著者
多々良 大輔 吉住 浩平 野崎 壮 原田 伸哉 中元寺 聡
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0485, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 側臥位での股関節外転運動は、診療場面にて検査もしくはトレーニングとして使用することが多い。主動作筋である中殿筋の機能に関する報告は、腰椎の側屈、股関節屈曲などの代償運動を考慮して、背臥位での計測結果を報告したものが多いが、側臥位では腰椎-骨盤帯の安定性に関与する腹壁筋、傍脊柱筋の作用により固定筋としての作用が得られないと、効果的な外転筋の発揮は困難である。本研究の目的は、側臥位にて寛骨非固定、固定下での等尺性股関節外転運動を行った際の中殿筋、内腹斜筋、腰方形筋、腰部多裂筋の活動を表面筋電図にて計測・比較し、主動作筋である中殿筋と他の固定筋との関係性を明らかにすることである。【方法】 健常男性15名(平均年齢:25.9±3.0歳、身長:175.3±6.7cm、体重:66.4±7.5kg)、全例、効き足が右の者で、腰痛を有していない者を対象とした。被験筋は、中殿筋、内腹斜筋、腰方形筋、腰部多裂筋の4筋とした。表面電極は皮膚処理を十分行った上で、日本光電社製NCS電極NM-317Y3を使用し、Cynnの記述を参考に20mm間に貼付した。表面筋電計は日本光電社製NeuropackS1を用いて、サンプリング周波数1000Hzにて、上記4筋について、それぞれ徒手筋力検査(manual muscle testing:MMT)の肢位に準じて、各筋の等尺性収縮を最大随意収縮強度(100%MVC:maximal voluntary contraction)を計測した。測定肢位は側臥位、両上肢は胸骨の前面で組ませ、頭頂・耳孔・肩峰・大転子が一直線上になるようポジショニングを行った。股関節角度は伸展10度、外転25度の位置に膝関節外側裂隙から近位3cmの部位に接するように平行棒を設置・固定し、大腿遠位部が平行棒に触れる直前にて保持するように指示し、寛骨非固定下、骨盤固定下の2条件にて股関節外転運動を等尺性収縮にて行った。測定時間は5秒間とし、前後1秒間を除いた中間の3秒間にて、積分値が最大となる0.2秒間を1000Hzにてサンプリングし、各筋の随意収縮強度(%MVC)を算出、比較を行った。なお、各群ともに1分間の休息を挟んで3回実施し、平均値を算出した。寛骨の固定は同一検者にて、各測定前にハンドダイナモメーター(Hoggan社製:MicroFET2)を用いて、80Nにて圧迫を加えられるよう十分な練習を行ってから、上側となる腸骨稜から仙腸関節を圧縮する方向に徒手的に圧迫を加えた。統計処理は寛骨非固定下(以下、A群)、寛骨固定化(以下、B群)における各筋の%MVCについて、中殿筋・腰部多裂筋はt検定を、内腹斜筋・腰方形筋についてはWilcoxon符号順位検定を用い、有意水準5%未満にて分析した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の主旨を書面にて説明し、参加に同意を得た者を対象とした。【結果】 A群では中殿筋:43.3±13.1%、内腹斜筋:31.6±29.4%、腰方形筋:30.9±10.2%、腰部多裂筋:25.5±12.3%、B群では中殿筋:31.5±14.7%、内腹斜筋:19.2±15.6%、腰方形筋:29.6±16.6%、腰部多裂筋:28.1±14.8%となった。A群と比較し、B群では中殿筋、内腹斜筋が低値を示した(p<0.05)。【考察】 寛骨の固定により、主動作筋である中殿筋の筋長は変化しないにも関わらず、%MVCが低値を示したことから、起始となる寛骨の安定性が提供されることで、効率的な筋活動にて外転位保持が可能となったと考えられる。側臥位での股関節外転運動では、腰椎-骨盤帯-股関節複合体として、関与する筋群の協調した運動制御が重要であることが示唆された。診療場面において、寛骨の固定により非固定時よりも中殿筋の出力が容易となることが確認できた場合、寛骨の安定化に関わる固定筋の賦活も併せてアプローチすることが重要である。今後は同様の計測条件にて、寛骨固定の有無による股関節外転筋トルクの変化を算出・比較するとともに、周波数解析を用いて各筋の質的因子の変化について検討していきたい。
著者
永井 秀幸 赤坂 清和 乙戸 崇寬 澤田 豊 大久保 雄
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1254, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】下腹部引き込み動作(以下ドローイン)は通常背臥位で行われる。しかし,腰痛者が職場で背臥位やバランスボールを使用することはスペースや安全面から困難であり,椅子座位でエクササイズを施行する方が機能的・現実的であると考えられる。そこで我々は,椅子座位で施行出来る効果的な腰痛予防エクササイズを模索するため,超音波診断装置を用いてバランスディスクの有無とドローインエクササイズを組み合わせた腹部深層筋の筋活動が高まる運動課題を検討した。【方法】対象は,本研究に対して同意を得られた健常男性20名(平均年齢:22.2±2.7歳)とした。測定機器は,超音波診断装置(ALOKA社製PROSOUND6)を用いた。基準となる安静背臥位で腹横筋と内腹斜筋の筋厚を測定した。運動課題は,椅子座位,バランスディスク座位とし,各々に①安静,②左片脚挙上(以下knee elevation),③下腹部引き込み動作(以下ドローイン),④ドローインしながら左片脚挙上(以下ドローイン+knee elevation)を行なう合計8種類とした。測定部位は,最下位肋骨の下端と腸骨稜の中点かつ前腋窩線上とし,測定はすべて右腹壁にて安静呼気時に測定した。また,前述の運動課題施行中の難易度をVASにて測定した。さらに,筋厚の安静背臥位との比(以下,安静時比)を算出した。筋厚の比較は腹横筋と内腹斜筋における椅子座位,ディスク座位の2つの姿勢と前述の4つの運動課題の2要因による2元配置分散分析と多重比較を行った。また,各課題における難易度のVASの比較についても同様に実施した。統計処理にはSPSS Statistics version 21を使用し,有意水準を5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,埼玉医科大学保健医療学部倫理員会による承認(M-37)を得て実施した。【結果】各運動課題における筋厚の安静時比は,腹横筋について椅子座位でのドローインでは2.1倍,ドローイン+knee elevationでは2.4倍,ディスク座位でのドローイン+knee elevationが2.5倍となった。腹横筋の筋厚は,姿勢による有意差はなく,運動課題では,安静<knee elevation<ドローイン<ドローイン+knee elevationとなり,不等号部分にて,有意に筋厚が増加した。内腹斜筋の筋厚は,椅子座位よりもディスク座位で有意に増加した。また,運動課題間の比較では,安静<knee elevation,ドローイン<ドローイン+knee elevationとなり,不等号部分にて有意に筋厚が増加した。椅子座位における4つの運動課題の難易度は,安静<knee elevation,ドローイン<ドローイン+knee elevationとなり,ディスク座位における難易度は,安静<ドローイン<knee elevation<ドローイン+knee elevationとなり,不等号部分にて有意に難易度が増加した。各運動課題における椅子座位とディスク座位との難易度は,全てにおいてディスク座位の方が,難易度が高い結果となった。【考察】各運動課題における筋厚の安静時比の結果は,バランスボールの先行研究(Rasouri O, et al. 2011)と同程度であり,バランスディスクはバランスボールと同程度の効果を示唆した。座面の不安定性では,ローカルよりもグローバルマッスルが,有意に活動が増大したことを示唆した。また,knee elevationよりもドローインが腹横筋の活動を増大させ,内腹斜筋は両課題の有意差はみられなかった。一方,ドローインの影響は内腹斜筋より腹横筋の方が大きく,先行研究(Urquhart DM, et al. 2005)と同様の結果となった。ドローイン+knee elevation時の腹横筋・内腹斜筋の筋厚が有意に高くなった理由は,大腰筋の収縮が腰椎・骨盤の固定性をさらに高める必要性を生じさせ,両筋の筋活動がより増加したと推察する。これらから,内腹斜筋の過活動を抑えながら腹横筋の筋厚を高めるには椅子座位でのドローインが有用であり,両筋の活動増加を目的とする場合は難易度が高くなるが,椅子座位でのドローイン+knee elevationが有用であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】腹横筋について,バランスディスクの影響は少なく,knee elevationよりドローインの影響が大きいことが示唆された。また,ドローインでknee elevationさせると,腹横筋と内腹斜筋の筋厚が増加するととともに,難易度が増加することが示唆された。これらの結果は,臨床での腰痛者への運動療法を行う際,運動の選択における基礎的知見になると考える。
著者
田辺 康二 洲崎 俊男
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.398, 2003

【はじめに】呼吸筋トレーニングにおいて対象となる筋は主に横隔膜であるが、これを除けば呼気筋群あるいは吸気筋群に対してアプローチすることが多く、単独の呼吸補助筋に対して行っている報告はほとんどみられない。<BR> 今回、強い運動強度において呼気に活動するという広背筋(以下LD)に着目し、健常人を対象としてLDの筋力・筋持久力の増加が換気に与える影響について検討し、若干の知見を得たので報告する。<BR>【対象と方法】計画を説明し同意を得た健常男性20名を対象とした。トレーニングはLDに対してラバーバンドを用い、初回時に測定した30%MVCの負荷で疲労困憊に至る回数を各自行わせ、8週間の筋持久力トレーニングとして行った。トレーニングの前後にはLDの筋力・筋持久力の評価および肺機能検査を実施した。また、LDと同様の呼気筋として働く腹直筋(以下RA)についても筋力・筋持久力の評価を行った。<BR> 筋力・筋持久力の評価にはトルクマシーンを用いた。LDは腹臥位で肩関節中間位から伸展方向に最大等尺性収縮を行わせ、ピークトルクとその値の50%まで減衰する時間を測定した。RAには体幹屈伸筋力測定機を用い体幹直立位から屈曲方向に最大等尺性収縮を行わせ、ピークトルクとその値の70%まで減衰する時間を測定した。呼吸機能検査はスパイロメータを用い%肺活量、1秒率、%MVVを測定した。統計学的処理はトレーニング前後の同項目についてt検定を用い、有意水準は1%とした。<BR>【結果】トレーンニング実施頻度は平均4.0回/週(遂行率57.3%)であった。LDのピークトルクはトレーニング前0.54、後0.63Nm/kg、筋持久力はそれぞれ14.8、28.1秒であり、各項目に有意な差を認めた。RAはLDのトレーニング前後でピークトルクや筋持久力に有意な差を認めなかった。肺機能検査では%肺活量、1秒率はそれぞれトレーニング前107.6、92.9%、後111.1、91.9%であり、各項目に有意な差は認めなかった。また、%MVVはトレーニング前119.7、後132.2%であり、有意な差を認めた。<BR>【考察】トレーニング後にLDの筋力に増加(17%増)がみられたが、呼気筋の瞬発性の要素を含んでいる1秒率を変化させるまでに至らなかったと思われる。<BR> またMVVが増加した理由として、呼気時にRAとともに筋力と筋持久力が増加(90%増)したLDとの同時収縮による活動が影響したと考えられる。これにより筋疲労による経時的な腹腔内圧の減少が抑えられ、横隔膜の挙上や肋骨の引き下げを補助し、呼気量を増すよう作用したと推察される。したがってLDの筋持久力の増加は、努力性の最大換気時に呼気補助筋として有効に作用していると思われる。<BR> 呼吸器疾患の症例を対象として考えた場合、呼吸不全の原因として胸郭のポンプ機能不全があげられるが、LD単独の筋持久力の増加は低換気を改善させる可能性が示唆される。<BR>
著者
小林 裕和 池田 勘一 藤川 大輔 安倍 浩之 石元 泰子 冨岡 貞治 柴田 知香 大藤 美佳 中島 あつこ 寺本 裕之 田川 維之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.481, 2003

【はじめに】野球における打撃動作は全身の各関節が連動しながら遂行される。打撃動作のスキルに関与する身体機能のパラメーターを分析することが、打撃動作のスキル向上につながるのではないかと考える。そこで今回我々は、2001年度より定期的に実施している高校野球チームに対するメディカルチェックの結果から、打撃動作解析と各筋力との関係を検討し若干の知見を得たので報告する。【対象】某高校野球部に所属していた高校生32名(右打者30名、左打者2名)を対象とした。【方法】野球部員に対し実施したメディカルチェックの中から_丸1_筋力測定値、_丸2_三次元動作解析器による打撃動作解析結果を用い、分析した。 筋力測定はBIODEX system3(酒井医療株式会社製)を用い、肩関節外・内旋、股関節屈曲・伸展・外・内転、膝関節屈曲・伸展をそれぞれ左右測定した。また体幹屈曲・伸展についても測定した。更にスメドレー式握力計を用いて、握力測定を行った。 動作解析には、三次元動作解析system(ヘンリージャパン株式会社製)を用いて、打撃動作を分析し、バットのヘッドスピード(m/sec)、最大体幹回旋角度(°)、最大体幹回旋角速度(°/sec)を算出した。 統計処理は_丸1__から__丸2_の各パラメーターとバットのヘッドスピード、最大体幹回旋角度、最大体幹回旋角速度における相関分析を行った。【結果】 バットのヘッドスピードと各パラメーターの関係では、右股関節屈曲、外転、内転筋力、左股関節外転筋力、右肩内旋筋力、左肩外旋筋力、右握力、左握力等の間にR=0.513、0.224、0.243、0.221、0.208、0.209、0.409、0.275の有意な相関関係が認められた。【考察】 打撃動作は全身の各関節が連動しながら遂行される。特に、下肢からの回旋エネルギーの伝達が重要であると考える。小野等によると、上体が右後方へ傾斜した際には右股関節屈筋の作用によりバランスを保持すると述べている。右打者の場合、打撃動作初期の右股関節外転、伸展、外旋及び骨盤帯の左回旋により、相対的に上体が右後方へ傾斜する。その状態から回旋エネルギーを上体へ伝えるためのKey muscleとして、右股関節屈筋の作用が重要ではないかと考える。以上の如く、相関の見られた股関節周囲筋はこの回旋エネルギーの伝達に強力に関与しているのではないかと考える。 本学会において更に、データ解析、考察を加え詳細について報告する。
著者
宮地 諒 森 健太郎 出口 美由樹 米倉 佐恵 波 拓夢
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H2-140_1, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに、目的】 臨床上,自動下肢伸展挙上運動や歩行など種々の課題の中で大腿骨頭の腹側への偏移を有する症例は多く,それに対し股関節安定化運動を実施する場面はしばしばみられる.しかし,副運動の制御についての報告は少なく,股関節安定化運動時の筋活動については明らかにされていない.そのため,本研究は大腿骨頭の腹側方向への負荷に対して股関節安定化運動を行った際の筋厚を測定し,関与する筋を明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は下肢や脊柱に関節障害などの既往がなく,日常生活に影響する疼痛がない健常成人男性10名(25.2±4.3歳)とした.測定肢位は背臥位にてベルトで骨盤と大腿骨遠位部を固定した肢位とした.大腿骨頭の腹側方向への負荷は坐骨結節より遠位の大腿部に空気の抜いたボールを挿入し,空気入れでボールに空気を入れた際に10kgfの負荷となるように調節し,負荷を与えた.被験者には負荷が加わった際に負荷に対して負けない程度に保持することを指示した.測定は腸腰筋,小殿筋前部線維,中殿筋前部線維,大腿筋膜張筋を安静時と負荷抵抗時に超音波画像診断装置(LOGIQ e,GE ヘルスケアジャパン社) のBモードにてリニアプローブ(10MHz)を使用し撮像した.腸腰筋は鼠径部中央,小殿筋前部線維・中殿筋前部線維・大腿筋膜張筋は上前腸骨棘と大転子を結んだ線上の遠位1/3部にて測定した.取得した画像から画像解析プログラムImage Jを使用して各筋の筋厚を計測した.統計解析はSPSSVer.19(日本アイ・ビーエム社)を使用し,安静時と負荷抵抗時の筋厚の比較は対応のあるt検定,各筋の筋厚変化率(安静時/負荷抵抗時)の比較は反復測定分散分析と下位検定にTukey法を行った.【結果】 安静時と負荷抵抗時の筋厚の比較では小殿筋前部線維のみ有意に低値(P<0.05)を示したが,その他の筋では有意差を認めなかった.各筋の筋厚変化率の比較では小殿筋前部線維が中殿筋前部線維・大腿筋膜張筋よりも有意に高値(P<0.05)を示した.【結論】 大腿骨頭の腹側方向への負荷に対する抵抗時には小殿筋前部線維の筋厚変化が腸腰筋,中殿筋前部線維,大腿筋膜張筋と比較して大きい.そのため,大腿骨頭の腹側偏移に対する股関節の安定化には小殿筋の関与が考えられ,小殿筋にも着目したエクササイズの検討が必要であることが示唆された.【倫理的配慮,説明と同意】被験者には事前にヘルシンキ宣言に基づいて文書と口頭にて研究の意義,方法,不利益等について十分に説明し参加の同意署名を得た上で実施した.
著者
為沢 一弘 小野 志操 佐々木 拓馬 団野 翼 中井 亮佑
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H2-2_1, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに、目的】小殿筋は股関節の関節包に付着しており、股関節を求心位に保つ役割があるとされている。そのため、股関節疾患を有する患者では、小殿筋の筋攣縮を招き、股関節の可動域制限に繋がることを経験する。我々は、第43回股関節学会にて開排動作に股関節外側の組織の柔軟性が関与する可能性を報告した。今回、我々は実際に小殿筋の組織弾性が低い例では、股関節のどの可動域に影響をおよぼすのかを検討した。【方法】対象は、股関節に既往のない成人男性12名24股である(平均年齢26.8±4.8歳、身長172.0±4.7cm、体重66.1±4.2kg、BMI22.4±1.2)。測定は、小殿筋の組織弾性と股関節の可動域測定を実施した。組織弾性の測定は、超音波画像診断装置(日立製作所製noblus)のReal-time Tissue Elastography機能を使用した。リニア型プローブを用い、専用アタッチメントと音響カプラを装着して使用した。被験者を安静背臥位とし、股関節中間位における小殿筋の組織弾性を計測した。測定部位の描出は、プローブを大転子前面に当て、短軸走査にて小殿筋の最前方線維を確認した後、長軸走査として筋線維の走行に合わせて近位方向に移動し、腸骨稜の起始部を描出した。測定の関心領域は、小殿筋内で可能な限り広範囲にとった。音響カプラを比較対象の点とし、算出された値を測定値とした。測定は同一検者が計3回行い、平均値を算出して測定値とした。測定値の中央値にて、小殿筋の組織弾性値の高値群と低値群の2群に分けた。股間節の可動域は、日整会の定める可動域の項目に加え屈曲伸展中間位での内外旋およびパトリックテスト肢位での脛骨粗面と床面の距離(以下、KFD)とした。統計学的検討はMann-WhitneyのU検定を用い、2群における各可動域の有意差の有無を比較した。有意水準は5%未満とした。【結果】小殿筋の組織弾性の平均は0.49±0.45、中央値は0.49で、高値群は平均0.48±0.25、低値群は0.59±0.24であった。2群における可動域に優位な差を認めたのは外旋(高値群:47.1±11.4、低値群:35.8.±11.45、p=0.03)、中間位内旋(高値群:37.5±15.59、低値群:24.6.±12.33、P=0.04)、およびKFD(高値群:20.8±3.46、低値群:24.6.±4.12、p=0.03)であった。【結論(考察も含む)】Beckらは股関節屈曲位での外旋および股関節伸展位での内旋にて小殿筋が伸張されると報告している。今回の我々の研究でも同様の結果を示しておりそれを裏付けする形となった。加えて、本研究では組織弾性の低い群では開排動作の可動性も小さいことが示された。開排動作は日本人にとってあぐら動作などで重要な動作である。開排肢位は股関節唇前上方の圧が高まるとされている。開排制限の改善は股関節唇への機械的ストレスを軽減する重要な要素の一つと考えられる。股関節の外旋、中間位内旋および開排動作に制限を有する症例では、小殿筋の柔軟性が十分であるかを確認することが重要であることが考えられた。【倫理的配慮,説明と同意】今回の発表に際して、被検者には研究の趣旨と内容を十分に説明した上で同意を得た。
著者
五十嵐 絵美 浜田 純一郎 秋田 恵一 魚水 麻里
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.A0007, 2007

【目的】前鋸筋を支配する長胸神経が麻痺し、翼状肩甲骨が生じる事がよく知られている。またこの筋に機能不全が生じると、肩甲骨周囲の痛みや違和感、挙上困難を訴える患者がいる。この研究の目的は、長胸神経を構成する頸椎神経根と長胸神経の走行、前鋸筋の上部・中部・下部筋束の神経支配と形態を調査し、長胸神経麻痺のメカニズムと前鋸筋の機能解剖を明らかにすることである。<BR><BR>【対象と方法】解剖学実習用屍体5体10肩(男性3体、女性2体、平均年齢82.4歳)を対象とした。前鋸筋の上部筋束は、第1, 2肋骨から起始し肩甲骨上角(以下上角)に停止する部位、中部筋束は2, 3肋骨から起始し肩甲骨内側縁に停止する部位、下部筋束は第4肋骨以下に起始し肩甲骨下角(以下下角)に停止する部位とした.長胸神経の走行を頸椎神経根レベルから追跡し、中斜角筋貫通の有無とその末梢の神経走行、各筋束の頸椎神経根支配を調査した。さらに各筋束の機能的役割を構造と走行方向から評価した。<BR><BR>【結果】長胸神経は,第5頸椎神経根(以下C5), C6, 7で構成される例が8肩、C4, 5, 6, 7が2肩であった。C5は6肩で中斜角筋を貫通していた。C7が中斜角筋を貫通する例はなかった。上部筋束の複数神経支配は10肩中8肩であり、C5単独支配は2肩のみであった。中・下部筋束はC6, 7神経根支配が8肩であった。上部筋束は前方へ、中部筋束は前側方へ、下部筋束は下部になるに従い前下方に走行していた。肩甲骨を除くと、前鋸筋は菱形筋、肩甲挙筋と一体になっていた。<BR><BR>【考察】C5が中斜角筋を貫通する頻度は60%で、同部が神経障害部位になりやすい。この結果から、急性外傷やスポーツにより中斜角筋貫通部で神経麻痺になり、翼状肩甲骨が生じる可能性が示唆された。上部筋束はC5を中心に複数神経支配が多く、前鋸筋の機能上中心的役割を担っている。各筋束の形態と走行から、上部筋束は肩甲骨の回旋中心を形成し、中部筋束は肩甲骨を外転させ、下部筋束は下角を上方回旋、外転させる機能を有している。非外傷性や軽微な外傷で神経麻痺を伴わない前鋸筋機能不全に陥る症例がある。これらの症例では肩甲骨が下垂・外転している場合が多い。この病態は菱形筋、肩甲挙筋が伸張され、一方前鋸筋は短縮し機能できない状態に陥り、僧帽筋で肩甲骨上方回旋を代償していると推測された。<BR><BR>【まとめ】前鋸筋は主にC5, 6, 7で支配されるが例外的にC4も関与する。C5神経根は60%で中斜角筋を貫通していた。複数神経支配下にある上部筋束は前鋸筋の機能上中心的役割を担っている。上部筋束は肩甲骨の回旋中心を形成し、中部筋束は肩甲骨を外転させ、下部筋束は下角を上方回旋、外転させる機能を有している。
著者
大屋 隆章 財前 知典 小関 博久 田中 亮 多米 一矢 樋口 亜紀 星 唯奈 三浦 俊英
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.C3P3400, 2009

【目的】臨床場面において、肩甲骨下制位により肩関節に疼痛を訴える患者を体幹からアプローチすることで、良好な結果が得られることを多く経験する.これらの経験から、今回は腹斜筋群を促通し、肩甲骨脊椎間距離(以下、SSD)に着目し、肩甲骨の位置関係に変化がみられるか検証した.<BR><BR>【方法】対象は、本研究の趣旨を理解し同意が得られた肩関節に疾患を有さない健常男性12名とした.対象の平均年齢は23.5±2.8歳であった.測定は安静坐位での肩甲骨位置と外腹斜筋促通後の位置変化をみた.SSDは坐位にて、肩甲骨脊椎-肩甲骨上角及び下角を結ぶ線をメジャーにて測定した.腹斜筋群の促通方法は背臥位にて、臀部にred cord社製エアスタビライザーを置き、下肢体幹を軽度回旋させ促通し、腹斜筋群の求心性収縮を目的とした.促通の際、上部体幹・肩甲骨の動きが出ないこと、また体幹側面の第5・6肋骨周囲で腹斜筋群の収縮を確認しながら促通を行った.<BR><BR>【結果】上角におけるSSD差は、腹斜筋群促通前と促通後において12名中7名が内方へ位置移動がみられたが0.20±0.63cm、2群間での有意差は認められなかった(p>0.05).下角におけるSSD差は、促通前に比べ促通後では12名中全被検者において内方への位置移動がみられ0.58±0.38cm、2群間に有意差が認められた(p<0.05).<BR><BR>【考察】本研究の結果から体幹筋である腹斜筋群の収縮によって、肩甲骨下角の内方移動がみられた.外腹斜筋と前鋸筋は解剖学上第5肋骨から第8肋骨までで強固に筋連結しているため、前鋸筋による肩甲骨を胸郭へ引きつけ作用が起こったと考える.しかし今回促通されたと考える第4肋骨から第9肋骨に起始する前鋸筋線維は肩甲骨下角に集中して停止しており、作用としては肩甲骨上方回旋である.肩甲骨が内転、下方回旋するには前鋸筋でも上位にある第1・2肋骨に付着する線維の作用が必要である.肩甲骨内転、下方回旋は前鋸筋作用ではなく、他の筋連結作用により起こったものと考えられ、前鋸筋は菱形筋とも筋連結しているため菱形筋作用により今回の結果である肩甲骨内転、下方回旋が起こったものと考える.体幹、肩甲骨周囲では多数の筋連結作用があり、今後は筋電図などで筋を区別し、関与する筋の検証をする必要がある.
著者
増田 一太 西野 雄大 野中 雄太 山村 拓由 河田 龍人 笠野 由布子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0208, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】梨状筋症候群(以下,PS)は,運動時や座位時に殿部痛を主体とする圧迫型神経障害である。PSの発症には,不良座位姿勢が危険因子であることや鑑別試験であるPaceテストは座位で実施するなど,PSと座位時痛の関係性は深い。若年者を対象とした先行研究においても,座位時の梨状筋偏平化要因は殿部脂肪厚と比較的強いの正の相関(r=0.7,p=0.02)を認め,座位に伴う梨状筋の偏平化の可能性が示された。しかし,脂肪組織のクッション機能が経年的に低下することが報告されているため,PSの好発年齢である中年者においても先行研究の結果が必ずしも当てはまるとは言い難い。そこで今回,PS例を殿部痛の有無により分類し。殿部痛の発生要因を統計学的に検討したので報告する。【方法】対象は2014年4月より2015年3月までの間に,PSと診断され運動療法を終了した50名を対象とした。その内,座位時殿部痛を有する群(以下,S群)は21名(59.5±14.3歳)と座位時殿部痛を有さない群(以下,N群)29名(67.3±11.9歳)とした。検討した項目は身長,体重,BMI,性差,殿部最大周径,殿部最大周径をASIS間距離で除し正規化した殿部係数,レントゲンより計測した腰仙椎アライメント,腰椎前後角度とした。これらの検討項目から判別分析を行うために,性差にはカイ二乗検定,その他の項目には対応のないt検定を実施し検討項目を選別した。選別した項目に対しステップワイズ法による判別分析を用いて疼痛要因を分析した。統計学的処理の有意水準は5%未満とした。【結果】検討項目の選別において,年齢,体重,BMI,仙骨傾斜角,殿部最大周径,殿部係数に有意な差(p<0.05)を認めた。これらの項目に対し判別分析を実施した結果,BMI,殿部係数,年齢が座位時殿部痛の発生を判別するのに重要な因子であった。【結論】深部軟部組織は長時間座位に伴いより圧迫を受けやすいことや長時間の筋の圧迫による筋内圧上昇により脈管系を妨げ組織壊死を生じさせる可能性を指摘する報告がある。これらより,深層に存在する梨状筋は,長時間座位に伴い圧迫ストレスを持続的に受けやすく,また脈管系の阻害に伴い攣縮が生じやすい環境が存在するため,座位時殿部痛が継続的に生じる可能性が高い。判別分析の結果より座位時殿部痛の発生要因は,BMI,殿部係数,年齢の順に座位時殿部痛の発生に強く関与していることが分かった。S群において,BMI,殿部係数の低値など殿部脂肪組織厚が薄い可能性を示す所見が得られた。これは先行研究の結果の殿部脂肪組織厚と梨状筋の偏平化率との関係性を支持する結果であると考えることができる。またN群に比較し高い年齢帯であることは,経年的に脂肪組織のクッション機能が低下する報告とも整合性が得られる結果となった。これらより殿部脂肪組織の薄さは,座位時殿部痛との関係が深く,治癒阻害因子となる可能性が示唆された。
著者
大久保 雄 金岡 恒治 長谷部 清貴 松永 直人 今井 厚
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0804, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】大腰筋は股関節および脊柱の屈曲に作用する深部筋である。先行研究において,腰痛患者では大腰筋の萎縮が生じていること(Baker et al., 2004)などから,リハビリテーション現場において大腰筋の重要性が示されている。また,中高齢者では大腰筋の筋断面積が有意に低下し,歩行能力低下と関連することが報告されている(金ら,2000)ことから,介護予防教室においても大腰筋エクササイズが注目されている。そこで臨床現場では,股関節屈筋群(大腰筋や大腿直筋など)のエクササイズとして,自動下肢伸展挙上(active straight leg raise,ASLR)が用いられているが,大腰筋は体幹の最も深部に位置するため活動様式を評価することが困難であり,ASLR時の大腰筋活動様式は明らかでない。そこで本研究では,ワイヤ筋電図を用いて大腰筋活動を測定し,ASLR時の大腰筋活動様式を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常男性9名とした(年齢:25±4歳,身長:170.1±6.2cm,体重:60.3±4.7kg,mean±SD)。股関節屈曲0゜~最大屈曲角度まで右側ASLRを行わせた際の筋電図および股関節屈曲角度データを同期させて収集した。被検筋は全て右側とし,大腰筋にはワイヤ電極を,腹直筋,外腹斜筋,内腹斜筋,大腿直筋には表面電極を設置した。大腰筋には超音波画像ガイドの下ワイヤ電極を刺入し,電極を留置後,電気刺激装置にて大腰筋の筋収縮を確認した。動作解析として,3台の赤外線カメラ(OQUS,QUALYSIS社製)を用いて,ASLR時の股関節屈曲角度を計測した。ASLR時の股関節屈曲角度から,屈曲初期,屈曲中期,屈曲後期の3phaseに分割し,各phaseの筋活動量(%MVC)を算出した。筋活動量の比較として,phaseと筋を因子とした二元配置分散分析を用い,有意差を認めた場合はTukey-Kramer法により事後検定を行った。また,ASLRの筋活動開始時点(onset)を「安静時の筋活動量±2SD」から求め,ASLR運動開始時点を基準(0秒)とした各筋のonsetを算出し,Kruskal-Wallis検定を用いて比較検討した。有意水準は5%とした。【結果】大腰筋の筋活動量は,屈曲初期:10.3±5.5%MVC,屈曲中期:18.1±9.3%MVC,屈曲後期:33.0±19.6%MVCであり,屈曲中期と後期で有意に大きかった。また,大腿直筋の筋活動量が屈曲中期:16.2±8.8%MVC,屈曲後期:18.3±14.6%MVCであり,他の筋よりも有意に大きい値を示した。ASLR運動開始時点に対する各筋のonsetは,大腰筋:-0.033±0.25 sec,大腿直筋:-0.003±0.12 sec,腹直筋:0.15±0.40 sec,外腹斜筋:0.27±0.36 sec,内腹斜筋:0.25±0.25 secであり,大腰筋および大腿直筋のonsetが内・外腹斜筋よりも有意に早かった。【考察】本結果より,大腰筋は屈曲初期から後期にかけて活動量が大きくなった。Yoshio et al.は屍体を用いた研究により,大腰筋は股関節屈曲0~15゜では大腿骨頭の安定化に作用し,股関節屈曲45゜以上から股関節屈曲作用が大きくなることを報告している(Yoshio et al., 2002)。さらにJuker et al.は,ワイヤ筋電図を用いて様々なエクササイズ時の筋活動量を比較した結果,股関節屈曲90゜位からの等尺性股関節屈曲運動で大腰筋活動が最も大きくなることを報告している(Juker et al., 1998)。以上から,ASLRにおいて大腰筋は股関節深屈曲位になる屈曲後期に活動量が大きくなることが示唆された。Onsetの比較では,下肢の股関節屈筋群が腹筋群よりもonsetが早かった。ASLRでは股関節屈曲運動に伴い骨盤前傾方向の回転モーメントが生じ,その骨盤の運動制御に腹筋群が活動した可能性がある。しかし,挙上側と反対側の内腹斜筋や腹横筋は,主動筋よりも先行して活動を開始するとの報告もあり(Hodges et al., 1997),今後は両側の腹筋群の反応を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】本結果より,ASLRでは股関節深屈曲位にて大腰筋がより賦活化され,挙上側と同側の筋では股関節屈筋群から腹筋群の順に動員されることが明らかになった。ASLRは臨床現場で頻繁に用いられる運動であり,本研究はASLRを処方する際の有用な情報になると考える。
著者
湯口 聡 丸山 仁司 樋渡 正夫 森沢 知之 福田 真人 指方 梢 増田 幸泰 鈴木 あかね 合田 尚弘 佐々木 秀明 金子 純一朗
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.D0672, 2005

【目的】<BR> 開胸・開腹術後患者に対して呼吸合併症予防・早期離床を目的に、呼吸理学療法・運動療法が行われている。その中で、ベッド上で簡易に実施可能なシルベスター法を当院では用いている。シルベスター法は両手を組み、肩関節屈伸運動と深呼吸を行う方法で、上肢挙上で吸気、下降で呼気をすることで大きな換気量が得られるとされている。しかし、シルベスター法の換気量を定量的に報告したものはない。よって、本研究はシルベスター法の換気量を測定し、安静呼吸、深呼吸と比較・検討することである。<BR>【方法】<BR> 対象は呼吸器疾患の既往のない成人男性21名で、平均身長、体重、年齢はそれぞれ171.0±5.2cm、65.3±5.6kg、24.9±4.0歳である。被験者は、安静呼吸・シルベスター法・安静呼吸・深呼吸・安静呼吸または、安静呼吸・深呼吸・安静呼吸・シルベスター法・安静呼吸のどちらか一方をランダムに選択した(各呼吸時間3分、計15分)。測定姿位は全てベッド上背臥位とし、呼気ガス分析装置(COSMED社製K4b2)を用いて、安静呼吸・シルベスター法・深呼吸中の呼吸数、1回換気量を測定した。測定条件は、シルベスター法では両上肢挙上は被験者が限界を感じるところまでとし、どの呼吸においても呼吸数・呼吸様式(口・鼻呼吸)は被験者に任せた。統計的分析法は一元配置分散分析および多重比較検定(Tukey法)を用い、安静呼吸、シルベスター法、深呼吸の3分間の呼吸数、1回換気量の平均値を比較した。<BR>【結果】<BR> 呼吸数の平均は、安静呼吸13.02±3.08回、シルベスター法5.26±1.37回、深呼吸6.18±1.62回であった。1回換気量の平均は安静呼吸0.66±0.21L、シルベスター法3.07±0.83L、深呼吸2.28±0.8Lであった。呼吸数は、分散分析で主効果を認め(p<0.01)、多重比較検定にて安静呼吸・シルベスター法と安静呼吸・深呼吸との間に有意差(p<0.01)を認めたが、シルベスター法・深呼吸との間に有意差は認めなかった。1回換気量は、分散分析で主効果を認め(p<0.01)、多重比較検定にて安静呼吸・シルベスター法・深呼吸のいずれにも有意差を認めた(p<0.01)。<BR>【考察】<BR> シルベスター法は深呼吸に比べ1回換気量が高値を示した。これは、上肢挙上に伴う体幹伸展・胸郭拡張がシルベスター法の方が深呼吸より大きくなり、1回換気量が増加したものと考えられる。開胸・開腹術後患者は、術創部の疼痛により呼吸に伴う胸郭拡張が制限されやすい。それにより、呼吸補助筋を利用して呼吸数を増加させ、非効率的な呼吸に陥りやすい。今回、健常者を対象に測定した結果、シルベスター法は胸郭拡張性を促し、1回換気量の増加が図れたことから、開胸・開腹術後患者に対して有効である可能性が示唆された。
著者
木戸 聡史 田中 敏明 中島 康博 宮坂 智哉 鈴木 陽介 須永 康代 丸岡 弘 髙柳 清美
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.DcOF1084, 2011

【目的】<BR> 呼吸筋に負荷をかけるトレーニング方法はスポーツやリハビリテーションの場面で多く実施されている。しかし呼吸筋のトレーニングが運動耐容能を改善する効果について一致した見解はない。このため, 本研究では運動耐容能の改善を目的として, 持久力運動に呼吸負荷を組み合わせた新たなトレーニング方法を開発し, その効果を運動生理学的に検証した。<BR>【方法】<BR> 本研究のトレーニングで, 呼吸負荷にはReBNA(パテントワークス社製)を使用した。ReBNAはマスク形状で鼻は吸気のみ, 口は呼気のみ可能にバルブが配置され, バルブを通して換気することで呼吸抵抗が生じる。トレーニングは1クール2週間とし, 3クールで合計6週間の期間で, 各クールで各被験者に目標心拍数を設定した(1クール:75%心拍予備(HRR), 2クール:80%HRR, 3クール:85%HRR)。対象者はマスクを装着した状態で目標心拍数を維持する負荷量で30分間の自転車エルゴメータ運動を1週間に3回実施し, これをMASK群とした。CONT群はReBNAを装着しない状態でMASK群と同様のトレーニングを実施した。すべての実験に参加した対象者9名はCONT群4名(男/女:1/3, 21.0±2.1歳)とMASK群5名(男/女:2/3, 20.0±1.1歳)であり, トレーニング毎に終了直前の負荷量を記録した。3クールでは呼吸困難と下肢の疲労感をアンケートで調査した。対象者は6週間のトレーニング期間の前(BL)とトレーニング終了後(6W)で身体測定と運動負荷試験を実施した。自転車エルゴメータ(COMBI社製232C xL)を用いた運動負荷試験は、酸素摂取量の増加がみられなくなるか, 疲労困憊で運動継続が不可能に達するまでランプ負荷を加えた。また, ACSMのガイドラインに従い中止基準を設けた。呼吸代謝諸量の測定には日本光電製のVmaxを用いた。各群内のBLと6Wの比較はPaired t-test, BLおよび6Wの群間比較はStudent t-testを使用した。<BR>【説明と同意】<BR> 対象者に対して, ヘルシンキ宣言に基づき研究の趣旨と内容について口頭および書面で説明し同意を得た後に研究を開始した。なお本実験は, 所属施設の倫理委員会の承認を受けて行った。<BR>【結果】<BR> トレーニングの実施率は100%だった。1-3クールでの負荷量平均値はCONT群120.9±3.1 watt, MASK群117.7±3.6 wattだった。3クールでの疲労感アンケートで, CONT群では, 足が呼吸に比べて疲労感が高い被験者が3名, 呼吸と足の疲労度が同程度の被験者が1名だった。MASK群では, 足が呼吸に比べて疲労感が高い被験者が3名,呼吸が足に比べて疲労度が高い被験者が2名だった。運動負荷試験の最高負荷量(watt<SUB>peak</SUB>)はMASK群ではBLで199.0±31.7 watt, 6Wで221.8±30.8 wattであり, BLと比較して6Wで有意に高値を示した(p<.05)。V(dot)O<SUB>2peak</SUB>はCONT群ではBLで33.4±2.0 ml/min/kg, 6Wで37.3±2.6 ml/min/kgであり, BLと比較して6Wで有意に高値を示した(p<.05)。MASK群ではBLで35.6±3.0 ml/min/kg, 6Wで42.2±3.1 ml/min/kgであり, BLと比較して6Wで有意に高値を示した(p<.05)。換気性作業閾値(VT)はMASK群ではBLで20.1±1.5 ml/min/kg, 6Wで27.3±1.2 ml/min/kgであり, BLと比較して6Wで有意に高値を示した(p<.01)。6WではCONT群で20.6±1.6 ml/min/kg, MASK群で27.3±1.2 ml/min/kgであり, CONT群と比較してMASK群で有意に高値を示した(p<.05)。<BR>【考察】<BR> watt<SUB>peak</SUB> とVTはMASK群のみ6Wで有意に増大した。Tanakaらの報告(1986)にあるようにVTと心肺持久力の相関は高く, 本結果はマスク使用により最大パフォーマンスだけでなく心肺持久力の向上に効果が大きい事を示した。今回は両群で同一HRRでのトレーニングであるので, 各対象者の負荷量の相対値は同程度である。そのため, マスク装着によって骨格筋への負荷配分が変化した事が, 呼吸筋を含む骨格筋の動員に影響を及ぼし, 心肺持久力の向上に寄与したと考えられる。また, 疲労感アンケートの結果では呼吸が足に比べて疲れたと回答した対象者は, CONT群では0名だったが, MASK群では2名となった。この結果はマスク装着による負荷配分の変化を支持し, MASK群では下肢筋から呼吸筋へ活動量がシフトしたことを示唆した。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 今回実施したトレーニング方法は, 今後健常者だけでなく, 低体力者や呼吸器疾患患者の運動療法に応用できる可能性がある。本研究結果は, 運動生理学的に新たな知見であることに加えて, 運動療法を発展させるための重要な基礎データである。
著者
長谷部 清貴 石井 慎一郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ab0704, 2012

【はじめに、目的】 膝関節は屈曲位から伸展する際に、スクリューホームムーブメント(以下SHM)と呼ばれる外旋運動が受動的に起こる。荷重位におけるSHMでは、大腿骨と脛骨の相対運動の差分として回旋角度が決定されるため、SHMの評価は大腿骨と脛骨の回旋運動のどちらに大きく影響を受けているのか明確にする必要性がある。しかし、SHMに関する研究は非荷重位のものが多く、荷重位におけるSHMに関する報告は少ない。本研究の目的は、スクワット動作中の大腿骨回旋角度、脛骨回旋角度を調査し、荷重位でのSHMの特性を明らかにすることである。【方法】 対象は、下肢に整形外科的、神経学的疾患のない健常成人15名(男性:10名、女性:5名)、平均年齢22.5±3.3歳とした。計測課題は、両下肢の間隔を肩幅とした立位姿勢から膝関節を約90°屈曲し、再び立位まで戻るスクワット運動とした。課題動作の計測には、三次元動作解析装置VICON612(VICON-PEAK社製)を使用した。赤外線反射標点の貼付位置は、体表面上の所定の位置に計21個の標点を設置し、課題動作中のマーカーの位置を計測した。計測によって得られた標点の三次元座標データを用いて、課題動作中の膝関節屈曲伸展角度、大腿骨回旋角度、脛骨回旋角度、および大腿骨・脛骨回旋角度から膝関節回旋角度を算出した。課題動作は5回測定し、その平均値を算出した。なお、関節角度の算出には、歩行データ演出用ソフトVICON Body Builder(VICON-PEAK社製)を使用しオイラー角を算出した。データの解析区間は、各被験者の膝関節屈曲60°から最終伸展位とした。膝関節屈曲60°での全ての回旋角度を0°と規定し、外旋方向をプラス、内旋方向をマイナスとした。データの解析は、膝関節が伸展していく間に膝関節が外旋する外旋群と内旋する内旋群とに分類した。二群間の大腿骨回旋角度及び脛骨回旋角度の平均値の差の検定にはt検定を用いた。膝関節の回旋運動と大腿骨及び脛骨の回旋角度との関連性を調査するために、Pearsonの相関係数を用いた。なお、統計学的有意水準は危険率p<0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づき実施された。また全被験者に研究の趣旨および内容について十分に説明を行い、研究参加の同意を得てから研究を実施した。また、個人情報は本研究以外で使用しない旨を説明し、情報管理に配慮した。【結果】 SHMに関して、膝関節伸展時に膝関節外旋が生じる外旋群は9名(男性6名、女性3名、平均回旋角度3.5°±1.4)、膝関節内旋が生じる内旋群は6名(男性4名、女性2名、平均回旋角度-2.9°±1.2)であった。SHM中の大腿骨回旋角度の平均値は内旋群が4.9°±1.2、外旋群が-1.2°±2.4である。内旋群では大腿骨が外旋し、外旋群では大腿骨が内旋していた。群間の大腿回旋角度の相違は、統計学的に有意であった(p<0.01)。一方で、SHM中の脛骨回旋角度は内旋群が2.0°±1.0、外旋群が2.3°±1.5と全例外旋を示し、群間に有意差を認めなかった。また、大腿骨回旋角度と膝関節回旋角度において有意な負の相関関係が認められた(r=-0.94 p<0.001)、つまり大腿骨が内旋する被験者ほど、膝関節が外旋する傾向が統計学的に有意であったが、脛骨回旋角度と膝関節回旋角度との相関関係に有意差は認めなかった。【考察】 本研究において、SHMは膝関節伸展に伴い、膝関節が外旋する外旋群、内旋する内旋群の2パターンに分かれた。膝関節伸展運動中の脛骨回旋角度は両群ともに外旋を示したが、大腿骨回旋角度では群間に有意差を認めた。さらに膝関節回旋角度と大腿骨回旋角度は有意に高い相関関係を示しており、荷重位でのSHMは脛骨より大腿骨の回旋運動に影響を受けることが明らかになった。膝関節の運動は、大腿骨上の脛骨の運動(tibial-on-femoral)と脛骨上の大腿骨の運動(femoral-on-tibial)の2種類があるとされ、スクワットのような荷重位の運動は脛骨上の大腿骨の運動である。このため、荷重位でのSHMは大腿骨の運動量が大きく、大腿骨回旋角度に左右される可能性がある。大腿骨回旋角度の差異に関しては、骨盤からの運動連鎖、上半身重心の影響が考えられる。骨盤後傾は大腿骨外旋、骨盤前傾は大腿骨内旋のように、骨盤角度は大腿骨回旋に運動連鎖を引き起こす。したがって、スクワット動作中の骨盤前後傾の差異や股関節周囲筋の活動の差異が、今回の大腿骨回旋角度に影響を与えている可能性が推察される。今後、骨盤の運動解析および筋電図計測を含めて分析を行う必要であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果より、臨床において荷重位でのスクリューホームムーブメントを誘導する際には、大腿骨の動きを誘導することの重要性が示唆された。
著者
白尾 泰宏 小牧 順道
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100477, 2013

【はじめに、目的】上部体幹の不良姿勢として頭部前方位がある。この不良姿勢は頚部後方組織のメカニカルストレスの増大や、肩甲帯機能不全の主因とされており、その発生機序としてJandaが提唱する上部交差症候群といわれる筋のアンバランスが存在するといわれている。臨床上、腱板損傷やインピンジメント症候群等の肩疾患においてこの頭部前方位の不良姿勢が存在していることをよく経験する。今回の研究は、頭部中間位と前方位における肩甲帯周囲筋の筋活動を分析し肩甲帯機能への影響を調査するものである。【方法】健常成人11名(男性3名女性8名平均年齢31.5歳)を対象に、背もたれ付椅子に坐位となり利き手側肩関節中間位で90°屈曲し1kgの重錘バンドを手関節に乗せ、3秒間保持し頭部中間位、頭部前方位(5cm前方移動)での棘下筋、三角筋前部線維、前鋸筋、僧帽筋上部線維、僧帽筋下部線維の筋活動を調査した。頭部位置は椅坐位にて骨盤中間位としレッドコードを使用して矢状面での肩峰中心と外耳孔の位置を測定しそれぞれの頭部位置を決定した。筋活動分析にはキッセイコムテック社製コードレス表面筋電計MQ-AIRを使用し、測定筋の位置は、棘下筋は肩甲棘の中央下2横指、三角筋前部線維は肩峰前端と三角筋粗面を結ぶ線上の肩峰下2横指、前鋸筋は肩甲骨下角外側2横指、下1横指、僧帽筋上部線維は第7頸椎棘突起と肩峰を結ぶ中間、僧帽筋下部線維は肩甲棘内側と第8胸椎棘突起を結ぶ線上の肩甲棘内側を結ぶ上3分の2とした。測定筋はアルコール綿にて処理を行ないサンプリング周波数1000Hzにて測定した。得られたデータは同社製BIMUTAS-Videoにて解析し、1秒間の実効値(Root Mean Square RMS)を求めた。さらにKendall式徒手筋力テストにて各筋の最大筋力を測定し、1秒間のRMSを求め測定したRMSを最大筋力のRMSで除し%MVCを求め比較した。統計処理は頭部位置別筋活動測定値の級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient ICC)を求め、excel statcel 2を用いて二つの頭部位置間の比較にはpaired-t testを、各頭部位置における各筋の筋活動の比較は一元配置分散分析をおこない有意差を認めたのでBonferroniにて多重比較検定を行なった。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には事前に研究の趣旨を十分に説明し、同意を得た上で実施した。【結果】頭部位置別筋活動測定値のICCは棘下筋0.89、三角筋前部線維0.82、僧帽筋上部線維0.86、僧帽筋下部線維0.90で良好であった。頭部前方位では頭部中間位と比較し棘下筋、前鋸筋の筋活動低下と、僧帽筋下部線維の筋活動上昇に有意差がみられた(P<0.05)。また、頭部中間位では前鋸筋と僧帽筋下部線維間に有意差を認めた(P<0.05)が、頭部前方位では各筋活動に有意差は認められなかった。【考察】頭部前方位での前鋸筋の筋活動低下と、僧帽筋下部線維の筋活動上昇に有意差がみられたが、これはWeonら先行研究と同様の結果となった。その要因としてMcleanは頭部前方位では肩甲挙筋が過活動し、その拮抗筋である前鋸筋は相反神経抑制されるとしている。また、頭部中間位では前鋸筋が僧帽筋下部線維に比較し筋活動量が大きく有意差があり前鋸筋による肩甲骨安定化作用がみられるが、頭部前方位では僧帽筋下部の活動が増加し頭部中間位とは異なる肩甲骨安定化作用がみられた。したがって、僧帽筋下部線維の筋活動の増大は前鋸筋の代償作用と推察される。頭部前方位での棘下筋の活動性低下は肩甲上腕関節の求心位の低下を惹起し、さらに前鋸筋の活動低下による肩甲帯不安定性からouter muscle優位になり、肩甲上腕関節の回旋中心軸の変化が起こりImpingement症候群の一要因となる可能性が推察される。しかし、肩甲上腕関節の回旋中心軸の変化については筋活動からの推測であり、実際の上腕骨頭偏位の確認にはレントゲン等による比較検討が必要である。また今回の研究では肩関節挙上角度が90°のみであり、その他様々な角度や肩甲面での挙上による筋活動の検討が必要であると思われる。【理学療法学研究としての意義】肩甲上腕関節の障害では肩甲帯の位置異常が臨床場面での問題点としてフォーカスされるが、頭部位置異常も肩甲帯機能に影響を及ぼす要因となること、そして頭部前方位の肩甲帯筋活動を明確にしていくことでImpingement症候群や腱板損傷の発生メカニズムの解明、治療、予防に応用できると思われる。
著者
今井 智弘 今村 裕之 平 勝秀 浜下 彩
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101923, 2013

【はじめに、目的】 我々は日常の臨床の中で早期離床や廃用症候群予防等を目的にギャッジアップ座位を実施する機会が多い。ギャッジアップによる身体とマット間の圧・剪断力が褥瘡の発生原因となりやすいことは良く知られており、その予防法としてギャッジアップ後に背部をベッドから離し背部の圧・剪断力を開放する背抜きがよく行われる。 しかし、ギャッジアップ時の圧・剪断力に対する背抜きが呼吸機能に及ぼす影響についての報告は少ない。そこで、ギャッジアップ後の背抜きが呼吸機能に与える効果の有無について調査を行った。【方法】 被検者は呼吸器疾患を有さない健常男性10例(年齢26.5±5.1歳、身長174.0±6.8cm、体重67.8±11.1Kg、BMI22.3±3.2)とした。 方法は、まず測定に対する慣れの要因を除くため、あらかじめ練習として坐位にてスパイロメータ(日本光電製、MICROSPIRO HI-205)による呼吸機能検査を数回実施した。次にベッド上背臥位となり、ベッド屈曲基部が被検者の大転子と一致するように被検者のベッド上の位置を設定した。ベッドはアウラ21(パラマウントベッド製)、マットレスはPARACARE(パラマウントベッド製)を使用した。頚部中間位および下肢伸展位にてギャッジアップを60度まで実施し、直後に呼吸機能検査を実施した。その際、体幹をベッドに押し付けるなどの代償動作の有無を目視にて確認した。検査項目は肺活量(VC)、%肺活量(%VC)、1回換気量(TV)、予備呼気量(ERV)、予備吸気量(IRV)、努力性肺活量(FVC)、1秒量(FEV)、1秒率(FEV1.0%)、ピークフロー(PEF)とした。次に背抜きを行った後、呼吸機能検査を実施した。背抜きは下肢・骨盤帯の位置が変わらないように検者が固定した上で介助にて被検者の体幹屈曲を行った。検査間の休憩時間を1分とし、以上の検査を3回測定し平均値を算出した。 背抜き前後における呼吸機能検査の各項目の比較には対応のあるT検定を用いた。有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被検者には本研究の主旨・測定方法を説明し研究への同意を得た。【結果】 VC(ギャッジアップ直後3.93±0.39L、背抜き後4.13±0.46L、P<0.05)、%VC(ギャッジアップ直後91.38±7.29%、背抜き後96.00±8.35%、P<0.05)、PEF(ギャッジアップ直後8.38±1.58L/S、背抜き後9.01±1.66L/S、P<0.05)においてギャッジアップ後に背抜きを行う事により有意な改善を認めた。他の項目に関しては有意な差は認められなかった。【考察】 ギャッジアップ後に背抜きを行うことで、ギャッジアップ直後と比べ肺活量およびピークフローが改善することが示された。ギャッジアップによる呼吸機能低下の原因として、ベッドから上部胸郭背面に向けて圧が高まり上部胸郭背面が固定された上で骨盤帯が前方へずり下がることにより、上部胸郭背面に対して上方への機械的ストレスが加わった結果、吸気時の肋骨の後方回旋運動が制限され、胸郭の拡張が阻害されたこと。また、肩甲骨も同様に上方への機械的ストレスにより拳上位となることから、吸気補助筋である胸鎖乳突筋や僧帽筋、肩甲挙筋が短縮位となり収縮機能が低下したことが考えられる。しかし、ギャッジアップ後の背抜きの実施によりこれらの影響を取り除くことで呼吸機能が改善したと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 今回はギャッジアップ直後の呼吸機能を測定したが、背抜きを行なわない状態が長く続くと時間経過と共に剪断力の増加が予想され、さらに呼吸機能の低下が引き起こされることが推測される。特に胸郭可動性や咳嗽力が低下しやすい高齢者や呼吸器疾患患者においてはさらに影響を受けることが推測され、褥瘡予防という観点も含めてギャッジアップ後には必ず背抜きを行う必要性があると考える。加えて、理学療法士として看護師や家族といった患者のケアに関わる人々へこれらの点を踏まえてギャッジアップ後の背抜きを啓蒙していくべきであると考える。