著者
持留 浩二
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.139-150, 2007-03-01

本論文は文学批評理論における比較的新しい手法である「進化論批評」について考察している。パラシュやキャロルといった批評家は新しい心理学の流れである進化心理学の観点から文学作品を読むことを提唱している。彼らは、科学者や宗教家と比べてより自由な立場にいる作家こそが最もよく人間の真の姿を理解しており、文学作品には普遍的な人間性が描かれていると言う。そこに描かれているものは生物学的な理屈に適っているのである。しかし進化論批評にも問題点がある。 時々、生物学的事実に反するようなことが作品に描かれていることがあるのだ。作品内容のみに注意を向けるだけではこの問題を解決できない。より正しい解釈を行うためには、作品のみに目を向けるのではなく、作者や、作者とその周辺の環境との相互作用を考慮に入れることが必要になってくるのである。
著者
杉山 貴士
出版者
佛教大学
雑誌
福祉教育開発センター紀要 (ISSN:13496646)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.165-179, 2015-03-31

昨今、性的マイノリティがメディアを通じて見聞きする機会が増えている。性同一性障害が「性的違和」に変更となり、地方議員や国政に進出する当事者も現われている。さらに最近は「LGBT 市場5.7 兆円」に代表されるように、市場価値を持つゲイがクローズアップされ、消費に旺盛な当事者像が出される一方で、自尊感情が低く「ゲイの自殺企図率は異性愛者の6 倍」という当事者像も出される。そうした狭間で実際に多くいるはずの「地域や組織で役割を果たして生計をなす当事者不在」となっている。 こうした現状で民医連職員としてゲイとして保健医療福祉専門職へ性的マイノリティ支援教育研修の機会を得た。地域や組織で働くゲイのありようを示しながら、研修の概要やポイントを整理し、研修によってどう行動変容があったのか受講者の声等を紹介する。同じ職場環境にいながら性的マイノリティ支援研究を進める当事者が行う研修の効用を考える。
著者
斎藤 英喜 ALASZEWSKA J. JANE Alaszewska
出版者
佛教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

(1)ジェーン・アラシェフスカ氏は、来日後、斎藤の大学院ゼミで、これまでの「民俗音楽」研究の経過、成果などについての報告を行なった。またそのときに先行研究である本田安次氏によって公刊された、伊豆諸島南部の巫女祭文を解読し、そのなかでとくに、高知県物部村のいざなぎ流祭文との類似点が見出される「呪詛の祭文」の精密の解読を進めた。その結果、いざなぎ流の祭文とほぼ同様な表現があること、また陰陽道系の呪符などには、近世社会に流布した『大雑書』の引用があることが確認された。(2)以上の研究成果にもとづいて、2010年6月25日に立命館大学で行なわれたSOASの日本宗教研究センター主宰のシンポジウム「祈祷と占い」での研究発表を行った。その発表については、中世宗教研究者である阿部泰郎氏、伊藤聡氏からも高い評価を得ることができた。とくに阿部氏からは『大雑書』の引用については、愛知県「奥三河の花祭り」との接点なども指摘されて、ジェーン・アラシェフスカ氏の研究の広がりを再確認することができた。(3)その後、中世の祭文、神楽に関する先行研究である岩田勝氏の『神楽源流考』などの著作をめぐって斎藤との共同研究によって、伊豆諸島南部の巫女祭文の研究が、中世の祭文、神楽の問題へと展開すべきことを指示した。(4)さらに2010年10月7日から11月15日までの長期にわたる伊豆諸島、とくに青ヶ島におけるフィールドワーク行なった。そのなかで10月20日の「船頭の祭り」、21日の「東台所神社の祭り」の祭祀を見学し、計十二時間におよぶ映像記録を撮影した。また25日には、広江清子巫女の自宅で行われた「天神祭り」を取材し、十時間におよぶ映像記録を撮影した。さらに青ヶ島村で行われた巫女の土葬儀礼を見学し、取材を行なった。一方、東台所神社、奥山家、広江家、佐々木家などの巫女・神職関係者が所蔵する祭文資料を収集し、その撮影を行なった。(5)今後は蒐集した祭文資料などをデジタル化して、できれば公刊することをめざす。また中世の祭文、神楽研究のテーマからは、とくに仏教との関わりが「念仏」読誦の問題として浮上したこと、さらにいざなぎ流や奥三河花祭りなどに見られる「浄土神楽」との接点がどのようにあるかが今後の研究課題として残されている。また蒐集した祭文中に見られる修験道儀礼、呪符との繋がりの解読も来年度における研究課題となった。
著者
古我 正和
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.88, pp.93-102, 2004-03-01

イギリスのヴィクトリア朝は、対外的に大いに発展して経済的にも国内の産業がフル稼働していた時期であった。そのため人間個人の幸福や安寧はそれに追い付かず、 国家的な方面からの法整備もかなわぬままに、イギリス国民はその好景気に飲み込まれ、弱肉強食体制の中で、模索しながら生きていかなければならなかった。Charles Dickensはそのような世相の中で堅実に生きていこうとする庶民に日を向け、暖かく見守った。とりわけクリスマスには人々の心を癒してくれる物語を数多く書いた。本論では、そのクリスマスの物語の一つThe Cricket on the Hearthをとりあげ、そこに出てくる生きものと人聞が、ヴィクトリア朝というこの試練の時期にいかに懸命に生きているかを眺めながら、同時にディケンズの描くヴイクトリア朝の影も 探ってみた。
著者
筒井 大祐
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.1-18, 2014-03-25

神功皇后新羅出兵譚を語る中世期の資料のひとつに『平家物語』がある。『平家物語』の神功皇后新羅出兵譚は、八幡縁起資料の内容と異なり、その依拠資料は未だ解明されていない。そこで本稿では、中世期における神功皇后伝承の展開を考察するためにも、延慶本『平家物語』の神功皇后新羅出兵譚を取り上げ、その依拠資料の解明を目的とする。そのために本稿では、従来、言及されていない延慶本と同一の神功皇后伝承を載せる資料として、聖徳太子伝を指摘し、その内容を延慶本と比較した。さらに、延慶本と同文の新羅出兵譚を有する太子伝の伝本である、寛文六年刊本、真福寺文庫蔵『仏法最初弘仁伝』、養寿寺蔵『平氏伝』などの文保本太子伝と、延慶本を比較、検討した結果、延慶本の神功皇后新羅出兵譚の依拠資料が聖徳太子伝であると結論付けた。
著者
黒田 彰
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.109-151, 2013-11-30
著者
黒田 彰
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.55-76, 2014-03-01

祇寺図経(祇園図経)は、平家物語冒頭部「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」のもとになった、文献として知られるものである。その本文は、大正新脩大蔵経(卍続蔵経に拠る)等に収められ、底本は版本で、古写本の存在は、未だ知られていない。その意味で、版本の祇寺図経は、非常に重要なものとしなければならないが、不思議なことに、その版本は、これまで紹介されたことがない(かつて故渡辺貞麿氏が上巻のみ影印されている<『仏教文学研究』2期2>)。さて、本学図書館に、二本もの祇寺図経の所蔵されていることは、誠に幸いなこととすべきであろう。この機会に、佛教大学図書館の許可を得て、その内の一本、極楽寺旧蔵本を本号(上巻)、次号( 99号、下巻)の二回に分けて影印、公刊したく思う。
著者
空井 伸一
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.59-73, 2012-11-24

本稿は、護摩で用いられる「芥子」、就中その匂いを感受する作中人物の描かれ方を手がかりにその心根を照らし出す試みである。麻薬としてのいわゆる「罌粟(opium)」に通ずる芥子の語感から、異常な作用をもたらすように受け止められることがままあるが、しかし実際にそのようなことはない。さして変哲もないものに過剰に反応するなら、それは受け止める側の心の問題ということになるだろう。本稿が目的とするのは『雨月物語』中の二篇を読み解くことだが、その手始めに「芥子の香」なる特徴的な表現で知られた『源氏物語』「葵」の帖につき、それが六条御息所の苦衷を描く上でいかなる意味を持つかを考察する。次いで、この表現を自覚的に引用した「蛇性の婬」につき、豊雄に執念くつきまとう真女子は「芥子の香」をもって調伏されながら、しかしその香は同時に、加害を為す邪神とは断罪しかねる彼女の心意をも浮かび上げていることを論ずる。最後に、悪逆な死霊が高野山という霊場に跋扈し、しかもその死霊自らが霊場の神妙を言祝いでみせるという不可解さが読む者を戸惑わせてきた「仏法僧」につき、そのように言挙げする死霊たちの自意識を■明する上で、彼らの連句に読み込まれた「芥子」の語がひとつの徴証となることを論じる。
著者
長谷川 智治
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.67-108, 2012-03-25

数多ある山岳表現をもつ作例の中でも法隆寺・玉虫厨子の山岳に施された表現・技法は特殊であり、類似作例はみられない。だがその全てが独自のもので、他からの影響が皆無であるとは考え難い。本論ではその源流を辿るべく古代中国の山岳表現をもつ作例の観察と読み解きを進めた。その上で玉虫厨子山岳表現の詳細な観察との比較を行った結果、玉虫厨子の山岳はある特定の時代や様式の影響を受けて施工されたのではなく、様々な時代の特徴を内包した復古的とも呼べる表現であることが判明した。そして比較対象として重要な表現をもつ作例が、梁と西魏と云う隣接した時代に確認された。さらに捨身飼虎図は場面の中に枝の折れた竹を含ませることで、場面から場面への時間的推移を表していた。そして物語の舞台である山岳は静から動へと変動していく様を場面順に捉えており、『金光明経』捨身品にある「大地六種震動」の情景が描写されている可能性が示唆された。
著者
宮脇 陽三
出版者
佛教大学
雑誌
教育学部論集 (ISSN:09163875)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.85-101, 2001-03-01

現代フランスの大学入学資格試験制度(パカロレア)は, 1985年に国民教育大臣シュベーヌマン(J.P. Chevnement) による「18歳人口の80%をパカロレア水準へ」という教育政策目標が提唱されて以来,そのための1985年11月の職業高校と職業大学入学資格試験(baccalaureat professionnel)の創設にともなって,高等教育の大衆化段階から普及化段階への移行を推進する有力な手段となっている。この大学入学資格試験制度は,1985年11月以後では,中等教育パカロレア(A,B, C, D,E科),と科学技術パカロレア(F,G,H科)と,職業パカロレアと,社会人対象の特別パカロレア(1986年3月創設)の4種類に分類することができるのである。大学入学資格取得者数は1985年が222,429人,1997年が471,000人, 2000年6月期が644,128人(LeMonde de l'education,Juillet-aout,2000,P.63)であって,1990年代の平均18歳入口の71-72万人の80%台にほぼ到達しているとみられるのである。この小論では,科学技術パカロレアの旧名称の技術者パカロレア(1969年創設)を中心として,大学入学資格試験制度の大衆化路線が走りだす1959年から1982年までの大衆化過程の動向を,(1)資格社会フランスにおける大学入学資格試験制度の存在意義,(2)1976年から1982年までの大学入学資格試験の進展,(3)大学入学資格試験における一般教養教育と職業専門教養教育の統合化の課題について考察しようとするものである。
著者
中河 督裕
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.227-246, 2009-11-28

松本清張が『天城越え』について自ら解説した「『黒い画集』を終わって」中の記述を手がかりに、静岡県警察部保安課発行の『刑事警察参考資料』第四輯(国立国会図書館東京本館蔵)中の第五編「天城峠に於ける土工殺し事件」をその原拠資料として提示する。原拠資料の大半がほとんどそのまま『天城越え』の2章の事件記録として用いられ、一部が1・3章の回想部分に振り分けられる。加えて、原拠資料と川端康成『伊豆の踊子』の作品世界との類似性から『伊豆の踊子』とは対比的な物語が構想され、その実現のために資料の細部にさまざまな操作・変更が加えられ、また原拠資料にない大塚ハナという女性が新しく造型されるなどして、原拠資料での単なる金目当てだった事件が、『天城越え』での性の目覚めが少年を突き動かして起こる事件に改められていく、そうした『天城越え』の生成の過程を詳細に見ていく。そこに、清張作品が生成する一つの事例が浮かび上がる。
著者
中井 真孝
出版者
佛教大学
雑誌
歴史学部論集 (ISSN:21854203)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-19, 2015-03-01

専修念仏に対する糾弾の嚆矢たる「興福寺奏状」について、これまでの定説を覆し、停止要請がなされたのは専修念仏それ自体ではなく、専修念仏者の逸脱行為であったとする研究が登場した。専修念仏停止の院宣・宣旨は繰り返し出たので、歴史上類例のない宗教弾圧とみてきたが、改めて関係史料を読み直すと、これまで専修念仏停止とみなしていた歴史事象の多くは、必ずしも専修念仏そのものを停止したのではなく、問題を起こした専修念仏者への法的措置であった。これまで専修念仏停止を命令したと見てきた院宣・宣旨等は、元久二年、同三年、建永二年、建保五年、同七年、貞応三年と史料に現れる。これらを詳細に検討したところ、いずれも糾弾の対象となった専修念仏者への法的処断であり、考察した元久元年から貞応三年までの間、一度も専修念仏は停止されていなかった。
著者
中村 一晴
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.73-89, 2009-03-01

本稿は、中世から神仏分離に至るまで仏教的神号として通用していた大明神号が何時頃誕生し、どのような過程で仏教と結びついてきたのかを、同時代の仏教から見た神祇信仰を追いながら考察したものである。第一章では、十世紀には大明神号が存在していたことを、『住吉神社神代記』以下の史料から明らかにすると共に、『門葉記』所引史料や東寺観智院旧蔵本『三宝絵』に見える大明神号が何時頃成立したのかについて考察する。第二章では、『御堂関白記』の中で他の神とは違う地位を与えられていた大明神とはいかなる神であったのかという点について考察し、十一世紀の神にはすでに仏菩薩の化身とする信仰が存在していたが、仏菩薩のように直接衆生を救済するのではなく、護法の役割が期待されていたことを明らかにする。第三章では、十二世紀に成立した史料を扱い、『悲華経』を典拠として釈迦が末法中に大明神として現ずるという説が『注好選』に見えており、そこでは神が仏菩薩の垂跡として認められながらも、仏菩薩と同じ救済の機能は認められておらず、結局は神を信仰することが否定されているということを述べた。その上で、同じく十二世紀前半に成立した『今昔物語集』でも神は積極的に認められていないが、その一方で神の「本地」である具体的な仏菩薩が設定されるのがこの時代であって、神が仏菩薩と同様に結縁し、往生を願う対象となっていくことを明らかにした。
著者
ジョルジョ プレモセリ
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.19-35, 2014-03-01

本論では、泰山府君を中心に陰陽道における祭祀と祭文という視点から平安後期における陰陽道の「宗教性」に関して考察を試みる。そのため、泰山府君が『今昔物語集』の中でいかに描かれていたかに着目し、古記録から泰山府君祭の記録に焦点を当てる。さらに、陰陽道独自の世界観を描いている祭文から泰山府君はいかなる陰陽道神であったかを検討する。祭文の中では、泰山府君が「冥道諸神十二座」の「十二冥道の尊長」として新たに位置づけられるが、このような展開は、『今昔物語集』や古記録にはみえない。十二世紀初期から安倍泰親が安倍家の陰陽師としての権力を押し出して、泰山府君祭を作り上げた始祖安倍晴明のように泰山府君の利益を貴族社会に宣伝した。平安後期の祭文における陰陽道固有の世界観の中では、泰山府君は顕密体制論の中の仏教的存在には解消できない面も見えてくる。そのことによって、祭祀や祭文を中心に考える見方が陰陽道研究の新たな展望を示していくだろう。
著者
富田 英典
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.49-64, 1997-03-01
被引用文献数
1

近年,通信メディアの発達には目を見張るものがある。本稿では,移動体通信メディアの発達が,都市空間においてどのような人間関係を生みだそうとしているかについて考察する。まず,携帯電話やPHS,ポケットベルも含めた移動体通信メディアが,現代人の中にどのような欲望を生み出そうとしているのかについて,非同期コミュニケーションメディア(電子メール・ボイスメール・ファックス)に関するマーカスらの調査研究を紹介しながら研究する。「いつでも,どこでも」自由に会話ができるはずのこれらの通信メディアの特質は,受信する側にとっては,逆に自由を奪うメディアにもなりうる。マーカスらが明らかにした「自分の好みに合わせて送受信したい」という願望は,在宅中でも留守番電話機能を利用したり,携帯電話やPHSでの留守番電話機能の利用に現れている。本稿では,このような電話コミュニケーションを「居留守番電話型コミュニケーション」と呼ぶ。他方で,都市空間を舞台に利用される携帯電話やPHSやポケットベルは,外出中でも友人と連絡が取れ,都市空間をより自由に楽しむことを可能にしてくれる。同時に,これらのメディアは,匿名牲のメディア・コミュニケーションを可能にする。NTTのダイヤルQ2を利用した「ツーショット」番組やポケットベルの「ベル友」などは,匿名のストレンジャーとの間に親密な関係を成立させ始めている。本稿では,このような他者をIntimate Strangerと呼び\匿名性の中に新しい親密性が成立する可能性を示す。
著者
古賀 瑞枝
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.1-18, 2013-03-01

福岡県久留米市の筑後川畔に鎮座する水天宮は、全国の水天宮の総本宮である。文政元年(一八一八)、時の久留米藩主有馬頼徳が江戸へ勧請、以後江戸の人々に篤く信仰された。江戸の流行神と見るむきもある。現在、水天宮は安産の守護神として信仰されるが、本来は水難除けの神であった。水難よけの神が、なぜ安産の神となったのか。また、高度に医療が発達した現代にあって、安産の神が信仰されるのはなぜか。これを明らかにするため、まず、久留米での初期の水天宮信仰について紹介する。次に江戸での信仰、近代に入ってからの信仰、当時の家族と社会について考察する。資料として江戸時代の随筆や日記、明治からは戯作・小説・新聞記事などを使用する。より庶民に近い資料を用いることで、市井の人々が水天宮によせた思いに迫れると考えるからである。その結果、人々の願いをすくいあげて変容していく神の有り方が浮かび上がったのではないかと考える。