- 著者
-
今井 由美子
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬学会
- 雑誌
- ファルマシア (ISSN:00148601)
- 巻号頁・発行日
- vol.50, no.4, pp.295-299, 2014 (Released:2016-06-01)
- 参考文献数
- 16
インフルエンザウイルスは,弱毒型の季節性インフルエンザウイルスであっても,高齢者,乳幼児,妊婦,あるいは糖尿病,喘息,免疫不全などの合併症のあるヒトが感染すると,重症化して死に至ることがある.一方,強毒型のH5N1鳥インフルエンザウイルスはヒトに感染すると高率に呼吸不全や多臓器不全などの致死的病態を引き起こす.さらに昨年,中国でH7N9鳥インフルエンザウイルスのヒトでの感染が見つかった.WHOによると,2013年8月12日時点で135例の感染者が報告され,うち44例が死亡したと報告している.いったんインフルエンザがヒトにおいて重症化すると,オセルタミビルなどの抗インフルエンザ薬はもはや無効となり,集中治療室(ICU)において人工呼吸をはじめとした救命治療が必要となるが,今までのところ重症化したインフルエンザに対して有効な治療法はない.現在,抗インフルエンザ薬として使用されているのは,ノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル,ザナミビル等)であるが,これはウイルスタンパク質を標的としているので,最近は耐性を持つウイルスが出現している.またノイラミニダーゼ阻害薬は,感染から48時間以内に投与すると効果があるものの,それを過ぎて投与した場合には,効果がないことが報告されている.一方,現状のワクチンは流行する可能性のある亜型ウイルスを予測して個々に生産する方式である.すべての亜型ウイルスを幅広く防御することを目的としたユニバーサルワクチンの開発が進められているが,これはいまだ実用化には至っていない.ところで,ウイルスは宿主の細胞内小器官を利用して増殖する.ウイルスが侵入した宿主細胞ではウイルスとの相互作用から様々なシグナル伝達系が動き出し,ウイルス・宿主の相互作用が感染症の病態形成の鍵を握る.そこで,従来のウイルスタンパク質を標的とした抗インフルエンザ薬に加えて,ウイルス・宿主の相互作用の観点から宿主を標的にした新しい抗インフルエンザ薬の開発が必要であると考えられる.近年,インフルエンザウイルスと宿主の相互作用に関して,プロテオーム,トランスクリプトーム,あるいはRNA干渉(RNAi)法を用いたデイスラプトーム等のゲノムワイドな解析が行われている.しかしながら,DNA,RNA,タンパク質,その先で機能する生体内化合物,特に脂溶性化合物に関しては,ウイルス感染症における動態,ウイルスの増殖における役割は不明である.今回筆者は,脂肪酸代謝物のライブラリーを用いたスクリーニングと質量分析法による脂肪酸代謝物のリピドミクス解析を通して,多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acids:PUFA)由来の代謝物プロテクチンD1(Protectin D1:PD1)がインフルエンザウイルスの増殖を抑えることを見いだした.PD1は,これまで抗炎症作用を有する脂肪酸代謝物として知られていた.今回筆者は,PD1が従来の抗インフルエンザ薬とメカニズムを異にし,ウイルスRNAの核外輸送を抑制することによって作用することを見つけた.