著者
持留 浩二
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.139-150, 2007-03-01

本論文は文学批評理論における比較的新しい手法である「進化論批評」について考察している。パラシュやキャロルといった批評家は新しい心理学の流れである進化心理学の観点から文学作品を読むことを提唱している。彼らは、科学者や宗教家と比べてより自由な立場にいる作家こそが最もよく人間の真の姿を理解しており、文学作品には普遍的な人間性が描かれていると言う。そこに描かれているものは生物学的な理屈に適っているのである。しかし進化論批評にも問題点がある。 時々、生物学的事実に反するようなことが作品に描かれていることがあるのだ。作品内容のみに注意を向けるだけではこの問題を解決できない。より正しい解釈を行うためには、作品のみに目を向けるのではなく、作者や、作者とその周辺の環境との相互作用を考慮に入れることが必要になってくるのである。
著者
谷口 勝紀
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.33-48, 2005-03-01

『■■内伝』は「宣明暦」の注釈書として編纂され、中世における陰陽道の重要なテキストとされてきた。しかし、これまでその内容について深く論じられることはなく、巻一に牛頭天王縁起が収録されていることから、祗園社を中心とした牛頭天王信仰の側からの論考が主であった。そこで、本書が暦注の書であることからも、その暦注の部分に改めて注目し、『■■内伝』の牛頭天王縁起を祗園社の由来譚としてではなく、暦注の典拠として読み解いていき、そこからこれまで触れられる事のなかった『■■内伝』の宗教世界に迫っていきたい。
著者
杉山 貴士
出版者
佛教大学
雑誌
福祉教育開発センター紀要 (ISSN:13496646)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.165-179, 2015-03-31

昨今、性的マイノリティがメディアを通じて見聞きする機会が増えている。性同一性障害が「性的違和」に変更となり、地方議員や国政に進出する当事者も現われている。さらに最近は「LGBT 市場5.7 兆円」に代表されるように、市場価値を持つゲイがクローズアップされ、消費に旺盛な当事者像が出される一方で、自尊感情が低く「ゲイの自殺企図率は異性愛者の6 倍」という当事者像も出される。そうした狭間で実際に多くいるはずの「地域や組織で役割を果たして生計をなす当事者不在」となっている。 こうした現状で民医連職員としてゲイとして保健医療福祉専門職へ性的マイノリティ支援教育研修の機会を得た。地域や組織で働くゲイのありようを示しながら、研修の概要やポイントを整理し、研修によってどう行動変容があったのか受講者の声等を紹介する。同じ職場環境にいながら性的マイノリティ支援研究を進める当事者が行う研修の効用を考える。
著者
古我 正和
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.88, pp.93-102, 2004-03-01

イギリスのヴィクトリア朝は、対外的に大いに発展して経済的にも国内の産業がフル稼働していた時期であった。そのため人間個人の幸福や安寧はそれに追い付かず、 国家的な方面からの法整備もかなわぬままに、イギリス国民はその好景気に飲み込まれ、弱肉強食体制の中で、模索しながら生きていかなければならなかった。Charles Dickensはそのような世相の中で堅実に生きていこうとする庶民に日を向け、暖かく見守った。とりわけクリスマスには人々の心を癒してくれる物語を数多く書いた。本論では、そのクリスマスの物語の一つThe Cricket on the Hearthをとりあげ、そこに出てくる生きものと人聞が、ヴィクトリア朝というこの試練の時期にいかに懸命に生きているかを眺めながら、同時にディケンズの描くヴイクトリア朝の影も 探ってみた。
著者
筒井 大祐
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.1-18, 2014-03-25

神功皇后新羅出兵譚を語る中世期の資料のひとつに『平家物語』がある。『平家物語』の神功皇后新羅出兵譚は、八幡縁起資料の内容と異なり、その依拠資料は未だ解明されていない。そこで本稿では、中世期における神功皇后伝承の展開を考察するためにも、延慶本『平家物語』の神功皇后新羅出兵譚を取り上げ、その依拠資料の解明を目的とする。そのために本稿では、従来、言及されていない延慶本と同一の神功皇后伝承を載せる資料として、聖徳太子伝を指摘し、その内容を延慶本と比較した。さらに、延慶本と同文の新羅出兵譚を有する太子伝の伝本である、寛文六年刊本、真福寺文庫蔵『仏法最初弘仁伝』、養寿寺蔵『平氏伝』などの文保本太子伝と、延慶本を比較、検討した結果、延慶本の神功皇后新羅出兵譚の依拠資料が聖徳太子伝であると結論付けた。
著者
黒田 彰
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.109-151, 2013-11-30
著者
黒田 彰
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.55-76, 2014-03-01

祇寺図経(祇園図経)は、平家物語冒頭部「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」のもとになった、文献として知られるものである。その本文は、大正新脩大蔵経(卍続蔵経に拠る)等に収められ、底本は版本で、古写本の存在は、未だ知られていない。その意味で、版本の祇寺図経は、非常に重要なものとしなければならないが、不思議なことに、その版本は、これまで紹介されたことがない(かつて故渡辺貞麿氏が上巻のみ影印されている<『仏教文学研究』2期2>)。さて、本学図書館に、二本もの祇寺図経の所蔵されていることは、誠に幸いなこととすべきであろう。この機会に、佛教大学図書館の許可を得て、その内の一本、極楽寺旧蔵本を本号(上巻)、次号( 99号、下巻)の二回に分けて影印、公刊したく思う。
著者
空井 伸一
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.59-73, 2012-11-24

本稿は、護摩で用いられる「芥子」、就中その匂いを感受する作中人物の描かれ方を手がかりにその心根を照らし出す試みである。麻薬としてのいわゆる「罌粟(opium)」に通ずる芥子の語感から、異常な作用をもたらすように受け止められることがままあるが、しかし実際にそのようなことはない。さして変哲もないものに過剰に反応するなら、それは受け止める側の心の問題ということになるだろう。本稿が目的とするのは『雨月物語』中の二篇を読み解くことだが、その手始めに「芥子の香」なる特徴的な表現で知られた『源氏物語』「葵」の帖につき、それが六条御息所の苦衷を描く上でいかなる意味を持つかを考察する。次いで、この表現を自覚的に引用した「蛇性の婬」につき、豊雄に執念くつきまとう真女子は「芥子の香」をもって調伏されながら、しかしその香は同時に、加害を為す邪神とは断罪しかねる彼女の心意をも浮かび上げていることを論ずる。最後に、悪逆な死霊が高野山という霊場に跋扈し、しかもその死霊自らが霊場の神妙を言祝いでみせるという不可解さが読む者を戸惑わせてきた「仏法僧」につき、そのように言挙げする死霊たちの自意識を■明する上で、彼らの連句に読み込まれた「芥子」の語がひとつの徴証となることを論じる。
著者
平松 隆円
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.107-112, 2009-03-14
被引用文献数
1

This study was focused on the every day feeling adjustment with makeup. The purpose of this study was clarified whether manicure had as influenced to be desirable for feeling adjustment. The analytical subject was 40 female university students (M=19.68years old, SD=2.03). The index used Profile of Mood States(POMS). After using manicure, "Tension-Anxiety score","Depression -Dejection score","Anger-Hostility score", "Fatigue score","Confusion score" decreased significantly of Profile of Mood States(POMS) and "Vigor score" increased significantly of Profile of Mood Sates(POMS). The result of this study indicated a fact it is possible to give positive feeling adjustment affects on female university students through the using manicure. 本研究の目的は,化粧の日常的な感情調整作用に注目し,女子学生40名(平均年齢=19.68歳,SD=2.03)を対象に,マニキュアのもたらす感情調整作用について検討することである. マニキュア使用前後の感情の変化をProfile of Mood states(POMS)によって測定したところ,マニキュアの使用にともない,「緊張-不安」「抑うつ-落ち込み」「怒り-敵意」「疲労」「混乱」が有意に低下し,「活気」が有意に上昇することが明らかとなった. 本研究の結果から,マニキュアの使用はリラクセーションに有用であると考えられた.
著者
中野 加奈子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 社会福祉学研究科篇 (ISSN:18834019)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.55-70, 2009-03-01

ホームレス問題が社会問題化した1990年代後半以降には,ホームレス問題に取り組む研究者や支援者達によって様々な調査研究がなされ,ホームレス状態におかれる人々の生活実態が明らかになってきた。また2002年には「ホームレスの自立支援等に関する特別措置法」が制定されるなど政策的にも大きな動きがあった。しかし,これまでに生活再建に関わるソーシャルワークの課題として,Iホームレス問題」が取り上げられてきたことは少なかったように思われる。そこで本稿では,ホームレス問題についての先行研究や,制度政策の変遷,また実態調査の結果を振り返りながら,ホームレスの生活実態や,生活問題を捉える視点について考察し,ホームレスの生活史から,「ホームレス問題」を捉える事の重要性を検討する。そして,ホームレスの生活問題の特質と生活が変化していく過程を捉え,生活再建の意味とソーシャルワークに求められる機能を検証していく。
著者
森谷 峰雄 森谷 美麗
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.103-116, 2003-03-01

ミルトンの「パラダイス・ロスト』を元に、音楽作品を創作した有名な作曲家としては、Haydn,Franz Joseph (1732 -1809)とPenderecki,Krzysztof (1933年,11月23日ポーランド生まれ)の2人が知られている。前者は、3人の独奏者、合唱、管弦楽のための壮大なオラトリオ『天地創造』 (Die Schopfung) を創作し、後者はオペラParadiseLost (1978)を創作した。ペンデレツキのオペラは、登場人物がミルトン、アダム、イプ、サタン、パールゼブプ、モレク、ベリアル、マモン、神の声、死、罪、イスエル、ラファエル、ゼフォン、ガプリエル、メシア、ミカエルの17名である。内容は、アダムとイプ及び神との聞の平和・和解を中心に原作ミルトンの『パラダイス・ロスト』の主要な内容の全篇にわたっている。他方、ハイドンの方は、ミルトンの『パラダイス・ロスト』の中の一部(PL,Book,VIIの天地創造とBook Vのアダムとイブの朝の祈りの部分)から抜粋されている。もっとも、ハイドン自身がミルトンのParadise Lost全篇を読んで知っていたかどうかは不明である-ドイツ語訳の『パラダイス・ロスト』が完成されるのは、19世紀中葉になってからである。両者を聴いて比較すると、ハイドンの持つ宗教的深み、神への荘厳な感謝の念はペンデレツキにはない。もちろん、ハイドンにはペンデレツキの持つポリリズム(多線リズム polyrhythm) はない。この問題はここでは触れない。さて、本研究はミルトンの『パラダイス・ロスト』全篇12巻を音楽化する意思がある。ここでいう「音楽化」とは、言語芸術(詩)である『パラダイス・ロスト』に流れている創造精神を作曲者の思いのままに自由に形式にこだわりなく、音響乃至音楽-最終的には交響曲-に変換することであって、詩に節をつけることではない。ここで言う「音楽化」とは、原作の創造精神の自由な音楽的再創造のことである。すなわち、言語芸術の音響的芸術変換を言う。筆者らはすでに、ミルトンの詩をそのままコンピューターミュージック化した『音響失楽園』を有している。この音楽を作曲者がその自らの創造力でピアノ音楽へと再創造する。それは、おそらく、カトリック的な雰囲気をもつグレゴリウス聖歌的な曲になるだろう。現在、しかし、論文の原稿の量の制限からも、その他の理由から現在はできない。そこで、本稿は、ハイドンにならい、ミルトンの『パラダイス・ロスト』の一部を抜粋してピアノ作品に表現したい。テーマは、ペンデレツキの趣旨に似通う、アダムとイプそして、人類と神との平和である。『広島の犠牲者のための哀歌』 (Threnody for the Victims of Hiroshima,1961)を作曲したペンデレツキが戦争のむごたらしさ、残酷さを知り、平和を欣求する精神に溢れているように、ミルトンの中にも平和を求める気持ちは人一倍であった。ここで、平和というのは、事実としての戦争がない状態をいうのではなく、神・創造主とのつながりを得ている状態を言うのである。本稿は、ペンデレツキも着目した平和、人間と神との平和-これをへプライ語ではヒトラツァ(hitratstsa)という-の精神を与えられたアダムとイプが、心に真の平和を得て、楽園を去っていくまでを音楽化したものである。このピアノ作品は、Paradise Lost,Book IX,1134からBook XII,649までを音楽化したものである。イスラエルは、ミルトンの精神の中心思想を生んだ故郷である。しかるに、イスラエルは今日では世界で最も悲惨な国となった。この国においてほど、このヒトラツァが今や必要とされるところはない、と思われる。この曲はこの意味で、この国に捧げられてもよいのである。かつて、へブライ大学のトルーマン平和推進研究所(The Harry S. Truman Research Institute for the Advancement of Peace) の研究員(senior fellow) であった筆者には特別の思いが、この言葉ヒトラツァ(hitratstsa)にはある。なお、個人的なことで恐縮であるが、この言葉を教示してくださり、この曲についてもご配慮していただいたモーシェ・マオズ(Dr. Moshe Ma'oz)前研究所所長の思い出と共に、この曲を発表することができて嬉しい。本文の解説は森谷峰雄、作曲は森谷美麗が担当した。なお、この解説文をご高閲の上、筆者のあらぬ間違いをご指摘して下さった京都芸術大学教授龍村あや子氏に筆者は感謝の涙をした。
著者
奥野 啓子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 社会福祉学研究科篇 (ISSN:18834019)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.17-33, 2014-03-01

高齢社会に伴う社会問題を発端として介護の社会化が進んでいる。高齢化による福祉ニーズの多様化に伴い,「量の確保」に加え「質の確保」が新たな課題として取り上げられ,介護の専門性が新たな問題として,問われ出している。本研究の目的は,組織としてとりくんでいるグループ会議と,個人の経験をインタビュー調査をすることで,実践場面におけるケアワーカーの専門性を明らかにすることである。調査は介護老人福祉施設に勤務するケアワーカーを対象に実施した。取材し得られたデータは,KJ 法を用いて統合し,その構造を明らかにした。介護の専門性は「ケアに潜む5 つの罠」「空転する思い」といった2 つの〈不全〉に流されることなく,価値に根拠をおき,そこに知識や理論が加わり,総体としての介護過程を実践し,「経験の質」「共有の質」があがり,その結果としてよい評価ややりがいといったケアワーカーにとっての強みと独自性が発揮されることまでを含むことが,本研究によって明らかになった。
著者
長谷川 智治
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.67-108, 2012-03-25

数多ある山岳表現をもつ作例の中でも法隆寺・玉虫厨子の山岳に施された表現・技法は特殊であり、類似作例はみられない。だがその全てが独自のもので、他からの影響が皆無であるとは考え難い。本論ではその源流を辿るべく古代中国の山岳表現をもつ作例の観察と読み解きを進めた。その上で玉虫厨子山岳表現の詳細な観察との比較を行った結果、玉虫厨子の山岳はある特定の時代や様式の影響を受けて施工されたのではなく、様々な時代の特徴を内包した復古的とも呼べる表現であることが判明した。そして比較対象として重要な表現をもつ作例が、梁と西魏と云う隣接した時代に確認された。さらに捨身飼虎図は場面の中に枝の折れた竹を含ませることで、場面から場面への時間的推移を表していた。そして物語の舞台である山岳は静から動へと変動していく様を場面順に捉えており、『金光明経』捨身品にある「大地六種震動」の情景が描写されている可能性が示唆された。
著者
田中 実マルコス
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.33-48, 2011-03-01

黄檗宗萬福寺開山隠元禅師(以下諸師敬称略)とともに来日した獨湛は、後に萬福寺の第四世となる。獨湛は日本で『勧修作福念佛図説』を上梓し、念仏教化の資糧とした。それは昭和初期まで十刷も刊行されるほど用いられた。『勧修作福念仏図説』の左右には長文があり、その典拠は蓮宗九祖の一人に数えられる明代の雲棲.宏のものであると伝えられているが、今回はそれを証明し、さらに『勧修作福念佛図説』が近世日本の念仏教化にどのような影響を及ぼしたかを考察する。
著者
新矢 昌昭
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.143-159, 2007-03-01

近年、世界的にみて宗教は社会的な場での影響力を高めている。社会的な場での影響を持つ宗教の考え方として市民宗教論や公共宗教論などがあるが、ここでは市民宗教論を考察する。何故なら、一部でわが国での神道や神社は「公共性」をもつ市民宗教として主張されているからである。だがそもそも近代日本では市民宗教として国家神道が存在していたと考えられる。そこで市民宗教としての国家神道がどのような位置づけであったのかを考える必要がある。本稿では、近代日本の市民宗教を「上から」の市民宗教と考え、更に国家神道を狭義と広義の視点から近代日本の市民宗教を検討し、現在における市民宗教としての神道のあり方を考察したものである。市民宗教国家神道
著者
吉村 裕美 中河 督裕
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.1, pp.253-274, 2008-12-25

日本の国語教科書に採用されている「三年峠(三年とうげ)」は、韓国(朝鮮)理解の教材として位置づけられていることは、広く知られている。本稿は、この「三年峠」が日本の植民地時代に朝鮮総督府編纂の朝鮮語教科書に使用された経緯とその歴史的意味について考察したものである。もっとも、本稿の意図は安直に過去と現在とを直結させて、「三年峠」が「いわくつきの」テクストだと言いたいのではない。むしろ、教材が時代の要請をどのように反映してきたのかについて理解し、日本と朝鮮の近代が抱えた矛盾をじっくり考えさせるテクストとしての可能性を模索するところに主たる意図がある。