著者
中谷治宇二郎著
出版者
岡書院
巻号頁・発行日
1930
著者
中谷治宇二郎著
出版者
岩波書店
巻号頁・発行日
1935
著者
中谷治宇二郎著
出版者
有明書房
巻号頁・発行日
1986
著者
江坂輝弥編
出版者
築地書館
巻号頁・発行日
1972
著者
白取 祐司
出版者
北海道大学大学院法学研究科
雑誌
北大法学論集 (ISSN:03855953)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.257-273, 2001-03-30
著者
山田 圭飛
出版者
一般社団法人 経営情報学会
雑誌
経営情報学会 全国研究発表大会要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.25-25, 2009

地方都市では大都市圏と違い人口が少なく,対面販売機能しか持たない店舗においては広告の費用対効果が低くなる傾向がある.そのため地方の個人経営規模の商店では情報戦略化におけるコスト意識が高くなり,地域間の情報格差が発生している.情報機器,インフラは急速に進歩を続けて,利用するべき店舗事業主の情報リテラシと大きなギャップが生じている.地域活性化が求められている中,地方都市では限られた経済圏・人口の中で,より濃密な顧客情報戦略が求められている.著者も,モバイル対応の地域クチコミサイト「ハコレコ」にて地域飲食店の情報戦略化の支援を行っている.その中で利用促進の一環として,期間限定イベント「レコレース」というポイントレースを行った.本研究では「レコレース」にて収集したユーザデータを分析し,今後の地域商店における情報戦略化に向けての考察を行う.
著者
道信 龍平 小川 健 原 友紀 吉井 雄一 十時 靖和 柘植 弘光 山崎 正志
出版者
日本肘関節学会
雑誌
日本肘関節学会雑誌 (ISSN:13497324)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.102-104, 2021 (Released:2021-11-26)
参考文献数
9

目的:大学野球選手における投球側上腕骨内側上顆下端の異常所見と学齢期練習量との関係を調査すること.対象と方法:大学硬式野球部に所属する選手59名を対象とし,全選手に超音波検査を行い,投球側上腕骨内側上顆下端に不整または裂離を認めるものを異常所見あり(A群),認めないものを異常所見なし(N群)とした.アンケート調査より小学生,中学生,高校生での週平均練習時間と週平均投球数,競技開始年齢および初発肘痛時期を取得し,両群を比較検討した.結果:A群40名,N群19名だった.中学生での週平均練習時間がA群で有意に長かった.A群の中にも肘痛歴のない選手が15名(37.5%)いた.考察:大学野球選手における内側上顆下端の異常所見は主に骨端線閉鎖前の骨端症を反映していると考えられ,中学生での練習量の急激な増加が影響した可能性が示唆された.また,無症候性に異常所見をきたす選手が少なくないと推測された.
著者
崔 吉道
出版者
日本DDS学会
雑誌
Drug Delivery System (ISSN:09135006)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.111-118, 2006 (Released:2006-08-18)
参考文献数
59

薬物トランスポーターの詳細で包括的な情報がデータベース化されている. また遺伝子バンクの整備が進み, トランスポーター遺伝子発現系を利用することで, 開発中の化合物のトランスポーターに対する認識性を解析することが可能である. 近年, トランスポーターの発現分布や基質認識特性を考慮したドラッグデザインやプロドラッグ化が注目されている.本稿では, 薬物の体内動態制御に関わるトランスポーターについて例をあげて紹介し, トランスポーターを利用した臓器選択的DDSにおいて考慮すべき諸問題について考察する.
著者
笹川 尚紀
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

『古事記』によると、第8代の天皇・孝元と第9代の天皇・開化の后妃として穂積氏出自とされる女性が確認される。孝元は穂積臣等の祖である内色許男命(ウツシコヲノミコト)の妹・内許売命(ウツシコメノミコト)との間に開化を儲ける。また、内色許男命の女・伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)と婚姻関係を結んでいる。そして、開化は庶母である伊迦賀色許売命を娶って第10代の天皇・崇神を得ている。一方、『日本書紀』に眼を移すと、孝元は穂積臣の遠祖である欝色雄命の妹・欝色謎命との間に開化を儲けたとみえ、『古事記』と合致する。ところが、孝元の妃となった後、開化の后となって崇神を儲けたとされる伊香色謎命は、穂積氏と同祖関係にある物部氏の遠祖・大綜麻杵(オホヘソキ)の女と記されており、『古事記』の系譜とは明らかに食い違っている。平安時代前期に成立した『新撰姓氏録』、および『先代旧事本紀』巻第五「天孫本紀」から、穂積氏・物部氏の氏族系譜が押さえられ、これらと比較検討したところ、『日本書紀』にみえる大綜麻杵は、『古事記』崇神段などにみえる美和(三輪)の地名起源譚をもとに物部氏によって造作されたものと想定される。さらに、これまであまり取り上げられることのなかった「因幡国伊福部臣古志」に記される系譜に着目した結果、『日本書紀』よりも『古事記』の系譜の方がより古くに成立したものと推断される。それでは、先の系譜が『古事記』編纂の素材である「帝紀」にいつごろ定着したかであるが、種々の史料を分析した結果、舒明朝の修史事業の際がもっとも穏当ではないかと考える。『日本書紀』と比べると、『古事記』では大化前代に勢力を誇った物部氏の系譜・伝承が極端に少ない。かような背景としては、舒明と対立関係にあった蘇我蝦夷の母が物部守屋の妹であり、このことが『古事記』の素材である「帝紀」および「旧辞」に物部氏の系譜・伝承を採録する障碍となったと推察される。
著者
伊ヶ崎 泰枝
出版者
広島大学フランス文学研究会
雑誌
広島大学フランス文学研究 (ISSN:02873567)
巻号頁・発行日
no.38, pp.25-39, 2019

Au milieu du XIXe siècle, Léon de ROSNY (1837-1914) s'attaque à la langue japonaise, alors réputée hermétique, tandis que MURAKAMI Hidetoshi (1811-1890) lit le Traité de Chimie de Berzelius en français. Ils apprennent leurs langues cibles tout seuls à l'aide des quelques documents qu'ils se sont procurés. D'une part, en étudiant le Syo-gen-ziko, document ramené du Japon par P. F. von Siebold, Léon de ROSNY relève les mots japonais dans l'ordre alphabétique au moyen de cartes. De son côté, MURAKAMI Hidetoshi recopie un dictionnaire néerlandais-français, supposé être celui de François Halma.Ces autodidactes ont quelques points communs : leur milieu familial qui leur a donné une bonne éducation précoce ; leur maîtrise de plusieurs langues, notamment le chinois chez Léon de ROSNY et le néerlandais chez MURAKAMI Hidetoshi, compétence requise et indispensable au défrichement d'une langue encore peu étudiée ; enfin leurs talents multiples et leur appétit éclectique qui les ont probablement poussés à l'autodidaxie.Léon de ROSNY devient professeur à l'École des Langues Orientales en 1868. Il y organise les cours de japonais et publie des articles tels que l'Introduction à l'étude de la langue japonaise. Cependant, ce savant plus doté d'imagination que de rigueur s'éveille au bouddhisme et perd sa passion pour l'enseignement du japonais dans ses dernières années. Quant à MURAKAMI Hidetoshi, il publie d'abord le Sango Benran, un dictionnairefrançais-anglais-néerlandais-japonais, ensuite le Futsugo Meiyō, un dictionnaire alphabétique français-japonais. En 1868, il ouvre un cours privé de français Tatsurido. Mais n'ayant jamais eu de contact réel avec les Français, la conversation n'est pas son point fort. Cette école ferme ses portes en 1877. Alors qu'ils ont, grâce à leur démarche, promu l'enseignement du japonais et celui du français, et formé leurs successeurs, ces autodidactes sont critiqués et dépassés par leurs cadets vers la fin de leur vie : c'est le destin inévitable des pionniers. En tout cas, leurs travaux ont ouvert la voie aux études japonaises et françaises.
著者
平野 真理
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.343-354, 2012
被引用文献数
4

本研究の目的は, 「生得的にストレスを感じやすい」というリスクを, レジリエンスによって後天的に補うことができるかを検討することであった。18歳以上の男女433名を対象に質問紙調査を行い, 心理的敏感さと, 資質的レジリエンス要因(持って生まれた気質の影響を受けやすい要因)・獲得的レジリエンス要因(後天的に身につけやすい要因)の関係を検討した。分散分析の結果, 心理的敏感さの高い人々は資質的レジリエンス要因が低い傾向が示されたが, 獲得的レジリエンス要因については敏感さとは関係なく高めていける可能性が示唆された。次に, 心理的敏感さから心理的適応感への負の影響に対する各レジリエンス要因の緩衝効果を検討したところ, 資質的レジリエンス要因では緩衝効果が見られたものの, 獲得的レジリエンス要因では主効果のみが示され, 敏感さというリスクを後天的に補える可能性は示されなかった。また心理的敏感さの程度によって, 心理的適応感の向上に効果的なレジリエンスが異なることも示唆され, 個人の持つ気質に合わせたレジリエンスを引き出すことが重要であることが示唆された。
著者
横井 軍平
出版者
電子通信学会
雑誌
電子通信学会誌 (ISSN:03736121)
巻号頁・発行日
vol.66, no.8, pp.p782-785, 1983-08