著者
近藤 崇史 福井 勉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Aa0131, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 歩行周期において踵離地(以下:HL)は立脚期を100%とした時に49%(Perry 1992),58%(Kerrigan 2000)などと報告されているが,理学療法における歩行観察場面ではHLのタイミングが早い症例と遅い症例を経験する.HLのタイミングが早い症例では膝折れなどが,遅い症例ではアキレス腱炎(入谷2006)やロッキングなどを引き起こすとされている.歩行時のHLから遊脚期にかけては足関節底屈モーメントが遠心性パワーから求心性パワーへと切り替わり大きな力がかかるとされる.しかし,HLのタイミングの違いが下肢各関節のメカニカルストレスに変化を及ぼすかについての詳細は明らかにされていない.Horak(1986)は静止立位時の外乱に対する姿勢制御戦略として足関節戦略(ankle strategy),股関節戦略(hip strategy)を報告し,姿勢制御戦略を足関節と股関節の関係性により説明した.最近ではLewis(2008)が歩行時に対象者に異なる蹴り出しを行わせることで足関節と股関節が相互に力学的代償を行うと報告した.われわれはこの足関節,股関節の関係性がHLのタイミングに影響を与えると推察し,歩行時のHLのタイミングの違いと股関節,足関節の力学特性の関係性を検討することを本研究の目的とした.【方法】 対象は健常成人男性12名(年齢:30.1±1.6 歳)とした.測定には3次元動作解析装置(VICON Motion system社)と床反力計(AMTI社)を用いた.標点はVicon Plug-In-Gait full body modelに準じて反射マーカー35点を全身に添付した.各対象者には自由歩行を連続7回行うよう指示し,分析には自由歩行時に1枚のフォースプレート上を歩くことに成功した下肢の力学データを左右分けることなくすべて採用した.計測値として歩行速度および歩行時の股関節・膝関節・足関節の関節角度,関節モーメントおよび関節パワーを算出した.解析項目として1.HL時の股・膝・足関節の関節角度・モーメント・パワーの値(以下:HL値),2.立脚期の股・膝・足関節の関節角度・モーメント・パワーの最大値(以下:ピーク値)を抽出した.さらに,1.各HL値とHLのタイミング(歩行周期中の百分率;%)の関係を分析し,2.各ピーク値とHLのタイミング(歩行周期中の百分率;%)の関係を分析した.統計分析は統計ソフトSPSS 18J(SPSS Inc.)を使用した.統計手法には偏相関分析を用い(制御変数;歩行速度),有意水準は1%未満とした.【説明と同意】 文京学院大学大学院保健医療科学研究科倫理委員会の承認を得たうえで,対象者には測定前に本研究の趣旨を書面及び口頭で説明し,参加への同意を書面にて得た.【結果】 全対象者の自由歩行から立脚期の力学データが抽出可能であった下肢は123肢(左下肢53肢,右下肢70肢)であった.1.HL値では,HLのタイミングが遅れるほど股関節伸展角度の増大(r=-0.82),股関節屈曲モーメントの増大(r=-0.55),足関節底屈モーメントの増大(r=0.49),股関節負のパワーの増大(r=-0.786),足関節負のパワーの増大(r=-0.71)との間に有意な相関関係を認めた.2.ピーク値では,HLのタイミングが遅れるほど足関節背屈角度の増大(r=0.59),股関節屈曲モーメントの減少(r=0.41),足関節底屈モーメントの増大(r=0.663),股関節負のパワーの増大(r=-0.536),足関節正のパワーの増大(r=0.67),足関節負のパワーの増大(r=-0.68)との間に有意な相関関係を認めた.【考察】 健常者のHL時の力学的特性として,HLのタイミングが遅れるほど股関節屈曲筋および足関節底屈筋の遠心性活動を高めていることが示唆された.さらにピーク値ではHLのタイミングが遅れるほど,股関節屈曲筋が活動を減少させていくのに対して,足関節底屈筋が求心性・遠心性活動をともに高めていることが示唆された.これらのことよりHLのタイミングが遅れるほど,発揮しづらい状況となる股関節屈曲筋の力学的作用を代償するために,足関節底屈筋が活動を高めていることが推測された.上記の理由からアキレス腱炎などHLのタイミングが遅れる特徴を有する症例では,股関節機能の代償による足関節底屈筋の力学的過活動がメカニカルストレスを引き起こし障害へとつながると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 歩行観察時にHLのタイミングを指標とすることで,足関節の代償性過活動による機能・能力障害を有する症例に対し,股関節・足関節の相互の関係性を考慮に入れた理学療法介入を可能にすることを提示できたことに,本研究の意義があると考えられる.
著者
関野 有紀 濵上 陽平 田中 陽理 坂本 淳哉 中野 治郎 沖田 実
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ae0045, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 不動によって痛みが発生することはヒトおよび実験動物モデルを用いた報告等により周知の事実となりつつある.また,慢性痛の病態のひとつである複合性局所疼痛症候群(CRPS)に関する国際疼痛学会(IASP)の診断基準には患肢の不動の有無が掲げられている.所属研究室の先行研究により,ラット足関節不動化モデルにおいて不動期間が8週間におよんだ場合,中枢神経系の感作を含む慢性痛を呈するが,不動期間が4週間の場合は痛覚過敏のみで,中枢神経系の感作は認められないことが明らかとなっている.このことから,不動に伴う初期の痛みの原因は皮膚,末梢神経を含む末梢組織にあると推測され,実際に,ラット足関節不動化モデルの足底において表皮の菲薄化や末梢神経密度の増加が認められたことをこれまでに報告した.しかし,これらの皮膚組織の変化と不動に伴う痛み発生との関連性は未だ明らかにできていない.よって,本研究の目的は皮膚組織に着目し,その変調をさらに詳細に解析することにより,不動に伴う痛み発生メカニズムを探索することである.【方法】 実験動物には8週齢のWistar系雄性ラット20匹を用い,4週間通常飼育する対照群(n=10),右側足関節を最大底屈位にて4週間ギプス固定する不動群(n=10)に振り分けた.実験期間中、機械的刺激に対する痛みの指標としてvon Frey filament testを実施し,足底部にfilamentで刺激(4,15g ;各10回)を加えた際の逃避反応をカウントした.また,熱刺激に対する痛みの指標として足背部の熱痛覚閾値温度を測定した.すべての測定とも週1回の頻度で経時的に行い,測定は覚醒下でギプスを除去して行った.実験期間終了後,ラットを4%パラホルムアルデヒドで灌流固定し,足底部中央の皮膚組織を採取した.組織試料は急速凍結させた後に凍結切片とし,以下の検索に供した.まず,HE染色を施した切片を用いて表皮厚を計測した.次に,免疫組織化学的染色により末梢神経(A線維,C線維)を可視化し,表皮層下におけるそれぞれの末梢神経密度を半定量化した.さらに,Nerve growth factor(NGF)に対する蛍光免疫染色を行い,表皮層の染色輝度を測定することにより表皮におけるNGF産生を半定量化した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は長崎大学動物実験委員会が定める動物実験指針に基づき,長崎大学先導生命体研究支援センター・動物実験施設において実施した.【結果】 不動を開始して1~2週目から,不動群において4g,15gのvon Frey filament刺激に対する逃避反応回数は増加し,また,足背部の熱痛覚閾値温度は低下した.そして,これらの変化は不動期間に準拠して顕著になり,不動2週目以降のすべての測定において対照群との有意差を認めた.次に,不動4週目の足底皮膚を組織学的に観察した結果,不動群において表皮の菲薄化,角質層の乱れが観察され,表皮厚は対照群のそれより有意に低値を示した.また,不動群の末梢神経密度はA線維,C線維ともに対照群のそれより有意に高値を示し,神経線維が表皮層へ進入する所見が観察された.さらに,不動群の表皮におけるNGF産生は対照群のそれより有意に高値を示した.【考察】 本研究では,4週間の不動に伴い機械的刺激に対する痛覚過敏および熱痛覚閾値の低下が観察され,この結果は先行研究とほぼ一致する.また,足底皮膚においては表皮の菲薄化や角質層の乱れ,表皮に分布する末梢神経の増加が観察された.先行研究によれば,末梢神経の増加は痛覚閾値に関与するとされており,不動に伴う痛覚閾値の低下の一因となっている可能性が高い.一方,皮膚組織の末梢神経の分布や密度に対しては,表皮の主要構成細胞であるケラチノサイトから産生されるNGFが関与するとされている.よって,不動群に認められた末梢神経密度の増加は,ケラチノサイト由来のNGF産生の増加に起因する変化であると推察される.加えて,NGFは痛みの内因性メディエーターとしての機能も知られており,NGF産生の増加自体が痛みの直接的な原因になっていることも十分に考えられる.以上のことから,不動に伴う痛みの発生には皮膚の組織学的変化が深く関与していると推測でき,今後さらに検討を進める必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,不動に伴う痛み発生メカニズムに皮膚組織がその責任組織の一端を担っている可能性を提示している.われわれ理学療法士は皮膚組織を含む末梢組織に対して直接的に介入可能であることから,本研究の進展は,不動に伴う痛みに対する理学療法学的な介入方法の開発につながると期待できる.したがって,本研究は理学療法学研究として十分な意義があると考える.
著者
有賀 一朗 神先 秀人 引地 雄一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab0415, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 Perryは立脚期の足関節と足部の転がり運動を3つのロッカーに分類し,それらの臨床的重要性を指摘した.その中で,フォアフットロッカー(以下FR)は,立脚終期に生じる中足趾節間関節を支点とした回転運動であり,その機能としては重心の前方への推進力を反対側の下肢に効果的に伝えることとされている.ロッカーファンクションのメカニズムに関しては,下肢関節モーメントや角度変化,筋電図学的分析に基づいた説明はなされているものの,重心移動に焦点を当て,詳細に検証した報告はみられない.本研究の目的は,FRが歩行中における重心移動や仕事量,エネルギー変化に対してどのような役割を有しているかを明らかにすることである.本研究では,片側の足底面の動きに制限を加えた歩行と加えない歩行を比較することで, FRの果たす機能について検討した.【方法】 対象は本研究に同意の得られた12名の健常女性(平均年齢は23 ± 1.7歳)であった.足底面の動きを制限するためにプラスチック製足底板(以下Plas)とアルミ製足底板(以下Alumi)を作製し,足底板を用いない場合(以下Shoe)の歩行と比較した.足底板は対象者の右足に装着させ,3次元動作解析装置と2枚の床反力計が備えられた約6mの歩行路を自由速度にて歩行させた. 各々の試行について,2枚の床反力計より得られた総床反力から二重積分法を用い,3方向の重心の速度および変位を求めた.さらに一歩行周期の平均速度を加えることにより,重心のエネルギー変化,力学的エネルギー交換率(%Recovery:%R),一歩行周期中の重心移動に必要な仕事量および左右それぞれのPush-off期の仕事量を算出した.%Rは重心の位置エネルギーと運動エネルギーの交換率を意味し,その値が高いほど機械的効率性の高い歩行と判断できる.また,立脚期における両側の下肢関節角度のピーク値および時間―距離因子である歩行速度やストライド長,歩行率,各歩行周期の時間比率を算出した. 統計処理は各パラメーターの3回の平均値を用いて,反復測定分散分析および多重比較検定を行い,各条件間で比較した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 事前に研究の趣旨や研究に伴うリスク等を対象者に説明し,書面にて同意を得た.なお,本研究は山形県立保健医療大学の倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 一歩行周期全体の重心移動に必要な仕事量および%Rは,足底面を制限した条件で有意な変化は認められなかった.しかし,歩行周期を左右の片脚支持期および2回の両脚支持期の4期に分けて詳細に検討してみると,制限側(右)片脚支持期における%Rは,Shoeで71.5 ± 4.8%,Alumiで64.9 ± 5.9%と,Alumiで有意に減少した(p<0.001).一方,左脚先行の両脚支持期ではShoeで51.2 ± 9.5%,Alumiで60.2 ± 12.4%であり,Alumiで有意に増加した(p<0.05).歩行中の重心側方移動幅は,Shoeで2.20± 0.69cm,Alumiで2.69 ± 0.62cm,上下移動幅はShoeで3.67 ± 0.69cm,Alumiで4.17 ± 0.71cmであった.AlumiはShoeと比較して歩行中の側方および上下移動幅がそれぞれ22%,14%と有意に増加した(p<0.05).また,制限側(右)のPush-off期の正の仕事量がPlas,Alumiともに有意な減少を示した.下肢関節角度に関して,制限側(右)ではShoeと比較して,Alumiで足関節背屈角度の増加,底屈角度および股関節外転角度の減少を認めた.非制限側(左)ではShoeと比較した時に,Alumiで股関節外転角度の増加を認めた.時間-距離因子に関しては,歩行速度,ストライド長,歩行率とも3条件間で有意差は認められなかった. しかし,各歩行周期の時間比率に関しては非制限側の片脚支持時間がShoeと比較し,Plasで有意な減少を示した(Shoeと比較した時はAlumiにおいてp=0.081).【考察】 本研究では片側の足底面の動きを制限することで,FRが歩行中における重心移動や仕事量,エネルギー変化に対してどのような機能を有しているか検討した.今回の結果より,FRは位置エネルギーを運動エネルギーに効率よく変換する働き,側方および上下の重心移動の抑制効果,Push-off期における仕事量の産出に関与していることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本研究から得られた結果は,正常歩行におけるFRの機能を理解する,また中足趾節間関節が制限された歩行の特徴を理解するうえで有用な知見になると考えられる.
著者
齋藤 成也 菅原 和広 徳永 由太 渡辺 知子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Aa0167, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 体幹の動揺を防ぐ姿勢制御メカニズムの一つにfeedforwardコントロールがある.このコントロールは,四肢筋の活動に先行して体幹筋が活動を始めることで,動作による体幹の動揺を防ぎ,脊柱の安定性に重要な役割を果たしているといわれている.また,feedforwardコントロールの発揮は予測の有無により決定され,予測不可能な外乱に対しては当てはまらないことが報告されている.しかし,これらの研究は外部から身体へ外乱を与えるものが多くみられ,自己意志による運動開始時と,視覚誘導性運動時の運動開始時を比較している研究は少ない. また,体幹筋の中で腹直筋はモーメントアームが長く,筋腹が3~4つに分けられるという特殊な形態であり,腹直筋の筋活動を上部線維と下部線維に区別した報告がいくつか存在する.そのため,姿勢制御の際に腹直筋上・下部の筋活動に違いがあるのではないかと考えられる.今回は,(1)上肢挙上時の運動発現要因が,自己の意志による運動と,視覚誘導性運動でのfeedforwardコントロールの違いについて明らかにすることと,(2)腹直筋を上・下部と分類し,両側の体幹筋を計測することで各筋線維の筋活動の特徴を捉えることを本研究の目的とし調査した.【方法】 対象は,神経筋骨格系疾患の既往のない健常右利き男性12名とし,身長は171.7±4.1cm(mean±SD),体重は61.5±5.3kg,年齢は21.3±1.2歳であった.測定筋は三角筋前部線維(Anterior Deltoideus:AD),両側腹直筋上部(Upper Rectus Abdominis:URA)下部(Lower Rectus Abdominis:LRA),両側脊柱起立筋(Erector Spinae: ES)の7ヶ所とした.対象者には,自分のタイミング(自己意志)と光センサーの発光後(視覚誘導性)にそれぞれ右上肢挙上を最大速度で行わせた.得られた筋電図はADの筋活動発現時間を0msとし,各筋線維の筋活動発現潜時を求め,ADの筋電図発現時間との差を算出した.自己意志時と視覚誘導性運動時の筋活動発現潜時の比較については,ウィルコクソン符号付順位和検定を用いた.また,それぞれの条件下での各筋線維間の筋活動発現潜時の比較には二元配置分散分析を行い,事後検定としてTukey-Kramer法を用いた.尚,有意水準は5%に設定した.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者に対しては実験前に口頭で本研究の目的及び内容を説明し,同意を得た.【結果】 自己意志時において左ESは-20.3±30.1ms,右ESは52.4±55.3ms,右LRAは141.5±65.6ms,左LRAは190.2±46.8msであった.一方,視覚誘導性運動時では左ESは51.2±29.6ms,右ESは91.1±56.7msであり,右LRAは176.3±61.2ms,左LRAは223.1±21.1msであった.自己意志時と視覚誘導性運動時の比較では,両側ES,両側LRAにおいて,視覚誘導性運動時が自己意志時に比べ筋活動発現潜時が有意に遅延した.各筋線維の筋活動発現潜時の比較においては,右ESが左ESに比べ有意に遅延した.また,左LRA,両側URAは右LRAに比べ有意に遅延した.【考察】 運動プログラミングには,中枢レベルで2つの回路が存在するとされ,基底核・補足運動野を含む内部回路と,運動前野・小脳を含む外部回路に分けられる.Gazzanigaらによると内部回路は自己誘導運動に働き,外部回路は視覚誘導性運動などに働くとされている.本研究において,自己誘導運動は自己意志時の運動に相当し,視覚誘導性運動は視覚刺激により誘発される視覚誘導性運動に相当する.これら2つの運動プログラミングの違いは,行為を意図してから連合皮質を経由し,運動選択の段階で内部回路と外部回路に分かれることである.その後,両回路の伝達は共に運動野に入力され,各筋群に信号を送る.本研究において,視覚誘導性運動時に体幹筋の筋活動発現潜時が遅延していることから,外部回路を経由する運動ではfeedforward コントロールは発揮されにくいことが示唆された. global muscleの活動は運動の方向性と関連し,垂直スタンスを維持するように重心を移動させるとされている.本研究では,右上肢を前方から挙上することで、重心は右前方に動こうとする.そのため,左後方へ重心を加速する力が必要となり,左ESの筋活動が最も早期に起こったと考えられた.また,拮抗する右LRAが左ESと共同して働くことで,脊柱の剛性を高めているものと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 視覚誘導性の運動では,自己意志時に比べ体幹筋の筋活動開始のタイミングが遅延した.これは,外部回路を経由した視覚誘導性運動ではfeedforwardコントロールが発揮されにくいことを示唆している.また,feedforwardコントロールは腰痛症患者においても発揮されない症例が報告されている.そのため,腰痛症患者では運動プログラミングの段階から変化が生じていることが考えられ,今後更に調査していく必要があると考えられる.
著者
伊藤 浩充 瀧口 耕平 小野 くみ子 松本 慶吾
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cd0833, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 足関節の捻挫は、スポーツ外傷の中で最も多い外傷の一つである。サッカー選手にとって足部・足関節の外傷は、スポーツ選手としての選手生命に大きく影響する。しかしながら、本外傷はスポーツ選手や指導者には比較的軽視される傾向にあり、また、本外傷の発生因子については未だ十分解明されていないため、予防に関しても十分な対策がとれていないのが現状である。そこで、本研究では、高校サッカー選手の足関節捻挫の発生要因を明らかにすることを目的とした。【対象と方法】 対象は、高校男子サッカー部員71名である。対象者の選択基準として評価時に四肢関節に痛みなどの急性症状および著しい筋力低下の無い者とした。方法は、平成23年3月12日から3月20日までの間にフィジカルチェックを実施した。調査項目は、問診にてボールをける時の利き足と外傷の既往歴を聴取した。次に、関節可動域と筋硬度を計測した。関節可動域は、股関節の外転・内旋・外旋・屈曲・伸展の可動域、膝関節屈曲・伸展の可動域、足関節背屈可動域、体幹の前屈・後屈・側屈の可動域を傾斜計(MITSUTOMO製)および紐付き分度器とメジャーを用いて測定した。筋硬度は、大腿筋膜張筋・中殿筋・長内転筋・下腿三頭筋を筋弾性計PEK-1(株式会社井元製作所)を用いて測定した。また、足部アーチをFeiss線により判定し、後足部の内外反肢位の判別も記録した。フィジカルチェック後3か月間の外傷発生調査を週2回の頻度で実施した。そして、足関節の内反捻挫、外反捻挫、底屈捻挫を受傷した者(A群)としなかった者(B群)とに分類し、フィジカルチェック時のデータを比較分析した。統計学的分析には、JMP ver 6.0を用い、マンホイットニーU検定、分散分析、カイ二乗検定を行った。有意水準は危険率5%未満として判定した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、ヘルシンキ宣言に基づき、本研究の実施に際して、甲南女子大学研究倫理委員会の審査ならびに承認を得た後、対象者およびサッカー部所属の監督とコーチには、事前にフィジカルチェックの目的と内容、実施計画を文書及び口頭により説明し、同意を得た。【結果】 足関節の捻挫を受傷したA群は14名で、内反捻挫7名、外反捻挫4名、底屈捻挫3名、B群は57名であった。A群においてフィジカルチェック時の測定項目を受傷下肢と非受傷下肢との間で比較すると、股関節外旋可動域は受傷下肢の方が有意に小さく(A群40度:B群45度、p<0.046)、股関節内旋可動域は受傷下肢の方が有意に大きかった(A群40度:B群36度、p<0.038)。また、股関節内旋と外旋の可動域の差をみると、非受傷下肢よりも受傷下肢の方が負の値を示して有意に小さく(A群-1度:B群9度、p<0.016)、内旋可動性優位であった。さらに、股関節外旋可動域の左右差についてA群とB群を比較すると、A群のうち利き足を受傷した者は、股関節外旋可動域の左右差がB群に比べて有意に大きかった(A群14度:B群0度、p<0.0345)。つまり、受傷下肢が利き足の場合は外旋可動域が相対的に小さかった。【考察】 過去の我々の調査では、サッカーによる足関節の捻挫は、走行時の方向転換、ジャンプの着地、スライディング、相手とのボールの同時キック時などでよく発生していた。足関節の捻挫は、足部が地面に接地する時の身体重心による外力や相手から受ける外部外力が距骨下関節軸より離れているほど発生しやすい。つまり、股関節にかかる荷重ベクトルが距骨下関節軸から遠いか近いかによって発生率が左右されると考えられる。本研究では、股関節内旋可動性優位になりやすい者ほど足関節の捻挫を生じやすいことが明らかとなった。これは、股関節内旋位になった場合には身体重心が距骨下関節軸より外側偏倚傾向を示すことから内反捻挫を誘発しやすくなることが推測される。また、外旋可動域が相対的に狭いことから下腿外旋で代償し外反捻挫を受傷することが推測される。したがって、股関節の内外旋方向の可動性の左右差が大きすぎたり、股関節の内外旋差の絶対値が大きいと足関節の捻挫が生じやすくなると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 足関節捻挫の発生要因は様々であるが、足関節だけでなく股関節にも発生要因が存在することが明らかとなった。股関節の内外旋可動域の左右差と股関節内外旋差を少なくするようにコンディショニングをし、動作練習をすることにより運動時にかかる足関節への偏った負荷が軽減でき、足関節捻挫発症の予防につながると考えられる。そして、スポーツによる足関節捻挫の発生予防プログラムの効果検証にも役立てることができる。
著者
坪井 祥一 淺川 義堂 田中 利典 森 憲司 岩砂 三平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Bb1420, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 大脳基底核は脳出血の好発部位でもありながら,大脳皮質や脳幹と強い機能的連結を持ち運動プログラムの生成や随意運動の実行,姿勢制御プログラムおよび自動歩行運動の制御を担う(高草木2009,花川2009)など,理学療法において最も重要な脳器官の一つであると考えられる.大脳基底核は直接路や間接路,ハイパー直接路からなる回路構造を持ちその内部で大脳皮質および脳幹から得た情報を元に,抑制増強と脱抑制を相互に用いながら(南部2009),運動の開始・切り替え・終了といった随意制御を担っているとされている.また,特に補足運動野との機能的連結によって記憶誘導性運動を,一方で同じ高次運動野でも運動前野は視覚誘導性運動を担っている(乾2001)とされている.この双方の比較的相反する機能を応用し,パラレルニューラルネットワーク(彦坂2003)が運動学習理論として提唱されている.今回左被殻出血を呈した患者様に対して上記メカニズムを応用した理学療法を実施し,得られた結果,その一考察を報告する.【方法】 症例は60歳代女性,右利き,病前ADLは自立,特筆すべき既往歴はなし.MRI所見として,主に左被殻後部・放線冠を中心とした損傷と内包後脚方向への血腫による圧迫を認めた.尾状核,被殻前部の直接的損傷は免れていた.当院入院当初(第37病日後)重度右片麻痺SIAS-motor0-0-2-1-0,表在・深部感覚重度鈍麻,筋緊張は弛緩性であった.神経心理学的所見としては伝導失語,軽度の失行,軽度の注意障害を認めた.機能的制限として,座位保持は自立であるが,起立・移乗は軽介助,立位保持は後方へ倒れやすく中等度介助,歩行は右下肢の振り出しが自己にてわずかにできる程度,右膝関節の膝折れ著名であり中等度介助を要した.本症例に対し,大脳基底核を中心としたメカニズムを応用し理学療法を実施した.視覚情報を用い随意運動を制御するため,姿勢矯正鏡の前で1日40分程度の動的立位,バランスex.(起立動作,スクワット,左右への重心移動,踵上げ,ステップ動作,リーチ動作を各20回程度),および20分程度の歩行,階段昇降ex.等を実施した.その際,本症例の能動的視覚性注意が保たれ,十分な視覚情報が随意運動・姿勢制御に寄与するよう,指差し指示やセラピストの視線等を有効に用い,姿勢矯正鏡に写る症例自身の身体関節運動を注視させ,視覚的注意対象を限定させた.また必ずジェスチャーにてセラピストがやって見せ,動作理解が行えた事を確認しながら行なった.その後,課題動作が概ね監視あるいは自己にて可能なレベルまで改善されたことを確認し,同様の動作を閉眼位にて行なった.【倫理的配慮、説明と同意】 本症例に対し,研究に関する趣旨を説明し,同意を得た.【結果】 第78病日後,SIAS-motor1-0-3-2-1,表在・深部感覚重度鈍麻,筋緊張は弛緩性であった.神経心理学所見として特筆すべき変化は認めなかった.動作能力としては起立動作,立位保持は自立,歩行はT字杖および短下肢装具着用下において二動作前型歩行を獲得し,病棟歩行が自立となった.【考察】 今回,左被殻出血を呈した重症片麻痺症例に対し,大脳基底核を中心とする脳機能メカニズムを応用した理学療法を試みた.今回損傷された被殻を中心とする大脳基底核は,補足運動野との機能的連結により,運動の開始・切り替え・終了を随意的に制御し,内発的かつ記憶誘導性の運動制御を担っていると考えられる.一方で同じ高次運動野でも運動前野は頭頂連合野,小脳との機能的連結により,外部情報を起因とする視覚誘導性運動を担っているとされている.またパラレルニューラルネットワークの概念図より,新しい運動を学習する運動学習初期段階では,後方線条体を中心とした体性感覚情報と比較し,より前方線条体を中心とした視覚情報を元に運動学習が行なわれるとしている.これらのことから被殻後部を損傷した本症例に対し,体性感覚情報を用いた随意運動制御と比較して,視覚矯正鏡等を用いた視覚情報による随意運動制御を行なった方が,小脳-頭頂連合野-運動前野系経路による視覚誘導性運動をより賦活することになったと考えられ,理学療法介入初期において,より運動学習が行なわれやすかった可能性が示唆された.また本症例にとって,視覚情報による運動制御がある程度成立した後に,閉眼位課題を導入することで,視覚情報と体性感覚情報の異種感覚統合がより行なわれやすくなり,更なる運動学習が進んだ可能性があることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本症例において大脳基底核を中心とした脳機能メカニズムの理学療法応用は有用である可能性が示唆された.
著者
森田 とわ 山口 智史 小宅 一彰 井上 靖悟 菅澤 昌史 藤本 修平 飯倉 大貴 田辺 茂雄 横山 明正 近藤 国嗣 大高 洋平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea0348, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 膝蓋骨骨折や膝蓋腱断裂,大腿四頭筋断裂などでは,膝伸展筋の機能不全によって歩行時に膝折れを呈し,膝伸展位保持が困難になる.この膝折れを防止するために,膝伸展位保持装具(以下,膝装具)が使用されることがある.支持性の良い膝装具は膝伸展筋力を代償するだけでなく,他の関節周囲筋の筋活動を変化させる可能性がある.しかしながら,膝装具使用時の歩行時筋活動量について言及された報告はない.本研究では,膝装具が歩行時の下肢筋活動量へ及ぼす影響を検討した.【方法】 対象は健常成人9名(年齢:24.4±2.8歳,身長:1.73±0.04m,体重61.2±6.3kg)とした.課題は20m/minに設定したトレッドミル上での膝装具装着および非装着の2条件の歩行とした。膝装具は,両側支柱付きのニーブレース(アルケア株式会社)を使用し,十分な練習後に装着非装着での歩行,装具装着での歩行の順番で課題を行った. 表面筋電図の測定には,筋電図記録用システム(Delsys社)を使用した.記録筋は,両側下肢の大殿筋(GM),内側ハムストリングス(MH),大腿直筋(RF),ヒラメ筋(SOL),前脛骨筋(TA)とした.電極は,筋腹上に能動筋電を貼付し,サンプリング周波数は1kHzで記録した.また,両側の母趾球部と踵部にフットスイッチを貼付し,歩行周期の特定および時間距離因子(重複歩幅,歩行率,立脚期割合)の算出をした.得られた筋電図波形は、全波整流後30歩行周期分を加算平均して平滑化した後,フットスイッチの情報から,立脚相と遊脚相に分け,それぞれの積分値(μVs)を算出した.また歩行時の重心動揺を計測するため,小型加速度計(ワイヤレステクノロジー社)を使用した.加速度計は,第三腰椎棘突起部に伸縮ベルトで固定し,サンプリング周波数60Hzで記録した.加速度データは,10歩行周期分のデータを加算平均し平滑化した後,時間で2回積分し変位を算出した.その変位から1歩行周期における左右移動幅を算出した.統計解析は,装具の有無による各筋活動量と時間距離因子,重心動揺の違いを検討するため,対応のあるt検定を用いた.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 所属機関の倫理審査会により認可され,事前に全ての対象者に研究内容を説明し,同意を得た.【結果】 装具着用により,装着下肢の立脚相においてGM,MH,RF,TAの筋活動量が有意に減少した.装具着用側の立脚相における各筋の平均積分値は(装具あり条件、装具なし条件)で,GM(6.33μVs,7.98μVs),MH(4.22μVs,5.39μVs),RF(1.43μVs,1.80μVs),TA(2.71μVs,3.53μVs)であった.一方,SOLについては,装具あり条件7.79μVs,装具なし条件7.88μVsで統計的有意な差を認めなかった(p=0.783).遊脚相においては,いずれの筋でも筋活動量に有意な差を認めなかった.また,装具非装着側の立脚相および遊脚相においては,いずれの筋でも装具着用の有無による有意な筋活動量の差を認めなかった.時間距離因子については,装具着用の有無による有意な差を認めなかった.重心の左右移動幅は,裸足歩行17.7cm,装具歩行23.8cmで装具装着により有意に増加した.【考察】 膝装具は,膝伸展筋以外の筋活動量も減少させることが示された.GM,MH,RFの筋活動量の減少は,膝装具によって体重支持に必要な筋活動が代償されたためだと考えられる.重心の左右移動幅が増大したが,これは膝関節を伸展位に保持したことにより,下肢を振り出すために生じた体幹側屈や分回し歩行などの代償動作が影響していると推察される.分回し歩行では,初期接地において通常より底屈位での接地になり,このことが,荷重応答期におけるTAの筋活動量が減少につながった可能性がある.また,立脚相のSOLにおいては,有意な変化を認めなかったことから,SOLの役割である下腿が前方へ倒れていく速度の制御に必要な筋活動は,膝装具によって影響をうけないと考えられた.しかしながら,本研究においては各関節の関節運動に言及することはできないため,今後,三次元動作解析装置などを用い検討する必要があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 膝装具を使用することにより,膝関節周囲筋だけでなく股関節や足関節の筋活動量も減少することが示唆された.膝装具を適用する際には,他の下肢筋の負荷をも軽減できる一方で,筋力低下の誘引にもなると考えられ,十分な配慮が必要である.
著者
吉村 和也 山田 実 永井 宏達 森 周平 梶原 由布 薗田 拓也 西口 周 青山 朋樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea1009, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 高齢者の転倒は要介護に至る主たる要因の一つに挙げられており、本邦において大きな社会問題になっている。各自治体では、転倒予防を含め積極的な介護予防事業が展開されているが、その事業の転倒予防効果については十分な検証がなされていない。我々は、これらの事業を積極的に開催している地域では、事業参加者だけでなく、波及効果によって参加していない高齢者も含めて健康意識が高まり、その結果転倒発生率が抑制されるという仮説を立てた。そこで本研究では、各自治体が地域で実施している様々な介護予防事業(ここでは運動機能向上教室や転倒予防のための啓発活動のこと)への参加者数とその地域の転倒発生率との関連を明らかにし、その効果を検討することを目的とする。【方法】 本研究では京都市左京区在住の要支援・要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者24,964名を対象に、平成23年4月から8月までに回収した「基本チェックリスト」を分析対象とした。回収された6,970名(返送率27.9%)のうち、検討項目に関する欠落データを含まない6,399名を解析した。左京区を小学校区ごとにAからTの20の地域に区分し、転倒発生率を順位別した。従属変数に過去一年間での転倒の有無を、調整変数として年齢、性別、BMIを、そして独立変数にAからTの20の各地域をダミー変数化して投入した多重ロジスティック回帰分析を行い、転倒発生率が高い地域を「high risk地区」、その他の地域を「moderate地区」とした。次に、区内で実施された転倒予防に関わる事業の状況を調査するために、区内で介護予防事業を実施している9つの行政委託機関(左京区社会福祉協議会、京都市左京区地域介護予防推進センター、区内7つの地域包括支援センター)を対象に平成22年度に実施した転倒予防に関わる事業についてのアンケートを配布し、そのうち回答が得られた7機関の事業を分析対象とした。それぞれの事業を「運動教室」「啓発活動」「運動+知識教示教室」の3つの形態に分類し、地域ごとに各形態の参加者数を算出した。なお解析には、参加者数を各地域の面積で補正した値を用いた。統計解析はhigh risk地区とmoderate地区の両区間においてMann-WhitneyのU検定を用いて比較検討を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は京都大学医の倫理委員会の承認を受けて実施した。【結果】 全地域における転倒発生率は22.5%(最低:D地域18.7%、最高:B地域39.0%)であった。ロジスティック回帰分析によって、転倒発生率の最も低いD地域に対して有意に転倒発生率が高かった、B(転倒発生率39.0%、オッズ比2.78)、R(31.3%、2.05)、S(31.4%、1.79)、T(27.5%、1.64)の4地域をhigh risk地区とし、high risk地区以外の16地域をmoderate地区とした。high risk地区で開催された事業の参加者数の中央値は、運動教室で0.59人/km2、啓発活動で6.01人/km2、運動+知識教示教室で14.02人/km2であった。moderate地区では、運動教室で5.54人/km2、啓発活動で72.79人/km2、運動+知識教示教室で203.75人/km2であった。high risk地区とmoderate地区で比較したところ、moderate地区において介護予防に関わる事業への参加者数は多く、特に運動+知識教示教室では有意に参加者数が多かった(p=0.021)。【考察】 これまでにも転倒予防事業については運動教室や啓発などの有効性を示したものが報告されている。今回の研究の結果では転倒発生率はこれらの事業への参加者数が多いほど低下する傾向がみられた。さらに今回はその両者を含有した運動+知識教示教室が有効な結果を得ている事が明らかになった。これらは想定された結果ではあるが、運動、啓発単独でもそれなりの効果を得られることが示唆され、今後は費用対効果などの見地からも転倒予防事業を検証する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 近年、理学療法士の介護予防や行政の分野での活躍を目にする機会が増えてきており、今後さらに期待される分野でもある。全国の高齢者のうちおよそ7割以上が一次予防の対象となる高齢者であり、彼らに対する介護予防施策は重要なテーマの一つである。本研究は横断研究のため、これらの取り組みによる介入効果まで示すことはできない。しかし、転倒予防において、ポピュレーションアプローチの有用性や運動と知識教示の組み合わせが有効であることが示唆されたことは、理学療法士が地域に介入していくうえで重要な知見であるといえる。
著者
岩城 大介 出家 正隆 折田 直哉 島田 昇 細 貴幸
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1083, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 一般に若い女性は,ファッション性のためハイヒールを履くことが多い.しかし,ハイヒール歩行は荷重中心軌跡の内側偏位,立脚中期での接触面積の減少などの影響があるとされ,このことからハイヒール歩行は非常に不安定であると考えられる.また,近年運動連鎖の観点から一関節の変化による他関節への影響が重要視されている.ハイヒール歩行は足関節の底屈強制により歩行周期を通して底屈位となるため,足関節の剛性が低下した不安定な状態で初期接地を行わなければならない.運動連鎖から考えてこの足関節での変化は,膝関節,股関節の運動へ影響していると考えられる.そのため本研究では,これらのハイヒール着用による足関節の変化が膝関節・股関節に及ぼす影響について検討した.【方法】 対象は健常若年女性8名(年齢22±0.63歳,身長161.1±3.8cm,体重50.3±3.9kg,)の左下肢4肢,右下肢4肢とした.測定には三次元動作解析装置(赤外線カメラ7台,VICON612:Vicon Motion System社,USA)と床反力計4枚(AMTI社,USA)を使用し赤外線カメラはサンプリング周波数120Hzにて,床反力計はサンプリング周波数500Hzにて赤外線カメラと床反力計を同期し,赤外線反射マーカーの動きと床反力を記録した. マーカー貼付位置はPoint Cluster法を参考に,直径14mmの赤外線反射マーカーを骨盤に6 個・下肢に23個,計29個のマーカーを貼付した.測定条件は10mの直線歩行を至適速度で行い,運動靴着用時とハイヒール着用時で5試行ずつ行った.なお,測定順序はランダムとした.また,ハイヒールは5cm高のものを使用した. 得られたデータはVicon Workstation(Vicon Mortion System社,USA),Vicon Bodybuilder(Vicon Mortion Systems 社,USA)を用いて処理した.Point Cluster法を用いて膝関節屈曲角度,内反角度,脛骨回旋角度,脛骨前方移動量を出力し,その後体節基準点の位置座標を用いて,股・足関節中心を算出し股関節角度,足関節角度を算出した.またPoint Cluster法によるデータは,すべて大腿骨に対する脛骨の相対運動として示した. 有意差検定は対応のあるt検定を用い,有意水準5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 実験に先立ち対象に本研究の目的と主旨を十分説明し,文章および口頭による同意を得た.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 運動靴歩行と比較してハイヒール歩行では,歩行周期を通して足関節底屈角度の増加,立脚終期・遊脚初期~中期での膝関節屈曲角度の減少,立脚初期・中期・遊脚終期での膝関節内反角度の増加がみられた.脛骨回旋角度,脛骨前方移動量,股関節屈曲角度で有意差はみられなかった.【考察】 まず,歩行周期全体を通して足関節底屈角度の増加がみられたことは,ハイヒールによる底屈強制が働いていることを証明している.また,立脚期の終わりから遊脚中期にかけて膝関節屈曲角度が減少したのは,ハイヒール歩行では足関節底屈強制のため立脚後期で前上方への十分な推進力が得られず,足部が床面の近くを通ることで膝関節屈曲角度が減少したのではないかと考えられる.立脚初期・中期・遊脚終期での内反角度の増加に関しては,ハイヒール歩行では踵接地から前足底接地にかけて,足関節内反から外反へ向かう運動を行う時間を稼ぐことができず,脛骨を直立化させる運動連鎖を起こすことができないため,内反角度が増加したのではないかと考えられる.この立脚期における内反角度の増加は膝関節内側のストレスを上昇させ変形性膝関節症のリスクとなるかもしれない. 今回股関節ではハイヒール着用による影響はみられなかった.これは,股関節が膝関節に比べてより体幹近位にあるため,足関節の変化による影響は膝関節で代償したためと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 近年,女性の社会進出に伴いハイヒール着用の機会は増えてきている.ハイヒール歩行による運動学的変化は日常習慣性,反復性に軽微なストレスを蓄積し膝やその他の関節に筋骨格系の障害を及ぼすかもしれない.ハイヒール歩行の運動学的変化を知ることは生活指導や運動連鎖の観点からも重要であると考えられる.
著者
竹井 和人 甲斐 義浩 政所 和也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1080, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 上肢挙上運動時の上腕骨と肩甲骨の規則的な運動は,腱板を代表とする肩関節周囲筋の協調的な活動によって成り立っている。従来の報告では,上肢挙上運動に外部負荷を加えることで,肩関節周囲筋の筋活動性を変化させても肩甲上腕関節や肩甲胸郭関節の運動は変化しないことが示されている。すなわち,正常な関節運動は筋活動性の増減に依存せず,筋活動の至適調節によって再現される可能性がある。しかしながら,筋活動の至適調節能の破綻によって肩関節運動が変化するか否かは不明である。そこで本研究では,上肢挙上運動への関与がすでに確認されている肩外旋筋に焦点をあて,肩外旋筋疲労による活動調節能の破綻が肩甲上腕関節および肩甲胸郭関節の運動におよぼす影響について検討した。【対象と方法】 対象は,健常成人男性18名の利き手側18肩(平均年齢20.4±1.9歳)とした。被験者は,体重の約5%に相当するダンベルを用いて,側臥位にて反復外旋運動を可能なかぎり行った。外旋運動後,筋力測定(ハンドヘルドダイナモメーター)によって外旋運動前より70%以上の筋出力低下(筋疲労)を確認したのち,ただちに上肢挙上運動時(肩甲骨面挙上)の肩甲上腕関節および肩甲胸郭関節の運動学的データを計測した。測定には,磁気センサー式3次元空間計測装置(3SPACE-LIBERTY,Polhemus社製)および解析ソフトMotion Monitor(Innovative Sports Training社製)を用い,上肢挙上運動5°ごとの肩甲上腕関節挙上角(GHE),肩甲骨上方回旋角(SUR),肩甲骨後方傾斜角(SPT)を求めた。磁気センサーは,胸骨柄,肩峰,上腕骨三角筋粗面にそれぞれ工業用両面テープを用いて強固に貼付した。センサー貼付後,上腕骨,肩甲骨および胸郭における骨格ランドマークのデジタライズ処理によって,解剖学的な座標系を求めた。運動軸は,International Society Biomechanics推奨のISB Shoulder recommendationに従い定義し,上肢挙上角(胸郭と上腕骨のなす角)5°ごとのGHE,SUR,SPTを算出した。なお,測定は反復外旋運動前後にそれぞれ2回計測し,平均値を代表値として採用した。統計処理は,各測定値の再現性について,2回の測定値から級内相関係数(ICC)を求めた。また,各測定値(GHE,SUR,SPT)の外旋筋群疲労前後の比較には,二元配置分散分析およびBonferroniの多重比較検定を採用し,危険率5%未満を有意差ありと判断した。【説明と同意】 対象者には研究の趣旨と内容,得られたデータは研究の目的以外には使用しないこと,および個人情報の漏洩に注意することについて説明し,同意を得た上で研究を開始した。【結果】 各測定値のICCは0.99(95%CI:0.96-0.99)で,極めて高い再現性が確認された。上肢最大挙上時の各測定値の平均は,GHEが疲労前84.5±8.2°,疲労後82.1±9.8°,SURが疲労前39.8±5.4°,疲労後39.9±5.4°,SPTが疲労前26.2±7.5°,疲労後24.4±6.3°であり,筋疲労前後での有意な差は認められなかった。上肢挙上角5°ごとのGHE,SUR,SPTを外旋筋群疲労前後で比較した結果,SURは挙上10°から60°の間で,疲労前と比べ疲労後で有意に高値を示した(p<0.01)。一方,GHEおよびSPTでは疲労前後で有意な差は認められなかった。【考察】 本研究の結果より,外旋筋疲労によって上肢挙上60°までの肩甲骨上方回旋角が有意に高値を示した。肩関節外旋筋の1つである棘下筋は,肩甲上腕関節の動的安定化に貢献する重要な筋である。また棘下筋の役割は,肩外旋運動や安定化作用のみならず,上肢挙上運動時の動作筋としての作用を合わせもつことが報告されている。さらに,上肢挙上運動における棘下筋の筋活動性を分析した先行研究では,挙上60°から90°の間でピークに達することを述べている。すなわち,肩甲上腕関節に作用する棘下筋の活動調節能の破綻は,上肢挙上運動に伴う肩甲骨運動の変化をまねくこと,また棘下筋が活動性を高める上肢挙上60°まで肩甲骨上方回旋を増加させることが示された。【理学療法学研究としての意義】 肩甲上腕関節に直接作用する外旋筋の筋疲労は,肩甲骨運動の変化を招くことに留意する必要がある。
著者
高柳 清美 金村 尚彦 国分 貴徳 西川 裕一 井原 秀俊
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0252, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 ヒトを対象とした臨床研究および動物実験の結果より,膝前十字靭帯(以下ACL)は自己治癒能が低いとされてきた.ACLの治癒能力が低い根拠として,炎症細胞とその関連物質量(Akesonら1990),血行(Brayら19901991),一酸化窒素量(Caoら2000),コラーゲン線維の含有率(Amielら1990Brayら1991),αプロコラーゲンのRNA量(Wiigら1991),生体力学的負荷の相違(Viidikら1990Wooら1990),治療過程でのファイブロネクチン量(Almarzaら2006),マトリクスプロテアーゼの発現量(Zhangら2010),α平滑筋アクチン・トランスフォーミング成長因子の発現量(Menetreyら2010),幹細胞の治癒能力(Zhangら2011)などの報告がある.ラット,ウサギ,イヌのACLを切断し自由飼育すると,ACLの自然治癒は起こらず,切断後数日(5~7日)で靭帯の退縮と変形性膝関節症が発生する. しかし,完全断裂であっても関節運動を制動する特殊装具と早期からの運動療法によって,破断したACLは治癒する(井原ら1991,2006).我々はこれまでに,ACL損傷後に生じる膝関節の異常運動を制動する動物モデルを作製し,関節の制動と自然飼育により,完全切断したACLが自然治癒することを明らかにした. 本研究の目的は関節包外関節制動モデルを用いて,治癒したACLを組織学的に観察し,経時的に治癒靱帯の強度を検討することである.【方法】 Wistar系雄性ラット24匹の両後肢の膝関節を使用した.ラットの右膝関節に対してACL切断術を行い,8週間飼育後に12匹(8週群),40週間飼育後に12匹(40週群)屠殺した.手術側(右膝関節)を実験肢とし,非手術側(左膝関節)を対照肢とした.外科的手順は,ACLを切断後,人工靱帯を膝関節外側より大腿骨遠位部後方の,大腿骨頚部後面の弯曲に沿った中枢側の軟部組織に貫通させ,脛骨近位前方に作製した骨トンネルに通し,大腿骨遠位部後方に通して結んで固定した. ACL切断8週,40週経過後のラット3匹ずつを検体に供し,組織標本を作成し,HE染色で染色して組織学的観察を行った.力学的強度はラット9匹ずつの両下肢を採取,ACL以外の筋軟部組織を切除し,INSTRON社製の材料試験システム5567A型(ツインコラム卓上モデル)で,試験速度5mm/min,試験機容量100N,初期張力1.5Nで計測した.力学強度の統計処理には繰り返しのある二元配置分散分析,多重比較としてScheffe法を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は埼玉県立大学動物実験委員会の承認に基づいて行った.【結果】 (1) 肉眼的観察 力学的評価を行った8週群,40週群全例でACLの連続性を確認した.治癒靱帯の走行は正常に近似していたが,付着部にバラツキがあり,正常のACLに比べ太い線維束であった.関節表面の観察では軟骨面の粗雑化や嚢胞瘢痕組織骨棘などの膝OA的所見は確認されなかった.(2) 組織学的観察 8週群,40週群ともにコラーゲンによる連続性が認められた.治癒ACLは正常ACLに比べ,靱帯が太く関節顆間窩に瘢痕組織が増殖していた.(3) 治癒靱帯の強度 8週群と40週群の治癒した靱帯の強度はそれぞれ,10.2±4.2N,11.2±4.2N(平均±標準偏差)で,対照肢はそれぞれ,22.8±2.9N,24.2±4.0Nであった.切断肢と対照肢間に靱帯強度の差異が認められ(p<0.01),切断肢は対照肢に比べ,約40%から50%の強度で治癒していた.8週群と40週群の治癒靱帯強度に違いは認められなかった.【考察】 実験肢において全例にACLの連続性が認められ,正常靱帯と同等かより太い靱帯を認めた.関節の制動と運動を行わせる動物実験モデルによって,明らかに靱帯治癒が促進されることが証明された. 術後8週および40週後に膝OAの所見が確認されなかったことは,断裂後の継続した異常運動(過度なストレス)に対する関節制動がなされ,正常に近似した運動が維持された結果と考えられる. 8週後と40週後の治癒靱帯の強度に差異が認められなかったことより,靱帯強度に関わる修復は8週前後にほぼ終了していることが示唆された.靱帯強度が半減した要因を解明するには,(1)早期の靱帯治癒過程(炎症期増殖期,リモデリング期)における運動制限と積極的運動の力学的影響と,(2)炎症細胞,幹細胞,線維芽細胞などの靱帯修復に関わる細胞および炎症因子,増殖因子などのサイトカインや細胞外マトリクス,コラーゲンなどのタンパク質を分解する酵素の発現の生化学的解明,が今後の課題となった.【理学療法学研究としての意義】 関節制動と運動療法により,損傷ACLが充分な力学的強度と粘弾性を有するまで治癒すると,レクレーションレベルのスポーツ愛好家,骨成長が認められる青少年,高齢者あるいは外科的治療を望まないスポーツ選手に対する主たる治療法となることが期待でき,社会的・経済的・身体保護的に多大に益すると考えられる.
著者
増山 慎二 北野 晃祐 野下 純世 小野 順子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Db0574, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 糖尿病網膜症(以下,DR)の発症予防,進展抑制には長期間にわたる厳格な血糖コントロールが有効であり,運動療法が治療上きわめて重要な位置を占めている.しかし,DR患者は運動療法によって眼底出血が起こるリスクを有するため,現状として運動療法の処方に消極的な場合が多い.当院は,糖尿病チームに眼科医が在籍している.当院の理学療法士は,眼科医と連携し,糖尿病教育入院中のDR患者に運動療法を実施している.本研究の目的は,DR患者であっても眼科医と連携しリスク管理を十分に行うことで,眼底出血なく運動療法を実施できることを後方視的調査により明らかにことである.【方法】 対象は2009年1月から2011年9月の間に,医師より運動処方された糖尿病教育入院患者159名中,2型糖尿病でDRの診断を受けた患者44名(64.2±8.4歳)とした.なお,眼底出血以外で視力低下した3名(白内障術後,視神経炎,黄斑浮腫),教育入院終了後の経過が追えなかった5名を除外した.対象のDR病期は福田分類を用いて,単純型15名,増殖停止型17名,増殖前型7名,増殖型5名に分類した.視力と眼底所見,HbA1cは入院時と退院後初回の検査結果をカルテより抽出し比較した.統計学的分析は統計ソフトDr.SPSS II for Windowsにてwilcoxonの符号付き順位検定を用い,いずれも有意水準は5%未満とした.運動項目はカルテに記載された運動療法内容から,有酸素運動,筋力トレーニング,ストレッチのいずれかに分類し,DR病期別に実施した割合を算出した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,後方視的な調査である.調査時に継続して当院を受診している対象者に対しては口頭で研究概要を説明し同意を得た.調査は当院倫理委員会の承認を受けて実施した.ヘルシンキ宣言を遵守し,個人が特定されることがないよう注意した.また,研究への同意を撤回する権利を有することを説明した.【結果】 眼底所見が増悪したDR患者はいなかった.視力とHbA1cは入院時に比べ,退院後初回に有意な改善がみられた(p<0.001).運動療法は,ウォーキング,エルゴメーター,トレッドミルを有酸素運動に,レジスタンストレーニング,自重トレーニングを筋力トレーニングに振り分けた.運動を実施した割合は有酸素運動,筋力トレーニング,ストレッチの順に,単純型で75%,75%,100%,増殖停止型で88.2%,52.9%,100%,増殖前型で100%,28.5%,100%,増殖型では100%,0%,100%実施されていた.いずれの病期においてもバルサルバ型運動は行っていなかった.【考察】 当院で眼科医と連携し実施した運動療法は,退院後初回に視力低下および眼底所見の増悪が確認されず,DRを進展させることなく実施できたと考えられる.視力に改善がみられたのは,眼科治療をしていたためであり,運動療法実施が眼科治療の阻害になっていないと推測される.HbA1cの改善は,運動療法単独の効果ではなく,教育入院による包括的な治療によるものと考えた.運動項目は全病期に亘り,有酸素運動とストレッチがほぼ全患者に実施されていた.増殖前型と増殖型において筋力トレーニングの実施割合が低い.この時期は,血圧上昇により眼底出血する可能性があるため,筋力トレーニングの実施割合が低かったことが視力低下を起こさなかった要因と考える.単純型や増殖停止型においても,筋力トレーニングはバルサルバ型運動で行っておらず,低~中等度の持続運動を実施していた.DR患者に対する運動療法は,眼科医と連携しDR病期を把握することで筋力トレー二ングの手段を設定することがリスク管理に重要と考える.【理学療法学研究としての意義】 DR患者に対する運動療法は,眼科医と連携し,病期に応じた適切なプログラムを実施することで,視力低下や眼底所見の増悪なく実施できることが示唆された.
著者
永田 一範 藤庭 由香里 森藤 武
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1342, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 骨格筋を構成する筋線維は遅筋線維と速筋線維に大別される。多くのヒトにおける研究では、骨格筋に対するスタティックストレッチングは、Ib抑制により伸張反射を抑制させ、最大筋力を低下させるといわれており、スポーツ競技のパフォーマンス直前には推奨されていない。しかし、動物モデルにおいて、遅筋線維では速筋線維と比較して、骨格筋の持続伸張によりCaイオン濃度が上昇し、筋張力は増大すると報告されており、筋線維タイプの違いによりストレッチング後の筋張力発揮に違いがあることが示唆されている。スタティックストレッチングは臨床場面、及びスポーツ現場で頻繁に使用される手技であり、遅筋線維と速筋線維に分けて、その影響を検証することは重要である。そこで、我々は、ヒトにおいて、遅筋線維優位のヒラメ筋と速筋線維優位の前脛骨筋に対してスタティックストレッチングを実施し、それぞれのストレッチング前後におけるピークトルクを体重で除したピークトルク値(%BW)とピークトルク値が検出されるまでのピーク時間(sec)の変化を検証した。【方法】 対象は、健常男性31名(年齢25.6±3.5歳)とし、除外基準は、下肢に整形外科疾患を有する者や腰部・下肢に痛みのある者とした。測定には、CYBEX NORM(Computer Sport Medicine社製)を使用した。測定肢位は背臥位とし、ヒラメ筋と前脛骨筋が主動作筋として関与する膝関節屈曲位での足関節底屈と背屈運動を、最大筋力にて3回反復させた。角速度は毎秒15°に設定し、ピークトルク値とピーク時間を測定し、3回中の最大値を採用した。そして、10分間の安静をとらした後、スタティックストレッチングを30秒行い、その直後に再び足関節底屈と背屈のピークトルク値とピーク時間を測定した。統計処理にはt検定を使用した。(p<0.05)【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の主旨および手順を説明し、参加の同意を得て実施した。【結果】 ストレッチング後の足関節底屈のピークトルク値は、ストレッチング前と比較して7%増大し有意に高い値を示した(p>0.05)。一方、足関節背屈のピークトルク値は、ストレッチ前後において有意差を示さなかった。また、足関節底屈と背屈のピーク時間においては、ストレッチング前と後の値では有意差を認めなかった。【考察】 本研究において、スタティックストレッチングは、ストレッチング前と比較して、足関節底屈のピークトルクを有意に増加させ、ヒラメ筋の様な遅筋線維の割合が多い骨格筋では、スタティックストレッチングは筋出力を増加させる可能性が示唆された。これは、ストレッチングにより遅筋線維の筋張力が増大したことによるものと考える。筋収縮は、筋小胞体から放出されたCaイオンが、トロポニンと結合するとアクチンフィラメントが活性化され、ミオシンフィラメント頭部と連結橋を形成し、筋張力の大きさは活動する連結橋の数に比例すると報告されている。また、遅筋線維は速筋線維に比べてCaイオンに対する感受性が高いと言われている。これらのことから、遅筋線維では、速筋線維と比べ、持続的筋伸張によりCaイオン濃度が上昇し、アクチンとミオシンの連結橋が増加した結果、筋張力が有意に増大したと予測される。本研究では、ストレッチングにおける効果をピークトルクにて評価したが、そのメカニズムを明らかにするため筋張力などの更なる検証が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 ヒトにおいても、ヒラメ筋の様な遅筋線維優位である骨格筋に対するスタティックストレッチングでは筋張力を増大させる可能性があると示唆された。このことはストレッチングを治療手技として用いる理学療法士にとって意義のあるもとと考える。
著者
平田 和彦 伊藤 義広 安達 伸生 木村 浩彰 越智 光夫
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0233, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 膝関節軟骨損傷は,しばしばスポーツによって発生し,膝関節の疼痛や機能障害を引き起こす.関節軟骨は自己修復能力が低く,関節軟骨損傷は保存的治療のみでは修復困難であり,徐々に増悪し,変形性膝関節症に移行する.そのため近年,軟骨損傷に対し,外科的治療法が選択されている.軟骨損傷に対する外科的治療として,マイクロフラクチャー(MF)や骨軟骨柱移植(OAT),自家培養軟骨移植(ACI)などが選択され,術後の膝関節機能について多くの報告がある.しかし,患者にとって最も重要と思われる術後のスポーツ復帰状況に焦点を当てた報告は少ない.今回,当院で軟骨修復術を受けた患者のスポーツ復帰状況を調査したので報告する.【方法】 2004年8月から2008年9月までに膝関節軟骨損傷と診断され,当院で外科的手術をうけた患者を対象とした.術前・術後2年でフォロー可能であった33患者のデータを収集した.患者の内訳はMF11名(男性9名,女性2名,平均年齢31.4±16.9歳),OAT9名(男性7名,女性2名,平均年齢33±18.1歳),ACI13名(男性8名,女性5名,平均年齢30.0±9.6歳)だった. 臨床データは,膝機能評価として術前と術後2年のLysholm socreを測定した.活動レベルの評価は,Tegner activity scoreを使用し,受傷前と術前,術後2年で評価した.また,術式毎のスポーツ復帰率とスポーツ復帰までの期間を評価した.統計学的解析として, Lysholm scoreの経時的変化の比較には対応のあるt検定を用いた(P<0.05を有意).Tegner activity scoreの経時的変化の比較には,Bonferroni補正法によるt検定を用い,P<0.017=0.05/3を有意とした.統計解析にはPASW statistics ver.18(SPSS Japan,日本)を使用した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究では,世界医師会による「ヘルシンキ宣言」及び厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」を遵守し行った.また,本研究に参加するにあたり研究の趣旨について十分な説明を行い,同意が得られた症例を対象とした.【結果】 Lyholm Scoreは,MF(術前76.4±18.5点,術後2年97.2±4.1点),OAT(術前56.1±18.5点,術後2年94.7±10.7点),ACI(術前61.3±20.4点,術後2年92.5±8.75点) と3つの術式ともに術前と比較して術後2年で有意に高かった(P<0.05). Tegner activity scoreにおいては,MF(受傷前7.7±2.5点,術前3.9±4.7点,術後2年8.0±1.8点),OAT(受傷前6.4±2.4点,術前1.1±2.4点,術後2年5.7±2.4点), ACI(受傷前7.3点±1.5点,術前1.3±2.5点,術後2年5.9±2.0点)だった.すべての術式で受傷前と術前,術前と術後2年の間に有意な差を認めた(P<0.017).ACIのみ受傷前と術後2年の間に有意な差を認めた(P<0.017).スポーツ復帰率は,MF81.8%,OAT77.8%,ACI61.5%であった.スポーツ復帰までの期間は,MF6.9±3.4ヶ月,OAT12.9±8.1ヶ月,ACI18.9±7.4ヶ月であった.【考察】 今回の結果では,膝機能はMF,OAT,ACIで術後に同程度の改善がみられた.しかし,スポーツ活動レベルでは,ACIで術後2年の時点で術前レベルまで回復が見られていなかった。軟骨修復術後のスポーツ復帰は,手術侵襲の大きさや修復軟骨の成熟過程に基づいて計画される.ACIはOATやMFよりも手術侵襲が大きく,修復軟骨の成熟に長期間を要すため,スポーツ復帰に時間がかかる。Mithoeferらは,術後活動制限が長い程,スポーツ復帰に時間がかかると述べている.したがって、早期スポーツ復帰を目標とするアスリートにとっては,MFは有利である.しかし,理論上ACIは,修復軟骨の長期的な耐久性に関してMFやOATより優位でありより長期間のスポーツ活動を希望する場合,ACIは良い適応である.今回の結果より,軟骨修復術の選択はスポーツ復帰時期やスポーツレベル,さらに長期的な予後を考慮し,患者の希望と照らし合わせて行われるべきである.【理学療法学研究としての意義】 軟骨損傷を受傷したスポーツ選手にとって,手術後にスポーツ復帰が可能かどうかは,治療を選択する上で最も重要な情報である.さらに,スポーツ復帰に関する情報は,今後軟骨損傷リハビリテーションプログラムを発展させていく上での基盤となる.
著者
大門 恭平 生野 公貴 瑞慶覧 朝樹 湯田 智久
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Bb1421, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 脳卒中後の麻痺側足関節背屈筋に対する治療としてミラーセラピー(Mirror Therapy:MT)や神経筋電気刺激(Neuromuscular Electrical Stimulation:NMES)が実施され、それぞれ下肢・歩行機能を改善させると報告がある。加えて、MTは視覚錯覚、NMESは体性感覚などの感覚入力により感覚・運動関連領野を活性化させるとの報告もある。これらのことからMTやNMESは単独治療でも効果が期待できるが、MTの視覚錯覚にNMESによる体性感覚入力を付与することにより、さらに効果がある可能性がある。よって、本研究の目的は、MTとNMESの併用治療(MT+NMES)を実施し、臨床効果を予備的に検討することである。【方法】 対象は同意の得られた脳卒中患者5名である。症例1は発症後127日経過した60歳代の右片麻痺男性、症例2は発症後129日経過した70歳代の左片麻痺女性、症例3は発症後47日経過した70歳代の右片麻痺男性で下肢運動麻痺はBrunnstrom Recovery Stage(BRS)にて共にstage4であった。症例4は発症後291日経過した80歳代の左片麻痺男性、症例5は発症後130日経過した60歳代の右片麻痺女性でBRSは共にstage2であった。尚、MT+NMESによる視覚錯覚は症例5以外に認められた。介入は椅子座位で1日約240回の背屈運動を20分間、2週間実施した。鏡に映る非麻痺側下肢を注視させ麻痺側下肢へのNMESと同期して両側背屈運動を行った。NMESには低周波治療器Trio300(伊藤超短波社製)を用い、電極位置は麻痺側前脛骨筋、総緋骨神経とした。パラメーターは周波数50Hz、パルス幅300μsecの対称性二相性パルス波を使用した。刺激強度は疼痛が出現しない範囲で関節運動が起こる程度とし、刺激時間1.5秒、休息時間3秒とした。評価項目はFugl-Meyer Assessment下肢項目(FMA)、膝関節屈曲90°位の自動足関節背屈角度(AROM)、Modified Ashworth Scale足関節背屈(MAS)、裸足条件の10m最大歩行時間(MWT)、歩行動作観察、内省報告とした。評価は2週間の介入前後で実施した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院施設長と主治医の許可を得た上で実施した。全ての対象者には本研究の主旨を十分に説明し、自書による同意が得られた後に治療介入を行った。【結果】 全症例でFMAは改善がみられ、平均17±8.8点から19.6±9.3点となった。AROMは平均3.2±7.2°から6.6±15.3°となった。MWTは平均47.6±36.5秒から35.5±23.9秒となった。FMAでは症例1-4は足関節項目、症例5は他の項目で改善を認めた。AROMは症例1-3で改善を認めた。MWTは症例3以外に改善を認めた。歩行動作観察では、症例1、2で麻痺側背屈による踵接地が見られ、症例4は麻痺側遊脚時、わずかな麻痺側背屈が見られた。症例3、5は麻痺側背屈に変化はなかった。MASは全症例変化がなかった。内省報告は全症例肯定的で副作用の報告はなく、受け入れは良好であった。【考察】 症例1-4はFMA足関節項目、症例1-3はAROMに改善を示し、症例1、2、4は歩行時に背屈が見られ、MWTに改善を示した。よって、症例5以外はMT+NMESが下肢機能改善に関与した可能性がある。症例5の改善度が低かった要因としては重度運動麻痺・感覚障害があり、随意的筋収縮が不可能なことや体性感覚入力低下による視覚錯覚入力の低下が関与している可能性がある。これらのことから、MT+NMESは、随意的に背屈筋の収縮が可能であり、MT+NMESにより視覚錯覚が引き起こされる対象者は効果が期待できる可能性がある。また、先行研究では、体性感覚入力を他者による背屈介助によって実施し、背屈角度の改善度が低かったと報告している。よって、MTに付与する体性感覚入力としてNMESを用いることで、より改善効果がみられる可能性がある。今後は症例数を増やし、MTやNMES単独治療との比較設定等により下肢へのMT+NMESの効果を検証していくとともに、治療適応についても調査していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、小数例ながらMT+NMESの併用治療の介入効果について検討した初めての報告であり、下肢機能を改善させる可能性がある。また、NMESによる体性感覚入力はMTによる視覚錯覚を低下させることなく、併用することでより高い治療効果が得られる可能性がある。
著者
上原 江利香 佐藤 浩二 森 敏雄 森 照明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Bb1427, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 ギランバレー症候群(以下、GBS)は、自己免疫性機序により急性発症する末梢神経疾患である。比較的予後は良好とされているが、約20%以内が後遺症を残すという報告もある。回復期リハ病棟に入棟するGBS患者は回復遅延例である事が予測されるが、臨床症状は様々であり症例報告に留まる事が多い。今回、過去8年間に当院回復期リハ病棟に入棟したGBS患者のADL経過について整理したので報告する。【方法】 平成15年4月1日~平成23年3月31日の期間にGBSを主病名として当院回復期リハ病棟へ入棟した8症例であり、この内GBSの亜型であるFisher型2例と再燃し転院した1例を除いた5症例を対象とした。5症例の基本情報及び、極期症状、入棟から1カ月ごとのADL能力を症例ごとに整理した。なお、ADL能力はBarthel.Index(以下、B.I.)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院の倫理委員会の規定に沿って行った。【結果】 症例1は脱髄型の男性39歳、症例2は軸索型の男性67歳、症例3は軸索型の男性75歳、症例4は軸索型の女性80歳、症例5は軸索型の男性41歳であった。平均年齢は60.4±19.2歳、当院入棟までの平均経過日数は55.6±23.4(30~88)日であった。急性期加療では全症例がIVIGを施行し、症例1、5はステロイドパルス療法を併用していた。また、極期に全症例が四肢麻痺を呈し、症例1、2は呼吸筋麻痺により人工呼吸管理を行っていた。入棟時のB.I.は症例1~5それぞれ、60、40、40、40、15点であった。ADLの経過をB.I.の項目別で整理すると、食事は症例1、2は入棟時自立、介助を要した3例の内、症例4、5は入棟から10~20日で自立した。症例3は退院時も介助を要した。椅子とベッド間の移乗は症例4が入棟時自立、介助を要した4症例全例が60~90日で自立した。整容は症例1が入棟時自立、介助を要した4例の内、症例2、4、5は30日~90日で自立した。軸索型の症例3は退院時も介助を要した。トイレ動作は全例が入棟時介助、30~150日で全例自立した。しかし、症例3、5は下衣の操作に補助具の使用、衣服の工夫が必要であった。入浴は入棟時に全例が介助を要し、症例1、4は入棟から120~150日で自立した。症例2、3、5は退院時も介助を要した。移動は入棟時、全例が介助、30~150日で全例が歩行自立した。症例1、3、5はロフストランド杖、症例2は下肢装具とロフストランド杖が必要であった。階段昇降は入棟時全例が介助、症例1、2、4、5は入棟から120~150日で自立、症例3は退院時介助を要した。更衣は入棟時全例が介助、症例1、2、3、4は30~150日で自立したが、症例5は退院時も介助であった。排便・排便コントロールは入棟時、症例3、4が自立、介助を要した症例1、2、5は入棟から14~20日で自立した。退院時B.I.は症例1~5までそれぞれが、100、95、75、100、90点に改善した。なお、5症例の平均在院日数は147日±17.9日であり全症例が自宅退院に至った。【考察】 当院へ入棟した患者5症例は日本神経治療学会/日本神経免疫学会合同の治療ガイドラインで予後不良因子として挙げられている高齢者や呼吸筋麻痺などの重度麻痺、軸索障害などの項目に当てはまった。また、入院時B.I.は脱髄型の症例1を除くと4例が40点以下であり、回復遅延例と考える。ADL能力の経過をB.I.の項目別で整理すると、自立に要した期間や達成度から概ね排便・排尿コントロール、食事、整容、トイレ動作、移動、更衣、階段昇降、入浴の順で難易度が高いと考える。自立しなかった項目を整理すると、整容や食事といった比較的容易な項目で減点となる症例がいた。これは、上肢に麻痺が残存した症例の特徴であり、手指の拘縮を認めた症例では補助具の装着も困難であった。一方、下肢麻痺が残存した場合は下肢装具や歩行補助具の使用により、退院時には全症例が歩行自立した。これらから、上肢麻痺がADL能力獲得の阻害因子となる可能性が高い事が示唆された。その為、GBS患者に対しては、早期より上肢の機能改善を目的とした機能訓練と補助具の活用、上肢装具による拘縮予防に努める事が重要と考える。【理学療法学研究としての意義】 回復期リハ病棟における、GBS患者に対するアプローチの意義は機能回復を促し、ADLを獲得させ、社会復帰に繋げる事であり、円滑な訓練転換のためにはGBS患者の訓練経過を理解しておく必要がある。今回の結果は、適切な訓練展開や目標設定の指標の一助として活用できるものと考える。
著者
佐々木 嘉光 影山 昌利 吉村 由加里 松浦 康治郎 土屋 愛美 小澤 太貴 松本 博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cc0376, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 体外衝撃波療法(ESWT)は、1988年にドイツで初めて偽関節に対する治療が行われてから、1990年代には石灰沈着性腱板炎、上腕骨外上顆炎、足底筋膜炎などの難治性腱付着部症に対する除痛治療として、欧州を中心に整形外科分野で普及してきた。その後2000年に米国 FDA で ESWT が認可され、本邦では難治性足底筋膜炎を適応症として2008年に厚生労働省の認可がおりて臨床使用が可能となり、当院では2011年10月に国内9台目となる整形外科用体外衝撃波疼痛治療装置を設置した。今回当院において体外衝撃波疼痛治療装置設置後に部位の異なる4例の ESWT を経験したので、疼痛に対する即時効果を中心に報告する。【方法】 体外衝撃波疼痛治療装置は、本邦で認可されているドルニエ社製 Epos Ultra を使用した。本装置は電磁誘導方式で照射エネルギー流速密度は0.03~0.36 mj/mm2 と7段階に可変式である。照射方法は基本的に超音波ガイド下に正確に病変部(腱付着部)への照射を行う。Low energy より始めて徐々に出力を上げ、痛みの耐えられる最大エネルギーで照射を行う。当院における ESWT の照射は、整形外科医師の指示と指導のもと、業者による機器の取り扱いの説明を受けた理学療法士が実施している。<症例>症例1は49歳女性で、4年前に右アキレス腱断裂に対して保存的治療を実施している。現在はソフトバレーをしており、2か月ほど前から鈍痛が出現した。鈍痛は以前から時々生じることがあった。ESWT は照射レベル3、総衝撃波数5000発、総照射エネルギー396 mj/mm2 で実施した。症例2は49歳女性で診断名は右足底筋膜炎であった。半年前にジョギングを始め、5日ほど前から足底部の疼痛が出現した。ESWT は照射レベル7、総衝撃波数2970発、総照射エネルギー1000 mj/mm2 で実施した。症例3は75歳男性。診断名は右上腕二頭筋腱炎で、照射の6か月前に右肩を打撲。当院整形外科で保存的治療を実施し、疼痛は改善したものの、4割ほど残存していた。ESWT は照射レベル7、総衝撃波数2486発、総照射エネルギー800 mj/mm2 で実施した。症例4は14歳女性で剣道部に所属している。以前より左手関節の疼痛があって照射の2か月前に当院を受診し、三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷と診断された。ギプス固定による保存的治療を実施後、3日前に矯正装具が完成して装具下に稽古の再開が許可されている。ESWT は照射レベル2、総衝撃波数5000発、総照射エネルギー300 mj/mm2 で実施した。疼痛の評価は、照射前と照射後に Visual Analogue Scale (VAS)を用いて行った。また再評価が可能であった症例については翌日と1週後に再評価を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 ESWT 実施前に治療効果と副作用について説明し、本人の同意を得て実施した。報告にあたっては口頭および書面で説明し、本人と家族の同意を得た。【結果】 症例1(アキレス腱断裂後)の歩行時痛 VAS は、治療前58 mm、治療後44 mm、翌日7 mm 、1週間後5 mm で、最大(1週間後)53 mm 改善した。症例2(足底筋膜炎)の歩行時痛 VAS は、治療前46 mm、治療後0 mm、1週間後30 mm で、最大(治療後)46 mm 改善した。症例3(上腕二頭筋腱炎)の圧痛 VAS は、治療前29 mm、治療後15 mm、翌日0 mm で、最大(翌日)29 mm 改善した。症例4(TFCC損傷)の圧痛 VAS は、治療前42 mm、治療後0 mm、1週間後14 mm で、最大(治療後)42 mm 改善した。【考察】 今回、4症例に対して ESWT を実施し疼痛に対する即時効果が得られた。靭帯および筋腱付着部に対する ESWT の作用機序は、神経終末に対する変性誘導、脊髄後根神経節において疼痛にかかわる神経伝達ペプチドの減少に由来する疼痛の抑制、腱細胞や血管新生を介した組織修復効果、各種炎症サイトカイン抑制に伴う抗炎症効果などが報告されている。除痛効果持続時間は数週間におよび、時に完全寛解に改善する症例もあると報告されている。今回の4症例においても、治療直後または翌日の除痛効果が高く、3例では1週間後まで除痛効果が持続していた。Ohtori らは除痛メカニズムとしてラット足底に体外衝撃波を照射することにより、自由神経終末の破壊が起こると報告し、照射後3週間でコントロール群と差がなくなっており、この自由神経終末の破壊が初期の除痛に関与していると考えられている。今回は ESWT 照射後1週間の即時効果を報告したが、今後は症例数を増やして除痛の長期的な効果を検討するとともに、運動機能とパフォーマンスの変化を含めて治療効果の検討を行っていきたい。【理学療法学研究としての意義】 本邦の理学療法分野において ESWT に関する報告はない。運動器に対する超音波画像診断の理学療法と合わせて、ESWT は理学療法領域における新たな物理療法機器としての多くの可能性が期待される。
著者
栗田 健 小野 元揮 木元 貴之 岩本 仁 日野原 晃 田仲 紗樹 吉岡 毅 鈴木 真理子 山﨑 哲也 明田 真樹 森 基 大石 隆幸 高森 草平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb1390, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 先行研究で投球障害肘群は肩群に比べ手内筋の筋力低下を有していることが分かった。このことは手内筋が効率よく機能せずに、手外筋を有意に働かせてボールを把持することで、手・肘関節への影響が大きくなることが示唆された。しかし手内筋機能不全が投球動作の繰り返しで生じたものか、もともと機能不全が存在したことにより投球障害肘の原因となったのかは不明であった。そこで今回我々は手内筋機能不全が多く認められた投球障害肘群において、投球による影響がない非投球側の評価を行い、両側に機能不全を有する割合について調査したので以下に報告する。【方法】 対象は、投球障害肘の診断により当院リハビリテーション科に処方があった20例とした。対象は肘単独例のみとし、他関節障害の合併や既往、神経障害および手術歴を有する症例は除外した。性別は全例男性で、年齢は、平均16.4±5.1歳(11歳~34歳)であった。観察項目は、両側の1.手内筋プラス肢位(虫様筋・骨間筋)と2. 母指・小指対立筋の二項目とした。共通肢位として座位にて肩関節屈曲90°位をとり、投球時の肢位を想定し肘伸展位・手関節背屈位を保持して行った。1.手内筋プラス肢位(虫様筋・骨間筋)は、徒手筋力検査(以下MMT)で3を参考とし、可能であれば可、指が屈曲するなど不十分な場合を機能不全とした。2.母指・小指対立筋も同様に、MMTで3を参考とし、指腹同士が接すれば可、IP関節屈曲するなど代償動作の出現や指の側面での接触は機能不全とした。なお統計学的評価には、二項検定を用い、P値0.05未満を有意差ありと判断した。【説明と同意】 対象者に対し本研究の目的を説明し同意の得られた方のデータを対象とし、当院倫理規定に基づき個人が特定されないよう匿名化に配慮してデータを利用した。【結果】 投球障害肘の投球側虫様筋・骨間筋機能不全は、65.0%、に発生しており、そのうち健側にも認められたものが76.9%であった(統計学的有意差なし)。投球側母指・小指対立筋機能不全は、65.0%に発生しており、そのうち健側にも認められたものは53.8%であった(統計学的有意差なし)。一方、非投球側での機能障害をみると、両側に発生している比率が、虫様筋・骨間筋機能不全例では90.9%、母指・小指対立筋機能不全例では100%であった(統計学的有意差あり)。【考察】 我々は第46回日本理学療法学術大会において手内筋機能低下が投球障害肩より投球障害肘に多く認められることを報告している。しかし手内筋機能不全が伴って投球動作を反復したために投球障害肘が発生するのか、肘にストレスがかかる投球動作を反復したために手内筋機能不全が発生したのかは過去の報告では分からなかった。そこで今回投球していない非投球側の機能と比較することで投球による影響なのか、もともとの機能不全であるのかを検討した。今回の結果より、各観察項目での投球側・非投球側の両側に手内筋の機能不全を有する割合は多い傾向があったが、統計学的有意差はなかった。一方、非投球側に機能不全がみられた症例は、投球側の機能不全も有す症例が多く、統計的有意差もあることが分かった。このことより手内筋の機能不全は、投球の影響によって後発的に生じるのではなく、もともと機能不全を有したものが、投球動作を繰り返したことにより投球障害肘を発症している可能性が高いと考えられた。そのため投球障害肘の発生予防や障害を有した場合のリハビリテーションの中で虫様筋・骨間筋機能不全および母指・小指対立筋機能不全の評価と機能改善が重要であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 投球障害肘の身体機能の要因の中で手内筋である虫様筋・骨間筋や母指・小指対立筋に機能不全を有することが多いということが分かった。本研究から投球障害肘を治療する際には、評価として手内筋機能に着目することが重要と考える。また今回設定した評価方法は簡便であり、障害予防の観点からも競技の指導者や本人により試みることで早期にリスクを発見できる可能性も示唆された。
著者
鈴木 裕二 守川 恵助 乾 亮介 芳野 広和 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Da0999, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 起立性低血圧は目眩や失神などの症状を引き起こし、日常生活の大きな妨げになる。この対策として下肢弾性ストッキングが有用とされており、血圧低下を軽減することができる。しかし使用すべき圧迫力に一致した見解は得られていない。今回、3種類のストッキングを使用し、起立時の血行動態の変化について比較、検討を行った。【方法】 対象は健常男性20名(年齢24.9±3.2歳)。足首に対してそれぞれ、弱圧(18-21mmHg)、中圧(23-32mmHg)、強圧(34-46mmHg)の圧迫力が加わる3種類の下肢弾性ストッキングを着用した状態と、着用しない状態(Control)の計4条件でそれぞれ起立負荷を行った。起立負荷は安静座位の後、4分間のスクワット姿勢となり、その後に起立を行う方法で行った。この際、非侵襲的連続血圧測定装置(portapres,FMS社)を使用し、SBP:収縮期血圧、DBP:拡張期血圧、SV:一回拍出量、HR:心拍数、CO:心拍出量、TPR:総末梢血管抵抗を測定し、血行動態指標とした。測定時期は安静座位をRest期、起立直前の10秒間のスクワット状態をSquat期、起立後10秒間をSt10期、11秒~20秒間をSt20期、21秒~30秒間をSt30期とした。また3種類のストッキング着用に対する不快感をVAS(Visual Analogue Scale:0=全く不快感を感じない、10=最大の不快感を感じる)にて評価した。統計方法は、各測定時期における4条件間における各血行動態指標及び、VASに対して反復測定分散分析を行い、多重比較にBonferroni法を用いた。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、協力していただいた施設の倫理委員会の承認を得ると同時に、ヘルシンキ宣言に基づいて被験者に本研究内容を説明し、署名によって同意を得た。【結果】 SBPではSquat期からSt10期にかけて、Control(150.9±15.3→112.5±11.4mmHg)、弱圧(153.0±16.5→119.5±14.8mmHg)、中圧(151.4±15.4→115.7±12.7)、強圧(151.9±16.0→120.2±13.8mmHg)とそれぞれ起立により低下がみられた。Squat期では4条件間に有意差はみられなかったが、St10期ではControlに比べて弱圧(p<0.05)と強圧(p<0.01)が有意に高値を示し、弱圧と強圧との間には有意差がみられなかった。このSt10期において、SVでは強圧(83.1±11.8ml)がControl(72.7±10.1ml)に比べて有意に高値を示し(p<0.01)、COでも強圧(7.9±1.2L/min) がControl(7.2±1.1L/min) に比べて有意に高値を示した(p<0.001)。弱圧はSt10においてControlに比べて、SV、HR、CO、TPRを高値に保つことができたが、有意差はみられなかった。VASでは強圧(3.9±0.5)が弱圧(2.4±0.4)、中圧(2.7±0.5)に比べてストッキング着用の不快感がそれぞれ有意に高値であり(p<0.01)、弱圧と中圧の間では有意差はみられなかった。【考察】 St10期に弱圧と強圧がControlに比べてSBPを有意に高値に保つことができたのは、ストッキングの圧迫により、起立時の下肢への血液貯留を軽減でき、SVが上昇し、COを高値に保てたことが大きな要因と考えられる。しかし、弱圧ではSV、COにおいてControlとの間に有意差がみられなかった。しかし、血圧の決定因子である、CO(SV×HR)、TPRのすべてが有意差はないものの、Controlに比べて高値を示していたことから、これらの因子の相乗効果により、SBPを有意に高値に保つことができたと考えられる。VASでは強圧の不快感が有意に高値であった。Rongらは本研究の弱圧レベルのストッキングの使用が最も快適であると報告している。このことから、強圧の過度の下肢への圧迫が被験者の不快感を増大させたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 下肢弾性ストッキング着用の不快感は日常生活の着用において大きな問題となる。今回の研究において起立性低血圧の予防に不快感の少ない弱圧のストッキングが十分に効果的であることが示唆された。これは使用者が快適な日常生活を送る上で大きな意義がある。
著者
澤 龍一 土井 剛彦 三栖 翔吾 堤本 広大 小野 玲
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea0344, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 日本は屋内を裸足で生活するという独自の文化を有しており、そのため足底温度は冬場に約15℃まで温度低下すると言われている。足底部は、温度下降に伴い触覚閾値が上昇すると報告されており、そのため閾値上昇による感覚低下はバランス能力の低下や転倒リスクの一因になると考えられるが、日常生活で生じるような足底温度低下による歩行への影響は報告されていない。我々の研究グループは、第46回日本理学療法学術大会にて、足底温度が低下すると、足部に装着した小型ハイブリッドセンサにより得られた歩行時の下肢運動の時間的変動性が増大し、歩行が不安定化することを報告した。しかし、歩行時の体重心の動きを捉え、よりバランス機能を反映しているとされる体幹部分の定常性についても検討する必要がある。そこで、我々は「日常で生じうる足底温度低下が感覚閾値を上昇させ、それは下肢の時間的変動性のみでなく体幹部分の定常性にも影響を与える」という仮説を証明するために研究を行ったので報告する。【方法】 対象は、健常若年成人で、研究参加に同意の得られた34名 (男性20名、女性14名、平均年齢22.2±2.5歳)について、加速路と減速路を2mずつ用意し、その間12mについて歩行計測を行った。歩行条件は2条件とし、通常歩行 (Normal条件)では、計測前に裸足になり、両足底面を20分間床面に接地させた後、足底温度・足底感覚を測定して、歩行を計測した。その後、氷を用いて足底面を冷却し、足底温度が15℃以下となったことを確認し、感覚検査を実施した後に、歩行計測を行った (Cold条件)。足底温度、足底感覚は、それぞれ足底部の母指、母指球、踵にて測定を実施した。温度測定は熱電対温度計を用い、冷却中3分ごとに実施した。感覚検査にはモノフィラメントを用いた。歩行計測には3軸加速度計と3軸角速度計を内蔵した小型ハイブリッドセンサを用い、体幹及び両踵部にサージカルテープで装着した。指標には、歩行周期時間 (stride time)について、平均値および歩行の周期時間変動性を示す指標として変動係数 (coefficient of variation: CV)を算出した。また体幹の定常性を示す指標として、自己相関係数 (autocorrelation coefficient: AC)を垂直 (VT)、左右 (ML)、前後 (AP)方向について算出した。統計解析は、歩行指標に対し、Normal条件とCold条件の条件間比較を行うためpaired t testを用い5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、神戸大学保健学研究倫理委員会の承認を受けた後に実施し、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し、同意を得た者を対象者とした。【結果】 足底感覚は各部位において冷却による有意な低下が認められた (p < .0001)。stride timeの平均値は、条件間で統計学的に有意な差は認められなかった。一方で、stride time CVは条件間に統計学的に有意な増加が認められた (p = .0278)。ACはVT方向がNormal条件で0.88±0.07、Cold条件で0.81±0.10 (p = .0001)、ML方向は0.69±0.15から0.61±0.19 (p = .0041)、AP方向は0.87±0.07から0.82±0.10 (p = .0011)と全てにおいて有意な低下が認められた。【考察】 本研究は、日常生活でありうるような足底温度低下により足底感覚が低下し、時間的指標である歩行周期時間の変動性の増大に加え、体幹部分の定常性の低下、つまり体幹部分においても変動性の増大が生じることを示唆した。足底感覚の低下は、足底温度低下による感覚閾値の上昇が原因と考えられ、足底からの感覚入力は通常に比べ相対的に減少する。歩行中の姿勢制御において、足部からの体性感覚入力が重要な役割を担うことはよく知られており、末梢神経障害を有する者は歩行周期時間変動性が増大することも報告されている。また歩行における周期時間変動性の増大と歩行時の定常性低下について、相関があることも報告されており、本研究において日常生活生じるような足底温度低下によって感覚低下が生じ、周期時間変動性の増大だけでなく体幹における定常性低下も生じたと考えられる。高値のstride time CVや低値のACは、転倒リスクが大きくなるとの報告もあり、高齢者の場合、足底の温度低下により歩行中の不安定化ひいては転倒リスクの一因になると考えられる。今後は高齢者において、足底温度が歩行に与える影響を検討し、保温することで歩行の安定性を維持または向上できるのかを明らかにしていくことが必要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は、屋内で靴をはかず、保温しにくい状況で生活している日本人にとって、屋内での転倒を減らすための一要因を解明していく一助になると考えられる。