著者
渡邉 崚 中尾 航平 平石 優美子 釣 健司 山中 裕樹 遊磨 正秀 丸山 敦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.279-293, 2021-02-28 (Released:2021-04-06)
参考文献数
31

ゲンジボタル(Luciola cruciata)は,観光資源や環境指標種として注目されるが,近年,都市化などの人為的影響や大規模な出水による攪乱で個体数は減少しているとされる.保全に不可欠なゲンジボタルの個体数調査は,成虫を目視計数することが多く,幼虫の捕獲調査は破壊的であるため避けられている.本研究では,環境 DNA 分析用の種特異的なプライマーセットを設計し,野外でのゲンジボタル幼虫の定量の可否を検証することで,幼虫の非破壊的な定量調査を提案する.さらに,ゲンジボタルの個体群サイズを制限するイベントを探索することが可能か否かを検証する第一歩として,前世代と同世代の成虫個体数を同地点で計数し,環境 DNA 濃度との関係も調べた.データベースの DNA 配列情報を基に,ゲンジボタルの DNA のみを種特異的に増幅させる非定量プライマーセットⅠ,定量プライマー・プローブセットⅡを設計した.種特異性は,当該種ゲンジボタルおよび最近縁種ヘイケボタルの肉片から抽出した DNA で確認された.定量性は,両種を模した人工合成 DNA の希釈系列に対する定量 PCR によって確認された.プライマー・プローブセットⅡが野外にも適用可能かを確認すべく,2018 年 11 月に野外で採取された環境水に由来する環境 DNA 試料に対して定量 PCR を行った.その結果,環境 DNA 濃度と同時期に捕獲された幼虫個体数との間には正の関係が示された.最後に,幼虫捕獲数および環境 DNA 濃度,その前後の繁殖期の成虫個体数との関係を調べたところ,幼虫捕獲数と前後の成虫個体数には関係は得られなかった.一方,同時期の環境 DNA 濃度との間には負の関係すら得られた.これらの不一致は,長い幼虫期に個体数変動をもたらすイベントが存在することを示唆している.本研究は,野外において,ゲンジボタル幼虫の個体数と環境 DNA 濃度が正相関することを示した初の報告である.今後,幼虫期の定期モニタリングが可能となり,個体数変動を起こすイベントの探索が期待される
著者
佐藤 奏衣 矢部 和夫 木塚 俊和 矢崎 友嗣
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.153-171, 2022-03-17 (Released:2022-04-20)
参考文献数
47

近年,高濃度の栄養素やミネラルによる人為負荷が湿原に与える影響が深刻化している.本研究の目的は,地下水経由の人為負荷がワラミズゴケの出現と分布に与える影響を明らかにすることである.2014 年 8 月,北海道勇払湿原群で,流域に畑地のある負荷区と畑地のない対照区を設置した.次に,群落と地下水の水文化学環境を調査し,ワラミズゴケの出現と群落分布を規定する環境因子の関係を解析した.Cl-で標準化した各イオン当量比より,負荷区の Ca2+, Mg2+,および K+の降水寄与率が対照区より低かったことから,これらのイオンの負荷区の地下水への人為負荷が示された.nMDS の結果,ワラミズゴケ群落の分布は pH,ミネラル(Na+,Ca2+,Mg2+,K+,Cl-),および無機態窒素(IN)に対して負の関係を示した.また,ロジスティック回帰分析は,ワラミズゴケの出現は pH,ミネラル,IN,競争種,水位に対して負の関係を示し, nMDS の結果とおおよそ一致した.ロジスティック回帰分析から 9 つの環境因子に関するワラミズゴケの出現可能範囲の推定値が得られた.ワラミズゴケの一部は出現可能範囲外の高濃度ミネラル域にも出現し,ハンモック内部で地下水とは異なる水質が維持されていることが示唆された.パス解析の結果,ワラミズゴケの出現に対する各水文化学環境因子の効果は,競争種の競争排除による間接効果より直接効果のほうが高かった.したがって,ワラミズゴケ保全のためには,水文化学環境を出現可能範囲に維持することと,競争種を抑制することが重要である.
著者
森 晃
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.69-77, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1

ナマズは近年,生息環境の悪化により個体数が全国的に減少しているが,幼魚期の知見は不足しているため,生活史全体を考慮した効果的な保全は困難である.絶滅が危惧されている淡魚の生態解明には,PIT タグ(以下,タグ)が活用されている.しかし,タグをナマズの幼魚に適用し,野0外でタグ個体を追跡した例はみられない.そこで,本研究では野外においてタグを用い,ナマズのとくに幼魚から生態学的情報を収集することを目的とした.そのために,第 1 にタグの装着が幼魚に及ぼす影響を評価し,第 2 にタグを装着した個体を放流し追跡調査を実施した.第 3 に今後の課題について検討した.まず,タグの装着が幼魚に与える影響を屋内の水槽において検証した.その結果,タグを装着した 18 尾のナマズ幼魚のうち,死亡した個体はなく,切開痕についても約 20 日後には自然治癒した.また,タグの脱落がなかったこと,コントロール群とタグ群の間に成長の差がなかったことから,ナマズの幼魚に対するタグの装着は可能であると考えられた.次に,栃木県宇都宮市の谷川において追跡調査を実施した.合計 21 尾のナマズにタグを装着したのちに放流し,読取機とポータブルアンテナを用いてタグ個体の位置情報や利用環境について記録した.その結果,探査可能距離などの制限があったにもかかわらず 12 尾の個体の追跡に成功したことから,タグを用いた追跡が本種の生態学的情報を得ることが可能であることが示された.今後の課題としては,追跡の成功率を上げるために調査労力(頻度や範囲)を増やすこと,成魚には検出範囲の広い大型のタグを装着することが挙げられた.これらの改善点を適用することで,探査効率は向上し,ナマズの移動特性や選好環境などの情報を効率的に収集できると考えられる.
著者
堤 裕昭
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.83-102, 2005 (Released:2009-01-19)
参考文献数
34
被引用文献数
10 10

有明海に面した熊本県の沿岸には,アサリの生息に適した砂質干潟が発達し,1970年代後半から1980年代前半にかけて,アサリの漁獲量は約40,000∼65,000トンに達した.しかしながら,1980年代後半から1990年代にかけて漁獲量が激減し,1990年代後半以降,熊本県全体のアサリの漁獲量はわずか1,000∼3,000トンにとどまっている.アサリの漁獲量が激減した干潟では,アサリのプランクトン幼生が基質に定着·変態しても,ほとんどの個体が殻長数ミリに成長するまでに死亡していた.ところが,アサリ漁の主要な漁場である緑川河口干潟および荒尾市の干潟では,沖合の海底から採取した砂を撒くと,その場所にかぎっては,覆砂から数年以内は,このような定着·変態直後の幼稚体の死亡が少なく,アサリ漁が再開されるまでに個体群の回復が見られた.覆砂した場所にかぎって,一時的にアサリの幼稚体の生残率が高くなる現象については,もともとの干潟の基質に含まれる物質がアサリの幼稚体の生残に悪影響を及ぼしていることが考えられ,基質中の重金属類とその基質に生息するアサリの生息量との関係を解析した.その結果,アサリの幼稚体のほとんどが死亡している熊本県熊本市の緑川河口干潟および荒尾市の干潟の基質には,1,700∼2,900μg/g のマンガンが含まれ,一方,現在,アサリの現存量の約1∼6kg/m2に達する菊池川河口干潟および韓国の Sonjedo干潟では,マンガン含有量が500μg/g未満にとどまった.基質中に含まれるマンガンが,アサリの幼稚体に何らかの生理的な悪影響を与えている可能性が考えられる.
著者
松寺 駿 森 照貴 肘井 直樹
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00004, (Released:2021-12-10)
参考文献数
38

河川に生息する魚類にとって,水際部は産卵場所や稚魚の成育場となるため重要な場所とされている.そのため,コンクリート護岸の設置による影響が懸念されているが,遊泳魚に対する負の影響に比べ,底生魚への影響はあまり示されていない.底生魚は砂泥を好む魚種から礫を選好する魚種まで,その特性は幅広く,対象とする河川区間に生息する魚種相に応じて,コンクリート護岸による影響は異なるものと考えられる.そこで本研究では,魚種相が異なると考えられる2つの地域を対象に,コンクリート護岸の設置が魚類群集にどのような影響を及ぼすのか,水際部の環境が異なる河川区間において比較することで検証を行った.揖斐川または長良川の中流および下流部に流入する中小河川において,両岸とも流水がコンクリート護岸に接する区間(CC タイプ)と,護岸の有無に関わらず,両岸ともに流水が堆積した土砂に沿って流れる区間(SS タイプ),さらにコンクリート護岸と堆積土砂に片岸ずつ接する区間(CS タイプ)の3つを各調査河川において1つずつ選定し,調査を行った.遊泳魚の種数および個体数は水際が砂礫となった区間に比べ流水が直接コンクリート護岸に接した区間で少なくなっていた.一方,礫底を好む底生魚の個体数は流水がコンクリート護岸に接した区間で多くなっていた.流程に応じて水際部の環境の違いに対する魚類の種組成の反応も異なっており,コンクリート護岸の設置が魚類群集に及ぼす影響は魚類の生活様式や河川の流程に応じて変化することが明らかとなった.さらに,流水が片岸のみコンクリート護岸に接した区間における魚類群集の構造(種数,個体数,種組成)は両岸の水際が砂礫とな った区間と類似する傾向がみられ,中小河川においてコンクリート護岸を設置する場合,片岸のみにとどめられるような配慮・工夫をすることで魚類群集への影響を緩和できる可能性が示唆された.
著者
阿部 司
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.243-248, 2012
被引用文献数
2

Japanese kissing loach <i>Parabotia curta</i> (Cypriniformes, Botiidae) is one of the most endangered freshwater fishes in Japan. This species inhabits in a narrow region of western Honshu Island. The loach inhabits rivers and irrigation channels with gravel substrates hiding in crevices or holes, and spawns for a few days in the early rainy season at temporarily submerged, flooded grounds, which were originally very common lowland environments in monsoon Asia. However, recent artificial environmental changes, especially river improvements and farm land consolidation, have destroyed such environments and resulted in many local population extinction. Volunteers and Japanese/local governments are performing restoration and maintenance of artificial floodplains for the spawning as well as surveillance of poaching, but this loach is still critically endangered with some serious problems. In the agricultural area which has many restrictions, conservation techniques cannot be fully put to practical use. Although the technique of the ecology and civil engineering is effective for the restoration of floodplain environment and improvement of habitat, the sociological approach is crucial to utilize the technique in the local community.
著者
村田 裕 浅見 和弘 三橋 さゆり 大本 家正
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.63-79, 2008 (Released:2008-09-10)
参考文献数
28
被引用文献数
9 8

78年間,維持流量が設定されていなかった高梁川水系帝釈川ダム下流に,2001年7月から2003年3月にかけて順次0.1m3/s,0.2m3/s,0.348m3/sの維持流量が放流され,2003年3月14日からは再開発事業に伴う工事によりダム流入量=放流量(自然流況:2∼4m3/sが多い)となった.維持流量0.1m3/s放流により瀬切れはなくなり,流況改善に伴い流水が回復した.流況改善に伴う生物群集の対応を把握するため,糸状藻類,魚類,底生動物の変化を追跡した.糸状藻類は,維持流量放流後は,流量が一定のため繁茂したが,自然流況となり流況変動が大きくなると,剥離が進み減少した.魚類は,維持流量放流時(調査時の流量0.1m3/s,0.2m3/s)と自然流況時(調査時の流量4.0m3/s)を対比したが,自然流況後,平瀬を好むオイカワが減少し,魚類によっては生息環境の減少につながると考えられる.魚類全体としても,帝釈川ダム下流は,種数,総個体数が増加することはなかった.底生動物は,2002年2月の第1回調査では,ダム下流でカワニナなどが優占し,種数,総個体数,多様度指数も低かったが,流況改善1年程度でそれ以前と大きく種構成が変わった.時間経過に伴いカゲロウ目,トビケラ目が増加し,全体の種数,総個体数,多様度指数のいずれも増加し,ダムの影響を受けていない他の地点との差が少なくなった.
著者
金澤 康史 三宅 洋
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.141-150, 2006-12-20 (Released:2008-07-18)
参考文献数
29
被引用文献数
13 9

本研究では護岸建設により出現する人工的なコンクリート基質と, 自然基質である礫および岩盤との間で, 生息場所環境および河川性底生動物の群集構造を比較し, コンクリート基質の物理的な生息場所特性とそこに成立する底生動物群集の特徴を明らかにすることを目的とした.物理的環境の比較により, 基質の表面流速は礫で最も小さいことが示された. 礫河床は粗度が高く, 流水に対する抵抗が大きくなるため, 粗度が低いコンクリート基質および岩盤よりも流速が小さくなったものと考えられた.底生動物の生息密度はコンクリート基質で最も高く, 多様性の一要素である均等度は礫で最も高かった. また, 非計量的多次元尺度法 (NMS) の結果から, コンクリート基質上ではフタバコカゲロウが優占していることが明らかになった. コンクリート基質上に特徴的な底生動物群集が成立したのは表面形状の単純化とフタバコカゲロウの増加が原因だと考えられた.表面流速の増加に伴い, 底生動物の生息密度は増加し, 分類群数および均等度は減少した. また, 流速の大きい生息場所では, フタバコカゲロウと強い正の相関関係の見られるNMS軸2の値も高かった. よって, コンクリート基質上の流速の増加が, 他の自然基質とは異なる底生動物群集が見られる原因だと考えられた.本研究により, コンクリート基質上では自然基質とは異なる底生動物群集が成立していることが示された. この原因としては, コンクリート護岸の建設による生息場所環境とその複雑性の改変が考えられた. 本研究の結果は, 護岸などの河川構造物は人間生活の安全性・利便性を高める上で必要なものである反面, 河川生物群集に影響を及ぼしているという一例を示しているものと思われる. 今後は, 基質特性が底生動物群集に影響を及ぼすメカニズムを解明する必要があると考えられる.
著者
小林 哲
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.113-130, 2000
被引用文献数
21

日本の本州・四国・九州などを流れる河川に生息するカニ類の生態をまとめ,河川環境におけるカニ類の生態的地位と現状について考察を加えた.カニ各種の分布と回遊のパターンから,6タイプを分けた.タイプAとタイプBは感潮域付近でのみカニ期を過ごし,タイプAは繁殖のための回遊はないがタイプBは繁殖のため河口域から海域へ水中を移動する.タイプCとタイプDはカニ期を感潮域から淡水域に沿った陸域で過ごし,タイプCは河川の淡水域から感潮域にかけてで卵を孵化させ,幼生は広い塩分耐性があり感潮域へと流れくだる.タイプDは繁殖のためカニが海域へと移動し,海域で孵化を行う,タイプEは河川の淡水域でカニ期を過ごし,成熟したカニが川を降り感潮域に達しそこで繁殖する.これらのタイプはいずれも浮遊生活期の幼生が海域を分散する.タイプFは全生活史を淡水域上流部で過ごし,幼生期は短縮される.<BR>河川ではカニの分布は感潮域周辺に集中している.干潟に多くみられるスナガニ類は底質の粒度組成に応じてすみわけており,ヨシ原など後背湿地にはイワガニ類が多く出現する.淡水域の下流~中流域では,モクズガニが水中に,ベンケイガニ類3種(ベンケイガニ,クロベンケイガニ,アカテガニ)が水辺から陸上に出現する.上流域では,サワガニが水中から陸上にかけて分布する.代表的なスナガニ科8種,コブシガニ科1種イワガニ科10種,サワガニ科1種についての生態をまとめ,紹介した.<BR>河川生態系においては,カニ類は感潮域で腐食連鎖の上で重要な位置を占めていると考えられる.特にスナガニ類およびイワガニ類は,感潮域において有機物を消費している.また巣穴を多数掘ることで堆積物に沈積した有機物の分解を助け,環境浄化を助けている.近年,底質の変化によりカニ類の生息場所が損なわれ,堰の建設による流れの遮断により回遊の過程が妨害を受けている.河川改修による後背湿地における植生の喪失も,カニ類の生息場所を奪う危険性がある.以上のような,カニ類の生態を考慮に入れた改修事業が必要と考えられる.
著者
町田 善康 山本 敦也 秋山 吉寛 野本 和宏 金岩 稔 神保 貴彦 岩瀬 晴夫 橋本 光三
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.181-189, 2019-01-28 (Released:2019-04-10)
参考文献数
31
被引用文献数
3 5

北海道東部網走川水系の 3 次支流駒生川において,住民が設置した複数の手作り魚道の効果を検証するため,魚道設置前後の魚類の種組成,生息個体数,およびサケ科魚類の産卵床の分布を調査した.その結果,魚道設置完了前の 2009 年および 2011 年には,駒生川の落差工よりも上流域には,サケ科魚類が全く生息しておらず,ハナカジカとカワヤツメ属の一種のみが生息していた.また,サケ科魚類の産卵床も確認できなかった.2012 年に 7 基の魚道の設置が完了した後,落差工よりも上流域でサクラマスおよびイワナの親魚と産卵床がそれぞれ確認された.また,2013 年に行った調査では,落差工上流域にサクラマスの生息を確認した.さらに,魚道設置 5 年後の 2017 年には,駒生川においてサクラマスおよびイワナの生息が確認でき,ハナカジカの生息個体数は減少する傾向にあった. 以上の結果から,駒生川に設置された木材や石などを利用した手作りの魚道は,遡上できなかった上流域へのサクラマスおよびイワナの遡上を可能にした.しかし,定住性の高い魚類に関しては回復に時間がかかっており,中流域の三面護岸が影響していると考えられた.
著者
野崎 健太郎 紀平 征希 山田 浩之 岸 大弼 布川 雅典 河口 洋一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.165-172, 2005-01-30 (Released:2009-01-19)
参考文献数
33
被引用文献数
3 1

標津川下流域(北海道標津町)に位置する浅い河跡湖(最大水深2m)の水質環境(水温,水中光の消散係数,溶存酸素,窒素,リン,クロロフィルa)を2001年7月21日,11月17日,2002年7月30日に調査した.水温は7月には地点間,水深間で10~24℃の違いが観察された.11月にはほぼ5℃で均一であった.溶存酸素濃度は常に10mg L-1以上を示し,最大値は,25mg L-1,飽和度で250%に達し,2001年7月21日に湖底付近で観察された.高い溶存酸素濃度が得られた地点は,水深が60~100cmで,表層より水温が5~10℃低く(10~15℃),大型糸状緑藻Spirogyra sp.が繁茂していた.湖水中の溶存態窒素濃度は,4~250μg L-1の幅で変動し,7月に大きく低下した.リン酸態リン濃度は,7~14μg L-1の幅で変動したが,溶存態窒素に比べて変動の幅は小さかった.懸濁態のリン量は33~35μg L-1,クロロフィルa量は10~13μg L-1であり,おおよそ一定であった.夏期の湖水中の全リン濃度とクロロフィルa量は,この河跡湖が中栄養と富栄養の中間の水質を持つことを示した.水中光の消散係数は,1~2m-1であり,富栄養湖の最大値に匹敵した.湖水中のクロロフィルa量は富栄養湖ほど多くはないので,水中光を大きく減らしているのは,植物プランクトン以外の懸濁物質や溶存有機物であると考えられる.河跡湖周辺の原風景が低湿地であったことを考えると,この河跡湖は湿地に多く見られる腐植栄養的な性質を持つ水環境である可能性が高い.これらの研究結果から,河跡湖の水質環境は,現在の標津川本川とは大きく異なっており,むしろ,かつての低湿地環境が残存している場であることが推定される.
著者
石田 裕子 安部倉 完 竹門 康弘
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.1-14, 2005-08-08 (Released:2009-01-19)
参考文献数
43
被引用文献数
3 4

城北ワンド群に生息するトウヨシノボリ縞鰭型について,生息場所スケール(ワンド間比較)と微生息場所スケール(底質型間比較)での分布様式と摂餌生態を調査した.縞鰭型は,本川では採集されず,ワンド内でのみ生息が確認された.とくに,年間を通して小型で底質の小さい閉鎖的なワンドに多く生息していた.微生息場所スケールでは,泥や落葉が多い底質に多く生息していた.充満度(体重に対する消化管内容物湿重量の割合)は5月に高く,とくに,5月の0歳魚で高かった.消化管内容物には,止水環境に生息するケンミジンコ科やシカクミジンコ属などの動物プランクトンや,チビミズムシやユスリカ類などのベントスが多く出現した.これらの結果は,トウヨシノボリ縞鰭型の生活様式が,ワンドの止水環境に適応していることを示している.いっぽう,繁殖期と稚魚期には新設ワンドに多く生息しており,繁殖期の成魚は長径16∼21cmの大きな石の下面に産卵していた.したがって,トウヨシノボリ縞鰭型の生息場所には,餌場としての泥や落葉が堆積した止水域の生息場所と,産卵場としての侵食が卓越した石底のある生息場所が必要なことが示唆された.また,淀川大堰の運用が淀川の環境とヨシノボリ類の個体群に与える影響を考察した.
著者
野田 康太朗 中島 直久 守山 拓弥 森 晃 渡部 恵司 田村 孝浩
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.165-173, 2020-03-28 (Released:2020-04-25)
参考文献数
26
被引用文献数
3

本研究では,トウキョウダルマガエルを対象とし,第一に PIT タグの個体へおよぼす影響およびタグリーダーによる探知能力の両面から,越冬個体の探知に適した手法か検討した.第二に,対象地にて PIT タグを挿入した個体の越冬場所の探知を試みた.さらに,栃木県上三川町の水田水域において越冬個体の探知を試みた.PIT タグが個体へおよぼす影響を調べるため,PIT タグを挿入した群と挿入していないコントロール群を 15 日間飼育したところ,斃死及びタグが脱落した個体はおらず,体重の増減にも両群間に有意な差は見られなかった.探知能力の検討では PIT タグを土中に埋める試験区を設け実験した.その結果,深度 20 cm までの読み取りは可能であったが,30 cm より深くは読み取れなかった.さらに,栃木県上三川町で実施した水田水域における越冬個体の探知では,30 個体の越冬場所を確認した.Neu 法により解析したところ,30 個体の越冬地点は,畑地に集中していることが明らかとなった.また,越冬深度は 7.4-27.0 cm,平均 18.3±4.7 SD [cm] であった.この結果から,水田水域に生息するカエル類と比較し,本種はより深い地中で越冬する生態を有する可能性もあった.一方で,越冬深度の違いが PIT タグと掘削という手法の違いに起因する可能性もある.なお,本研究の結果は冬期湛水水田が卓越した地域において実施された事例的な研究である.今後は PIT タグを用いた越冬個体の探知方法により,異なる気象条件の地域,営農方法や圃場構造等が異なる地区での知見を集積することが望まれる.
著者
海野 徹也 山本 雅樹 笹田 直樹 大原 健一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.147-154, 2015-12-28 (Released:2016-02-01)
参考文献数
24
被引用文献数
3 3

江の川で採集された通し回遊魚( 3 科 11 種)の耳石 Sr:Ca 比を分析し,回遊履歴を検証した.耳石 Sr:Ca 比のプロファイルより,河口付近で採集されたチチブは,終始,汽水域を主な生息域としていると考えられた.浜原ダムより下流の中流域で採集されたスミウキゴリ,ゴクラクハゼ,シマヨシノボリ,オオヨシノボリ,カマキリ,カジカ中卵型は回遊型と考えられた.ヌマチチブやウキゴリについては中流で採集された個体は回遊型であったが,浜原ダムより上流で採取された個体は非回遊型であった.浜原ダムより上流への回遊型のヌマチチブ,ウキゴリ,シマヨシノボリ,オオヨシノボリの移動は,同ダムの魚道評価の指標となり得る.トウヨシノボリ(宍道湖型)は浜原ダムより下流の個体にも非回遊型が存在することが明らかとなった.ヌマチチブ,ウキゴリ,トウヨシノボリ(宍道湖型)は,回遊パターンに対して柔軟性を有するとことで環境に適応していると考えられた.
著者
大石 哲也 天野 邦彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.19-29, 2012 (Released:2012-09-08)
参考文献数
14

従来,環境情報の取得と記録は,定性的情報が多用されていた.その一方で近年,電子技術が急速に進歩し,小型で大容量・高処理能力を備えた計測機器やパーソナル・コンピュータが普及してきた.これにより,環境情報の取得方法についてもデジタル化が進み,より定量的な環境情報の取得が可能となりつつある.本論文では,位置情報の精度が異なる地形や生物などのデータを用いて,河川域の生物生息環境を把握する方法について検討を行った.具体的には,利根川河口域 (10.0~15.5 kp)を対象に,GIS により過去から現在に至るデータを一元化し,水環境がヒヌマイトトンボ (Mortonagrion hirosei Asahina) 幼虫や植物群落に与える影響の解明を行った.結果として,幼虫が生息する環境は,年間の累積浸水時間が 1~500 (時/年),浸水確率にして約 1~9 %,標高がT. P. 0.2~0.6 m の範囲に多く分布していることがわかった.浸水継続条件では,1~3 (時/年) 継続する場所までは,幼虫の確認地点数の多いものの,7 (時/年) 以上となる場所では,その数が激減することがわかった.さらに,幼虫とヨシ群落との関係についても,幼虫の生態的適域は,ヨシ群落のそれに一致しないことがわかった.このことは,ヒヌマイトトンボ幼虫の生息場所を確保するには,その場所のみを残せばよいというわけでないことを示唆している.つまり,幼虫の生息場所の維持には,ヨシ地下茎の伸展が期待できる成長旺盛な陸域のヨシ群落をひとまとまりの環境として残すことが重要となる.本論文で示したように,過去に取得されたデータを活用する際には,解析対象が規定するスケールでの必要な精度を満たせれば,GIS による定量的解析に十分用いることができる.このような視点で見れば,過去の生物調査データは,適切に利用することで,計画段階で河川改修が河川生態系へ及ぼす影響を適切に予測し,配慮できるうえに,改修後のモニタリングにも活かせるものと考えられる.
著者
高木 基裕 矢野 諭 柴川 涼平 清水 孝昭 大原 健一 角崎 嘉史 川西 亮太 井上 幹生
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.35-44, 2011 (Released:2011-10-01)
参考文献数
19
被引用文献数
6 5

マイクロサテライト DNA 多型解析法を用いて,重信川水系におけるオオヨシノボリ個体群の遺伝的集団構造の解析および耳石 Sr/Ca 濃度による回遊履歴の判定を行い,人工構造物による分断の程度を評価した.各サンプルの遺伝的多様度を示すヘテロ接合体率 (期待値) の平均値は 0.843~0.889 と高く,いずれの個体群間でも大きな差は見られなかった.各個体群間の遺伝的分化程度を示す異質性検定では,重信川本流系の個体群間において有意差がみられなかった.一方,石手川ダム上流域の藤野および五明川の個体群は,重信川本流系のほとんどの個体群との間で有意差がみられた.また,重信川本流系の個体群との遺伝的距離は大きかった.耳石の Sr/Ca 解析から,藤野の個体は石手川ダムにより陸封された個体であり,重信川最上流の藤の内の個体は両側回遊型であることが示された.一方,石手川ダム直下域の宿野の個体において両側回遊型および陸封型がそれぞれみられ,遡上した個体とダムから降下した個体が混在していることが確認された.以上の結果から,石手川ダム上流域個体群の陸封化が確認されるとともに,人工構造物による分断の影響を受け,石手川ダム上流域の個体群は他の重信川個体群と遺伝的に分化していることが示された.
著者
石間 妙子 村上 比奈子 高橋 能彦 岩本 嗣 高野瀬 洋一郎 関島 恒夫
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-35, 2016-07-28 (Released:2016-09-05)
参考文献数
37
被引用文献数
1

近年,水田生態系の保全を目的とした環境保全型農業が全国各地で行われており,その有効性が数多く報告されている.しかしこのような農法は,慣行農法に比べて作業コストや技術習得のための時間がかかるため,取り組みの規模が限られている.水田生態系の改善を広く実施するためには,全国の水田の 6 割以上を占める圃場整備済み水田においても導入可能であり,かつ現状の農法と用水供給体制のままで,低コストで導入できる保全手法を確立する必要がある.そこでわれわれは,“江(え)”とよばれる圃場の一部に併設された土水路状の構造物に着目した.江は 1 年を通して湛水状態が保たれ,水生動物の保全に一定の効果があると報告されているが,圃場整備済みの水田における有効性や創出手法はわかっていない.そこで本研究では,暗渠排水が導入された圃場整備済み水田における江の創出手法を確立するため,後述する 2 つの手法が,通年湛水および魚類群集に与える効果を検証した.1 つ目に,江の水抜け防止対策として防水シートを設置した江と未設置の江を創出し,2 つの江の間で水深を比較したところ,明瞭な水位差は見られず,どちらの江も 1 年を通して湛水状態を維持できることがわかった.また,魚類の種数,種多様度,総個体数,および種別個体数に関しても,2 つの江の間で有意差は認めらなかったことから,江における防水シートの設置効果は低いことが明らかとなった.2 つ目に,江の普及に対しては,江の創出による農地の転用面積が少ない方が有利と考えられるため,サイズの異なる江を 3 タイプ創出し,サイズによる効果の違いを検証した.3 タイプの江において水深,魚類の種数,多様度,総個体数,魚種別の個体数を比較したが,いずれの項目もサイズによる有意な差異は認められず,小サイズの江であっても魚類の生息環境として機能することが明らかとなった.これらの結果から,圃場整備済み水田における江の創出は,防水シートの設置状況や江のサイズに関わらず,魚類保全に有効であることが示唆された.
著者
渡辺 友美 吉冨 友恭 萱場 祐一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.73-85, 2017-09-28 (Released:2018-01-15)
参考文献数
23
被引用文献数
4 3

自然再生事業や生物多様性保全の取り組みでは,市民や行政に自然環境の現状や課題を的確に伝える技術が必要とされている.映像は見えにくい河川生態を分かりやすく伝えるツールとして環境教育や展示の場で活用され,効果が報告されてきた.しかしながら,河川生態の映像化そのものに関する研究は多くなく,映像開発の参考となる知見が不足している.そこで本稿では,著者が制作に関わった水環境の映像展示事例から制作上の留意点と技術を抽出し,河川生態の映像化について体系的な整理を試みた.
著者
松井 正文 富永 篤
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.175-184, 2007 (Released:2008-08-14)
参考文献数
21
被引用文献数
4 4

三重県伊賀市の前深瀬川水系,前深瀬川と川上川にはオオサンショウウオが生息している.しかし,この2河川の合流部にはダムの建設が予定されている.このために水系内の地域個体群間で分断,小集団化が生じた場合,遺伝的多様性が減少し絶滅に至る可能性がある.そこで,水系内のオオサンショウウオの核DNAに見られる遺伝的多様性の現状を把握するため,AFLP法を用いて調査した.その結果,この方法が近縁種やミトコンドリアDNAで区別される個体群との相違の検出に有効であることが分かった.しかし,この方法では前深瀬川水系内部と,その近傍の河川に生息する個体間で特定の遺伝的集団のまとまりを検出することができなかった.今回の結果から,この水系内に生息するオオサンショウウオの遺伝的構成は特定の地域集団ごとに決まっていない一方で,地域集団間で絶えず交流が保たれているのでもなく,出水による流下や,人為的な移動を含む極めて複雑なものと考えられたが,今後,より解明度の高い手法を用いた検討が必要である.
著者
加藤 絵里子 浅見 和弘 竹本 麻理子 沖津 二朗 中沢 重一 松田 裕之
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.77-89, 2014-03-30 (Released:2014-04-18)
参考文献数
16
被引用文献数
2

福島県阿武隈川水系大滝根川に建設された三春ダムでは, 貯水予定区域内にフクジュソウが自生しており, 冠水の影響を受けることが明らかであった. そのため, 冠水前に, 一部を自生地に残し, 残りを保全措置として冠水しない 4 地点に分けて移植した. 本研究では, 試験湛水前の 1996 年から 2009 年までの 14 年間, フクジュソウの個体群を追跡した. 自生地では試験湛水後, 個体数は増加傾向にあり, 開花個体 (F), 結実個体, 芽生え (S), 幼植物 (J1~J4) も存在していた. 移植地 4 地点のうち造成地は, 移植後, 大幅に個体数が増加し, 生育している面積も拡大傾向であった. 残り 3 地点のうち自生地と同様の落葉樹林下の 2 地点は, 移植後 14 年を経た 2009 年段階で, 開花個体 (F), 結実個体, 芽生え (S), 幼植物 (J1~J4) も生育していたが, 開花個体 (F) 数に着目すると減少傾向であった. 自生地とは立地環境が異なり, 生育に不適と考えられた 1 地点では, 個体数は減少し, 2006 年以降開花が見られない状態であった. 生活史ステージごとに収集したデータを元に, 50 年間のフクジュソウ個体群存続確率を予測した. その結果, 自生地および造成地は長期的に個体群が維持されると予測された. 自生地と同様の落葉樹林下の 2 地点は 15~17 年は維持され, 生育に不適な地点は約 6 年で消失すると算出された. 2009 年のフクジュソウ開花・結実個体数は, 移植時より多い個体数までに回復し, 生育している面積も湛水前の自生地より広くなっている. 今後も少なくとも 2 地点では長期にわたり存続が可能であり, 移植により個体群は維持できると考えられる.