著者
瀧本 佳史 関谷 龍子 谷口 浩司
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.33-50, 2010-03-01

社会調査の継続性を課題としている。2003年全国自治体首長アンケート調査で得られた知見を確かなものにするため,2004年以降ヒアリング調査を継続して実施している。2007年度までに延べ13の自治体を訪問した。2008年8月に,新潟県胎内市・柏崎市・上越市を訪問,2009年2月に愛媛県内子町,8月に北海道伊達市・栗山町を訪問,調査している。第1章では,胎内市の黒川地区の「自立のための村営事業の苦心と苦悩」の事例が報告される。第2章では,柏崎市高柳町の「既存の資源を生かした交流・観光の地域づくり」の事例が報告される。第3章では,上越市安塚地区の「大型合併と地域ガバナンス-住民自治とNPO組織の試み-」の事例が報告される。いずれの政策の取り組みも,画一的なものではなく,地域の現状から独自の施策を展開し,合併の荒波にも対応策を模索している。全国の小規模自治体の生き残りにとって,示唆的な事例である。
著者
東海林 良昌
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.281-294, 2009-03-25

「随自顕宗・随他扶宗」の語は,浄土宗第七祖聖冏(一三四一-一四二〇)の教学を特徴づける概念として広く用いられている。すなわち「随自顕宗」とは,自宗の経論や論理を用いてその立場を明らかにすることであり,「随他扶宗」とは,他宗の経論や論理を用いて自宗の立場を扶助するという意である。言うまでもなく,聖冏は,教団の組織面と教理面において,浄土宗一宗の独立を基礎づけたとして評価されてきた。しかし,特に教理面で,二祖三代の教学とは異なる独自の論理を展開させていることから,これまで細心の注意をもって取り扱われてきた研究史がある。本稿では,聖冏教学に対する代表的な見解として,江戸時代中期浄土宗を代表する学僧の一人である大玄(一六八〇-一七五六)の思想を取り上げ,聖冏教学に対する分析や「随自顕宗・随他扶宗」の語について考察を行った。
著者
東山 弘子 松崎 亮介
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-18, 2006-03-01

性的破壊的衝動が暴力的行動として学校教育場面で問題化した小6の男児に対して,授業に参加しながら心のケアと人間関係の学びを支援する実践を通して,その有効性と課題について考察した。臨床心理学的専攻の大学院生によるチームサポートは,支援のオリエンテーションが同じでメンバー間の信頼関係が十分であれば,あたかもひとりのセラピストが対応しているかのように進行できること,メンバーの個性をクライエントは父イメージ,母イメージ,男性イメージ,女性イメージなど必要に応じて投影し,取り入れていき,内的成長に有効であることがわかった。その現象や支援関係の特徴をより多くの事例をかさねて分析し,支援のための連携についても考察していくことが今後の課題として残された。
著者
近藤 裕子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.61-67, 1999-03-01

人間を対象とする看護等の職業においては,人間をどのようにとらえれば,人間全体を把握できるかの検討は重要である。日本では古来から「身心一如」の考えから,心身一元論的なとらえ方が一般に行われてきた。しかし人間は,身体的にはとらえやすくても心理的にはとらえにくい。人間をどのようにとらえるかは,それぞれの人によってまた,どのような視点でみるかによっても異なってくる。人間の姿や心を,能楽を通して演じた世阿弥によって記述された,さまざまな人間の姿から,看護学における人間のとらえ方への応用を考察する。
著者
山中 行雄
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.115-126, 2010-03-25

1982年John Brough によって,あるガンダーラ仏像の台座に刻された碑文が阿弥陀仏と観音菩薩に言及したものであると報告され,注目を集めた。さらに,John Brough はこの碑文の年代を紀元後2 世紀と推定した。その後,この碑文の解釈を巡って議論がなされたが,未だ最終的な解決が出たわけではない。一方,パキスタン北部で発見された碑文群は,北西インドの仏教信仰の実情を研究する上で大きな意味を持ち,本稿で論じる当該のカローシュティー碑文を考察する上でも,示唆に富むものである。本稿では,これらのパキスタン北部碑文資料を参照しながら,当該碑文を再検討しガンダーラ地域における阿弥陀信仰を論じる。
著者
黒田 彰 坪井 直子 筒井 大祐
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.1-18, 2012-03-01

八幡縁起は古代、中世に流行した八幡信仰を背景とする縁起絵巻で、北野縁起などと共に我が国の社寺縁起を代表する絵巻の一である。小稿では従来、甲乙類に分類される八幡縁起絵巻の乙類に属すると見られる新出資料、愛知県刈谷市の榊原家の所蔵に掛る、八幡の本地二巻をカラー影印、翻刻により紹介する。本号に収録するのは、その下巻で、本誌前号(95号)収録の上巻に続くものである。榊原本の書誌的事項や翻刻の方針などについては、前号の略解題を参照されたい。なお『京都語文』18号(平成23年11月)には、同じ八幡縁起絵巻甲類の新出資料、鰐鳴八幡宮本八幡大菩薩御縁起(上下巻)を紹介したので、併せての参照を乞う。
著者
中野 加奈子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.221-235, 2007-03-01

退院援助は、日本に医療ソーシャルワークが導入されて以来取り組まれてきた医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)の主要な業務の一つである。これまでの歴史の中で、MSWは、社会問題としての生活問題の解決に取り組む実践を積み重ね、実践の中から退院援助の理論を構築してきた。しかし一方で、これまで「退院問題」「退院計画」「退院援助」という用語は曖昧な使われ方をしており、さらに、医療制度の様々な「改正」によって、医療ソーシャルワークが機能し得ない状況が起こりつつある。本論では、上記の用語の概念整理を行い、「退院援助」において、MSWが患者・家族の様々な生活問題を捉え、それらの解決・調整をしながら、患者・家族の主体形成にも関わる援助を行っていることを明らかにした。さらに、今後は、生活全体を捉える視点からの生活問題のアセスメントや、退院援助対象者のスクリーニングの「標準化」が必要であり、さらに退院後のフォローアップが必要となることを考察していくものである。
著者
水谷 幸正 藤堂 俊英 渡辺 千寿子 場知賀 礼文 藤本 浄彦 小西 輝夫 田宮 仁
出版者
佛教大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1993-04-01)

医療技術の進歩と高齢化社会の到来によって、より問題化してきた終末看護に、仏教的叡智を体して対応しうる人材を養成することは、その原理的精神を継承する日本仏教の、またそれを教授指導する仏教系学府の今日的使命の一つであるといえる。そうした認識をふまえて本研究は三期七年にわたる「仏教とターミナル・ケアに関する研究」を先行する基礎的理論的研究とし、さらにその成果をもとに平成5年4月より本学専攻科内に本邦で最初の仏教看護コースを開設した。その就学者には看護僧をめざす僧尼ばかりでなく、第一線の看護、社会福祉、社会教育に携わる人々も含まれることになり、仏教精神を体した日本的ターミナルケアの本格的な稼働が如何に待望されているかを知らしめられることになった。今回の一期二年にわたる研究は当該コースにおける教授指導を通してターミナルケア従事者、特に仏教看護僧の養成に当っての教授法やカリキュラムについて多角的、また統合的な検討を加えて行った。その成果は順次、仏教看護コースの教授の中に活かされ、その充実に資するところとなった。仏教看護コースの修学年限は一ヶ年(二年まで可)であるが、欧米では定着している大学院レヴェルでの教育システムの中で専門家を養成して行くことで、日本におけるターミナルケア従事者の裾野を充実したものに広げて行くことが次の課題となった。またそうした構想の実現を通して、日本社会におけるターミナルケア従事者、仏教看護者の受け入れ体制も徐々に整って行くことであろう。尚、先行する「仏教とターミナルケアに関する研究」の三冊の報告書が新たな編集のもとに法蔵館(京都)より出版されることとなった。この公刊により日本におけるターミナルケアに対する理解が一層深まることを期待したい。
著者
孫 ■■
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 社会福祉学研究科篇 (ISSN:18834019)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.19-34, 2012-03-01

韓国でも人口高齢化に伴い同居率の低下,家族の介護力が低下している。一方では要介護高齢者の増加,要介護期間の長期化,家族の身体的・経済的・心理的な負担は増加している。このような状況から家族介護システムから社会的介護システムへの転換としての韓国型の介護保険制度が2008年7月から施行され,4年目を迎えている。長期療養保険施行以後の認定者及び利用者は,毎年増加する傾向にある。最近の保健福祉部・国民健康保険公団の2011年老人長期療養保険施行3周年記念シンポジウムの資料によれば,2008年の認定数者14万人と利用者数7万人は,2009年には認定者数26万人と利用者数18万人,2011年3月には認定者数32万人と利用者数28万人まで増加している。又,要介護の認定申請から外された潜在的な長期療養対象者も現在(2011年3月基準)約37万人であり,潜在的な長期療養者に対する支援も必要である。このような韓国の高齢社会の状況と公的介護保障制度である「老人長期療養保険制度」の施行後の動向と成果及び課題が注目される。
著者
池田 昌広
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.93-107, 2007-03-01

今日の我々にとって、『日本書紀』の抑もの書名は未定といわねばならない。何となれば『日本書紀』の現存古写本が凡そ「日本書紀」の標題であるのに、その撰上を唯一伝える『続日本紀』養老四年条が「日本紀」を以て喚名するからである。この齟齬に合理的解説を与えるのが書名論の具体である。私は明解の考拠を得るため、関連史料を整理したうえで先行学説から継承すべき視点を抽出した。その結果、原題を「日本紀」に認め、「日本書紀」の名称を『日本書紀』撰上以後天平十年頃以前の所為に考えるべきを述べた。并せて、『日本書紀』の史体が六朝時代に流行した「通史」体であること、「日本書紀」の名称の発明された理由と「隋書」「経籍志」に初出する「正史」の概念の伝来とが関連しているだろうことを述べた。
著者
山崎 瞳 原 清治
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.155-172, 2010-03-15

現在、子どもたちのなかでケータイ電話を介したネットいじめの問題が深刻化している。こうした事態に対処するため、2008年6月に18歳未満の青少年がケータイを利用する場合には、保護者からの申し出がある場合を除いてフィルタリングを適用することを各ケータイ電話会社に対して義務付ける「青少年ネット規制法」が成立した。しかし、フィルタリングの導入はネットいじめの「万能薬」とは言いがたく、子どもたちを守る本質的な取り組みが喫緊の課題となっている。本研究が注目するのは、ケータイ電話利用を始める際の「モラル教育」のあり方である。昨年度に京都府下の小学校においてネットいじめに関する予備調査を実施し、以下の知見を得た。(1)小学生の30%前後がすでにケータイ電話を所有すること、(2)ネットいじめの被害とケータイの使用頻度(内容)は相関すること、(3)ケータイ利用に関しては、必ずしもその導入期に家庭におけるルールが成立していないことである。 本研究では、京都市教育委員会の協力を得て、市内に在住する小学生の児童に対してアンケート調査を実施し、予備調査において明らかとなった子どもたちのネットいじめの実態を精緻に分析するとともに、その元凶ともいわれるケータイ電話利用に関する意識調査を実施した。結果として、(1)小学生のおよそ3割程度がケータイ電話を所有していること、(2)小学生の12.5%は何らかのネットいじめの被害経験をもつこと、(3)ネットいじめの被害と相関関係にある項目として(1)性別、(2)1日あたりの平均メール回数、(3)家庭でのケータイやインターネット利用に関するルールの有無があげられ、ネットいじめの被害者となった児童はネットいじめの加害者となりやすい傾向が明らかとなった
著者
伊佐 迪子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.183-199, 2011-03-01

二条院讃岐は正確な実人生がこれまで解明されておらず、従って正確な年表も作成されてはいない。先行研究で提示されている二条院讃岐の生涯は、実人生からは程遠いものである。先稿では二条院讃岐の実人生前半期を解明したので、本稿とこれ以後は二条院讃岐の後半生の実人生を解明する。本妻として兼実家に入った三十三歳以後の人生は、詳細に解読した『玉葉』をもとに、当時の社会事情も考慮して実人生の解明を図り、二条院讃岐の正確な年表作成を意図している。解明された二条院讃岐の実人生には、流産により兼実の子を失った傷心の讃岐像が見えており、また病弱な兼実の傍で介護に明け暮れる日々を過ごしている姿も見えている。その一方で当時の歌人達との繋がりなども見出され、二条院讃岐の知られざる人生が明らかになるだろう。
著者
伊佐 迪子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.145-156, 2010-03-01

二条院讃岐の先行研究では、藤原重頼の系図に讃岐の名が見えるという理由で、その系図に讃岐を当てはめて讃岐の人生を推測し、更には讃岐の人生をも創出してきたようである。本稿では讃岐の前半生を系図以外の一次資料を出来る限り精査して、解明しようとするものである。既発表二編の拙稿で解明した讃岐の実人生に深く係っている藤原兼実に加えて、皇嘉門院も讃岐の実人生に大きな係わりを持っていたことが本稿で明らかになった。讃岐の前半生は高貴な人々の中にあって、二条天皇との宿縁を思わずにはいられない。本稿では兼実の青年期の動静を軸に、社会状況も十分考慮して考察を進めたので、讃岐の動静がより明確に把握出来たと思う。先行研究では讃岐の年表作成が出来ていなかったが、本稿により前半生の年表が可能な限り作成できたので、後半生を合わせたより完全な年表の作成を目指そうと思っている。
著者
伊佐 迪子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.113-126, 2008-03-01

源家出身の二条院讃岐の歌には「出自」が大きく影響している。讃岐が歌を詠出する土壌について考察する必要から、伝記的・社会的背景の反映として讃岐歌を読み解く。若い頃の讃岐を「歌仙落書」が高く評価しているが、讃岐の人生は明らかではなかった。「玉葉」を詳細に検討した結果、かなり解明されたので伝記を背景に讃岐歌を読み解いていく。讃岐の生涯のうち、摂政・関白藤原兼実の秘書・「北政所」を勤めた社会的役割は大きい。摂政家の家経営の中枢にあって仕事に専念し、「沖の石の讃岐」として女流歌人の地位も確保しており、讃岐の果たした社会的役割と讃岐歌との関わりを考察する。讃岐は藤原兼実の支援を受けて、六十歳で歌壇に復帰した。「出自」「伝記的背景」「社会的背景」の三つの要素から、讃岐の詩的世界は構築されていると解釈する。
著者
青山 忠正
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.61-74, 2001-03-25
著者
熊谷 貴史
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.63-85, 2011-03-25

仏教には高僧らが神秘的な宗教体験によって仏・菩薩などの形姿を観じ、〈感得〉するという概念がある。またその感得により得た視覚的イメージを、彫刻や絵画で表したものを〈感得像〉という。宗教概念である〈感得〉と造形化された〈感得像〉が不可分の関係にあろうことは言を俟たないが、そこに内在する宗教的意義の解釈と、像に対する仏教美術としての芸術的評価は多くの場合別個に論じられ、宗教性と芸術性が結び付けられることは概して少ない。本稿の目的は〈感得〉の概念を大局的に捉え直すことにより、具現化された〈感得像〉の意義を再考することにある。すなわち〈感得〉とは規範を前提としない尊容の獲得であり、初発的性質が評価される事象と考えられる。その初発的なイメージを反映する〈感得像〉は、図像的要素のみでは解釈し得ない、神仏顕現の奇跡を具現化しようとする全体観における異相(威相)の表現によって、本来の意義が見出される可能性を指摘する。
著者
林 悠子
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.77-94, 2011-03-01

本稿の目的は,保育の質において重要であるとされる「過程の質」は保育者にとってどのように経験されているのかを,保育記録の質的分析より明らかにすることである。筆者が保育者として記した保育記録の内容をKJ法を用いて分析した結果,保育者がその日の実践を振り返り書き残したことは8つのグループに分類でき,その特徴から保育者は子ども・保育者・職員・保護者との関係性を重視していることが明らかになった。グループ間の意味の連関からは,子どもの育ちへの願いを持った保育者が子どもと出会い,子どもの行為の意味を考え,次の関わりを展開する,保育者と子どもとの関わりの積み重ねの中に「過程の質」が見いだせることが考察できた。