著者
中村 恵
出版者
東洋大学法学会
雑誌
東洋法学 = Toyohogaku (ISSN:05640245)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.185-198, 2013-07
著者
塚原 修一
出版者
関西国際大学教育総合研究所
雑誌
教育総合研究叢書 = Research Institute for Education, Kansai University of International Studies (ISSN:18829937)
巻号頁・発行日
no.16, pp.155-168, 2023-03-31

日本の2010年代になされた官邸主導の政策形成のうち,高等教育分野にかかわる事例として教育のいわゆる無償化政策と研究開発政策をとりあげた。無償化は高校,幼児教育,高等教育(修学支援新制度)の順に,それぞれ民主党,公明党,自民党が主導して実現した。非正規雇用が雇用者の4割弱となるなかで,教育費を社会的に負担するこれまでの方式が機能しがたくなり,公費による人材の再生産に着手されたとみえる。研究開発政策はイノベーション政策への展開を民主党が構想し,自民党が実現して内閣府が強化された。現在は10兆円の基金による大学支援が準備されている。革新的なイノベーションをめざすハイリスクな研究開発事業には失敗の可能性があり,それを避けようとして革新性を低めれば事業の意味が乏しくなる。そのことを直視した政策展開が望まれる。
著者
平井 正朗
出版者
関西国際大学教育総合研究所
雑誌
教育総合研究叢書 = Research Institute for Education, Kansai University of International Studies (ISSN:18829937)
巻号頁・発行日
no.16, pp.201-211, 2023-03-31

学習指導要領の改訂に伴い,学校組織運営のあり方が見直され,「チーム学校」の名のもとに,カリキュラム・マネジメントの重要性がクローズ・アップされている。背景にあるのは少子化による学校の経営基盤の維持である。筆者は私立中学校高等学校における学校経営,教育委員会における教育行政に従事し,カリキュラム・マネジメントを実践,一定の成果を得ることができた。私学という独自の風土の中で最善の方法となる特殊解を求めるのと同時に,どの学校でも通用する最適解をカリキュラム・マネジメントという視点で継続的に研究している。本稿では,その体系化に関する研究の一環として,現任校である神戸山手女子中学校・高等学校における事例を紹介しつつ,さらなる理論構築を試みる。
著者
岩井 大慧
出版者
東洋文庫
雑誌
東洋学報 = The Toyo Gakuho
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.439-528, 1932-04
著者
岩井 大慧
出版者
東洋文庫
雑誌
東洋学報 = The Toyo Gakuho
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.445-456, 1933-03
著者
佐藤 康太
出版者
国立音楽大学大学院
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 = Ongaku Kenkyu : Journal of Graduate School, Kunitachi College of Music (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.1-16, 2023-03-31

メンデルスゾーンの《演奏会用小品第2番ニ短調》作品114にはメンデルスゾーン本人によるものではないオーケストラ伴奏稿が存在する。その編曲者に関して、初演者の1人であり成立過程に密接に関与したミュンヒェンのクラリネット奏者カール・ベアマンではなく、同姓同名の伯父であるベルリンのファゴット奏者ではないかという可能性が、Riedelによって提案されていた。本論文は、候補となる2人のカール・ベアマンのうち、編曲者はミュンヒェンのカールである可能性が高いことを史料の情報を精査することで示すものである。まずオーケストラ伴奏稿唯一の楽譜史料であるミュンヒェンの手稿総譜が、Riedelの想定する自筆の作業用総譜ではなく、あくまで別の史料から書き写されたものであることを、特に第3楽章の修正痕から明らかにする。この箇所ではバスパートのみを1小節ずらして書いてしまったものを後から修正しているが、これは編曲するときには起こりにくく、楽譜を筆写するときに容易に起こるものである。続いて、このミュンヒェンの史料が、誰によって書かれたものかを考察する。Riedelは、この史料の筆跡がミュンヒェンのカールによるものではないという点から、書き手としてベルリンのカールを想定した。しかし筆者がこの史料を、ベルリンの確実性の高い史料と比較した結果、書き手はミュンヒェンのカールの父であるハインリヒ・ベアマンである可能性が非常に高いことが明らかになった。中でも、イタリア語の序数secondoをIImoと誤記している点は、この2つの史料に固有の特徴である。また本史料に使われているのがミュンヒェン近郊の紙工房のものであること、そして本史料がミュンヒェン宮廷楽団のコレクションであったことも、書き手がハインリヒであることを支持する。もしベルリンのカールが書き手であるとしたら、同じ筆跡による複数のハインリヒ・ベアマンの作品が同コレクションに含まれていることの説明がつかない。史料の書き手がベルリンのカールではない以上、編曲者としても彼を想定する必然性はない。筆者はさらに、オーケストラ伴奏稿の第1楽章のカデンツァが、ミュンヒェンのカールが所持していた筆写譜に基づく初版譜のそれと明確な共通性を示すことを指摘し、編曲者としてもミュンヒェンのカールを想定すべきという結論に達した。なぜハインリヒが息子の楽譜を書き写す必要があったのかは確かに疑問ではあるが、それだけを理由に編曲者としてベルリンのカールを想定することは、史料そのものから読み取ることのできる情報に反する。最後に筆者は、現存史料の関係性を樹形図として示した。第2楽章のカデンツァの違いから、オーケストラ伴奏稿のもととなった筆写譜と、初版譜のもとになった筆写譜は――両方ともベアマン親子が所持していたはずだが――異なるものであった可能性が高い。
著者
大橋 敦夫
出版者
上田女子短期大学
雑誌
紀要 (ISSN:21883114)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.73-89, 2014-01-31
著者
八田 洋子
出版者
文教大学
雑誌
文学部紀要 = Bulletin of The Faculty of Language and Literature (ISSN:09145729)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.57-82, 2001-01-01

グローバリゼイションの拡大とともに、英語が世界を覆い尽くすと懸念されている。本当に英語はこのまま拡大を続けるであろうか。歴史的地理的経済的要因によって、英語の位置は第一言語であったり第二言語であったり外国語であったりする。現実には英語の拡大は現地語との接触によって「新英語」を生みだし、英語の国際化をもたらしている。英語の現状をアメリカ、アジア、日本、ヨーロッパに探り、世界における英語の位置を確認し、その展望を考察する。
出版者
国立極地研究所
雑誌
極地研ニュース = NIPR news (ISSN:09110410)
巻号頁・発行日
no.17, pp.1-8, 1977-02
著者
市村 豊 渡辺 匡人 石川 毅彦 Ichimura Yutaka Watanabe Masahito Ishikawa Takehiko
出版者
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部
雑誌
宇宙利用シンポジウム 第23回 平成18年度 = Space Utilization Research: Proceedings of the Twenty-third Space Utilization Symposium
巻号頁・発行日
pp.193-196, 2007-03

We research about Japanese sparkler 'senkoh-hanabi' combustion under microgravity. Present 'senkoh-hanabi' studies report only qualitative analysis. Then we develop method of quantitatively analyze about 'senkoh-hanabi'. This method can show 'senkoh-hanabi' spark distribution by integrating video image. Using this method; we clear 'senkoh-hanabi' spark distribution is symmetry around fire ball.
著者
有馬 明恵
出版者
東京女子大学
雑誌
東京女子大学紀要論集 (ISSN:04934350)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.199-218, 2023-03-30

The purpose of this study is to reveal 1)the extent to which broadcast programs on Emperor’s abdication/enthronement-related ceremonies and events were watched by Japanese people, and 2)how it related to people’s national consciousness and cosmopolitanism. Based on the results, the role of media events will be discussed. Two hundred and ninety-nine Japanese(144 male and 155 female)recruited through a crowdsourcing service participated in the online survey. The results showed the following. Firstly, many Japanese became aware of the new era name, Reiwa , on TV or on the Internet at the moment it was announced. Secondly, the public shunned standardized solemn ceremonies. Thirdly, depending on whether the participants watched abdication/enthronement-related ceremonies and events, they were divided into three groups: the “non-viewing group,” who watched none of them; the “Heisei-focused group,” all of whom watched the “abdication ceremony”; and the “Reiwa-focused group,” none of whom watched the abdication but many of whom watched the “celebration parade.” Fourthly, there were statistically significant differences among groups in terms of national consciousness, respect and affection for the imperial family, and cosmopolitanism. The results indicate that the difference in exposure to media among Japanese people with respect to media events such as the Emperor’s abdication and enthronement needs to be considered with regard to the division of people caused by the diversification of media use.本稿の目的は、日本人の国民意識とコスモポリタニズム意識について、天皇の退位・即位関連儀式・行事に関する中継番組をテレビでどの程度視聴したかとの関連を明らかにし、国民意識の高揚に関わるメディア・イベントの役割について考察することである。クラウドソーシングサービスを通じて募集した299名(男性144名、女性155名)の日本人がWeb調査に協力した。結果は、多くの日本人は新元号の発表をテレビやインターネットでリアルタイムで知ったこと、一方、退位礼正殿の儀などの退位・即位関連の儀式をテレビで視聴する人は少なく、定型化された厳かな儀式は国民から敬遠されていることを示していた。また、退位・即位関連の儀式・行事の視聴有無により、調査協力者はそれらを一切視聴しなかった「非視聴群」、「退位礼正殿の儀」を全員が視聴した「平成重視群」、「退位礼正殿の儀」は視聴しなかったが「祝賀パレード」を多くの人が視聴した「令和重視群」に分かれることが明らかとなり、視聴タイプにより、日本人としての意識、皇室に対する尊敬と親しみ、コスモポリタニズム意識に違いが認められた。日本人にとって重要なメディア・イベントにおけるメディア接触の違いは、メディア利用の多様化がもたらす人々の分断について検討すべき課題の存在を示していよう。
著者
奥中 康人 オクナカ ヤスト Yasuto OKUNAKA
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要
巻号頁・発行日
vol.23, pp.11-28, 2023-03-31

日本における西洋楽器製造の歴史は、オルガンやピアノ、ヴァイオリンの製造史に偏りがちで、金管楽器製造については、あまり調査されてこなかった。少し有名な江川仙太郎でさえ不正確な情報が多い。そこで、本稿は、明治期に金管楽器を製造していた職工について、雑誌記事や博覧会の記録に基づき、整理することを目的としている。 草創期における代表的な製造業者は、大阪では江名常三郎と上野為吉、東京では宮本勝三郎、江川仙太郎、田邊鐘太郎である。かれらの多くは、楽器の修理と信号ラッパの製造からスタートし、やがてコルネットやバリトンのような金管楽器を製造することになった。