著者
藤高 和輝 フジタカ カズキ Fujitaka Kazuki
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.73-87, 2014-03-31

ジュディス・バトラーにとって、スピノザは重要な思想家である。実際、バトラーは『ジェンダーをほどく』(2004年)で「スピノザのコナトゥスは私自身の作品の核心でありつづけている」(Butler 2004, 198)と述べている。それでは、いかなる意味でスピノザのコナトゥスはバトラーの哲学の「核心」にあるのか。本論文は、前回の論文「ジュディス・バトラーにおけるスピノザの行方(上)―「社会存在論」への道」に引き続きこの問題を考察するものであり、とりわけバトラーの「倫理学」に焦点を当てて探求するものである。私たちはこれらの考察の結果、バトラーの倫理学においてコナトゥスが基盤的な役割を担っていること、また、スピノザの徳がバトラーの考える倫理のモチーフのひとつであることを見出すことになるだろう。
著者
相澤 保正
出版者
弘前医療福祉大学短期大学部内紀要編集委員会
雑誌
弘前医療福祉大学短期大学部紀要 = Journal of Hirosaki University of Health and Welfare Junior College (ISSN:21876436)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.19-26, 2013

「別れの曲」「子犬のワルツ」「雨だれの前奏曲」「英雄ポロネーズ」など音楽ファンなら、だれでも一度は聴いたことがあり、それがピアノの詩人といわれるショパンの作曲であることも知っている。ヴェートーベンの「エリーゼのために」やモーツアルトの「トルコ行進曲」と並んでポピュラーなピアノ曲であり、ショパン音楽の愛好者は多い。筆者は1973年に初代会長遠藤道子によって設立された「日本ショパン協会・北海道支部(札幌)」の事務局を、設立当初から青森県に移る1978年までの6年間担当した。ショパン協会では、国内外の一流アーチストを札幌に招聘し、レクチュアーやコンサートを開催したが、筆者はそのマネジメントを担った。アーチストたちのホールでの演奏以外に、人対人としてふれあい交わす言葉のなかから、一流芸術家の奥深い精神や哲学にもふれることができ、筆者の若い頃の大きな教訓となった。このことから学んだこと、ショパンの生涯を幼少期から青年期までとパリで活躍し生涯を終えるまでの18年間のこと、そして第16回ショパン国際ピアノコンクールの聴後感などについて述べ、ショパンの全体像に迫りたい。
著者
山本 芳久
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2011

現代の世界情勢において、キリスト教世界とイスラーム世界との文明間対話が焦眉の課題となっている。こうした課題に本格的に取り組むためには、政治や経済の動向の分析のみではなく、両文明の世界観の基礎を為している哲学・神学の次元での比較思想的考察が不可欠である。本研究においては、西洋中世とイスラーム世界の法概念を比較哲学的・比較宗教学的に分析することによって、両文明の知的営みの連続性と非連続性の双方を明らかにした。
著者
齋藤 直樹
出版者
盛岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究から得られた第一の成果は、「根源的な身体衝動」をめぐるニーチェの一連の思想に「言語論」的な観点からアプローチすることを通じて、ニーチェの哲学を「情動的言語使用の哲学」として新たな視点から体系的に再構成したことである。また第二の成果として、合理的な言語使用を前提とした「他者の了解」から身体的共感に根ざした「他者の承認」へと問題の中心をシフトさせつつある現代の「コミュニケーション理論」の展開、とりわけその「承認論的転回」をめぐる議論との比較検討を通じて、「情動的言語使用の哲学」が持つ現代的な意義を明らかにしたことが挙げられる。
著者
片岡 啓
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

インド仏教論理学における語の意味の理論については,近年,資料状況が変わりつつあり,それに伴い従来の研究を見直すべき時期に来ている.報告者は,仏教の伝統の外側から仏教の意味論を見直すために,報告者自身がサンスクリット語写本に基づき批判校訂した『論理の花房』(紀元後9世紀後半頃)というバラモン教文献に基づきながら,そこにおける仏教説批判を詳細に検討することを研究課題とした.研究成果の中心となるのは,『論理の花房』における語意論,特に,仏教説批判の箇所である.三篇の訳注研究を発表するとともに,関連する研究論文五篇,および,批判校訂一篇を学会誌・紀要に掲載した.
著者
宮脇 永吏
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は、本研究において最も重要な論点となる「視覚」の問題系について、ベケットの後期作品に的を絞り、以下の点について検討した。1.ベケット後期作品に表出する視覚描写と同時代のフランス思想との照合S・コナーは、ベケットの作品が視覚の権威を懐疑的な検査に付すことで、西洋的な「視覚中心主義」を批判する潮流に加わっていると指摘する。この「視覚中心主義」とはアメリカの思想史家M・ジェイの用語であるが、ジェイの企ては、20世紀フランスの思想家が映像技術や監視装置といったものに引き寄せられる一方で、この伝統的視覚中心主義を批判するかたちで形成されてきたことを示すということであった。本研究では、ベケットの後期戯曲『芝居』、散文『人べらし役』『終わりなき光線の観察』を中心に考察し、ベケットが視覚と理性を結びつけた西欧哲学の伝統的解釈を踏まえたうえで「光」や「理性的なまなざし」を用いており、あたかもM・フーコーの言う「まなざしの権力」を操りながら、その権威的視覚に疑問を呈していることを証明した。2.ベケットが参照した哲学書との照合視覚の問題系を取り上げる過程で、とくにデカルトの『情念論』とべケットの視覚との関係を精査する必要性を見出した。この書は、デカルトが人間の眼の機能を説明するうちに、自ら説いた心身二元論の矛盾を露呈するものであり、最後の著作であると同時に最大の問題作でもある。ベケットが『終わりなき光線の観察』や『フィルム』といった作品のなかで「身体的な眼」と「精神的な眼」に分離した視覚を表現することが、最終的にはいわばデカルトの心身二元論批判に至るということは、この著作のはらむ問題と照らし合わせることによって明らかなものとなる。後期ベケット作品は、「視覚」にまつわる諸問題を検討するというプロセスそのものを提示することによって、心身の合一を説く現象学的視点を得るに至っていることを確認した。

1 0 0 0 OA 哲学入門

著者
田村匡交 著
出版者
公教書籍出版仮局
巻号頁・発行日
1888