著者
須田 牧子
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

本年度においては、第一に、昨年度に引き続き、入明記諸本の検索を行ない、可能であれば原本調査を行なうとともに、その写真を入手し、伝来を含めた書誌情報の確定に努めた。この作業の結果、入明記の悉皆調査はほぼ完了し、良質な写真の入手あるいは撮影にっいても、修理中・貸出中であったものを除いては完了することができた。第二に、『笑雲瑞訴入明記』(1453年に明に渡った遣明船の記録)について、数種類の写本の伝来を確定し、各写本の字句の異同を全て確認のうえ、翻刻を完成させた。加えて、この翻刻の読み下しを作成し、昨年度・本年度の現地調査の成果をも盛り込んだ詳細な注釈を施した。以上の成果は解題を付し、単行本として出版すべく具体的に準備している(出版社決定済)。また本研究で得られた史料学的な成果については、「『笑雲瑞訴入明記』の書誌的検討」と題し、2008年7月に浙江工商大学日本文化研究所で行なわれる国際シンポジウム「東アジア文化交流-人物往来」で報告予定である。第三に、日明関係に深く関与し、入明記の伝来とも関係の深い大内氏についての基礎的な研究を進め、その成果の一部を公表した。現地調査としては、まず韓国沿海部・島嶼部の日・明・朝関係史跡の踏査を行ない、また中国北京市の中国第一歴史档案舘を訪問して中国の史料保存の実態に触れるとともに、第一歴史档案館が所在する故宮の見学をし、入明記に記載される一つ一つの門・建物を詳細に確認した。これら現地調査の結果は直接的には、『笑雲瑞訴入明記』の注釈という形でまとめられ、間接的には、現在進めているほかの入明記の内容分析に活かされている。
著者
粒来 香 米澤 彰純 濱名 篤 矢野 眞和 吉田 香奈
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

現在、高等教育においては大学評価が重要な意味を持ちつつあるが、本研究では家計による市場型評価に焦点をあてた。大学の教育サービスの需要者である家計は、教育内容と価値について情報を求める。わが国の大学教育費の多くは、とりわけ私立大学では親(保護者)によって負担されていることから、保護者を家計の代表者と考えることができよう。以上をふまえ、本研究では保護者を対象とした面接調査および質問紙調査を中心とし、1)大学教育に対する満足のありかたとその規定要因、2)家計による費用負担の実態、3)大学に対する期待と教育費負担に対する考え方、の3点を明らかにすることを、主要な課題として設定した。1.大学教育に対する保護者の満足度は、「満足」+「やや満足」の合計で77.3%と、全体的にみて非常に高い。2.入学時に考慮していた教育内容やサービスに対する満足度が高いだけでなく、入学時にはほとんど考慮されていなかった「同窓会組織の充実」や「卒業生の社会的活躍」などに対する満足度が大きく高まっている。入学から卒業にいたる期間に、保護者は大学の評価すべき側面を新たに発見しており、そのことが高い評価に結びついていると考えられる。3.親子間のコミュニケーションが高いほど、また大学から提供されるさまざまな情報を利用しているほど、保護者の大学評価は高くなる傾向がある。4.年収700万円未満の家庭では、教育費が家計の20%以上を占める比率が85%にのぼる。教育費の調達に特別な方策を要しなかった家庭は6%で、ほとんどの家庭で「教育目的以外の預貯金や蓄え」を取り崩している。5.重い負担にもかかわらず、多くの保護者は教育費を「子どもへのプレゼント」として認識している。
著者
鎌田 直人 安江 恒 角張 嘉孝 向井 讓 小谷 二郎 角張 嘉孝 向井 譲 小谷 二郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

ブナの結実に関係する要因として虫害としいなが重要である。しいなの原因として、近交弱 勢の影響が示唆されていたが、有効花粉親数(Nep) 値が低い母樹ほどしいなが多いという本研 究でも指示された。種子生産は年輪生長にはほとんど影響していなかった。しいなや虫害種子 の結実コストは、健全種子の約40%と推定された。しいなや虫害種子が多いと、結実コスト/ 開花コスト比が低くなり、開花数の年次変動が小さくなることによって、開花数の変動が小さ くなり、結果として虫害率が高くなるという悪循環に陥っている可能性が示唆された。
著者
松本 淳 多田 隆治 茅根 創 春山 成子 小口 高 横山 祐典 阿部 彩子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究では,アジアモンスーン地域における過去の気候資料と,日本のさまざまな緯度帯から取得される地質試料(サンゴ年輪やボーリングコア等)の解析によって,過去数10年〜数千年の時間スケールでアジアモンスーン域の降水量変動および各流域洪水の洪水史をまとめ,モンスーンにともなう降水量変動と洪水の歴史の関係を長期的に復元し,地表環境の変化との関係を考察することを目的として研究を行なった。千年規模での変動として,日本海南部隠岐堆の海底コア三重県雲出川流域のボーリングコアを解析した。後氷期には約1700,4200,6200年前に揚子江流域で夏季モンスーン性降雨が強まり,雲出川流域において約6000年前には堆積速度が大変に速く,この時代には広域的に洪水が頻発していた可能性が判明した。また,琉球列島南端の石垣島で採集されたサンゴ年輪コアの酸素同位体比と蛍光強度の分析によって,過去の塩分変動を定量的に復元できることがわかった。20世紀後半の変動としては,近年洪水が頻発するバングラデシュにおいて,GISとリモートセンシングデータによってブラマプトラ川の河道変遷と洪水との関係を検討し,河道が約10年周期で河川の平衡状態への接近と乖離とを繰り返したことがわかった。また大洪水が雨季には稲作に大きな被害をもたらすものの,引き続く乾季には大幅な収量増加がみられることを見出した。流入河川上流域のネパールでの降水特性を検討し,ネパールで豪雨が頻発した年とバングラデシュにおける洪水年とが対応していないことがわかった。さらに日本においては,冬の終了や梅雨入り・梅雨明けが近年遅くなっていることを明らかにした。気候変動研究に多用されているNCEP/NCARの長期再解析データには,中国大陸上で観測記録と一致しない変動がみられることを見出し,アジアモンスーンの長期変動解析にこのデータを使用するのは不適切であることを示した。
著者
班目 春樹 木村 浩 古田 一雄 田邉 朋行 長野 浩司 鈴木 達治郎 谷口 武俊 中村 進 高嶋 隆太 稲村 智昌 西脇 由弘
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

わが国における原子力開発利用の歴史はおよそ半世紀になる。この間、わが国における原子力規制はその規制構造を殆ど変えることなく今日にいたっている。このため、現在の原子力規制は合理性・実効性を欠き、信頼醸成を阻害する原子力システムをもたらしている。そこで、本研究では、原子力安全規制に関する知的インフラに関連する論点に焦点をあてて分析を実施し、原子力規制に関する適切なガバナンスを実現するためのフィールドの創出と論点の整理・政策提言を行った。
著者
高橋 正明 黒田 剛史 門脇 正尚 山下 陽介
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

地球大気の大気大循環モデルをベースにして、火星ダストの巻き上げ、およびダスト輸送を陽に表現する火星大気モデルを作成し、ダストストーム発生に関しての問題を考察し、定性的に再現可能な大気モデルを作成した。また、火星大気に生起するいくつかの現象である、傾圧波動性擾乱、火星大気における北極振動、赤道域成層圏における半年周期振動の問題を研究した。地球大気との様々な違いを示し、いくつかの興味ある結果を得た。
著者
春山 成子 WEICHSELGARTNER J. JUERGEN Wisergartner
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

今年度は、アジア太平洋地域で発生している自然災害の研究事例を統合化することを中心に研究を行った。また、2004年度では日本で異常な洪水・台風災害が発生していることもあり、自然災害のなかでも洪水事例を多く取り上げることにした。さらに、アジア太平洋地域で発生した自然災害についても、統計資料、及び、データなどを収集して、統計的な処理を行い、分析を行った。この際、ことに社会的な見地、人文科学的な研究視点に立脚して、自然災害の研究を行っている研究者に面会することにした。自然災害の研究概況を掌握するために、岐阜大学工学部の高木先生に面会して、工学部における日本人研究者の災害研究の蓄積と現在の研究動向を探るとともに、岐阜大学においてジョイント講義を行い、岐阜大学の研究者との研究連絡の輪を作り、今後の研究の展望を話しあうとともに、ヨーロッパにおける自然災害研究者との知識を共有するために数回の討議を行った。また、アジア各国からの研究者との面会を行い、欧米とアジアの自然環境認識の違いについて話し合った。さらに、つくばの防災科学研究所佐藤研究室を訪問し、日本で試みている「統合的な自然災害研究の将来的な方針」を聴取するとともに、ドイツの防災システムについてのユルゲンが報告し、意見交換を行った。さらに、神戸市で開催された「地震災害10年」の企画による国際会議(自然災害会議)に参加して、各国からの来日している研究者および行政、研究機関の事務官、国連の各機関の実務担当官との個別の会合を持ち、2004年度及び2005年度始めの災害研究のあり方、及び、実務としての自然災害・防災・警報システムに関わる手法、技術などの討議を行った。学内においては、水曜日午後にサイエンスコミュニケーショの講義を行い、日本人学生に向けた災害研究の知識の共有に関する自主ゼミの中で、科学知識の統合化に関わるゲーミング理論を構築するとともに実践した。また、これらの研究を通して、4月2日には弥生講堂において研究成果の一部を発表した。
著者
横山 伊徳 小野 将 松本 良太
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1996

史料編纂所が所蔵する島津家本『琉球外国関係文書』をハイパーテキスト化する作業を、巻之十まで行なった。現在巻之二十四迄のハイパーテキスト化を進行中である。(1)『琉球外国関係文書』(全51冊)のうち、巻之三十三まで全文入力した。このうち、巻之三十二まで校正完了。(2)『琉球外国関係文書』の内、巻之二十四まで、ftp://shipsnw.hi.u-tokyo.ac.jp/ryukyu/でその校正済みプレーンテキストを公開した。(3)史料編纂所wwwサーバhttp://www.hi.u-tokyo.ac.jp/personal/yokoyama/index.htmによって、巻之十迄の冊別目録・編年目録による閲覧が実現している。この結果、琉球の領有に関して、江戸幕府が対外的に「琉球は外国」という態度から、対外的にも「琉球は属領」という態度へと変化するその変化が、幕府内部や幕府と薩摩藩の間のどのような認識・論議の変化に基づいたものかを研究するための、基礎的データをWWWによって提供できるようになった。すなわち、琉球に来航した外国船や、琉球をめぐる諸外国との交渉、あるいは幕府や薩摩藩の論議に関する史料を、ネットワーク上で分析できるようになったのである。これらは、漢文史料まで含めた、www上の本格的資料集として、注目を集めている。
著者
中須賀 真一 森 治 矢入 健久 松永 三郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

東京大学・東京工業大学の学生が手作りで製作を進めてきた10cm立方,1kgの超小型衛星CubeSat"XI(サイ)"および"CUTE-1"は最終的な機能試験を行い、平行して衛星の国際標識(Spage Warn)の登録、使用周波数に認可と衛星局・地上局の免許取得、輸出許可申請などの手続きを行い、日本での作業を完了した。2003年6月に打ち上げ射場であるロシア・プレセツク宇宙基地に学生・教官の手で輸送され、ROCKOTという3段ロケット上段に取り付けられる作業までを共同で実施した。同ロケットは6月30日23時15分(日本時間)に成功裡に打ち上げられた.7月1日午前0:48に高度824kmの太陽同期円軌道に投入され,その後順調に飛行し,午前4時すぎに日本上空を通過する際に,東京大学および東京工業大学の地上局にてビーコンが受信された。投入軌道は予定通りで,正常に起動・分離・アンテナ展開されたことが確認できた.その後、両大学において、順調に軌道上運用が行われ、それぞれに計画していた種々の展開実験、通信実験,地球画像の撮像とそのダウンリンク実験,姿勢運動の推定などの実験を行ってきた。8ヶ月たった2004年2月末においてもまったく異常なく動作を続けている。これらの実績は、宇宙開発、特に衛星分野における大学の存在を示した点で、また民生品を用いた低コスト・短期間開発の超小型衛星バスでも軌道上で正常に動作することができることを示した点で、大きな成果であったと考えられる。また、打ち上げに向けて実施した種々の国際調整や手続きは貴重な経験であり、今後大学で衛星を開発しようというグループにとって有益な情報をもたらすであろう。また、超小型衛星の軌道上運用の方法を実践的に獲得し、新しいプロトコルや地上局ネットワークを試行し効果があることを確かめられたことも、今後の超小型衛星の軌道上運用にとって大きな成果であると考える。
著者
丸山 真一朗
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では、植物の誕生、即ちシアノバクテリア様生物の細胞内共生によって葉緑体(色素体)が獲得されて以来、共生体から宿主の真核生物のゲノム中へと移行してきた「植物型遺伝子」というものに注目し、藻類・非光合成原生生物においてそれらの遺伝子の進化的・機能的保存性を解明することを目的に解析を進めた。昨年度の成果を基にして解析対象と規模を拡充させると共に、光合成を行う藻類にも解析の重点を移し、「光合成をする/しない」、「葉緑体を持つ/持たない」の境界にあるような真核生物群を対象としてゲノム規模での進化生物学的解析を行った。その結果、現在葉緑体を持つ生物でも太古の地球では別の系統の藻類と遺伝子の伝達交換をしていた可能性が示唆され、地球環境において最も重要な生物的エネルギー転換である光合成の進化という点でも、ゲノムのモザイク的な進化が大きな役割を果たしていることが示された(Yang et al. submitted、 Maruyama et al. editorially accepted)。また、二次共生による色素体の獲得過程において痕跡化した、ヌクレオモルフという共生体核において、これまで核ゲノム中には存在しないと考えられていた、遺伝子が、遺伝子構造の前半と後半が逆順にコードされた「逆順tRNA遺伝子」としてゲノム中に存在し、実際に転写され、タンパク質翻訳に寄与していることを示唆した(Maruyama et al. 2010 Mol Biol Evol)。さらに、共生体と宿主という枠を超え、寄生植物(ストライガ)と宿主植物という共生関係にある真核生物間においても、進化的時間軸で見た場合に比較的「最近」起こった遺伝子の水平伝達により寄生生物のゲノム進化が進んで来たことを示した(Yoshida et al. 2010 Science)。こうした解析により、真核生物ゲノムの複雑性が生物間の遺伝子交流・水平伝達・細胞内共生的伝達によってもたらされるというゲノム進化の基本原理とも言うべき進化過程を明らかにすることができた。
著者
ワルド R
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

去年に引き続き、江戸後期から現代にいたるまでの浄土真宗における教学展開を研究してきました。ことに、近代化の中で変遷する教団体制と教学との関連性に焦点を与えることに努めました。この関連性を考察するに当って、近代以降、真宗教団内で時折勃発した「異安心問題」(異端問題)を考察し、この問題に内在する近代教学と伝統(江戸)教学との衝突を究明しました。その結果、この問題は単なる「教学」の問題(つまり近代教学と伝統教学との齟齬)ではなく、教団内の政治問題および教育問題(例えば、「伝統的」な学寮と「近代的」な宗派大学との衝突)と深い相関関係があることが明らかになりました。昨年度は主に東本願寺で起きた「村上専精の異安心問題」を取り上げたので、本年度は西本願寺の動向に注目しました。具体的な研究対象としては、大正12年、西本願寺・龍谷大学で起きた「野々村直太郎異安心事件」を取り上げ、近代教学者と伝統教学者との解釈学的相違点を解明し、さらに「言論の自由」と「宗教の伝統」という相容れがたい概念が宗派大学の中でいかに融和され(あるいは融和されなかった)、位置づけられたかを考察しました。今後、この事件に関するより詳細な史料調査を行うつもりですので、事件の全貌を明らかにすることができると確信しております。このように、本願寺の東西における教学問題・論争の全体像の解明へ一歩進んだと考えております。また、この現象における政治性という側面も大いに存在すると認識することもできました。なお、「死生学」関連では、真宗における「小児往生問題」(つまり、子供は浄土に生まれることができるかどうかという重要な教学・倫理問題)についての初歩的な研究を始めました。
著者
丹治 愛
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

1.ガブラー版『ユリシーズ』の第11挿話(「セイレーン」)にかんして、『ユリシーズ』各版のテクストと比較したうえで、河出書房版を参照しながら日本語訳をおこなった。その際、読解のうえで有用と思われるデータを注釈として蓄積した。2.日本ジェイムズ・ジョイス学会に所属する研究者(とくに結城英雄氏)との意見交換をしながら、第14挿話(「太陽神の牛」)から第18挿話(「ペネロペイア」)までの各挿話についてテクストを検討し、読解のうえで有用と思われるデータを注釈として蓄積した。3.今年度も作業をしながら次のような印象をつよくもった。たしかにガブラー版はそれまでのどの版よりもテクストとしての妥当性を主張しうる版である。しかしながら、ジョン・キッドの「ユリシーズのスキャンダル」という論文以後、その妥当性はかなり揺らいでいると見なければならない。たとえ反ガブラー派の批評家たちが問題にする箇所のほとんど--あえて97%以上と言っておこう--が、コンマかセミコロンか、あるいは大文字か小文字かといった、日本語になおした場合にはほとんど表面に浮かびあがってこない細部であるにしても、残る3%のなかにはわれわれにとってもひじょうに重要と思われる論点がふくまれている。そのようななかでわれわれにとって重要なのは、いずれの版も絶対化することなく、テクストの妥当性を相対的に判断していく態度であろう。
著者
尾崎 文昭 LIN Yi-qiang
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

研究実績は主に以下の二編の論文があり、いずれも『東洋文化研究所紀要』に掲載される。その概要は以下の通り:1:「古音、方言、白話に託す言語ユートピア--章炳麟と劉師培の中国語再建論」章柄麟と劉師培は、清末の中国語現状に対する批判的見方に基づき、古音、方言、白話と注音方法という四大課題から構成された中国語重建論を提起した。章と劉の研究によって、古音の正統的地位は固められ、方言も低俗のイメージから解放され、両者はともに純正中国語の「一体両面」となった。方言から古音を遡り、そして、古音で方言を統一することは、彼らの独特の研究方法になったばかりではなく、彼らが目指した中国語改造の道となった。白話文学の伝統と地域差異を超えた言語標準は、その中国語改造論においても重要な資源となる。彼らの白話研究と論述は、その語言の均質性と言文一致の可能性に集中しており、それらは恰も古音と方言の弱点を補う形となった。章炳麟と劉師培の中国語再建論は、古音、方言、白話についての研究を尽くしてからはじめて建て直しを開始できるという長いプロセスであった。それは多大な研究実績を伴った周到な再建論であるにもかかわらず、今日の中国語の現状から見れば、もはや一種のユートピアにすぎない。2:「排満論再考」本稿は清末排満論が民族論から体制論へ転向する過程を研究対象とし、清末国学と辛亥革命の結果についてより合理的な解釈を与えようとする。初期排満論は民族浄化を鼓吹する復讐論であったが、清末の最後数年において、それが転向しなければならないところまで行き詰まっていた。『民報』対『新民叢報』の論争を経て、排満論はその「満漢」、「華夷」の対立論式を修正し、その排除範囲を漢民族官僚も含む特権階層に限定し、その基調は「排満」から「排清」へと転向した。章炳麟の建国理想と劉師培のアナーキズムはその転向を促成した重要な要因と考えられる。章炳麟と厳復、楊度の論争に至ると、問題の核心は満漢問題から、ナショナリズムとアイデンティティに移した現象が見られた。章炳麟はアメリカの現状から示唆を受けて、「中国人」を漢民族に等しい概念から「合漢満蒙回蔵為一体」の上層概念へと上げた。その上で、「文化」、「民族」、「国家」「三位一体」の新しい中国像を提示し、排満論の目的を「民族」から「民国」へと移行させた。そのような転向は清末国学にも影響を与え、その重心がより大きな幅で政論から学術研究へと傾み、民族問題は再び文化問題として帰着した。その結果として、辛亥革命は排満論の勝利ではなく、むしろ排満論の放棄を意味するものと考えられる。
著者
三輪 哲
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

社会の開放性を、「様々なライフチャンスに対する社会階層的背景の影響が弱いこと」と操作的に定義し、分析の焦点を1)世代間の社会移動、2)結婚における同類婚、3)教育機会の出身階層間不平等と設定して、実証研究を進めた。似た階層的地位の男女は結びつきやすいのか(階層同類婚)、そうした同類婚の傾向は時代的に変化をしたのか、すなわち結婚を通した社会移動とも呼ばれる家族次元における階層問題について分析をおこなった。それにより、階層同類婚の傾向は、親職業、本人学歴のいずれで測ってもみられるものであること、長期的にはそれらの同類婚傾向は弱まってきたこと、日本と韓国では学歴同類婚の趨勢が異なること(日本は緩やかな減少、韓国は増加)などが見出された。さらに結婚における選択行動に着目して研究を進めた。女性は学歴が高くなるほどより高い学歴の配偶者を選択しようとする傾向が強く、それにより学歴同類婚と高学歴女性の晩婚・未婚がもたらされることを明らかにした。社会移動と同類婚の趨勢を見る限り、日本社会の開放性は、長期的にみれば安定ないし微増という程度であったが、格差に関する意識は必ずしもそれと対応しない。世論調査データにみられる格差意識は、この10年ほどでより格差を感じる方向へと大きくシフトした。その変化は社会全体的なものであって、一部の、例えば低所得層において変化が顕著というようなことはない。その意味では、社会の格差意識が二極により分かれていくという傾向ではなく、皆々が日本社会の格差の存在を認知するような局面に移行したというのが近年の変化の方向性であったと指摘できる。
著者
山本 成生
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として、中世・ルネサンス時代における音楽家の社会的身分とその組織構造の解明を目指すものである。今年度は、これまでの研究のまとめとして、上記の教会における音楽制度の総合的な考察を行った。まず予備的な考察として、近年の「音楽拠点」研究の動向を整理し、それらを評価しつつも前近代における音楽家身分のあり方という観点については、やや議論が不足している点を批判した。次に、カンブレー大聖堂の歴史や教会制度全般を概観し、参事会に由来する資料群を「史料論」的な視点を踏まえて整理した。本論においては、まず教会参事会の音楽保護政策を検討した。そこには芸術の庇護者としてパトロンのあり方は存在しなかった。本来、礼拝(=成果の演奏)を司るべき参事会員が、その職務を下級聖職者に代行させていた事実が、教会の音楽保護政策を規定していたのである。次に、音楽家とみなされる各種の職務、すなわち「代理」「少年聖歌隊」そしてこれらを監督する「代理担当参事会員」が、職掌と在職者の伝記的情報から検討された。先行研究において、これらの諸身分は専ら「歌手」ないしは「音楽家」としてのみ扱われてきたが、本研究においては彼らが「聖職者」としての志向と「音楽家」としてのそれの間で揺れ動いていた点が指摘された。結論においては、これらの成果を踏まえ、中世・ルネサンスにおける「聖歌隊」とは、近代的な意味での「職業的芸術家」の集団ではなく、雑多ながらも「共同体」というアイデンティティによってまとまっていた人間の集合であった点が強調された。なお、これらの成果は博士論文のかたちでなされた。
著者
永田 豊 吉田 次郎
出版者
東京大学
雑誌
環境科学特別研究
巻号頁・発行日
1986

海洋中に放出された河川水・温排水と周囲水との間に形成されるフロントは排出水の拡散を抑制する。フロントの形成は比較的小規模な放出条件においても見られるが、現象が大規模化し地球自転効果が有意に効きはじめるとより明確になる。本研究では、大規模排水にともなう温水あるいは汚染物質の拡散予測の問題に関連して、排水と周囲水の間に形成されるフロントの果たす役割をそこに生じる波動あるいは渦動に焦点を当てて研究したものである。数値実験・水槽実験の両手法を通した研究を行なったが、前者では主として地球自転効果のフロント強化作用の解明につとめ、フロント前面での水の収束発散がいかにその生成に影響するかを明確にした。波動・渦については主として回転水槽実験を通して研究したが、沿岸からの排水にたいして、その放出角度が渦動の性質に大きな影響を与え、北半球では海岸線沿い左方向の速度成分を持たす形で放出した場合に非常に早い段階から渦の発生・水塊の分裂が起こることを示した。この分裂は、従来水槽の中央部で水平速度成分を抑えた形での放水実験のときに現れた分裂現象とは本質的にその性質が異なっている。条件をより単純化するため、放水口を水槽の中央に移し種々の水平速度を与えた場合についても渦の発生の様子を調べた。その結果強制的な流れが水塊の縁に沿う形で放水が行なわれるときと、放水口が明らかに水塊の内部に位置してしまう場合とでは異なった不安定・渦の分裂が起こることが示された。これは前述の沿岸に放出口を置いたときのフロントの性状に対する放出角の影響の仕方をよく説明するものである。このような放出角に対する温排水の振舞の違いは、福島第一原子力発電所の場合にも明らかに認められており、自転効果の現れを示すと考えている。またここで得られた結果は数値予測を行なう場合の渦動拡散係数の取り方などに有効な指標を与えるものであると考えている。
著者
佐藤 康宏 板倉 聖哲 三浦 篤 河野 元昭 大久保 純一 山下 裕二 馬渕 美帆
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

人間が都市をどのようにイメージしてきたかを解明するために、日本・中国・ヨーロッパの典型的な都市図を取り上げ、作品を調査し、考察した。研究発表の総目録は、研究成果報告書に載る。以下、報告書所載の論文についてのみ述べる。佐藤康宏「都の事件--『年中行事絵巻』・『伴大納言絵巻』・『病草紙』」は、3件の絵巻が、後白河法皇とその近臣ら高位の貴族が抱いていた恐れや不安を当時の京都の描写に投影し、イメージの中でそれらを治癒するような姿に形作っていることを明らかにした。同「『一遍聖絵』、洛中洛外図の周辺」は、「一遍聖絵」の群像構成が、平安時代の絵巻の手法を踏襲しつつ本筋と無関係な人物を多数描くことで臨場感を生み出していることを指摘し、その特徴が宋代の説話画に由来することを示唆する。また、室町時代の都市図を概観しながらいくつかの再考すべき問題を論じる。同「虚実の街--与謝蕪村筆『夜色楼台図』と小林清親画『海運橋』」は、京都を描く蕪村晩年の水墨画について雅俗の構造を分析するとともに、明治の東京を描く清親の版画に対して通説と異なる解釈を示す。ほかの3篇の論文、馬渕美帆「歴博乙本<洛中洛外図>の筆者・制作年代再考」、板倉聖哲「『清明上河図』史の一断章--明・清時代を中心に」、三浦篤「近代絵画における都市と鉄道」も、各主題に関して新見解を打ち出している。
著者
小佐古 敏荘 志田 孝二
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1986

研究は以下の2つの項目にわけて行なわれた。1.原爆爆発地点からの中性子の自由空気中の輸送現象の評価中性子の空中伝播特性を線量評価の観点から、主として大型計算機による中性子輸送計算法により評価した。計算に際してはレイエフェクト等の計算法に基づく誤差をさけるため最近のモンテカルロコードMCNPを用いた。2.広島の残留放射能の測定結果の解析評価広島の岩石中に残留する【^(152)Eu】の放射能測定を広島大学グループと共同でおこない、この結果を解析し原爆爆発時の中性子情報を得た。これらの結果は(1)広島大との共同の論文(1)形で米国Health Physics誌に投稿,印刷中(2)米国政府NCRP(放射線防護審議会)第23回年会で招待講演(1987年4月)(3)解析結果を中心とした論文とし米国Health Physics誌に投稿準備中である。(3)の論文の要旨を示すと‥‥「広島原爆の中性子線量再評価を元安橋橋柱の花崗岩中41.5cm深さの【^(152)Eu】残留放射能を用いておこない、爆心よりSSW方向1.32m地点における中性子線量(空気中ティシュカーマ)を15.5Gyであると実験的に評価した。これは従前のT65Dの値121Gy/12.5kt,Loeweらの値65.2Gy/15kt,Kerrらの値24.6Gy/12.5kt,DS86システムの値31.4Gy/15ktよりもさらに小さいものであった。これに対して広島原爆の弾頭部からの放出中性子の異方性を示す【IV】halenの実測データを用いた補正をおこなえば、これらは各々60.3Gy,27.1Gy,12.3Gy,13.1Gyとなることがわかり、地上での線量評価にはソース点での非等方効果を正しく評価する必要性が示された。また、ここでの実測値に元づくデータ、15.5Gyと、DS86のデータとから広島原爆の線源強度を推定すると17.7ktとなり、Kaulの最近の推定値17ktに近い数値となった。」‥‥となっている。
著者
小佐古 敏荘 志田 孝二 杉浦 紳之 岩井 敏 東郷 正美
出版者
東京大学
雑誌
試験研究(B)
巻号頁・発行日
1993

(1)自然界にはバックグラウンド放射線が存在し、キャリブレーションファントムの測定においてはバックグラウンド放射線の安定化を図ることが、精度の良いホールボディカウンタ測定のためには極めて重要である。このため、自然放射線のうち変動幅が大きいと考えられるラドン(気中放射能)をとりあげ、ラドン濃度の変化がホールボディカウンタ測定値に及ぼす影響、気象条件や測定室・鉄室の換気条件とラドン濃度の関係を検討した。この結果、大地からの影響を受けにくい建屋屋上に呼気口を設け、高性能Hepaフィルターを通す形で十分換気を行うことにより、安定したバックグラウンド測定条件を得ることができることが判明した。(2)体内被曝線量評価システムは、昨年度、開発したデータ処理プログラムのアウトプットとして得られる核種、体内負荷量の情報に加え、体内動態モデルとして国際放射線防護委員会(ICRP)が刊行物No.30で提示したモデルを採用し、そこから得られる初期負荷量、線量換算係数を組み合わせて構築した。(3)本計測システムの実用条件への適用性の評価のため、点線源、人体模擬ファントム(K-40,Cs-137)および人体についてそれぞれ測定し、放射性物質の位置・分布状態の違いによる16本の光電子増倍管を通して得られるエネルギースペクトルへの影響について検討を行った。その結果、点線源の測定結果から得られたスペクトル形状の変化、人体模擬ファントムと人体の測定結果の比較から、広く低濃度で分布する人体内の放射性物質の定量が可能であり、詳細な位置情報もある程度推定できることが明らかとなった。
著者
石光 泰夫
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

その初演形態が失われたロマンティック・バレエの代表作『ジゼル』の原初の振付を再現するために、初演以外の場所(ベルリン、ミュンヘン、ウィーン、コペンハーゲンなど)で資料調査を行った。その結果、初演当時の振付の再現にまでは至らなかったが、この作品の舞台面をさまざまな意味で構成していた文化史的・思想的・文学的な背景、また踊りの根本的性格そのものも、その多くを明らかにすることができた。