著者
堀 和明 廣内 大助
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.358-368, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
13
被引用文献数
1 2

2004年7月の福井豪雨は足羽川の谷底低地に大きな被害をもたらした.特に人工堤防の決壊は, 多くの地点に破堤堆積物を残した.本研究では現地調査や空中写真判読にもとづき, 福井市高田町における破堤堆積物の特徴を記述した.また, 低地上の過去の農地配列や低地を構成する地層をもとに, この地域で生じてきた洪水の性質も検討した.破堤堆積物の特徴は以下の通りである.(1)人工堤防や河床から供給された可能性の高い巨礫が破堤箇所前面にローブ状あるいは舌状に広がる.(2)砂質堆積物は洪水流の流下方向に200 m以上にわたって分布する.層厚は最大80 cm程度であり, 下流側への層厚の減少は顕著ではない.(3)砂質堆積物が分布する南側では乾裂のみられる泥質堆積物が地表面付近を覆う.また, 耕地整理前の農地配列は今回と同様の洪水が繰り返しこの低地で生じてきたことを示唆する.
著者
市川 康夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.324-344, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
31
被引用文献数
6 5

本稿は,長野県飯島町を事例に農業集落という限られた範囲を超えて設立された広域的地域営農の存立形態を,それを構成する多様な主体の役割やそれら相互の連関の分析から明らかにすることを目的としている.研究対象地域では,農業従事者の高齢化が進み,農外就業機会に恵まれていることから小規模兼業農家が多く存在している.また,中山間農業地域で特徴的な傾斜地水田が卓越していることから,草刈りを中心とした畦畔管理が,飯島町の農業生産性向上を阻害している.この地域では,複数の農業集落から構成される地区を単位に,多様な主体を取り込んだ広域的地域営農が展開している.各主体がそれぞれの役割を担いながら相互に連携していること,さらに小規模兼業農家や高齢者,非農家の労働力を農作業・農地管理作業に積極的に活用することが,広域的地域営農存立の重要な基盤となっている.
著者
中窪 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.274-289, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
27
被引用文献数
1 3

沖縄農業では産地の水平的組織化による農産物の安定供給の体制は十分に機能していない.本研究は農協共販における商品のロットの確保と安定供給という視点から,農協の販売体制の構築と農協合併による変容,農家の流通選択に注目し,豊見城市のマンゴー産地の供給体制を明らかにした.市ではマンゴー導入当初から農家と農協との密な関係が築かれ,農協は高い集荷率を背景に共選共販の実施や市場外の販路開拓など生産者価格の向上と安定に向けた販売体制を構築していった.だが農協合併後の販売事業の変容により農協共販離れが顕在化し安定供給の体制は揺らいだ.農協外出荷では高品質のマンゴーが高価格で取引されており,特に篤農家には農協外出荷への強い誘因が働いていた.農協は集荷率維持のため農家を囲い込む共選参加の条件を課した.産地の課題としては,より有利な条件を引き出すためにさらに市場外での販路開拓を進めること,脆弱な営農指導の充実を図ることが鍵といえる.
著者
前田 洋介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.220-241, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
114
被引用文献数
3 4

本稿は,英語圏地理学で展開されてきたボランタリー・セクター(VS)研究の歩みと論点を整理することで,日本における研究の方向性を探ることを目的とする.1970年代後半から1980年代にかけ,Julian WolpertとJennifer Wolchを中心に,地理学でVSが本格的に研究されるようになった.先進資本主義国において,福祉国家の再編に伴い,VSが公共サービスの提供主体として期待されるようになる中,地理学は第1に,VSの空間的特徴を示してきた.また,Wolchにより「シャドー・ステート」が議論されてからは,公的資金を通じた政府とVSの関係性に最も焦点があてられ,その背景にある新自由主義の進展とともに批判的に検討されてきた.しかし,最近では,シャドー・ステート概念ではとらえられない両者のより複雑な関係性も示される中,新たな枠組が求められているといえる.その中で,近年のボランティア等の担い手をめぐる研究は,地理学のVS研究を前進させる一つの鍵になると思われる.
著者
佐々木 亮道
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.145-159, 2011-03-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
25

庄内平野東縁に分布する活断層群のうち鳥海山南西麓(日向川以北)を調査対象とし, 当該地域における活断層の分布と変位地形の特徴を明らかにした.鳥海山南西麓付近では, 平野との境界付近に断続的に分布する小丘陵の西麓に比高の大きい断層崖が位置し, 東麓付近では地形面が逆傾斜したり逆向き低断層崖が存在したりする場合が多い.これらのことから, 小丘陵西麓には主断層である東傾斜の低角な逆断層が存在し, 東麓には副次的な西傾斜のバックスラスト(共役断層)が存在すると考えられる.一方, 酒田衝上断層帯の西側に隣接する連続性の良い丘陵(丸森丘陵)では, 東麓に比高の大きい断層崖が形成されていると推定される.平野沿いの断層群の第四紀後期の平均鉛直変位速度は, 北部では 0.5 mm/yr以下, 南部では0.7~0.8 mm/yr以上である.
著者
小川 滋之 沖津 進
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.74-84, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

日本列島のヤエガワカンバ林は本州中部と北海道の一部に分布するが,分布を規定する要因には未解明な点が多い.本研究では,埼玉県外秩父山地において地すべり地の微地形と表層土壌に着目してヤエガワカンバ林の分布要因を検討した.ヤエガワカンバは,地すべりにより形成された緩斜面に多く,この中でも礫質土となる区域に集中して分布していた.礫質土区域は,数十年周期で発生する地すべりに由来する土砂礫が堆積した区域であり,外秩父山地で主要優占種となるコナラやミズナラの侵入が少なく抑えられている.地すべり地におけるヤエガワカンバの分布は,地すべりで緩斜面が形成されることにより,種子や実生が流失することなく定着しやすいことや,数十年周期で発生する地すべりにより開放地が形成されることが要因として考えられる.ヤエガワカンバは,この開放地にいち早く侵入して生長速度の速さから林分を形成していると結論付けた.
著者
吉田 真弥 高岡 貞夫 森島 済 Mario B. COLLADO
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.61-73, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

ルソン島中央平原に位置するパイタン湖の湖底堆積物において植物珪酸体分析を行い,過去およそ2,500年間の植生変遷について検討した.本地域では,堆積物の上位よりゾーン1~5の局地植物珪酸体帯が認められた.すなわち,コゴンを中心とする草本植生が卓越したゾーン5(2,460~1,410年前),草本植生とともに針葉樹による植生が増加したゾーン4(1,410~1,240年前),コゴン以外の草本種から成る植生が成立し木本種による植生も増加したゾーン3(1,240~1,150年前),コゴンやそれ以外の草本から成る植生とゾーン3とは異なる木本植生が成立したゾーン2(1,150~350年前),木本植生が著しく減少し栽培イネが卓越するゾーン1(350年前~現在)の五つである.森林に乏しい現在の植生景観の成立には人間活動が深く関わっていると考えられる.また,ゾーン5においてコゴンの草原が卓越することは,乾燥化などの人間活動以外の要因の影響も考えうる.
著者
渡辺 雅樹 岡 秀一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.5, pp.465-478, 2010-09-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
27

本稿では,埼玉県南東部見沼田圃の耕作放棄地に注目し,植生分布の特徴とその成立要因を解明した.空中写真判読および植生調査を行った結果,1998年には調査地の大部分をヨシ群落が占めていたが,それ以降多くがセイタカアワダチソウ群落に変わり,ヨシ群落は水域の周辺に限定的に出現していた.地下水位,微地形,および土壌特性を対照すると,ヨシは地下水位が高いところ,セイタカアワダチソウは地下水位が低いところで群落を形成しており,地下水位が高くても,地表面の勾配や土壌硬度が大きいところには,セイタカアワダチソウ群落が出現することがわかった.こうした植生分布の変化は,水田耕作放棄による影響,2000年に造成された水域の影響,ならびに踏圧の影響によって生じたものと考えられた.
著者
足達 慶尚 小野 映介 宮川 修一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.5, pp.493-509, 2010-09-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
38
被引用文献数
2 5

本稿では,ラオス中部のヴィエンチャン平野に立地するドンクワーイ村を対象として,1952年以降の水田の拡大過程と世帯増加・自然条件・農業政策との関連性を検討した.同村では,2005年時点で約90%の世帯が自給的な天水田稲作に従事している.天水田の開田は世帯数の増加に対応して進められ,その面積は1952年から2006年の54年間に約4.3倍に増加した.特に1980年代から1990年代にかけて急速に開田が進行し,雨季の河川の増水による湛水リスクのある低地へも天水田域が拡大した.政府による農業の集団化政策を受けて,村では1979年に農業組織の一形態である水田協同組合が組織されたが,生産米の分配方法に対する不満から大半の世帯は1年で脱退したため,同政策による天水田面積の増減は生じなかった.ただし,組合に残った一部の世帯は河川の氾濫原を利用した浮稲栽培や乾季の灌漑水田稲作を開始し,稲作形態が多様化した.浮稲栽培や灌漑水田稲作は,組合の解散後も受け継がれ,多くの村民が携わるようになったが,1997年以降の灌漑水田面積は微増にとどまっている.乾季作の作付面積は,割高な灌漑設備の維持・使用の費用と,雨季作の収穫状況を踏まえて増減調整がなされており,雨季作の不作時におけるセーフティー・ネットとしての性格を有する.
著者
佐藤 正志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.131-150, 2010-03-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

地方自治体は現在,行財政運営の効率化の手段の一つとして公共サービス民営化を進めているが,自治体の地域特性に起因して民営化導入は地域差が見られる.特に周辺地域の自治体は専門サービス業者の不足を中心に,民営化導入は困難である点が指摘されてきた.本研究は青森県三戸町の包括業務委託を事例に,周辺地域の自治体の地域特性に応じた民営化後のサービス供給体制の変化とその要因を考察した.三戸町の包括業務委託ではサービス内容の維持と,サービス供給に携わる現業部門従業者の増加が進められた.一方で,包括業務委託の目的の一つである経費削減は進んでいない.三戸町では委託開始後,町と民間企業との間で長期的なサービス運営の協力体制の構築を行う協働的関係が築かれる一方で,町がサービス内容の設定を行い続けている.こうした委託方式や運営が採られた理由として,雇用機会の確保とサービスの持続の二点を町が重視したことが大きい.
著者
高岡 貞夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.104-115, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
36

山地の斜面発達と植生構造との関係性を明らかにするために,梓川上流部のブナ林分布上限域を対象として,ブナ林冠木の分布の特徴を検討した.ブナの出現頻度は,斜面方位では南向き成分を持つ斜面で高く,地形的には尾根や山腹斜面上部を占める平滑斜面よりも,遷急線をはさんでその下方に位置する開析斜面において相対的に大きかった.南向き斜面にブナが多いのは,方位による気候条件の違いだけでなく,地質構造を反映して調査地の一部で斜面の開析が北向き斜面より南向き斜面に卓越することも関係している.平滑斜面と開析斜面とでブナの出現頻度が異なる原因の一部は土壌条件の違いであるが,調査地域全体で常にこの違いが認められるわけではなかった.林分構造に着目すると,緩傾斜の平滑斜面と急傾斜の開析斜面とでギャップ形成様式が異なることが,両斜面間でのブナの優占度の違いに関係していることが示唆される.
著者
小田 隆史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.5, pp.422-441, 2009-09-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
35
被引用文献数
2

本稿は,欧米都市社会における新自由主義的な政治経済政策の転換を背景に,NGO・NPOによる公益サービスが,都市の諸政策遂行に重要な役割を果たすようになった点に着目し,米国ミネソタ州ツインシティに流入した難民集団の定住過程を事例として,ホスト社会側のNPOによる,難民に対する職住斡旋支援とインナーシティ問題解決に向けた諸活動の実態を考察した.まず,統計分析の結果,インナーシティ問題や職住の空間的「ミスマッチ」が確認され,難民が,そうした都市問題に陥っている現状を明らかにした.また,支援活動を「郊外職住支援型」と「インナーシティ再活性化型」に分類して分析したところ,支援主体のNPOは,資金調達の柔軟性,現場との近接性,活動域の広範性等のNPOとしての特性を活かし,難民定住問題を都市貧困問題と読み替え,貧困層一般を対象とした制度や財源を利用しながら難民定住を支援していることが判明した.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 伊藤 達也 平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.277-299, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
21
被引用文献数
10 6

韓国全羅北道のセマングム地域で大規模な干拓事業が行われている.同国最大の干潟を失うことや事業目的が不明確な公共事業の必要性への疑問などから,セマングム干拓問題は大きな社会問題となった.本稿ではこのセマングム干拓問題を事例として,地域開発に関連した環境問題論争が持つ空間的な特徴を,市民・住民運動団体の主張に焦点を当てて検討した.新聞記事による出来事の整理と5年間の断続的な現地調査(環境運動関係者への聞取り)に基づいた分析の結果,全国・道・地区という三つの空間スケールごとの「セマングム問題」の存在と,その時間的な変化が明らかになった.また,異なる空間スケールを射程に入れた環境問題の争点が,地域的に異なる論争の場において複層的に存在しており,全体としての「セマングム問題」は,各運動体の事情や思惑に応じて,交流や連帯という手段によって,構成・提起され続けていることも確認した.
著者
金 玉実
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.332-345, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
18
被引用文献数
14 15

中国におけるアウトバウンド観光は,経済発展と規制緩和によって大きく発展しており,日本を訪れる中国人観光客も著しく増加している.本研究の目的は,日本における中国人旅行者の観光行動にみられる空間的特徴を明らかにすることである.中国の旅行会社が企画する訪日パッケージツアーの旅程を分析した結果,空間的には,東京と大阪を結ぶ中心軸が明らかになり,両都市における買物と名所見物が観光行動の中心となっている.これに,大都市近郊の温泉や火山,景勝地などを周遊する観光行動が付加されている.中国人の訪日観光に対しては,依然としてさまざまな制約が存在し,そのため,1回の旅行で多数の観光地訪問と観光体験が求められている.
著者
木村 広希 川島 英之 日下 博幸 北川 博之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.323-331, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
12
被引用文献数
1 2

気候学研究においては,特定の気圧配置を示す事例を選ぶ必要から,過去の気圧配置を分類することがある.気圧配置の分類は多くの場合,目視で行われており,長期間かけて行うことや複数人で行うことがある.これらの場合,判断にぶれが生じたり,分類結果が研究者の主観に左右されたりする可能性がある.本稿では,この気圧配置の分類に,パターン認識手法であるサポートベクターマシンを用いて,分類を自動化することを提案する.本研究では,日々の気圧配置からの西高東低冬型の検出を目的とし,実験により提案手法の有用性を検討した.JRA-25のデータを用い,1981~1990年を学習期間,1991~2000年を検証期間として実験を行った結果,最良で90%以上の適中率で西高東低冬型を検出できることがわかった.これより,学習データの与え方に主観が影響するものの,分類の際の負担を軽減でき,判断基準が変わることなく,ある程度の精度で気圧配置を分類できると考えられる.
著者
大橋 めぐみ 永田 淳嗣
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.2, pp.91-117, 2009-03-01 (Released:2011-05-31)
参考文献数
49
被引用文献数
2 2

従来型の食料供給体系に対するオルタナティブな流通としてショートフードサプライチェーン(SFSCs)が注目を集めている.本研究では,1991年の牛肉輸入自由化以降2004年までの岩手県産短角牛肉流通の動態を,供給連鎖の短縮・単純化,密な主体間相互作用,特定の場所との密な相互作用というSFSCsの動的システムとしての三つの特徴の効果発現の条件に焦点を当てて分析し,SFSCsの安定的な存立のための条件を探った.本研究の事例は特に,特定の場所との関係強化という方向で安定化を図ってきたが,ローカル性による差別化は容易ではなく,消費者の嗜好への対応や行動原理への地道な働きかけが必要であった.同時に,需給調節や資源循環型技術の実現といった課題を克服し,三つの特徴の効果発現を通じてSFSCsの安定的な存立を図るには,流通業者や生産者の公益性や助け合いを重視する行動原理の維持・強化が重要であった.
著者
佐藤 峰華 岡 秀一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.2, pp.144-160, 2009-03-01 (Released:2011-05-31)
参考文献数
32
被引用文献数
2 2

シラビソAbies veitchii,オオシラビソA. mariesiiの優占する日本の亜高山針葉樹林帯には,いわゆる縞枯れ現象wave-regenerationが発現する.これは,天然更新の一つのパターンであり,特に北八ヶ岳にはその広がりが顕著である.北八ヶ岳・前掛山南斜面における亜高山帯針葉樹林で,空中写真判読を行い,いくつかの更新パターンを検出した.さらに,その違いが何に由来するのかを検討するために,現地で林分構造,齢構造,ならびに土壌条件について調査を行った.その結果,成熟型更新林分,縞枯れ型更新林分,一斉風倒型更新林分,混生林型更新林分という構造と更新パターンを異にする四つの林分が識別された.これらの林分が出現する範囲はほとんど固定されており,縞枯れ型更新林分は,南向き斜面のごく限られた領域にしか生じていなかった.これらの林分の配列は土壌の厚さや礫の混在度ときわめてよい対応関係を持っており,縞枯れ現象を発現させる自然立地環境として,斜面の向き,卓越風向などとともに,土壌条件が重要な役割を果たしていることが明らかになった.
著者
外枦保 大介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.26-45, 2009-01-01 (Released:2011-05-12)
参考文献数
53

本稿は,宇部興産の企業城下町である山口県宇部市を事例として,産学官連携による主体間関係の変容に関する実態解明を通じて,産学官連携が産業集積の質的変化に果たしつつある役割を考察する.従来の主体間関係は,宇部興産とその下請企業から成る垂直的な構造であった.一方,1950年代の産学官連携による公害の克服や1980年代のテクノポリスの指定など,大学と企業・自治体との関係も構築され,今日の産学官連携の基盤となった.1990年代以降,産学官連携の進展により,宇部興産に加えて山口大学が主体間関係の中核になっている.宇部興産は,山口大学と包括的連携を結び,製品開発の高付加価値化を進めている.一方,中小企業は,技術等を獲得し,取引相手や共同研究相手を拡げている.特に宇部興産の下請企業にとって,産学官連携は,脱下請化を促進させる可能性がある.このように産学官連携は,産業集積のロックインを解放し,それを水平的構造に転換させるという重要な意味がある.
著者
竹之内 信 上原 淳 笠井 博人 矢島 敏行 間藤 卓
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.16, no.12, pp.633-638, 2005-12-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
13

症例は26歳の女性。自殺目的で市販鎮咳薬1箱(マレイン酸クロルフェニラミン45mg,リン酸ジヒドロコデイン180mg,塩化リゾチーム180mg)を約70gのアルコールと共に服用した。服用から約6時間後に意識混濁し路上で倒れているところを発見されたが,約30秒間の強直性痙攣発作を認めたため当センター収容となった。意識は徐々に改善し翌朝までに意識清明となったが,それに伴って上肢および頸部のミオクローヌスが出現した。ミオクローヌスの持続時間は徐々に短くなったが,第5病日まで持続した。なお,来院時と第5病日に施行した頭部CT検査では明らかな異常所見を認めなかった。中枢神経症状に加えて,一般検査では血清クレアチンキナーゼ値と血清クレアチニン値の上昇を認めたほか,著明な全身掻痒感を伴うなど,多彩な中毒症状が認められたが,いずれも数日の経過で軽快した。来院時の血中薬物濃度分析ではマレイン酸クロルフェニラミン濃度が1,200ng/mlときわめて高値であり,文献的に報告されている致死濃度を上回るものであった。第一世代ヒスタミンH1受容体拮抗薬による中枢神経系副作用はよく知られているが,市販薬として入手が容易であり,本症例のようにアルコールと併用した場合には少量でも多彩な中毒症状を来すことがあるため改めて注意が必要である
著者
Rosalia AVILA-TAPIES
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan series B (ISSN:18834396)
巻号頁・発行日
vol.88, no.2, pp.47-65, 2016-09-30 (Released:2016-09-30)
参考文献数
72

The formation of the Japanese colonial empire entailed major population movements and important socio-economic and territorial impacts in East Asia. These were particularly relevant in Manchuria, where important Japanese immigration also occurred, especially after the establishment of Japanese-sponsored Manchukuo in 1932. This paper focuses on the location of co-ethnic concentrations of the four major population groups of immigrant background in Manchukuo. The aim of the study is to re-examine the reality of Manchukuo’s inclusive ideology of ethnic harmony and the blurring of ethnic borders from a spatial viewpoint. The location of co-ethnic concentrations of Han Chinese, Koreans, Japanese and Russians was identified by calculating the Location Quotients for each group at national and urban (Mukden’s railway town) scales. The results were mapped, showing uneven ethnic distributions and concentrations at both scales. This analysis confirmed the existence of clusters of affluent co-ethnic concentrations in Manchukuo, including some recent concentrations, such as the Japanese deliberate segregation in the North Manchuria countryside and in the Mukden railway town. Thus, the inclusive ideology of the new State coexisted, paradoxically, with high levels of co-ethnic spatial concentrations. This occurred not only because of group interest in achieving community cohesion, but also because of exclusions and restrictions resulting from official segregationist settlement policies. According to the results of the spatial analysis, the article concludes that Manchukuo’s utopian ideals of equal coexistence and concord among all ethnicities were not realized.