著者
藤田 朝彦 横山 良太 加藤 康充 井上 修 原田 守啓
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00021, (Released:2022-03-23)
参考文献数
53
被引用文献数
1

アユ Plecoglossus altivelis は日本の淡水魚として,も っとも重要な水産魚種の 1 つである.河川におけるアユの資源量は,漁業協同組合等の放流による寄与も大きいが,多くの河川では,自然な再生産による資源量維持が主体となっている場合が多い.また,アユは河川内において,河床の付着藻類を摂餌することから,藍藻類やカゲロウ類など特定の生物を増加させる等,河川内の藻類相,底生動物相に強く関わるため,河川生態系において重要な位置を占める種である.アユ産卵場環境や産卵生態についての過去の調査研究の歴史は長く,主に水産試験場や大学等で行われてきた報告が多数存在するが,アユの生態・生活史との関係性も含めた総括的な整理はなされておらず,産卵環境の保全のための指針となる基本的な物理環境条件についての知見の総合化はいまだ不十分であると考える.よって,本研究では,これまでに報告されているアユの産卵環境についての文献を広く収集し,産卵環境の物理環境条件に関するデータを抽出した上で,それらの情報を総括し,豊富な研究事例とアユの生態・生活史の理解に基づく "アユの産卵場" 適地の条件を明らかにすることを目的としたレビューを行った.文献は,アユの産卵に関する記載のある研究についての文献を網羅的に収集し,1895 年~2019 年までに出版された計 339 件の論文から,その産卵環境の物理的条件を整理した.これらの文献は 9 割近くが自然河川の産卵場で得られたデータを使用しているが,人工河川での実験事例や,人工造成箇所のデータも含まれる.物理的条件については,産卵場の流速,水深,河床材,貫入深(河床軟度),卵の埋没深の 5 つの物理的条件を抽出・整理した.今回整理された情報は,過去に一般的な知見として認識されているアユ産卵環境の条件と大きな差異は無かったが,アユの産卵に関わる生理生態情報や土砂水理学的考察を踏まえ,5 つの物理的条件は独立した変数ではなく,浮き石状態の小礫で構成された河床環境を有する早瀬が,アユの産卵場として選好されていることが描き出された.アユの産卵場は,出水による土砂移動によってもたらされた早瀬への土砂の堆積・侵食の過程によって形成され,有限の寿命がある一時的産卵場(temporary spawning habitat) とでもいうべきハビタットであると考えられる.
著者
山本 敦也 菅野 貴久 町田 善康 中束 明佳 鈴木 雅也 田中 智一朗 金岩 稔
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.125-131, 2020-03-28 (Released:2020-04-25)
参考文献数
27
被引用文献数
1

北海道美幌町内の小河川において越冬中の外来種ウチダザリガニ抱卵個体を選択的に捕獲することにより,より高い駆除効果を得ることを目的とし,ウチダザリガニの抱卵個体に電波発信器を装着して放流し,越冬中に再捕獲することによって越冬環境について調査を行った.同時に,ドローンに電波受信器を搭載して河道上空を飛行させることにより電波発信源をある程度特定し,その後指向性アンテナを用いて詳細な電波発信位置を特定する方法の開発も行った.2017 年 10 月に 3 個体に電波発信器を装着して放流し,同年 12 月にドローンと八木式アンテナを用いて 3 個体全ての越冬場所を特定,回収した.抱卵個体は河岸より 1-2 m,表土から 60-90 cm の地点の蛇行区間の内側の土中で発見され,越冬環境は蛇行区間の内側といった高水敷全体に広がるものと思われた.そのため,越冬中の抱卵個体の選択的な捕獲は現実的に不可能と思われた.一方で,ドローンと八木式アンテナを用いた電波発信源の特定方法は土中かつ水中でも有効であることが示され,今後の応用が期待される.
著者
田中 雄一 河村 年広 佐伯 晶子 加藤 久
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.9-16, 2018-07-28 (Released:2018-09-10)
参考文献数
26

本研究では,コンクリート製の農業水路に転落したカエル類の脱出対策を検討する上で重要な,脱出能力の種間差と脱出対策が必要な水路の摩耗程度を明らかにした.コンクリート製水路の摩耗程度の定量的指標である算術平均粗さ(Ra, mm)が 0.23,0.28,0.55 および 1.23 の 4 水準のコンクリート壁(供用年数 0 ~約 40 年)に対する脱出行動を室内実験により調査した.ヌマガエルとトノサマガエルは全てのコンクリート壁で 7.5%以上の個体が脱出したのに対して,ツチガエルは Ra が 0.23 では脱出がみられなかった.さらに,ナゴヤダルマガエルの脱出は Ra が 1.23 のコンクリート壁でのみでみられ,脱出率は 12.5%と低かった.したがって,これら 4 種の生息地域での水路からの脱出対策は,脱出能力が最も劣るナゴヤダルマガエルに着目すべきと考えられた.本種に着目する場合の脱出対策は,少なくとも Ra が 0.55 までは必要で,1.23 でも講じることが望ましいと推察された.なお,どの種も実験装置の四隅を登はんして脱出したため,本研究で示した Ra による基準は,コンクリート面が直交する形状を有する桝や鉄筋コンクリート組立柵きょ・直壁型(例:組立水路Ⅰ型)にのみ当てはまる.コンクリート面が直交しない形状の水路では,脱出が著しく困難になると推測されるため,水路の摩耗程度に関わらず脱出対策が必要なことが示唆された.
著者
中村 圭吾 天野 邦彦 Klement TOCKNER
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.201-214, 2006-01-30 (Released:2009-01-19)
参考文献数
64
被引用文献数
8 7

河川復元は,1990年代以降,先進国において数多く実施されるようになった.本稿では,ヨーロッパを中心として,世界の河川復元の現状を整理し,今後の河川復元にとって重要な研究分野及び日本の河川復元の課題について検討した.ヨーロッパについては,各国の特徴的な河川復元を紹介した後,河川復元の背景について考察し,頻発する洪水やEUの政策が河川復元を推進していることを説明した.アメリカは,大規模な河川復元の他にも小規模な河川復元が多数実施されており,河川復元技術のデータベースの作成も進行中であることを紹介した.また,オーストラリアや南アフリカの環境流量の研究について概説した.最後に,世界の研究の現状と日本の課題について(1)河川地形変化の捉え方,(2)流量のあり方,(3)情報の整理と分析,(4)自然再生型洪水対策の4つの観点から整理し,考察を行った.
著者
森 晃 水谷 正一 後藤 章
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.23-35, 2013-09-30 (Released:2013-11-29)
参考文献数
45
被引用文献数
1

近年,ナマズの繁殖場である水田水域の生息環境は悪化し,その個体数は全国的に減少している.ナマズの保全のためには複数の生息地に及ぶ生活史を把握する必要があるが,生態に関する知見は少ないのが現状である.そこで,ナマズの河川における行動生態情報を収集するため,超音波テレメトリーを適用し,小河川において追跡調査を実施した.まず,発信機の装着が魚体に及ぼす影響を室内水槽において検討した.ナマズ成魚 6 尾にダミーを装着し 5 週間観察した結果,体重の減少は見られたが,ダミーの脱落および死亡した個体は見られなかった.また,装着個体を用いて人工産卵を試みたところ,正常に産卵し孵化仔魚の生産に成功した.これらの結果から,発信機装着による生存や繁殖に及ぼす影響は少なく,ナマズに対する装着法として,適用可能であると考えられた.次に水田地帯を流れる谷川において追跡調査を実施した.谷川において捕獲した 5 尾のナマズ成魚に発信機を装着したのちに放流し,複数の受信機を各所に設置し,受信範囲内の装着個体の行動を約 1 年間モニタリングした.結果として 5 個体のうち 3 個体は 100 日以上モニタリングすることができた.次に,受信データを解析したところ,装着個体の行動パターンに季節変化が生じた.秋季にかけて 2 尾の装着個体の信号は,夜間に多く受信され昼間はほとんど受信されない規則的なパターンを示した.これは,日中は巣内で休息し,夜間に巣外で行動していたという夜行性活動パターンであると考えられた.一方,冬季にかけて 3 尾の装着個体の信号は昼夜同程度受信されるパターンを示した.このことから,冬季には昼夜活動を維持していたと考えられた.今回の研究により,ナマズの行動生態の情報を収集することができたが,手法による限界も判明した.今後は電波テレメトリーを併用することによりナマズの保全の際に必要な基礎的な行動生態情報を収集することが必要である.
著者
黒田 英明 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.21-36, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
45
被引用文献数
7 2

湖底の土砂中に含まれる散布体バンクは,湖岸植生を再生させる際の材料として有用であることが示唆されている.本研究では,湖内における土砂の採取場所間の種組成および密度の相違に影響する要因を明らかにするため,霞ヶ浦内の12地点の湖底土砂の散布体バンクを実生発生法実験により分析した.散布体バンクからは,全国版レッドリスト掲載種15種,沈水植物15種を含む,合計92分類群の維管束植物および車軸藻類が確認された.土砂採取地点付近の湖岸あるいは堤防法面に現存する植生と,散布体バンクの種組成を比較したところ,その類似性は低かった.散布体バンク中の在来の水生・湿生植物の種数および個体数に対する,土砂採取場所付近における過去の植生帯面積および現在の底質土砂の平均粒径の効果を,一般化線形混合モデルを用いて分析した.その結果,土砂の平均粒径による有意な負の効果が認められた.また,沈水植物の種数および個体数に対して,1970年代前半における沈水植物帯の面積による有意な正の効果が認められた.植生帯再生事業に用いる材料としての湖底の土砂中の散布体バンクの有効性が支持されるとともに,事業に有効な散布体を含む土砂を探索する上で,過去に存在した植生帯の面積や現在の湖底土砂の粒径組成が有用な手がかりとなることが示唆された.
著者
中武 禎典 高村 典子 佐治 あずみ 宇野 晃一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.11-20, 2011 (Released:2011-10-01)
参考文献数
48

千葉県成田市北須賀の印旛沼漁業協同組合の敷地に同じように造成された 2 つの植生再生実験池では,一方は沈水植物が再生・繁茂し透明度が高い水界に,他方はアオコが発生し透明度が低い水界になった.後者では前者の 10 倍のスジエビが捕獲された.そこで,実験池内に 8 基の隔離水界を設置し,スジエビの在・不在を操作し,動物プランクトン群集と水質に与える影響を調べた.水質については,実験開始直後からスジエビ在の隔離水界で濁度,懸濁態物質 (SS),全窒素 (TN),全リン (TP),クロロフィル a (Chl. a),および溶存態有機炭素 (DOC) の値が有意に高くなった.ミジンコ類の総密度は,スジエビ在の隔離水界で有意に減少した.逆に,ワムシ類の密度は,有意に増加した.ミジンコ類のうち,大型および遊泳性のミジンコ類 (Daphnia 属,Diaphanosoma 属,Scapholeberis 属)の密度は,スジエビ在の隔離水界で有意に減少したが,小型の底生性ミジンコ類 (Alona 属,Chydorus 属) の密度については,有意差はなかった.ただし,スジエビ在区の栄養塩が実験開始直後に増加したのに比べ,スジエビ不在区でのミジンコ類の密度の増加は,遅めにあらわれた.そのため,スジエビの存在は,まず生物攪拌と栄養塩回帰を促し,その後大型甲殻類動物プランクトンを捕食することによるカスケード効果が加わり水質を悪化させ,浅い湖沼や池のレジームシフトを誘導することが明らかになった.
著者
西廣 淳 大槻 順朗 高津 文人 加藤 大輝 小笠原 奨悟 佐竹 康孝 東海林 太郎 長谷川 雅美 近藤 昭彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.175-185, 2020-03-28 (Released:2020-04-25)
参考文献数
56
被引用文献数
5

著者らは,かつて里山として利用されてきた自然環境を持続可能で魅力的な地域づくりに役立てる方策を「里山グリーンインフラ」と称し,個々の活動の有効性の検証や社会実装について議論している.本稿では,印旛沼流域に広く分布し,かつて水田として利用され,現在では多くが耕作放棄地になっている「谷津」(台地面に刻まれた枝状の幅の狭い谷)に着目し,谷津の湿地としての維持・再生や,その流域の台地・斜面の草原や樹林の維持・再生によってもたらされうる多面的機能を,既存の知見や現地での調査結果から論じる.具体的には,谷底部を浅く水温の高い水域として維持することは,脱窒反応を通して下流への栄養塩負荷を軽減しうる.谷底部での湧水を保全するとともに水分を保持する畔状の構造に成形することで,絶滅危惧種を含む多様な生物の生息場となる湿地環境を生み出しうる.また定量的評価に課題はあるものの,雨水の流出抑制や浸透を通して治水にも寄与する可能性がある.
著者
小倉 拓郎 水野 敏明 片山 大輔 山中 大輔 佐藤 祐一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.22-00012, (Released:2023-09-06)
参考文献数
37
被引用文献数
1

河川管理事業において,従来の掘削事業は,定型形式で施工管理されることが慣例であったが,近年は河川環境への配慮が重視されてきたことから,中小河川であっても定型形式の技術指針と異なる掘削方法が必要とされている.そのためには,河道の三次元情報を詳細に把握し,綿密な測量計画を立案する必要がある.そこで本研究は,滋賀県を流れる A 川において,希少種に配慮した掘削事業を対象とし,RTK-UAV を用いて効率的に掘削土砂量を把握する方法について検討した.RTK-UAV を用いることで,河道掘削範囲に立ち入ることなく 10 分程度で撮影することができた.また,河道掘削事業前後の測量成果から差分解析を試みた結果,8,851.08 m3の掘削土砂量が算出された.この値は,施工者が算出した掘削土砂量である8,332 m3 に近い値を示した.RTKUAV を用いた地形測量成果から差分抽出を行う際には,写真測量が不得意としている水域,植生などの扱いに留意する必要がある.とくに,植生高は植生被覆の異なる 2 点の標高差を用いて概算で計算し,体積を計算した.総じて,RTK-UAV を用いた掘削土砂量の算出方法は,測量の設定や植生に留意することで,実務レベルで使用できることが明らかとなった.
著者
玉田 祐介 雫田 享佐 厚芝 源太郎 平田 健太郎 石川 博規 工藤 慎一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.22-00009, (Released:2023-07-07)
参考文献数
36

フクジュソウ Adonis ramosa は,主に落葉樹林に生育するキンポウゲ科の多年草で,北海道中央部から南部,本州,四国に分布し,多くの都道府県で絶滅危惧種となっている.フクジュソウの保全対策を効果的かつ効率的に実施するためには,生育環境について知見を蓄積することが重要な課題の一つである.フクジュソウの生育環境については,光条件による影響を報告した研究は存在するが,フクジュソウの生育に影響を与える局所スケールの環境要因及びその相対的重要性を明らかにした研究は見られない.そこで,本研究では,北海道中央部及び南部において,光条件,土壌条件,リター層,周辺植生といった環境要因に着目してフクジュソウの生育環境を調査した.北海道中央部及び南部のフクジュソウの開花結実期にあたる2021 年 4~ 5 月において,各調査地域(計 7 地域)のフクジュソウ生育地に方形区(1 m×1 m)を 5 個設置し,計 35 個の方形区でフクジュソウの個体数を記録した.また,フクジュソウの生育に関係し得る環境要因として,相対照度,土壌硬度,リター層の厚さ,林床被度,樹冠被度を計測した.その結果,相対照度が高く,リター層が薄く,かつ林床被度が低いほど,フクジュソウ個体数は多かった.そのため,フクジュソウの保全対策を実施する場合には,相対照度が高く,リター層が薄く,かつ林床植生が少ない環境に着目することが重要であり,開発事業によりフクジュソウ生育地を改変せざるを得ない場合は,そのような環境へ移植を実施する必要があると考えられる.また,フクジュソウ生育地のモニタリングや維持管理を実施する場合には,草刈りや落ち葉かきが有効と考えられる.
著者
赤松 良久 後藤 益滋 乾 隆帝 山中 裕樹 小室 隆 河野 誉仁
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-8, 2018-07-28 (Released:2018-09-10)
参考文献数
17
被引用文献数
2

ヌートリアは,西日本の本州・四国に定着した特定外来生物に指定されている哺乳類であり,生態系保全・河川管理の両面から,効率的に侵入を防止し,防除方法を確立することが望まれている.そのためには,簡易かつ有効的な侵入モニタリング方法の確立,さらには,好適な生息環境を明らかにする必要がある.そこで,本研究では,環境 DNA 分析を用いることにより,山口県広域における分布状況を明らかにし,さらに,GIS を用いてヌートリアの生息適地を明らかにするとともに,分布予測モデルを用いた潜在的生息地の推定をおこなった.その結果,山口県においては,既に県内の広域にヌートリアの分布が拡大していること,そして,流域特性に関係なく,県内の河川の中下流域で侵入・定着のリスクあることが示された.
著者
小山 彰彦 乾 隆帝 伊豫岡 宏樹 皆川 朋子 大槻 順朗 鬼倉 徳雄
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.191-216, 2022-03-17 (Released:2022-04-20)
参考文献数
55

堤体高 15 m を越えるハイダム撤去に対する河口域の生態系の応答を調査した事例は世界的に限られている.本研究では荒瀬ダム撤去前に該当する 2011 年から撤去後の 2018 にかけて調査を行い,球磨川水系の河口域の底質と生物相の変化を評価した.調査期間の秋季と春季に調査を計 14 回実施し,球磨川と前川に設置した 178 定点が調査された.このうち,本研究では 138 定点を解析に使用した.底質変化の指標として,調査定点のシルトと粘土の割合を算出した.結果,2012 年の春と 2014 年の春にそれぞれ粗粒化が認められた.これらの粗粒化は主に 2010 年の荒瀬ダムゲートの開放と 2011 年の大規模出水と関連すると考えられる.底生生物群集の変動を解析した結果,定点ごとの生物相の変動は,特定の調査時期,あるいは季節性に基づかないことが示唆された.この結果から,ダム撤去が河口域の底生生物群集に与えた影響は決して大きくなかったと考えられる.一方,球磨川と前川の両河川では内在性種が 2012 年の秋季から 2013 年,あるいは 2014 年の秋季にかけて顕著に増加した.同時期に,内在性種のアナジャコとニホンスナモグリ,およびこれらの巣穴を利用する共生種の出現定点数の増加が認められた.アナジャコとニホンスナモグリは砂泥質,および砂質環境に生息するため,底質の粗粒化が本種らの生息地の拡大を促進した可能性が示唆される.しかしながら,本調査を開始する前には河口域で底質のかく乱が既に観測されている点,本調査域では河川改修や自然再生事業に伴い直接的な土砂の投入が行われている点などから,本研究で観察された底生生物の出現パターンの変化が荒瀬ダム撤去とどの程度直接的に関係しているのかは十分に検証できていない.この関係を明らかにするために,今後,荒瀬ダムの堆積土砂の動態を評価すべきであろう.
著者
山岸 哲 松原 始 平松 山治 鷲見 哲也 江崎 保男
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.79-85, 2009 (Released:2010-02-26)
参考文献数
10
被引用文献数
1 1

2000年から2006年の3月から7月にかけて,京都府南部の木津川において,チドリ類3種の営巣環境選択に関する研究を行ない,河川物理が3種の共存に与える影響を論じた.木津川ではコチドリ,イカルチドリ,シロチドリの3種が同一砂州上で繁殖している.現地調査においては営巣中のチドリを発見し,その営巣環境を,基質砂礫サイズの3区分をもちいて評価した.その結果,主に海岸の砂州干潟に営巣するシロチドリは,粒径の小さな基質に営巣する頻度が有意に高かった.また,コチドリとイカルチドリは比較的幅広い基質に営巣し,この2種間では有意差が見出せなかったものの,イカルチドリはコチドリよりも大きな礫を選好する傾向があった.調査地砂州の砂礫分布図を作成したところ,大粒径土砂と小粒径土砂の分布が,上下流のマクロスケールで明確に異なっていたのみならず,ミクロスケールでは小粒径土砂の砂礫内に大粒径土砂の小パッチが点在していた.これらの分布パターンは,ともに洪水によって形成されると考えられるので,チドリ類の同一砂州上での共存には定期的な出水が不可欠であると考えられる.
著者
中西 彬 花井 隆晃 伴 邦教 服部 翔吾 太田 宗宏 谷口 義則
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00017, (Released:2022-03-23)
参考文献数
22

愛知県の谷津田環境で実施される造成事業の計画地に生息するホトケドジョウの保全を検討するため,計画地域にある 2 河川(下流で合流)の 7 地点とこれらと本川が異なる 1 地点を対象にミトコンドリア DNA の D-loop 領域とマイクロサテライト DNA を解析し,遺伝的構造を把握した.ミトコンドリア DNA は 2 河川 7 地点間に変異は認められず,遺伝情報が既知の東海集団に属すると判定された.また,マイクロサテライト DNA は,帰属性解析及び FST 値の結果から,河川流域ごとに遺伝的なまとまりがあり,2 河川間で遺伝的分化の程度に差があった.事業の影響を受ける 1 地点と近隣の 1 地点は,遺伝的多様性が非常に低く,2 地点間には多少の遺伝的分化が見られ,圃場整備による流路の分断化や個体群の小規模化の影響があると考えられる.この 2 地点は,過去には遺伝的交流があったと推測されることから,両地点の個体群を一体とした生息地の確保や遺伝的交流の確保が有効であると考えられる.
著者
川尻 啓太 末吉 正尚 石山 信雄 太田 民久 福澤 加里部 中村 太士
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.133-148, 2020

<p>積雪寒冷地の札幌市では路面凍結防止のために,塩化ナトリウムを主成分とする凍結防止剤が大量に散布されている.散布された塩類は除雪された雪とともに,雪堆積場へと集められ,春になると融けて近隣の河川に流れ込む可能性がある.しかしながら,雪堆積場からの融雪水中の塩類の含有量や河川水質,生物への影響はほとんど明らかになっておらず,その実態把握が求められている.本研究では,まず,札幌市内の 73 箇所の雪堆積場における人為由来の塩化ナトリウム含有量の推定をおこなった.次に,2015 年 2 月から 6 月にかけて雪堆積場 7 か所とその近隣河川を対象に,雪堆積場からの融雪水の水質ならびに雪堆積場からの融雪水が流入する上流部(コントロール区)と下流部(インパクト区)における河川水の水質調査,河川に生息する底生動物と付着藻類の定量調査を 2015 年 2 月から 6 月にかけて継続的に実施した.調査の結果,融雪初期において,雪堆積場からの融雪水中の Na<sup>+ </sup>濃度と Cl<sup>- </sup>濃度が河川水の 2~9 倍と極めて高くなる傾向が見られた.さらに同時期のインパクト区における Na<sup>+ </sup>および Cl<sup>- </sup>濃度がコントロール区に比べて 1.56 ± 1.27 mg L<sup>-1</sup>,3.05 ± 2.74 mg L<sup>-1</sup>(平均値±標準偏差)上昇した.生物については底生動物の一部では雪堆積場の負の影響が認められ,トビケラ目の個体数と代表的な水生昆虫 3 目(カゲロウ目,カワゲラ目ならびにトビケラ目)の総個体数はコントロール区よりインパクト区で低い傾向が認められた.積雪寒冷地における河川生態系の保全のためには,融雪開始時期の河川水質の急激な変化を抑えることが重要であり,これにより底生動物への影響を回避することができるだろう.</p>
著者
桒原 淳 今井 久子 出繩 二郎 櫻井 日出伸
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00003, (Released:2021-09-20)
参考文献数
16

臨港道路「霞 4 号幹線」の整備では,高松海岸や干潟の多様な機能の保全を目指し,各種の環境保全対策を実施した.これらのうち,整備に伴い撤去した範囲の海浜植生を復元する,全国的にも少ない技術事例を報告する.復元する植生の配置は,整備撤去範囲外に残る海浜植生との連続性や地形条件を考慮して決定した.また,復元に使用する海浜植物は,復元群落の面積と植栽密度から必要数量を算出し,整備撤去範囲外の海浜植生から調達した.また,復元工事の施工時には,施工業者に対し,復元作業手引書に基づいた現地指導を行った.
著者
速水 将人 石山 信雄 水本 寛基 神戸 崇 下田 和孝 三坂 尚行 卜部 浩一 長坂 晶子 長坂 有 小野 理 荒木 仁志 中嶋 信美 福島 路生
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.20-00043, (Released:2021-07-10)
参考文献数
47

河川上流域に多数設置された治山ダムは,渓流や森林の荒廃を防ぐ重要な役割を果たす一方で,渓流魚の河川内の自由な移動を阻害している.こうした状況に鑑み,河川生態系の保全を目的とした改良事業(魚道の設置,堤体の切り下げ)が国内の多くの治山ダムで実施されている.本研究では,北海道 3 河川に設置された治山ダムを対象に,魚道設置と切り下げによるダム改良工事が,その上下流の渓流魚類相に与える影響について,改良工事前後で行われた採捕調査によって検証した.同時に,ダム改良後の採捕結果と環境 DNA メタバーコーディングによる魚類相推定結果を比較し,治山ダム改良事業における環境 DNA メタバーコーディングを用いた魚類相推定の有効性を検討した.採捕調査の結果,治山ダムの改良事業によって,遡河回遊魚であるアメマスとサクラマスのダム上流への移動を可能にし,10 年後においても効果が確認された.環境 DNA メタバーコーディングでは,採捕された全 9 種に加え,採捕では確認されなか ったニジマスの計 10 種が検出され,治山ダム上下流に設定した各調査地点における遡河回遊魚のアメマス・サクラマスや,ハナカジカの採捕結果との一致率は 70-90 %であった.環境 DNA メタバーコーディングを治山ダム改良事業に適用する場合,評価対象魚種の特性や過去の採捕記録を考慮する必要はあるものの,改良前の治山ダムにおける魚類の遡上阻害の推定や,改良後の河川の魚類相・生息状況の推定に有効であることが示唆された.但し,治山ダムの切り下げを例にとると,遡上阻害の改善効果が維持される期間は工法によって異なる可能性もあり,正確な評価には様々な河川・工法を対象としたさらなる研究の蓄積が必要である.
著者
幸福 智 久保 雄広 北村 立実 松崎 慎一郎 松本 俊一 山野 博哉 西 浩司 菊地 心 吉村 奈緒子 福島 武彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.235-243, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
27

本研究では,全国の一般市民及び霞ヶ浦流域の住民を対象にウェブアンケート調査を実施し,霞ヶ浦が有する生態系サービスについて,選択型実験(コンジョイント分析)を用いて経済価値評価を実施した.選択型実験では,漁獲量(供給サービス)・湖岸植生帯(調整サービス)・希少種(基盤サービス)及び水質(文化的サービス)の 4 つの属性からなる選択セットを提示し,望ましい案を選択してもらうようにした.調査の結果から,生態系サービスが劣化した状態,現状及び 2040 年の将来の値(良好な状態)の水準の値を設定し,値の変化に対する支払意思額(WTP)を求め,これに人口を乗じて生態系サービスの経済価値を求めた.霞ヶ浦の生態系サービスに対する経済価値は,現状は全国では 1 兆 302 億円,県では 253 億円,流域では 70 億円, 2040 年の将来(望ましい状態への改善)の場合は,全国では,1 兆 4,264 億円,県では 324 億円,流域では 89 億円という結果となった.
著者
西 浩司 久保 雄広 北村 立実 松崎 慎一郎 松本 俊一 山野 博哉 幸福 智 菊地 心 吉村 奈緒子 福島 武彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.245-256, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
18
被引用文献数
1

本研究では,ベスト・ワースト・スケーリング手法(BWS)を用いて,霞ヶ浦が有する代表的な生態系サービス(農産物,水産物,飲料水等の供給サービス,気候の調整サービス,観光,景観等の文化的サービス,多様な動植物の育成等の基盤サービス)の重要度を明らかにすることを目的として,全国及び霞ヶ浦流域を対象にしたウェブアンケートを実施した.BWS では,霞ヶ浦の生態系サービス(恵み)の組み合わせを変えて選択肢として提示し,最も重要と思うもの(Best)と最も重要でないと思うもの(Worst)を選んでもらうことを複数回繰り返すという方法で実施し,Best と Worst の選択回数の比率を生態系サービスごとの重要度の評価の指標とした.霞ヶ浦については調整サービスの「水質の浄化」,供給サービスの「水の供給」,基盤サービスの「生物の生息場所」など,湖沼の水環境保全により維持される生態系サービスが重要と評価された.この結果を食料の供給(農産物,水産物)とのトレードオフの可能性も踏まえて,今後の施策の検討へ反映することが必要と考えられた. また,今後の観光振興策の検討に資する情報を得るために,同じ手法を用いて霞ヶ浦周辺の観光地を訪れている人に現地アンケートを行い,生態系サービスの重要度を評価した.「農産物」,「水産物」に加え「生きもの」が重要と評価されたされたことから,生きものの保全をブランド化した産物の創出等が振興策として有効ではないかと考えられた.