著者
西之園 晴夫 望月 紫帆
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.59-67, 2006-03-01

生涯学習社会においては,従来の個人的な教養や資格取得に対応するだけでなく,変動と多様化を迎えて専門職能の育成など高度職業教育を必要としている。この場合,従来の講義方式では多様化に対応できず,ゼミ方式の少人数方式では教育コストの面で多人数教育には望めない。そこで多人数でありながら,協調と自律を目指した自主学習システムを開発しているが,その方法論ならびに佛教大学で276名の多人数授業を実施したときの成果を報告している。
著者
平松 隆円
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.147-155, 2012-03-14

なぜ、若者は電車内などの公衆場面で化粧をおこなうのか。ある調査によると、10歳代の約40%は電車内での化粧に抵抗なく、約30%が実際に経験している。しかしながら、50歳代では約8.5%に抵抗がなく、実際の経験も6.5%と低下する。これは、社会や集団において個人が同調することを期待されている行動や判断の基準である規範意識に差があるからと仮説できる。また、従来からのアルコールや薬物に加え、近年では携帯電話などの依存性が社会問題化している。化粧と依存性との関係について、化粧そのものに気分の高揚感が存在することから、公衆場面で化粧行動をおこなう者は、ある程度の依存状態にあるのではないかと仮説できる。そこで本研究は、公衆場面における化粧行動と規範意識や依存性について検討をおこなった。結果を要約すると、以下の通りになる。1)実際の化粧行動は、『日常的化粧行動』と『非日常的化粧行動』に構造化され、公衆場面での化粧行動は『不特定他者場面』と『特定他者場面』に構造化された。そして、男性では『非日常的化粧行動』が『不特定他者場面』と、『非日常的化粧行動』が『特定他者場面』と有意な正の相関関係を、女性では『日常的化粧行動』が『特定他者場面』と、『非日常的化粧行動』が『不特定他者場面』と有意な正の相関を示すことがわかった。2)男女とも『不特定他者場面』『特定他者場面』のそれぞれを規範意識が有意に規定することはなかった。3)男性では『不特定他者場面』を情動的依存が負に有意に規定することが、女性では『不特定他者場面』を情動的依存が負に有意に規定することが、『特定他者場面』を情動的依存が正に有意に規定することがわかった
著者
原田 敬一
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.88, pp.15-29, 2004-03-01

第一次世界大戦で00万人以上の戦没者母出した英数仏三ケ国は戦後、戦場に大小の戦争慕地(軍用慕地〉を建設した。若物たちの大量死という現実は、相当な慰霊の施設を作ることを世論として国家に要求することになった。英仏の首都にある「無名戦の墓」が有名ではあるが、それは戦場に作られた基地のおり方を前提として存在する。逆ではない。こうたあり方の究明を通じて、国民国家の戦没者追悼の現代的あり方が考察されねばならはない。
著者
中河 督裕
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.227-246, 2009-11-28

松本清張が『天城越え』について自ら解説した「『黒い画集』を終わって」中の記述を手がかりに、静岡県警察部保安課発行の『刑事警察参考資料』第四輯(国立国会図書館東京本館蔵)中の第五編「天城峠に於ける土工殺し事件」をその原拠資料として提示する。原拠資料の大半がほとんどそのまま『天城越え』の2章の事件記録として用いられ、一部が1・3章の回想部分に振り分けられる。加えて、原拠資料と川端康成『伊豆の踊子』の作品世界との類似性から『伊豆の踊子』とは対比的な物語が構想され、その実現のために資料の細部にさまざまな操作・変更が加えられ、また原拠資料にない大塚ハナという女性が新しく造型されるなどして、原拠資料での単なる金目当てだった事件が、『天城越え』での性の目覚めが少年を突き動かして起こる事件に改められていく、そうした『天城越え』の生成の過程を詳細に見ていく。そこに、清張作品が生成する一つの事例が浮かび上がる。
著者
松本 桂子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.85-95, 2005-03-01

D.H.ロレンスは、晩年を南フランスで静養に努めながらも創作を続け、価値ある諸作品を残した。中でも、刻々と迫る死を自覚しつつ書かれた詩「死の船」は、死後の魂を未知なる世界へと運び行く小さな船を象徴として、死という自然の摂理を独特の解釈と手法で描いた作品である。そこに凝縮された死生観にも通じる根本思想を追究することにより、ロレンスの最後のメッセージとして受け取りたい。方舟聖書エトルリア復活再生
著者
濱田 時実
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.55-71, 2015-03-01

大阪府富田林市にある美具久留御魂神社の秋季例大祭はだんじりが出る特徴がある。同地域は、「都市」や「農村」ではなく「郊外」と呼べる地域である。南河内においてだんじりが出る祭りは太子町にある科長神社の夏祭りで始まり、美具久留御魂神社の秋季例大祭で終わると言われている。したがって、だんじりが地域の祭礼における象徴ともなっている。本稿ではだんじりに関係する行事を主として取り扱う。これまでの地域研究において、民俗学が扱ってきたフィールドは大きく分けると「都市」「農村」「山村」「海村」に分類することが可能だが、現代におけるフィールドの概況は必ずしもそれらだけでは十分と言えない。祭礼研究においてもフィールドがそれらの分類に属していることを前提として論が進められているのが現状であり、祭礼研究の大きな課題である。本稿では、「都市」「農村」などに属さず、これまで民俗学が取り扱うことのなかった「郊外」という立場に注目し神社祭祀の現状を取り上げる。そして都市祭礼とも村落祭祀とも呼べない、郊外における神社祭祀の事例から、祭礼研究における課題を主張したい。
著者
内山 淳子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.79-93, 2006-03-01

少子化傾向が続く現在、その根本理由として、女性の子どもを産むことに対する心の問題が考えられる。主体的にライフスタイルを選択する女性の生き方は、結婚や家庭に対する固定的な考えを新たにし、子どもを産み育てる意識を変化させるものとなった。本稿では、エリクソンが成人の発達課題として掲げる「世代性(生殖性)」を中心的な視点として、社会文化的背景の推移による家庭教育と女性のライフコースの変化について検討し、子育て後の女性、子育て中の母親、および男女大学生に対して、子育ておよび家庭教育への意識を問う質問紙調査を行った。その結果、各世代の女性は共通して子どもをもつことに対する普遍的な価値を感じているが、実際の子育ての時期には否定的感情や孤独感を感じる母親が多くみられた。女子大学生では子どもをもつことに肯定的だが仕事との両立を希望する人が多く、大学生は家庭教育を基礎的な人間形成の場として重要視していた。これらから、子育て環境の整備により、本来子どもをもち育てたいと考える女性への支援の可能性がうかがえた。
著者
村岡 潔
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.67-73, 2014-03-01

本稿は,前回の隠謀学入門を受けて,その続編として執筆した。最初に,前回のまとめとして隠謀学の定義を簡単にまとめた。ついで,隠謀学的推論の基礎として,まず,「イベント」の単純パズル化について解説し,次に,隠謀学的営為においては等身大の思考が重要である旨を示唆しつつ,「隠謀学的サーブ権」について言語学的な観点から解説した。最後に,コジコジとジョージ・ムーンを取り上げ,隠謀学的等身大の生き方について若干のコメントを述べた。
著者
青木 信一
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.39-48, 2015-03-18

本稿では、A中学校における総合的な学習の時間を活用した、キャリア教育の取り組みに着目し、その取り組みのひとつであるドリカムスクールが、子どものキャリア発達に及ぼす効果や影響を明らかにすることを目的とした。最初に、キャリア教育で育成すべき力である、基礎的・汎用的能力(自己理解・自己管理能力、人間関係形成・社会形成能力、キャリアプランニング能力、課題対応能力)と、中学校学習指導要領に定められている総合的な学習の時間の目標について整理した。次に、総合的な学習の時間を活用したキャリア教育の視点からのドリカムスクールの取り組みは、子どもの基礎的・汎用的能力の育成に効果的なプログラムである、という仮説を立て、事例研究をおこなった。 その結果、ドリカムスクールが効果的なプログラムである、と断定することはできなかった。しかしながら、一般化という観点では、多くの課題が残るものの、ドリカムスクールの取り組みが、子どもの基礎的・汎用的能力の育成に有効な方策のひとつである、ということが本研究により明らかになった。
著者
森谷 峰雄
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.97, pp.31-46, 2013-03-01

法然は、讃岐滞留に三つの福という名のつく寺-清福寺、真福寺、生福寺-を使って伝道したという謂れがある。しかも、夫々の間隔は、数百メートルであるので、拡声機もない当時に、これらの寺を同時に使用したとは、考え難く、又、時間を別にして、使用したとしても、近隣の故に、それほどの必要性はなかったと思われる。それでは、なぜ法然はこれら三福寺にかかわったのか、という疑問に出会う。それで、謎の三福寺とタイトルにしたのである。それは、法然がこれらの寺を建立したのではなく、当時すでに三福寺は建立されていて、それを法然が伝道に使用した、と考える。
著者
杉原 努
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.31-45, 2015-03-01

日本は世界でも群を抜いて多数の精神科ベッドおよび長期入院者があり,その対応は精神保健福祉政策の喫緊の課題である。そこで,長期入院者への退院支援に関する先行研究の論点を明らかにするとともに,退院を困難にしている要因の検証を行った。さらに,先行研究が着目した研究視点をカテゴライズした。その結果,17 の概念,5つのサブカテゴリー,2 つのカテゴリーに分類できた。一つのカテゴリー(表2 の番号1 から9) では,日本の精神科医療政策の問題点が明らかになった。地域における社会資源整備の遅れにより長期入院を生じさせてしまった現状があった。もう一つのカテゴリー(表2 の番号10 以降) では,考え方や実践における退院支援の観点が明らかになった。退院支援方法の確立と地域における支援システムの形成がなされつつある現状があった。これらは,長期入院者の社会的復権に向けた取り組みの一つとして位置づけられよう。本稿では主に前者のカテゴリー内容について論じる。後者のカテゴリー内容については第2 稿に示す。
著者
門田 誠一
出版者
佛教大学
雑誌
歴史学部論集 (ISSN:21854203)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.65-76, 2013-03-01

紀年銘のある高句麗の金銅仏として知られる延嘉七年己未銘金銅仏に関して、従来は紀年の比定が論究の中心であった。これに対し、近年、釈読の進められている中国北朝代石窟の千仏図像の傍題に関する研究によって、千仏図像がいくつかの仏典に依拠することが明らかになってきた。それらは主として仏名経類であり、その内容が千仏図像として可視化されている。いっぽう、延嘉七年己未金銅仏銘文には「第廿九因現義仏」の語があり、これは仏名経の一つである『賢劫経』にみえる仏名であることが知られている。この仏像の制作年代は六世紀代とみられており、この時点で仏名経類に基づく仏像表現は敦煌莫高窟などの北朝石窟に限られることから、延嘉七年己未金銅仏銘文によって同様の信仰を実修していたことが明らかな高句麗の仏教が北朝の影響下にあったことを論じた。
著者
津田 敏
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学教育学部学会紀要 (ISSN:13474782)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.79-94, 2015-03-18

2014(平成26)年3月25日、「職業実践専門課程」に認定された学校、課程名が公表された。本稿は、専門学校の新たな道「職業実践専門課程」について、どのような学校が認定を受けたかを分析し考察した。結果、専門学校数が全国で中位から下位に位置する県の学校が、認定校の割合で上位に位置していること、認定校がゼロの県もあることが分かった。認定校は、県内外に複数校の学校を持つ専門学校が多く、認定ゼロ県の学校は、単独校が多いことが分かった。このことから、認定を受けた専門学校は組織力があるが、認定を受けていない学校で単独校は認定要件を満たすには非力と推察され、この制度を機に専門学校は二極化が進むのではないかと推察される結果となった。
著者
橘高 眞一郎
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.93, pp.77-91, 2009-03-01

文学性とは何なのか。その生成過程はどのようなものなのだろうか。本稿では、まずロシア・フォルマリズムのV.Shiklovskyの異化やプラハ言語学派のR.Jacobsonの詩的機能を基にしたD.Miall and D.Kuikenのモデル、D.Sperber and D.Wilsonの関連性理論(詩的効果)や認知科学でいう認知的ずれを取り入れた内海のモデル、スキーマ理論を基にしたP.Stockwell のモデルを比較検討し、それら3つのモデルが補完的な関係にあることを指摘する。次にJ.Kristeva の提唱した間テクスト性が、それらのモデルが相互作用するための文学作品の認知という基盤を提供すると同時に、創造的な読み(間読み性)を生成することを指摘し、そのことを考慮した間テクスト性基盤モデルを提案する。最後に、そのモデルを用いて、E.Hemingwayの短編小説を分析し、文学性が生成される過程を検証する。
著者
橋本 章
出版者
佛教大学
雑誌
鷹陵史学 (ISSN:0386331X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.151-175, 1995-09-30
著者
青木 京子
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大學大學院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.67-81, 2003-03-01

『人間失格』の「コキュ」の問題については、志賀直哉の『暗夜行路』を想定した作品だと指摘されている。「コキュ」そのものを追及した論文もみられ、示唆的ではある。しかし、『人間失格』と『暗夜行路』の詳細な比較を通し、その根拠を提示した論文は見られない。『人間失格』の草稿には、「コキュ」の場面に「暗夜行路」の記述が見られ、『暗夜行路』を想定した作品であることは明確である。が、「コキュ」の問題だけではなく、母の欠落、醜い女や淫売婦の造形、代理母のような年上の女性との接触等、双方には多くの共通点が見られる。従って、『人間失格』は『暗夜行路』をかなり意識した作品であるといえる。『暗夜行路』は多くの女性と接触することにより、「暗夜」を乗り越え、「明るい」世界へと向かう作品であるが、『人間失格』は、徐々に女給や淫売婦との深みにはまり、全幅の信頼を寄せた内縁のヨシ子にも裏切られ、破滅してゆく。太宰は晩年には志賀直哉を辛辣に批判しているが(「如是我聞」)、志賀直哉の作品をかなり視野に入れ、作品を構築している(「懶惰の歌留多」、『津軽』等)。太宰は『人間失格』を構築するのに、志賀直哉の集大成ともいえる『暗夜行路』をかなり意識していたのではなかろうか。
著者
高場 秀樹
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.164-180, 2004-11-27

『孔雀』(『文学界』一九六五[昭四〇]・二)を素材となった事件記事と比較することで、その技法について考察してみたい。1、作中の「脅迫電話」の機能について。2、野犬の習性について。3、「2」の語りについて考察し、刑事の機能を追求する。4、作品の対応関係、特に「遠吠え」という語に着眼して、細君の意味を考察する。