著者
清水 稔
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.94, pp.1-14, 2010-03-01

日本人は古代から今日にいたるまで、さまざまな外来文化を摂取し続けてきた。小論では、日本における外来文化の受容の歴史を外国語学習と教育の目的の観点から分析し、とくに明治以降の英語学習と教育がその受容の歴史をつよく反映していることを提示するとともに、またそれが、素読・会読・訳読といわれる漢文の学習法にもとづく蘭学の教授法(訳読方式)を継承する系譜と、お雇い外国人・宣教師あるいは海外留学経験者らによる英語教授法(オーディオ・リンガル・メソッド)の系譜との相克上にあることを確認する。
著者
中村 孝広
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.243-247, 2010-11-27

中村不折が皇紀二千六百年を祝って書いた掛軸「皇紀二千六百年記念」が真筆である根拠を記し、さらに掛軸を具体的に分析し、結果を記述したものである。
著者
植田 喜久子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.161-172, 1999-03-01

阪神・淡路大震災後における視覚障害者の移動・情報入手の実態について視覚障害者10名に半構成的面接調査法を行い明らかにした。大震災により環境は変化し,視覚障害者は環境を把握するてがかりを失い単独での移動が不可能になり,移動時間の延長や移動範囲が狭くなっていた。また,震災後の情報の伝達方法は健常者中心であり,視覚障害者は点字,ラジオ,家族や知人の説明により情報入手していた。災害時に視覚障害者自身が自助努力のみで移動したり生活に必要な情報が入手できないため,誰もが視覚障害者の不自由について理解し対応する重要性がある。誰もが災害時に人間がどのような体験をするのかを理解し,いかなる状況においてもより豊かに生きることができるように生活のあり方について学習する必要がある。学習課題の緊急性を考慮すると災害に関する学習は,生涯学習の現代的課題である。
著者
西之園 晴夫 望月 紫帆
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.59-67, 2006-03-01

生涯学習社会においては,従来の個人的な教養や資格取得に対応するだけでなく,変動と多様化を迎えて専門職能の育成など高度職業教育を必要としている。この場合,従来の講義方式では多様化に対応できず,ゼミ方式の少人数方式では教育コストの面で多人数教育には望めない。そこで多人数でありながら,協調と自律を目指した自主学習システムを開発しているが,その方法論ならびに佛教大学で276名の多人数授業を実施したときの成果を報告している。
著者
村岡 潔
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.89-104, 2007-03-01

本稿は,近代医学にとって人体実験がどのような機能を果たしているかについての考察である。「人体実験」という言葉は,日本の医学界の文脈では,一般に,忌避される傾向があり,代わりに「臨床試験」とか「治験」という耳になじみやすい言葉に置きかえられて流通している。これは,20世紀のナチス・ドイツや日本軍の七三一部隊の行なった非人道的人体実験との混同を避けるためと思われるが,近代医学が日進月歩すべきとする価値観に支えられている限り,医学研究でも日常臨床でも,人体実験,すなわち「人間を対象とする実験」は不可欠である。なぜなら,新たな医薬・治療法の開発において動物実験の結果を直ちに患者に応用することができないことからそれは自明であろう。この論考は,その視点に立って,主に,日常臨床における医師-患者関係というミクロの医療環境における医療行為に伴う一回性的体験実験の問題に焦点を当てたケース・スタディである。特に18世紀から19世紀の「英雄医学」や「大外科時代」の事例と,最近の出来事として慈恵大学青戸病院や埼玉医科大学医療センターにおける医療過誤の事例とを比較しながら,そこに通底する実験性の問題を分析した。また,C・ベルナールらの19世紀の人体実験に関する考察や事例から,近代医学の人体実験不可避性ならびに,そうした人体実験への意志の起源についても言及した。
著者
平松 隆円
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.147-155, 2012-03-14

なぜ、若者は電車内などの公衆場面で化粧をおこなうのか。ある調査によると、10歳代の約40%は電車内での化粧に抵抗なく、約30%が実際に経験している。しかしながら、50歳代では約8.5%に抵抗がなく、実際の経験も6.5%と低下する。これは、社会や集団において個人が同調することを期待されている行動や判断の基準である規範意識に差があるからと仮説できる。また、従来からのアルコールや薬物に加え、近年では携帯電話などの依存性が社会問題化している。化粧と依存性との関係について、化粧そのものに気分の高揚感が存在することから、公衆場面で化粧行動をおこなう者は、ある程度の依存状態にあるのではないかと仮説できる。そこで本研究は、公衆場面における化粧行動と規範意識や依存性について検討をおこなった。結果を要約すると、以下の通りになる。1)実際の化粧行動は、『日常的化粧行動』と『非日常的化粧行動』に構造化され、公衆場面での化粧行動は『不特定他者場面』と『特定他者場面』に構造化された。そして、男性では『非日常的化粧行動』が『不特定他者場面』と、『非日常的化粧行動』が『特定他者場面』と有意な正の相関関係を、女性では『日常的化粧行動』が『特定他者場面』と、『非日常的化粧行動』が『不特定他者場面』と有意な正の相関を示すことがわかった。2)男女とも『不特定他者場面』『特定他者場面』のそれぞれを規範意識が有意に規定することはなかった。3)男性では『不特定他者場面』を情動的依存が負に有意に規定することが、女性では『不特定他者場面』を情動的依存が負に有意に規定することが、『特定他者場面』を情動的依存が正に有意に規定することがわかった
著者
原 清治 山崎 瞳
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.7-18, 2006-03-14

近年の「学力低下論争」において、その中心にあった議論のひとつが子どもたちの学力の二極化であった。ゆとり教育によって、自主的に学習に取り組む姿勢が身につき始めた子どもたちがいる一方で、学力が低下し、「学びから逃走する子どもたち」が生み出されているというのである。本稿では、この学力の二極化現象において、学力が低下していない子どもたちの層に注目した。今日では塾に通うこと(通塾)が、学力を保障するうえで大きな影響力をもつことは先行研究より明らかであるが、塾に通う子どもたちの意識に注目した場合、時代の変化につれてその実態も大きく変化していたのである。インタビュー調査の結果、塾に通う子どもたちのなかには「塾がつらい」と感じている傾向もみられたが、それでも驚くほど長期に渡って通塾を続けるのが一般的であることが指摘された。その背景には、塾に通わない、いわゆる「勉強のできない子」たちとは明確に区別されたいという考えがはたらいているからであった。また、これまで塾がもち合わせていた「補習」型の機能が、学力低位の子どもたちから、学力上位群のなかにいる下位層(文中では「偽装エリート」群と表記)へと対象を変えており、塾の機能そのものにも変化がみられ始めていることも考察された。通塾する子どもたちの層の変化は、親がわが子を強制的に通塾させることが少なくなったことと無関係ではなく、親のなかにも子どもたちと同様に、教育に対する価値の二極化傾向が進行していると考えられる。
著者
山本 博昭
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.71-87, 2012-03-01

朝鮮総督府は、韓国「併合」以来、三次にわたる教育令改正により学校教育制度上の「国語」普及・常用政策を推進した。そして日中全面戦争以後、志願兵制実施及び徴兵制施行による朝鮮人青年を総動員する時期に至り、それまでの「忠良なる国民」から「天皇の神兵」「銃後の臣民」である「皇国臣民」となるための「国語」習得を推進するため、国民精神総動員朝鮮連盟・国民総力朝鮮連盟等との官民合同の「国語」普及・常用運動を展開した。1933年2月11日結成の在朝日本人民間団体緑旗連盟は、この官民合同の「国語」普及・常用政策推進をその事業方針に掲げ、運動を展開し、朝鮮植民地支配の一翼を担い支えた。その活動相を主として連盟発行の『緑旗』及び『大和塾日記』を対象に考察する。
著者
橘高 眞一郎
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.93, pp.77-91, 2009-03-01

文学性とは何なのか。その生成過程はどのようなものなのだろうか。本稿では、まずロシア・フォルマリズムのV.Shiklovskyの異化やプラハ言語学派のR.Jacobsonの詩的機能を基にしたD.Miall and D.Kuikenのモデル、D.Sperber and D.Wilsonの関連性理論(詩的効果)や認知科学でいう認知的ずれを取り入れた内海のモデル、スキーマ理論を基にしたP.Stockwell のモデルを比較検討し、それら3つのモデルが補完的な関係にあることを指摘する。次にJ.Kristeva の提唱した間テクスト性が、それらのモデルが相互作用するための文学作品の認知という基盤を提供すると同時に、創造的な読み(間読み性)を生成することを指摘し、そのことを考慮した間テクスト性基盤モデルを提案する。最後に、そのモデルを用いて、E.Hemingwayの短編小説を分析し、文学性が生成される過程を検証する。
著者
森谷 峰雄
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.97, pp.31-46, 2013-03-01

法然は、讃岐滞留に三つの福という名のつく寺-清福寺、真福寺、生福寺-を使って伝道したという謂れがある。しかも、夫々の間隔は、数百メートルであるので、拡声機もない当時に、これらの寺を同時に使用したとは、考え難く、又、時間を別にして、使用したとしても、近隣の故に、それほどの必要性はなかったと思われる。それでは、なぜ法然はこれら三福寺にかかわったのか、という疑問に出会う。それで、謎の三福寺とタイトルにしたのである。それは、法然がこれらの寺を建立したのではなく、当時すでに三福寺は建立されていて、それを法然が伝道に使用した、と考える。
著者
杉原 努
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.31-45, 2015-03-01

日本は世界でも群を抜いて多数の精神科ベッドおよび長期入院者があり,その対応は精神保健福祉政策の喫緊の課題である。そこで,長期入院者への退院支援に関する先行研究の論点を明らかにするとともに,退院を困難にしている要因の検証を行った。さらに,先行研究が着目した研究視点をカテゴライズした。その結果,17 の概念,5つのサブカテゴリー,2 つのカテゴリーに分類できた。一つのカテゴリー(表2 の番号1 から9) では,日本の精神科医療政策の問題点が明らかになった。地域における社会資源整備の遅れにより長期入院を生じさせてしまった現状があった。もう一つのカテゴリー(表2 の番号10 以降) では,考え方や実践における退院支援の観点が明らかになった。退院支援方法の確立と地域における支援システムの形成がなされつつある現状があった。これらは,長期入院者の社会的復権に向けた取り組みの一つとして位置づけられよう。本稿では主に前者のカテゴリー内容について論じる。後者のカテゴリー内容については第2 稿に示す。
著者
坂井 健
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.100-117, 1998-10-03

『野の花』論争で花袋が主張したいわゆる「大自然の主観」の論は、従来いわれている『審美新説』よりも、ハルトマンの美学の影響によって成り立っているものである。花袋は、ハルトマン美学を高瀬文渕に触発されて受容したため、その理解も文渕色の濃いものとなった。すなわち、冥想と人生修養の重視である。花袋は、ハルトマンの「小天地説」と文渕の「意象」の説とによって、「大自然の主観」の説を形成したと見られるが、その際、作者の主観を人生経験と修養によって徐々に進めていけば、「大自然の主観」に近づくことができると考えたので、冥想にこだわる必要がなくなり、修養がもっぱら重視されることとなった。ここに宗教色の濃い日本自然主義の源がある。
著者
松田 智子
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.99-110, 2001-03-01

本稿の目的は,性別役割分業を基盤とする高齢夫婦の問題,特に高齢男性の配偶者への依存性に焦点をあて,その依存性を規定している要因を明らかにすることである。ロジスティック回帰分析の結果,配偶者への依存度が高い群と低い群を分けるのは,学歴,家事遂行度,夫婦愛意識の3変数であった。すなわち,高学歴の男性,家事遂行度の低い男性,夫婦愛意識が強い男性で配偶者に対する依存度が高くなっていた。これらの分析結果から,高齢男性の中でも特に高学歴層に配偶者への依存度が強いこと,高齢男性の配偶者に対する依存性を軽減するためには,男性の家事分担の促進,夫婦愛にとらわれない意識が重要であることが明らかとなった。
著者
原田 敬一
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.88, pp.15-29, 2004-03-01

第一次世界大戦で00万人以上の戦没者母出した英数仏三ケ国は戦後、戦場に大小の戦争慕地(軍用慕地〉を建設した。若物たちの大量死という現実は、相当な慰霊の施設を作ることを世論として国家に要求することになった。英仏の首都にある「無名戦の墓」が有名ではあるが、それは戦場に作られた基地のおり方を前提として存在する。逆ではない。こうたあり方の究明を通じて、国民国家の戦没者追悼の現代的あり方が考察されねばならはない。
著者
中河 督裕
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.227-246, 2009-11-28

松本清張が『天城越え』について自ら解説した「『黒い画集』を終わって」中の記述を手がかりに、静岡県警察部保安課発行の『刑事警察参考資料』第四輯(国立国会図書館東京本館蔵)中の第五編「天城峠に於ける土工殺し事件」をその原拠資料として提示する。原拠資料の大半がほとんどそのまま『天城越え』の2章の事件記録として用いられ、一部が1・3章の回想部分に振り分けられる。加えて、原拠資料と川端康成『伊豆の踊子』の作品世界との類似性から『伊豆の踊子』とは対比的な物語が構想され、その実現のために資料の細部にさまざまな操作・変更が加えられ、また原拠資料にない大塚ハナという女性が新しく造型されるなどして、原拠資料での単なる金目当てだった事件が、『天城越え』での性の目覚めが少年を突き動かして起こる事件に改められていく、そうした『天城越え』の生成の過程を詳細に見ていく。そこに、清張作品が生成する一つの事例が浮かび上がる。
著者
松本 桂子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.85-95, 2005-03-01

D.H.ロレンスは、晩年を南フランスで静養に努めながらも創作を続け、価値ある諸作品を残した。中でも、刻々と迫る死を自覚しつつ書かれた詩「死の船」は、死後の魂を未知なる世界へと運び行く小さな船を象徴として、死という自然の摂理を独特の解釈と手法で描いた作品である。そこに凝縮された死生観にも通じる根本思想を追究することにより、ロレンスの最後のメッセージとして受け取りたい。方舟聖書エトルリア復活再生
著者
濱田 時実
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.55-71, 2015-03-01

大阪府富田林市にある美具久留御魂神社の秋季例大祭はだんじりが出る特徴がある。同地域は、「都市」や「農村」ではなく「郊外」と呼べる地域である。南河内においてだんじりが出る祭りは太子町にある科長神社の夏祭りで始まり、美具久留御魂神社の秋季例大祭で終わると言われている。したがって、だんじりが地域の祭礼における象徴ともなっている。本稿ではだんじりに関係する行事を主として取り扱う。これまでの地域研究において、民俗学が扱ってきたフィールドは大きく分けると「都市」「農村」「山村」「海村」に分類することが可能だが、現代におけるフィールドの概況は必ずしもそれらだけでは十分と言えない。祭礼研究においてもフィールドがそれらの分類に属していることを前提として論が進められているのが現状であり、祭礼研究の大きな課題である。本稿では、「都市」「農村」などに属さず、これまで民俗学が取り扱うことのなかった「郊外」という立場に注目し神社祭祀の現状を取り上げる。そして都市祭礼とも村落祭祀とも呼べない、郊外における神社祭祀の事例から、祭礼研究における課題を主張したい。
著者
内山 淳子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.79-93, 2006-03-01

少子化傾向が続く現在、その根本理由として、女性の子どもを産むことに対する心の問題が考えられる。主体的にライフスタイルを選択する女性の生き方は、結婚や家庭に対する固定的な考えを新たにし、子どもを産み育てる意識を変化させるものとなった。本稿では、エリクソンが成人の発達課題として掲げる「世代性(生殖性)」を中心的な視点として、社会文化的背景の推移による家庭教育と女性のライフコースの変化について検討し、子育て後の女性、子育て中の母親、および男女大学生に対して、子育ておよび家庭教育への意識を問う質問紙調査を行った。その結果、各世代の女性は共通して子どもをもつことに対する普遍的な価値を感じているが、実際の子育ての時期には否定的感情や孤独感を感じる母親が多くみられた。女子大学生では子どもをもつことに肯定的だが仕事との両立を希望する人が多く、大学生は家庭教育を基礎的な人間形成の場として重要視していた。これらから、子育て環境の整備により、本来子どもをもち育てたいと考える女性への支援の可能性がうかがえた。