著者
中原 由美 柳 尚夫 相田 一郎 城所 敏英 本保 善樹 中本 稔 中里 栄介
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.63, no.8, pp.409-415, 2016

<p><b>目的</b> 平成26年4月に改正精神保健福祉法が施行された。全国保健所長会においては,さまざまな方法で,保健所に対し,改正法への取り組みを促してきた。</p><p> 26年度地域保健総合推進事業全国保健所長会協力事業においては,保健所の取り組みの普及を目的としたガイドラインを作成するために,改正法施行後の保健所の取り組み状況や課題について実態把握を行った。</p><p><b>方法</b> 対象は全国の490保健所で,平成26年10月~12月に,26年度地域保健総合推進事業全国保健所長会協力事業として,全国保健所長会一斉電子メールを使って調査を実施した。調査内容は,管内に精神科病院がある保健所については,全国保健所長会が提案した保健所が取り組む具体的項目を踏まえ,退院支援委員会の参加状況や精神科病院実地指導の状況,また保健所に提出されている入退院届や入院診療計画書等を活用して,管内精神科病院の新規医療保護入院患者の状況や退院支援委員会の開催状況等についてとした。管内に精神科病院のない保健所については,退院支援委員会への参加状況等についてとした。</p><p><b>結果</b> 回答保健所数は281か所(回答率57.3%)であった。管内に精神科病院がある253保健所では,退院支援委員会の開催状況を全く把握していない保健所が38.7%あった。退院支援委員会へは,開催状況を把握している131保健所の71.0%が参加していなかった。保健所等の退院支援委員会への参加について,病院への働きかけは,63.6%が行っていなかった。</p><p> 253保健所から回答を得た855の精神科病院については,26年4月から9月末までの新規医療保護入院患者の推定入院期間で1年以上と記載があったものが1.6%あった。そのうち認知症患者でみた場合,1年以上が2.6%あった。26年4月から9月末までの新規医療保護入院患者における9月末までに医療保護入院を退院となった患者の処遇については,自宅が42.1%,その病院での入院継続が21.7%であった。</p><p> 管内に精神科病院のない28保健所では,退院支援委員会へは82.1%が参加していなかった。保健所等の退院支援委員会への参加について,病院への働きかけは,64.3%が行っていなかった。</p><p><b>結論</b> 改正法における保健所の役割として,入退院届等を活用した管内精神科病院の現状把握,退院支援委員会への参加,実地指導への積極的な関与,推定入院期間「原則1年未満」の徹底,入院継続患者の情報把握および地域移行の推進に向けた保健所の関与が必要であると考えられた。</p>
著者
土井 陸雄 伊藤 亮 山崎 浩 森嶋 康之
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.50, no.11, pp.1066-1078, 2003 (Released:2014-12-10)
参考文献数
78
被引用文献数
1

目的 わが国における単包虫症(単包性エキノコックス症)患者発生の歴史を検討し,その発生要因,予防対策,臨床的対策を検討する。方法 既刊の関係論文・抄録,医学中央雑誌,病理剖検輯報,感染症発生動向調査週報,と畜関連法規,日本帝国統計年鑑,食肉文化・皮革およびと畜場の歴史に関する資料を原資料として,単包虫症患者の発生動向を把握し,畜産,と畜関連法規およびと畜場管理の実態との関係を考察した。結果 わが国における単包虫症患者発生76例を確認した。患者発生は屠場法施行を境として大きく 2 時期に分かれ,屠場法以前には九州,四国,中国地方を中心に単包条虫の感染環が存在していたこと,またそれが軍備増強のための畜産奨励や日清・日露戦争を始めとする中国大陸との人的物的交流と深く関係していたこと,次に屠場法施行後,と畜場衛生管理の整備と不衛生な小規模と畜場の整理統合が行われ,日本国内における患者発生が激減したことなどが示唆された。ただし,この時期に中間宿主(牛およびヒト)からは単包虫症が発見されているが,終宿主(犬)から単包条虫を検出した報告がないため,屠場法施行が単包虫症患者発生減少の原因となったことを示す科学的実証はない。戦後も一時的に国内感染と思われる少数の単包虫症患者発生はあるが,近年は患者の大部分が海外の単包虫症流行域に滞在したことのある日本人および外国人である。結論 単包条虫の感染環を駆逐し,ヒト患者発生を予防するには,と畜場の衛生管理がとくに重要である。近年の海外流行国からの来日外国人の発症に対しては,検査機関の整備と医療情報の周知が重要である。また,海外の流行国から無検疫で輸入されている畜犬に対してエキノコックス検疫体制の整備が急務である。
著者
山田 知佳 小林 恵子 関 奈緒
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.64, no.12, pp.718-726, 2017 (Released:2018-01-05)
参考文献数
21

目的 問題飲酒の早期発見と適切な介入のための示唆を得るために,交代勤務労働者の飲酒行動の特徴と問題飲酒に関連する要因を明らかにする。方法 A工場の全従業員を対象に無記名自記式質問紙調査を実施した。交代勤務労働者が全員男性であったため,性差を考慮し,日勤者から女性を除外し,230人を分析対象とした。調査内容は問題飲酒の有無,飲酒行動,問題飲酒の関連項目等とし,交代勤務と問題飲酒,交代勤務および問題飲酒と各飲酒行動等の関連について分析を行った。また「問題飲酒の有無」を従属変数とし,単変量解析でP<0.20の変数を独立変数として,年齢を強制投入した上で,変数減少法による二項ロジスティック回帰分析を行った。結果 交代勤務労働者の飲酒行動の特徴として,「自宅」での飲酒が日勤者に比べ有意に多かった(P=0.037)。交代勤務労働者の飲酒理由は日勤者に比べ「よく眠れるように」(P=0.006)が有意に多く,入眠のために飲酒することがある交代勤務労働者が,日勤者に比べ有意に多かった(P<0.001)。 「入眠のための飲酒あり」(OR 6.38, 95%CI:2.11-19.29, P=0.001),「(職業性ストレスの)身体的負担が高いこと」(OR 2.24, 95%CI:1.11-4.51, P=0.024)は問題飲酒のリスク増加と有意に関連が認められ,「家族・友人からのサポートが高いこと」は問題飲酒のリスク減少と有意な関連が認められた(OR 0.75, 95%CI:0.58-0.97, P=0.030)。結論 男性交代勤務労働者の飲酒行動の特徴と問題飲酒の関連要因について検討した結果,日勤者に比べ「自宅での飲酒」,「入眠のための飲酒」が有意に多いことが特徴であった。 男性交代勤務労働者の問題飲酒のリスク増加には,「入眠のための飲酒あり」,「身体的負担が高い」ことが関連し,「家族・友人からのサポート」は問題飲酒のリスク減少に関連していたことから,夜間の勤務終了後の入眠困難感を把握し,飲酒以外の対処行動を支援するとともに,友人や家族からのサポートの重要性について啓発が必要である。
著者
井上 さやか 田渕 英一 今村 知代 野口 誠 古田 勲
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.55, no.11, pp.768-776, 2008-11-15
参考文献数
32

<b>目的</b> 高校生を対象に歯科検診および質問紙による調査を実施し,歯列・咬合異常が現代の高校生の心身の健康意識に及ぼす影響について調べた。<br/><b>方法</b> 健康意識に関する質問紙による調査および歯科検診を実施し,検診結果の記入後に質問紙を回収した。歯科検診により歯列・咬合異常の程度を"異常なし","要観察","要精検"の 3 群に分類した後,歯列・咬合異常の程度と心身の健康意識との関連性について有意検定を行った。<br/><b>結果</b> 歯列・咬合異常の程度が顕著になる群ほど,1)歯列・咬合異常をより強く自覚し,咬合不全をより意識した(<i>P</i><0.001)。2)健康意識に対してはネガティブな自己評価をした(<i>P</i><0.001)。<br/><b>結論</b> 歯列・咬合異常がネガティブな自己評価と結びつき,精神的ストレスを引き起こす要因の一つとなっている可能性が示唆された。歯列・咬合異常をもつ若年者を早期に発見し,正常な歯列や咬合を指導・育成することは,咀嚼を正しく行うことだけでなく,健全な精神的発育を促すためにも重要であると考えられた。
著者
今村 晴彦 村上 義孝 岡村 智教 西脇 祐司
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.25-35, 2017 (Released:2017-02-21)
参考文献数
27

目的 地域住民を対象とした,健康づくりに関わる地区組織活動の経験の有無が,その後の医療費に影響を及ぼすかを明らかにするため,長野県須坂市(2016年3月の人口は51,637人)の保健補導員活動(1958年に発足し,2年任期で毎期300人近い女性が担当する地区組織活動)を対象に,その経験の有無と国民健康保険医療費(以下,医療費)との関連を検討した。方法 須坂市において,2014年2月に,要介護度3以下の65歳以上の全住民を対象とした質問票調査を実施し,匿名化IDを用いて回答データと各種行政データを突合した。質問票には,保健補導員経験の有無に加え,経験年代,役職経験の有無,活動満足度に関する質問を含めた。本研究の解析対象者は,上記の女性回答者5,958人のなかの国民健康保険被保険者(74歳以下)2,304人とし,2013年度の1年間の入院および外来医療費を使用,検討した。分析として医療費発生の有無をアウトカムとした修正ポアソン回帰分析を実施した。また医療費発生者を対象とし,対数変換した医療費をアウトカムとした重回帰分析もあわせて実施した。分析の調整変数は年齢,婚姻状況,教育歴,同居人数,等価所得,飲酒習慣,喫煙習慣,健康的な食生活の心がけ,歩行習慣とした。結果 解析対象者2,304人のうち,保健補導員を経験した者は1,274人(55.3%)であった。解析の結果,外来医療費ありの割合は,保健補導員経験者が未経験者と比較して1.04倍(多変量調整済みリスク比(95%信頼区間;1.02-1.07))と高い一方で,入院医療費ありの割合は,0.74倍(同;0.56-0.98)と低かった。また医療費ありを対象者とした重回帰分析の結果,外来と入院それぞれについて,保健補導員経験と医療費に負の関連がみられた。調整済み幾何平均医療費は,外来では経験ありで14.1万円,なしで15.1万円と経験者の方が7%低く,入院においても経験ありで41.8万円,なしでは54.0万円と経験者の方が23%低かった。以上の関連は経験年代が60歳以上,役職経験者,活動の満足度が高い者で,概して強くなる傾向がみられた。結論 保健補導員経験者は未経験者と比較して,外来医療費の発生者割合が高い一方で,入院医療費は発生者割合および発生した医療費ともに低い結果が示された。このことは,保健補導員としての経験が,特に入院医療費と関連している可能性を示唆しており,地区組織活動の健康への波及効果がうかがえた。
著者
本田 浩子 斉藤 恵美子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.252-259, 2016

目的 発達障害は症状や障害の範囲が広く,外見から障害があることがわかりにくいことも多い。また,乳幼児期から青年期・成人期に進むと発達障害の特性に二次障害による生活障害が加わることも多く,家族の負担が増加することが予測される。そこで,本研究では成人の発達障害者の親を対象として親の負担感に関連する要因を明らかにし,家族への支援について検討することを目的とした。<br/>方法 首都圏で活動している発達障害者の親の会,精神保健福祉センター,発達障害者支援センターを利用している発達障害者(18歳以上)の親125人を調査対象とした。調査期間は2011年10~11月として,無記名自記式質問紙による郵送調査を行った。調査項目は,対象者の基本属性,負担感として日本語版 Zarit 介護負担尺度短縮版(以下,J-ZBI_8),子どもの状況(性別・年齢・診断名・診断年齢・日常生活の状況・二次障害の有無等),家族内外のサポート状況として情緒的サポート(配偶者,配偶者以外の同居家族等),相談者の有無等とした。<br/>結果 有効回答64票を分析対象とした。女性54人(84.4%),50歳以上89.1%,家族人数の平均3.5人(標準偏差1.1,以下 SD),子どもの平均年齢28.9歳(SD 6.6)であった。子どもの診断は,自閉症32人(50.0%),アスペルガー症候群16人(25.0%),広汎性発達障害(自閉症・アスペルガー症候群以外)13人(20.3%)であり,J-ZBI_8 の平均値は12.8(SD 7.2)であった。負担感を目的変数とし,2 変量の単回帰分析で統計的に有意差のあった家族人数,二次障害の有無,日常生活の状況,情緒的サポート(配偶者)を説明変数,対象者の年齢および診断名を調整変数とした重回帰分析を行った。その結果,二次障害がありの方が(P=0.001),また,日常生活の状況として援助が必要であるほど(P=0.041),負担感が高かった。<br/>考察 本研究は,自閉症を中心とした限定した発達障害者の親を対象としており解釈に限界はあるが,親の負担感は,統合失調症や高次脳機能障害などの精神障害者等を介護している家族の負担感とほぼ同様の結果であった。子どもに二次障害があり,また,日常生活の状況として援助が必要であるほど,親の負担感と関連があった。今回の結果から,親の負担感を軽減するために,二次障害への支援と日常生活の状況に応じた援助が重要であることが示唆された。
著者
馬場 千恵 村山 洋史 田口 敦子 村嶋 幸代
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.60, no.12, pp.727-737, 2013

<b>目的</b> 社会とのつながりの欠如から孤独感を持ちやすい状況にある育児中の母親へ効果的な支援を行うため,ソーシャルネットワーク(接触頻度)とソーシャルサポートの状況を把握し,それらと孤独感との関連を明らかにする。<br/><b>方法</b> 2008年 8~11月に,東京都 A 区の 4 つの保健センターで行われた 3~4 か月児健康診査に来所した母親978人を対象に,無記名自記式質問紙を配布した。調査項目は,改訂版 UCLA 孤独感尺度,母親と子どもの基本属性,育児環境,夫(パートナー)•実父母•ママ友達•友人の有無,およびそれらとのソーシャルネットワーク(接触頻度)とソーシャルサポートであった。接触頻度は,直接会うこととそれ以外に分けて測定した。分析は,まず,孤独感尺度を従属変数とし,夫(パートナー)•実父母•ママ友達•友人の有無を独立変数とした重回帰分析を行った。次に,孤独感と夫(パートナー)•実父母•ママ友達•友人との接触頻度とソーシャルサポートとの関連を検討するため,孤独感得点を従属変数とした重回帰分析を行った。接触相手やサポート提供者等がなく欠損値があった者は分析から除外されたが,ママ友達がいない者の分析は追加し,副解析として重回帰分析を行った。<br/><b>結果</b> 配布した963票のうち432票を回収し,417票を有効回答とした(有効回答率43.3%)。母親の孤独感の平均得点は34.4±9.0点であった。重回帰分析の結果,ママ友達および友人がいない者ほど,孤独感得点が高かった。すべての接触相手•サポート提供者がいる者(ママ友達もいる者)は,夫(パートナー)との会話時間が長いほど,ママ友達,友人との会う頻度が少ないほど,また,実父母やママ友達,友人からのソーシャルサポートが低いほど,孤独感得点が高かった。一方,ママ友達以外の接触相手•サポート提供者がいる者(ママ友達がいない者)では,孤独感得点と接触頻度,ソーシャルサポートとの関連はなく,対人態度や母親意識が関連していた。<br/><b>結論</b> 母親の孤独感の予防•軽減には,ママ友達や友人の有無,実父母•ママ友達•友人との関係,対人態度,母親意識等をアセスメントし,その上で,母親役割の肯定感を高められるような介入や,ママ友達•友人と直接会う機会および実父母•ママ友達•友人からソーシャルサポートを得られるような働きかけを行うことが重要であると考えられた。
著者
灘岡 陽子 早田 紀子 杉下 由行 梶原 聡子 渡部 ゆう 吉田 道彦 長谷川 道弥 林 志直 大地 まさ代 甲斐 明美 住友 眞佐美
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.136-144, 2014 (Released:2014-04-16)
参考文献数
20

目的 本報告の目的は,東京都における2011年の麻しんの流行状況を把握し,麻しん排除に向けて,今後の対策へ反映させることである。方法 感染症発生動向調査事業によって2011年に都内で報告された麻しん患者の発生届と麻しん調査票の内容を対象とした。年齢階級別,遺伝子型別,ワクチン接種歴別の発生状況,発生届の取り下げ状況,遺伝子検査結果別の IgM 抗体検査結果と検体採取日の関係等について分析を行った。結果 2011年の麻しん患者報告数は178件で,13週から24週にかけて一つのピークを形成し,この期間に128件(71.9%)の報告が集中していた。1~4 歳が40件(22.5%)で最大で,20歳代と30歳代がそれぞれ34件(19.1%)であった。麻しん患者が 2 人以上発生した施設数は 6 か所,1 事例の患者数は 4 人以下にとどまり,散発例がほとんどであった。1~4 歳の年齢層を除くすべての年齢層で,接種歴が無いか不明が過半数を占めた。PCR 遺伝子検査で検出された麻しんウイルスの遺伝子型は主に D4 型,D9 型で,2008年まで国内流行株の中心だった,いわゆる土着株である D5 型ウイルスはみられなかった。結論 2011年の麻しんの流行は,海外から持ち込まれたウイルス株によるものであった。2007年,2008年のような大流行に至らなかったのは,発生後の関係機関の対応が迅速かつ適切になったことと感受性者が減少したことが影響していると思われる。麻しん排除に向けて,引き続き麻しんワクチン接種率の向上に努めること,麻しん疑い患者に確実に遺伝子検査を実施し,的確なサーベイランスを実施することが重要と考えられた。
著者
冨田 直明
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.448-456, 2006 (Released:2014-07-08)
参考文献数
16

目的 愛媛県東部地域(以下東予地域)に発生した成人麻疹流行を分析し,保健所における今後の感染症対策のあり方を検討した。方法 東予地域では,2002年10月~2003年 7 月の間に成人麻疹(18歳以上の麻疹)および麻疹(17歳以下の麻疹)の流行が発生したが,流行期間中,感染症発生動向調査だけでは把握が困難と判断されたので愛媛県医師会の協力により全数把握調査を行った。また麻疹を診察した医師に患者病状調査票による情報提供を依頼した。さらに成人麻疹多発の原因究明を目的に患者の検体のウィルス検査および遺伝子解析を行った。成績 2002年10月~2003年 7 月の間に,麻疹200人,成人麻疹112人,計312人の麻疹患者が報告され,県全体に占める割合は麻疹89.7%,成人麻疹94.1%,全体で91.2%であり東予地域に限定した流行であった。さらに週毎の発生数の推移から成人麻疹発生から麻疹が流行した事例であった。患者疫学調査の結果,ワクチン接種歴無しの割合は麻疹84.1%,成人麻疹59.3%,全体で73.7%であり,接種歴有りの割合は麻疹11.4%,成人麻疹21.9%,全体で15.8%であった。そしてウィルス遺伝子型は全例で中国や韓国の流行株である H1 型であり,H1 型を原因とした成人麻疹の流行としては国内初の事例であった。また東予地域での小児科定点の麻疹患者報告数は全数把握の32.0%であり,基幹定点の成人麻疹患者報告数は全数把握の11.6%に止まった。結論 東予地域では患者発生の極めて少ない状況が数年来続いたので,ワクチン未接種でも感染を免れた成人や小児(とくに年長児)および,ワクチン既接種者でも不顕感染による追加免疫がないために免疫力の低下した者(二次性ワクチン効果不全)が混在したことで成人麻疹の流行が発生したと考えられた。今回の結果より,乳幼児のワクチン接種率の向上と追加接種による学童や若年者への対策が必要である。また麻疹のように感染力が強く局地的に流行する感染症の場合,通常の定点報告では流行を見逃し対応が遅れる可能性が高いため,患者発生状況の的確な把握には,定点数の拡充および地元医師会を中心にした医療機関と保健所の平素からの積極的な情報交換が必要と考えられた。
著者
片岡 大輔 曽根 智史 谷畑 健生 谷口 栄作 牧野 由美子 中川 昭生
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.52, no.10, pp.898-905, 2005

<b>目的</b> 「健康ますだ21」は2001年度を初年度として,2004年・2007年に中間評価,計画の見直しを行い,2010年を目標年次とする10か年計画である。「健康ますだ21推進協議会」の下部組織として,「栄養・食生活と歯科保健部会」「たばこと酒部会」「運動とストレス部会」の 3 つの部会がある。市域15地区では,3 つのうち 1 つの部会の活動テーマを 3 年ずつ重点的に展開している。本研究の目的は,中間評価の一環として,過去 3 年間の活動が益田市民の健康行動の向上に有用であったか否かを検証することである。<br/><b>方法</b> 対象は,益田市15地区から無作為に抽出された20歳以上の男女4,000人である。「栄養・食生活」,「歯の健康」,「たばこ」,「アルコール」,「身体活動・運動」,「休養・こころの健康づくり」の 6 分野,合計29の指標について,市民の健康づくりに対する意識・行動等を調査した。まず市全体の集計結果を,行動目標値と照合した。つぎに2000年に行われた健康行動調査時のベースライン値と,2004年の指標値を市全体で比較した。さらに2000年と2004年の指標値を,延べ 6 つの性・年齢階層別に比較した。最後に過去 3 年間に重点的に展開した活動テーマにより,15地区を 3 つの地区群にまとめ,地区群別に比較した。<br/><b>結果</b> 回収数は2,946件(回収率73.7%)であった。益田市の行動目標を達成した指標は,「男性の喫煙率」であった。2000年と2004年の指標値を比較したところ,市全体において11指標が有意に改善し,5 指標で悪化を認めた。5 つの性・年齢階層では,改善した指標数が悪化した指標数を上回った。各地区群の重点分野で合計 7 指標が改善し,これら 7 指標の全ては,市全体においても有意に改善を示した。各地区群の重点分野で悪化した指標はなかった。<br/><b>結論</b> 15地区が部会の活動テーマを推進することにより,各地区で弱点分野を補強しながら,市全体の健康行動の向上に寄与している可能性が高いことが示唆された。今後これらの活動がさらに多くの市民に認知され,各年齢階層および各地区で生活習慣の改善に結びつくことが期待される。
著者
桜井 良太 河合 恒 深谷 太郎 吉田 英世 金 憲経 平野 浩彦 鈴木 宏幸 大渕 修一 藤原 佳典
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.251-258, 2015 (Released:2015-06-25)
参考文献数
19

目的 本研究では,大規模郵送調査によって日常的に自転車を運転している高齢者の割合を明らかにした上で,(1)地域在住高齢者の自転車関連事故(自転車運転中の事故および歩行中の自転車に起因した事故)の発生率・傷害の程度および(2)傷害を負ったにもかかわらず警察に通報されていない事故,すなわち潜在的な自転車関連事故がどの程度存在するのかについて明らかにすることを目的とした。方法 住民基本台帳に基づいて東京都板橋区在住の高齢者7,083人に対して調査票を郵送し,調査を行った。性別,年齢,高次生活機能(老研式活動能力指標),過去 1 年間の自転車関連事故の発生の有無,自転車関連事故に伴う傷害の有無と警察への通報について質問紙にて調査した。この際,過去 1 年間の自転車関連事故の発生の有無については,自転車運転中と歩行中の自転車に起因した事故のそれぞれについて調査した。結果 返信された調査票(3,539人:回答率50.0%)から欠損回答のないものを抽出し,運転中の事故の解析については3,098人(平均年齢±標準偏差=72.8±5.6,女性53.9%)を解析対象とし,歩行中の自転車に起因した事故の解析については2,861人(平均年齢±標準偏差=72.8±5.6,女性54.0%)を解析対象とした。日常的に自転車を運転している高齢者は1,953人(解析対象高齢者の63.0%)であった。そのうち9.4%(184人)が自転車運転中の事故を経験しており,事故経験者の76.1%(140人)が何らかの傷害を負っていた。他方,歩行中では3.4%(98人)が自転車に起因した事故に巻き込まれており,そのうち55.1%(54人)が何らかの傷害を負っていた。また自転車運転中および歩行中の事故で“通院が必要となった傷害”を負った高齢者のうち,それぞれ70.2%(59人),76.9%(20人)は警察への通報をしていなかった。結論 日常的に自転車を運転している高齢者の9.4%が自転車乗車中に事故を経験しており,調査対象の3.4%の高齢者が歩行中に自転車事故の被害を受けていたことがわかった。また“通院が必要となった傷害”を負った高齢者であっても,約 7 割が警察に通報していないことが明らかとなった。ここから主管部局が管理している事故統計と実際に発生している傷害を伴う高齢者の自転車関連事故に大きな乖離が生じている可能性が示唆された。
著者
逢見 憲一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.452-460, 2004 (Released:2014-08-29)
参考文献数
23

目的 1899年以降の人口動態統計について,今後の分析の基礎とするため,各年代の報告書における背景や意図を把握することを目的とした。方法 厚生労働省図書館の所蔵する報告書を主に通覧し,作表の様式について変遷を観察・記述して分析を加えた。成績 1899年以降第二次世界大戦前の人口動態統計の作表の様式は,時期を経るにつれて変遷がみられた。その様式は,(1)明治期から大正初期,(2)大正中期,(3)大正後期から昭和初期,(4)昭和10年代,のものに大別された。 また,明治から大正中期までの時期には,道府県に明確な序列がみられた。この序列は1923年に改められ,これ以降,道府県を地理的に鳥瞰する配列で統計が作表されるようになっていた。さらに,1919年には,総覧において「總數」と「内地總數」が表の冒頭に掲載されるようになっていた。結論 1899年以降の人口動態統計について,とくに第二次世界大戦前の報告書における様式には,時期とともに変遷がみられた。明治後期から大正期にかけて,道府県から「国家」へ,道府県民から「国民」への人口動態における視座が変化したことが示唆された。
著者
大坪 浩一 山岡 和枝 横山 徹爾 高橋 邦彦 丹後 俊郎
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 = JAPANESE JOURNAL OF PUBLIC HEALTH (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.5, pp.347-356, 2004-05-15
被引用文献数
5

<b>目的</b> 医療資源の適正配分・適正配置を考えるうえで,地域における医療資源の死亡への影響を評価することは重要である。死亡指標として用いられることの多い標準化死亡比(SMR)は,市区町村単位のような小地域レベルでの比較に用いる際には人口サイズの相違の影響を受けやすく,わずかな死亡数の変化が見かけ上の指標を大きく変化させるという問題がある。そこで,本研究では,「経験ベイズ推定に基づく SMR」(EBSMR)に基づき医療資源の死亡に及ぼす影響について,社会経済要因の影響を調整したうえで評価することを目的とした。<br/><b>方法</b> 本研究では医療資源が適正配置されているかという点に着目し,これまでの研究で主な医療資源の指標とされてきた医師数,一般診療所数,一般病床数(いずれも対人口)に加え,脳血管疾患や心疾患死亡に影響すると考えられた救急医療体制参加施設数などを取り上げた。死亡指標は,平成 5 年~平成 9 年の福岡県における全死因および脳血管疾患,心疾患,悪性新生物の 3 大疾患,および急性心筋梗塞の性別の EBSMR を取り上げた。社会経済要因として,出生数,転入・転出者数,高齢者世帯数,婚姻件数,離婚件数,課税対象所得,完全失業者,第一次産業就業者,第二次産業就業者数,第三次産業就業者数,刑法犯認知件数を取り上げた。EBSMR と医療資源変数および社会経済変数との関連性を,正規分布を呈しない変数については対数変換後,重回帰分析により検討した。<br/><b>結果</b> 重回帰分析より得られた主要な結果として,人口対医師数(男性急性心筋梗塞 <i>P</i>=0.047,女性急性心筋梗塞 <i>P</i>=0.012),人口対救急医療体制参加施設数(女性急性心筋梗塞 <i>P</i>=0.001),人口対一般病床数(女性全死因 <i>P</i><0.001,女性脳血管疾患 <i>P</i>=0.007,女性心疾患 <i>P</i><0.001,女性悪性新生物 <i>P</i>=0.049)では,それが多いほど EBSMR が低くなる傾向が認められた。逆に,人口対一般診療所数では,それが高いほど死亡が高まる傾向を示していた(女性全死因 <i>P</i>=0.025,女性急性心筋梗塞 <i>P</i>=0.006)。<br/><b>結論</b> 以上より,福岡県を事例として,市区町村レベルでの医療資源の死亡に及ぼす影響を EBSMR で評価したところ,医師数の充実と男女の急性心筋梗塞死亡の低下,一般病床数の充実と女性の全死因・女性の脳血管疾患・女性の心疾患・女性の悪性新生物死亡の低下,救急医療体制参加施設数の充実と女性の急性心筋梗塞死亡の低下の関連が認められ,医師数および入院や救急に関する医療資源を適正配分することの重要性が示唆された。
著者
冨田 直明
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.163-169, 2008

<b>目的</b> 愛媛県東部地域の A 市の家庭で発生した腸管出血性大腸菌 O26感染症(以下 EHEC O26症)の事例を分析し,保健所における今後の EHEC 感染症の対策を検討した。<br/><b>方法</b> 2005年 8 月20日に A 市内の小児科医院より,A 市内の小学 2 年生女児から EHEC O26 Vero 毒素 VT1(以下 O26VT1)の発生の届出が A 保健所に提出された。直ちに A 保健所職員が母親に対して喫食調査を行った。更に感染源の究明を目的に,患者および無症状病原体保有者の検便の分離株に対してパルスフィールド・ゲル電気泳動法(以下 PFGE)による遺伝子解析を行った。<br/><b>成績</b> 喫食調査から 8 月15日に a,b,c の 3 家族14人が焼肉による会食を行ったこと,焼肉用の牛肉は愛媛県中部地域の B 市に隣接した C 町から購入したことが判明した。<br/> 会食後の発症経過は,a 家族では17日に 7 歳女児,18日に 3 歳男児に数回の下痢と粘血便が出現した。b 家族では 7 歳男児が17日からの家族旅行中に軟便が出現したために帰宅後に検便を実施し24日に 7 歳男児,27日に30歳代母親に無症状で O26VT1 が検出された。c 家族では27日に保育園へ通園中の 4 歳女児から無症状で O26VT1 が検出された。また 4 人の分離菌株遺伝子を制限酵素(XbaI)による切断後の PFGE による遺伝子解析を行った結果,4 人の分離株遺伝子パターンはすべて一致した。<br/> そして今回の事例とは別に,同年 8 月10日に B 市内の飲食店で焼肉を喫食して,腹痛と数回の下痢が出現し O26VT1 が検出された母娘の分離株遺伝子パターンとも一致した。<br/><b>結論</b> O26VT1 の強い感染力のために,感染源からの直接感染に止まらず,感染者の家族に二次感染が引き起され,さらには無症状病原体保有者の存在により感染者の認知が困難になり,対策が後追いになった事例であった。そして保育園や幼稚園などで EHEC O26症が発生した場合には,家族や職員などへの二次感染を念頭に置き,初期段階から広範囲な検便を中心にした積極的な疫学調査が必要と考えられた。<br/> また今回の事例では,遺伝子解析と喫食調査から感染源が,B 市内で発生した事例と同じ流通経路の食材であった可能性が推測された。そして広範囲な散発的集団感染に対しては,その認知や感染源の究明のために,PFGE による病原体の遺伝子解析と疫学的調査結果を組み合わせた方法が有効と考えられた。
著者
嶋 貴子 一色 ミユキ 近藤 真規子 塚田 三夫 潮見 重毅 今井 光信
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.167-177, 2006 (Released:2014-07-08)
参考文献数
13

目的 HIV 検査をより受けやすくするための試みの一つとして,検査を受けたその日に HIV スクリーニング検査結果を通知する「HIV 即日検査」を保健所の HIV 検査に導入し,その効果と実施に伴う問題点等を明らかにするため研究を行った。方法 栃木県県南健康福祉センターにおいて2003年 1 月より,通常の HIV 検査と平行して試験的に即日検査を導入し,即日検査導入前・後の受検者数や受検者層等の比較,また対照として選択した他保健所の HIV 検査受検者数の動向と比較し,即日検査の効果と影響について検討した。即日検査実施の情報についてはホームページ「HIV 検査・相談マップ」に掲載し,その効果についても検討した。結果 栃木県県南健康福祉センターにおける HIV 検査数は,即日検査導入前の2002年は130件であったのに対し,即日検査導入後の2003年は453件と3.5倍に増加した。また,そのうちの94%が即日検査を希望した。即日検査404件中 5 件がスクリーニング検査陽性となり,確認検査の結果,1 例が HIV 陽性,4 例が偽陽性(偽陽性率 1%)と判定された。 HIV 検査と同時に実施している性感染症検査の受検率は,即日検査の導入後には梅毒抗体検査(即日結果通知可)が77%から63%に,性器クラミジア抗体検査(即日結果通知不可)が76%から33%に減少したが,HIV 受検者が大幅に増加したため,受検者実数としては増加した。受検者へのアンケート調査結果から,受検者の61%がホームページ「HIV 検査・相談マップ」をみて受検していることが分かった。 同時期における即日検査を導入していない栃木県内の他保健所の HIV 検査数の増加率は0.9~1.0倍,全国保健所 HIV 検査件数の増加率は1.2倍であった。結論 即日検査は受検者にとって需要の高い検査であり,保健所 HIV 検査への即日検査導入は HIV 受検者数の増加に繋がる可能性の高いことが分かった。また,ホームページに「HIV 検査・相談マップ」よる継続的な情報提供が受検者増に有効であることが分かった。 しかしながら,HIV 迅速検査キットの偽陽性率が約 1%と高いため,検査前・後の説明やスクリーニング検査陽性者へのサポート体制が重要となること,また,即日検査と性感染症検査とを同時に実施する場合には,性感染症検査の受検率の低下を抑えるための対策が必要となる等の課題も明らかとなった。
著者
藤井 正美 石丸 泰隆 高橋 幸広 惠上 博文 西田 秀樹 岡 紳爾 調 恒明
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.62, no.10, pp.609-616, 2015 (Released:2015-11-25)
参考文献数
16
被引用文献数
1

目的 てんかんは人口の約 1%を占める決して珍しくない病気であり,近年,高齢化とともにてんかん患者が増加している。また就学,就労,運転免許などの社会生活面や障がい者福祉などでも患者は多くの問題を抱えている。しかしてんかん患者の抱える問題が地域保健行政に十分理解されているとは言い難く,医療・介護・福祉の連携体制の不備も指摘されている。そこで,てんかんに関する地域保健活動の実態を把握し,今後の支援体制や啓発活動に活用することを目的に全国保健所を対象に実態調査を行なった。方法 全国490か所の保健所を対象にてんかんの地域保健支援体制に関するアンケートを実施した。方法は自記式調査票を保健所に郵送,担当保健師 1 人が代表して回答・返送する形式とし,平成26年 9~10月に実施した。調査内容は保健所で受けたてんかんに関する相談の有無および内容,研修会等実施の有無,保健所で扱う難病および感染性疾患の研修との対比等とした。結果 全国347保健所から回答を得た(回収率71%)。内訳は都道府県型保健所(県型)263か所(72%),指定都市・中核市・政令市・特別区保健所(市型)84か所(67%)であった。保健師がてんかんに関する相談を受けた経験は73%(県型69%,市型88%)であり,市型に多かったが(P<0.01),適切に対応できるという回答はわずか10%であった(県型,市型で差はなし)。相談の内容は医療機関,症状・将来の不安が多かった。保健師が把握している研修会の開催は専門職,住民対象がともに 8%であり,県型(専門職,住民ともに 5%)に比べ市型(専門職17%,住民18%)で多く開催されていた(P<0.01)。またこの割合は他の保健所が扱う疾患の研修会(21%~70%)と比べ有意に少なかった(P<0.01)。てんかんについての知識は保健師の76%が必要と考え,60%は研修会があれば参加したいと回答した。結論 多くの保健所保健師はてんかんに関する相談を受けている反面,適切には回答できていないと感じている。またてんかんの知識は必要と感じているが,研修等を通して知識の修得ができない境遇にある。これらの結果を踏まえ,今後はてんかん学会・協会,医師会,医療機関等が行政と恊働し,てんかんの啓発活動を地域保健に取り入れることが重要である。さらに都道府県単位に包括的高度専門てんかんセンター等を設置し,行政保健師や介護・福祉・教育等専門職が情報収集のできる環境整備が望まれる。
著者
谷本 芳美 渡辺 美鈴 杉浦 裕美子 林田 一志 草開 俊之 河野 公一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.683-690, 2013 (Released:2014-01-10)
参考文献数
26
被引用文献数
6

目的 本研究では高齢者の介護予防に向けた健康づくりを支援するために,わが国の地域高齢者を対象とし,筋肉量,筋力および歩行速度から判定したサルコペニアと関連する要因について明らかにすることを目的とした。方法 大都市近郊に在住する65歳以上の高齢者1,074人を対象にバイオインピーダンス法を使用した筋肉量測定と握力,通常歩行速度の測定を行った。また,自記式質問紙で,属性•慢性疾患の既往と過去 1 年間の入院歴,生活習慣に関する項目,心理状況,口腔の状況および食事の状況を調査した。サルコペニアの判定には筋肉量,握力,通常歩行速度を用いた。筋肉量は測定した四肢筋肉量を身長2 で除して補正四肢筋肉量(kg/m2)として扱い,若年成人における平均値から 2 標準偏差以上低い場合を低筋肉量とした。握力と通常歩行速度については対象者の 4 分位の最下位をそれぞれ低筋力および低身体機能とした。サルコペニアの分類は低筋肉量かつ低筋力または低身体機能の者をサルコペニア,低筋肉量でも低筋力でも低身体機能でもない者を正常,そしてサルコペニアでも正常でもない者を中間と分類した。結果 男性の13.7%,女性の15.5%がサルコペニアに該当した。男性のサルコペニアではかめない者,および食品摂取の多様性がない者が有意に多いことを示した。女性のサルコペニアでは独居者,運動習慣のない者,健康度自己評価において健康でないとする者,かめない者が有意に多いことを示した。さらに,単変量解析においてサルコペニアと関連する因子を説明変数としたロジスティク回帰分析では,男性においてサルコペニアと正常との比較では年齢(オッズ比1.24:95%信頼区間1.13–1.36)および食品摂取の多様性(オッズ比3.03:95%信頼区間1.17–7.86)がサルコペニアに有意に関連した。女性ではサルコペニアと正常との比較において年齢(オッズ比1.26:95%信頼区間1.19–1.33)と咀嚼(オッズ比3.22:95%信頼区間1.65–6.29)がサルコペニアに有意に関連し,中間と正常との比較においても,中間にはこれら 2 項目が関連した。結論 地域高齢者において,サルコペニアには,男性と女性での年齢,男性での食品摂取の多様性,女性での咀嚼が関連することが明らかとなった。このことから高齢期の健康づくりにおけるサルコペニアの予防には食品摂取や咀嚼といった栄養に関する要因に注意を払う重要性が示唆された。
著者
塩川 幸子 北村 久美子 藤井 智子 上田 敏彦
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.705-714, 2013 (Released:2014-01-10)
参考文献数
26
被引用文献数
1

目的 本研究は,青年期にある広汎性発達障害を持つ本人・家族の生活面の困難さに対する保健師の支援プロセスを明らかにすることを目的とした。方法 対象は,保健師経験年数10年以上で,青年期の広汎性発達障害を持つ本人・家族の継続支援に携わる保健所保健師とした。保健師の支援事例は青年期にあり,ICD–10 の F84 広汎性発達障害と精神科医に診断された事例(疑い含む)とした。半構成的面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M–GTA)を用いて分析した。結果 対象者は女性10人で保健師経験年数10~28年であり,保健師の支援事例は10事例,年齢22~37歳であった。分析の結果,38概念と14カテゴリーが生成された。青年期の広汎性発達障害を持つ本人・家族への保健師の支援プロセスは【困っていることに沿って一緒に考える】ことから始まっていた。【信用を生み出す】なかで,【生活面の困難さと本人の持つ特徴の影響を照らし合わせる】と同時に【本人の特徴理解】,【見立ての難しさと向き合う】ことを繰り返し【ふみこむタイミングや介入の判断】を行っていた。また,保健師は【地域の中でその人らしく生活できることを目指す】という目標に向かい,【わかりやすいコミュニケーションの工夫による対話の促進】を行いながら,【本人の特徴理解】をさらに深め,アセスメントと支援を連動していた。さらに,【自己理解の促し】から【自己決定・対処行動のサポート】へとつなげ,【地域資源の活用・開発】や【困っていることに沿った連携・調整】により支援を展開するとともに,【生活しやすい地域づくり】を目指し,継続支援を行っていた。結論 保健師は,支援プロセスにおいて,広汎性発達障害を持つ人の特徴を見極め,信頼関係を重視しながら,わかりやすいコミュニケーションを工夫した生活支援や,関係者と連携して生活しやすい地域づくりを継続的に行っていた。保健師の役割として,生活面の多様な問題に対し,その人の特徴に合わせた対応策を共に考えて工夫するとともに,ライフステージに応じた本人・家族を支えるネットワークや地域全体の支援体制づくりを推進するプロセス全体を動かしていくことの必要性が示唆された。