急激に進行する。しかしながら神経変性のメカニズムはわかっておらず、致死的疾患である。我々は、神経細胞において分泌系タンパク質であるプリオンタンパク質のミトコンドリアへの異所性の局在が、ミトコンドリアの細胞膜へ向かう順方向の移動を阻害して核周囲の集積を引き起こすことを見出した。神経細胞におけるミトコンドリアの核周囲への集積は神経末端におけるATPの供給不全を起こすため、神経細胞の機能不全に直結する。そこで本研究は、この現象がプリオン病における神経変性の大きな原因であると考え、この分子機構を明らかにすることを目的とする。
著者
大林 侑平 (2023) 大林 侑平 (2022)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-03-08

本研究のテーマは18世紀ドイツ語圏における官房学的言説の思想史的研究である。この研究は(1)思想史・知識史的分析、(2)理論的分析、(3)方法論の三つのアプローチを含む。(1)官房学の根本概念であるエコノミーを起点に、その人間学的側面と自然哲学的側面に光をあて、銅時代の様々な実践との関連を解明・叙述する。(2)19世紀に至るまで持続的影響力を持った自然哲学が、学問的・政治的・経済的要請、技術的変動との相互作用を、理論的分析を通じて剔抉する。(3)以上の研究に対するメタ分析として、思想史・知識史の方法について、今日の社会認識論や関連分野を参照して新たな適切な叙述・分析の方法を検討する。
著者
高井 寛
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

ハイデガー『存在と時間』を「行為の哲学」として統一的に解釈するための研究を行った。より具体的には、同書の「空間論」を行為者が行為を遂行するために必要な空間把握の働きを論じたものとして解釈したほか、同じく「周囲世界分析」から、意図せざる意図的行為に関する分析を析出し、また「歴史性」を巡る議論を行為者の行為者性を特別な仕方で形作る「自己の生を物語ること」という観点から、また「死の実存論的分析論」を行為者自身が人生の無意味さについて抱く否定的な情動の観点から解釈した。本研究の意義の一つ目は、『存在と時間』が含む議論の全体を「行為の哲学」として解釈することが可能であることをより一層確かに示したことにある。同書は、存在論の著作として解釈される傾向にあるが、そこでなされている「現存在の実存論的分析論」は、行為の哲学としての側面を有しており、本研究はその内実を明らかにするものであった。以上が、本研究のハイデガー研究としての意義である。次に、本研究は20世紀中葉以降の現代の「行為の哲学(Philosophy of Action)」に欠けている視座を、ハイデガー『存在と時間」から析出するものであるという点で、行為の哲学それ自体としての意義をもつ。より具体的には、個々の行為を成り立たせるための心的状態という現代行為論の主流法の方法ではなく、行為がなされる歴史的、空間的文脈、あるいは死すべき有限な存在者によってなされる時間的な文脈のなかに行為を位置付けるという点で、『存在と時間』から本研究が汲み出した行為の哲学には、現代的な意義がある。最後に本研究の重要性について。本研究は、『存在と時間』の一部分の議論だけでなく、その全体を「行為の哲学」として解釈する点で、研究上の独自性と重要性をもつ。また現代行為論とハイデガーを積極的に架橋するという点でも、あまり類を見ない研究である。
著者
飯塚 理恵
出版者
関西大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

知識の獲得に関わる善い性格を認識的な徳、知識の獲得を妨げてしまうような悪い性格を認識的な悪徳と呼ぶ。そのような知識をめぐる規範的な問いに取り組むのが徳認識論である。本研究は認識的な徳と悪徳をより明らかなものにし、いかに悪徳を回避できるのかを描くことを目指している。まず、悪徳の回避のために、社会を整備することの重要性を検討する。次に、徳認識論者はオープンマインドの徳(他人の意見を真剣に考慮すること)を推奨しているが、一方でわたしたちが親しい人々にのみ共感能力を発揮する傾向を持つという問題に取り組む。最後に、西洋社会の文脈でのみ行われてきた認識的謙遜の徳について日本の文脈における独自性を検討する。
著者
下崎 久美
出版者
東京藝術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

20世紀初頭の民族音楽学者アルマス・ラウニス著『ラップランドのヨイク旋律集(1908)』(以下『ヨイク旋律集』)に掲載されている854のヨイクの譜例を対象に、研究者独自の観点から再分類および分析を行った。『ヨイク旋律集』は、1904年と1905年の7~8月に、イナリ、ウツヨキ、コウトケイノ、カラスヨキ、ポルマクの五つの地で23人以上の歌い手からラウニス自身が採譜した824の譜例に加え、他2名の採譜者による30の譜例を加えた計854の譜例をもとに、それらをフレーズ構成というラウニス独自の観点から712種に分類した旋律集である。本研究では、ラウニスが分類の基準としたフレーズ構成の他、各旋律の拍子、音域、音列といった音楽情報を抜き出し、また、それらを歌い手ごとに整理し直すことで、20世紀初頭の北サーミのヨイクの音楽的内容をより鮮明に浮かび上がらせることを試みた。考察の結果、20世紀初頭の北サーミのヨイクは、オクターヴ内の音域、2拍子または3拍子、D-G-A-Bを中心とする4音または5音の音列が典型的な例であることがわかった。これは、現在通説として語られている「オクターヴを超える音域と複雑な拍子」という特徴には当てはまらない。この理由はおそらく、これまでヨイク研究者が参照した録音資料の多くがサーミ人の日常生活において受け継がれてきた伝統的なヨイクではなく、1960年代以降レコード産業を通じて台頭した現代ヨイクの名手による技巧的に発展されたヨイクであるためと考えられる。本研究は、これまで先行研究において伝統的なヨイクと現代ヨイクの音楽的特徴が明確に区別されてこなかった問題点を示唆するものであり、伝統的なヨイクの音楽様式研究は、ラウニス以降に残された体系的な録音群や現代のフィールド調査で得られる録音の分析によって今後も発展の余地が十分にあるといえる。
著者
宮崎 均 ZRELLI Houda ZRELLI Houda
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

世界的に慢性腎不全症患者は増加の一途をたどっており、我が国の患者数も1300万人に及ぶ。腎機能低下で血中濃度が上昇する尿毒症物質インドキシル硫酸(IS)が、腎機能の増悪化のみならず、動脈硬化など種々の合併症を誘導することが明らかになってきた。また、ISが細胞内で活性酸素種(ROS)を産生することでこれら作用を発揮することも分かりつつある。本研究は、食成分から慢性腎不全の改善及び血管障害の改善を目指す研究である。具体的には、ローズマリーの抗酸化化合物カルノシン酸(CA)を用い、本年度は動脈硬化の初期段階に関わる血管内皮細胞及び慢性腎不全に密接の関わる腎尿細管上皮細胞HK-2に対するISの悪影響の予防・改善効果を実証することを目的とした。平成26年度は、まず培養血管内皮細胞を用い以下の結果を得た。① ISは細胞内のROS産生及び転写因子NFκBの活性化を介して細胞接着因子であるICAM-1、VCAM-1、E-selectin、さらには単球走化性因子MCP-1の発現を増加させ、これをCAがROS産生やNFκB活性化を抑えることで負に制御すること、② ISが細胞へ作用後、ROS産生のみならず、ROS産生酵素であるNOX4の発現、ISの作用を仲介するダイオキシン受容体AhRの発現をも増加させること、を示し、ISの慢性的な暴露が動脈硬化の発症・進展を促進するさらなる証拠を得た。HK-2細胞についても以下の結果を得た。① ISによりAhRの核移行やROS産生が生じ、それをCA、AhR拮抗薬、ISを細胞内に輸送するOATトランスポーター阻害剤が抑制すること、② ISによるNOX4発現増加もCAやトランスポーター阻害剤で抑えられること、を明らかにした。これらの結果は、CAがISによる慢性腎不全の進展や合併症である動脈硬化の進展に対し、抑制的な効果を持ちうることを示唆するものである。
著者
高畑 早希
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

本研究は、1940~80年代までの日本において展開された、民話運動及び「民話ブーム」の内実を、文学・文化研究の立場から総体的・複層的に描き出すことを目的とする。本研究を遂行するための具体的な達成目標は以下の二点である。第一に、近年再評価の進む50年代の第1次民話運動及び、そこから派生して今日まで継続する東京中心の運動を、民衆文化運動史のなかで通史的に明らかにすること。第二に、先行研究では看過されていた商業的領域や、広島や宮城などにおいて展開された活動も、広く民話運動・「民話ブーム」の影響圏としてくくることで、民話を中心的問いとした文化的気運の関係性を複眼的に明らかにすることである。
著者
白井 亮洋
出版者
大阪府立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

免疫測定応用を指向した新規材料: グラフェン含有ハイドロゲル微粒子の開発に関する研究の概要を以下にまとめる。まずグラフェン表面をポリエチレングリコール(PEG)で被覆したグラフェン含有ハイドロゲル微粒子を調製するために、水/N-メチルピロリドンの均一系混合溶媒に、グラフェン、PEGを添加し、攪拌下でPEGの貧溶媒である2-プロパノールを滴下し、PEGをグラフェン表面に析出させた。グラフェンの蛍光消光機能に加え、グラフェン表面に析出したPEG膜に分子ふるい分離機能を付与するために、グラフェン含有ハイドロゲル微粒子調製時のグラフェンに対するPEG量を検討し、未反応蛍光標識抗体と免疫複合体を分離可能な調製条件を決定した。免疫測定法への応用可能性を評価するために、種々濃度のヒトC反応性タンパク(CRP)を蛍光標識抗ヒトCRP抗体と混合・反応させた後、その試料溶液をグラフェン含有ハイドロゲル微粒子と混合し、蛍光強度を測定したところ、ヒトCRP濃度依存的に蛍光強度が増大した。これは試料中ヒトCRP濃度の増大に伴い、グラフェン表面のPEG膜を通過できない免疫複合体濃度が増大したことを示唆しており、作製したグラフェン含有ハイドロゲル微粒子が免疫測定に応用可能な新規材料であることが明らかとなった。さらに、2つのポリジメチルシロキサン(PDMS)製マイクロ流路内壁に、グラフェン含有ハイドロゲル微粒子と蛍光標識抗ヒトCRP抗体を物理吸着固定し組合せた、1ステップ免疫測定用マイクロデバイスを作製した。ここへ種々濃度のヒトCRPを毛細管現象で導入したところ、流路内壁に固定化された2種試薬と試料中ヒトCRPが反応した。蛍光強度変化をモニタリングしたところ、約2分で試料中ヒトCRP濃度依存的に蛍光応答を示したこと(先行研究の応答時間: 約20分)から、本免疫測定用マイクロデバイスの優位性が示された。
著者
太田 成男 WOLF A. M. MARTIN Wolf Alexander WOLF Alexander Martin
出版者
日本医科大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は、老年病および生活習慣病におけるミトコンドリアからの活性酸素の放出機構を明らかにすることである。初年度で検討した方法に加え、酸化還元状態により鋭敏に蛍光強度が変化する新しく開発されたGFPタンパク(roGFP)を用いて細胞内の酸化還元状態を測定した。ミトコンドリア移行シグナルを有するroGFPによって生細胞のミトコンドリア内酸化還元状態をリアルタイムに検出することができた。この方法を用いて、生理的低濃度のアスタキサンチン(抗酸化剤でカロテノイドの一種)がミトコンドリア内を正常な還元状態に向かわせることを明らかにした。アスタキサンチンは、培養細胞に過酸化水素を添加したときの酸化ストレスとそれに伴う細胞死を抑制した。この時、ミトコンドリア膜電位の低下が抑制され、細胞の呼吸活性も維持されていた。これらの結果は昨年度第7回日本ミトコンドリア学会で発表し、現在、論文を投稿中である。さらにこのroGFPを用いて本研究の課題である活性酸素放出量(スーパーオキシド放出量)のミトコンドリア膜電位依存性について検討した。微量の脱共役剤(mild uncoupling)を使って膜電位を僅かに下げることで酸化ストレスが減少し、ミトコンドリア内が還元状態に向かう。しかし、膜電位の下げ幅が大きすぎるとATP合成ができなくなり、細胞がエネルギー危機に陥ることによってNADHが低下し、還元状態を維持できなくなることも分かった。これらの結果は7月のEBEC2008会議(アイルランド)で発表予定である。
著者
横内 由紀恵 (森 由紀恵)
出版者
日本女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は王家の御産・御悩の御祈を分析することで日本中世成立期の宗教の政治的機能の特色と変遷を明らかにすることにある。最終年度である平成24年度は2年目までのデータベース作成・史料調査を継続し(下記1)、その成果を研究報告や論文の形で発表し(下記2)、本研究課題の解明をめざした。1.データベース作成・史料調査:本研究課題の中心史料『覚禅鈔』の年号・書名索引は、前年度に入力作業が終了したため、本年度は校正作業を行い、精度を高めた。その過程で不明確な箇所は東京大学史料編纂所の写真帳・高野山大学図書館の原本などで追加調査を行い『大正新脩大蔵経』の底本である勧修寺本よりも情報量が多い諸本を確認した。これにより仏教史・政治史・外交史など多分野から注目されている『覚禅鈔』の情報を補填することができた。また御悩の御祈の対象ともなる内侍所神鏡について聖教類・日記史料の蒐集・調査を行った。2.調査結果の考察・発表:『覚禅鈔』データベースをもとに考察を進めた結果、『覚禅鈔』には真言宗・天台宗・大陸・神道関係の教義が反映されていること、その情報収集の方法には独特の傾向があることが判明し、論文執筆を進めた。また、1での史料蒐集・調査から、12世紀後半に政治と宗教の関係が変化する可能性があると考え、奈良女子大学古代学学術研究センター研究会「福原の時代」で「福原遷都と伊勢」と題して発表した。この研究発表の一部を論文「中世成立期の平安京と内侍所神鏡」と題して執筆し雑誌『奈良歴史研究』への掲載が許可された。拙稿では、アマテラスを正体とする内侍所神鏡・平安京・天皇との関係性の変化を整理して福原遷都を機に内侍所神鏡=アマテラスが平安京と空間的に結びつくことで「万代の都」平安京の言説化が進展することを明らかにし、中世成立期の宗教の政治的機能を都市史・政治史と関連させて説明することができた。
著者
田中 翼
出版者
東京芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究の目的は、音楽において個々の作品よりも一段抽象化されたレベルの音楽理論的構造をコンピュータや計算を用いて生成し、新しい音楽スタイルを作り出すことである。25年度の成果は大まかに3つの項目に分けられる。1つ目は、旋法の生成に関するものである。旋法は感情の差異を表現するのに役立つが、その種類は数学的に膨大なため、感情と旋法の良い対応づけを得るのは困難である。そこで私は、固定された実験サンプルを評価する通常の心理実験ではなく、強化学習のアルゴリズムによって実験サンプル自体を評価者に適応変化させていく手法を案出した。そして、4つのタイプの感情をターゲットとした実験において、それらの感情を表現する旋法を得ることができた。この手法は、感情の表現力をもつ音楽スタイルを生み出す研究のプロトタイプとして大きな意義があると考える。2つ目は、旋法の研究から派生的に見いだした「音程スケール」という新しい音楽概念の研究である。これは、使用しうる音程の集合として定義される概念である。旋法や音階と異なり、音高ではなく音程の集合を使用することで、音高の制限がなされない無調音楽において通常の音階のような差異を生み出せる可能性がある。私はどのような音程スケールを選ぶべきか、無調の音楽が生成できる条件は何かなどを数学的に解明した。また、この理論を応用してピアノ作品を制作・発表しその有用性を示した。3つ目は「サウンドファイルの対位法」という私の考案した音楽理論に関係するものである。「サウンドファイルの対位法」とは、録音音源の内容を音響分析し、その情報を元にサウンドファイル断片の適切な同時的、経時的な組み合わせを自動決定する枠組みである。この研究は、コンピュータの探索能力を活かすことで、従来の録音された音素材を耳で聞いて配置する電子音楽の作曲に対して、新たな作曲のあり方の提示を意図するものである。本年度は1年目に構築したシステムを発展させ、使用する音源と音響分析の多様化を行い、美術館で展示を行った。
著者
山岸 潤也
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

Periplaneta fuliginosa densovirus(PfDNV)は、1993年に中国武漢市郊外でクロゴキブリがら分離されたウイルスで、パルボウイルス科,デンソウイルス亜科,デンソウイルス属に分類される。デンソウイルスは約5000塩基の小さなゲノムを有する一本鎖DNAウイルスで、数個の遺伝子しかコードしないことから、昆虫におけるウイルス増殖を分子生物学的に解析する対象として、非常に適していると考えられる。また、これまで分離されているデンソウイルスの多くが、その感染により宿主を死に至らしめ、同時に強い宿主特異性をもつことから、ウイルス農薬として害虫駆除に利用することが期待できる。本研究では、特にウイルス増殖の基幹を成す遺伝子発現制御機構に注目して解析をおこない、ウイルスの宿主特異性や増殖機構を明らかにすることで、ウイルス農薬としての有効かつ安全な利用への応用を目指している。PfDNVが属するデンソウイルス属には、ハチミツ蛾を宿主とするGalleria mellonella densovirus(GmDNV)や、Junonia coenia densovirus(JcDNV)など、鱗翅目を宿主とするものが存在する。これらのゲノム構造は非常に類似していることが報告されているが、ウイルス構成タンパク質をコードするORFがGmDNVやJcDNVでは1つであることに対し、PfDNVでは2つに分断されているといった相違がある。また、そのmRNAも、GmDNVやJcDNVでは1種類であることに対し、PfDNVでは選択的スプライシングにより少なくとも9種類が生成することを我々は明らかにしている。これらは、PfDNVでは、GmDNVやJcDNVと異なり、選択的スプライシングがウイルス構成タンパク質の発現制御に関与することを示唆していた。今回我々は、5種類あるPfDNVの構成タンパク質について、そのN末端アミノ酸配列をエドマン法により解析することで、PfDNVの構成タンパク質の発現制御に選択的スプライシングが関与することを明らかにした。また、非構成タンパク質をコードするmRNAをRT-PCRによって解析した結果、PfDNVだけでなくGmDNVにおいても、選択的スプライシングの関与が認められた。これらは、昆虫のパルボウイルスであるデンソウイルスの遺伝子発現制御には選択的スプライシングが関与しないというこれまでの通説を覆す、新たな知見であった。また、本研究の結果から、デンソウイルス属は、構成タンパク質の発現に選択的スプライシングが関与するグループ(鱗翅目を宿主としないもの)と、しないグループ(鱗翅目を宿主とするもの)の2つに細分化されることが示唆された。(以上はjournal of general virologyに投稿中です。)
著者
竹原 明理
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

採用最終年度は、昨年度から継続している菊人形と人形芸術運動における生人形の調査が中心となった。研究実績として、論文二本(2012年4月以降刊行予定の一本を含む)、口頭発表二本、学会新聞への寄稿一本を行った。2011年は生人形師出身で後に人間国宝となった平田郷陽の没後三十年という節目の年であり、佐倉市立美術館と佐野美術館において展覧会・シンポジウムが開催された。また、日本人形玩具学会では平田郷陽と人形芸術運動が特集され、報告者も同学会第23回総会(於深川江戸資料館)で菊人形やマネキン人形などを製作した生人形師としての平田郷陽の姿について発表した。菊人形展については、二本松市、南陽市、笠間市、野田市、巣鴨、湯島のほか、吉野川市、枚方市、名古屋市、高浜市などを見学した。東日本大震災の影響が懸念されたが中止となった個所はなく、東京・愛知・大阪・大分の人形師からの聞き取り調査も行うことができた。また、枚方市の「ひらかた市民菊人形の会」への参加・調査も継続し、彼らの活動についての考察を日本民俗学会第63回年会(於滋賀県立大学)や研究会などで発表した。加えて、生人形の系譜を考察する上で重要な山車人形の見学を川越祭において行ったほか、2011年11月の見世物学会総会(於東京芸術大学)でも生人形が取り上げられたため、学会新聞へ短文を寄稿した。当初、本研究は明治・大正・昭和における博物館と百貨店の展示装置として用いられた生人形について調査を進めていたが、生人形師の系譜にある現役の人形師からの聞き取り調査を行う中で、菊人形や山車人形は重要な存在であること、昭和初期に展開された人形芸術運動における議論は人形の転換期として非常に興味深いものであったことなどが浮き彫りとなった。展示装置としての生人形製作に関わった人形師たちは、先行研究で記されてきた以上に幅広い分野で活動していたことが明らかとなり、今後もさらに多角的な視点から生人形研究を発展させていく上で、本研究は重要な意味を持っていたといえるだろう。
著者
吉川 真司 POLETTO ALESSANDRO
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-11-13

日本中世前期の貴族社会の知識体系と、その生活文化上の意義を考えるため、古記録における僧侶・陰陽師・医師の活動を検討する。とりわけ、医師による病気の認識と呪術的・儀礼的行為を含んだ治療、陰陽師による地震を中心とした災異の認識とその対策、陰陽師と僧侶による占い・占星術について、網羅的な史料収集と現地調査を行ない、考察を進める。このことによって日本文化史・思想史に新たな方向性を与えたい。
著者
玉井 湧太
出版者
同志社大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

本研究の目的は、外科手術を必要としない、赤外光レーザー人工内耳の開発である。現在、我が国では補聴器を用いても言葉の聞き取りが困難な高度難聴者が約15万人存在する。高度難聴者の聴覚再建方法として、人工内耳の装用が挙げられる。しかし、人工内耳は電極を蝸牛内に挿入する侵襲性の高い外科手術を行う必要がある。そのため、実際に人工内耳を装用しているのは、高度難聴者のわずか数%程度である。赤外光レーザーによるレーザー刺激は、電気刺激とは異なり、生体外のレーザー刺激プローブを組織に接触させることなく神経を刺激できる。本研究では、レーザー刺激を人工内耳に応用することで、イヤホンのように気軽に装着可能な人工内耳の開発を目標として実験を行った。具体的には、外耳道から鼓膜を介して蝸牛神経を刺激する経鼓膜レーザー刺激方法を確立した。 音刺激(クリック音)と経鼓膜レーザー刺激(パルスレーザー)を提示した時の蝸牛応答を記録した。音刺激では、刺激を提示してからl ms以内に有毛細胞由来の蝸牛マイクロフォン電位(CM)が生じ、1-4 msの間に蝸牛神経由来の複合活動電位(CAP)が計測された。レーザー刺激を提示した際には、CMはほとんど計測されずに、CAPのみが、刺激提示後1-4 ms後に計測された。この結果は、経鼓膜レーザー刺激が、有毛細胞をバイパスして蝸牛神経を直接刺激したと考えられる。人工内耳装用者の対象となる感音性難聴者は、有毛細胞に障害を持っているが、蝸牛神経は機能する。このことから。経鼓膜レーザー刺激は感音性難聴に対して有効であると考えられる。また、本研究では、経鼓膜レーザー刺激方法の安全性についても評価した。1時間の連続レーザー照射を提示することで生じる蝸牛応答の変化は、統計学的に有意の変化ではなかった。この結果は、少なくともレーザー刺激が急性の障害を生じさせないことを示唆している。
著者
小松 丈晃
出版者
北海道教育大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

(1)過去2年間の社会学的リスク研究の研完成果をまとめた、著書『リスク論のルーマン』(勁草書房、2003年7月)を刊行した。ここでは、環境リスクを主たるテーマに据えつつ、ルーマンの社会システム理論の有する「批判力」を、「ありそうになさの公理」を基軸として描き出し、「開かれた対話」の可能性と限界を明らかにした。また、これまで大きく取り上げられることのなかったルーマンの抗議運動論にも立ち入った検討を加え、60年代から一貫して見られるルーマンの抗議運動への(かなりの程度ポジティブな)基礎的視角を浮き彫りにしている。(2)また、こうした理論研究に基づいて、グリーン・ツーリズムの日独比較研究の最終年度となる今年度は、2004年2月に、ドイツ・バイエルン州の農家民宿ならびに農家レストランにヒアリングを実施した。個別的活動として捉えられがちなバイエルン州の農家民宿だが、本調査では地域の「マシーネンリング組織」(オーバーバイエリッシェ・ヴァルド地区)との関係に焦点をあてることによって、地域の中での農家民宿の位置づけを明らかにした。3年間の研究により、昨年度の旧東ドイツ地域におけるグリーン・ツーリズム調査をもふまえて、ドイツの「農家で休暇を」事業における東西ドイツ比較研究の足がかりを固めることができた。(3)最後に、宮城県田尻町・小野田町における過去3年間の研究成果もふまえて、地域環境保全活動に関する日独比較研究の研究レポートを現在、まとめている最中である。(成果については、本年夏頃に刊行予定である。)
著者
山城 貢司
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

1 イスラーム伝統において、アラビア語の単語mi‘rajが預言者ムハンマドの神秘的天界上昇を表すのに用いられる理由が、(a) 天国と地上が宇宙的階梯によって結ばれているという世界観 (b) 預言者ムハンマドによるvisio Deiの可能性、という二つの神学的トポスを背景にしてのみ理解可能であることを示した。また、これらの神学的トポスがクルアーン自体に反映されている最初期のイスラーム思想に由来することを文献学的分析によって明らかにした上で、類似のユダヤ教伝承との比較考察を行なった。最後に、以上の議論に基づき、ミウラージュ伝承の発達について新たな見地を提示することを試みた。2 まず初めに『アダムの黙示録』の成立史を文献学的な手法によって解明した。これによって、『アダムの黙示録』が、「アダムとイブの生涯」と「セトの黙示録」という二つの資料と最終編纂者による加筆部分から構成されていることが判明した。続いて、この知見に照らして、『アダムの黙示録』におけるアイオーン論・救済史観・神話的構造(及びそれらのユダヤ的背景)について詳細に分析した。その際、セト派グノーシス主義における洗礼儀礼の位置付けに特に注意を払った。最後に、最終編纂者の手になると見られるグノーシス的救世主の由来についての従来ほぼ未解明だった謎歌(「13の王国の讃歌」)について、シンクレティズム的観点から体系的な説明を与えた。3 身体の延長としての道具の使用によって可能となった現象学的意味での時間抱握は、同時に神話生成と暴力の起源でもある。このテーゼの根拠づけと展開のうちにおいてこそ、アブラハム的一神教における身体性と救済思想の関係は考察されねばならない。このようにして、西洋キリスト教思想の終着点を、技術文明に内包された終末論の問題として論じることが可能となるであろう。