著者
田尾 亮介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、研究論文の作成、判例研究会における報告、外国語文献の書評を行った。研究論文については、前年度から継続して、アメリカとイギリスの「Business Improvement Districts(BIDs)」制度を手がかりに民間主体の地域管理制度の研究を行ってきた。具体的には、それらの国の裁判例や立法資料から法的問題点を整理するとともに、我が国における制度設計の可能性を検討してきた。今国会(第171回常会)には、地域の構成員による自主協定に法的効力を付与することを目的とした都市再生特別措置法等改正案が提出されており、BID制度とはやや異なる立法が目指されているものの、地域の公的サービスに必要な財源の確保と当該地域の管理の手法という点において、本研究はなお意義を有していると考えられる。今後は、以上の分析をまとめて、研究題目である「都市の財源確保に関する法制度の研究」の成果の一部とすることにしたい。判例研究については、日本財政法学会財政法判例研究会において、土地区画整理組合への職員派遣と給与支出の違法性が争われた裁判例を報告した。地方公共団体が行政施策を遂行していくうえで、公益的法人や民間の団体との連携は不可欠であるが、かつては、そのような団体への職員派遣については法制度が整備されていなかった。本件は、公益法人等派遣法施行後の事案であるが、判例評釈においては、同法の適用範囲を厳格に解すべきではないこと、同法の適用がなくても依然として地方公務員法の職務専念義務との関係で法的疑義が生じる場合がありうることを指摘した。書評については、フランスにおける公物理論に関する文献をとりあげた。本書は、フランスにおける公物の理論と制度の発展を、所有権の概念を軸に、歴史的かつ比較法的に論じており、国有財産の在り方などが問題となっている我が国から見ても示唆に富む内容であった。
著者
新山 龍馬
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

人体の特長を備えた筋骨格ロボットを工学的に実現し,それを用いて筋骨格系を基盤とした身体運動の原理を明らかにすることを目指して研究を行った.最終年度は,筋骨格系を工学的に実現する設計論と筋骨格系のための運動制御手法を確立し,開発した筋骨格ロボットによって走行を実現した.具体的な内容は以下のとおりである.筋骨格系の力学特性を記述し,筋指令を単純な基底関数の組み合わせによって表現する"SCA(Sparse Coding of Activation)"と呼ぶ手法を提案し,筋骨格ロボットに適用し,筋骨格系を基盤とした俊敏な身体運動(跳躍・走行)について調べた.走行の運動制御では,まず,ヒト筋骨格系と対応がとれることを活かして筋賦活パターンの原型をヒトの走行中のEMG(筋電図)を単純化することで得た.次に,計算機シミュレーション上での走行実験および運動学習によって筋賦活パターンを改良し,実機に適用する筋賦活パターンを得た.実機実験では,各筋の賦活によって理論値と一致する方向の床反力ベクトルが得られることを示した.また,計算機シミュレーションと同様に,下腿ブレードの弾性を利用した約1mのストライド(1歩あたりの距離)による3歩の走行を実現した.さらに,床反力の方向制御によって,体幹の姿勢を調節できることが示された.生体と同様に筋の応答遅れがあることから,予測的な筋指令が重要であることがわかった.
著者
濱野 保樹 小泉 真理子 田中 康之
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

コンテンツ産業はコスト病の発症を先延ばしさせるため、複製技術で市場を拡大し、ウインドウと呼ばれる流通に関する技術革新で、新たな市場を作り出してきた。それらの市場が飽和すると、労働集約的であるため、再びコスト病に陥ってしまうが、アメリカは海外市場拡大で、また日本は制作費抑制で、コスト病発生を先伸ばしできた。しかし、日本のコンテンツ産業において生産性の向上ができないとすれば、制作費を抑制できなくなり、コスト病に陥る可能性が高い。
著者
佐々木 正人
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

ある課題を行うときには、その目的の動作とともにそれを支える姿勢が制御されている。姿勢は課題によって調整されるものであり、課題の達成を促進するものであるということが明らかになっている。この身体の習慣の成立を二つの研究で検討した。第1の研究では、配置を変化させる行為の柔軟性のダイナミクスの問題をめぐって,画家の描画行為を検討対象とし,ビデオ観察では記述することが難しい身体運動の時間変化のパターンを3次元モーションキャプチャーシステムによって計測し,非線形時系列解析などの手法を用いた検討を行った.分析の結果,自然な状況でブロンズ像のデッサンを行う二人の画家において,左右に配置されたモチーフと画面の両方を見るという課題を解決する仕方が,画面の変化と描画の進行にともなってダイナミックに変化していることが示された.また,描画行為が埋め込まれた周囲と身体との関係に目を向けると,モチーフを固視する頻度や画家の身体運動は,行為が埋め込まれた周囲のモチーフや画面の配置および画面の変化と独立した要素ではなく,進行中の描画の状況と,環境のさまざまな制約との関係において共起する複数のプロセスのせめぎあいの結果として生じているものであることが示唆された.従来の描画行為の研究のように(e.g., Cohen, 2005),"モチーフを見る頻度"といった単一の変数を切り取ることからは見えない柔軟性の側面が,配置(持続するモチーフと画面の配置,および変化する画面上の線の配置)と行為の組織(見る行為と,鉛筆の動きを画面上に記録する行為)という全体の構造に注目することで浮かび上がってくることを実証的に示した.第2研究では、複雑な視覚-運動課題であると考えられるけん玉操作の事例をとりあげ、熟練者群と初心者群との姿勢の比較を通して、こつを必要とする技において姿勢がどのように制御されているのか、その特徴を明らかにすることを目的とした。研究ではけん玉の技の一つであるふりけんを運動課題として設定した。実験には、けん玉の初心者・熟練者各4名が参加した。初心者群は実験を行う前にふりけんを実行したことがなかった。熟練者群の参加者はみな、日本けん玉協会で実力が最高レベルに達していると認定されていた。実験参加者はふりけんを20回を1ブロックとして10ブロック、合計200回のふりけん試行を実行した。実験参加者のふりけん動作とけん玉の運動が3次元動作解析装置により記録された。分析によると、頭部・膝の運動ともに熟練者群のほうが初心者群よりも単位時間あたりの変化量が大きかった。頭部運動と膝の運動の速度ピークについても、基本的に熟練者群のほうが初心者群よりも大きかった。頭部の運動に関しては、特に垂直方向への運動の違いが両群で顕著であった。玉と頭部のカップリング、玉と膝のカップリングについては、両方とも熟練者群の方が初心者群よりも強かった。各ふりけん試行の最終時点における頭部と玉との距離・膝と玉との距離が試行間で一貫しているのかを調べたところ、頭部と玉との距離については、熟練者群のほうが初心者群よりも試行間でのばらつきが小さかったが、膝と玉との距離については、両群でそのばらつきは変わらなかった。以上の結果から、初心者群では運動する玉に対して身体の姿勢はスタティックなものであったのに対し、熟練者群では運動する玉に頭部・膝がダイナミックに協調するような姿勢を採用していたと言える。
著者
吉見 崇
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は、中華民国国民政府(または中華民国政府)が統治した1928年から1949年、特に憲政の実施が具体的に議論された抗日戦争期から戦後にかけての同政府による「司法改革」の考察を通じて、当該時期の政治システムにおける「司法権」の位置づけ、さらには近現代中国における「司法権」のあり方を明らかにすることを目的として行った。近年の本研究と関連する先行研究を参照すると、憲政実施といういわゆる民主化実施の過程のなかで、「司法権」が違憲審査制といった制度によって、強大な行政権の暴走を抑止し、人々の自由を守ろうとしたという観点から、考察されている。むろんこのような側面は「司法権」の重要な一面であるが、「司法権」が政治システムのなかでどのような役割を果たしたのかを総合的に把握するには至っていない。すなわち、「司法権」は国家権力なのであり、それによった司法制度についても政治制度として政治史のなかで考察していく必要がある。本研究はこれまでの研究を経て、このような観点を強調するとともに、その結果として中華民国国民政府(または中華民国政府)の政治システムの捉え方を再考し、現在の中国や台湾における「司法権」のあり方を歴史的に考察することへとつなげることができるだろう。本研究が行った具体的な内容は、主に以下の通りである。・当該時期の司法行政について、政策決定過程の様子を明らかにするため、中国国民党、そして国防最高委員会、国民政府、行政院、司法行政部、立法院、国民参政会、司法院といった様々な政策参与機関による議論、提案などを考察した。・司法行政政策が決定、実施されていく政治的、外交的背景はどのようなものであったのかを明らかにするため、当該時期の憲政と政治腐敗の問題やアメリカ、イギリスとの不平等条約撤廃などについて考察した。上記のような本研究の観点による具体的内容の考察を、今後も継続していきたいと考えている。
著者
マリアンヌ・シモン=及川 中地 義和 鈴木 雅生 畑 浩一郎 月村 辰雄 塚本 昌則 野崎 歓 塩川 徹也
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

『イーリアス』第18歌でアキレスの盾を描写したホメロス以来、芸術作品、特に絵画をめぐる文章を著してきた文学者は枚挙にいとまがない。西欧文学では、絵画の描写はひとつの伝統として捉えられてきた。フランスにおいて文学者の絵画に対する関心がとりわけ顕著になるのは19世紀であり、絵画をめぐるテクストの質も多様化するが、本研究は、19-20世紀のさまざまジャンルのテクストを選択し、絵の様相と意味とを多元的に考察しながら、これまであまり研究の対象になっていなかった作品について検討し、文学と絵画の関係という分野において新しい成果を出した。
著者
中井 専人
出版者
東京大学
雑誌
東京大学海洋研究所大槌臨海研究センター研究報告 (ISSN:13448420)
巻号頁・発行日
vol.25, 2000-03-29

平成11年度共同利用研究集会「北日本の気象と海象」(1999年8月18日~19日, 研究代表者:児玉安正)の講演要旨Atmospheric and oceanographic phenomena around the northern part of Japan(Abstracts of scientific symposia held at Otsuchi Marine Research Center in 1999)
著者
酒井 康行 EVEOU Fanny EVENOU Fanny
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では,高酸素透過性かつ微細造形性に優れたポリジメティルシロキサン(PDMS)を用いて,細胞層を三次元的に培養しつつ背面から酸素を直接供給する培養基質表面を作成し,各種肝細胞の組織化と機能を検討した.これにより,細胞の三次元的な組織化と酸素・栄養素の供給とを静置培養にて簡便に両立する新たな肝細胞培養系の構築を目指した.増殖が可能な分化型肝細胞株Hep G2の場合では,酸素直接供給プレート上で細胞は自発的に5-6層まで重層化増殖し,縦断面の組織学的観察から細胞は密な三次元構造と立方体状の形態をとっていることが示された.また,単位細胞当たりで通常プレートの約20倍以上という高いアルブミン分泌能が観測された.本細胞については三次元ピラー構造の影響は少なく,劇的な効果は酸素直接供給に専ら拠るものであった.以上の結果はTissue Engineering C誌に投稿し,査読意見に従って改訂中である.一方成熟ラット肝細胞の場合には,三次元ピラー構造を持つ表面で酸素を直接供給することで,肝細胞が自発的に凝集体を形成し,三次元構造と高い機能とが観測された.三次元ピラー構造無しでは細胞は表面から容易に剥離した.また,酸素供給無しでは細胞は数日のうちに死に至った.酸素消費速度が高い肝細胞の培養については,通常プレートでの培養では圧倒的に酸素不足に陥っていることが指摘されていたが,実際にその制限を取り除いた場合に,細胞がどのような挙動を取るかを観測した例は皆無であった.以上の結果は,スクリーニング目的のための肝細胞培養において,簡便かつ多検体処理に適しているマイクロプレートフォーマットで,各ウェル内に最小限の三次元組織体を容易に形成できることを示しており,肝細胞を用いたプレートアッセイの改善に関する寄与は大きい.
著者
内田 虎三郎
出版者
東京大学
雑誌
震災豫防調査會報告
巻号頁・発行日
vol.100, pp.61-"61-1", 1925-03-31

付録1頁
著者
桃崎 有一郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

研究課題に基づき、歴史学研究会においてシンポジウム報告を行い、室町幕府3代将軍足利義満から4代義持への世代交代に際して、朝廷・幕府を一身に統合的に支配する「室町殿」と呼ばれる地位が、義満期に更に上位の地位として形成された「北山殿」の地位と整理・統合され、「室町殿」という地位(とその呼称)が歴史上初めて確定・確立した事実を明らかにした。加えてその報告内容を、シンポジウムにおける質疑・批判を踏まえ、論文にまとめて投稿し、掲載された。また平行して、研究遂行過程で存在が確認された慶應義塾大学メディアセンター貴重書室所蔵の『北条家判尽』と題する巻子本について、踏み込んだ調査を行った。調査の結果、従来写本としてしか知られていなかった鎌倉〜南北朝期の幕府関係者の家に伝わった文書群の原本であることを明らかにし、その内容を紹介して従来の写本に基づく誤りを正すとともに、その伝来経緯・史料的価値・古文書学的価値について論じた。さらに従来はその内容が難解とされていた、鎌倉期公武関係の基礎史料というべき鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』の現代語訳作業に取り組み、共著で刊行した。また研究課題に即した問題関心から、関連する研究書の書評を行い、問題の所在を指摘するとともに私見を提示した。なお上記の研究成果発表と平行して、研究課題達成のために公刊済み・未公刊を問わず関係史料の収集・蓄積と高野山金剛三昧院(和歌山県)・京都におけるフィールドワーク(史料調査・現地踏査)を継続的に行った。
著者
浅岡 陽一 佐々木 真人
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

本研究は、全天監視高解像度望遠鏡Ashraの性能を最大限に活用し近傍宇宙における重力崩壊型超新星発生頻度を測定することによって、天文学の分野における基礎物理量である星生成率を直接決定することを目的としている。2007年度から、観測地への検出器の設置・データ収集系・モニター系の開発を行い、広視野長期安定観測を開始した。2009年度末までで、実観測時間が計2774時間に到達している。実績として、93%の好天率と99%以上の稼働率を達成しており、超新星探索に必須の長期安定観測が行えている。超新星探索解析に関しては、Ashra光学観測の基本性能といえる限界等級の算出を行った。現在はそれを基に超新星探索システムと感度評価システムの構築を目指して解析を進めている。
著者
小杉 礼子 堀 有喜衣
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.5-28, 2004-01-31
被引用文献数
1

これまで様々な論者によって研究が進められてきた「フリーター」は,主として「残業のない正社員なみ」に働いている若者が多く含まれていた.こうした若者を本稿では「中核的」なフリーターと位置づけ,「あまり働いていない」者を「周辺的」フリーターとし,さらに「働いていない」者を「無業」として,その現状と問題を明らかにした.政府統計を用いた分析によれば,(1)「周辺的フリーター」はおよそ35万人,無業者はおよそ80万人と推計される(2)90年代後半以降,非在学・非家事の「無業」が増加している,という傾向が見られた.また都道府県別に失業と無業の関係をみたところ,若年男性では雇用情勢の厳しい都道府県で無業化していたが,女性については家事従事者が増加するためはっきりした相関が見られなかった.こうした「周辺的フリーター」の増加に対して,すでに就業支援を行っている機関に対してインタビューを行い,若者に対する認識と,その認識に基づく支援の論理の構築を探った.インタビューによれば,これらの諸機関の活動はそれぞれの範囲では十分機能しているものの,しばしば限定的な支援を正当化する論理へと帰結しているという問題が見出された.今後は,これまで十分に注目されてこなかった「周辺的フリーター」の現状把握と,若者から信頼される支援のさらなる構築が求められる.
著者
高橋 健
出版者
東京大学
雑誌
東京大学考古学研究室研究紀要 (ISSN:02873850)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.49-81, 2005-03-31

日本列島の先史時代の銛頭については,日本列島全体を視野に入れた伝播系統論の枠組みが提示されている。しかし,遠く隔たった地域間の系統関係が論じられる一方で,資料的な制約もあり地域的な編年研究はあまり行われてこなかった。本稿では,比較的多くの資料が得られている福島県いわき地方と神奈川県三浦半島を対象として閉窩式銛頭の編年的研究を行った。いわき地方の資料を寺脇型・真石型・薄磯型に分類し,寺脇型を真石型の大部分よりも古く位置づけ,真石型内部での変遷過程を示した。薄磯型の出現過程については,技術的共通性を有しながらも独自性を保っていた仙台湾・三陸地方との関係が変化し,その影響を受けて成立したと考えた。三浦半島の資料を三浦型と呼称し,弥生時代中期後半に尖頭で単距・双拒の銛頭が現れ,後期に入ると刃溝をもつ銛頭や三距の銛頭が出現するという編年案を示した。弥生文化と続縄文文化における横方向索孔をもつ銛頭についてほ,その出現過程が各地域で多様であることから,必ずしも一つの中心地から広域への強力な,あるいは玉突き状の伝播によるものと解釈する必要はないと考えられる。
著者
近藤 康久
出版者
東京大学
雑誌
東京大学考古学研究室研究紀要 (ISSN:02873850)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.1-82, 2007-03-20

縄文遺跡から出土する石錘・土錘は,多くの場合漁網錘として解釈されるが,他にも釣り用の錘や独木舟の碇,編物用の錘など,さまざまな用途が提案されており,決着をみていない。このような問題をふまえ,本稿では,武蔵野台地・下末吉台地および多摩丘陵において縄文時代錘具および錘具出土遺跡の全数調査を実施した結果に基づいて,地理情報システム(GIS)を用いて報告点数・器種・コンテクスト・重量など錘具の諸属性をマッピングし,錘具の出土した「空間」の特性を人間活動の「場所」として評価することによって,その「場所」で用いられた錘具という考古遺物の性格ならびに用途を再検討する。分析の結果,(1)錘具は古東京湾岸と多摩川下流左岸・野川一帯に集中しつつ,武蔵野台地や多摩丘陵にスポット状に分布する傾向があることと,(2)縄文中期中葉の勝坂II式期より中期後葉の加曽利EIII式期にかけて土器片錘が爆発的に普及すること,(3)海岸ゾーンに近づくほど土器片錘の比率が増し,遠ざかるほど石錘の比率が増すこと,(4)中期中葉には東京湾に近づくほど阿玉台式土器片錘の比率が高まること,(5)後期に切目石錘の比率が高まり,晩期には切目石錘・有溝石錘・有溝土錘を主体とした器種構成になること,(6)石錘の方が土錘よりも重い資料が多いが全体としては両器種ともよく似た重量分布を示すこと,そして(7)土錘・石錘ともに包含層・住居趾からの出土を基本としながら低湿地の水成堆積層からも出土することなどが明らかになった。これらの現象を総合的に考察すると,縄文時代の錘具は,打欠石錘も含めて,一般的には漁網の沈子として用いられ,300gを超える大型石錘も水域での活動に用いられた可能性が高いと結論することができる。