著者
井上 滋樹
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.7-20, 2018-06-30 (Released:2018-12-14)
参考文献数
17

途上国の貧困層向けに商品を販売することで貧困層の生活向上を促そうという「BOPビジネス」への取り組みが日本企業でも進んできた。途上国の富裕層を対象としたマーケティングに多くの経験をもつ日本企業にとっても「BOP」は未経験の対象者であるため,どのような方法で彼らの的確なニーズを把握することができるかわからないケースが多い。また,「BOP層」の定義は,Hart and London(2011)によると1人当たり年間所得が3000ドル以下の世帯を指し40億人とされているが,そもそも40億人もの多様な生活者をひとくくりに分類するのはマーケティング的にはありえない。「BOP」をビジネスの対象としてみるならば,その全体像をみるのではなく,住んでいる地域や文化,収入などを特定し,そのマーケットと生活者の実態を明らかにする必要がある。この論文では,Prahaladが「BOP」に着目してから20年を経た今日において,そもそも「BOP」をどう捉えたら良いかを整理した上で,具体的にインドネシアの特定地域に住む「BOP層」を対象にした調査から生活者の具体像を明らかにする。さらに,「BOP層」向けの新商品開発のために実施した調査手法を考察し,「BOP層」のニーズ把握のために開発した「デザイン思考を活用した潜入体験型リサーチ手法 DIVE(Diversity Inclusive Visionary Enhancement)」を示す。
著者
廣田 章光
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.44-54, 2024-01-10 (Released:2024-01-10)
参考文献数
26

人間と人工知能が連携しイノベーションを促進する枠組みが「ハイブリッド・インテリジェンス」(Dellermann et al., 2019; Piller et al., 2022)である。その実現にむけての要件を,対話の視点によって明らかにすることが本研究の目的である。ハイブリッド・インテリジェンスは枠組みの提示がなされているものの,共働の内部については十分な議論が進んでいない。ある領域で豊富な開発知識,経験を有する開発者をここでは「スペシャリスト」と呼ぶ。本研究はAIとスペシャリストが共働し製品を開発するプロセスを調査し,対話の枠組みによって考察をする。AI生成情報と開発者だけで思いついた情報が,一致する場合もあれば,思いつかなかったがAIによる生成情報によって新たな製品の開発につながる場合がある。一方で,開発者がAI生成情報を理解できないためその情報が開発に結びつかない場合も存在する。本研究ではAI生成情報の中でもスペシャリストが「意外な関係」と認識する情報が新らたな「関連づけ」を創造する「きっかけ」と「手がかり」を提供することを示す。
著者
小川 亮 小口 裕 千田 彩花
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.55-67, 2024-01-10 (Released:2024-01-10)
参考文献数
33

本稿では,生成AIが人の創造性にどのように貢献するかについて研究を行った。マーケティング,心理学,認知科学における創造性研究レビューを行い,創造プロセスを考察した上で,生成AIの仕組みとの類似性から仮説を構築した。生成AIの活用が創造性のプロセスに寄与する,生成AIが作成した情報を段階的に提示することが創造性に寄与する,専門知識が高い創造主体の方が生成AIを活用して創造性を発揮しやすいという3つの仮説を立て実験を行った。実験ではAIを活用して制作したデザインとAIを活用せずに制作したデザインをそれぞれ6案用意し,3名のパッケージデザイナーのエキスパートインタビュー,85名のパッケージデザイナーへの定量調査,200名のユーザー調査を行った。検証の結果,ユーザー調査からは生成AIによる創造性寄与が見られた。一方,85名のパッケージデザイナーへの調査からは段階的な情報提示による創造性への寄与は見られなかった。また同調査から,生成AIが経験年数の短いデザイナーの創造性を向上させること,また経験年数の長いデザイナーに対しては目的から距離のあるAI生成画像であっても創造性に寄与する点が確認できた。
著者
小野 雅琴
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.68-75, 2024-01-10 (Released:2024-01-10)
参考文献数
45

広告音楽は,広告の非言語的手掛かりとして,消費者の反応に影響を与える重要な広告構成要素である。広告研究の分野では,1980年代から,広告音楽に関する研究が盛んに行われてきた。本論は,これらの膨大で多様な広告音楽研究を整序するに際して,依拠している理論基盤に着目し,広告音楽研究を,3つのカテゴリー,すなわち,(1)古典的条件付け理論を援用した研究,(2)精緻化見込みモデルを援用した研究,および,(3)処理流暢性を援用した研究に分けてレビューする。そして,レビューの結果として浮上する今後の研究の方向性として,(A)インターネット広告の音楽の効果に関する研究や,(B)消費者個人の要因やマーケティング情報の要因など,様々な要因の適合による処理流暢性の向上,すなわち,無意識的な情報処理に焦点を合わせた研究が,求められるということを指摘する。
著者
深見 嘉明 福田 大年 中村 暁子 寺本 直城
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.6-18, 2024-01-10 (Released:2024-01-10)
参考文献数
10

本論文の目的は,コーヒー豆の焙煎の分野におけるDX(Digital Transformation)の一つの形であるスマートロースターがどのようにスペシャルティコーヒービジネスにおける製品の開発としてのコーポレートブランド構築に関与しているか,コーヒー焙煎プロファイルデータと焙煎士の相互作用に着目しながら,そのプロセスを解明することである。近年,スペシャルティコーヒーの市場が日本でも拡大するなかで,スマートロースターを導入する焙煎店や喫茶店も増えている。本稿では,日本のスペシャルティコーヒービジネスを支えるもう一つの大きな要素として,コーヒーの焙煎のDXの一つの形であるスマートロースターに着目し,それが製品のブランディング構築に関与するプロセスを解明する。そのために,日本国内におけるスペシャルティコーヒーの産業内での位置づけ(ポジショニング)について明らかにする。そのなかで事例研究からスマートロースターがスペシャルティコーヒーのブランディングにいかに関与し,焙煎士がどのような役割を担うのかについて考察する。
著者
小野 晃典 小野 雅琴
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.90-100, 2023-09-29 (Released:2023-09-29)
参考文献数
12

日本全国9,000以上の駅を美少女キャラたちと周遊する位置情報連動型ゲーム「駅メモ! ―ステーションメモリーズ!―」は,最近,乗客減に悩む鉄道会社や自治体等のO2Oデスティネーション・マーケティング施策に加担するべく,当地を出身地とする美少女キャラを誕生させると共に,その美少女キャラを主人公とした短期デジタルスタンプラリーを開催することによって,このゲームに熱狂し多大な時間的・金銭的コストを喜んで旅に振り向けるゲームオタク,鉄道オタク,および美少女キャラオタクたちを,デジタルスタンプラリーの開催地に誘客し,周遊させることに成功している。本論は,「駅メモ!」による数多くの成功例のうちの数例を振り返った上で,そのO2Oデスティネーション・マーケティング・モデルとしてのポテンシャルについて議論する。
著者
麻里 久
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.70-77, 2023-09-29 (Released:2023-09-29)
参考文献数
61

本稿では,広範な研究領域に跨る,ソーシャルメディアを活用したマーケティング活動とソーシャルメディアによって変化したマーケティング(ソーシャルメディアマーケティング)に関連する研究成果を体系化し,次なる研究課題を明らかにするため,システマティックレビューを行った。レビューの結果,「eWOM/UGC」「Social Listening」「Community」「Communication Chanel」の4つの主要な研究領域が提示され,将来の研究可能性が示唆される。このような体系化された整理はこれまで存在しておらず,当該領域における理論的な貢献とソーシャルメディアマーケティングに取り組む実務家に対しても実践的な示唆をもたらす。
著者
高橋 史早
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.78-91, 2018-06-30 (Released:2018-12-14)
参考文献数
64
被引用文献数
1

従来のサービス・クオリティ研究は,主要なサービス品質測定尺度であるSERVQUALを中心として発展するとともに,サービス品質と顧客満足を仲介する知覚価値についても検討してきた。本研究は,知識的な知覚価値である教養の獲得に着目し,生涯学習施設におけるサービス品質や施設に対する総合的な評価との関係を検討する。すなわち,本研究の目的は,教養の獲得が利用者の総合評価に関係しているかを検証し,利用者の教養獲得がどのようなサービスによって促されているのかを解明することにある。公立美術館の利用者122名に対して実施した質問紙調査データを分析した結果,(1)教養の獲得は総合評価を高めること,(2)展示方法と従業員サービスの2つのサービス品質が教養の獲得を促すこと,(3)施設の快適性は総合評価を高めていることが明らかとなった。これらの発見事実は,理論的・実践的観点から検討された。
著者
太宰 潮 奥谷 孝司
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.101-110, 2022-06-30 (Released:2022-06-30)
参考文献数
11

本論は登山という趣味の分野で急伸している福岡のベンチャー会社,(株)ヤマップと,そのメインツールであるスマートフォンアプリ「YAMAP」について,特に社会的意義と顧客経験に焦点を当てながら取り上げたものである。まずは同社の成長の軌跡を紹介し,山を安全に楽しむこと,地域社会に貢献するといった社会性を有した事業活動やサービスについて紹介し,顧客経験の創出や改善,顧客対応もその理念に沿って実行されていることを説明する。そしてインプリケーションとしては実務的枠組み,顧客経験の枠組み,パーパスという3つの視点から同社の成長の理由を考察した。
著者
片野 浩一 石田 実
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.88-107, 2015-06-30 (Released:2020-05-19)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究では,ボーカロイド(歌声合成ソフトウェア)製品のユーザーが,音楽や作詞,イラスト等の作品を創作して投稿する連鎖について調べ,ユーザー・コミュニティの構造について考察する。「初音ミク」製品を使用してユーザーが作品を動画共有サイトや創作投稿サイトに発表し,その楽曲やイラストが人気となり,社会現象となっている。このユーザー主導で創発された作品の中からビジネスに展開されるコンテンツが増え,企業にとっても大きなビジネス機会として注目される。この現象には,売り手である企業と買い手であるユーザーとの間に高度な価値共創が見られる。本研究では,その価値共創からコンテンツが生み出される苗床ともいえるユーザー・コミュニティに着目し,作品創作の連鎖について社会ネットワーク分析を行う。そこから,創作連鎖の実際の形状が可視的に解明されるとともに,イノベーション・ユーザーの行動について探索的な発見を試みた。結論として,趣味コミュニティにおける現代のユーザーの社会参加の在り方が示唆されると同時に,企業がイノベーション成果を活用する先端的な取組みも見出した。
著者
水越 康介
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.116-125, 2022-03-31 (Released:2022-03-31)
参考文献数
3
被引用文献数
1

本稿では,アバターアプリ「ポケコロ」のサービス展開について,運営会社であるココネ株式会社の歴史とともに紹介する。インターネットの普及に合わせて注目されてきたアバターは,近年いよいよ充実したサービスを提供するようになっている。利用者からみても,アバターに対して課金し,着せ替えや模様替えを楽しむことはいまや当たり前の行動である。アバターアプリでは,ビジネスの仕組みとしてこうしたアイテムへの課金が重要になる。本稿では,デザイナーのチーム体制によるアイテム開発の仕組みとともに,利用者のコミュニケーションとアイテムの結びつきを確認する。こうしたアバターアプリの発展は,メタバースと呼ばれるようになった仮想空間の今後の可能性と強く結びついている。
著者
井上 達彦 鄭 雅方 坂井 貴之 楊 稼怡
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.29-41, 2022-03-31 (Released:2022-03-31)
参考文献数
21

ビジネスモデルというのは儲けの仕組みであり,その本質は「価値の創造と価値の獲得」にある。価値の創造と獲得についてはマーケティングでも早くから注目されており,価値創造については顧客との相互作用の視点,価値獲得については価格づけの視点でそれぞれ検討されてきた。しかし,価格づけにおいて「収益モデル」自体を見直すという発想には至らなかったし,価値創造と獲得の視点が統合されることもなかった。そこで本稿では,収益モデルや価値創造の方法に注目する。顧客との活発な相互作用によって価値創造をしている中国のショートムービーアプリを分析することで,価値創造と獲得の整合性と,マーケティング研究におけるビジネスモデル概念の意義を探る。
著者
原 広司 佐藤 圭 小林 哲
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングレビュー (ISSN:24350443)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.3-10, 2023-02-28 (Released:2023-02-28)
参考文献数
10

日本では生活習慣病予防が最重要課題であり,特定保健用食品は経済活動を通じた健康増進政策の一つである。健康増進の観点では,行動経済学・ナッジにおけるゲインフレームを用いることで健康活動を促進することが知られている。本研究はこの知見を特定保健用食品の説明文に応用し,ゲインフレームが購買意思決定に影響を与えるかどうかについて層別化RCTを用いて検証した。その結果,ロスフレームよりもゲインフレームの方がWTP(Willingness To Pay)を高めることが明らかになった。一方で,購買意思決定に対する影響は確認されなかった。ゲインフレームは主観的価値を高めるものの,購買促進に影響するかどうかはさらなる検証が必要である。健康増進と経済活動の二面性を持つ特定保健用食品では,行動経済学・ナッジおよびマーケティングの知見を組み合わせた新しいアプローチが重要である。
著者
小仲 健太郎 恩藏 直人
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.81-87, 2023-01-10 (Released:2023-01-10)
参考文献数
15

近年,企業は様々なデータを活用し事業化を行っている。日本気象協会は,過去から巨大な気象データを扱い,気象予報事業や防災事業を展開してきた。最近のデジタル技術の進化を背景として,気象データと売上関連データ,消費者行動データを組み合わせることにより商品需要予測の事業化に成功した。防災事業というコアスペースにとらわれることなく,他業種企業との価値共創に取り組み,商品需要予測サービスのサブスクリプションを立ち上げホワイトスペースでのビジネスモデルの構築を行った。背景に唯一,物理学的手法により未来を予測できる気象予報の技術とそれを実現する気象予報士組織がある。社会課題を解決することを中心にした企業理念と,それに基づく事業展開がコアスペースからの進化を後押ししたと考えられる。
著者
速水 建吾
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.54-62, 2022-09-30 (Released:2022-09-30)
参考文献数
34
被引用文献数
1

近年,自己不一致によって生じる脅威に対する消費者の反応に着目した研究が注目を集めている。こうした自己不一致による脅威と消費者の反応は消費者行動研究の領域において,補償的消費という概念で捉えられている。本稿では,2017年から2022年の間に発表された補償的消費に着目した研究をレビューした。これにより既存研究の知見を統合し,既存研究に残された「対処方略の決定要因」に関する課題,「逐次的な補償的消費」に関する課題,企業や社会にとって「ネガティブな消費者の行動を導く対処方略を回避する方法」に関する課題の3つの課題を明らかにした。また最終節では既存研究の課題をもとに今後の研究の方向性を議論した。