著者
寺田 勝彦 藤田 修平 田端 洋貴 脇野 昌司 井上 美里 中前 あぐり 小尾 充月季 辻本 晴俊 中村 雄作
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ac0400, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 脊髄小脳変性症(Spino-cerebellar degeneration:SCD)の立位・歩行障害の改善には,体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調によるバランス障害,脊柱のアライメント異常による歩行のCentral pattern generator(CPG)の不活性化に対応した多面的アプローチ(the multidimensional approach:MDA)が必要である.今回,SCDの立位・歩行障害へのMDAの有効性について検討した.【対象および方法】 当院の神経内科でSCDと診断され,磁気刺激治療とリハビリテーション目的に神経内科病棟に入院した40例である.無作為に,従来群(the conventional approach group:CAG)20例(MSA;5例,SCA6;12例,SCA3;3例),多面的アプローチ群(MDAG)20例(MSA;8例,SCA6;8例,SCA3例;ACA16;1例)に分別した.CAGでは,座位・四這位・膝立ち・立位・片脚立位でのバランス練習,立ち上がり練習,協調性練習,筋力増強練習,歩行練習を行なった.MDAGでは,皮神経を含む全身の神経モビライゼーションと神経走行上への皮膚刺激,側臥位・長座位・立位・タンデム肢位での脊柱起立筋膜の伸張・短縮による脊柱アライメントの調整,四這位・膝立ち.立位およびバランスパッド上での閉眼閉脚立位・閉眼タンデム肢位での身体動揺を制御したバランス練習,歩行練習を行なった. 施行時間は両群共に40分/回,施行回数は10回とした.評価指標はアプローチ前後の30秒間の開眼閉脚・閉眼閉脚・10m自立歩行可能者数,10m歩行テスト(歩行スピード,ケイデンス),BBS,ICARSの姿勢および歩行項目,VASの100mm指標を歩行時の転倒恐怖指数とし,両群の有効性を比較検討した.統計分析はSPSS for windowsを用い,有意水準はp<.05とした.【説明と同意】 本研究に際して,事前に患者様には研究の趣旨,内容および調査結果の取り扱い等を説明し同意を得た.【結果】 CAGの開眼閉脚の可能者数は13例(65%)から14例(70%)(p<.33), 閉眼閉脚は7例(35%)から9例(45%)(p<.16),10m自立歩行は14例(70%)から14例(70%)(p<1.00)と有意差は認められなかった.MDAGでは,開眼閉脚が14例(70%)から20例(100%)(p<.01),閉眼閉脚が6例(30%)から14例(70%)(p<.002),10m自立歩行が12例(60%)から20例(100%)(p<.002)と有意に改善した.CAGの歩行スピード(m/s.)は,0.56±0.24から0.69±0.28(p<.116),ケイデンス(steps/m.)は101.4±20.2から109.8±13.3(p<.405)と有意差は認められなかった.MDAGの歩行スピードでは,0.69±0.21から0.85±0.28(p<.000),ケイデンスは110.6±13.6から126.6±22.4(p<.049)と有意に改善した.CAGのBBS(点)は33.2±14.6から37.4±14.0(p<.01),ICARS(点)は17.2±7.9から15.4±8.5(p<.000)と有意に改善した.MDAGのBBSでは,30.0±9.1から40.9±6.8(p<.000),ICARSは16.1±4.9から9.4±3.0(p<.000)へと有意に改善した.CAGのVAS(mm)は55.7±28.1から46.3±29.0(p<.014)と有意に改善した.MDAGのVASでは72.4±21.6から31.4±19.4(p<.000)へと有意に改善した.また両群で有意に改善したBBS・ICARS・VASの改善率(%;アプローチ後数値/アプローチ前数値×100)は,CAGでは順に,15.2±17.3,15.0±18.0,22.1±44.3,MDAGでは33.1±17.3,43.7±9.9,59.2±21.7と,それぞれにp<.03,p<.001,p<.002と,MDAGの方が有意な改善度合いを示した.【考察】 今回の結果から,磁気治療との相乗効果もあるが,MDAGでは全ての評価指標で有意に改善し,BBS・ICARS・VASでの改善率もCAGよりも有意に大きく,立位・歩行障害の改善に有な方法であることが示唆された.その理由として,SCDでは体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調による求心性情報と遠心性出力の過多で皮神経・末梢神経が緊張し,感覚情報の減少や歪みと筋トーンの異常が生じる.皮神経を含む神経モビライゼーションで,皮膚変形刺激に応答する機械受容器と筋紡錘・関節からのより正確な感覚情報と筋トーンの改善が得られた.また神経走行上の皮膚刺激で末梢神経や表皮に存在するTransient receptor potential受容体からの感覚情報の活用とにより,立位・歩行時のバランス機能が向上したといえる.その結果,歩行時の転倒恐怖心が軽減し,下オリーブ核から登上繊維を経て小脳に入力される過剰な複雑スパイクが調整され小脳の長期抑制が改善された事,脊柱アライメント,特に腰椎前彎の獲得により歩行のCPGが発動され,MDAGの全症例の10m自立歩行の獲得に繋がったといえる.【理学療法研究としての意義】 SCDの立位・歩行障害の改善には確立された方法がなく,従来の方法に固執しているのが現状である.今回のMDAにより,小脳・脳幹・脊髄の細胞が徐々に破壊・消失するSCDでも立位・歩行障害の改善に繋がったことは,他の多くの中枢疾患にも活用し得るものと考える.
著者
高位 篤史 吉田 安奈 山崎 文香 河田 真之介 西川 彰 今北 英高
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab0457, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 呼吸運動は胸腔の拡大運動によって行われており、中でも主要な呼吸筋として横隔膜が挙げられる。横隔膜は左右の横隔神経によってそれぞれ支配され、吸息運動における主動作筋として働く。また、安静時1回換気量の約70%を横隔膜が担うとされている。さらに、片側横隔神経切除により対側横隔膜の筋活動が増加すると言われている。そこで、本研究では横隔膜を支配している横隔神経の片側および両側を切除することで、横隔膜筋活動と呼吸機能との関係についてより詳細に把握することを目的とした。【方法】 10週齢のWistar系雄ラット8匹を使用した。ケタラールおよびセラクタールの混合液を腹腔内投与にて麻酔した後、頚部腹側にパルスオキシメータ(プライムテック社製)を装着し、末梢血酸素飽和度(SpO2)を測定した。また、頚部腹側を切開した後、気道挿管したシリコンチューブおよび気流抵抗管を差圧トランデューサー、コントロールボックス(日本光電社製)に接続し、呼吸流速を測定した。測定した呼吸流速波形から、画像解析ソフトを用いて1回換気量、平均呼吸流速、1回換気時間を算出した。また、左右両側の横隔膜に直径0.03mmのワイヤー電極を装着し、TRIAS筋電計(バイオメトリクス社製)を用いて横隔膜の筋電図を測定した。測定は、安静時、片側横隔神経切除時、両側横隔神経切除時について実施した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は畿央大学動物実験倫理委員会の承認を得て、畿央大学動物実験管理規定に従い実施した(承認番号22-1-I-220421)。【結果】 1回換気量は、安静時に比べ片側神経切除で約15%、両側神経切除で約30%の有意な減少が認められた。平均呼吸流速は、吸気では安静時に比べ片側神経切除後20%低下、両側神経切除後55%低下と有意な差が認められた。呼気では安静時に比べ片側神経切除後15%低下、両側神経切除後40%低下と有意な差が認められたが、吸気流速の方で低化率が大きかった。1回換気時間は、吸気では安静時に比べ片側神経切除で約20%、両側神経切除で約60%の増加が認められた。呼気では安静時に比べ両側神経切除で約30%の増加が認められた。また、呼吸流速波形は両側神経切除によって波形の平低化が観察された。片側横隔神経切除後における非切除側横隔膜の筋活動は、安静時に比べ約40%増大した。末梢血酸素飽和度(SpO2)は、安静時に比べ片側神経切除で約4%低下、両側神経切除で約9%低下と低下傾向がみられたが、有意な差は認められなかった。【考察】 横隔膜は左右の横隔神経によって支配されることから、片側横隔神経を切除した結果、1回換気量や吸気時の呼吸流速は低下し、それに伴い換気時間は増加した。さらに、非切除側の横隔膜においては筋活動量が増加した。以上のことから、片側横隔膜の機能が消失するともう一方の横隔膜で大きく代償することにより、換気量の大幅な低下を抑えることができると考えられる。両側の横隔神経を切除し、横隔膜の機能を完全に停止させた結果、1回換気量は大きく低下し、末梢血酸素飽和度は約9%低下した。このことは、生命を維持させるために肋間筋等の呼吸補助筋が強く活動したことによるものと考えられるが、横隔膜の機能を代償するほどの能力はなく、すべての測定項目において低換気の状態を示した。また、両側横隔神経切除により呼吸流速波形において平低化が観察され、横隔膜が呼吸活動における速度の変化に大きく関与していることが示唆された。このことから、横隔膜の障害によって、特に運動時など、十分な換気が必要となる際に努力性呼吸に対応することができなくなり、種々の身体活動における呼吸適応という側面でも重要な役割を担っているものと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 理学療法士が呼吸分野に関わることは少なくなく、呼吸器疾患に限らず開胸・開腹術前後の呼吸理学療法など、理学療法としての重要性は広範囲にわたる。本研究は、呼吸活動に非常に大きく貢献している横隔膜について、その役割を基礎的な側面からより明確にするものである。今後、横隔膜の機能的知見についてさらに理解を深めるとともに、呼吸理学療法における治療法や運動指導について考察する際の一助となると考える。
著者
松村 葵 建内 宏重 永井 宏達 中村 雅俊 大塚 直輝 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Aa0153, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 上肢拳上動作時の肩関節の機能的安定性のひとつに肩甲骨上方回旋における僧帽筋上部、下部線維と前鋸筋によるフォースカップル作用がある。これは僧帽筋上部、下部と前鋸筋がそれぞれ適切なタイミングでバランスよく作用することによって、スムーズな上方回旋を発生させて肩甲上腕関節の安定化を図る機能である。これらの筋が異常な順序で活動することによりフォースカップル作用が破綻し、肩甲骨の異常運動と肩関節の不安定性を高めることがこれまでに報告されている。しかし先行研究では主動作筋の筋活動の開始時点を基準として肩甲骨周囲筋の筋活動のタイミングを解析しており、実際の肩甲骨の上方回旋に対して肩甲骨周囲筋がどのようなタイミングで活動するかは明らかとなっていない。日常生活の場面では、さまざまな運動速度での上肢の拳上運動を行っている。先行研究において、拳上運動の肩甲骨運動は速度の影響を受けないと報告されている。しかし、運動速度が肩甲骨周囲筋の活動順序に与える影響については明らかになっておらず、これを明らかにすることは肩関節の運動を理解するうえで重要な情報となりうる。本研究の目的は、上肢拳上動作の運動速度の変化が肩甲骨上方回旋に対する肩甲骨周囲筋の活動順序に与える影響を検討することである。【方法】 対象は健常男性10名(平均年齢22.3±1.0歳)とした。表面筋電図測定装置(Telemyo2400, Noraxon社製)を用いて僧帽筋上部(UT)・中部(MT)・下部(LT)、前鋸筋(SA)、三角筋前部(AD)・三角筋中部(MD)の筋活動を導出した。また6自由度電磁センサー(Liberty, Polhemus社製)を肩峰と胸郭に貼付して三次元的に肩甲骨の運動学的データを測定した。動作課題は座位で両肩関節屈曲と外転を行った。測定側は利き腕側とした。運動速度は4秒で最大拳上し4秒で下制するslowと1秒で拳上し1秒で下制するfastの2条件とし、メトロノームによって規定した。各動作は5回ずつ行い、途中3回の拳上相を解析に用いた。表面筋電図と電磁センサーは同期させてデータ解析を行った。筋電図処理は50msの二乗平均平方根を求め、最大等尺性収縮時の筋活動を100%として正規化した。肩甲骨の上方回旋角度は胸郭に対する肩甲骨セグメントのオイラー角を算出することで求めた。肩甲骨上方回旋の運動開始時期は安静時の平均角度に標準偏差の3倍を加えた角度を連続して100ms以上超える時点とした。同様に筋活動開始時期は安静時平均筋活動に標準偏差の3倍を加えた値を連続して100ms以上超える時点とした。筋活動開始時期は雑音による影響を除外するために、筋電図データを確認しながら決定した。筋活動のタイミングは各筋の筋活動開始時期と肩甲骨上方回旋の運動開始時期の差を求めることで算出し、3回の平均値を解析に用いた。統計処理には各筋の筋活動開始時期と肩甲骨上方回旋の運動開始時期の差を従属変数とし、筋と運動速度を要因とする反復測定2元配置分散分析を用いた。事後検定として各筋についてのslowとfastの2条件をWilcoxon検定によって比較した。有意水準は0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の内容を十分に説明し同意を得た。なお本研究は本学倫理委員会の承認を得ている。【結果】 屈曲動作において、slow条件ではAD、UT、SAが肩甲骨上方回旋よりも早く活動を開始していた。一方でfast条件では全ての筋が上方回旋よりも早く活動を開始していた。分散分析の結果、筋と運動速度の間に有意な交互作用が得られ(p<0.01)、事後検定の結果、運動速度が速くなることでMTの筋活動は有意に早く開始していた。外転動作において、slowではMD、UT、MT、SAが肩甲骨上方回旋よりも早く活動を開始していた。一方でfastでは全ての筋が上方回旋よりも早く活動を開始していた。分散分析の結果、筋と運動速度の間に有意な交互作用が得られた(p<0.05)。事後検定の結果、運動速度が速くなることでMTとLTの筋活動が有意に早く開始していた。【考察】 本研究の結果、運動速度を速くすることで屈曲動作においてMTが、また外転動作においてはMTとLTの筋活動のタイミングが早くなることが明らかとなった。また運動速度を速くすると、肩甲骨の上方回旋の開始時期よりもすべての肩甲骨固定筋が早い時期に活動し始めていた。これは運動速度が肩甲骨固定筋の活動順序に影響を及ぼすことを示唆している。拳上動作の運動速度を増加させたことにより、速い上腕骨の運動に対応するためにより肩甲骨の固定性を増大させるような戦略をとることが考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果、運動速度に応じて肩甲骨固定筋に求められる筋活動が異なることが示唆され、速い速度での拳上動作では、肩甲骨の固定性を高めるために僧帽筋中部・下部の活動のタイミングに注目する必要があると考えられる。
著者
由留木 裕子 鈴木 俊明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1060, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 アロマテラピーは芳香療法とも呼ばれ、代替療法として取り入れられるようになってきた。アロマテラピーは、リラクゼーションや認知機能への効果、自律神経への影響から脈拍や血圧の変化、そして脳の活動部位の変化が示されてきている。しかし、アロマテラピーが筋緊張に及ぼす影響についての検討はほとんどみられない。本研究では鎮静作用や、抗けいれん作用があると言われているラベンダーの刺激が筋緊張の評価の指標といわれているF波を用いて、上肢脊髄神経機能の興奮性に与える影響を検討した。【方法】 対象は嗅覚に障害がなく、アロマの経験のない右利きの健常者10名(男性7名、女性3名)、平均年齢25.9±6.0歳とした。方法は以下のとおり行った。気温24.4±0.8℃と相対湿度64.3±7.1%RHの室内で、被験者を背臥位で酸素マスク(コネクターをはずしマスクのみの状態)を装着し安静をとらせた。その後、左側正中神経刺激によるF波を左母指球筋より導出した。この時、上下肢は解剖学的基本肢位で左右対称とし、開眼とした。F波刺激条件は、刺激頻度0.5Hz、刺激持続時間0.2ms、刺激強度はM波最大上刺激、刺激回数は30回とした。次にビニール袋内のティッシュペーパーにラベンダーの精油を3滴、滴下し、ハンディーにおいモニター(OMX-SR)で香りの強度を測定した。香りの強度が70.7±7.7のビニール袋をマスクに装着し2分間自然呼吸をおこない、F波測定を吸入開始時、吸入1分後、ビニール袋をはずし吸入終了直後、吸入終了後5分、吸入終了後10分、吸入終了後15分で行った。F波分析項目は、出現頻度、振幅F/M比、立ち上がり潜時とした。統計学的検討は、kolmogorov-Smirnov検定を用いて正規性の検定を行った。その結果、正規性を認めなかったために、ノンパラメトリックの反復測定(対応のある)分散分析であるフリードマン検定で検討し、安静時試行と各条件下の比較をwilcoxonの符号付順位検定でおこなった。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者に本研究の意義、目的を十分に説明し、同意を得た上で実施した。【結果】 出現頻度においては、安静時と比較して吸入開始時、吸入1分後ともに増加傾向を示した。安静時と比較して吸入10分後は有意に低下した(p<0.01)。振幅F/M比はラベンダー吸入開始時、吸入1分後は安静時と比較して有意に増加した(p<0.05)。吸入終了直後からは安静時と比較して低下する傾向にあった。立ち上がり潜時は、ラベンダー吸入前後での変化を認めなかった。【考察】 本研究より、ラベンダー吸入中は出現頻度、振幅F/M比が促通され、吸入後は抑制された。出現頻度、振幅F/M比は、脊髄神経機能の興奮性の指標といわれている。そのため、本研究結果から、吸入開始時、吸入1分後には脊髄神経機能の興奮性が増大し、吸入後には抑制されたと考えることができる。吸入開始時、吸入1分後の脊髄神経機能の興奮性増大に関しては以下のように考えている。小長井らによると、ラベンダーの香りの存在下では事象関連電位P300の振幅がコントロール群と比較して増加したとの報告されている。事象関連電位P300は認知文脈更新の過程を反映するとされており、振幅の増大は課題の遂行能力が高いことを示している。感覚が入力され、脳内で知覚、認知、判断され、行動を実行するという能力が高いということであると考える。行動を実行するには運動の準備状態が保たれていることが推測され、脊髄神経機能の興奮性が高まっていることが考えられた。この報告と本研究結果から、ラベンダーの吸入時には大脳レベルの興奮性の増加が促され、その結果、脊髄神経機能の興奮性が増大したと考えることができた。脊髄神経機能の興奮性が吸入後から抑制されたことについては、ラベンダーが体性感覚誘発電位(SEP)に及ぼす影響を検討した研究で、ラベンダー刺激中から刺激後に長潜時成分の振幅が持続的に低下したと報告されている。これは、ラベンダーの匂い刺激が嗅覚系を介して脳幹部、視床、大脳辺縁系および大脳にそれぞれ作用し、GABA系を介して大脳を抑制したものと考えられた。今回の被験者は、アロマ未経験者を対象にしたが、アロマ経験者での結果と異なることも想定できる。また、アロマの種類によっても、効果の違いがあることが考えられる。今後、研究を行うことで、運動療法に適したアロマを取り入れ、新しい形の理学療法を展開したいと考えている。【理学療法学研究としての意義】 アロマ未経験者を対象とした筋緊張に対するラベンダーを用いたアプローチは以下のように考えることができる。上肢脊髄神経機能の興奮性を高めて筋緊張の促通を目的とする場合はラベンダー刺激中に、抑制したい場合はラベンダー刺激終了後に理学療法を行えば、治療効果を高める一助となる可能性があると考える。
著者
今 絵理佳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0742, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 腰痛治療に用いられる腰痛体操については数多くの研究がされているが、その多くは背臥位や腹臥位で行うストレッチや筋力強化運動である。従来からの腰痛体操による体幹筋力強化法は主に表在筋を鍛えるものであり、疼痛の強い者や脊椎の変形が高度な高齢者では運動肢位を取ることが困難であり負荷量も強いため、実際の臨床現場では実施に難渋する例が多い。近年では、腰痛患者においては多裂筋の筋萎縮や機能不全が発症早期よりみられることが示されており、多裂筋など深層筋による脊柱の支持性を向上させる目的とした腰部脊柱安定化エクササイズ(以下、安定化エクササイズ)が幅広く実施されている。安定化エクササイズの中で、高齢者でも実施可能なものとして四つ這い位でのエクササイズが推奨されており、その体幹筋活動量について多くの報告がなされている。しかし、何れも健常成人における結果の報告であり、高齢者を対象とした安定化エクササイズ中の筋活動量については一定の見解は得られていない。本研究では、健常成人と健常高齢者を対象として、四つ這い位で行われる従来の安定化エクササイズ中の体幹筋活動の関連性を比較検討し、高齢者に対するより効果的な多裂筋の筋力強化方法を明らかにすることを目的とした。【方法】 腰部に整形外科的異常を認めない健常成人男性20名(平均年齢22.0±2.5歳)、健常高齢男性10名(平均年齢69.8±5.1歳)を対象とした。表面筋電計Noraxon社製Myo-Research-XPを用い、安定化エクササイズ中の多裂筋部(L5)、上・下部脊柱起立筋部(Th12、L3)の筋活動量を測定した。なお、予備実験により本研究で得られる筋活動量には左右差が無いことを確認し、全て右側の筋活動量を1,000Hzで導出した。運動課題は、被験者には四つ這い位の上下肢挙上、上半身をベッドで支持した四つ這い(以下、支持四つ這い)での下肢挙上をそれぞれ3回ずつ5秒間行わせた。各筋からの筋電位を導出し、整流化した後、波形の安定した中間の1秒間について積分しIntegrated Electromyography(IEMG)とした。IEMGは、Danielsらの徒手筋力検査法のNormalの手技を各筋の100%MVCとし、各エクササイズ時の%MVCを算出した。統計学的処理は、各エクササイズ時の%MVCの比較には分散分析、健常成人と高齢者との比較は差の検定を用い、全て有意水準を5%として検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 研究の目的と内容を対象者に説明し、文書により同意を得た。また、収集したデータは個人が特定されないよう配慮した。なお、本研究は埼玉県立大学倫理委員会の承認を得て実施した(第23712号)。【結果】 健常成人において四つ這い位では右下肢挙上や左下肢と右上肢の同時挙上と比較し、右下肢と左上肢の同時挙上の方が多裂筋の高い筋活動が認められた(p<0.05)。 健常成人の上部脊柱起立筋においては右下肢挙上と右下肢と左上肢の同時挙上の方が左下肢と右上肢の同時挙上より低い値を示した(p<0.05)。一方高齢者においては多裂筋、脊柱起立筋部ともエクササイズによる有意差は見られなかった。また、通常の四つ這い位での右下肢挙上と比較し、支持四つ這い位での右下肢挙上の方が、健常成人、高齢者ともに多裂筋部の高い筋活動が認められた。通常四つ這いでは健常成人43.7±17.5%、高齢者53.3±15.7%であり、支持四つ這い位では健常成人55.8±19.2%、高齢者64.0±17.6%であった(p<0.05)。健常成人では上部脊柱起立筋部において支持四つ這い位での右下肢挙上の方が有意に低い値を示した(p<0.05)。一方高齢者ではエクササイズによる有意差は見られなかった。【考察】 先行研究においては、健常成人の多裂筋部の四つ這い位での右下肢と左下肢の同時挙上は約30~48%MVCとされており、本研究で用いた支持四つ這い位ではそれ以上の高い筋活動が示された。 このことは、上半身を支持することで、脊柱起立筋の活動が抑えられ深層筋である多裂筋がより選択的に収縮することにより、安定性を一層高めることが可能であると考えられる。この結果は、姿勢が安定することにより目的とした深部筋活動がより発揮し易くなることが複数幾つかの研究でも示されており、表在筋による支持が減少した分、深層筋である多裂筋部の活動が高まったためと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 高齢者では上半身を支持することで姿勢を保持することが容易となり、表在筋である脊柱起立筋の活動が抑えられて深層筋である多裂筋の筋活動が高められ、安全で効果的な安定化エクササイズが実施可能となる。
著者
宇賀 大祐 遠藤 康裕 中澤 理恵 坂本 雅昭
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb1157, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 野球選手では,over useや運動連鎖の破綻,投球フォームの影響等により,肩関節や肘関節に障害が多く見られる.それらの原因追求や障害予防を目的とした数多くの研究がなされてきた.しかし,それらの分析は投手に着目しているものが多く,すべてのポジションの選手に当てはまるとは言い難い.特に,捕手は非常にポジション特性が高いにも関わらず,捕手に着目した研究は少ない.そこで今回,捕手の送球動作において肩関節と体幹に着目した動作分析をすることで,その特徴を明らかにすることを目的とした.【方法】 投球障害を有さない野球経験者14名(年齢20.9±2.0歳,身長170.8±5.7cm,体重65.4±11.2kg,野球経験9.6±2.8年)を対象とした.さらに捕手経験2年以上の捕手経験群7名(捕手経験3.7±1.4年)と,捕手経験なしの捕手非経験群7名に群分けした.セットポジションからの通常投球動作(以下,set条件)と,しゃがみ込んだ姿勢からの捕手送球動作(以下,catcher条件)の2条件の試技を行わせた.投球および送球距離は,本塁から2塁(約39m)とし,各条件3回ずつ撮影した.3回の投球および送球の中で,ボールリリース(以下,BR)後のボール初速度が最も速い1回を代表値として解析した.投球および送球動作は,2台の高速度カメラ(SportsCamTM,FASTEC IMAGING社製)をサンプリング周期250Hz,シャッタースピード1250Hzで同期させ撮影した.反射マーカは両肩峰,両上前腸骨棘,右肘頭,両足先端に貼付した.撮影した動画を,画像解析処理ソフトImageJにてマーカの2次元座標を読み取り,Direct Linear Transformation 法を用いてマーカの3次元座標を算出した.各部位の3次元座標から「ボール初速度」「TOP時肩水平外転角度」「BR時肩水平内転角度」「体幹回旋角度」「推進運動率」を求めた.なお,TOPとは肘を最も後方に引いた肢位(肩最大水平外転時)と定義した.統計処理はSPSS statistics 17.0を用い,各条件での群間比較は対応のないt検定,各群内での条件間比較は対応のあるt検定を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の主旨を十分に説明した上で同意を得た.【結果】 「TOP時肩水平外転角度」は,捕手経験群では条件間での有意差はなかったが,捕手非経験群はset条件38.3±11.0°,catcher条件26.0±9.0°と有意差を認めた(p<0.05).また,肩水平外転角度は両条件とも群間での有意差はなかった.「体幹回旋角度」は,捕手非経験群でset条件55.3±9.0°,catcher条件44.9±10.3°と有意差を認めた(p<0.05).また,catcher条件での群間比較は,捕手経験群が63.6±16.4°であり有意に高値を示した(p<0.05).set条件においても有意差はないものの,捕手経験群が高値を示す傾向にあった.「ボール初速度」,「BR時肩水平内転角度」,「推進運動率」には群間,条件間いずれも有意差を認めなかった.【考察】 投球動作は,投球方向かつ,踏み出した足への重心移動や,股関節を中心とした骨盤回旋,体幹回旋,上肢の動きと運動連鎖が正確かつスムーズに行われることで,必要十分なエネルギーをボールに効率良く伝えることが出来る.また,投球動作における体幹の役割は,身体重心の移動や下肢筋力によって発生したエネルギーを,円滑に上肢に伝えることであり,体幹の機能不全により運動連鎖が破綻し,上肢への負担が大きくなる.今回の結果では,捕手経験群は,条件の違いによる変化は認められなかったのに対し,捕手非経験群はcatcher条件においてTOP時肩水平外転角度および体幹回旋角度が減少した.catcher条件では,set条件よりも素早い動作が求められるため,捕手非経験群は動作時間の短縮がTOP時肩水平外転角度および体幹回旋角度の減少に影響している可能性がある.それに対し,捕手経験群は,素早い動作が求められても角度に変化はなく,捕手非経験群よりも両条件で体幹回旋角度が高値を示した.本研究からは,この体幹回旋角度の変化が運動連鎖にどのような影響を及ぼすのかということまで言及することはできないが,捕手送球動作の特性といえるかもしれない.このことから,捕手経験年数により,障害が発生しやすい部位が異なるのではないかと考える.臨床において,今回着目した捕手に限らず,ポジションの聴取だけでなく,経験年数も考慮する必要性がある.今後は,捕手経験年数や練習量と障害の関係性について追求していく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 これまで投球障害に関する研究としては投手が中心に行われてきた.しかし,投手以外の選手には,送球の正確さに加え,動作の素早さが求められる.そのため,ポジションの特異性やそのポジションの経験年数を考慮した評価・介入を行うことの重要性が示されたと考える.
著者
乾 亮介 森 清子 中島 敏貴 李 華良 西守 隆 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Db1217, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 摂食・嚥下機能障害患者に対してのリハビリテーションにおいて理学療法は一般的に嚥下に関わる舌骨上筋群の強化や姿勢管理などを担当する。嚥下は頸部の角度や姿勢からの影響を受けることが指摘されており、顎引き姿勢(chin-down)は誤嚥予防に有効であると報告があるが、その効果については不明確である。また頸部角度を変えて嚥下筋の活動を記録した報告はない。その他に嚥下筋に影響を与える要因として、古川は加齢により喉頭位置が下降することで嚥下機能が変化するとしており、これにより嚥下時に必要な喉頭挙上距離は増大し、喉頭が移動するのに必要な所要時間も増加すると報告している。また吉田が開発した喉頭位置の指標において,高齢者や慢性期の脳血管障害患者は舌骨下筋の短縮が喉頭位置を下降させると報告しているがこの舌骨上・下筋群の筋短縮の有無が嚥下に与える影響についても詳細に検討された報告はないのが現状である。そこで今回は頚部角度と舌骨上・下筋群の伸張性が嚥下運動に与える影響について嚥下困難感の指標と表面筋電図を用いて検討したので報告する。【方法】 対象者は健常男性19名(年齢32.5±6.4歳)。端座位姿勢で頸部正中位、屈曲(20°,40°)、伸展(20°,40°)の5条件で5ccの水を嚥下させた。表面筋電図は嚥下筋の舌骨上筋として頸部左側のオトガイ舌骨筋、舌骨下筋として左側の胸骨舌骨筋で記録した。取り込んだ信号は全波整流したのちLow-passフィルター(5Hz)処理を行い、その基線の平均振幅+2SD以上になった波形の最初の点を筋活動開始点、最後の点を筋活動終了点とし、嚥下時の筋活動持続時間(以下持続時間)を計測した。嚥下困難感については表(0=嚥下しにくい 10=嚥下しやすい)を用いて評価した。舌骨上下筋群の伸張性についてはテープメジャーを用いて下顎底全前面中央部から甲状切痕部(舌骨上筋)、甲状切痕部から胸骨上縁正中部(舌骨下筋)の距離を頚部伸展位、正中位でそれぞれ測定し、伸展位と正中位との差を伸張性の指標とした。解析は頚部角度における各筋の持続時間・嚥下困難感について反復測定分散分析を用い多重比較はBonferroni/Dunn法を使用した。舌骨上・下筋群の伸張性と各頚部角度における嚥下困難感、嚥下持続時間との関係についてはそれぞれピアソンの積率相関分析を行い、有意水準はいずれも5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は畿央大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号H22-25)。また、対象となる被験者すべてに書面にて研究の説明を行い、同意書の署名を頂いた後に実施した。【結果】 持続時間について舌骨上筋で伸展40°、20°が他の角度と比較して有意に延長した(p<0.05)。舌骨下筋は屈曲40°、20°と比較して伸展40°において持続時間が有意に延長した(p<0.05)。嚥下困難感は正中位、伸展20°と伸展40°間に有意差を認め(p<0.05)、伸展40°が最も嚥下困難感が強かった。舌骨上筋の伸張性においては正中位での舌骨上筋の持続時間のみに負の相関(r=-0.45)が認められたが、有意差(p=0.058)は認めなかった。その他の各頚部角度における持続時間、嚥下困難感と舌骨上・下筋の伸張性との間については有意な相関は認めなかった。【考察】 頚部伸展20°、40°で嚥下持続時間が延長した要因については喉頭の移動距離が増大したため持続時間が延長したことが考えられる。また、伸展40°では嚥下の持続時間が延長したことから嚥下時無呼吸時間が増大し、嚥下困難感が増強したと考えられる。舌骨上・下筋群の伸張性と各角度における嚥下困難感や持続時間の関係については有意差を認めなかったことから、健常若年者では舌骨上・下筋群の伸張性は嚥下運動に影響を与えないと思われた。今後は高齢者や脳血管障害患者、誤嚥性肺炎患者など嚥下機能の低下のある者を対象にした研究計画にてさらなる検証が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 過度な頚部伸展位は健常者においても嚥下が困難であることから嚥下機能障害で頚部屈曲可動域が制限されるような症例においては頚部屈伸可動域の評価や介入の重要性が示唆された。しかし、舌骨上下筋群の伸張性と嚥下の持続時間や嚥下困難感には有意差を認めず、臨床において嚥下機能障害のある患者に対する舌骨上・下筋群のストレッチ等は嚥下機能を改善させるとはいえないことが示唆された。
著者
江部 晃史 久保 雅昭 山下 茂雄 鈴木 謙介 福島 隆史 河﨑 賢三 山口 智広
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0939, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 投球動作はコッキング期から加速期にかけて外反ストレスが生じ内側に牽引ストレス、外側には圧迫力が加わる。この外反ストレスは投球肘障害を招く一要因である。Parkらは尺側手根屈筋と浅指屈筋を合わせた筋活動時に外反角度が有意に減少すると報告しており、外反ストレスを制御する働きがあるといわれている。我々は前回、投球時に疼痛を有する選手を対象に手指対立筋の筋機能における客観的評価として手指対立筋筋力を数値化し検討を行った。結果より有症状選手における手指対立筋の筋機能低下が示唆された。そのことから手根骨の不安定性による尺側手根屈筋の機能低下が考えられた。宮野らは握力発揮時には橈側手根伸筋が手関節固定、母指球筋が母指の固定に働き浅指屈筋が握力発揮に主として働いていると考察している。しかしながら、投球肘障害におけるピンチ力と握力の関連性についての報告は少ない。そこで今回我々は高校野球選手におけるピンチ力と握力の傾向を調査した。投球時に肘疼痛を有する選手においてピンチ力との関連性に若干の知見を得たので報告する。【方法】 2011年3月から10月に当院スポーツ整形外科を受診した選手で、初診時筋力測定が可能であった選手のうち高校生のデータを抽出し対象とした。そのうち、投球時に肘疼痛が出現した選手を疼痛群19名(15歳~18歳、平均年齢:15.5歳)、比較対象として既往、来院時に肘疼痛を有さない選手を非疼痛群18名(全例年齢15歳)とした。ピンチ測定はピンチ計を用いて、投球側、非投球側を計測した。対象となる対立手指は、環指/母指、小指/母指とした。測定条件として、立位肘関節伸展位(体側に上肢を下垂させた状態)にて行った。握力測定は握力計を用いて、ピンチ測定と同様の条件で測定した。得られた筋力値を投球側と非投球側の比較と疼痛群と非疼痛群で比較した。尚、統計学的検討にはT検定を用い有意水準は5%とした。【説明と同意】 対象選手が未成年のため保護者に研究の趣旨を説明し同意を得た。【結果】 ピンチ力では疼痛群の小指/母指は投球側0.96kg、非投球側1.15kgであり投球側が有意に低値であった。環指/母指は投球側2.76kg、非投球側2.48kgであり有意差を認めなかった。握力では疼痛群において投球側41.89kg、非投球側44.05kgであり、有意差を認めなかった。非疼痛群ではピンチ力、握力ともに投球側-非投球側間で有意差を認めなかった。また、疼痛群-非疼痛群間での比較についても有意差は認めなかった。【考察】 今回の結果より有症状選手において投球側小指の筋力低下が認められた。我々の先行研究と同様の結果が得られた。宮下らは小指球筋群の収縮不全は手関節尺側の機能低下を招き、結果として尺側手根屈筋の収縮力を低下させていると報告している。また、握力においては疼痛群、非疼痛群ともに有意な差を認めなかった。河野らは競技特性について検討しており野球選手は握力に左右差がないと報告している。今回、有症状選手でも同様の結果を得られ浅指屈筋群を含む前腕筋群の筋機能が保たれていることが示唆された。Parkらは浅指屈筋単独の筋活動では外反角度は減少傾向にあるが有意差はなかったと報告している。よって有症状選手は前腕筋群の機能は保たれているが、手内在筋の筋機能が低下したことにより投球時の外反ストレスによって肘疼痛を有したと考えられた。このことから高校野球選手においては握力測定のみならずピンチ測定を行うことが投球肘障害の機能評価として重要であり、今後の課題として各年代に対して傾向を調査し有効性を明確にしていく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 今回の研究より高校野球選手で投球時に肘疼痛を有する選手において投球側小指対立筋の筋力低下を認めた。一方、握力では有意差を認めなかった為、投球肘障害の機能評価を行う上では握力測定のみならずピンチ測定を行うことが重要であると考えられる。
著者
柏木 千恵子 片岡 孝史 新谷 修平 藤田 直也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ba0291, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 急性期脳卒中患者において,発症直後より転帰を予測することは,今後の方針決定やリハビリテーションの計画,在院日数の短縮に有用である。National Institute of Health Stroke Scale(以下,NIHSS)は,脳卒中重症度評価スケールとして広く使用されているが,NIHSS scoreと転帰との関連を検討した研究はほとんどない。前回,我々は理学療法開始初期のNIHSSを用いて当院から回復期病院経由後の転帰を予測し,NIHSS score12点が転帰に妥当なカットオフ値と判断した。そこで今回,当院からの転帰に着目し,理学療法開始初期のNIHSSを用いて転帰に妥当なNIHSS scoreのカットオフ値を求め,予後予測の一助とすることを目的とする。【方法】 対象は2009年4月から2011年3月までに脳血管障害(くも膜下出血を除く)により当院に入院し,理学療法を実施した552例から後述する除外対象を除いた536例(男性326例,女性210例,平均年齢72.5±11.8歳)とした。対象者は,入院前の所在が自宅であること,初発の脳血管障害であること,理学療法開始初期にNIHSSの評価がなされていること,パーキンソン病などの神経変性疾患を有さないものとした。除外対象は病状が悪化したもの,カルテでの追跡調査が不可能なものとした。方法は,対象のうち当院から自宅退院した群と当院から自宅以外に転院もしくは退院(回復期病院,一般病院,施設)した群の2群に分類し,カルテより後方視的に調査した。調査項目は年齢,性別,在院日数,発症から理学療法開始までの日数,理学療法開始時のNIHSS scoreとした。2群間の統計処理は,NIHSS scoreのカットオフ値の算出にROC曲線を用いた。また,有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 当院では,倫理的配慮として入院時に御本人,そのご家族に個人情報保護に関する説明をしており,個人が特定されないことを条件として院内外へ公表することに同意を得ている。【結果】 理学療法開始初期のNIHSS scoreを転帰によって2つに分ける場合,ROC曲線の曲線下面積は0.94となり高度の予測値を示した。また当院より転帰する場合の妥当なカットオフ値はNIHSS score 6点となり,感度は92%,特異度は80%であった。 【考察】 本研究結果より,脳卒中患者に対してNIHSSを用いた早期からの転帰の予測が可能であることが分かった。NIHSSはt-PAの適応基準でもあり,Dr.やNs.も周知している場合が多いため,今回のカットオフ値の算出は他職種間での転帰の予測に関する評価ツールとして使用されることが期待できる。前回の研究結果では,当院から回復期病院を経由した後の転帰(自宅と一般病院,施設)のカットオフ値をNIHSS score12点と判断した。各転帰の観点からこれらの結果を反映するとNIHSS scoreを後述する3群に分類することができる。1)NIHSS score 5点以下;当院から自宅へ退院2)NIHSS score 6~11点;当院から回復期病院を経由し,その後自宅退院3)NIHSS score 12点以上;当院から回復期病院を経由するが一般病院へ転院もしくは施設へ退院。上記分類は早期からの転帰の予測としてのツール以外に,当院の脳卒中患者の予測に関するアウトカムとしての指標を設定することができると考える。これらのカットオフ値を経時的にモニタリングしていくことが病院の質の向上につながり,他病院との比較が可能となる。本研究では転帰の予測の判断をNIHSSのみで行っており,NIHSS score 5点以下の逸脱例は40件であった。今後は,転帰の予測の精度をあげるためにもNIHSSに加えて逸脱例の転帰に関する因子の検討も行っていく必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】 脳卒中急性期病院での早期からの転帰の予測は重要である。NIHSS scoreのカットオフ値の算出により転帰の予測の他に,当院におけるアウトカムの検討が可能となり,臨床指標としても捉えることができた。そのためNIHSSが早期からの転帰の予測の可能性を示した本研究は有意義であったと考える。
著者
冨田 洋介 新谷 和文 臼田 滋
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ba0286, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 中枢神経損傷に伴う上位運動ニューロン症候群は、陽性徴候と陰性徴候に分類される。伝統的に痙縮は拮抗筋の筋力低下や協調運動障害をきたすとの考えから、痙縮の抑制が重要視された。しかし近年、痙縮は拮抗筋の筋力低下あるいは協調運動障害とは関連が無く、また陽性徴候よりも陰性徴候の方が運動パフォーマンスに関連するとの報告がある。したがって本研究は脳卒中患者と脊髄疾患患者にて陽性徴候と陰性徴候との関連性を検討し、上位運動ニューロン症候群に関する理解を深め、理学療法介入の参考とすることを目的とした。【方法】 対象は当院に入院中の脳卒中患者15名 (68.1±9.1歳)、脊髄疾患患者16名(67.6±10.6歳)とした。測定肢は脳卒中群では麻痺側、脊髄疾患群では利き足(ボールを蹴る側)とした。痙縮はAnkle Plantar Flexors Tone Scale(APTS)のStretch Reflex(SR)を用い、0から4の5段階で評価した。当指標は数値が大きいほど神経学的な筋緊張が亢進した状態を意味する。足関節背屈筋力は背臥位にてベルトにて固定したHand Held Dynamometer(μTAS F-1,アニマ社製)を使用し、3回測定を行いその平均を代表値とした。協調運動障害は、椅子座位にてFoot Pat Test(FPT)、単純反応時間(Simple Reaction Time: SRT)、リズム課題の3種をデジタルカメラ(EX-FC100, CASIO社製)にて測定した。FPTは足関節底背屈をできるだけ速く行い10秒間で足底面が床に触れた回数を指標とした。SRTはメトロノーム(DB-30, Roland社製)の音が鳴ってから足底面が床から離れるまでに要した時間を指標とした。リズム課題は3条件(0.8Hz、1.6Hz、2.4Hz)の各リズムでメトロノームの音に合わせて足関節を底背屈(タップ)し測定した。リズム誤差(指定のリズムから各タップに要した時間の平均を減じた値の絶対値)、リズム変動(各タップに要した時間の変動係数)を 3条件において各々算出した。SRの結果と足関節背屈筋力、SRT、FPT、リズム誤差、リズム変動との関連性の検討にはSpearmanの順位相関係数を算出した。統計処理はIBM SPSS Statistics(Version 19、SPSS Japan社)を使用し、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には書面と口頭で説明を行い、自筆あるいは御家族の代筆により書面に同意を得た。なお本研究は榛名荘病院倫理審査委員会にて承認を受けた。【結果】 SRは脳卒中群では膝伸展位にて0が6名、1が5名、2が2名、3が1名、4が1名、膝屈曲位にて0が5名、1が5名、2が1名、3が2名、4が2名、脊髄疾患群では膝伸展位にて0が6名、1が7名、2が3名、3が0名、4が0名、膝屈曲位にて0が5名、1が5名、2が5名、3が0名、4が1名だった。脳卒中群と脊髄疾患群それぞれ、足関節背屈筋力は6.0±4.3kg、7.6±2.4kg、SRTは0.34±0.07秒、0.28±0.05秒、FPTは19.5±11.8回、29.3±6.9回、リズム誤差は0.8Hzでは0.05±0.07秒、0.01±0.01秒、1.6Hzでは0.03±0.04秒、0.02±0.03秒、2.4Hzでは0.10±0.14秒、0.03±0.07秒、リズム変動は0.8Hzでは0.11±0.07、0.07±0.02、1.6Hzでは0.15±0.13、0.07±0.03、2.4Hzでは0.24±0.17、0.09±0.03だった。痙縮と足関節背屈筋力、SRT、FPT、リズム誤差、リズム変動の相関係数は脳卒中群ではSRとFPTは膝屈曲位がrs=-0.70(p<0.01)、膝伸展位がrs=-0.64(p<0.05)といずれも中等度の相関を示し、その他の指標と有意な関連性は認めなかった(rs=-0.23~0.34)。一方、脊髄疾患群では膝屈曲位SRと2.4Hzリズム誤差がrs=0.52(p<0.05)と中等度の相関を示し、その他の指標と有意な関連性は認めなかった(rs=-0.24~0.26)。【考察】 脳卒中群・脊髄疾患群において足関節背屈筋力はその拮抗筋である下腿三頭筋の痙縮の程度とは関連を認めず、両者は独立した事象であるといえる。また痙縮と協調運動障害の関連性は脳卒中群と脊髄疾患群では異なることが明らかとなったが、これは痙縮の分布や協調運動障害の程度が両群で異なること、また注意・認知機能や感覚障害の関与などが考えられる。加えて本研究は、中枢神経疾患患者の足関節協調運動障害をFPT、SRT、リズム変動、リズム誤差という異なる観点から評価した。これらの方法は簡便に時間的協調運動障害を多面的に評価できると考える。【理学療法学研究としての意義】 脳卒中患者、脊髄疾患患者の足関節において、痙縮による筋力、協調運動障害への関与は限定的だった。したがってこれらの対象には協調性向上や筋力向上を目的とした痙縮抑制治療の効果は低いと考える。
著者
佐藤 久友 淵岡 聡 黒川 洋輔 高山 竜二 大野 博司 佐浦 隆一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Aa0136, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 股関節浅層にある殿筋群などは股関節作動筋として股関節の運動に関与する。一方、股関節深層にある短外旋筋群は力学的支持器や深部知覚の感覚器としての機能を持つことから、歩行の安定性向上に寄与すると考えられているが、その詳細な働きは明らかではない。そこで、本研究では股関節外旋筋群の機能を明らかにするために股関節外旋筋群を疲労させることで一時的な筋力低下を生じさせ、筋力低下の出現前後での歩行に関する空間的、時間的パラメータの変化を生体力学的手法によって測定し、股関節外旋筋群の筋力低下が歩行に与える影響を検討した。【方法】 健常成人18名(平均年齢25.7歳)、男性10名、女性8名を対象とした。なお、重篤な内部疾患や神経筋疾患、姿勢制御に影響を与える下肢・体幹の整形外科疾患の合併や既往のあるもの、股関節伸展0°位での内外旋可動域の差が15°以上あるものは、研究対象から除外した。測定する下肢側は無作為に決定した。被験者を体幹直立位で股関節および膝関節を90°屈曲位の端坐位とし、体幹を固定するために両手でベッド端を把持させた姿勢で、短外旋筋群を疲労させるための運動を行わせた。運動負荷強度は股関節外旋筋力の最大値の30%とし、セット間に15秒の休息を設けながら、30秒間の等尺性収縮を10セット行った。なお、この強度と頻度で運動させた場合には運動後に股関節外旋筋力が有意に低下し、短外旋筋群が選択的に疲労することをあらかじめ先行研究で確認した。歩行解析は短外旋筋群を疲労させる筋疲労誘発運動の実施前後で快適歩行速度下にて3回実施した。赤外線反射マーカーを身体セグメント35か所に貼付し、3次元動作解析装置(VICON 460)と床反力計(AMTI)を用いてマーカーの時間的な変位や軌跡から空間的、時間的パラメータを算出した。解析するパラメータは歩行速度、立脚時間、両脚支持時間、ケイデンス、ストライド長、1歩行周期における立脚相の割合とした。立脚時間は測定側の下肢が床反力計に踵接地してから足先が離地するまでの時間とした。また、両脚支持時間は、接地から立脚前半の床反力鉛直成分の最大値までを立脚前半、立脚後半の床反力鉛直成分の最大値から足先が離地するまでを立脚後半と規定した。統計解析は対応のあるt-検定を用いて行い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 この研究は大阪医科大学倫理委員会と大阪府立大学倫理委員会に承認されている。また、研究を行うにあたり、対象者に本研究の主旨を文書および口頭で説明し、文書にて研究参加への同意を得た。【結果】 筋疲労誘発運動前後での立脚時間は、運動前0.617秒から運動後0.608秒(p = 0.015)へと有意に短くなり、立脚前半の両脚支持時間も運動前0.143秒から運動後0.139秒(p = 0.038)へと短縮した。また、立脚後半の両脚支持時間は運動前が0.146秒、運動後は0.142秒(p = 0.058)と有意差は認めなかったが短縮する傾向にあり、結果としてケイデンスも運動前116.8steps/min、運動後118.0 steps/min(p = 0.080)と増加傾向を示した。一方、歩行速度は運動前1.197m/sec、運動後1.198 m/sec、ストライド長は運動前1.241m、運動後1.230m、1歩行周期における立脚相の割合は運動前60.00%、運動後59.66%であり、いずれも疲労誘発運動前後で有意な変化を認めなかった。【考察】 通常、加齢や下肢の障害により立位時の支持性が低下すると歩行速度は遅くなり、それに伴い立脚時間や両脚支持期が延長するので、ケイデンスは低下すると考えられる。しかし今回の検討では疲労誘発運動前後でケイデンスは低下しなかった。これは、対象が健常者であり、短外旋筋群の疲労による一時的な筋力低下を股関節浅層の筋群などで代償することにより、疲労誘発運動後でもケイデンスを増加させ、歩行速度や1歩行周期における立脚相の割合を一定に保つことが可能であったと推測される。しかし、疲労誘発運動後には下肢の支持性の指標である立脚時間や両脚支持時間が短縮したことから、股関節深層にある短外旋筋群が下肢の支持性に大きく関与している可能性が示された。【理学療法学研究としての意義】 股関節の短外旋筋群は歩行時の下肢の支持性に寄与していることが明らかとなった。下肢疾患を有する患者や高齢者の歩行の安定性を改善するためには、短外旋筋群の筋力強化が重要である可能性が示唆された。
著者
野元 友貴 石田 学 稲森 友梨江 本田 英義 山下 剛司 高島 嘉晃
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0491, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 頚部深層屈筋群は頚部痛などにより活動低下し、萎縮、脂肪化のような変化により、機能低下が生じると報告されている。その機能低下は頚部痛発生直後から認められ、神経系運動制御に対する早期リハビリテーションの必要性を示唆している。しかし、急性期の理学療法介入は疼痛が強度でリスクも高い事が多く、敬遠され易い為、より低強度のエクササイズが求められる。現在、水平眼球運動と後頭下筋群の関係は認められているが、眼球運動と頚部深層屈筋群の関連性は、垂直眼球運動において多数の報告があるが、効果を検討している研究は少ない。その為、本研究では眼球運動による頚部深層屈筋群への低強度のエクササイズ考案の為、垂直眼球運動に着目し、超音波画像を用い垂直眼球運動と頚部深層屈筋群である頚長筋の関係を検討した。【方法】 対象は頚部に基礎疾患が無い。成人男性6名、女性6名、年齢25.9±3.9歳、身長167.1±6.5cm、体重59.8±8.8kgとした。頚長筋画像は樋口らの方法を用い、被験者を背臥位とし超音波診断装置(GE横河社製 LOGIQ400MD)のプローブをC5レベルの胸鎖乳突筋上部に位置させ体表面から胸鎖乳突筋、総頸動脈、頚長筋の三層構造をイメージングした。事前に3人の理学療法士(業務にて超音波検査を行っている者、超音波検査を練習中の者、超音波検査初心者)が3人の被検者の頚長筋幅を10回測定し、検者間信頼性を級内相関係数(以下ICC)を用い測定の信頼性を確認した。測定方法はJullの方法を用い、頚部深層屈筋群を収縮させるCranio-Cervical Flexion Test(以下CCFT)を行い、CCFT26mmHg時の胸鎖乳突筋と頚長筋の筋腹幅を垂直眼球運動前後で3回ずつ記録し平均した。垂直眼球運動は荒木の方法を参考にし、30cmの棒の端にマーカーを付け、上のマーカーを水平に置き、下への眼球運動の振り幅が最大になるまで近づける。メトロノームを1秒に1回のリズムに設定し、背臥位のまま水平、下の順番に垂直眼球運動を1分間で往復30回行ってもらった。統計学検討は眼球運動前後のCCFT時の胸鎖乳突筋幅と頚長筋幅の平均を対応のあるt検定により比較検討し、有意水準は1%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、事前に被験者に口頭にて実験内容と利益、不利益を十分に説明し同意を得た。【結果】 事前に行った3人の検者間のICC(2,3)は0.93、0.84、0.81となり、各被験者においても高い信頼性を得られた。各値の3回の平均は胸鎖乳突筋幅は眼球運動前6.8±1.8mm、眼球運動後6.5±2.1mm、頚長筋幅は眼球運動前10.4±2.3mm、眼球運動後12.5±2.6mmとなり、胸鎖乳突筋幅は変化が無く(P>0.05)、頚長筋幅と有意に増加した(P<0.01)【考察】 垂直運動後のCCFT時の頚長筋筋腹の幅と比率が増加した。これは垂直眼球運動により頚部深層屈筋群である頚長筋への神経機構が働いたと推察される。垂直眼球運動は視覚と眼球運動による体性感覚の入力が上丘に送られる。伊藤らは上丘より視蓋脊髄路を介し頚髄前角へ投射され、頚部の姿勢制御に関連していると報告しており、小野寺らは上丘よりcajal間質核脊髄路により、小脳片葉、小脳虫部を介し頚部深層屈筋に投射していると報告している。これらの神経機構より、垂直眼球運動によって頚部深層屈筋群への収縮刺激が入る事で、CCFT時に頚長筋優位の収縮に変化し頚長筋筋腹の幅が増加したと考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究にて垂直眼球運動が頚部深層屈筋群である頚長筋に対し収縮刺激が入り収縮時の筋腹幅が増加した。この事は頚部痛発生直後から起こる、頚部深層屈筋群の機能低下を予防する低強度のエクササイズになりえると示唆された。今後はエクササイズとして確立する為に対象を検討し研究を進めていく必要があると考える。
著者
鈴木 静香 村田 雄二 杉本 彩 永井 智貴 正木 信也 田中 暢一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0511, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 上腕骨近位部骨折や鎖骨骨折患者において、困難となる日常生活動作の一つとして結帯動作がある。しかし、結帯動作の制限因子について言及している文献は少なく、その因子も画一化されたものではない。そこで、結帯動作を再獲得するため、その制限因子を検討した。結帯動作を運動学的に捉えると、肩関節伸展・内旋・外転の複合運動である。また、解剖学的に捉えると、肩関節の筋・靭帯・関節包の影響を受けると考えられる。今回は制限因子として短期間で効果が得られる筋に着目し、制限因子を検討することとした。【方法】 対象は右上肢に整形外科疾患の既往のない健常者15名(男性11名・女性4名、年齢:22~37歳)とした。結帯動作の運動学的要素のうち肩関節伸展・内旋の可動域(以下ROM)に影響する筋として、烏口腕筋・棘下筋・小円筋を対象とした。各筋に2分間ストレッチを実施する群と筋に介入を加えず2分間安静臥位とする群の計4群(烏口腕筋群・棘下筋群・小円筋群・未実施群とする)にて、前後の結帯動作の変化について検討した。結帯動作は立位にて右上肢を体幹背面へと回し、第7頸椎棘突起-中指MP関節間の距離(以下C7-MP)を測定し、各筋の介入前後にて評価した。C7-MPの変化は、実施前の距離を100%とし変化率として表した。被験者15名には各筋に対する介入効果が影響しないよう、各群間で介入後1週間以上の期間を設けて実施した。次に、C7-MPの変化に及ぼす因子の検討として、肩関節でのLift off・第2内旋・伸展の3項目(以下関連項目)を測定した。Lift offの測定は、腹臥位にて右上肢を体幹背面へと回し、尺骨茎状突起をヤコビー線に合わせ、肩関節内旋により尺骨茎状突起がヤコビー線から離れた距離とした。統計処理は、C7-MPの変化率について4群間での比較を一元配置分散分析にて行い、多重比較はTukey法を用いた。次に、有意差を認めた2群間について関連項目での比較にはt検定を用いた。有意水準はそれぞれ5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての被験者に対して事前に研究参加への趣旨を十分に説明し、同意を得た。【結果】 C7-MPの変化率については烏口腕筋群と未実施群間(P=0.006)、棘下筋群と未実施群間(P=0.009)で有意差を認めた。有意差を認めた各群間での関連項目の検討では、烏口腕筋群と未実施群間で第2内旋ROMに有意差を認め(P=0.009)、棘下筋群と未実施群間で伸展ROMに有意差を認めた(P=0.019)。【考察】 烏口腕筋と棘下筋が、介入前後でのC7-MPの変化率に未実施群と有意差を認めたことより、これらの筋が結帯動作の制限因子となっていることが示唆された。また、烏口腕筋への介入により第2内旋ROMの改善を認め、棘下筋への介入により伸展ROMの改善を認めており、運動学的にこれらが結帯動作改善の因子と考えられる。烏口腕筋・小円筋は起始・停止より、第2内旋ROMの制限因子と考えられる。結果では、烏口腕筋のみに結帯動作の改善を認め、第2内旋ROMの改善に関与していた。烏口腕筋は、肩関節前面に位置しており、小円筋は後面に位置している。結帯動作では肩前面に伸張が生じることから、烏口腕筋の介入の影響が大きかったと考える。棘下筋は伸展・内旋で伸張されるという報告があり、伸展ROMの制限因子と考えられ、烏口腕筋も起始・停止より伸展ROMの制限因子と考えられる。結果では、棘下筋のみに結帯動作の改善を認め、伸展ROMの改善に関与していた。これらの筋は、伸展・内旋ROMに関与しており結帯動作の制限因子となると考えられる。烏口腕筋に有意差を認めなかった原因として、今回筋のみに着目しているが前関節包や靱帯の影響が大きく、伸展ROMの改善を認めなかったと考える。今後は、関節包や靭帯等も視野に入れた検討が必要である。今回、烏口腕筋・棘下筋・小円筋を対象に検討したが、小円筋は未実施群と有意差を認めなかった。有意差を認めなかった原因は、有意差を認めた烏口腕筋や棘下筋は肩関節中間位において肩関節伸展すると伸張される。しかし、小円筋は肩関節中間位では肩関節伸展時、伸張位とはならない。これより、小円筋への介入が結帯動作に影響を及ぼさなかったと考える。また、結帯動作では伸展運動が生じた後、内旋運動が生じる。以上を踏まえると、結帯動作の改善には伸展ROM改善の影響が大きく、棘下筋への介入により伸展ROM改善を認めたことから、棘下筋への介入が最も効果があるのではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】 烏口腕筋・棘下筋が結帯動作の制限因子と示唆されたことにより、これらに介入する事で早期に結帯動作の再獲得となり、日常生活・QOLの改善につながると考える。
著者
池澤 秀起 井尻 朋人 高木 綾一 鈴木 俊明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1307, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 肩関節疾患患者の肩関節挙上運動は、肩甲骨の挙上など代償運動を認めることが多い。この原因の一つとして、僧帽筋下部線維の筋力低下による肩甲骨内転、上方回旋運動の減少が挙げられる。そのため、患側上肢の運動により僧帽筋下部線維の筋活動を促すが、可動域制限や代償運動により難渋する。そこで、患側上肢を用いない運動として、腹臥位での患側上肢と反対の股関節外転位空間保持が有効と考えた。腹臥位で股関節外転位空間保持は、股関節に加え体幹の安定を得るための筋活動が必要になる。この体幹の安定を得るために、股関節外転位空間保持と反対側の僧帽筋下部線維が作用するのではないかと考えた。そこで、僧帽筋下部線維のトレーニングに有効な股関節外転角度を明確にするため、外転保持が可能な範囲である股関節外転0度、10度、20度位における外転保持時の僧帽筋下部線維の筋活動を比較した。また、各角度での僧帽筋下部線維の活動を、MMTで僧帽筋下部線維の筋力測定に用いる腹臥位での反対側の肩関節外転145度位保持時の筋活動と比較した。これにより、僧帽筋下部線維の活動がどの程度得られるかを検証した。【方法】 対象は上下肢、体幹に現在疾患を有さない健常男性14名(年齢23.1±3.7歳)とした。測定課題は、利き足の股関節外転0度、10度、20度位空間保持と、利き足と反対側の肩関節外転145度位空間保持とした。測定肢位は、ベッドと顎の間に両手を重ねた腹臥位とし、この肢位から股関節屈伸0度位で設定角度まで股関節外転させ、空間保持させた。肩関節外転位空間保持は、MMTでの僧帽筋下部線維の測定肢位である、肩関節145度外転、肘関節伸展、手関節中間位で空間保持させた。測定筋は利き足と反対側の僧帽筋下部線維とした。筋電図測定にはテレメーター筋電計(MQ-8、キッセイコムテック社製)を使用した。また、肩関節、股関節外転角度はゴニオメーター(OG技研社製)で測定した。測定筋の筋活動は、1秒間当たりの筋電図積分値を安静腹臥位の筋電図積分値で除した筋電図積分値相対値で表した。さらに、股関節外転位空間保持において、股関節外転角度の変化が僧帽筋下部線維の筋活動量に与える影響を調べるために、各外転角度での僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値を比較した。加えて、僧帽筋下部線維の活動量を確認するため、腹臥位での肩関節外転145度位保持時と、股関節外転0度、10度、20度位保持における各々の僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値を比較した。比較には一元配置分散分析及び多重比較検定を用い、危険率は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的及び方法を説明し、同意を得た。【結果】 股関節外転位空間保持での僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値は、股関節外転0度で14.6±10.9、10度で17.1±12.3、20度19.9±16.6となり、股関節外転角度の増減により有意な差を認めなかった。また、肩関節外転145度位保持時の僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値は17.6±9.9となった。股関節外転0度、10度、20度位保持時の僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値と、肩関節外転145度位保持時では全てにおいて有意な差を認めなかった。【考察】 腹臥位での股関節外転位空間保持で、僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値は、股関節外転角度の増減により有意な差を認めなかった。この要因として、ベッドによる体幹支持、体幹筋や僧帽筋下部線維を含めた肩甲骨周囲筋の活動など、様々な要素が脊柱や骨盤の固定に作用したためではないかと考える。 一方、腹臥位での肩関節外転145度位保持時と股関節外転0度、10度、20度位保持時の僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値を比較した結果、有意な差は認めなかった。つまり、全てにおいて同程度の僧帽筋下部線維の筋活動が生じていたといえる。このことから、腹臥位での股関節外転0度、10度、20度位保持は、上肢の運動を伴わずに反対側の僧帽筋下部線維の活動を促せるため、可動域制限や代償動作により筋活動を促すことに難渋する対象者の治療に活用できる可能性がある。しかし、股関節外転位空間保持による反対側の僧帽筋下部線維の活動は脊柱の固定に作用することが考えられるため、起始部付近の活動が主であることが推察される。そのため、上肢挙上時の僧帽筋下部線維の筋活動に直結するかは検討の余地が残ると考える。【理学療法学研究としての意義】 腹臥位での股関節外転0度、10度、20度位保持は、反対側上肢の僧帽筋下部線維のトレーニングに有効であることが示唆された。これは、可動域制限や代償動作により僧帽筋下部線維の活動を促すことが難しい対象に対して有効であると考えられた。
著者
宮﨑 和 島岡 秀奉 山﨑 香織 西本 愛 森澤 豊
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1328, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 肩関節の運動療法において,腱板機能不全の改善を目的とした運動課題や肩の主動作筋などの運動課題に関する知見は多く,臨床的にもこれらの筋の機能改善が重要視されている.しかし,肩関節疾患の患者に認められる肩関節運動変容として,いわゆる「肩の代償運動」でリーチ運動や挙上を行っている場合が多く,肩関節の機能的特性を考えると単一の筋群もしくは運動方向に対するトレーニングでは,挙上能力の改善に難渋する例もしばしば経験する.また腱板断裂術後患者では自動運動が許されるまでの間に修復腱板以外の健常な肩関節筋群が運動様式の変化とともに廃用に陥ることが予測され,その後の肩関節挙上,リーチ運動などの回復に長期間を要する.そこで今回われわれは,肩関節周囲筋の中でも体表にあり比較的表面筋電図の測定が容易な僧帽筋群に着目し,ADLおよびAPDLを考慮し立位における肩関節屈曲および外転運動における僧帽筋活動を健常者で検討したので報告する.【方法】 対象は健常男性7名(両肩14肢,平均年齢22.4±1.8歳)とし,被検筋は左右の肩関節の僧帽筋上部・中部・下部線維とした.測定は,両上肢を下垂し後頭隆起および臀部を壁に接触させた立位を開始肢位とし,運動課題は両側肩関節屈曲および外転位を30°,60°,90°の合計6パターンで各5秒間保持させ,各運動とも3回施行した.各運動課題中の筋活動は,NeuropackS1(日本光電製)にて導出し,得られた5秒間のEMG値のうち安定した3秒間の積分値を算出し,左右3回試行分の平均EMG積分値を個人のデータとした.統計学的処理として,屈曲および外転運動とも各筋の30°での平均EMG積分値を100%とし,平均EMG積分値の規格化を行った上で,7名(14肩)の各僧帽筋の線維毎に各運動課題における筋活動の相対的な変化を一元配置の分散分析にて比較した.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には事前に本研究の目的・方法と研究参加に関するリスクと個人情報の管理に関する被検者説明書を作成し十分な説明を行った上で,紙面にて同意を得た.【結果】 各筋の屈曲および外転30°での平均EMG積分値を100%とした場合,肩関節屈曲動作において,角度60°では僧帽筋上部線維は157%,中部線維111%,下部線維163%となり,90°では僧帽筋上部線維350%,中部線維114%,下部線維190%となり,僧帽筋上部および下部線維に屈曲角度の増加に伴う筋活動の増大がみられた(P<0.01).一方,肩関節外転運動においては,角度60°で僧帽筋上部線維239%,中部線維164%,下部線維96%となり,90°では僧帽筋上部線維568%,中部線維245%,下部線維117%となった.外転角度の増加ともない僧帽筋全線維に筋活動の増大がみられ,特に僧帽筋上部および中部線維にその変化が顕著であった(P<0.01).【考察】 肩関節屈曲運動では,肩甲上腕関節の動きに伴い肩甲骨は上方回旋する.肩甲骨の上方回旋は前鋸筋と僧帽筋上部・下部線維の共同した活動により出現する.過去の報告では,僧帽筋下部線維は起始を肩甲棘内側縁に持つため肩甲骨上方回旋の支点となる.また肩甲上腕関節を屈曲保持した場合,肩甲骨に前傾方向へのモーメントが発生し,この前傾モーメントを制動するのが僧帽筋下部線維であるとされる.本研究でも肩関節屈曲時に僧帽筋上部・下部線維の筋活動が増加しており,これら僧帽筋群の協調した筋活動により肩甲骨上方回旋が起こっていることが示唆され,立位時の肩関節屈曲時においても,僧帽筋下部線維が肩甲帯の安定性に機能すると推察された.一方,肩関節外転運動では肩甲骨に下方回旋モーメントが発生し,これを制御するために鎖骨外側・肩峰・肩甲棘上縁に付着する僧帽筋上部・中部線維が活動するとされ,本研究においても,肩関節外転時に僧帽筋上部・中部線維の筋活動が増加しており,立位時においてもこれらの僧帽筋群が協調して肩甲骨を内転方向に固定し,肩甲帯の安定性に機能することが推察された.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,立位でのリーチ運動や空間保持における肩関節周囲筋の活動様式を確認する上で,重要な筋電図学的分析であると考える.また肩関節疾患患者の挙上運動における,いわゆる「肩の代償運動」の要因を検討する際に必要な知見であると考えられ,より効果的な理学療法プログラムの立案のために必要性の高い研究であると考える.
著者
増田 一太 篠田 光俊 松本 祐司 中宿 伸哉 宇於崎 孝 林 典雄
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0496, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 座位姿勢における腰痛は、一般的に椎間板障害をはじめとする退行性変性疾患に多く合併する症状であるが、椎間板障害はほとんどない若年期に出現するこの種の腰痛は、若年者特有の病態が予想される。本研究の目的は、当院にて椎間関節障害と診断された若年期の症例に対し、座位時の腰痛の有無による理学所見、X線所見の違い、また、座位姿勢時の重心動揺に特徴があるのか否かについて検討したので報告する。【方法】 2009年4月から2011年4までに当院を受診し椎間関節障害と診断された症例の内、15歳以下の症例52例を対象とした。対象を一般に言う体育座り時に腰痛を訴える32例(以下S群:平均年齢11.4歳)と座位時以外の腰痛が主体の20例(以下F群:平均年齢13.3歳)に分類した。座位姿勢の重心動揺の計測には、無作為にS群より21例(以下S2群:平均年齢12.5歳)、F群より7例(以下F2群:平均年齢12.7歳)を抽出した。また、腰痛を有さない正常例14例(C群:平均年齢11.5歳)も併せて計測した。理学所見の検討として、体幹の伸展及び屈曲時痛、腰椎椎間関節の圧痛、多裂筋の圧痛それぞれの割合を求め比較した。X線所見は立位の腰椎側面像より、腰椎前角(L1とL5の椎体上縁のなす角)、腰仙角(L5椎体後縁と仙骨背面とのなす角)、仙骨傾斜角(仙骨上面と水平線とのなす角)について両群間で比較した。重心動揺の計測は、ユメニック社製平衡機能計UM-BARIIを使用した。重心動揺計のX軸を左右軸としその軸上に左右の坐骨結節を一致させた。次に、Y軸を前後軸としこの軸上に両坐骨結節の中点が一致するように体育座りを行わせた。Y軸とX軸との交点より前方重心は+、後方重心は-で表記した。計測時間は5分間としY方向動揺平均変位(mm)を求め、S群、F群、C群で比較した。理学所見の検討にはX2検定を、X線学的検討には対応のないt検定を、重心動揺の検討には一元配置の分散分析を用い有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の趣旨,個人情報の保護の意を本人と保護者に説明し同意を得た.【結果】 体幹伸展時痛の陽性率はS群68.8%、F群85.0%であり有意差は無かった。体幹屈曲時痛の陽性率はS群71.9%、F群30.0%と有意差を認めた(p<0.01)。腰椎椎間関節の圧痛所見の陽性率はS群65.6%、F群75.0%と有意差はなかった。多裂筋の圧痛所見の陽性率はS群81.3%、F群40.0%と有意差を認めた(p<0.05)。腰椎前彎角はS群平均29.3±9.8°、F群平均32.1±6.1°と有意差は無かった。腰仙角はS群平均40.1±7.7°、F群平均46.7±5.6°でありS群で有意に仙骨が後傾化していた(p<0.05)。仙骨傾斜角はS群平均33.1±7.1°、F群平均43.6±6.0°でありS群で有意に仙骨は直立化していた(p<0.05)。座位時重心動揺は、S2群平均-73.3±30.3mm、F2群平均-49.4±46.2mm、C群平均-53.8±43.1mmであり3群間で有意差は無かった。【考察】 椎間関節障害に特有の症状は体幹伸展時痛、椎間関節の圧痛であるが、これらに加え、特に体育座り時の腰痛を訴える若年期の症例では、体幹屈曲時痛と多裂筋の圧痛の陽性率が有意に高い事がわかった。また、X線学的にも、腰仙角、仙骨傾斜角で有意に仙骨が後傾している事が明らかとなった。つまり体育座りにおいて腰痛を訴える症例は、普段の生活から仙骨が後傾した後方重心有意の姿勢である事が伺われ、これは同時に腰部多裂筋の活動が高まると共に、筋内圧が持続して高い状態にある事が推察される。一方、実際の重心動揺の計測結果では3群間に有意差は見られなかった。しかしながら立位姿勢における仙骨の後傾は座位としてもその傾向は認められると考えられ、必然的に胸腰椎を屈曲位とすることでバランス調整を行っていることが重心動揺変位量に差が出なかった理由と考えられた。逆に、胸腰椎の過屈曲で代償した座位姿勢は、腰部多裂筋の持続収縮に加え筋膜の伸張を惹起し、筋内圧はさらに高まる結果となる。つまり、座位時の腰痛を訴える症例に有意に認められた体幹屈曲時痛や多裂筋の圧痛は、一種の慢性コンパートメント症状と考えると臨床所見との整合性が得られるところである。【理学療法学研究としての意義】 本研究は若年者にみられる座位姿勢腰痛を臨床所見、X線所見、重心動揺の面からその関連性を検討したものである。若年者腰痛を症状からカテゴライズし、特徴的な臨床所見と姿勢との関連性に言及した点で、今後さらに詳細な臨床観察に繋がることが期待される。
著者
石井 佑果 鈴木 克彦 齋藤 麻梨子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab0706, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 膝蓋骨亜脱臼の運動療法として内側広筋(VM)の選択的強化が必要であるとされており,大腿四頭筋セッティング(セッティング)が広く行われている。通常は背臥位または長坐位で行われているが,立位で股関節内転筋の等尺性収縮を同期したセッティングによりVMの筋活動量の増加することが報告されている。また,足関節を回内位および回外位とした立位セッティングによりVMの収縮効果が変化することが報告されているが,一定の見解が得られていない。今回,足関節回内・回外位とした立位セッティングのVM収縮効果を調べるために,他のセッティング方法での筋活動量と比較することを目的とした。【方法】 対象は,健常女性10名(年齢20.9±1.1歳)とした。セッティング課題は,1背臥位でのセッティング,2立位でのセッティング,3立位で股内転を同期したセッティング(立位ADD),4足関節回外位の立位で股内転を同期したセッティング(立位ADD+EXT),5足関節回内位の立位で股内転を同期したセッティング(立位ADD+INT)の5条件とした。全ての課題は,膝関節30°屈曲位を開始肢位とし膝伸展および股内転の3秒間の最大等尺性収縮を3回行うこととした。3~5の課題で行う股内転には直径15 cmのボールを使用した。4,5の課題は傾斜角10°の楔状板の上に足底を置いて行った。なお,課題間には少なくとも3分間の休憩時間を設定した。筋活動はVM,大腿直筋(RF),外側広筋(VL),大内転筋(AM)から表面筋電図を記録した。筋電図波形は全波整流後100ミリ秒で移動平均処理を行い,3秒内の最大値を計測し,3回の平均を測定値とした。課題1の測定値を100%として正規化し,2~5の課題間,課題内の各筋活動量の比較,VM/VL,VM/RF,VL/RFの比率を各課題間で比較した。被験者情報として,膝関節伸展角度,Q-angle,Laxity testを事前に計測した。統計はShapiro-Wilk検定後,課題間および課題内の筋活動量,比率の差の検定を反復測定分散分析および多重比較検定,Pearsonの相関を用いて行った。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には本研究の目的と方法を十分説明し,参加の同意を得たうえで行い,被験者には不利益が生じないよう配慮した。【結果】 背臥位SETに対する3つの立位セッティングにおいて,RF,VL,VMの筋活動量は課題間で差はみられなかった。AMの筋活動量は立位ADD+EXTが最も高値を示し(p<0.01),VMとAMの間に正の相関(r=0.838)が示された(p<0.01)。課題間でのVM/VL,VM/RF,VL/RFの比率には差はみられなかったが,VM/VL比,VM/RF比が立位ADD,立位ADD+EXTで高値を示す傾向がみられた。【考察】 立位セッティングにおいてVMの筋活動量はRFに比べ有意に低値を示した。しかし,股内転を同期させた他の3課題ではRFとVMの筋活動量に差は認められなくなり,VM/VL比、VM/RF比が立位セッティングに比べて他の3課題で高値を示す傾向がみられた。VMは斜頭と長頭に分岐し斜頭はAMと連続性があり,AMの収縮によりVMの筋収縮を増大させたと推察する。今回,立位ADD+INTが立位セッティングの中でVMの収縮が低下する傾向を示した。それは,足関節回内位の足底接地では膝関節外反応力が増大し,Q-angleを増加させることが報告されており,立位ADD+INTによりQ-angleの増大に作用し,RFとVLの筋活動が優位となり,VM活動量,VM/VL比,VM/RF比が低値を示したと考える。今回,立位ADD+EXTのみVMとAMの筋活動量に正の相関を認め,AMの筋活動量が高値を示す傾向がみられた。これは,Hodgesら,Hantenらが報告している,AMの筋放電が大きくなるに従いVM/VL比が増大する内容と一致しているといえる。以上より,足関節回外位で股内転筋を同時収縮させる立位セッティングが,VMを選択的にトレーニングできる可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 膝蓋骨亜脱臼だけでなく,膝関節靭帯損傷,変形性膝関節症などにおいても内側広筋の筋萎縮,筋力低下に陥る症例があり,大腿四頭筋セッティングは運動療法の中で広く応用されている。立位でのセッティングはCKCトレーニングとして有用であり,立位セッティングとして内転筋同時収縮,加えて足関節を回外位とする方法の有効性を示すことができた。
著者
越野 裕太 山中 正紀 石田 知也 武田 直樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb1149, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 最も一般的なスポーツ損傷である足関節内反捻挫が生じる一因として接地時の不適切な足部肢位が考えられている.また,足関節内反捻挫の後遺症である慢性的な足関節不安定性(Chronic ankle instability:CAI)を有する者では着地動作中の接地時に足関節運動が変化していることが報告されている.この変化した足関節の肢位をもたらす一因として変化した神経筋制御の存在が示唆されているが,接地前における足関節周囲筋の前活動が足関節の肢位に影響を与えるか否かは不明である.よって,本研究の目的は健常者における着地動作中の接地前における足関節周囲筋活動と足関節運動との関係性を調査することとした.【方法】 下肢に骨折・手術歴および足関節内反捻挫の既往がない健常成人9名18脚(男4女5)を対象とした.動作課題は,30cm台上で非計測肢で片脚立位をとり,そこから前下方に位置する床反力計(Kistler社製, 1200Hz)へ,計測肢で着地する片脚着地動作とした.赤外線カメラ6台(Motion Analysis社製,200Hz)を用いて,骨盤・下肢に貼付した反射マーカー25個の着地動作中の三次元座標を記録した.筋電計(日本光電社製,1200Hz)を用いて,着地動作中の長腓骨筋(PL),前脛骨筋(TA),腓腹筋内側頭(GM)の筋活動を導出し,各脚成功3施行を記録した.初期接地は垂直床反力が初めて10N以上となった瞬間とし,初期接地前100msec間における各筋の筋電積分値を算出し,それぞれ最大等尺性収縮中の筋活動によって標準化した.さらにPL積分値に対するTA積分値の割合をTA/PL比,GM積分値に対するTA積分値の割合をTA/GM比として接地前100msec間における筋活動比を算出した.解析ソフトSIMM(MusculoGraphics社製)を用いて,足関節背屈・内反角度を算出した(背屈・内反を正とした).Pearsonの積率相関係数を用いて接地前の各筋電積分値,各筋活動比と接地時の足関節角度との関係性を評価した(P<0.05).【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には口頭と紙面により説明し、理解を得たうえで本研究への参加に当たり同意書に署名して頂いた.また本研究は,本学院倫理委員会の承認を得ている.【結果】 初期接地時の肢位は平均して足関節底屈・軽度外反位であった.接地前100msec間のTA積分値は足関節内反角度と有意な正の相関を認めた(R=0.475,P=0.046).またGM積分値は足関節背屈角度と有意な正の相関を認めた(R=0.583,P=0.011).TA/PL比とTA/GM比は足関節内反角度とそれぞれ有意な正の相関を認めた(それぞれR=0.561,P=0.016,R=0.588,P=0.010). 【考察】 着地動作中の接地前における足関節周囲筋活動は接地時の足関節肢位に関連することが示唆された.TAは足関節を背屈させる他に内反させる機能を有するため,接地前のTAの筋活動が大きいほど接地時の足関節内反角度が大きかったと考えられ,TAの過剰な活動は足関節内反捻挫にとって脆弱な肢位を導き得ると考えられる.さらにTA/PL比とTA/GM比が大きいほど接地時の足関節内反角度が大きかった.この結果は接地前の筋活動バランスが接地時の足関節の肢位に影響を与えることを示唆しており,PLおよびGMの筋活動は足関節内反角度の制御にとって重要な役割を担っている可能性が考えられる.GMの足関節前額面運動に対しての機能に関しては一致した見解が得られていないが,足関節を外反させる機能を有するPLの接地前筋活動は足関節内反捻挫を予防するために不可欠であると考えられている.本研究の結果はこの考えを支持するものである.また,GMは二関節筋であり,足関節を底屈させる他に膝関節を屈曲させる機能を有する.足関節の背屈に連動して膝関節の屈曲が生じるため,GMの接地前筋活動が大きいほど接地時の足関節底屈角度が小さいという関係性を認めたのかもしれない.先行研究はCAIを有する者では着地動作中の接地前後において足関節運動が変化していることを明らかにしたが,足関節運動がなぜ変化しているのかについては未だ不明である.本研究は健常者を対象としたが,CAIにおける接地前後の変化した足関節肢位の一因として接地前筋活動が関連している可能性がある.足関節内反捻挫の予防において,特に足関節不安定性を有する者では,足関節周囲の筋バランスを考慮してアプローチすることが,着地動作時の変化した足関節肢位を修正する上で重要であると考える.【理学療法学研究としての意義】 着地動作において急速かつ過度な足関節回外により生じる足関節内反捻挫を予防するためには接地前の筋活動が不可欠であると考えられている.本研究は足関節内反捻挫の予防的介入において,さらにはCAIにおける変化した動態のさらなる解明において有用な情報を提供すると考える.
著者
石川 博明 村木 孝行 森瀬 脩平 関口 雄介 黒川 大介 山本 宣幸 出江 紳一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0935, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 野球選手において、投球側の肩関節内旋制限は特徴的な所見であり、投球障害に関連する一要因であると言われている。このような背景から、投球側と非投球側の肩関節内旋可動域を測定し、左右差を比較したものが過去に多く報告されている。しかし、これらの報告の多くは肩関節外転90°位で測定しており、単一肢位での比較となっている。肩関節内旋の制限因子としては、上腕骨後捻角の増大による骨性の因子、筋、靱帯、関節包などの軟部組織性の因子、さらに軟部組織性の因子は伸張性低下による他動因子と筋の収縮による自動因子に分けられ、多岐にわたる。したがって、単一肢位の測定では制限因子をより詳細に知ることができない。そこで、本研究では投球側と非投球側の肩関節内旋可動域の差を様々な肢位で比較することにより、野球選手に特徴的な肩関節内旋制限の因子を検討することを目的とした。【方法】 シーズン前に検診を行った硬式野球部に所属する高校生選手46名(投手:13名、捕手:6名、内野手:16名、外野手11名)を対象とした。測定項目は各4肢位(肩関節外転30°位、外転90°位、屈曲90°位、伸展30°位)での内旋可動域とし、肢位ごとに投球側と非投球側との間の内旋可動域差(投球側-非投球側)を算出した。また、すべての測定は背臥位で、3名の検者によって行われた。各検者は他動的運動、肩甲骨の固定および最終可動域の確認、デジタル傾斜計およびゴニオメーターを用いた角度測定のいずれかを担当した。解析はすべての選手を対象に肢位の違いによる内旋可動域差を比較した。また、疼痛の有無との関連を調べるため、投手と捕手を含むバッテリー(19名)を肩関節痛あり群(投手:5名、捕手:4名、計9名)となし群(10名)の2群に分け、各肢位での内旋可動域差を2群間で比較した。肩関節痛を有した選手全員は外転外旋位でインターナルインピンジメントの所見を認め、これらが原因による痛みが疑われた。統計解析には、一元配置分散分析およびGames-Howellの多重比較検定、対応のないt検定を用い、有意水準はすべて5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は高校野球部指導者および選手に対して検診の目的、内容を文書および口頭で説明し、同意を得られた上で実施した。【結果】 投球側と非投球側との間の内旋可動域差は、外転30°位(1.2±8.6°)、外転90°位(-6.0±12.4°)、屈曲90°位(-9.8±7.5°)、伸展30°位(-11.1±14.9°)の順に大きくなった。また、外転30°位とその他3肢位との間でそれぞれ有意差を認めた(p<0.01)。肩関節痛あり群となし群の比較では、伸展30°位において肩関節痛あり群(-21.1±6.5°)がなし群(-9.0±16.0°)と比較して、内旋可動域差が有意に大きかった(p<0.05)。【考察】 本研究の結果より、高校野球選手の肩関節内旋制限は測定肢位により異なることが明らかになった。骨性の制限因子は肢位によって変わらないため、測定肢位によって軟部組織の制限因子としての影響度が異なることが考えられる。また、本研究では外転30°位にて左右差が最も小さく、伸展30°位にて左右差が最も大きいという結果であった。MurakiらやIzumiらによると、外転30°位と伸展30°位での内旋は、ともに後方関節包と棘下筋が伸張される肢位であると報告されている。本研究では、外転30°位と伸展30°位との間で内旋可動域差に有意差を認めたことから、内旋制限が後方軟部組織の伸張性低下のみによるものとは考えにくい。また、肩関節痛の有無による比較を行ったところ、肩関節痛あり群では伸展30°位で左右差が有意に大きいという結果であった。Yamamotoらの報告によると、肩関節伸展により肩峰下接触圧が高くなるとされている。したがって、伸展30°位での測定はインターナルインピンジメントによって損傷される腱板と肩峰下の接触ストレスを高め、筋による防御性収縮を生じさせる可能性がある。そして内旋に対する防御性収縮が生じた場合、伸展位での内旋は棘下筋の大きな伸張が必要となるため、内旋可動域への影響が大きくなると考えられる。今後は、これらのストレスと防御性収縮などの自動因子による内旋制限との関係について、更に検討を進める必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は、必ずしも後方軟部組織の伸張性低下のみが原因ではなく、筋による自動因子が大きく関与している可能性を示した点で意義深い。関節可動域の改善において制限因子の把握は必要不可欠であり、本研究の結果は治療法を選択する上で有用となる。
著者
井上 千絵美 神先 秀人 南澤 忠儀 伊藤 寛和
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab0693, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 しゃがみ動作は日本の生活において和式トイレ、物を拾う場面、入浴時の洗体などで日常的によく使用される動作である。立ち上がりに関する運動学的分析は数多く報告されているが、しゃがみ動作に関する報告はわずかしかない。本研究の目的は、開脚時ならびに軽度開脚時のしゃがみ動作を椅子への着座動作と運動学・筋電図学的に比較し、その特徴を明らかにすることである。なお、本研究においてはしゃがみ動作を「立位から足底全面を床に着けた状態で、膝関節を最大限屈曲した姿勢になるまでの動作」と定義した。【方法】 対象は、関節障害などの既往のない健常成人男性10名で、平均年齢は21歳(20‐22歳)、身長は172±5.4cm、体重は62.3±5.4kgであった。しゃがみ動作は和式トイレを想定した踵部内側間距離30cmの開脚位でのしゃがみ動作(30cm開脚)、物を拾う場面や入浴時を想定した踵部内側間距離10cmの軽度開脚位でのしゃがみ動作(10cm開脚)の2種類とし、立位から40cm高の椅子への着座動作と比較した。開始肢位は静止立位とし、各々3回ずつ測定した。動作速度は任意とし、上肢は体側に下垂した。動作解析には三次元動作解析装置(VICONMX)を使用した。赤外線反射マーカーセットはPlug-in-gait全身モデルを使用し、サンプリング周波数60Hzで経時的にマーカー座標を記録した。筋活動は表面筋電計を使用し、サンプリング周波数は1KHzとした。被験筋は右側の腰部(L4)脊柱起立筋、外側広筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、腓腹筋の計5筋である。動作は頭部のマーカーが前方に移動し始めた時を開始、最も下方に位置した時を終了とした。解析項目は運動中における下肢、体幹、骨盤の最大角度および重心の前後と側方の移動幅である。筋活動に関しては、動作全体を通しての積分値を着座動作の値で正規化した%IEMG、および動作中の平均筋電位を最大収縮時に対する比率(%MVC)として算出した。統計処理は各動作3試行の平均値を用いて反復測定分散分析ならびに多重比較検定を行った。有意水準は5%とした。正規性のない場合はWilcoxon検定にBonferroni法を用いて補正した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的と方法を口頭と文書により説明し、本研究への参加の同意を得た方に署名を頂いた後、測定を行った。個人情報は本研究でのみ使用し、データから個人を特定できないようにした。【結果】 しゃがみ動作における下肢、体幹、骨盤の最大屈曲角は最終肢位で生じ、30cm開脚位では、股関節91.0°、膝関節151.1°、足関節34.0°、体幹前屈75.9°、骨盤後傾32.5°で、10cm開脚位ではそれぞれ88.7°、153.4°、35.2°、79.1°、32.4°であった。これらはいずれも着座動作よりも有意に大きな値を示した。動作開始時からの重心の平均前方移動幅については、30cm開脚時6.8cm、10cm開脚時6.6cmと着座動作時の2.4cmに比べて約3倍大きくなった。一方、後方移動幅は着座動作時の20.8cmに対し、30cm開脚時0.0cm、10cm開脚時0.2cmとほとんどみられなかった。左右移動幅は30cm開脚で10cm開脚よりも有意に高い値を示した。動作中の平均筋電位は着座動作時と比較してしゃがみ動作時に脊柱起立筋が有意に減少し、前脛骨筋は逆に著明な増加を示した。%IEMGは前脛骨筋がしゃがみ動作時に着座動作と比較して約2.5倍と有意な増加を示した。【考察】 しゃがみ動作の最終肢位(しゃがみ姿勢)は一見大きな股関節屈曲を伴うように見えるが、本研究の結果から健常成人においては90°程度であるとわかった。これは、しゃがみ動作が骨盤の大きな後傾と体幹の前屈を伴うことにより、実際より大きく修飾されて映るためと考えられた。しゃがみ動作で前方への重心移動が増加し、後方移動がほとんどみられなかったのは、着座動作と比較してより多くの体幹の前屈を伴うこと、また動作開始時にすでに重心が後方に位置しており、狭い基底面内で大きな重心移動を行う際に後方への不安定さに対処する必要性が生じたためと考えられた。筋活動では特に動作後半において前脛骨筋の活動量が顕著に増加した。このことから前脛骨筋がしゃがみ動作において下腿を固定し、重心の過度の後方移動を防ぐ重要な働きをしていることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究におけるしゃがみ動作の定量的な分析結果は、臨床において動作観察で得られた情報を解釈する上で有用な知見を提示すると共に、安全なしゃがみ動作の指導に役立てることができると考えられる。