著者
上薗 紗映
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.47, pp.K-9-K-9, 2020

<p> 「ブラック企業」「働き方改革」「やりがい搾取」といったような,働き方や,働く姿勢,人間らしい生活とはなにか,という話が大きく話題になっている。理学療法士は,半数が女性で,なおかつ40歳代未満で8割程度という非常に若い年齢層で構成されている。20歳代~40歳代は結婚出産子育てといったライフイベントも多く,働き方や,自分のキャリアについて多くの女性が悩む時期となっている。また40歳代以降は更年期障害等加齢に伴う自分の身体機能の衰えと,親の介護問題に直面するタイミングであるといえる。今までの日本であれば,これは女性特有の問題であったと思われるが,これからの時代は,男性にとっても取り組むべき課題であり,いかに組織の力を落とさずに,良い医療サービス・福祉サービスを国民に届けられるかは喫緊の課題である。今回の話題提供では,自分自身の経験を例示しながら,陥りやすいジレンマについて話題提供を行いたい。</p>
著者
合田 明生 佐々木 嘉光 本田 憲胤 大城 昌平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101989, 2013

【はじめに、目的】近年,運動が認知機能を改善,または低下を予防する効果が報告されている.運動による認知機能への効果を媒介する因子として,脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor;BDNF)が注目されている.BDNF は神経細胞の分化,成熟,生存の維持を促進する.またBDNFは神経細胞内に貯蔵されており,中枢神経系の神経活動によって神経細胞から刺激依存性に分泌される.さらに血液-脳関門を双方向性に通過可能なため,中枢神経のみではなく末梢血液中にも存在している.運動時のBDNF反応を観察した先行研究から,中強度以上の有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加することが示唆されている.一方で,これらの先行研究は欧米人を対象としたものが多く,日本人を対象とした研究は見つからなかった.そこで本研究では,日本人において中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加すると仮説を立て検証を行った.その結果から,運動による認知症予防のエビデンス構築の一助とすることを目的とする.【方法】健常成人男性40 名(年齢 24.1 ± 2.8 歳; 身長 170.6 ± 6.7cm; 体重 64.8 ± 9.4kg)を対象にした.本研究は,運動負荷試験と本実験からなり,48 時間以上の期間を空けて実施した.運動様式は,運動負荷試験・本実験ともに,自転車エルゴメータを用いた運動負荷(60 回転/分)とした.運動負荷試験では,最高酸素摂取量を測定した.本実験では,30 分間の中強度運動介入を行い,運動前後で採血を実施した.採血は医師によって実施された.採取した血液検体は,血清に分離した後,解析まで-20°で保管した.血液検体の解析は検査機関に委託し,酵素結合免疫吸着法検を用いてBDNF量の測定を行った.以上の結果から,中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加するのかを検討した.正規性の検定にはShapiro wilk検定を用いた.BDNFの運動前後の比較には,対応のあるt検定を用いた.危険率5%未満を有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の実施にあたり,聖隷クリストファー大学倫理審査委員会及び近畿大学医学部倫理委員会の承認を得た.また対象者には研究の趣旨を口頭と文章で説明し,書面にて同意を得た.【結果】中強度の有酸素運動介入によって,40 人中22 名で運動前に比べて運動後に血清BDNFが増加した.しかし,運動前後のBDNF量に有意な差は認められなかった(p=.21).【考察】運動介入によって末梢血液中のBDNFが増加することは,欧米人を対象とした多くの先行研究で報告されている.健常成人における有酸素運動介入による末梢血液中のBDNFの急性反応を調査した文献は13 本確認され,運動後にBDNFが増加した研究は8 本であり,不変または減少した研究は5 本であった.本研究と同様に,運動後に有意なBDNF 増加が認められなかった先行研究では,急速な中枢神経系への輸送が生じたため,運動後の採血でBDNFの増加が見られなかったのであろうと考察している.本研究では,動脈カテーテルを用いたリアルタイムの採血ではなく,静脈に穿刺して採血を行っている.そのため,被験者により運動終了から採血までの時間が数分程度差異があり,この間の末梢血液中BDNFの脳内取り込みが結果に影響している可能性がある.さらに,本研究で運動によりBDNF増加が生じなかった要因の1 つとして,一塩基多型(Val66Met)によるものも考えられる.これはBDNF遺伝子の196 番目の塩基がGからAに変化した多型のことで,これによってBDNF前駆体であるproBDNFの66 番目のアミノ酸がValからMetに変化する.Met 型の一塩基多型を持つ個体では,Val型に比べ,BDNFの活動依存性分泌が障害されることが報告されている.また日本人における一塩基多型(Val66Met)の保有率は,50.3%〜53.0%と欧米人に比べて高い値が報告されおり,このBDNF分泌を阻害する一塩基多型(Val66Met)の保有により,本研究対象者の運動によるBDNFの調節性分泌が減少していた可能性が考えられる.以上より,健常日本人男性におけるBDNFを増加させることを目的とした30 分間の中強度有酸素運動は,対象者によって適応の有無を検討する必要があることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から日本人の特性を考慮した認知機能に対する運動介入が必要であることが示唆される.今後需要が拡大すると予測される認知症予防の分野ではあるが,BDNF増加を目的とした運動介入を行う際には,対象者の適応を検討することでより効率的な介入効果が期待できると考えられる.
著者
藤原 充 長谷川 優子 鈴木 啓介 内山 恵典
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Eb1268, 2012

【はじめに、目的】 院内における入院患者の転倒事故は、排泄への移動を契機に発生することが多いと報告されている。しかし、一般的に理学療法士が、患者に対して行う転倒リスク評価は、いわゆる"尿意がない"状態での運動機能評価に留まっている。先行研究では強い尿意は認知機能を低下させるとの報告もあることから、より現実に近い状況での転倒リスク評価を行うためには、"尿意がある"状態での運動、注意機能評価が必要なのではないかと考えた。本研究では健常成人男性を対象に、"尿意がない"状態と"尿意がある"状態での運動機能、注意機能を評価し、その違いの有無を明らかにすることを目的とする。【方法】 健常成人男性7人(平均年齢27歳)を対象に、尿意を感じない時点"尿意なし"と、強い尿意を感じる時点"尿意あり"における、運動機能と注意機能の違いについて検討した。評価項目としては、尿意に関するものとして、NRSとVASの評価、膀胱容量の測定を行った。運動機能については、10m歩行速度と歩数、左右の最大一歩幅、左右の握力を測定した。また、注意に関する課題としてTMTを施行した。プロトコールは、排尿後に尿意を感じない時点でのNRSとVASを評価し、TMT、10m歩行速度と歩数、最大一歩幅、握力を順次評価した。1Lの飲水後、尿意がNRS"8"となった時点で再度、同一評価を行った。なお、10m歩行テスト、左右の最大一歩幅、左右の握力は各々3回ずつ測定して平均値を算出した。尿意のNRS、VASは"0"を「尿意なし」とし、"10"を「最大に我慢した状態」とした。また、膀胱容量はブラッダースキャンを用いて評価した。評価結果について、尿意ありと尿意なしをSPSSver.19を用いて統計学的に検討した。統計学的手法は、対応のあるt検定を用い、有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の実施の先立ち、被験者に対して研究の意義、目的について十分説明し、口頭および文書による同意を得た。【結果】 最大一歩幅は"尿意なし・右"平均120.1±6.1cm、"尿意なし・左"117.8±7.9cm、"尿意あり・右"109.7±9.3cm、"尿意あり・左"108.9±9.6cmとなり、"尿意あり"で有意に低下した(p<0.05)。その他、TMT、10m歩行速度と歩数、握力については有意差を認めなかった。なお、"尿意あり"の状態でのVAS平均は、8.11±0.81cm、膀胱容量は平均367±100.2mlであり、自覚的、他覚的にも尿意を確認できた。【考察】 "尿意なし"と"尿意あり"の時点における運動機能、注意機能の比較では、"尿意あり"の状態で、最大一歩幅のみが有意に低下した。このことから、日常臨床で行っている転倒リスク評価の結果は患者能力の一側面であり、"尿意あり"の状態での評価では違う結果が生じることが示された。一般に最大膀胱容量は成人300~500mlで、尿意は膀胱容量が150~200mlで感じるとされている。しかし、通常排尿は前頭葉からの橋排尿中枢の抑制、自律神経による蓄尿反射と体性神経による外尿道括約筋収縮により抑制されている。尿意がNRS"8"の時点では、膀胱内圧が急激に上昇した状態と言えるため、随意的に外尿道括約筋の収縮を強め、腹圧を高められない状態での運動を強いられることになったと推測される。これにより体幹が安定せず、運動機能が低下したと考えた。今後の課題は、転倒リスク評価における適切な評価項目の選定と"尿意なし"と"尿意あり"で生じた違いに対する原因追究のための指標を用意することである。【理学療法学研究としての意義】 "尿意なし"と"尿意あり"の状態での運動機能、注意機能の違いを捉えることで、転倒リスクを評価する上での視点が増える。また、今回のように"尿意あり"の状態で、パフォーマンス低下が認められた場合、トイレ誘導に関して、失敗や転倒のない適切なタイミングを示すことができる。これらを通し、排泄を契機に発生している転倒事故を減らすことができるものと考えられる。
著者
今泉 敦美 小川 亞子 鄭 飛 田熊 公陽 阪元 甲子郎 松崎 航平 丸田 健介 矢野 佑菜
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】長時間の精神作業や精神的ストレス負荷は,眠気の誘発と共に意欲・集中力の低下をもたらす。また,尾上ら(2004)は脳が疲労することにより前頭前野の血流低下がみられることを報告している。脳の疲労回復に効果的なものとしてアロマセラピー,ガムを噛むなどが挙げられているがそれらの効果を比較した文献は見当たらない。本研究の目的は,閉眼安静・ガム・アロマセラピーの3つの項目のうち短時間で脳の疲労を改善する手段を比較検討することである。【方法】対象は健常若年成人9名(男性3名,女性6名,平均年齢22.3±1.4歳)。脳表の血流変化は,光トポグラフィETG4000(株式会社日立メディコ製)を用い,国際10-20法に準じて脳疲労関連部位である前頭前野に3×3のプローブを設置した。今回,脳の疲労回復方法として3つの方法(閉眼安静,アロマセラピー,ガムを噛む)を用い,また脳を疲労状態にさせるため2桁の100マス計算を施行した。方法は1.10秒間安静,60秒間100マス計算を30秒の休憩をはさみ2回施行。その間NIRSによる脳血流量の測定を行う。2.30秒間安静後被験者は3つの方法をそれぞれ5分間実施。(1)安静:光を遮断した室内で閉眼し,5分間の安静をとる。(2)アロマセラピー:香りは精油(レモングラス)を匂い紙に浸したものを被験者より約3cmの距離で吸入させる。(3)ガム(ミディアムタイプ):メトロノームを用いて毎分60回の頻度で5分間咀嚼する。3.その後1分間安静をとり,その間にNIRSによる脳血流量の測定を再度行う。統計学的解析は,SPSS(Ver.21)を用いて多重比較検定を行った。なお,有意水準は5%未満とした。【結果】3つの課題において,閉眼安静がアロマセラピーとガムに比べて左右の背側前頭前野のoxy-Hb量が最も増加した。安静の次にoxy-Hb量の増加がみられたのはガムであり右側背側前頭前野において増加がみられた。また,アロマセラピーは他項目に比べ増加率は少なかったが,左側上部前頭前野のoxy-Hb量の増加が見られた。【結論】本研究では,3つの課題が大脳皮質前頭前野の脳血流に与える影響についてNIRSを用いて脳血流量の変化を比較・検討した。閉眼安静時に最も脳血流の増加がみられた。理由として,高橋ら(2003)は,入眠前になると,副交感神経が活発になり血管が拡張すると報告している。このことから,5分間の閉眼安静による視覚遮断,室内を暗くすることにより睡眠に近い状況に持っていくことで,副交感神経が活発になり心身・身体ともにリラックスできたことで脳血流量増加に至ったのではないかと推測される。また石黒ら(2013)は,測定部位である前頭前野は運動学習の課題遂行性の改善に重要な役割を果たしていると報告している。今後の課題として,臨床において閉眼安静が運動学習効率化に活かせるのかを検討していきたい。
著者
仲村 匡平 村田 伸 村田 潤 古後 晴基 松尾 奈々
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AbPI1121, 2011

【目的】一般にホットパック(Hot pack:HP)療法は湿熱法で利用するが,臨床の現場では衣類が湿ることやタオルの枚数が増え手間がかかることからビニール等でHPを包み乾熱法として使用することが多い.HP療法の作用には,温度上昇作用,血管拡張作用,筋緊張軽減作用,軟部組織の伸張性向上作用,鎮痛作用などがある.篠原らは,湿熱法でタオル10枚目の皮膚表面温度は乾熱法のタオル3枚目の皮膚表面温度にほぼ近似したと述べている.また,Lehmannらは,皮膚表面温度は8分後に42.5&deg;Cまで達するが,1cm以上の深部においては38&deg;C以上には達しないと報告している.先行研究では皮下血流を指標にした報告はあるが,筋血流量を指標とした報告は見当たらず、またこの皮下血流量に関する結果は,深部血流量に該当するとは限らない.そこで本研究では,HP表面温度と皮膚表面温をそれぞれ同じ値になるように調整し,湿熱法と乾熱法での下腿の筋血流量を比較検討した.<BR>【方法】健常成人5名(男性3名,女性2名)10脚.平均年齢は25.8±9.8歳,平均身長159.9±8.4cm,平均体重55.0±8.8kg.室温25&deg;C前後の室内にて実施した.測定姿位は治療用ベッドに腹臥位にて,下腿部後面とした.HPの実施時間は20分間とした.湿熱法はHPを直接タオルで巻き身体にあてる側を8枚,身体にあてない側は熱が放射しないようタオルを何層にも重ねた.乾熱法はHPをビニール袋で包んだ後,タオルで巻き身体にあてる側を3枚,湿熱法と同様に身体にあてない側は熱が放射しないようタオルを何層にも重ね実施した.対象者の左右の下腿部後面のうち一側を湿熱法,他側を乾熱法となるようそれぞれで設定したが,対象者にはHPの使用方法を伝えないよう留意した.なお,施行直前のHPの表面温度を赤外線温度計で測定し,HPの表面温度が40~45&deg;Cになったのを確認して実験を開始した.筋血流の測定はストレンゲージプレチスモグラフを使用してHP施行前後に実施した.大腿部に専用のカフを装着し,下腿周径の最も大きい部分にラバーストレンゲージを巻き付け,大腿部を50mmHgで10秒間駆血,5秒間解除を1分間測定した. 下腿の皮膚表面温はサーモグラフィーを使用してHP施行前後に行った.下腿部を専用カメラにて撮影した.HP施行前の値を基準として湿熱法施行後と乾熱施行後の下腿皮膚表面温,下腿の筋血流のそれぞれの変化率を算出し,HP施行前と湿熱法施行後・乾熱法施行後,湿熱法施行後と乾熱法施行後の変化率について比較した.統計処理は湿熱法と乾熱法における施行直前のHP表面温度の比較について,対応のないt検定を用いて比較した.下腿皮膚表面温の変化率および下腿の筋血流量の変化率について反復測定分散分析およびFisherのPLSDによる多重比較検定を実施した.解析には,SPSSを用い統計的有意水準を5%とした.<BR>【説明と同意】研究の趣旨と内容,得られたデータは研究目的以外には使用しないこと,および個人情報の取り扱いには十分に配慮することを説明し,参加は自由意志とした.<BR>【結果】湿熱法と乾熱法における施行直前のHP表面温度の平均値は,湿熱法HP表面温度が平均42.6±2.6&deg;C,乾熱法HP表面温度が平均42.8±2.6&deg;Cであり,2群間に有意差は認められなかった.下腿の皮膚表面温はHP施行前と比較し,湿熱法施行後および乾熱法施行後で有意な増加が認められた(P<0.01).一方,湿熱法施行後と乾熱法施行後の2群間に有意差は認められなかった.また,下腿の筋血流量はHP施行前と比較し,湿熱法施行後で有意な増加が認められた(F=4.8,P<0.05).<BR>【考察】温熱刺激によって身体は治療として意義のある生理的反応を起こし,その生理的反応の1つに血管拡張作用が挙げられる.温熱そのものの刺激は,軽い炎症と同様の変化をもたらす.温熱刺激によりヒスタミン様物質を放出する細胞を刺激することで血管拡張が起こる.また,温熱刺激により皮膚温度受容器を反応させ,求心性神経を介して軸索反射が起こることによって血管拡張がみられる.HP療法は皮膚と加熱媒体間の水分(湿気)の有無により湿性加温と乾性加温に分類されており,HPから出る水分は熱伝導性に関係する.篠原らは熱伝導性について空気および綿織物の熱伝導性はそれぞれ0.0092w/m&deg;C,0.0796 w/m&deg;Cに対して,蒸気0.251 w/m&deg;C,水0.595 w/m&deg;Cであり,湿熱法の熱伝導が乾熱法により遥かに良いと述べている.以上から,本研究では湿熱法を実施することで,より大きい熱伝導性により血管拡張に作用し,下腿の筋血流量の増加を生じさせたと推察された.<BR>【理学療法学研究としての意義】HPは下腿の筋血流量を増加させる手段として有効であり,特にその効果は湿熱法の方が乾熱法より高いことが示された.
著者
野瀬 友裕 横田 裕丈 吉岡 慶
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A4P2047, 2010

【目的】<BR>足底部の特に母趾はメカノレセプターの分布が豊富であるとされ,体性感覚情報の収集源として重要とされている.足底部からの感覚情報を増加させることで,動的外乱刺激に対して立位姿勢の安定性が増加するといわれている.今回,母趾足底部のメカノレセプターの賦活を目的に触圧刺激を入力し,身体の前方移動距離をFunctional Reach Test(以下,FRT)を用いて検証したので報告する.<BR>【方法】<BR>対象は整形外科的,神経学的疾患の既往のない健常者40名.その内訳は介入群(以下,A群)20名,平均年齢20.8±1.0歳,平均身長168.5±8.8cm.運動学習効果を考慮した非介入群(以下,B群)20名,平均年齢20.4±1.1歳,平均身長167.3±8.7cmである.介入方法は,被検者を背臥位として,左下肢から順に,左右の母趾足底部へ検者の母指腹にて皮膚変異が起こる様に擦り上げ,触圧刺激を1回/秒の頻度で30回ずつ入力した.FRTは試技を2回行った後,休憩を入れずに3回測定し,介入を行った直後に3回測定した.B群には端座位での休憩時間を60秒間設けた.FRTの開始肢位は,裸足で両下肢を肩幅に開き(開扇角は任意),ホワイトボードに体側を向けて立ち,右肩関節90°屈曲位,前腕90°回内位,手指を完全伸展位とした.マグネットにて1mの物差しを被検者の肩峰の高さに固定し,第3指尖位置を読み取った後,合図にてリーチ動作を開始し,最大到達地点を3秒間保持させ,その位置を読み取るまでを1施行とした.また,開始肢位の統一,体幹の回旋を含んでよいこと,踵離地しないこと,目線は手尖とすることを口頭指示して行った.それぞれの試行の最高値を身長で除した値をFRT値として比較を行い,統計処理には対応のあるt検定を用い,有意水準は1%未満とした.<BR>【説明と同意】<BR>被検者全員に対して,実験前に書面にて本研究の目的,個人情報の保護を遵守する旨を伝え,署名にて同意とみなした.<BR>【結果】<BR>A群では,FRT値が増加した者8名,減少した者9名,変化のなかった者3名であった.FRT値の平均は介入前0.219,介入後0.221であり,有意差を認めなかった(P>0.01).<BR>B群では,FRT値が増加した者14名,減少した者4名,変化のなかった者2名であった.FRT値の平均は休憩前0.228,休憩後0.238であり,有意差を認めた(P<0.01).<BR>【考察】<BR>足底感覚と立位安定性との関係は,先行研究において有意な相関があるとの報告がある.今回,休憩前後の試行において有意にFRT値が上昇したB群に対し,A群では介入前後で有意差は見られなかった.これは,A群において母趾足底部への触圧刺激入力によりメカノレセプターの賦活が起こり,姿勢制御中枢への求心性情報の量的増大が起こり,結果として身体の前方向へのモーメントが制動されたと考えられる.本研究では,賦活されたメカノレセプターによる姿勢制御における働きを,FRT値という量的変化のみで検証したが,今後,重心動揺計や三次元動作解析装置などによる質的変化についても検証していく必要があると考える.<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>中枢神経性・末梢神経性感覚障害を有する疾病や外傷の繰り返し,荷重制限,長期臥床,加齢などにより足底のメカノレセプターは機能低下に陥り,情報の量的,質的低下を招く.その結果,平衡機能障害は誘発される.特に高齢者の皮膚ではコラーゲンが減少して弾性が低下することが報告されており,この現象は刺激に対する閾値の上昇と関連していると考えられている.加齢に伴う,足底感覚の低下は転倒のみならず歩行動作を通じて,関節疾患にも影響を与えると考えられる.今回の研究結果から,対象者は若年成人健常者であるため前述した「高齢者の皮膚」に対する介入は行えていないものの,徒手的な感覚入力のみにおいてもメカノレセプターを賦活でき姿勢制御能力に好影響を与えることが示唆された.臨床場面における介入方法として,母趾足底部に対する徒手的な触圧刺激入力は,患者自身でも行える方法として有用であると考えられる.
著者
永井 宏達 建内 宏重 井上 拓也 太田 恵 森 由隆 坪山 直生 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.C1390, 2008

【目的】これまで,筋機能の改善は,筋力増強に重きをおかれてきたが,近年,活動量だけでなく筋活動の開始時期が注目されている.先行研究では,腰痛の有無に着目し,腰痛群において主動作筋に対する体幹筋の筋活動開始時期が遅延するという報告もされているが,腰椎前彎の有無に着目して,筋活動開始時期への影響を調査した報告は見当たらない.本研究の目的は,腰椎前彎が下肢運動時における体幹筋の筋活動開始時期に及ぼす影響を明らかにすることである.<BR>【対象と方法】対象は健常成人男性9名(平均年齢23.1±2.9歳)とした.表面筋電図の測定にはNORAXON社製TeleMyo 2400を使用した.測定筋は,左側の内腹斜筋・腹横筋群(IO),腹直筋(RA),外腹斜筋(EO),多裂筋(MF),半膜様筋(SM),大殿筋(GM)とし,右SLR時の左体幹・下肢の筋電図を測定した.また,右SLRの主動作筋である大腿直筋(RF)も測定した.<BR>被検者の姿勢は仰臥位とし,LEDによる光刺激に対して,できるだけ速くSLRを行うように指示した.LEDは左右2光源あり,検者による口頭での合図の後,5秒以内に一方のライトを点灯させ,点灯した側の下肢を挙上するように指示した.挙上側は左右ランダムとした.条件は,安静臥位と他動的な腰椎前彎位の2条件とし,腰椎の前彎は,厚さ約4cmの砂嚢を腰椎とベッド間に挿入して設定した.各条件につき7回測定を行い,その内の5回のデータを採用した.各筋の筋活動が生じた時期は,ライト点灯以前での50msec間におけるRMS(Root Mean Square)の標準偏差の2倍の値を25msec間以上超えた時点とした.なお,SLRの主動作筋であるRFの筋活動開始時期を基準として,各筋の筋活動開始時期を算出した.統計処理には,反復測定分散分析,多重比較検定,対応のあるt検定を用いた.有意水準は5%未満とした.<BR>【結果と考察】<BR>分散分析の結果,各筋の筋活動開始時期には有意な差がみられた(p<0.01).安静位での筋活動開始の順番は,SM→EO=RF→RA=IO→MF→GMであった。腰椎前彎位ではSM→RF→EO=IO=RA→MF=GMであった.前彎条件にて,安静条件と比較してSMの筋活動開始時期が有意に早くなった(安静; -11.2±7.8msec,前彎; -18.2±11.4msec).またMFの筋活動開始時期が前彎条件にて有意に遅延した(安静; 22.6±15.5msec,前彎; 32.8±17.6msec).腹筋群では,前彎条件にて筋活動開始時期が遅延する傾向がみられた.本研究の結果より,腰椎が前彎位になることで,下肢運動時におけるMFの収縮が遅延することが示された.一方,SMは体幹筋群による骨盤の固定作用が遅延することの代償として,筋活動時期が早まる可能性が考えられた.したがって,腰椎の過度な前彎を呈している症例では,MFの動員が遅延して,脊柱の安定性に影響を及ぼしている可能性があることが示唆された.
著者
勝木 秀治 今屋 健 園部 俊晴 内間 康知 山口 光國
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.517, 2003

【はじめに】第20回神奈川県理学療法士学会において、我々は肩関節可動域制限が上肢に与える影響を調べ、肘関節の伸展制限が生じやすいなど上肢の末梢への影響を報告した。しかし、一連のストレスメカニズムを言及するには至らなかった。今回は対象を保存的加療中の肩関節疾患患者とし、肘関節の屈伸運動タイプの違いに着目して、肩関節の可動域制限をもとに上肢の運動連鎖のメカニズムを検討した。【対象及び方法】対象は保存的加療中の一側肩関節疾患患者20名(平均年齢51.4歳)とし、自動運動での両側肩関節の前方挙上(以下、前挙)、外旋可動域を計測した。また、両側肘関節、前腕の可動域、及びCarry angleをそれぞれ計測した。尚、回内外可動域計測にはスラントを用いた。得られた計測値をもとに健側を基準として各計測値の左右差(制限角度)を求めた。また、症例をKapandjiの言う上腕骨滑車の前方関節面の違いから起こる肘関節の屈伸運動の違いを参考とし、健側を測定肢としてI型群(屈曲時同一面上で上腕と前腕が折り重なる)、II型群(上腕の外側で前腕が折り重なる)、III型(上腕の内側で前腕が折り重なる)の3群に分類した。全症例、及び症例数の多かったI型、II型について各群内で各左右差間の相関係数を求め、肩関節の可動域制限が影響する上肢の分節を調べた。【結果】肘関節の屈伸運動による分類の結果、I型8名、II型9名、III型3名であった。統計処理の結果、症例全体では前挙制限と肘関節伸展制限が正の相関を示した(r=0.67,p<0.01)。しかし、I型では、前挙制限とCarry angle(r=0.80,p<0.05)、外旋制限と肘関節伸展制限(r=0.80,p<0.05)がそれぞれ高い相関を示した。また、II型では 前挙制限と肘関節伸展制限(r=0.88,p<0.01)、前挙制限と回外制限(r=0.76,p<0.05)がそれぞれ高い相関を示した。【考察】下肢の運動と同様に上肢の運動でも運動連鎖は存在している。例えば、前腕の回内運動は肩関節の内旋運動に、回外は外旋にそれぞれ運動は波及する。今回は、肩関節の可動域制限からこの運動連鎖の影響について調べた。実験の結果、I型では外旋制限が大きいと肘関節の伸展制限が生じ易く、II型では前挙制限が大きいと肘関節の伸展制限が生じ易いなど、今回の分類で用いた肘関節の屈伸運動軸の違いにより、肩関節の可動域制限に伴い可動域制限を生じやすい部位や関節運動が異なるという興味深い結果となった。実際には上腕骨での代償か、前腕での代償か、また筋肉の走行が影響しているのかなど細かくは言及できない。臨床では、肩関節疾患で肘関節や前腕に痛みや愁訴を訴える症例を経験することは少なくない。今回の結果は、肩関節の可動域制限による二次的な上肢の障害を予測する一助になると考える。今後細かな検討を加えていきたい。
著者
西山 保弘 工藤 義弘 矢守 とも子 中園 貴志
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.F3O1206, 2010

【目的】<BR> 本研究では温浴と冷浴の異なる温度の落差が自律神経活動や体温に与える影響を検討したので報告する。<BR>【方法】<BR> 文書同意を得た健常男性5名(平均年齢23.8±4.91歳)に温浴41&deg;Cと冷浴15&deg;Cならびにその両方を交互に行う交代浴(15&deg;C交代浴)、温浴41&deg;Cと冷浴10&deg;Cの交代浴(10&deg;C交代浴)の4つの異なる部分浴を実施した。交代浴の方法は水関らの温浴4分,冷浴1分を4回繰り返し最後は温浴4分で終わる方法に準じた。温浴のみは計20分、冷浴のみは計10分浸漬した。安静馴化時から部分浴終了後120分間の自律神経機能、舌下温度、血圧、心拍数、動脈血酸素飽和度、手足の表面皮膚温を検出した。測定間隔は安静馴化後、施行直後、以下15分毎に120分までの計7回測定した。表面皮膚温度は、日本サーモロジー学会の測定基準に準じサーモグラフィTH3100(NEC三栄株式会社製)を使用した。自律神経機能検査は、心電計機能を有するActivetracer (GMS社製 AC301)を用いて被検者の心拍変動よりスペクトル解析(MemCalc法)を行いLF成分、HF成分を5分毎に平均値で計測した。統計処理は分散分析(one way ANOVA testと多重比較法)を用いた。<BR>【説明と同意】<BR>対象には、口頭で研究の目的と内容を説明し、十分な理解を得た上で承諾を文書で得た。<BR>【結果】<BR> 副交感神経活動指標であるHF成分は、両交代浴終了90分後に有意差をみとめた(P<0.05)。両交代浴の相違は15&deg;C交代浴に著明にHF成分の低下を認めた(P<0.01)。温浴は80分後に有意差を認めた(P<0.05)。冷浴は終了後60分で変化が一定した(N.S.)。交感神経活動指標とされる各部分浴のLF/HF比は、冷浴と10&deg;C交代浴に開始時と終了以後に有意差を認めた(P<0.01)。15&deg;C交代浴は終了後60分から低下をみたが有意差は認めなかった。舌下温度は、両交代浴と温浴(P<0.01)、両交代浴と冷浴(P<0.01)、温浴と冷浴(N.S.)と両交代浴間(N.S.)となり交代浴に体温上昇を有意に認めた。表面皮膚温にこの同様の傾向をみた。最高血圧は、両交代浴と温浴(P<0.01)、両交代浴と冷浴(P<0.01)、温浴と冷浴(P<0.01)で相互に有意差を認め交代浴が高値を示した。<BR>【考察】<BR> 両交代浴と温浴ならびに冷浴の相異はイオンチャンネル(温度受容体)である。温浴は43&deg;C以下で反応するTRPA4、冷浴は18&deg;C以下で反応するTRPA1と8&deg;C以下から28&deg;Cで反応するTRPM8、両交代浴はこのすべてに活動電位が起こる。もう一つは温熱感覚と寒冷感覚の刺激の質の相違である。温水41&deg;Cの温水はHF成分を抑制して、冷水15&deg;Cと10&deg;Cは、LF/HF比を抑制させていた。温度差の相違は15&deg;C交代浴で26&deg;C、10&deg;C交代浴で31&deg;Cである。温度幅より温浴刺激はHF成分を促進し、冷刺激はLF/HF比を抑制したことが結果より示唆された。さらに両交代浴の相異は寒冷刺激の温度差と侵害性有無の違いがあり結果にも影響していた。それは、効果発現に寄与するイオンチャンネル数の相異と刺激の質により変化すると考えられる。舌下体温の上昇については、一定温の温浴や冷浴より刺激性に優れる理由であり、温度落差が自律神経を刺激しHF、LF成分に変調変化を引き起こす根本理由となる。体温上昇からは、温度落差がある両交代浴が内因性発熱物質インターロイキン1を有意に発現させたことになり免疫応答含め影響を及ぼした結果と考えられる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>異なる温度落差が自律神経活動に及ぼす影響は、温浴はHF成分を刺激し、冷浴はLF/HF比を刺激することが示唆された。水温落差はその量と質の関係をもって生体に影響する。<BR>
著者
太箸 俊宏 坂口 光晴 岡本 徹 菅原 仁 中川 仁 金原 一宏 杉山 善乃
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.A0952, 2004

【目的】足趾は歩行周期の推進期において、推進力を得るために足趾の屈曲による直接的な動力源として、また、間接的な力の伝達器としてハムストリングスや下腿三頭筋などの収縮力を推進力へと転換する役割を果たしていると推測した。今回、足趾屈曲力と歩行速度との関係について若干の知見を得たためここに報告する。<BR>【対象及び方法】対象は本校学生80名(男性30名,女性50名,平均年齢19.5±2.5歳)、足趾屈曲力及び最速歩行速度、通常歩行速度について測定した。足趾屈曲力の測定姿位は端坐位で膝関節軽度屈曲位、足関節中間位、足趾軽度背屈位とし、ベルトを用いて前足部を測定台SPR-6510(酒井社製)に固定した状態で、円筒形状握力センサSPR-6570(酒井社製)を用いて測定した。歩行速度は、14mの歩行路において前後2mずつを助走距離とし、10m通過時間を計測した。<BR>【結果】最速歩行速度において男女で有意差(P<0.05)が認められ、足趾屈曲力においても男女で有意差(P<0.01)が認められた。相関係数は、男性は最速歩行速度と利き足足趾屈曲力がr=0.49、非利き足足趾屈曲力がr=0.64、女性では最速歩行速度と利き足足趾屈曲力がr=0.51、非利き足足趾屈曲力がr=0.53となり、男女ともに最速歩行速度と利き足足趾屈曲力、非利き足足趾屈曲力との間にかなりの相関がみられた。また、男女ともに通常歩行速度と足趾屈曲力との間に相関は認められなかった。<BR>【考察】男女ともに足趾屈曲力と最速歩行速度との間に相関がみられたことは、上肢筋群、体幹筋群、下肢筋群の協調的な働きなどによって生じる推進力を、足趾が効率よく床面へと伝達し、筋出力を推進力へと転換するための重要な役割を果たしていることによると考えられる。また、通常歩行速度と足趾屈曲力との間に相関が認められなかったことから、足趾屈曲力に対して外力や推進力が強い際に影響が生じると考えられる。よって、予備能力の低下している高齢者や、廃用性による筋力低下が生じている症例に対して、歩行効率の改善を目的とした理学療法を施行する際、足趾屈曲力に対して評価及びアプローチを行うことは有用であると考えられる。<BR>【まとめ】歩行効率の改善を図る際、足趾屈曲力の低下している症例においては足趾屈筋群に対してもアプローチを行うことにより、より良い治療効果を得ることが期待できると考えられる。なお、今後歩行効率に影響を及ぼす足趾屈曲力以外の因子を追求し、足趾屈曲力の歩行時における重要性の裏づけを行うとともに、歩行以外の日常生活活動と足趾能力との関連についても検討していきたい。
著者
徳田 良英
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100108, 2013

【目的】バランスや歩行の観点で婦人靴のヒールの高さの許容範囲を身体運動学的に評価し明らかにする.【方法】動的バランスの解析 対象:健常な女子大学生7名(年齢:21.4±0.8歳,身長:157.0±3.1cm,BMI:20.4±2.3 kg/m²,靴のサイズ:23.0cm~23.5cm)とした.測定方法:市販のスニーカーおよび婦人靴(ヒール高さ3cm,5cm,7cm,10cm)の計5種類の靴をランダムに履いて,筋電計(DHK社TRAISシステム,サンプリング周波数1,000Hz)の電極を下腿三頭筋部に装着し,フォースプレート(Kistler社, サンプリング周波数100Hz)上で静止立位の状態からファンクショナルリーチテスト(以下FRT)を実施し,FRTの測定値,下腿三頭筋の筋活動量,重心動揺を同時に計測した.各計測は筋疲労などの影響が及ばないように十分な間隔を空け,自覚症状がないことを確認して行った.解析は,スニーカーおよびヒール高さ3cm,5cm,7cm,10cmそれぞれのFRTの測定値を比較した.FRTでの下腿三頭筋の筋活動量を比較するために,各筋電波形の計測3秒間の積算値を筋活動量とし,各被験者でスニーカーの活動量を基準にヒール高さ3cm,5cm,7cm,10cmそれぞれの比率を筋活動量として算定した.FRTでの前後方向の重心移動距離をスニーカーおよびヒール高さ3cm,5cm,7cm,10cmそれぞれの比較をした.歩行パラメーターの解析 対象:健常な女子大学生18名(平均年齢:21.1±0.9歳,身長:157.8±4.2cm, BMI:20.3±1.7kg/m²)とした.測定方法:被験者に上記5種類の靴で被験者に廊下を普段歩く速さで歩くように指示して10m歩行を行わせた.各計測は筋疲労などの影響が及ばないように十分な間隔を空け,自覚症状がないことを確認して行った.歩行速度(m/min),ストライド(m),ケイデンス(step/min)を,スニーカーおよびヒール高さ3cm,5cm,7cm,10cmのそれぞれについて比較した.統計学的解析はWilcoxon の符号付き順位検定にて有意水準5%で検定した.【倫理的配慮、説明と同意】学内倫理委員会で研究計画の承認を得た上で,各実験に際しては被験者に予め実験の趣旨と方法,リスクを説明し,口頭および書面による同意を得て行った.【結果】動的バランスの解析の結果,ヒール高さ10cmではスニーカーに比べFRTの値が小さかった(p<.05).FRT時,スニーカーに比べヒール高さ7cmおよび10cmはFRTでの前後方向の重心移動距離が小さかった(p<.05).FRT時,スニーカーに比べヒール高さ5cm,7cm,10cmは下腿三頭筋の筋活動量が高かった(p<.05).特にヒール高さ10cmの場合,筋活動が著明に高かった.歩行パラメーターの解析の結果,スニーカーに比べ,歩行速度は,ヒール高さが高くなるに従い遅くなる傾向であった.ケイデンスに差がなかった.ストライドはヒール高さ3cm,5cm,7cmでは約10cm短く,ヒール高さ10cmでは約20cm短かった.【考察】ヒール高さ10cmは,いずれの評価でもスニーカーに比べ差が認められた。このデザインの靴の場合,足関節を極度に底屈位にするためバランスや歩行の観点で実用性が著しく劣ると考える.ヒール高さ7cmは,FRTではスニーカーと差がなかったことから,今回の被験者のような若年者が履く場合,立って手を前方に伸ばすということにおいては一応可能である.その時の重心の前方移動距離を見ると,スニーカーに比べ小さいことから,FRT時に十分な重心移動ができず腰を引いた姿勢で無理をして手を前方に伸ばしていることが理解できる.ヒール高さ5cmは,FRTで手を前方に伸ばす範囲,その時の重心移動距離に差はない.足底圧測定と歩き心地,トレッドミル歩行の疲労解析をした先行研究で婦人靴のヒール高さ5cmを超えたところに限界があるとしている(細谷,2008).また,歩行時のエネルギーコストを比較した先行研究では,婦人靴のヒール高さは5cm位までを推奨している(Ebbeling CJ, et al, 1994).本研究の結果から若年者が履く婦人靴の実用的な許容高さとしてヒール高さ5cmは概ね妥当と考える.しかし,FRTでの筋電図から筋活動量を比較した結果,ヒール高さ5cmの婦人靴はスニーカーに比べ筋活動量が多いことから,長時間履くとスニーカーより疲れやすいことが示唆された.ヒール高さ3cmは,FRT,FRTでの重心の前方移動距離,FRTでの下腿三頭筋の筋活動量のいずれもスニーカーと差がなく,この点において最も推奨できるヒールの高さと考える.エネルギー代謝の観点からヒール高さを検討した先行研究では最適値は3cmとしている(石毛, 1961).本研究の結果は先行研究を追認する.一方,歩行パラメーターの評価ではスニーカーに比べ,歩行速度が若干遅くなり,ストライド小さく,やや小股で歩く傾向であった.ヒール高さ3cmの婦人靴は,動的バランスではスニーカー程度の性能があるが,歩行時はスニーカーよりストライドの小さな歩行になることが考えられる.【理学療法学研究としての意義】婦人靴によるけがや障害予防のためのユーザーへの注意喚起に必要な基礎的データを示すものとして意義がある.
著者
鈴木 俊明 鬼形 周恵子 谷 万喜子 米田 浩久 高崎 恭輔 谷埜 予士次 塩見 紀子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.A1506, 2008

【目的】第9回アジア理学療法学会にて鍼灸医学の循経取穴理論を理学療法に応用し開発した経穴刺激理学療法を紹介した。循経取穴は、症状のある部位・罹患筋上を走行する経絡を同定して、その経絡上に存在する経穴を鍼治療部位とする理論である。経穴刺激理学療法は、動作分析から筋緊張異常が問題であると判断した場合に用いる。筋緊張抑制には垂直方向、筋緊張促通には斜方向から治療者の指で経穴を圧迫する。本研究では、胸鎖乳突筋に対応する経穴のひとつである左合谷穴への経穴刺激理学療法により右頸部回旋動作の主動作筋である左胸鎖乳突筋と右板状筋の運動前反応時間を検討し、右合谷への経穴刺激理学療法によるPMTの変化が胸鎖乳突筋に特有な変化であるか否かを検討した。<BR>【方法】本研究に同意を得た健常者9名(男性7名、女性2名、平均年齢33.2±7.7歳)を対象とした。座位で、経穴刺激理学療法(Acupoint Stimulation Physical Therapy:ASPT)前後に音刺激を合図に頸部右回旋を連続10回実施した際の左胸鎖乳突筋、右板状筋の音刺激より筋電図出現までの時間である運動前反応時間(pre motor time:PMT)を測定した。ASPTは、検者の指で痛みを伴わず耐えられる最大の強度で、筋緊張促通目的で用いる斜方向に左合谷を5分間圧迫した。ASPT群の左胸鎖乳突筋、右板状筋のPMTは、安静時、刺激終了直後、10分後、20分後、30分後に記録し、安静のPMTを1とした時の相対値(PMT相対値)で比較した。コントロール群としてASPTを行わずに同様の検査を実施した。<BR>【結果】ASPT群の左胸鎖乳突筋のPMT相対値は刺激直後0.98、10分後0.96、20分後0.95、30分後0.93であり、刺激直後より刺激30分後まで短縮する傾向であった。ASPT群の右板状筋のPMT相対値は刺激前後で変化を認めなかった。また、コントロール群でも時間経過によるPMTの変化は認めなかった。<BR>【考察】ASPTは循経取穴という経絡・経穴を用いた治療理論を理学療法に応用した方法である。今回用いた合谷は胸鎖乳突筋上を通過する手陽明大腸経に所属する経穴である。PMTは中枢神経機能を示す一つの指標である。左合谷への5分間のASPTにより左胸鎖乳突筋のPMTが短縮したことから、合谷への圧刺激は胸鎖乳突筋に対応した中枢神経機能の促通に関与したと考えられた。しかし、手陽明大腸経とは関連しないが右頸部回旋動作の主動作筋である右板状筋のPMTは合谷刺激で変化なかったことから、経穴刺激理学療法における効果は循経取穴に関連した経絡・経穴の影響が関連していると考えられた。<BR>【まとめ】左合谷への5分間の経穴刺激理学療法は、循経取穴に関連した左胸鎖乳突筋に対応する中枢神経機能の促通に関与すると考えられた。
著者
窪内 郁恵 薦田 昭宏 橋本 聡子 川口 佑 中谷 孝 中島 利博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】線維筋痛症(Fibromyalgia;以下FM)は,3カ月以上持続する原因不明の全身痛を主症状とした,精神・自律神経系症状を伴う慢性疼痛疾患である。中高年の女性に多く,日本では推定200万人以上の患者がいるとされている。経頭蓋磁気刺激法(Transcranial magnetic stimulation;以下TMS)は,磁気エネルギーを媒体として,頭蓋骨の抵抗を受けずに大脳皮質を刺激することができる治療法である。反復性経頭蓋磁気刺激法(Repetitive TMS;以下rTMS)は,アメリカ食品医薬局(Food and Drug Administration;FDA)より薬物治療抵抗性うつ病への治療的使用が承認され,線維筋痛症診療ガイドライン2013でも推奨されている。副作用は非常に少なく,安全性が高いと言われている。今回FM例に対してrTMSを施行し,施行前後の痛み・心理面の経過を追ったので報告する。【方法】対象はFMにて当院フォロー中の症例で,12例中rTMS治療の全過程を終了した9例である。内訳は,入院対応4例,外来対応5例,平均年齢44.7±13.9歳,全例歩行自立レベルであった。ACR2010線維筋痛症予備診断基準(Fibromyalgia activity score 31;以下FAS31)は平均総得点18.6±5.8点,平均広範囲疼痛指数(widespread pain index;以下WPI)11.6±4.8点,平均症候重症度(symptoms severity score;以下SS)7±1.3点であった。除外項目は,rTMS装置の絶対禁忌・相対禁忌である人工内耳,頭蓋内金属使用などの開頭手術歴,てんかんの既往,人工ペースメーカーなどとした。rTMS装置は,NeuroStar(Neuronetics社製)を使用し,左前頭前野に10Hzの高頻度刺激を行った。標準治療時間は4秒間刺激,26秒間休息の繰り返しで約40分,これを週3~5回,合計30回施行した。評価として,痛みの部位はWPI,強度はVisual Analog Scale(以下VAS),質は神経障害性疼痛重症度評価ツール(Neuropathic Pain Symptom Inventory;以下NPSI),認知・心理面においては痛みの破局的思考評価であるPain Catastrophizing Scale(以下PCS),不安・抑うつのHospital and Depression Scale(以下HADS),生活の質(quality of life;以下QOL)は日本語版線維筋痛症質問票(Japanese fibromyalgia impactquestionnaire;以下JFIQ)を評価し,経過を追った。全て自己記入式で,rTMS施行前,施行10回毎に評価した。統計学的処理は対応のあるt検定,一元配置分散分析を用い,有意水準5%未満とした。【結果】FAS31の総得点,WPI,SSでは,rTMS施行前,施行10回,20回,30回で有意差を認めなかった。VASにおいては,rTMS施行前と施行20回,30回で有意差を認めた。NPSIの総得点では施行間の有意差を認めなかった。PCSは総得点,下位項目3つとも有意差を認めなかったが,継時的な減少を認めた。HADS,JFIQにおいても,有意差は認めなかったものの減少傾向を認めた。【考察】慢性疼痛例は,健常例と比較して前頭前野の活動が乏しく,下行性疼痛抑制系機能が減弱状態であると考えられている。今回,VASにおいてrTMS施行前と施行20回,30回で有意差を認めたことから,前頭前野を活性させることで,痛みの関連組織である扁桃体,前帯状回,島などの活性も促通することができたと推察する。またPCS,HADS,JFIQにおいても,有意差は認めなかったが改善がみられ,rTMSが認知・心理面やQOLの向上に繋がる因子になったのではないかと考える。しかし痛みの悪循環を示す恐怖・回避モデルと照らし合わせると,痛みに対する無力感,自宅生活だけでなく就労などにおける社会への適応に対しても,さらなる評価・検討が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】FM例などの慢性疼痛疾患は,感覚的痛みに加え情動・認知的痛みの要素が大きく関わってくる。rTMSは副作用が少なく,磁気刺激によって痛みの関連領域を含めた脳の活性を図ることができると本研究で示唆されたため,今後のFM治療への有効性が考えられる。
著者
時任 真幸
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【目的】自己効力感(self efficacy)とは,社会的学習理論あるいは社会的認知理論の中核をなす概念の一つであり,1977年,バンデューラ(Albert Bandura)によって提唱された。これは個人がある状況において必要な行動を効果的に遂行できる可能性の認知を指している。学生の自己効力感が臨床実習によって,どのように変化し,また自己効力感へ影響をおよぼす因子の特徴などを知ることで,臨床実習の成果(学び)や不安・緊張の様子を明らかにすることが本研究の目的である。【方法】本校理学療法学科在校生38名を対象に,成田らの特性的自己効力感尺度(以下GSE)を用い,調査した。調査は実習前の4月,臨床実習I終了後の6月,臨床実習II終了後の8月の計3回実施した。3回の比較を行い,臨床実習成績との関係を調査した。また,8月の最終調査時にGSEとの関連で自己効力感の源泉についても併せて調査した。【倫理的配慮,説明と同意】研究の趣旨を口頭と文書で説明した。質問紙は継続的なため記名式とし,研究の参加・不参加による成績への影響は全くないこと,研究結果を公表することを説明した。回収は回収箱により学生が自由投函できるようにした。また,研究同意書に署名し,質問紙と共に回収することで研究参加の同意とみなした。【結果】GSEの結果は4月が65.63±13.03,6月が67.95±11.87,8月が68.18±12.68となった。一元配置分散分析の結果,主効果が認められた(p=0.0270)。さらに,Bonferroniの方法で多重比較検定を行った結果,4月と6月,4月と8月において5%水準での有意差が認められた。また,臨床実習成績との相関関係は,臨床実習Iでは相関係数r=0.261,危険率p=0.11,臨床実習IIでは相関係数r=0.09,危険率p=0.59といずれも5%水準において相関関係は認められなかった。自己効力感の源泉(情報源)についての影響は「言語的説得」「遂行行動達成」「代理的体験」「情緒的喚起」の順に自己効力感に対する源泉を認めた。【考察】仮説ではGSEの平均値は徐々に高まると考えたが4月と6月,4月と8月には有意差がみられたものの6月と8月の間に有意な差は認められず,一部の仮説のみ支持される結果となった。これは,4月の計測時に臨床実習前の不安要素が大きく自信のなさが自己を過小評価する傾向にあり,自己効力感が低くなっていると考えられる。そのため,6月の臨床実習I終了後には自己効力感源泉の「遂行行動達成」によるGSE向上が考えられる。これに対して臨床実習IIでは,臨床実習Iに対して緊張感は和らぐものの,一人の患者に対し,レポート作成までの時間が短くなる傾向があり,学生はタイムプレッシャーにより達成感は前期の実習よりは減少傾向にあると考えられる。しかしながら,経験値が増すことによって全体の平均値としては上昇傾向にあった。続いて,GSEと臨床実習成績の相関関係について検討した。これについては関連がみられなかった。浅川らの理学療法学科学生と原らの言語聴覚学科学生における先行研究でも関連はみられず,これらのことより臨床実習成績は10週間,8週間という限りある期間の,それぞれ異なる指導者による第三者評価であり,評価判定にはブルーム(Bloom,B.S.)の教育目標の分類学(タキソノトミー)にある認知領域,情意領域および精神運動領域が総合されて加味されるため,学生のGSEは臨床実習成績に反映されにくいのではないかと考えられる。GSEの源泉では,「言語的説得」が最も高く「遂行行動の達成」「代理的体験」「情緒的喚起」と続いている。これは,臨床実習指導者とマンツーマンで行う理学療法養成課程の実習スタイルが大きく影響しているものと考えられる。一人の患者を担当し,ケースレポート作成を行いながら実際の診療(治療)を行う方法で,レポートの出来不出来が実習成績や患者に関わる時間を左右してしまう。このため,診療時間終了後に行われるフィードバックが重要であり,指導者からの「金言」を漏らさずレポートに反映させていく作業に大きな労力を費やすこととなる。養成校の教員がが臨床実習訪問を行う中で,レポートは非常に良くできているものの,患者の状態把握が全くできていない実習場面に遭遇することがある。これは,先ほど述べた「言語的説得のみでは困難に直面した場合,簡単に消失してしまう」典型例といえるだろう。【理学療法学研究としての意義】自己概念が形成される青年期の臨床実習における自己効力感は,彼らが理学療法士として職業観を確立するために大切なことである。そのことに関わる養成校教員や臨床実習指導者は協同して自己効力感を集積できるよう学生支援に努め,現状の患者担当制からクリニカルクラークシップへ移行するための根拠になる資料したい。
著者
増田 一太
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】腰痛は,最も有訴者数の多い症状であり,社会的に大きな問題となっている。近年,大人だけでなく,子どもも痛発生位率が高いことが報告されている。自験例における小学5年生から高校3年生の1112名を対象としたアンケート調査において,子どもの腰痛発生率は12.5%であり,その内座位時に腰痛を有するケースは77.2%と運動時に腰痛を有するケースの63.2%より多く,座位時腰痛は子どもにとって大きな問題であるといえる。子どもの腰痛リスクの一つとして椅子に浅く腰掛けるなどの不良姿勢が報告されているが,体育座りに関する報告はない。そこで今回,子どもが学校生活で行う椅座位と体育座り時の脊椎アライメント変化をバイオメカニクス的に調査し腰痛リスクを考察したので報告する。【方法】脊椎・下肢疾患を有さない30歳以下の健常成人男性17名(年齢:24.6±3.1歳;身長173±5cm;体重:66.1±8.7kg)を対象とした。測定肢位は,椅座位と体育座りの2通り測定を行った。すべての肢位で5分間同一姿勢をとらせた後に20分間の測定を行った。脊椎カーブの経時的変化を調査するために,全身の解剖学的特徴点17点に加え,脊椎の第1,3,5,7,9,11,12胸椎棘突起,第1~5腰椎棘突起,第2,3仙椎の14点,計31点に反射マーカーを貼付し,それぞれの3次元座標値を16台のカメラを用い3次元モーションキャプチャシステムで計測した。データ処理は,測定開始から0~1分,4~5分,9~10分14~15分,19~20分に相分けした。その後,各相の各脊椎棘突起の座標をそれぞれ求め,平均座標を算出した。脊椎弯曲角度の算出方法は,得られた平均座標を基に当該椎体より上位2対と下位2椎をそれぞれ結んだ線の近似直線をそれぞれ求めた。得られた両近似直線の傾きを,ラジアン値から角度に変換し2つの角度の差を求める方法により第5,7,9,11,12胸椎角,第1,2,3,4,5腰椎角の平均値をそれぞれ算出した。各相の測定開始0~1分の値と各相の各脊椎弯曲角度との関係をピアソンの積率相関係数を用いて検定した。統計的有意水準は5%未満に設定した。【結果】椅座位は,測定開始4~5分間まで第11胸椎(21°)と第3腰椎(32.8°)を頂点,第12胸椎(7.5°)を底辺とした二峰性のカーブを呈していた。その後測定開始9~10分以降に第1腰椎(39.1°)を頂点とした一峰性のカーブへと推移した。第4腰椎角は,測定開始0~1分間の値6.3°と14~15分間の値3°と間に有意差を認めた(p<0.05)が,それ以外は認められなかった。体育座りは,時間の経過とともに最大後弯角度は低下するもの下位胸椎から全腰椎にまたがる緩やかな一峰性のカーブを描き続けた。脊椎アライメントのピークは測定開始14~15分間まで第2腰椎であった。各値は測定開始0~1分間は38°,4~5分間は37.1°,9~10分間は36°,14~15分間は41.8°であった。その後,測定開始19~20分間のピークを第3腰椎(37.4°)とした。体育座りにおける測定開始0~1分間と各相における有意な差は認められなかった。【考察】子どものライフスタイルは学校や下校後の学習活動など座位時間が圧倒的に多いのが特徴である。持続的な腰椎後弯ストレスは椎間板内圧の上昇をさせるだけでなく,終板軟骨障害を生じさせる可能性も報告されている。このように脊椎の後弯を伴った座位姿勢は,腰椎後方支持機構に過負荷を与え腰痛の引き金となる。今回得られた結果から,椅座位時の脊椎アライメントは,測定開始当初の二峰性のカーブから,測定開始9~10分以降の上位腰椎を頂椎とした一峰性のカーブへと変化している。椅座位は開始10分間以降,一峰性となり腰痛のリスクが上昇するものと考えられる。一方,体育座りは開始当初より上位腰椎のみ中心とした一峰性のカーブを描き続けており,測定開始当初より腰椎構成体への慢性的な負担が生じていると考えられる。その上,体育座りは姿勢の自由度も低く,椅座位と比較し腰痛リスクが高まりやすい姿勢である可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】体育座りは日本の教育現場でしか行われていない特殊な座位法であり,バイオメカニクスの観点からの調査報告は行われていない。臨床においても座位時腰痛に対する理学療法を行う上での基礎的情報となるだけでなく,教育現場への啓蒙活動を行う上で必要不可欠な情報であり有益な報告であると考える。
著者
中村 恵理
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】先天性両側性傍シルビウス裂症候群は,シルビウス裂周囲の構造異常により,上肢優位の痙性麻痺や嚥下困難,てんかん発作,高次脳機能障害を併発する。先行報告では,運動発達遅滞は少なく,仮性球麻痺や言語発達遅滞が報告されている。確定診断例が全国で約500例と非常に稀であり,リハビリテーションの介入報告は皆無に等しい。今回,同症例が疑われる児をNICU入室時から外来フォローまで担当し,他職種間の連携を心がけた結果,哺乳・摂食機能,運動機能面に発達が認められたのでここに報告する。【症例提示】在胎40週3日,出生体重3685gにて出生した女児であり全身の低筋緊張を認め,特に頭頚部が著明であった。出生3週間後よりNICUにてリハビリを開始し出生2ヶ月で自宅退院,その後,当院で1回/月の外来リハを開始し,現在は療育センターでのフォローも行っている。【経過と考察】NICU介入時,頭頸部の低緊張の為,十分な体重増加の為の哺乳量を経口摂取で確保することが難しく経鼻栄養管理であった。哺乳時の姿勢検討や,舌への感覚刺激入力,抗重力活動の促しを図り,哺乳頻度の調節を行った。また,スタッフ間でのポジショニングの周知や,哺乳時間にNICUへ出向きDr.,Ns,STと共に児の自発的経口摂取獲得に向けて何度もディスカッションを行なった。退院時は経口摂取が可能となったが,その後経口摂取量が伸びず現在経鼻栄養である。外来フォロー時は,哺乳時の姿勢や抱っこの仕方を母親に指導した。1歳10ヶ月で寝返りを獲得し,2歳現在は未定頸,腹臥位ではon elbowsで頭頸部挙上し保持可能,座位では頭頚部正中位保持が困難である。離乳食は嫌がり吐き出してしまうが,少量の重湯であれば自ら開口し飲水でき,徐々に経口摂取が可能になってきている。NICUから広がったチームの輪は,児の成長とともに形を変え外来でのSTとの強固な連携,そして療育施設のスタッフとも結びつきながら現在に至っている。
著者
工藤 慎太郎 中村 翔
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】外側広筋(VL)の滑走性の低下は,膝屈曲可動域制限や,VLの伸張性の低下を惹起するため,臨床上問題となるが,その計測手法は確立されていない。一方,超音波画像診断装置(US)は,運動器の形態や動態を高い再現性のもと計測できる(佐藤,2015)。我々は膝自動屈曲に伴い,VLが後内側に滑走することを示している(中村,2015)が,この動態が筋の硬度や張力,疲労など,どのような要素を反映しているかは不明である。我々はVLの動態に合わせた徒手的操作により,VLの伸張性や圧痛と共に,筋の動態が改善することを明らかにしている(中村,2015)。そこでVLの動態には筋硬度や圧痛が関係していると仮説を立てた。本研究の目的はVLの膝屈曲運動時の動態が筋の柔軟性や圧痛を反映しているか検討することである。【方法】健常成人男性20名40肢(平均年齢20.0±2.3歳,身長167.4±5.8cm,体重59.9±6.9kg)とした。USにはMy-Lab25を用い,自動屈曲運動時のVLの後内側への変位量(VL変位量)を計測した。測定モードはBモード,リニアプローブを用い,腹臥位にて大腿中央外側にてVLと大腿二頭筋を短軸走査で確認し,プローブを固定した。膝関節完全伸展位から90度屈曲位までの自動運動中のエコー動画から,完全伸展位と90度屈曲位の画像を抽出しVL外側端が移動した距離をVL変位量としてImage-Jを用いて計測した。また筋硬度,圧痛を大腿中央外側にてそれぞれ筋硬度計,圧痛計を用いて計測した。さらに,自作した装置に徒手筋力測定器を設置し,膝他動屈曲時の抵抗力(以下,抗力)を測定した。VL変位量と筋硬度,圧痛,抗力の関係性を検討した。統計学的処理にはR2.8.1を使用し,Spearmanの順位相関係数(有意水準5%未満)を用いた。【結果】VL変位量と抗力はr=0.51と有意な相関関係を認めた。またVL変位量と筋硬度はr=0.71と有意な相関関係を認めた。一方,VLの動態と圧痛は有意な相関関係を認めなかった。【結論】本研究の結果,VL変位量はVLの筋硬度を反映するが,圧痛の程度は反映しないものと考えられた。抗力は筋の長軸上に発生する弾性力を示すのに対して,筋硬度計による計測は,筋以外の皮下組織や皮膚の硬度も反映する(Ichikawa, 2015)。我々の先行研究では,大腿外側の筋硬度計を用いた計測は,VLの硬度と相関を認めず,周囲の結合組織の硬度と相関を認めた(洞庭,2015)。つまり,大腿外側部の筋硬度計による硬度は皮下組織や外側筋間中隔などのVL周囲の結合組織の硬度を反映していると考えられる。筋周囲の結合組織は隣接する筋間との滑走性を保証する。すなわち,VL変位量はVLの硬度とともに,周囲組織との滑走性を反映するものと考えられた。蒲田らは筋間の滑走性の重要性を指摘しているが,定量的測定は困難であった。USによるVLの動態評価はVL周囲の滑走性を定量的に測定でき,今後の外傷予防や疼痛発生機序の解明に有効になる可能性がある。
著者
戸田 香 戸田 秀彦 對馬 明 矢澤 浩成 宮本 靖義 富永 敬三 細川 厚子
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.F0617, 2008

【目的】ヒトの骨格筋を持続的に振動させると、緊張性振動反射によりその筋の緊張は増大する。しかし、振動は筋出力を減少させるとの報告もあり、刺激方法により効果が異なる可能性が考えられる。本研究は、筋腹への振動刺激が筋活動に与える影響を確認することを目的とした。<BR><BR>【方法】健常者13名(年齢22±5歳)を対象とした。大腿四頭筋(以下QF)と中殿筋(以下GM)に振動刺激を与え、QFでは最大筋出力、GMでは筋仕事量への影響を確認した。対象者には研究の主旨説明を行い同意を得た。振動刺激には明光通商社製、RAYMAX VITER(VR-303)を用い、両筋とも振動周波数55Hz、刺激時間は5分間とし、着衣上から2~3cm/secで移動させて筋腹全体を刺激した。刺激側は両筋とも右側とし、対象側を左側とした。測定は対象側への振動刺激の波及効果を考慮して、左側の測定を先行した。QFとGMは別の日に順不同で測定した。<BR> QFの最大筋出力の測定には米国CSMI社製、CYBEX NORM(CN77)を用い、坐位で膝関節屈曲60°の等尺性収縮を3回反復し、最大値を記録した。左側を5分間隔で3回、その後5分間の休憩を取り、右側は振動刺激の前後及び5分後の計3回で測定した。GMの筋電図の測定には日本光電社製、基礎医学研究用システム(LEG-1000)を用い、側臥位で40°の股関節外転を1分間継続する課題を行わせ、前方の筋腹から筋電図を導出した。左側は5分の間隔で2回、その後5分間の休憩の後、右側について振動刺激の前後で2回の筋電図を導出した。左右の筋電図から15秒毎の積分値を解析した。<BR><BR>【結果】QFの体重1kgあたりの筋出力は振動側で有意に上昇し、振動側の変化率は11.7%増大、対象側は1.1%であった。刺激から5分後は、振動側で12.8%の増大が維持され、対象側は4.2%であった。刺激の5分後も効果の持続が確認された。GMの筋電積分値は、振動側で低い傾向が見られ、振動後から15秒間の積分値は反対側に比べて有意に低値を示した。また、反対側では30秒経過後の積分値が有意に高かった。<BR><BR>【考察】QFとGMはともに抗重力筋であり、QFは最も筋紡錘を多く含む筋群の一つであることから、振動刺激に対する感度が高いと考え被験筋とした。GMは自重による持続性収縮においてQFよりも筋疲労を得やすいため、筋仕事量の変化を確認するために被験筋とした。振動刺激はQFの最大筋出力を増大させた。振動によるIa群感覚信号が脊髄固有反射を促通し、脊髄内の興奮性が高まったことにより、多くの運動ニューロンを活動させられたと考える。そして、興奮性の増大は5分間は持続した。GMにおける持続性収縮では、刺激後の15秒間は積分値が低く、少ない筋活動で運動が可能であった。また、運動後半の積分値の増大が生じない点から、筋疲労の抑制効果があったと考える。<BR>
著者
野澤 直也 中澤 裕貴 立部 将 畠田 将行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.46, pp.E-139_2-E-139_2, 2019

<p>【はじめに・目的】</p><p> 回復期リハビリテーション病院(以下,回リハ病棟)の主たる目的に日常生活動作(以下,ADL)の再獲得がある。当院では各患者に対して入院時から10日毎に担当看護師が「しているADL」の評価としてFIMを採点し、平行して担当セラピストが「できるADL」の評価として原則とは異なるが同じFIMの基準で採点をしている。当院回リハ病棟退院時の脳卒中患者の「しているADL」と「できるADL」の差の実態把握を目的とした比較検討を行ったため、若干の考察を加え報告する。</p><p>【方法】</p><p> 対象は2018年1月から3月の間に当院回リハ病棟を退院した脳卒中患者69名のうち、急変に伴い転院となった3名を除く66名(男性36名、女性30名)とした。平均年齢は71.7±11.8歳、平均入院日数は94.9±43.8日、疾患は脳梗塞50名、脳出血13名、クモ膜下出血3名であった。退院時における「しているADL」と「できるADL」のFIMの点数を、運動項目の合計値および階段を除く下位12項目それぞれでWilcoxonの符号付順位和検定にて統計処理した。有意水準は1%とした。なお、下位項目の階段は「できるADL」を「しているADL」として採点しているため除外した。</p><p>【結果】</p><p> FIM運動項目の合計値は「しているADL」の平均点数が72.9±21.6点、「できるADL」の平均点数が75.0±20.6点で有意差を認めた。また、下位12項目に関しては、更衣(下)、トイレ動作、移乗、トイレ移乗の4項目で有意差を認めた。有意差を認めた下位項目それぞれの平均点数は更衣(下)が「しているADL」5.8±1.8点、「できるADL」6.0±1.7点、トイレ動作が「しているADL」5.8±1.8点、「できるADL」6.1±1.7点、移乗が「しているADL」5.9±1.6点、「できるADL」6.2±1.3点、トイレ移乗が「しているADL」5.9±1.6点、「できるADL」6.2±1.4点であった。</p><p>【考察】</p><p> 岩井ら(2015)は入院時、退院時を問わず実行ADLと潜在的ADLの差は常に存在すると考えるのが妥当と思われると報告している。本研究においてもFIM運動項目の合計値より、退院時において「しているADL」が「できるADL」を下回っている傾向が確認された。原因としては下位12項目のうち有意差が認められた、更衣(下)、トイレ動作、移乗、トイレ移乗の4項目の影響が大きいと考えられた。これら4項目はいずれも日常生活の中で転倒が発生しやすい場面であるため、「できるADL」と「しているADL」との間に差が生じやすかったと考えられた。また、更衣(下)とトイレ動作に関しては、動作に必要とする時間との関係からも「できるADL」に比べ「しているADL」で介助量が多くなる傾向があったと考えられた。「しているADL」を「できるADL」により近づけていくにあたっては、有意差の認められたこれら4項目に関して、より差が生じている原因を分析したうえでアプローチをしていく必要性が示唆された。</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】</p><p> 本研究は倫理的側面から個人情報保護に配慮し、個人を特定できない形式で後方的にデータの分析・検討を行った。</p>
著者
緒方 隆裕 原 正文 松谷 大門 内薗 幸亮 伊藤 平和
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.C0991, 2008

【目的】当院では野球選手に対して障害の予防と障害の状況を把握するため、肩関節機能・下肢機能・関節弛緩性など全身に関するメディカルチェックを実施している。メディカルチェックによるスポーツ選手の身体的特徴の把握は、スポーツによって骨・関節・筋・腱などの運動器にどのような負担がかかり、どのような障害が発生するかの予想を可能にする。今回、シーズン終了後のプロ野球投手に肩関節メディカルチェックを実施したので結果を報告する。<BR>【方法】対象はシーズンを通して一軍で登板したプロ野球投手24名である。先発投手9名、中継ぎ・抑え投手15名である。肩関節メディカルチェックはシーズン終了後に実施した。肩関節メディカルチェックは当院で実施している肩関節理学所見11項目テストを実施した。11項目のテスト内容は、1)肩甲骨脊椎間距離(SSD)、2)複合外転テスト(CAT)、3)水平屈曲テスト(HFT)、4)関節不安定性テスト(Looseness)、5)インピンジメントテスト(Impingement)、6)過外旋テスト(HERT)、7)肘関節伸展テスト(ET)、8)肘関節プッシュテスト(EPT)、9)外旋筋力テスト、10)内旋筋力テスト、11)初期外転テストとした。<BR>【結果】1)肩甲骨脊椎間距離における陽性は41.5%、偽陽性36.6%、2)複合外転テストにおける陽性は75.6%、偽陽性14.6%、3)水平屈曲テストにおける陽性は82.9%、偽陽性12.1%、4)関節不安定性テストにおける陽性は63.4%、偽陽性14.6%、5)インピンジメントテストにおける陽性は7.3%、偽陽性34.1%、6)過外旋テストにおける陽性0%、偽陽性0%、7)肘関節伸展テストにおける陽性は21.9%、偽陽性2.4%、8)肘関節プッシュテストにおける陽性は19.5%、偽陽性4.8%、9)外旋筋力テストにおける陽性は9.7%、偽陽性21.9%、10)内旋筋力テストにおける陽性は12.2%、偽陽性17.0%、11)初期外転テストにおける陽性は19.5%、偽陽性21.9%であった。<BR>【考察】水平屈曲テスト・複合外転テストはともに陽性率が高く82.9%・75.6%を示しており、これは肩甲上腕関節の可動域低下が示唆された。関節不安定性テストにおいても陽性63.4%を示しており、肩甲上腕関節における安定性の低下が示唆された。偽陽性を含む78.1%に肩甲骨の偏位がみられ、肩甲上腕関節の可動域低下による肩甲胸郭関節の代償運動の影響が示唆された。偽陽性を含む41.4%にインピンジがみられ、腱板筋力低下による影響が示唆された。