著者
谷口 慎次
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.109-124, 2009-03-01

谷川俊太郎は、幼少期から現在に至るまでテクノロジーに興味を持ってきたとしばしば発言してきた。本論では特に詩集『二十億光年の孤独』を含む初期作品におけるテクノロジーについて調査・考察を行った。それにより明らかになったことは、作品自体がテクノロジーに関係したテーマや要素を含んでいることの意義よりも、むしろ谷川のテクノロジーへの興味・関心が彼のディタッチメントな視点や態度を生成してきたことが重要であるという点であった。本論では加えて、「鉄腕アトムの主題歌」の製作の過程を見ることで、谷川の「鉄腕アトム」に対する役割の重要性やその後の彼の活動範囲の拡大について考える。
著者
大谷 栄一
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.1-22, 2012-03-01

戦後京都の宗教者平和運動は,1950年4月に結成された宗教人懇談会と1954年5月に設立された京都仏教徒会議の活動によって本格的に生起した。両団体は1954年3月の第五福竜丸事件を契機とする原水爆禁止運動に呼応し,京都の原水爆禁止運動の一翼を担いながら,運動を展開した。運動の担い手は仏教教団の指導者や大学関係者(教員・学生)が多く,この点は,各宗派の本山や多くの宗門系大学を抱える京都ならではの特徴であろう。1950年代を通じて,京都の仏教者・仏教系知識人たちは全面講和運動や原水禁運動に積極的に関わり,京都の労働組合や平和団体,地域組織との連携を通じて活動することで,戦後京都の秩序形成や府民たちの「平和」認識に対する一定の公共的役割をはたしたと評価できるのではないか。
著者
古川 隆司
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.1999, no.2, pp.229-244, 1999-03-25

An increase in the number of foreigners living in Japan has resulted in the need to deal with the so-called "internal internationalization" within Japanese society. The right of foreigners to receive social security is poorly observed and they are forced to live in poor conditions. Under such conditions, they have formed minority groups, and are classified as workers of the lowest class like the lowest Japanese part-time workers. They are discriminated and classified as an lowest social class by ascribed-achievement in Japanese society. In this paper, I discuss these problem in terms of the relation between the Japanese social security system and issue of citizenship of immigrants.
著者
辰巳 伸知
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.21-36, 2010-09-01

アクセル・ホネットの最新の研究領域である物象化論は,承認論を通じてルカーチの物象化論を再構成しようとする大胆な試みである。しかしそれは,ルカーチの『歴史と階級意識』を「誤読」することによって,ルカーチの物象化論にあった批判的ポテンシャルの核心を骨抜きにしてしまっているのではないか。また,承認論を通じて再構成された物象化論自体は,以前の「承認をめぐる闘争』等で展開された承認論のような,「社会的コンフリクトの道徳的文法」を示すことによって,さまざまな社会的コンフリクトを説明し解決の展望を開くような切れ味や射程を,少なくともこれまで以上にはもっていないのではないか。
著者
宮澤 知之
出版者
佛教大学
雑誌
歴史学部論集 (ISSN:21854203)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.53-63, 2015-03-01

中国貨幣史を跡づけるとき、国家財政で用いる貨幣と市場で流通する貨幣が一致しないことがある。それは貨幣の種類の違いであったり、貨幣機能の違いであったりする。本稿は実物貨幣と貨幣機能に注目して、市場とは異なる財政貨幣の展開過程を確認するものである。大きくいえば唐までの銭帛、宋元の銭鈔、明清の銭銀と変遷するが、貨幣種類の変化は主に実物貨幣でおき、その属性の違いが財政の運用・構造と密接な関係にある。
著者
渡邊 秀司
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 (ISSN:18834000)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.55-70, 2011-03-01

本論のテーマはカリスマの検討である。カリスマというと「カリスマ主婦」「カリスマ店長」なる言葉を思い浮かべる人も多い。今更カリスマを問う意味がどこにあるのかという考えもあるだろう。しかし,ある程度の構成員を内包する集団が形成される場合,何らかの形でカリスマが関わる場合が多い。マックス・ウェーバーがカリスマについて論じて以後,特に1970年代から80年代にかけてカリスマの検討がされてきた。それらのカリスマ論はカリスマの担い手に主たる関心があったが,本論では,ウェーバーのいうカリスマの「使徒」という,担い手から見れば外部の存在によってカリスマが作られる事を,二段階の「カリスマの構築」という視点に立って論じる。
著者
平松 隆円
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.129-139, 2013-03-18

本研究の目的は、電車内に限定して、化粧をはじめとする若者の迷惑行為の実行と意識との関係をあきらかにするとともに、それらと社会考慮、自尊感情、公的自意識、私的自意識の各個人差要因との関連性をあきらかにすることである。男性55人(平均年齢=19.53歳、SD=1.71)、女性88人(平均年齢=19.15歳、SD=1.28)を対象とする質問紙調査の結果、「化粧」「新聞や雑誌などを読む」をのぞいて、おおむね一般的に迷惑行為とされている行動を若者自身も迷惑行為と意識していることがわかった。また、実際にそれら迷惑行為をおこなうことはあまりないこと、必ずしも迷惑行為と意識していることが実際の行動に関係しているわけではないことがわかった。部分的ではあるが、迷惑行為の実行には自尊感情や私的自意識が、迷惑行為の意識には社会考慮や公的自意識が関連していた。
著者
竹内 晋平
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.9-17, 2012-03-01

本邦で行われた調査によると、スポーツや音楽と比較して成人の日常生活に美術の存在が希薄となる傾向を読み取ることができる。この結果は、社会に対する美術科教育の意義を考えさせられるものであると言える。本研究は、美術科教育において生涯美術の素地として育てておくべきファクターについて検討するとともに、授業実践を通して児童が体得できた感覚を明らかにすることを目的としている。 現職教員を対象とした図画工作科に関する教職的資質についての質問紙調査の結果からは作品の完成度を高める指導の必要性を求める声が浮かび上がってくる。しかし、本稿においては"絵の上手なえがき方"の指導ではなく、"絵をえがく時の感覚"を体得できる指導を重視するという立場をとった。このような考え方に基づいた水墨表現を取り入れた図画工作科授業実践を行った。ゲストティーチャーによる教授場面の発話記録を分析したところ、6年生児童は「感覚の意識化」「感覚の把握」「感覚の体得」という3つの段階を経て、生涯美術の素地としての感覚を体得する傾向があることが明らかとなった。
著者
田中 圭治郎
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.43-56, 2007-03-01

京都は千年の都であり,政治の中心が江戸に移っても文化の中心として栄華を極めていた。江戸時代の中葉には,経済の中心が大坂へ,また後期には江戸へと移動した後も,町衆の文化への思い入れはたいそう強いものがあった。京都に明治2年に設置された番組小学校は,文部省の明治5年の「学制」頒布より3年先だって作られたものであり,教育の教育が全国的に見てもかなり先駆的かつ内容的に充実していた。しかしながら,番組小学校の経済的負担は京都府に全面的に依存しており,町衆の経済力が設置に貢献したものとは必ずしも言い難かった。その典型的なものが,小学校の維持費を捻出するために各小学校に作られた「小学校会社(明治2年設立)」である。この会社は当初こそうまく機能していたが,明治17年から18年にかけて,各番組において経済的破綻をしてしまい,その役割を京都府に委ねる。初等教育は,文部省の国家統制の手段であったため,何とか維持出来たが,中等教育は宗教団体へ身売りを余儀なくされる。我々が従来考えていた京都市民の活力,教育への願望,文化への希求といった固定した考え方がひっくり返るのである。京都市の公立学校は,国内の他の地域と同様,国の管理・統制・援助の下ではじめてその維持が可能であったことがわかるのである。
著者
石原 宏
出版者
佛教大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本年度は、昨年度までに、いわゆる"健常な"大学生(非臨床群)を対象として行った箱庭制作調査と制作者による体験の語りをデータとして行った質的分析をベースデータとして、研究代表者がこれまでに臨床心理士として関与した臨床事例におけるクライエント(臨床群)の体験の比較分析を行った。その結果、非臨床群の制作体験には出現していなかった臨床群に特有と考えられる体験のあり方が浮き彫りとなり、またそこで見られた特徴的な体験のあり方が、そのクライエントが、臨床の場を訪れざるを得なかった心理的課題と密接に関連しており、クライエントを見立てる有効な手がかりとなり得ることを示すことができた。また、こうした比較分析を通して、制作者の体験からみた「治療的要因」について検討したところ、箱庭の用具そのものやセッティングそのものに治療的要因があるというよりも、そうしたセッティングがあたかも治療的要因を持つかのように体験することを可能とする制作者自身の心の機能にこそ「治療的要因」の本質があるのではないかと考えられた。こうした点については、臨床心理学のみならず、進化心理学の観点からみた「感覚」に関する議論(Humphrey,N.,2006)や、神経心理学の観点からみた「触覚」と「視覚」の曖昧さに関する議論(Armel,K.C.&Ramachandran,V.S.,2003)、またイメージを「仮想的身体運動」として捉える視点(月本ら,2003)などとも矛盾なく馴染むのではないかと考えられた。
著者
陸 艶
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.19-34, 2014-03-25

長年、日本近代文学と中国との関わりを視点として研究してきた私は、故郷の蘇州にある寒山寺に縁があったという「寒山拾得」が日本近代文学に度々登場していたことを知った。また、文学に留まらず日本の禅画や謡曲などにも多くとりあげられていることを知った。そこで、中国では既に忘れ去られている「寒山拾得」が、なぜ日本で脚光を浴びたのかについて、その実態を調査し、「寒山拾得」の日本近代文学に与えた影響を研究した。まず、「寒山拾得」の日中像の差異について検討するために日本文学の古典に遡り、その背景を調査した。その上で、森.外をはじめとして、日本近代文学の著名な作家による「寒山拾得」の捉え方を調査し、中国の「寒山拾得」との比較検討を行った。その結果、日本文学における「寒山拾得」像には、日本独自のイメージで描写されていることが明らかになった。中国での「寒山拾得」は、道教思想のイメージで表現され、仙人とも言われているが、日本近代文学に表象された「寒山拾得」とは、日本で長年の間に育まれた仏教思想・禅思想の形象化を担って書き記されているのであった。また、「寒山拾得」が、日本の中では俳画にも出没し、陶器にも描かれるなど、文学以外にも日本文化の中に広く浸透していることが明らかになった。
著者
山中 健太
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.109-124, 2012-03-01

本論は、兵庫県宍粟郡千種町で昭和三〇年代から五〇年代にかけて地域の保健衛生上の問題を解決すべく実施された、地域保健活動の実態と受容を、ある保健婦の活動の足跡から明らかにするものである。昭和三〇年代、当地域では行政と住民双方から地域の保健衛生環境の改善に向けて様々なアプローチがなされた。そうした中、この活動の端々にある保健婦の存在が語られ、彼女が橋渡しとなって地域保健活動が行われていたことが分かった。また、彼女の活動を支えたのは地域住民であり、千種町いずみ会という地域組織の存在なしには語れない。従来、こうした地域変化における活動の意義について明確な分析がなされてきたかというと、いずれも行政側の見解でしかなく、住民との関係性のもとで語られることはなかった。本論は住民行政双方間の接触における実態の解明と受容の様子を論じ、地域生活の質的向上における双方間の協力関係のありようを明らかにした。
著者
田阪 仁
出版者
佛教大学
雑誌
鷹陵史学 (ISSN:0386331X)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.21-54, 2013-09-28
著者
工藤 美和子
出版者
佛教大学
雑誌
歴史学部論集 (ISSN:21854203)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.47-58, 2014-03-01

法然源智交名願文像内納入
著者
若尾 典子
出版者
佛教大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

若い女性にたいするソーシャル・ワークの必要性を、生存権保障という憲法上の要請から検討した。若い女性は、家族の貧困・暴力の連鎖のなかに放置されやすいという問題をもつからである。第一に、暴力被害者である少女と加害家族の双方が、道徳的非難によって社会的に排除されてきたことを憲法判例から明らかにした。第二に、「若い女性」への支援をオーストリアについて検討した。オーストリアでは、青少年支援が福祉と社会教育に二分されてきた枠組みは維持されつつも、ソーシャルワークという点で連携するようになっており、当事者たる少女の力を引き出す方法が試みられている。
著者
松田 和信
出版者
佛教大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

本研究の目的は、1990年代の初めにアフガニスタンのバーミヤン渓谷およびパキスタンのギルギットから発見され、ノルウェーのスコイエン・コレクションや米国のアダムス・コレクションをはじめとする海外の蒐集家、および我が国の平山郁夫画伯らに分割して引き取られたサンスクリット語やガンダーラ語による大量の仏教古写本類のうち、平山郁夫画伯のコレクションに含まれる写本類を中心に取り上げ、スコイエン・コレクション等の他のコレクションに含まれる仏教写本研究に従事している海外共同研究者とともに関連資料と比較しつつ解読研究を行って、その出版を目指すものであった。平山郁夫コレクションに含まれる写本類の中で最も重要な資料は、パキスタンのギルギットから発見された説一切有部教団に属する『長阿含経』のサンスクリット語樺皮写本である。これは本来、全453葉よりなる写本であったことが判明しているが、平山郁夫コレクションは、この中の53葉を入手している。4年間に亘った研究期間の間、この長阿含経写本の解読を主として行い、53葉に含まれる複数の経典の解読とテキスト校訂を終えた。また平山郁夫コレクションが入手板した他の写本類についても解読研究を行い、その全体像を明らかにすることができた。研究成果の詳細については研究成果報告書において公表する。