著者
長澤 正氏 椋本 介士 福田 明 吉廣 安昭 中野 啓 大市 聡 山岸 久雄 佐藤 夏雄 門倉 昭 YANG Huigen YAO Mingwu ZHANG Sen HE Guojing JIN Lijun
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. SANE, 宇宙・航行エレクトロニクス (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.103, no.636, pp.19-24, 2004-01-23
被引用文献数
5

43次南極観測隊により2002年4月から2003年3月にかけて南極域における流星バースト通信路の性質を調査するためにトーン送受信実験が行われた.観測データの解析の結果,南極域に於いても通信に利用可能な流星バースト通信路が発生すること,また16時から24時(UTC)にかけて流星とは異なる伝搬現象が頻繁に現れ,これも通信に利用できる可能性があることが明らかになった.本論文ではトーン実験の結果から南極大陸におけるこれらの見通し外通信路の統計的な性質について報告する.
著者
進藤 久美子
出版者
東洋英和女学院大学現代史研究所
雑誌
現代史研究
巻号頁・発行日
no.8, pp.1-45, 2012-03

Ⅲ体制的価値の導入と婦選活動の新展開、以降を収録
著者
進藤 久美子
出版者
東洋英和女学院大学現代史研究所
雑誌
現代史研究
巻号頁・発行日
no.7, pp.41-99, 2011-03

はじめにからⅡ反体制の婦選活動までを収録
著者
井澗 裕 角 幸博
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.68, no.571, pp.121-128, 2003

ユジノ-サハリンスク市は、1905年から1945年までは豊原と呼ばれ、日木統治下の南サハリンにおける中心都市であった。そのため、市内には当時の建造物が数多く残されている。その現存状況については1996年から予備的調査を実施し、72件の建造物(群)については日本建築学会技術報告集第5号にも報告したが、短期間での調査のために未調査地域や誤謬も多かった。そのような事情を踏まえて、第1回小渕フェローシップにおける派遣研究活動および文部科学省科学研究費基盤研究(B)(2)「南サハリンにおける日本統治期(1905-1947)の建造物に関する広域実態調査」の一環として、ユジノ-サハリンスク全市域を対象とした建造物状況の再調査を2001年度に実施し、43の建築物群、総数93件の日本期建造物についてその状況を把握した。本稿はその概要を報告するものである。サハリンでの建造物調査においては日本の建造物を判別する方法が難しく、前回の調査ではこれを確立できなかったが、ここでは以下に挙げる3つのうち、いずれかを満たすものを日本期建造物と判断した。1)当時の地図・図版や写真から日本期建造物と判断されるもの、2)日本期建造物を特徴付けるような、ロシア建築には見られない部材や構造的特徴をもつもの、3)旧豊原市の居住者やユジノ-サハリンスク居住歴の長いロシア人の知識人など、日本期建造物に関して知識を有している人物から複数の証言が得られたもの。判明した43の日本期建造物(群)は、便宜上旧建築用途によって官庁建築・産業施設・商業建築・宗教建築・上木建造物と記念碑の5つに分類して概説した。日本期の官庁建築には日ソ交替期にソ連軍に接収され、現在あるいは近年まで軍事施設として利用されているものが多く、管理や修繕が比較的行き届いたものが多い。とりわけ樺太庁技師貝塚良雄の設計による旧樺太庁中央試験所本館(P-5, 1933年)・同温室(P-6,1934年)・旧樺太庁会議室(P-8, 1935年)・旧樺太庁博物館(P-9, 1937年)などは、全体的なプロポーション細部意匠の巧みさや施工精度の高さで注目すべき存在である。産業施設群にはサハリンにおける近代工場の嚆矢である旧樺太庁豊原乾溜工場(I-1, 1911年)のほか、旧王子製紙豊原工場(I-3, 1917年)、旧樺太製糖豊原工場(I-4, 1931年)などサハリンの近代化を語る上で無視できないものが多い。ただいずれの工場も軍事施設、機械修理工場、製菓工場に転用されており、日本期の状態を回復することは難しい。商業建築の中では旧北海道拓殖銀行豊原支店(C-1, 1931年)が白眉であり、現在はユジノ-サハリンスク美術館に転用されているが、この他にもあわせて3件の店舗・店蔵の現存が確認された。サハリン全域でも商業建築の現存例はほとんどないため貴重である。ユジノ-サハリンスクの日本期住宅は製紙工場・製糖工場の社宅群や樺太庁官舎群など数の上では多くの建造物が現存するが、いくつかの例外を除けば良好な状態とはいえない。また、外壁・開口部・屋根部材のいずれもがロシア風の部材に改変されているため、古い木造住宅はソ連時代のものとの識別が大変に難しい。しかしながら、サハリン各地にある全半壊した日本期住宅群を調査する限り、主要な柱や基礎部分にはほとんど改変が見られないため、同様の手法で改変されたと見られる木造住宅群をここではロシア化された日本期建築(Russianized Japanese Buildings)として調査対象に加えた。住宅建築の中では旧樺太庁部長官舎(H-3)や旧樺太庁拓殖学校校長官舎(H-10)の現存状態が良好であることが注目される。宗教建築についてはSamarin, I. A.の研究があり、校倉造に似せたコンクリート造の旧樺太神社宝物殿(R-5, 1940年?)と権現造の旧招魂社本殿基礎(R-4)が歴史的建造物として知られている。また、サハリン各地に現存している奉安殿がユジノ-サハリンスク市内には1件も存在しないことも特徴的である。土木建造物としては、コンクリート造の橋が2件現存している(M-1, M-2)。また、旧師範学校寄宿舎(S3)、旧樺太庁鉄道事務所職員官舎群(S-2)など日本期建造物群の可能眩か高い5件の建造物(群)については、確証を得られなかった建造物群(suspected Japanese buildings)として別記した。これらの確認は今後の課題としたい。ユジノ-サハリンスク市内にはあわせて90件以上の日本期建造物の現存が明らかになったが、この数字の評価は難しい。なぜなら、中国東北部や朝鮮半島、台湾といった他の旧海外植民地と比較するなら大きな数字ではないが、都市の起源・発展経緯・人口・規模において類似点の多い、稚内(2件)・北見(6件)・釧路(1件)・根室(6件)といった北海道北部あるいは東部の諸都市に比べて、むしろ恵まれた部類に属する。とりわけ、サハリンスカヤ通(旧真岡通)を中心とした旧市街地北部には、旧樺太守備隊の建築群や旧王子製紙工場施設群を中心として日本期建造物が集中しており、歴史的建築物群としての価値も十分に有している。しかしながら、現在のロシアではこうした建造物群に対する法的保護を図ることは難しい。ユジノ-サハリンスク市内で歴史的建造物として認知されているものは、旧樺太庁博物館や旧北海道拓殖銀行豊原支店などわずか6件のみである。しかしながら、ロシア側と日本側が協力体制を深めてこれら日本期建造物の保護に努めることは、両国の友好関係や相互理解の深化にとっても有効な方策であろう。
著者
柚木 学
出版者
関西学院大学
雑誌
經濟學論究 (ISSN:02868032)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.439-464, 1974-09-28
著者
野瀬 昌彦
出版者
麗澤大学
雑誌
麗沢大学紀要 (ISSN:02874202)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.91-113, 2008-12

太平洋のメラネシア地域で話されるクレオールは,地域によりパプアニューギニアのトクピシン,バヌアツのビスラマ,そしてソロモン諸島のピジンがある.本稿では,現地調査を踏まえてトクピシンとビスラマ両言語の社会言語的立場からの研究可能性について考察を加えた.パプアニューギニアでトクピシンが村でも皆が多く話す傾向がある一方,バヌアツでは首都ポートビラではビスラマが話されるが,村ではオーストロネシア系現地語が話されていることが判明した.
出版者
中外出版
雑誌
建築 (ISSN:04534956)
巻号頁・発行日
no.176, pp.p86-89, 1975-07
著者
田中 貴子
出版者
至文堂
雑誌
国語と国文学 (ISSN:03873110)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.29-42, 2000-09