著者
永島 育
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-04-25

多宗教・多民族帝国であったオスマン帝国は、19世紀から20世紀にかけて発生した叛乱や紛争の末に、陸軍による治安維持、さらには強制移住や虐殺など、民衆への暴力を伴いながら崩壊した。東欧・中東を支配したオスマン帝国が、暴力的に清算された過程を明らかにすることは、テロや紛争等の暴力という課題を抱える現代の東欧・中東を理解する上で、欠かせない問いである。本研究は、治安維持のための軍事作戦時、民衆への暴力の主体となったオスマン陸軍将兵の体験、そして暴力体験の報道等における再定義を分析する。これにより本研究は、陸軍将校はなぜ過剰なまでの暴力でオスマン帝国の清算を実行したのかという点を明らかにする。
著者
中郡 翔太郎
出版者
帯広畜産大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

鯨類は海洋生態系における高次捕食者であり、しばしば海洋環境の健全性や変動の指標として用いられる。近年、鯨類を取り巻く環境は人間活動により大きく変化しており、申請者が行ってきた北海道周辺海域に生息する鯨類の疾患調査においても多様な疾患が見つかっていることから、野生鯨類の健康状態は悪化していると考えられる。しかしながら、今まで行ってきた調査では疾患の有無は見出せたものの、それら疾患の背景要因は依然として不明な点が多く、病態の解明が課題として残った。そこで、本研究では、異物代謝を担う肝臓に着目し、アミロイドーシスや肝吸虫症をはじめとする各種肝病変の病態および機序解明を試みる。
著者
長谷川 智子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

網膜色素変性は網膜の神経細胞である視細胞が変性し、視野狭窄や視力低下が進行する難病である。日本では視覚障害原因の第2位を占めるが、視細胞の変性を防ぐ有効な治療法は確立されていない。申請者らは現在までに、分岐鎖アミノ酸が、ストレス下培養細胞での細胞内エネルギー低下を抑制し、細胞死を抑制すること、網膜変性モデルマウスでは視細胞の変性を抑制し、網膜機能の低下を抑制することを明らかにした。本研究では、分岐鎖アミノ酸による神経細胞の細胞死抑制メカニズムを解明し、また、網膜色素変性の変性進行を鋭敏に反映するバイオマーカーを解明することで、分岐鎖アミノ酸を用いた網膜色素変性の新規疾患進行抑制薬の開発を行う。
著者
大澤 昇平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

■ウェブマイニングのための検索APIを利用したサンプリング手法に関する研究サンプリングはウェブマイニングにおいて重要な問題であり,アプリケーション・プログラミング・インターフェース(以下,API)を通して効率的にサンプリングする問題を扱う研究が盛んにおこなわれている.本活動ではその中でも特に検索 API に着目したサンプリング問題に焦点を当て,Wikipediaのようなオントロジを活用した辞書ベースのサンプリング手法を提案する.実験では,Facebook からデータを独自にクローリングしたデータに基づき仮想的な APIを構築し,ε-グリーディやε-ファーストなどの強化学習に基づく方策を比較する.■OSS コミュニティおよびクラウドソーシングの統合によるソフトウェア開発者の能力予測に関する研究クラウドソーシングサービスを対象に開発者の能力の推定が行われている.ソフトウェア開発プロジェクトの成功は,開発者の能力に依存するが,こうした能力を推定するのは自明な問題でない.一般に,クラウドソーシングサービスでは,能力はユーザによって評価付けされる.本活動では,オープンソースソフトウェア(OSS)コミュニティとクラウドソーシングサービスを統合することにより,ソフトウェア開発者の能力を推定することを目的とする.まず,能力の推定問題が OSS コミュニティからの素性生成の問題に帰着されることを示し,開発物に基づき開発者の能力を抽象化した値であるs-indexを提案する.具体的には,oDesk (クラウドソーシングサービス)および GitHub (OSS コミュニティ)を統合し,oDesk から得られるデータを教師データする評価値予測モデルを構築する.実験結果では,s-index を用いたモデルが nDCG の観点から用いないモデルよりも上回っていることを示す.
著者
白井 聡
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

報告者の平成18年度中の研究成果として最も特筆すべきことは、これまでのレーニンに関する研究をまとめた単著を刊行するめどをつけることができたことである。この著作は『未完のレーニン-<力>の思想を読む』と題され、5月10日に講談社選書メチエ・シリーズの一冊として刊行される予定である。本著作の内容の多くの部分は、報告者がこれまで雑誌等に発表してきた諸論考を元としているが、今回一冊の書物に編むにあたって、随所に大幅な改稿がなされた。本書は大枠として、レーニンの二つの著作、すなわち『何をなすべきか?』および『国家と革命』を精読するという体裁をとっているが、単に政治思想史的研究にとどまることなく、現代国家論・現代資本主義論・現代イデオロギー論といったアクチュアルな隣接諸領域についても踏み込んだ考察を行なっている。また、本書は読者への簡便性を考慮した選書シリーズの一環として刊行されるため、一般読者に対するわかり易さも考慮して書かれている。ゆえに、本書はマルクス主義思想への一種の入門書としても機能しうることが期待される。以上により、本書は古典的マルクス主義の思想についての内在的研究となっていると同時に、現代的諸課題について意義ある問題提起を行ないえている、と言えるだろう。また、報告者は2006年10月21日に社会思想史学会の第31回研究大会の<セッションA=マルクス主義の展開>において、「レーニンを再読する」と題した研究報告を行なった。同報告においては、今日レーニンの思想・ロシア革命を再検討する意義に関して、多くの社会思想研究者と意義深い意見交換を行なうことができた。
著者
小野 順貴 SCHEIBLER ROBIN
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-11-10

本研究の目的は、音を光に変換するセンサノードとカメラを組み合わせ、カメラを一種の多チャンネル音響デバイスとして用いる新たな多チャンネル音響信号処理の枠組みを構築することである。これらにより、従来は困難であった広範囲に分散するセンサノードからの音響情報の取得を容易にし、音響シーン認識、音源定位、音源強調などをカメラによって行う新しい音響応用システムを実現することを目指している。2018年度は以下の研究成果を得た。1) 音強度情報からの音源定位を行った。具体的には,首都大学東京日野キャンパスの体育館において,多数の音光変換デバイス「ブリンキー」を配置し,ビデオカメラで撮影したブリンキーの光強度信号から,機械学習により画像上での音源位置を推定した。2) 前年度に引き続き,通常のマイクロホンアレイと組み合わせ、光信号を教師信号として用いる教師有りビームフォーミングを行い、その有効性を確認した。3) 複数音源を扱えるようにするため,ブリンキーで取得した音強度信号を非負値行列分解により分離する手法を考案し,実環境でも分離できることを確認した。さらに,4) 2)の拡張として,通常のマイクロホンアレイとブリンキーを組み合わせたマルチモーダルブラインド音源分離の理論を構築し,シミュレーションにより有効性を確認した。5) 音響シーン認識やイベント検出への応用として,人,自転車,バイクなどの通行の検出,研究室環境での複数人での会話といった実環境シーンでデータ取得を行い,分析法について検討した。
著者
菊田 康平
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

圏論的力学系の不変量であるエントロピーについて研究を行った.非特異射影多様体の自己同値函手のエントロピーに対して,古典的なGromov-Yomdinの定理の自然な圏論的類似としてGromov-Yomdin型等式が成り立つと予想して研究に取り組んだ.実際いくつかの場合で等式が知られている.しかしY-W.Fan氏と大内氏により,K3曲面や偶数次元のCalabi-Yau超曲面の自己同値函手の場合に反例が構成された.そこで「どのようなクラスの自己同値函手がGromov-Yomdin型の等式を満たすか」という問いが自然に出てくる.上記の反例の構成法より,一定の理解は深まったが本質的な理解は得られていない.代数多様体の自己有限射から定まる圏論的エントロピーと自己射の周期点上の局所力学系に対して定まる局所エントロピーに関する基本的な不等式を証明した.局所エントロピーは局所環上の有限局所自己射に対して定義される量である.特に複素(局所)力学系において重要な対象である超吸引的周期点を環論的に一般化したcontractingな自己射に対して有用である.例えば局所エントロピーを用いた,Kunzの定理のcontractingな射の場合の一般化が知られている.上記の不等式の応用として,代数多様体の自己射の周期点が特異点となることの十分条件を,圏論的エントロピーを用いて数値的に与えた.得られた成果をいくつかの講演で紹介した.講演で非可換環に対するFrobenius函手のKunz型の定理について有益なコメントを頂き,現在検討段階にある.
著者
市原 晋平
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

本研究は18世紀のハンガリー王国において「周囲からツィガーニと呼ばれた人々」(以下、ツィガーニ)が取り結びえた社会的諸関係の解明を企図し、とりわけ市場町ミシュコルツにおけるこの人々の状況を地域定的文脈や、より広範な社会的・政治的情勢と関連付けて検討することを課題としている。本年度は、博士論文執筆に必要な史料・文献の入手を目的とするハンガリーへの調査渡航(2016年1月27日~2月15日)を除けば、前年度までに入手した史料・文献の内容整理、その中で明らかとなった知見の公表に努めた。結果、研究報告2本と図書1点の成果を得た。研究報告では、まず日本西洋史学会大会(2015年5月17日)にて、18世紀半ばのミシュコルツにおけるツィガーニ集団の指導者、頭領の機能とその変化を、1767年の頭領の法的廃止という王国規模の政策の影響なども考慮しつつ、検討した。また、東欧史研究会・ハプスブルク研究会合同報告会(2015年10月18日)では、18世紀初頭のミシュコルツにおけるツィガーニ、とりわけ鍛冶師の経済活動を、地域の経済的状況やギルドなどその他の経済活動主体との関係の中で検討した。さらに、次年度にはジプシー/ロマ研究会(2016年4月16日)にて、ミシュコルツにおけるツィガーニによる「犯罪行為」について、18世紀ハンガリー王国で実施されたツィガーニに対する「同化」の試みと関連付けて検討する予定である。図書については、ハプスブルク家とブルボン家の宮廷を比較検討したJ. ダインダム『ウィーンとヴェルサイユ』の翻訳に参加し、18世紀当時ハプスブルク家領に属したハンガリー王国を、より広い枠組みから捉え直す重要性を再認識した。目標としていた年度中の博士論文完成には至らなかったが、以上の研究報告、調査などによって、本博士論文は完成に向けて大きく前進し、2016年度中に提出できる見込みである。それと合わせて、以上の研究報告を今後、論文の形で公表することを目指したい。
著者
夏目 房之介 HOLMBERG R.E.
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

今回のライアン・ホームバーグと夏目房之介の共同研究では、戦後の日本でおこったマンガの変革期である60-70年代に焦点をあて、マンガ家、編集者、読者だった人々への基礎的な取材調査を通して、当時のマンガ文化の動向を読みとくための基礎資料を編纂することを目指しています。特に2011-2012年度は、上記で述べた各関係者への取材に専念しました。質問内容を吟味し、各項目を作成するために、現代マンガ図書館(東京)、国際子ども図書館(東京)、昭和漫画館青虫(福島)を中心にして、研究資料の収集につとめ、また、その内容を分析・検討しました。2011年7月に始め、下記の10人を取材しました:戦後マンガの中心的な作であるさいとうたかを氏、貸本マンガ作家である石川フミヤス氏と山森ススム氏、60年代の前衛的な作家である佐々木マキ氏と林静一氏、月刊誌「ガロ」の元編集者高野慎三氏、「ガロ」の中心的な作家であるつげ忠男氏と蛭子能収氏、60-70年代の長編マンガ作家のビッグ錠氏、60年代に始め現在までのマンガ評論家である小野耕世氏。各インタビューを録音し、その内の6本を、学習院大学大学院の生徒に依頼、文字起こしを行いました。またこれまでの研究、取材の成果を、アメリカのマンガ研究批評誌、「The Comics Journal」で月例連載として発表しつつあります。最終的にはインタビュー資料集として出版することを考えています。こうした調査の途中経過を、夏目氏のゼミで発表し、各研究者との間で意見交換をおこなう機会も得ました。
著者
横濱 雄二
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

メディアミックス様々な物語メディアを横断するものであり、特にそのリアリティの構築を考える際の参考として、民俗学、哲学、精神分析などの理論を参考とし、また文学史や文学理論についても諸作を参照した。その成果の一部として、幻想文学に関する論文集である『ナイトメア叢書』(第3巻、第4巻)のブックガイド欄を分担執筆した(今後も継続予定)。また、大衆文化としての映画におけるメロドラマ性やスター性に注目し、近年のメロドラマ研究を参照した。この点を踏まえつつ菊田一夫『君の名は』について、ラジオドラマ、小説、映画のメディアミックスを分析した。時間的に初期のラジオドラマではメロドラマ以外に戦後の社会状況が多く織り込まれていたが、後半では物語の展開とともにラジオドラマ自身もメロドラマ性を強めているが、この傾向は小説や映画でも踏襲され、特に後追いで制作された映画では、ストーリー全体がメロドラマに特化している。こうした物語構成上の変化は『君の名は』ブームでの世評に対応したものといえる。また、全国を巡回するという構成上の特徴は、映画ロケ地の観光地化や、試写会に際しての出演者の全国ツアーといった、物語の外部に存在する俳優の身体性にも広がっている。このような形で物語の内部と外部をつなぐスターの身体性は、石原慎太郎の『太陽の季節』『狂った果実』における登場人物と実弟石原裕次郎との対応とも密接に関連する。また、キャラクタービジネスにおける物語を利用したマーケッティング手法は、こうした身体性と物語性との関係を応用したものと把握できる。メディアミックスはこのように見ると単に諸メディアを通底するばかりでなく、そうした通底性を基盤に俳優や作者といった物語そのものにとっては外部と見なしうる地平までその範囲を広げて考察することができる。これらの研究については、その一部を『層--映像と表現--』(近刊)に発表する。
著者
福田 純也
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

最終年度となる本年度は,主に「どのような言語項目は意識的注意が当たりやすく,どのようなものは当たりにくいか」,そして「意識されやすい言語項目はより良く習得されるか」という点に関して,認知心理学において近年注目を浴びている半人工言語学習パラダイムをもちいた実証的調査を行った。こ本年度に実施した実験においては,主として言語項目の形式-意味の結びつきの卓立性が言語項目の意識されやすさと,その結果得られる意識的・無意識的知識にどのように介在するかを調査した。実験には43人が参加し,半人工言語の限定詞を学習した。学習者は,[+/-単数],[+/-有生],および [+/-行為者]が設定された。[+/-単数]は明示的に教授される項目であり,[+/-有生]は付随的学習条件かつ卓立性の高い項目,および[+/-行為者]は付随的学習条件かつ卓立性の低い項目として設定した。そのような調査の結果として,学習時の意識と,その結果得られる知識のタイプ(意識的・無意識的知識)には,当初から予想していたものより複雑な関係が見られることが明らかになった。具体的には,卓立性の高い項目は意識的知識としても無意識的知識としても学習されやすく,無意識的に学んだ場合は無意識的学習のみが促進されていた。卓立性が低い言語項目は意識されたとしても無意識的知識として習得されにくく,意識された場合においてのみ意識的知識が得られる可能性が示された。そして,無意識的学習を行った学習者は,直後テストにおいてはいかなる知識も得ていない見えたものの,時間が経つにつれて徐々に文法規則に対する知識表象が発現する可能性が示された。この結果は,無意識的知識の習得をも促進するといったプロセスを示唆し,さらに卓立性の低い項目はそのようなプロセスが促進されにくく,意識のされやすさと習得は卓立性を介して複雑な関連を持つことを示している。
著者
大井 奈美
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究成果としては以下の三点を挙げることができる。第一に俳句研究にたいする成果について述べる。オートポイエーシス概念にもとづく情報学すなわち基礎情報学を応用して近現代俳句を分析することにより、既存の諸アプローチによる研究(たとえば文献学的研究、テクスト論的研究、認知科学的研究など)では十分にとらえきることが難しかった俳句独自の特徴について多角的にあきらかにした点を挙げることができる。その特徴とは、第一に俳句が俳句結社などの共同体やメディアと非常に密接な関係を結んでいる点、第二に共同体やメディアと作家とのあいだに師弟関係に代表される力関係が存在する点であった。こうした特徴にかんして、本研究の情報学的=構成主義システム論的アプローチによって、たとえば俳句結社における作句に、結社誌の存在や師弟関係がいかなる影響をおよぼすのかを説明することができた。以上述べた俳句研究における成果にとどまらず、基礎情報学という理論的枠組を発展させた点も本研究の第二の成果として挙げられる。具体的には、通時的な考察の導入、自律システム同士の関係性、システムの作動メカニズムと情報概念との有機的関係づけなどをとおして理論を深化させることができた。成果の第三として、既存の文学システム論研究が抱えていた問題点に一つの解決をあたえたことを挙げることができる。基礎情報学は二次観察概念を核とするセカンド・オーダー・サイバネティクス(ネオ・サイバネティクス)に含められる理論的枠組であるが、セカンド・オーダー・サイバネティクスを応用する文学研究は、すでにドイツを中心におこなわれてきた。それには、いわゆる経験的文学研究の潮流もふくまれていた。本研究をつうじて、文学システム論が有していた、文学テクストをめぐる理論を研究作業のなかに位置づけることが難しいなどの弱点を克服する道が拓かれ、情報学的=システム論的文学研究の可能性が拡張された。
著者
洪 ゆん伸 (2007) 洪 ユン伸 (2006)
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

申請者は、日韓関係における「ナショナリズム」を考察するため、「沖縄」に注目してきた。特に、沖縄と韓国における「女性」の表象と国民国家の関係を、その構造的側面が顕著に現れる戦時や占領状況から、具体的な歴史分析と国際関係理論の接点を通して考えてきた。本研究の意図は、日本と韓国におけるナショナリズムの問題を、世界システムのなかで最もミクロな認識的アプローチを通し考える領域たる、「ナショナリズム」と「占領」との関係を検証することにある。既存の研究において沖縄と韓国の軍政関係の比較研究は行われていないために、両地域における軍政関係の関係性は、特に安全保障のアクターとして国家を設定した研究では十分に検討できなかったのが現状である。申請者は、軍政関係の比較研究における「軍政と住民」を基本スタンスとし、「軍政」(占領)概念を、「行為主体」として「国家が持つ脆弱性」として再定義した。このような「占領」概念を最も顕在的に論じるため申請者が注目したのが、沖縄における女性体験である。特に、「従軍慰安婦」や「辻遊郭(「売春婦」)の事例を用いて分析を行ってきた。本研究の分析方法は、次のような三つの方向性を持って行われた。第一、「慰安を与える女性とナショナリズム」。第二、「売買春の歴史的考察と『聞き取り』の位置-被害者の証言の主体と客体」、第三、「占領の再定義」がそれである。第一の方向性は日本軍と米軍による性サービスの場を歴史的に位置づけるものである。第二は、ジェンダー理論の中で具体化した。さらに、第三では、歴史学とジェンダーの接点を追求した。このような方向性を持った研究を通し最終的に「占領」概念を再定義した。本研究は、占領下の女性体験というものがある土地に住んでいる住民にいかなる影響を与えたのかを捉える点で、今なお続いている戦争に普遍的な価値判断を与えるものである。また、日本軍占領から米軍占領へと変る過程で総力戦における戦闘員から非戦闘員として変貌している住民の姿を、新たな占領概念から位置づけた点においては、沖縄学に新しい視点を提示するものである。
著者
比嘉 夏子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

19年度は、前年度までに実施したトンガ王国における長期フィールドワークで得られたデータを整理、分析し、それを国際的な場において発表することに重点を置いて研究を進めた。具体的な成果としては、ブタをはじめとする多くの伝統財が贈与交換された国王葬儀や宗教行事を比較研究し、2007年6月に開催された第21回太平洋学術会議においてContinuity and Change of Gift and Tribute:Spectacular Practice in the Modern Kingdon of Tongaのタイトルで、英語ポスター発表を行った。また、雑誌Research in Economic Anthropologyへ投稿した論文、Economics Emerging Between Religious Faith and Practice:A Microanalysis of a Donation Event in the Kingdon of Tonga(現在査読中)の執筆をおこない、現代のトンガ王国において、依然として顕著な現象として見られる宗教的贈与について、信仰と経済活動とがどのように人びとの日常生活を織りなしているのか、村落調査で得られた詳細なデータをもとに分析、検討した。年度末にはこれまでのトンガ王国での調査をさらに深めるべく、トンガとは地理的、文化的に隣接していながらも、現在はニュージーランドの自治領であることから島内の過疎化が進行しているニウエ島での短期調査を実施し、王制を維持しているトンガとニュージーランド本島の影響を強く受けているニウエ島の生活が、ブタ飼養や贈与交換のありかたなど、さまざまな点においてかなり異なったものであることが確認された。
著者
松本 拓巳
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

細胞は、細胞内外の分子の少数性、環境の不均一性などに起因する激しくゆらいだ環境の中で、外部環境の変化や他の細胞からのシグナルを観測し、細胞内にその情報を伝達することによって生命活動に重要な分子などの個数を正確に制御している。そのような化学反応のリレーを行うには、熱的な散逸が伴うはずであるが、生物は非常に限られたエネルギー(資源)でそれを実行しており、そのエネルギー論、つまり熱力学的な理解は不十分なままである。本研究ではこの問題に取り組み、(フィードバックを理論体系に取り入れた熱力学である)情報熱力学を用いることによって、「情報」と「制御」の間の一般的な関係を明確にすることに成功し、さらには「最適制御」や「十分統計量」といった制御理論における概念が非平衡統計力学の枠組みでどのように理解されるのかを明らかにした。より具体的には、情報量にある種の方向性をもたせた各種情報流がどのような場合に最適化されるかを調べ、同時に発生する熱的散逸の間のトレードオフを導いた。この結果を大腸菌の走化性シグナル伝達に応用し、その情報論的効率と熱力学的効率を定量的に調べ、生物学における本研究の有用性を示すことに成功した。また、従来の研究では定量的にシグナル伝達を解析する際に定常系を考えていたが、本研究では情報流を用いることによって、非定常系における結果も与えることができた。このことは、本質的に非定常で駆動している生物システムを理解する上で重要な結果であると考えられる。
著者
戸川 優弥子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

刺胞動物を餌としているミノウミウシ類の一部は、餌由来の刺胞を体内に貯蔵する「盗刺胞」という現象が見られる。この現象は他の生物の細胞内器官を、そのまま取り込み利用するという点で非常に興味深い。本研究では、盗刺胞を行うムカデミノウミウシの組織切片を作成し、各種の分子マーカーを駆使した顕微鏡観察により、盗刺胞に関連する器官の形成過程を詳細に記載し、盗刺胞のメカニズム解明の足がかりを構築する。さらに盗刺胞のメカニズムを明らかにするため、盗刺胞に特殊化した器官のトランスクリプトーム解析を行い 、そこで特異的に高発現している候補遺伝子を同定し、機能解析を行う。
著者
今西 貴之
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

Toll-like receptor(TLR)はマクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞上に発現し、病原体に特有の分子パターンを認識することにより、自然免疫系を活性化し、その後の抗原特異的な獲得免疫の活性化を誘導することが知られている。しかしながら、獲得免疫系のT細胞におけるTLRの役割は明らかになっていないため、その機能と分子機構を解明することを目的とした。まず初めに、ナイーブCD4+T細胞を種々のTLRリガンドで刺激したところ、活性化の誘導は認められなかったが、TLR3(Poly I:C)とTLR9(CpG-DNA)リガンド刺激による生存延長の誘導が認められた。さらに、T細胞受容体(TCR)とTLRの同時刺激により、TLR2(リポペプチド)、TLR3とTLR9リガンドに反応して、増殖や生存延長、IL-2の産生、c-Myc、Bcl-xLなどの遺伝子発現とNF-κBの活性化が相乗的に誘導された。そこでTLRの下流で必須の役割を果たすアダプター分子MyD88とTRIFを二重欠損したマウス由来のT細胞を用いて同様の実験を行ったところ、TCR+TLR2刺激によるT細胞の増殖とIL-2の産生の増強はMyD88/TRIF二重欠損T細胞で認められなかった。しかしながら、Poly I:CあるいはCpG-DNA刺激による生存延長の誘導とTCRとの共刺激による増殖とIL-2の産生増強はMyD88/TRIF二重欠損T細胞でも正常に認められた。以上の結果から、リポペプチド刺激によるT細胞の活性化の増強がTLR2を介して行われるのに対して、Poly I:CあるいはCpG-DNA刺激によるT細胞の生存延長の誘導と活性化の増強はTLR以外の受容体を介して行われることが示唆された。
著者
棚橋 薫彦
出版者
国立研究開発法人産業技術総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

1 クワガタムシ科における微生物共生関係の解明クワガタムシ科の共生酵母は,雌成虫の菌嚢を介して次世代に伝達され,幼虫が食べる木質バイオマスの消化に密接に関連していると考えられる.本研究では、日本産クワガタムシ科の約40種のうち一部の離島固有種を除いた計32種について,成虫の菌嚢または幼虫消化管に存在する共生酵母を解析・同定した.クワガタムシ科の共生酵母の大半はScheffersonyces属のキシロース醗酵性酵母であったが、特殊な生態を持ついくつかの希少種クワガタムシからは、これまでに知られていない全く新規の酵母群が発見された。また,酵母以外の微生物との共生についても新規の知見が得られた。例えば、フィリピンに生息するクーランネブトクワガタの成虫腸管からはツリガネムシ類に近縁な繊毛虫が見出された。陸上生物に繊毛虫が共生あるいは寄生する現象は大変珍しく、この発見については当年度内に論文化をおこない、Zoological Science誌に受理された。2 共生酵母の地理的分化と遺伝的多様性クワガタムシ共生酵母の大半を占めるScheffersomyces属酵母について、詳細な系統解析を行った。これまで酵母の系統解析に汎用されてきた26SリボソームRNA遺伝子やITS領域はScheffersomyces属内の変異が少なく,共生酵母とホスト昆虫の間の種特異性や,酵母の地理的分化などを調べるためには,これらに替わる新たな分子マーカーを開発する必要があった.そこで,日本産と韓国産のルリクワガタ属の共生酵母を対象として,東京大学および韓国の研究者と共同で,核リボソーム遺伝子のIGS領域における分子マーカーを開発し,その有用性について検討した.また、開発した分子マーカーを用いて、東アジアのルリクワガタ属共生酵母の遺伝的分化について調べた。これらの内容については論文査読中である。
著者
森田 理仁
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

適応度に最も強く影響を与える出生率の自発的な低下を伴う少子化は,ヒトの行動や生態を理解する上で大きな課題である.以下,特別研究員研究報告書に記載した内容をもとに,主要な成果を中心に報告する.研究1:子どもの数をめぐる父母間(夫妻間)の性的対立ヒトにおいても,出産や子育てに伴うコストは男性よりも女性の方が大きいため,父母間で性的対立が生じていると予測される.そして,配偶者の変更が可能な配偶システムのもとでは,欲しい子どもの数は男性よりも女性の方が少なくなると予測される.これらのことから,「女性の社会進出により,少ない子どもを望む女性の意思決定が男性より大きな影響力をもつようになれば,出生率は低下するのではないか」という仮説を立て,アンケート調査を子育て支援施設において行い検証した.その結果は,予測に反して,多くの場合,父母間で欲しい子どもの数は一致していた.また,子どもをもつことに対して,両親の希望が等しく重視された夫婦が最も多かった.これらの結果から,現在の社会では養育費の負担などによって,配偶者の変更に伴う男性のコストが非常に大きいことが考えられる.研究2:出産の起こりやすさに影響を与える要因生活史戦略の理論からは,子育てにとって好条件になった時に出産が多く生じていると予測される.本研究では,『消費生活に関するパネル調査』のソースデータを用いて,この予測を検証した.分析の結果,こちらも予測に反して,子育てにとって好条件になった時に出産が多く生じていることはなかった.さらに,子どもがすでに二人居ると,その後の出産が急激に起こりにくくなることがわかった.二人という子どもの数は,進化的には非適応的なレベルに少数であるため,今後はこの背景をさらに探求する.その他,数理モデルを用いて,子どもの質をめぐる競争的社会環境や,繁殖以外の選択肢の魅力が出生率に与える影響を研究した.
著者
北村 紗衣
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

当特別研究員の研究課題は、シェイクスピアを中心としたイギリス・ルネサンスの悲劇における女性表象である。2009年度は前年度に引き続き、このテーマに関する考察を深めるべく研究を進めた。本年度は昨年度に引き続き修士論文の一部を発展させ、シェイクスピアの恋愛悲劇『アントニーとクレオパトラ』におけるクレオパトラ像のあり方をそれ以前のクレオパトラを扱った悲劇群と比較し、シェイクスピアの作品は古代からルネサンスまでの「クレオパトラ文学」とも言えるような伝統の中にどのように位置づけることができるかを分析した論文「イギリス・ルネサンスにおける『クレオパトラ文学』--シェイクスピアのクレオパトラとその姉妹たち」を執筆し、『超域文化科学紀要』に投稿した。投稿後、その内容を5月31日の日本英文学会にて発表した。また、シェイクスピア劇がアメリカ映画においていかに受容されているかについての予備的な研究を開始し、5月23日の大澤コロキアムにて"Shakespeare in High School : The Taming of the Shrew and 10 Things I Hate About You"というタイトルで発表を行った。この他、シェイクスピアにおける共感覚(synesthesia)的な比喩に関する予備的な研究を開始し、7月5日に京都造形大学で行われた表象文化論学会第4回大会にて「共感覚の地平-共感覚は『共有』できるか?」という研究パネルを組織し、「感覚のマイノリティ-共感覚と共感覚者をめぐるフィクション」と題して文学における共感覚の一般的表現に関する発表を行った。