著者
根本 裕史
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、ゲルク派の創始者ツォンカパの時間論と業報思想についての考察を通じて彼がインド仏教中観帰謬派の思想体系をどのように解釈しているか明らかにすることである。本年度はまず彼の『中論大註』および講義録『現量章疏』に依拠して、時間に関する表現の問題について検討した。彼は未来を「事物の未生起状態」と定義し、過去を「事物の消滅状態」と定義する。その結果、三つの時間は話者の属する時間とは無関係に措定され、無時制的な時間表現が可能となる。以上のことを英語論文"Tsong kha pa on the Three Times: New Light on the Buddhist Theory of Time"としてまとめた。つぎに、ツォンカパの『密意解明』に依拠して、彼が自身の時間論を応用して独自の業報思想解釈を展開している点を解明した。彼によれば過去になされた業は「業の消滅状態」として存在しており、その消滅状態が中観帰謬派の学説では効果的事物(結果を生み出す能力を具えた存在)とされる。それゆえ、ツォンカパが理解する帰謬派の学説では、唯識派が説くようなアーラヤ識の存在を前提とする業異熟の理論ではなく、業の消滅状態そのものが果をもたらすのだという独特の理論が採用される。以上のことを英語論文"Tsong kha pa on the Madhyamakavatara VI 39"として発表した。ツォンカパや後代のゲルク派の時間論を解明するためには、チベット語意味論の観点からの分析が必要である。本年度は「ドゥラ」とよばれる問答の手引書を精査し、チベット語の限定詞kho naが適用された場合にどのような命題解釈ができるか、特にrtag pa kho na(「常住なものだけ」)の有無をめぐる議論について考察した。その成果を第14回世界サンスクリット学会にて発表した。
著者
静間 清 横畑 憲二 稲田 晋宣
出版者
広島大学
雑誌
広島大学大学院工学研究科研究報告 (ISSN:00182060)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.87-93, 2004-12

A new low-background shielding was installed for a Ge detector. Background gamma-ray spectrum was measured and compared with that of old shielding to investigate how improved the background counting rate. Additional improvements for the new shielding was installed to reduce background counting rate. It has been shown that shielding of the neck part of Ge detector cryostat and concrete floor are effective to reduce background contribution. The reduction factor of ^<40>K 1461 keV gamma-ray was much improved from 51 of old shield to 4290 of new shield.
著者
戸梶 亜紀彦
出版者
広島大学
雑誌
広島大学マネジメント研究 (ISSN:13464086)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.31-40, 2002-03-20

本研究は, 近年, 脳の血流を改善する働きがあるとされ, 痴呆症の治療薬として注目されてきているイチョウ葉エキス(EGB)と, 脳を活性化する働きがあるとされる咀嚼という両者に着目し, EGBの含まれたガム咀嚼を一定期間継続することによる記憶への効果について実験的な検討を行った。実験参加者は, 3つの大学から集められ, 無作為に統制群, ガム咀嚼群, EGBタブレット群, EGB入りガム咀嚼群のいずれかに振り分けられた。実験課題には, 改訂版ウェクスラー成人知能検査の中の数唱課題, および, 有意味語と無意味語からなる単語記憶課題が用いられた。また, 別室で歯科医によって実験参加者全員の咀嚼機能(咀嚼面積と咀嚼力)の測定が行われた。これらの測定は, 一週間間隔で2度行われ, その変化の程度が検討された。分析の結果, EGB入りガム咀嚼群がその他の群よりも数唱課題において成績が向上する傾向のあることが示された。また, 咀嚼機能は有意味語の記憶に関する正方向への変化と関連し, さらに, 咀嚼機能と単語の記憶に関する正方向への変化の傾向には, EGB入りガム咀嚼群が関与していることが示唆された。本研究では, EGB入りガム咀嚼の記憶における効果が若干ではあるが確認された。しかしながら, 咀嚼機能の訓練効果はみられなかったことから, 咀嚼による継続的な脳への刺激とEGBの働きが相乗的に働き, 記憶の促進効果を生みだしたのではないかと推断される。今後の課題として, EGB入りガム咀嚼の効果を明確にするためには, 対象年齢層や訓練期間, 認知・記憶課題等に対する多様な検討を行う必要性が示された。
著者
多賀 徹哉
出版者
広島大学
雑誌
中等教育研究紀要 (ISSN:09167919)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.105-112, 1994-03-10

英語教科書は英語教育では中心的な役割を果たしてきた。幕末期においては英語学習は蘭学同様に即,西洋の知識や技術を取り入れる手段につながった。また,明治時代に英語教育が学校教育に取り入れられると,英語教科書が唯一の教材であり,これなくしては英語の授業は成り立たなかったと極論できそうな状況であった。従って当時の英語教科書の内容を研究することで英語教育の実態を探ることができるし,教科書の扱い方からは日本の英語授業のあり方を映しだす鏡を得ることになろう。日本の英語教育は明治初期から,訳読式のやり方が大勢であった。従って,1921年(大正12)のパーマーの来日と彼の活動による英語教育に対する意識の高まりはエポックメイキングな出来事であった。しかし,パーマー以前から英語教育界の中では,訳読式授業の弊害が批判され,音声重視の授業の提唱がなされていたのである。極めて大ざっぱな言い方になるけれども,パーマーほど整理されてはいないし,パーマーの時期ほど実践されてはいなかったが,パーマーの提唱の先覚者たちが確実に存在したのであった。そして,外山正一もまたその一人であったのである。彼の著書でもあり,先覚的な教授法を提唱した『英語教授法』の内容分析,そして,彼が編集に加わった『正則文部省英語讀本』の分析,『英語教授法』の主旨がどのように反映されているかの研究が,今後の英語教科書,英語教授法の指針のひとつとなり得るかもしれない。
著者
前河 正昭
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.195-198, 1997-12-28

第I章序論 ニセアカシアは日本で大型帰化植物として成功した数少ない木本植物である。しかしその分布拡大や更新維持機構は不明であり,かつ,ニセアカシア群落に対しての在来植生への林相転換技術も確立していない。そこで本研究は,ニセアカシアが分布を拡大している防災緑地を対象として,その生物学的侵入の実態を把握するとともに,ニセアカシア群落の林相転換および,同群落を含めた流域レベルでの景観管理について考察することを目的とした。第II章防災緑地周辺におけるニセアカシア群落の分布拡大過程 治山緑化工としてニセアカシアが導入された長野県牛伏川流域を対象にエコトープ図を作成した。そしてニセアカシア群落の分布およびその集団枯損の発生の立地依存性とその集団枯損後の在来植生への遷移の可能性について検討した。ニセアカシア群落の分布は渓畔域に集中しそのパッチ面積が現存する植生型のなかで最も大きく,様々な立地にまたがって分布していた。したがって,当地のニセアカシアは河川を主なコリドーとし,撹乱の発生,波及に伴って分布を拡大してきたことが推察された。渓畔域での拡散は,主として種子の流水散布と実生更新によってなされ,それに後続する局地的な拡散は主として定着個体の根萌芽更新によるものと推察された。ニセアカシア集団枯損林分の大部分では,在来植生への遷移は停滞し,ニセアカシアの根萌芽による更新もほとんど起きていなかった。次に,ニセアカシアとケショウヤナギがともに分布する長野県梓川の下流域において,46年間にわたる渓畔域の景観構造の変化を調べた。ケショウヤナギ群落は主として,流路変動によって新規に形成され,他の樹木が存在しない中洲や,河岸段丘で分布を拡げていた。それに対してニセアカシア群落は主として河岸段丘のなかでも護岸に接する所でまず成立し,その後にヤナギ林やアカマツ林の存在する立地へと侵入していた。特に1975年から1989年にかけては景観の多様性が増大したが,これは中洲や河岸段丘が安定化し河原の面積が減少し,木本群落へと置き換わったことと,ニセアカシアの在来植生への侵入が進んだため植生型の種数が増加したことによるものであった。これらの景観構造の急速な変化には,上流部のダム建設による土砂流出量の減少や,ニセアカシアの薪炭や農業用品の支柱としての利用が途絶えたことなどが関係していると考えられた。ニセアカシア群落の分布拡大は,今後の自然撹乱の頻度・規模を縮小させ,他の渓畔林の更新の機会を減少させる恐れがあることも示唆された。またニセアカシア群落と,在来性木本種との混交群落の相対優占度の総計は,1994年にはすでに52%に達し,寡占状態となっていることから,今後もニセアカシア群落の急速な増加が進むことが予想された。さらに,石川県安宅国有林を対象として,海岸防災林に成立する成帯構造と植生構造を把握し,そのなかのニセアカシアおよびニセアカシア群落の位置づけを明らかにするためベルトトランセクト法による植生調査を行った。クラスター分析から合計11個の植生型を区分し,このうちニセアカシア群落には,優占度が低いながらもクロマツが混交し,林床で草本植物の優占するニセアカシア群落と,ニセアカシアが単独で林冠を優占し,林床で低木種が優占するニセアカシア-コウグイスカグラ群落の2型が認められた。植生帯は,打ち上げ帯,草本帯,小木本帯および木本帯の4帯で,その境界は汀線からの距離で29m,50mおよび158mであることが判った。ニセアカシア群落は,高木林にまで成長可能な群落でありながらも,木本帯よりはむしろ小木本帯要素の群落と判断され,在来植生により形成されるべき成帯構造に不調和をもたらしていた。またニセアカシア群落の種多様性は,在来群集やクロマツ群落の傾向とは反対に,環境傾度に沿って減少する傾向があった。このことからニセアカシア群落は草本帯,小木本帯の潜在立地に関しては,群集の種多様性を高める反面,木本帯の潜在立地においては,群集の種多様性を低下させていることが推察された。第III章樹形からみたニセアカシアの生態的特性 梓川下流域にはニセアカシアの除伐という人為的植生管理によって相観的にはケショウヤナギ-ニセアカシア混交林だった所がケショウヤナギの純林に誘導された区域が存在する。そこでこのケショウヤナギ林を対象に毎木調査を行った。ニセアカシアは除伐された後には,親個体ともケショウヤナギの樹幹とも離れ,かつ光環境の比較的良好な領域である林縁部に多数の根萌芽を分散させていることが判った。萌芽の樹幹の傾斜角度は林縁,林冠下の個体群でギャップ個体群に対して有意に大きかった。しかし根萌芽の傾斜角度は,全ての立地で大きい値を示し,立地間には有意差は認められなかった。
著者
佐藤 幸男 YAKOVLEV Ale BONDER Alexa RAZJUK Rosen CHERSTVOY Ye LAZJUK Genna 松浦 千秋 武市 宣雄 大瀧 慈 AKOVLEV Alexander ALEXANDER Ya ALEXANDER Bo ROSENSON Raz YEGENY Chers GEUNADY Lazj ROSENSON(DMI(ローゼンソン(ドミトリ) ラジュク) YEVGENY Cher GENNADY Lazj
出版者
広島大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

研究目的1996年はチェルノブイリ原子炉事故から早くも10年目を迎える。我々は事故後4年目の1990年からベラル-シ、ウクライナ共和国の被災地に赴き、特に1992年からは約10数回現地に出向してチェルノブイリ核被災の後障害の調査を行ってきた。その目的は、広島型原爆とは被曝の形の異なる、急性外部および慢性内部被曝が人体にもたらす影響の全体像の把握に務め、その結果を今後の疾病の診断や治療の参考に供する基礎的資料を提供することにある。さらに、現場での観察の視点を重視し、放射能被災を過大又は過少評価することなく種々な専門的立場からの調査・研究をすすめ、その作業過程での人的交流の深まりが核の被災のない社会の創造に向けての一里塚になるであろう事を期して、今後も長期にわたる交流を継続する事も本調査・研究目的の大きな部分を占めていると考えている。研究の内容・方法先天異常研究の内容・方法チェルノブイリ原子炉事故の被災は、ウクライナ、ベラル-シ、ロシアに及ぶがその汚染面積や人的被災はベラル-シ共和国において顕著である。ベラル-シのミンスク遺伝性疾患研究所では1970年代から先天異常児登録のモニタリングシステムを確立し各地から送られる先天異常児の剖検、病理組織的検索、細胞遺伝学や生化学的諸検査も行われている。我々はそこでの共同調査、研究を志向し胎児の剖検、組織検索、資料の検証などを行った。放射能災害が生じた場合、妊婦が被曝すると流産、死産および胎内被曝の結果としての先天異常が最小に生じ、被曝の初期像を観察するのには不可欠な指標である。一方、精原又は卵母細胞が被曝した結果生じる遺伝的な先天異常の観察は長期にわたる観察が必要である。先天異常は放射能事故前も事故後も存在し、且つそれらの多くは複数の遺伝子と環境要因の相互作用で生じる多因子のものが多くを占め突然変異によって生じる骨の異常などは多くはない。そのため、放射線依存性の異常の同定にも長期にわたる資料の収集と解析が必要となる。我々は現地における約30,000例の剖検資料を事故前と事故後、およびセシウム137高濃度汚染地区と低濃度汚染地区(対照)に区分しそれらの発生頻度の差異を調べた。現在も個人や地域の被曝線量の資料の発掘や資料の収集を継続中である。小児甲状腺癌研究の内容・方法事故後数年頃から汚染地区での小児甲状腺癌の増加が指摘され始めた。ベラル-シではミンスク甲状腺腫瘍センター、ウクライナではキナフ内分泌代謝研究所に集約的に手術例が集まるシステムが確立されている。我々は汚染地域での調査や検診と併行して同研究所での小児甲状腺癌の病理組織標本検証、ヨード131との被曝線量依存性、統計的資料の収集、甲状腺ホルモンの機能検査、癌遺伝子活性の解析などを行った。結論・考察先天異常調査の結論・考察 事故後の高濃度汚染地区から得られた人工および自然流産児両群の剖検例に、低濃度汚染地区から得られた対照児の剖検例よりも高頻度に先天異常が認められた。その傾向は1986年から1年間の胎内被曝例で顕著であった。事故前と事故後の剖検例での比較でも事故後に奇形の多い結果が得られた。奇形の内容は多岐にわたき多指症など突然変異によるものの頻度の増加は軽度で放射線被曝以外にも複数の環境要因の関与が示唆された。小児甲状腺癌の結論・考察 広島の原爆被曝者にも例をみない本疾患の発生は現在ベラル-シ、ウクライナで400例を超えている。それらの多くは乳頭癌で、且つ1.5cm以上の大きさの、いわゆる臨床癌に属するものでありヨード131高濃度汚染地域で多発の傾向にある。セシウム137やストロンチウム、プロトニウムの関与、線量依存性の調査は今後の課題である。少数例乍らも小児甲状腺癌の病理組織標本からRET癌遺伝子活性が検出可能となり、その増加がゴメリ地方の高濃度汚染地域で認められ、放射線被曝との関連性がより濃厚となった。
著者
中村 正久 高瀬 稔
出版者
広島大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994

両生類の性腺分化は、組織・形態学的には、変態前、変態最盛期、あるいは変態後のいづれかの時期に起きることが知られている。本邦産のカエルに性ホルモンを投与すると種によっては機能的な性の転換(性巣⇔卵巣)が見られる。本研究は両生類の性分化に係る遺伝子を人為的に発現させ、それらの遺伝子を解析することによって哺乳類をふくめた脊椎動物の性分化のしくみを明らかにすることを目的としている。研究材料のツチガエルは性ホルモンで性が転換(雌→雄)することから、当初、ステロイドホルモンの合成及び代謝酵素が性腺分化に関与していると考え、3β-ヒドロキシデヒドロゲナーゼ5α-レダクターゼの遺伝子の単離を試みた。二つのcDNA(ヒト、ニジマス、ラット等)をプローブとしてスクリーニングを行ったところ、いくつかの陽性クローンを得たので、塩基配列を決定し、ホモロジー検索を行ったが、目的とする遺伝子ではなかった。そこで、哺乳類で性腺及び副腎の分化を支配すると考えられているAd4BP遺伝子が両生類の性腺分化においても重要であると考え、この遺伝子の単離を試みたところ、2.1kb Ad4BP全長cDNAを得た。現在、その全塩基配列の決定及び発現時期を決定している。また、テストステロン処理個体から全RNAを既に得ているので、テストステロン処理個体のAd4BP遺伝子の発現に変化があるかどうかも検討している。更に、二つのCa^<2+>結合蛋白、カルレティキュリンとカルネクシンcDNAを得、全塩基配列も決定した。この二つのCa^<2+>結合蛋白遺伝子の発現は組織によって著しく異なり、前者が分化時卵巣で強く発現するが、後者は発現しない。カルレティキュリン蛋白をカエル肝臓から精製後、マウスに免疫して抗体を作成し、カエル卵巣を用いて免疫染色を行ったところ特異的分布パターンを示したことから、カルレティキュリン蛋白が卵形成に密接に係っている可能性があること、また、カルレティキュリン遺伝子の発現はテストステロン処理個体で著しく抑制されることから、性の転換に重要な働きをしている可能性もあることが分かった。
著者
二宮 くみ子
出版者
広島大学
巻号頁・発行日
2010

'だし'は、動植物性食品の呈味成分を水に溶出させた液体で、和洋中の各種料理では、料理やその食材に甘味、酸味、塩味、苦味及びうま味を付与し、食べ物の味を向上させる目的で使用されている。特に、'だし'は、各種の汁物やスープ類の調理に欠かすことができないものであり、'だし'の品質が料理の味の質を決定するといっても過言ではない。'だし'の調製に使用される素材は、それぞれの地域の食文化や食習慣の違いがあるため多種多様である。日本料理で使用される'だし'の素材としては、昆布とかつお節が最も多く用いられ、昆布に含まれるGluとカツオ節に含まれるIMPが'だし'の主要な呈味成分である。京都の高級料亭では、主に利尻昆布が'だし'の調製に使われている。また、昆布だしの調理温度と加熱時間の違いによる'だし'中のGlu濃度変動について検討し、これらの結果をもとに利尻昆布を60℃で1時間加熱するという新しい調理方法を取り入れている。これらの調理方法に関する知見のほとんどが、料理人の経験にもとづくものであり、科学的解析はほとんどなされていない。一方、西洋料理の代表的な'だし'であるブイヨンは、新鮮な牛肉や鶏肉、玉ねぎ、人参、セロリ等の香りのある香味野菜や香辛料を加えて、水から長時間煮込んで調理する。また、品質の良い'だし'を作るためには、素材の違いだけではなく、'だし'を調製する時の加熱温度や加熱時間が極めて重要である。これらは、いずれも長年の経験から確立されたものである。これまでのブイヨンに関する研究は、調理に使われる鶏肉、鶏ガラや牛肉に着目し、各種呈味成分の抽出性や肉の部位の違いによる味への影響を調べたものが多く、シェフが通常行っている調理条件で解析した研究はほとんどないのが現状である。そこで、本論文では、日本及び西洋料理の代表的な'だし'として、昆布だしとブイヨンを取り上げ、昆布の等級及び部位の違いが各種呈味成分に与える影響、異なる温度条件がブイヨンの呈味成分に及ぼす影響、ならびに加熱に伴う成分変動のメカニズムを解明することを目的に、以下の実験を行った。1.昆布の等級及び部位の相違と昆布だし中の呈味成分との関連性昆布は生育する環境、すなわち海水温や海流によって食品としての品質が左右され、同じ年に収穫した昆布でも取れ浜や漁場によって、その品質が異なることが知られている。本研究では、京都の高級料亭で使用されている天然1等利尻昆布と対照として養殖3等及び4等利尻昆布を用い、昆布だしの品質を決定する遊離アミノ酸、糖アルコール(マンニット)及び無機塩類を、また、昆布だしの品質に関与すると考えられる乾燥昆布の膨張率、昆布だしのBrix及びpHを検討した。材料に用いた昆布は天然物(1等)及び養殖物(3等、4等)ともに、平成16年7月に収穫された利尻昆布で、入蔵後6ヶ月を経過したものについて、昆布全長(葉先から根元まで)を三等分し、先端、中央、根の3部位に分け、それぞれを縦に二等分したものの重量を測り、昆布の割合が水に対して3%(w/v)になるよう調整し、60℃で1時間加熱後昆布を取り出したものを昆布だしとし各種分析を行った。いずれの昆布だしにおいても主要な遊離アミノ酸はGluとAspであった。昆布だし中のGlu濃度は、等級による差は認められず、1,3,4等の昆布で、それぞれ56.0、63.5、53.6mg/100mlであった。また、同じ昆布では、葉先よりも根のほうが濃度が高かった。一方、Aspは、1等昆布で濃度が高く、1、3、4等の昆布で、それぞれ56.0、24.1、24.3mg/100mlであり、1等昆布では3、4等に比べ、Gluに対するAspの比率が高い傾向にあった。部位別では、Asp濃度は、Gluと同様に、根の方で高かった。無機イオンではNaとKが主要なものであった。Na濃度は、等級間で差は認められなかったが、先端での濃度は、中央部や根よりも高かった。1等の先端、中央部、根での濃度は、それぞれ50.0、48.1、48.0mg/100m1であった。また、K濃度は、1等昆布で低い傾向にあり、1等、3等、4等で、それぞれ53.8、89.2、75.9mg/100mlであった。1等昆布の'だし'のマンニット濃度及びBrixは他のものより低い値を示した。また、1等昆布のpHは他のものより高い値を示した。膨張率は等級が高いほど低く、等級の低い昆布では、加熱中に大きく膨張することによって、昆布の切断面から粘性多糖類であるアルギン酸やフコイダンが'だし'中に溶出し、呈味性を変化させ、'だし'の品質を損ねる可能性があると思われる。天然1等利尻昆布を、入蔵後2年間一定条件下の蔵で保存したものは「蔵囲い昆布」として、昆布市場では最高級品とされている。そこで、2年間の保存によって呈味や品質に関与する各種成分が変動するかどうかについて検討した。その結果、各種呈味成分、Brix、pH並びに膨張率は、2年間の保存期間を経過しても変動しなかった。蔵の環境は年間を通じて5~25℃、湿度は50~65%に保たれており、このような環境下であれば、昆布は極めて保存安定性が良いことが明かとなった。2.ブイヨンの調理条件の違いが呈味成分に及ぼす影響西洋料理の代表的な'だし'であるブイヨンを異なる温度で調理したとき、各ブイヨン中の遊離アミノ酸、有機酸、糖、無機イオンを測定し、加熱温度の違いがブイヨンの呈味成分に及ぼす影響を調べた。ブイヨン調製のための最適加熱温度が95℃(適温)であることを確認したうえで、この温度よりも高い98℃(高温)、より低い温度80℃(低温)でブイヨン調製を行った。冷水に牛肉、鶏肉を投入し強火で25分間加熱し沸騰させ、灰汁を除去した。次に、野菜を投入し、再び加熱し設定温度に到達した時点を加熱0時間とし、適温と低温は加熱5時間まで、高温は加熱2時間までの1時間ごとに、ブイヨンを取り出し、呈味成分の変動を調べた。適温、高温、低温のいずれのブイヨンにおいてもGluの抽出量が最も高く、適温及び低温5時間で2164及び2013mg,高温2時間で2164mgで、いずれの温度においても全遊離アミノ酸の約20%を占めた。次いで、Ala、Arg、Ser、Lysの順に抽出量が多かった。各ブイヨン中のIMPとGluの濃度から算出したうま味強度(IMPをGluに置き換えたと想定し算出した各ブイヨン中のGlu濃度)は、0.07(低温)、0.13(適温)、0.11(高温)であり、適温調理が最もうま味が強いことが確認された。有機酸は、いずれの温度においても乳酸の抽出量が最も多かったが、温度による抽出量の差は見られなかった。各種呈味成分において最も抽出量が多かったのは糖類であったが、温度の違いによる抽出量の差は認められなかった。無機イオンではKの抽出量が最も多かった。各加熱温度で調製したブイヨンの加熱1時間ごとのサンプルについて、ブイヨン調理に関わったシェフによる味の評価結果では、低温、適温、高温でそれぞれ4,2,1時間後にうま味が感じられたが、高温ではうま味とともに苦味、酸味も感じられた。適温では加熱3時間以降、うま味に加えて厚みやまろやかさが感じられたが、低温では5時間においても厚みやまろやかさは感じられなかった。加熱温度による各種呈味成分の抽出量に差はみられなかったが、加熱温度の違いによる液体の蒸発量の違いが、ブイヨンの味に影響を与えていること、更に、シェフによる味の評価においてうま味に加えて、厚み、まろやかさがブイヨンの仕上がりの判断の要素となっていることが示唆された。加熱に伴いGlnのみが減少することが確認されたが、通常のブイヨンの調製方法とは異なる、低温蒸らし調理ではGlnが残存していることを確認した。低温蒸らし調理では鍋中の温度は常に60℃前後に保たれており、Glnの減少は加熱温度が関係している可能性が示唆された。また、PCAは増加していた。PCAは素材中に含まれる成分ではないため、加熱中に抽出されたGlnから形成されると推察された。3.ブイヨン中に存在するグルタミン(Gln)の加熱による変動ブイヨンの加熱調理工程において、加熱に伴いGlnが減少すること、そして、この現象は温度に関係していることが見出された。Glnの減少のメカニズムを解明するため、Gln水溶液を異なる温度条件で加熱し、生成される化合物をODSカラムを用いて調べた。1mMGln水溶液(pH6.8)を37~98℃の5つの異なる温度帯で1時間から5時間加熱処理した。37℃及び50℃の加熱では、Glnの減少は認められなかった。70℃以上の加熱により、Glnは経時的に減少した。また、それぞれの加熱条件でのPCAの生成量を調べた結果、Glnの減少量とほぼ同量のPCAが生成されることが判明した。さらに、加熱温度が高くなるにつれて、Gln並びにPCAとは異なる溶出位置に新しい化合物の生成が認められた。この化合物をODSカラムによるHPLCで単離し、物質の同定を行った。構造決定にはLC/MS/MSを用いた。その結果、PCA以外に、分子量258を有する化合物が認められた。MS/MS分析によって、この化合物がジケトピペラジン構造持つ可能性があると推定された。本研究では日本料理及び西洋料理で使われる代表的な'だし'として、昆布だし及びブイヨンを取り上げた。前者では、最良の品質を有する利尻昆布の特徴を明らかにすることができた。ブイヨンにおいては、最適条件で調理したブイヨンの呈味成分に関する特徴と加熱により変動するグルタミン誘導体の生成メカニズムを推察した。これらの成果は、より調理の実践に近いプロの料理人の知識や調理工程を科学的に解明すること、さらに調理法の発展や高品質の食品を提供することに資することができたと言えよう。
著者
ラウアー ジョー
出版者
広島大学
雑誌
広島外国語教育研究 (ISSN:13470892)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.19-34, 2002-03-31

近年のマルヂメディアの発展は学生の英語文法能力の向上にとって非常に大きな可能性を提供している。レスポンスの早いインターネット上のリンク,音声認識,ビデオ,画像,ディジタル録音などの技術は英語教育に統合されつつあり,学生がより早く,より少ない努力で学習するという理想に到達することも夢ではないかもしれない。こうした技術は,スピーキング(Eskenazi, 1999; Coniam, 1999),リスニング(Umino, 1999; Brett, 1997),語彙獲得(Cummins, 1998; Grace, 1998)そしてライティング(Liaw, 1998; Braine, 1997)などの英語教育の様々な分野に応用されつつある。しかし,日本人の英語文法の学習を助けるようなマルチメディア教材は市場において決定的に不足している。また,高品質なマルチメディア英語文法学習教材の開発のための基礎として役立つと思われるが,学生の文法能力の教室における調査の量も十分とは言いがたい。文法の能力が言語の習熟にとってもっとも決定的な観点である(Bardovi-Harlig, 1999)ということ,また文法についての明示的な指導が学生にとって役立つ(Ellis, 1998)ことが知られているにも関わらず,文法に関連した調査と教材の不足は現として存在しているのである。本研究の目的は,1)マルチメディアが英語文法学習の現状にどのように貢献しているかを改めて調査すること,および2)日本人大学一年生の英語文法能力を記述することの2つである。大学一年生の英語文法能力に関しては,いくつかの重要な結果が得られた。たとえば,マルチプルチョイステストの際に,学生は,主語+動詞(be動詞以外)+補語(現在分詞・過去分詞)や分詞構文の同定が苦手である。それに対し,lt+be/seem+thatで始まる節,および名詞句や名詞節の代用として使われる代名詞のitなどの文法構造はかなりよく認識している。これらの発見はマルチメディア教材の設計と開発の際の基礎として役立つものとなろう。
著者
富永 一登
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本研究では、『太平広記』『古小説鉤沈』の字句の校勘と厳密な読解を行いながら、約7000話の中国古小説の話題事項を抽出し、それを分類整理した。これによって、中国古小説の類話を検索するための利便性が高まり、中国古小説研究のみならず、日本あるいはアジアの諸地域、広くは世界の説話との比較研究を行う上で、関連ある話題事項を提供することが可能になった。また、古小説の訳注作業を着実に進展させるという成果も得られた。
著者
藤村 正司
出版者
広島大学
雑誌
大学論集 (ISSN:03020142)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.57-72, 2015-03

A quarter century has passed since the politics of expanding graduate school was promoted by MEXT in Japan. However, the number of applicants and enrollments of graduate students had already peaked by 2000, apart from the time of the Lehman shock. The politics of expansion has brought about various consequences and has arrived at a 'turning point'. The purpose of this paper is to examine the issues of phenomenal enrollment expansion in postgraduate education and to clarify where we presently are. The main findings are as follows; 1) The puzzling fact about Doctoral Courses (DCs) in Japan is that the supply (quota) for such education has continued to rise since the 1990's, although demand for that has been rapidly decreasing since 2000 except for engineering, where employment prospects have been guaranteed. Part of the explanation lies in the fact that the DCs have been considered to develop highly professional human resources regardless of the employment market. 2) Even though the demand for DCs is decreasing, quota regulation by MEXT, which brings capacity close to one hundred percent, makes the quality of graduate students spoiled. 3) The DCs ratio of students going on to higher schools has been increasing, because the numbers of students (denominator) who proceed to MCs has expanded and unemployment has worsened career prospects in academia. So, the number of students who repeat the same grade has doubled since 2000's. 4) Evolution of working adult students and women in graduate school. Today, ten percent of MCs and forty percent of DCs students are adult workers. Thirty years ago, few women chose careers in postgraduate study. In 2013 the ratio of female students of both MCs and DCs doubled in most fields. These findings suggest that there are excessive functions included in Master's programs and that drastic reform is necessary for Japanese Graduate Education to maintain its quality and effectiveness in the changing global economy.