著者
稲葉 洋平 牛山 明
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.144-152, 2020-05-29 (Released:2020-06-27)
参考文献数
27

2020年 4 月から完全施行された改正健康増進法は,望まない受動喫煙をなくすために施設の類型・場所ごとに対策を実施することで対応している.しかし,加熱式たばこは経過措置として,飲食可能な喫煙室での使用が認められている.その理由として加熱式たばこは日本で販売が開始されてから期間も短く,喫煙者の健康影響,受動喫煙に関しても科学的な根拠の蓄積が少ない状況が上げられる.この加熱式たばこは,加工されたたばこ葉を携帯型の装置で加熱することによって発生する煙(エアロゾル)を吸引するたばこ製品である.このたばこ製品は,燃焼を伴わないために紙巻たばこから発生する有害化学物質の発生量を抑制する.2014年に販売開始されたIQOSをはじめとする加熱式たばこの主流煙(エアロゾル)は,燃焼由来の有害化学物質が90%近く削減されている.しかし,低減されていない有害化学物質も存在している.特に加熱式たばこのエアロゾルの有害化学物質の数はそれほど低減されていないため,加熱式たばこを使用する限りは化学物質の複合曝露は継続されている.依存物質のニコチンは,加熱式たばこと紙巻たばこは同等の含有量が報告されており,加熱式たばこ喫煙者の禁煙は望めない.一方で,加熱式たばこ喫煙者について健康影響評価をまとめたところ,紙巻たばこから加熱式たばこへ変更することによって有害化学物質のバイオマーカー量は90%近く低減されている成分と,50%程度の削減にとどまるバイオマーカーも確認された.さらに,健康影響を指標とするバイオマーカーについては,削減されているという報告と統計的に有意差が認められないといった報告があった.これまでの研究成果から,加熱式たばこの使用によって有害化学物質の曝露量の低減は確認されているものの,健康影響の改善までは確定していない.現在,加熱式たばこに関する研究報告は,たばこ産業からの報告が多くされている.公衆衛生機関や中立的な立場の研究者から加熱式たばこの長期的な利用による健康影響に関する研究報告が積み上げていくことが急務である.
著者
成木 弘子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 = Journal of the National Institute of Public Health (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.47-55, 2016-02

超高齢社会を迎える2025年問題に対応する為に地域包括ケアシステムの構築が開始されている.地域包括ケアシステムは,英語ではCommunity-based integrated care systemsと表記され,ケアの統合を目指している.また,多職種および多機関の連携が重要であるが,統合や連携,および,システムのとらえ方は様々である.そこで本稿では,包括地域ケアシステムの構築における "連携"の課題と"統合" 促進の方策について,II.地域ケアにおけるシステムアプローチの基本,III.ケアシステムの連携と統合の概要,IV.地域包括ケアシステムを構築する為の統合(integration)の方法を整理した上で,V. 5 年後まで達成する課題をふまえながら対応方法を探求することを目的とした.その結果,「調整・協調(coordination)」レベルに統合した地域ケアシステムの構築が急務の課題であると考えられ, 5 年後にこの課題を達成する為には,(1)混乱している情報の整理と適切な情報の発信,(2)「調整・協調(coordination)」の統合レベルの地域包括ケアシステムへの推進方法の開発,(3)人材の育成が必要であると結論づけた.
著者
大平 哲也 中野 裕紀 岡崎 可奈子 林 史和 弓屋 結 坂井 晃 福島県県民健康調査グループ
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.34-41, 2018-02-01 (Released:2018-04-14)
参考文献数
20

2011年 3 月11日,東日本大震災が発生し,それに引き続き福島第一原子力発電所の放射線事故が起こった.原子力発電所周辺の多くの住民が避難を余儀なくされ,生活習慣に変化が起こってきた.そこで,各市町村で実施している健康診査、及び福島県で実施している県民健康調査のデータを用いて、震災後の避難が循環器疾患危険因子及び生活習慣病に影響する可能性を検討した。本稿では,震災前後における健康診査結果の変化及び県民健康調査の生活習慣病に関する縦断的検討の結果を概説する.震災前後において健康診査データを比較した結果,震災後,避難区域住民においては過体重・肥満の人の割合,及び高血圧,糖尿病,脂質異常,肝機能異常,心房細動,多血症有病率の上昇がみられた.さらに,震災後 1 ~ 2 年間と 3 ~ 4 年間の健診データを比較したところ,糖尿病,脂質異常についてはさらなる増加がみられた.したがって,避難区域住民,特に実際に避難した人においては心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患が震災後に起こりやすくなる可能性が考えられた.また、これらの要因としては震災後の仕事状況の変化、避難による住居の変化などによる身体活動量の低下、心理的ストレスの増加などが考えられた.今後,避難者の循環器疾患を予防するために,地域行政と地域住民が協働して肥満,高血圧,糖尿病,脂質異常の予防事業に取り組む必要がある.
著者
渡辺 哲也
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.523-531, 2017 (Released:2017-11-28)
参考文献数
19

視覚障害者の意思疎通を支援する人的支援サービスである代読・代筆,点訳・音訳サービスに関する調査,及び携帯電話・スマートフォン・タブレット・パソコンを対象としたICT機器の利用状況調査を行った.その結果をもとに,サービスや機器の利用に地域間差が見られるかどうかを調べたところ,人的支援サービスとICT機器の利用の両方において利用率については地域間差は見られなかった.しかしながら人的支援サービスについてはサービス利用上の課題に対する自由意見から,点訳・音訳サービスの依頼先が少ない地域があるという意見も少数ながら得た.ICT機器の利用については,スマートフォン・タブレットの講習会が三大都市圏に集中している点に地域間差が見られた.
著者
D Husereau M Drummond S Petrou C Carswell D Moher D Greenberg F Augustovski Ah Briggs J Mauskopf E Loder[著] 白岩 健 福田 敬 五十嵐 中 池田 俊也[翻訳]
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.641-666, 2013-12

背景:医療技術の経済評価では,報告様式(reporting)に関する課題がある.経済評価では,研究結果の精査を可能にするために,重要な情報を伝えなければならない.しかし,公表される報告は増加しているにもかかわらず,既存の報告様式ガイドラインは広く用いられていないのが現状である.そのため,既存のガイドラインを統合・更新し,使いやすい方法で,その活用を促進する必要がある.著者や編集者,査読者によるガイドラインの使用を促進し,報告様式を改善するための一つの手法がチェックリストである.目的:本タスクフォースの目的は,医療経済評価の報告様式を最適化するための推奨(recommendation)を提供することである.The Consolidated Health Economic Evaluation Reporting Standards (CHEERS)声明は既存の医療経済評価ガイドラインを現時点における一つの有用な報告様式ガイダンスに統合・更新する試みである.The CHEERS Elaboration and Explanation Report of the ISPOR Health Economic Evaluation Publication Guidelines Good Reporting Practicesタスクフォース(以下CHEERSタスクフォース)はCHEERS声明の使用を促進するため,それぞれの推奨に対する具体例や解説を提供する.CHEERS声明の主な対象は,経済評価を報告する研究者,出版のための評価を行う編集者や査読者である.方法:新たな報告様式ガイダンスの必要性は医学編集者を対象とした調査によって確認された.過去に出版された経済評価の報告様式に関するチェックリストやガイダンスは,システマティックレビューやタスクフォースメンバーの調査によって同定した.これらの作業から,候補となる項目のリストを作成した.アカデミア,臨床家,産業界,政府,編集者の代表からなるデルファイ変法パネルを2ラウンド行うことによって,報告様式に不可欠な項目の最小セットを作成した.結果:候補となる44項目の中から24項目とそれにともなう推奨が作成された.そのうち一部は単一の研究に基づく経済評価を,一部はモデルに基づく経済評価を対象としている.最終的に推奨は,6個の主要なカテゴリーに分割された.1)タイトル(title)と要約(abstract),2)序論(introduction),3)方法(methods),4)結果(results),5)考察(discussion),6)その他(others)である.推奨はCHEERS声明における24項目からなるチェックリストに含まれている.タスクフォースの報告ではそれぞれの推奨に関する解説と具体例を作成した.ISPOR CHEERS声明はValue in Health誌あるいはCHEERSタスクフォースのウェブページ(http://www.ispor.org/TaskForces/EconomicPubGuidelines.asp)から利用可能である.結論:CHEERS声明とタスクフォースによる報告様式に関するガイダンスは,一貫性があり透明性の高い報告様式と,究極的にはよりよい医療上の決定につながるだろう.本ガイドラインの普及や理解を促進するために,医療経済あるいは医学雑誌10誌でCHEERS声明を同時に出版している.そのほかの雑誌や団体にもCHEERS声明を広く伝えることを勧める.著者らのチームはチェックリストをレビューし,5年以内に更新することを計画している.
著者
鈴木 孝太
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.484-494, 2015-10

近年,胎児期および出生後早期の環境,特に栄養状態がその後の健康状態や疾病に影響するというDevelopmental Origins of Health and Disease (DOHaD)説が広く知られるようになり,胎児期や小児期の発育・発達が注目を集めている.特に,妊婦や子育て中の喫煙は,これらの発育・発達に影響を及ぼすことが示唆されており,国際的にも重要な公衆衛生学的問題の一つである.そのため,まず,日本人を対象とした科学的なエビデンスを蓄積していくことが重要である.そのような状況で,わが国における若い女性の喫煙率は,2000年前後をピークに低下に転じており,妊婦や母親の喫煙率についても同様の傾向が示唆されている.一方で,日本における若い女性,特に妊婦や子育て中の母親の喫煙が,母親本人や胎児,また出生児の健康に与える影響についての検討は,出生体重や一部の妊娠合併症,さらに出生児の発育やアレルギー疾患などについて行われているものの,対象となるアウトカムが限られていること,また,研究デザインや対象者,さらには検討を行っている地域にも限界があり,まだまだ十分とは言えない状況である.今後,厚生労働省が実施している21世紀出生児縦断調査や,環境省が実施しているエコチル調査など,全国データによる幅広いアウトカムの検討を進めていくとともに,各地域でも既存のデータを活用し,地域住民に還元できるエビデンスを蓄積してくことが重要であろう.
著者
堀口 逸子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.150-156, 2013-04

本研究では,筆者が関わった福島原子力発電所事故対応としてのリスクコミュニケーション事例を整理すること,また,今後のリスクコミュニケーションにおいて提供される情報の内容を明らかにし,そのための媒体を開発することの3つを報告する.事例は,福島県内で開催された住民対象説明会及び栃木県が開催した有識者会議である.提供されるべき情報の内容を明らかにするために,全国の食品衛生監視員31名を対象としてデルファイ法による質問紙調査を実施した.媒体開発は,ゲーミングシミュレーションを利用した.事例は,公開されている資料を用い,調査は同意が得られた者のみを対象とした.食品に含まれる放射性物質に関して消費者が学ぶべき内容は,第1位「ゼロリスクは不可能であること」(84点),第2位「放射性物質とそれ以外のリスク(喫煙や過度の飲酒など)」(70点)であった.媒体は,「カルテット」(カードゲーム)を採用し,「日常生活」「放射性物質」「測定」等の内容となった.事例では,住民からの質問は,リスクの個人選択に関することが少なくなく,ホームページなどで回答が見つからないことが多いことが考えられた.これは,質問紙調査結果で抽出されたように,国民個々人が様々なリスクに対する考え方を身に付けていかなければ解決が困難であるように考えられた.リスクに関して,専門家のヒューマンパワー不足等から,自治体職員による情報提供はやむを得ず,そのためリスクコミュニケーショントレーニングは欠かせない.カードゲームは,今後評価をし,情報の受け手に配慮した内容に改訂していかなければならない.
著者
塩野 徳史
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.110-118, 2023-05-31 (Released:2023-06-16)
参考文献数
13

新型コロナウイルス感染症が全国に広まり,HIV検査機会が奪われたと言われている.同時にゲイコミュニティの中でも一時的に商業施設が休業や閉店が相次ぎ,クラブイベントも中止となった.そして三密を避ける等行動の自粛ムードは高まり,街が閑散となった時期もあった.それでも,保健所の業務逼迫により検査機会が中止となった時期は短く,予約制に移行した機関もあるが,現状ではほぼコロナ禍以前の状況に回復しつつある.しかし検査件数が伸び悩んでいる背景には,当事者の自粛意識や検査プロモーションの減少も一因であると考える.ゲイコミュニティの当事者にとって検査を受けたくても受けられない状況が続き,全国 6 ヶ所に設置されたコミュニティセンターとMSMを対象に予防啓発活動を継続している10NGOは,市販されている郵送検査キットを活用し対面やインターネットの広報により,検査機会の提供を行った.また 1 府4県では民間医療機関と協働し検査機会の提供を持続した.いずれの検査機会も実際の利用者実数はMSM全体からみれば少ないが,検査ニーズの高い層に届いている.郵送検査は全国では初めての取り組みとなったが,郵送検査会社と各地の当事者NGOが連携を図り,検査結果後のフォローアップもより良いものとなった.コロナ禍の中でも,MSM・ゲイコミュニティの調査結果よりPrEP利用は増加しており,安心して利用できる環境の整備や定期検査の潜在的なニーズは高まっている.また,コロナ禍以前よりコンドーム使用行動は低下しており,セーファーセックスに関する規範の担い手の意識が変容していることが懸念される.そのため,複合的に予防啓発を展開していく必要があり,これを持続的な活動とするには,コミュニティセンターやコミュニティで働く当事者ヘルスワーカーを育て,支える仕組みが必要である.
著者
奥井 佑
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.92-105, 2022-02-28 (Released:2022-04-05)
参考文献数
38

目的:本研究では人口動態統計を用いて,2000年から2015年までの配偶状況別での死亡率の変化を分析する.方法:2000年から2015年までの 5 年ごとの人口動態統計及び国勢調査データを用いた.死亡データとして,全死因,結核,がん,糖尿病,心疾患,脳血管疾患,肺炎,肝疾患,腎不全,老衰,不慮の事故,自殺を用い,がんについては,全がん,胃がん,大腸がん,肝がん,胆のう及び肝外胆管がん,膵臓がん,肺がん,乳がんのデータを用いた.配偶状況として,有配偶,未婚,死別,離別の 4 区分について検討した.配偶状況別での年齢調整死亡率と,有配偶者に対するその他の各配偶状況の年齢調整死亡率比を死因別で算出した.結果:ほとんどの死因において,有配偶者の年齢調整死亡率は他の配偶状況よりも年や性別によらず低かった.一方で,対象期間での全死亡に関する年齢調整死亡率の減少度合いは配偶状況により異なり,未婚者で最も大きかった.他方で,離別者の年齢調整死亡率が7値について,男性では結核で最も率比の値が大きくなり,女性では老衰で最も率比が高かった.男女ともがんでは他の死因と比較して値が小さい傾向であった.結論:2000年から2015年の間において,未婚者と有配偶者の死亡率の格差は減少し,2015年時点では離別者において疾患の予防や治療が特に必要であることが示唆された.
著者
戸次 加奈江 山口 一郎
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.72, no.3, pp.186-190, 2023-08-31 (Released:2023-09-21)
参考文献数
10

利便性の高い豊かな生活へとライフスタイルが変化し続ける中,生活用品や住環境において,未規制の化合物の利用が増加していることや,原子力発電所の事故による放射性物質の環境への放出,5Gシステムの普及など電波による健康リスク,細菌やウイルスによる食中毒事故の発生など,我々は多くのハザードと隣り合わせにありながら日々生活している状況にある.また近年,有害性の高い既知物質の使用が禁止または規制を受ける一方で,大気汚染や異常気象に絡んだ自然災害,新型コロナウイルス感染症など,これまで想定されていなかった多様なリスクが身の回りに存在している.このようなリスク因子の主な疾病への寄与は,世界保健機関によりDALY(障害調整生存年数)を指標に示されており,さらに疾病予防の指標となる環境リスクが提示されているが,これらに対し,我が国ではレギュラトリーサイエンスの理念のもと,環境調査による科学的知見に基づくリスク評価や,人を対象とした環境疫学調査,さらに規制・施策の実施による安全管理の取組がより一層必要とされているところである.さらに,世の中の環境リスクは,産業や工業活動などの人為由来のものから,地震や火山の噴火などの自然災害,さらには,越境汚染や海洋汚染などによる国境をまたいだ問題に至るまで,時代と共に,複雑かつ不確実性を持ち合わせた対応困難な問題も次々と浮上している.そのため,日本は,これまでの自然災害への対応などの経験と共に,先進国として国際的な共通認識の中で,環境リスク低減に向けた対策に貢献していく必要があり,将来的な課題解決に対応していく上では,化学,物理学,生物学,医学など自然科学だけでなく社会科学も含めた分野横断的な研究の推進と,産学官の専門家による連携がますます必要になるであろう.
著者
森川 美絵 中村 裕美 森山 葉子 白岩 健
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.313-321, 2018-08-31 (Released:2018-10-26)
参考文献数
21

目的:日本では,利用者視点やケアの社会的側面を考慮したアウトカムの把握・測定尺度の開発と,それをケアシステムやケア事業の運営につなげていくことが大きな課題である.本稿では,著者らが本邦初の試みとして取り組んでいる社会的ケア関連QOL尺度the Adult Social Care Outcomes Toolkitの利用者向け自記式 4 件法(ASCOT SCT4)の日本語版開発に関して,特に,設問項目の日本語翻訳の言語的妥当性の検討に焦点をあて,その概要を報告する.方法:翻訳プロセスは「健康関連尺度の選択に関する合意に基づく指針」(COSMIN)に依拠し,順翻訳・逆翻訳・精査と暫定日本語版の作成,事前テスト,事前テスト結果および臨床的観点をふまえた修正と最終承認,の3段階で実施した.実施期間は2016年 7 月〜2017年12月である.事前テストでは,第一段階で生成された暫定日本語翻訳版について,2地域の潜在的利用者を対象とした認知的デブリーフィングを実施した.認知的デブリーフィングは,設問項目の意味の理解や文化的な許容を確認するための構造化されたインタビュープロセスである.結果:事前テストの結果,尺度を構成する 8 領域のうち「日常生活のコントロール」領域および「尊厳」領域の 3 つの設問項目で,暫定翻訳語への違和感や設問文の言い換え困難が報告された.事前テスト結果をふまえた原版開発者・日本の研究チーム・翻訳会社の 3 者による修正案の検討,さらに臨床的観点からのより簡潔で日常用語に近い表現にむけた微修正を経て,最終的な日本語翻訳版が承認された.結論:社会的ケア関連QOL尺度であるASCOT SCT4について,翻訳手続きの国際的指針に適合し,原版開発者から承認を受けた日本語翻訳版を世界で初めて作成した.翻訳の言語的妥当性を確保する上で,潜在的利用者から直接的なフィードバックを得ることの重要性が確認された.「日常生活のコントロール」「尊厳」領域の設問項目の翻訳には,翻訳先言語での日常会話における通常用語に照らした,注意深い検討が必要となることが示唆された.今後は,尺度の妥当性の統計的検討や,ケアのシステムや実践のアウトカム評価におけるASCOT日本語翻訳版の応用手法の検討を進める必要がある.
著者
小山 靖人
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.129-139, 2022-05-16 (Released:2022-05-20)
参考文献数
10

2021年 4 月に改正されたGMP省令では,医薬品品質システム(PQS)に関する規定が新たに加えられた.品質システムはISO9001が提示する考え方であり,製品そのものの品質だけでは品質を保証したことにはならず,その製造が品質システムに基づいて実施されたということが品質保証の考え方の要点なのである.このISO9001の考え方を医薬品の開発から製品の終結まで,すなわちライフサイクルに特化したものが医薬品品質システムのガイドライン(ICH Q10)である.グローバルのGMPであるPIC/S-GMPはQ10の考え方を取り込んでおり,今般のGMP省令の改正の骨子はこのPIC/S-GMPとQ10の考え方にある.従って,GMP省令におけるPQS規定は医薬品の品質保証の核心であるといえる.GMP省令ではPQSは第 3 条の 3 に規定されており,その考え方をISO9001とQ10に即してまとめると次のとおりである.まず,省令における製造業者等という文言はQ10及びPIC/S-GMPにおける上級経営陣に相当する.上級経営陣並びに経営陣には医薬品の品質確保のための積極的な関与が求められており,昨今の製薬企業の品質に関わる不祥事で特に上級経営陣の責任が厳しく問われていることは周知のとおりである.次に,上級経営陣は品質方針を確立しなければならない.品質方針は従業員をはじめ社内外に周知徹底する必要がある.品質方針を達成するために,品質目標を規定し,経営陣が資源と訓練を提供し,品質目標に対して達成度を数値化した業績評価指標(PI)を確立して運用することが求められる.複数のPIはQuality Metricsとして統合され,製造所のPQSの実効性の評価の指標となる.その評価は最終的に上級経営陣によって評価される.これがマネジメントレビューであり,その目的は,過去を振り返り,品質課題を抽出し,後の改善につなげてゆくことにある.PQSでは,品質方針の確立からGMP活動を経て,その評価,マネジメントレビューに至る一連の作業をPDCAサイクルとして理解することが重要であり,このサイクルを回すことによって継続的改善が達成される.こうした製造所におけるPQSのあり方の概要を示す文書が品質マニュアルである.PQSがGMP省令に規定されたことによって,わが国の品質保証の体制は新たな段階に入ったといえる.より一層の医薬品品質保証の確立に向けて,今後の製薬企業の対応が期待される.
著者
橋爪 真弘
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.5, pp.403-411, 2020-12-25 (Released:2021-01-23)
参考文献数
43

地球温暖化は着実に進行しており,効果的な温室効果ガス排出抑制策を行わない場合,産業革命前と比べて今世紀末における気温上昇が4.3℃前後になると予測されている.地球温暖化は,平均気温の上昇だけではなく,熱波や大雨などの極端現象の増加や台風の強度にも影響すると考えられ,様々な健康影響が想定されている.環境省・気候変動影響評価報告書「健康分野」で取り上げられた「冬季温暖化」「暑熱」「感染症」「その他」の各項目について要点をまとめ,適応策について解説した.我が国では,気候変動に伴う健康リスクとして,熱ストレスによる死亡および熱中症発症リスクが特に大きく,適応策を講じる緊急性が高いと考えられる.今世紀半ばおよび今世紀末の暑熱による超過死亡数は,適切な適応策を行わなかった場合,温室効果ガス排出シナリオによらず,すべての県において 2 倍以上となると推定されている.またデング熱をはじめとする節足動物媒介性感染症の国内流行リスクが特に高まり,適応策を講じる緊急性が高いと考えられるほか,水系・食品媒介性感染症の発生に対しても影響があると考えられている.2018年(平成30年)気候変動適応法が制定され,今後気候変動による被害を回避,軽減するための適応策を社会全体で進めていくことが求められている.将来の健康影響シナリオを想定し,現状の保健医療体制で医療ニーズが充足され,健康水準を保持できるのか,不足しているリソースがないか,必要な施策は何かを地域レベルで積極的に特定していくことが必要である.また緩和策と健康増進を同時に進めるコベネフィットを追求していくことも推奨される.適応策の推進にあたっては,常にヒトの健康は優先的に考慮されるべきである.
著者
筧 淳夫
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.215-221, 2009-09

本研究は新型インフルエンザが海外で発生した際に,水際対策の一環として濃厚接触者を対象としてホテルでの停留を行うために求められる「常識的かつ必要な」基本的空調設備の条件と,停留施設として活用する際の運営上の課題をとりまとめることを目的として実施した.そして本研究の成果物として「停留施設の空調設備リスクチェックリスト」を作成したのでここに報告する.研究の過程においては成田国際空港,中部国際空港,関西国際空港の周辺のホテルで調査を実施してまずホテルの空調システムの現状を把握した.その後に施設内での感染リスクを軽減するための空調システムの評価方法と管理手法を検討してそのまとめとしてチェックリストを作成した.最後に作成したチェックリストを利用して再度ホテルにおける調査を行い,ホテルを停留施設に転用する際の評価手法としてのチェックリストの有効性を確認した.
著者
山岸 拓也
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.433-434, 2010-12

目的 近年環状切除に性感染症の予防効果があるという研究がなれているが,日本ではこの分野の研究が乏しい.日本で研究をするに当たり,診察に代わり得る質問紙があれば有用であると思われ,男性性器の状態を問う質問紙の妥当性を評価した.方法 対象は18歳以上の成人男性とする.男性性器の状態を記した質問紙を神奈川県の2クリニックで診療前に配布し,その後実際に医師が診察を行い,その結果を同質問紙に記載してもらった.解析はkappa統計と%agreementを用いた.結果 合計166枚が配布され,回収率100%であった.対象者の年齢は範囲が18〜89歳で中央値が40歳であり,クリニック間で年齢の平均に有意な差を認めなかった(p=0.10).初診時の診断は両クリニックとも尿路性器の疾患を持つ患者が多かった.環状切除に関しては患者の申告と医師の診察はすべて一致していた.ペニスの状態は5段階で評価するとkappa係数は0.66(%agreement0.75),包皮なし,仮性包茎,真性包茎という3段階に直して評価するとkappa係数は0.89(%agreement0.94),また包皮なし,包皮ありという2択に直して評価するとkappa係数は0.88(%agreement0.94),感度90%,特異度98%であった.結論 ペニスの状態と環状切除の有無を問う本質問紙は妥当である.
著者
津久井 進
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.103-110, 2019

<p>被災者は,生命,健康,財産など人生全体に及ぶ広範な人権が毀損される.法制度が社会インフラである以上,人権擁護の担い手である法律家にとって被災者支援は本質的な使命である.</p><p>被災時の法律相談の機能として,1精神的支援機能,2情報提供機能,3紛争予防機能,4パニック防止機能,5立法事実収集機能がある.全体・長期的視野に立つと5が重要である.日本の災害法制は,既往の災害に場当たり的に立法した"つぎはぎ"の集大成でいびつだ.新たな災害で浮き彫りになった現場の課題を,法律相談を通じて収集・整理し,「立法事実」に組成して法制度の創設・改善に結びつけることが肝要である(立法のPDCAサイクル).その際,現場目線や様々な分野の専門的知見が欠かせない.法律家は,医療,保健,福祉,経済,文化,学術,市民活動等との連携を図らなければならない.「災害ケースマネジメント」はその実践例である.</p><p>特に,災害直後に適用される基本的法制である「災害救助法」には問題が多い.立法事実の収集や立法PDCAがうまく働かず,1制度運用が古すぎ,生命最優先・被災者中心になっていない点,2ノウハウやスキルが低水準で推移している点,3住まいの仕組みが不合理である点は見直しが必要である.平時から多分野で問題意識を共有する必要がある.平時において,法制度を学び,実践により不備を抽出し,異分野の専門職能と連携しながら,それを改善する営為こそ「備え」である.</p><p>事業活動継続の策定に,法律家の果たす役割は大きい.企業等の団体が存続するためには,1企業自身の身を守ることが重要とされるが,2地域社会も含めた顧客,取引先等のステークホルダーの維持,3従業員の保護・安全確保はBCPの必須事項である.BCP策定は企業の法的責任であり役員の法的義務である.とりわけ従業員をはじめとする構成員等に対する安全配慮義務は要注意.その不備は発災後の災害リスクにとどまらず,その後の訴訟リスクにも発展する.東日本大震災では多くの訴訟が提起され,賠償責任が肯定された日和山幼稚園事件等と,否定された七十七銀行事件等があるが,危機時における安全配慮義務が重視されている点で共通する.さらに大川小学校事件(高裁判決)では,災害前から適切な防災計画を策定する組織的な責任が認定され,災害対策は新たなステージに突入した.</p>
著者
佐藤 洋子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.502-511, 2017 (Released:2017-11-28)
参考文献数
102

目的:障害者総合支援法の理念となる障害者基本計画では障害者の意思表示やコミュニケーションを支援し情報アクセシビリティを向上することが示されている.コミュニケーションに障害をもつ人が,その人の残存能力に応じて意思を伝える方法をAAC(Augmentative and Alternative Communication;拡大代替コミュニケーション)といい,情報アクセシビリティが整備された環境づくりを進めるために障害種別ごとのAAC手法の体系的な分類が求められている.本稿では学術論文を中心に障害種別ごとに求められる支援手法に関する文献レビューを報告する.方法:学術論文の検索は国内医学文献データベース医中誌ウェブ等を用い,AAC関連検索語による検索式を用いて検索した.得られた文献からタイトル・要約・本文内容に基づき適切な文献を選択し,対象障害ごとのAACを抽出した.対象障害は視覚障害,聴覚障害,盲ろう,発達障害(自閉症を含む),知的障害,高次脳機能障害(失語症),ALSなど総合支援法の対象となっている難病,その他とした.結果:最終的に98件の文献が得られた.視覚障害( 7 件,7.1%)では視覚機能の補強,聴覚情報および触覚情報への変換という観点から,聴覚障害( 7 件,7.1%)では聴覚機能の補強,視覚情報および触覚情報への変換という観点からAACを分類した.発達障害(10件,10.2%),知的障害( 7 件,7.1%),高次脳機能障害(11件,11.2%)についてはそれぞれにおける意思疎通の困難さの特徴に応じ,視覚情報や聴覚情報への変換,およびそれらの併用という観点で分類した.重度身体障害を引き起こす難病(46件,46.9%)におけるAACでは運動機能の補強という観点,および症状の進行に応じた分類を行った.考察:障害種別ごとに必要とされるAAC分類を行ったところ,障害種別を超えたAACの応用の可能性が明らかとなった.本来,AACは障害の名称によって分類されるものではなく,意思疎通が困難な原因やその程度に合わせて提供されることが望ましく,情報アクセシビリティの向上や環境づくりを目指すうえでは,今後はこのような観点からAACアプローチに関する研究が進むことが期待される.
著者
標葉 隆馬 田中 幹人
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.103-114, 2018-02-01 (Released:2018-04-14)
参考文献数
77

東日本大震災は直接的な人的被害のみならず,大きな社会的被害と混乱をもたらした.この東日本大震災を巡る社会的課題の一端について考察するために,本稿では日本の科学コミュニケーションが持つ構造的問題とその歴史的経緯について検討を行う.(特に再生医療分野のリスクコミュニケーションに関する)最近の研究において,科学的コンテンツは重要であるものの,それ以上に潜在的なリスク,事故の際の対応スキーム,責任の所在などへの関心事がより一般の人々の中で優先的であることが見出されている.このことは「信頼」の醸成において,責任体制も含めた事故後の対応スキームの共有が重要であることを含意している.また,コミュニケーションの実践においても利害関係や責任の所在の明示が重要であることを指摘する.同時に,東日本大震災を巡るメディア動向とその含意についても,最近までの研究成果を踏まえながら考察を加える.東日本大震災において,とりわけ全国メディアとソーシャルメディアにおいて福島第一原子力発電所事故がメディア上の関心の中心事となり,東北地方の被災地における地震・津波に関する話題が相対的に背景化したこと,一方で被災現地のメディアでは異なるメディア関心が見出されてきたことを指摘する.
著者
木村 映善
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.179-190, 2018-05-31 (Released:2018-06-30)
参考文献数
24

悉皆的に収集されたReal World Data(RWD)を用いた観察研究からエビデンスを導出できるような取り組みが求められている.データベース設計に関する課題として,標準情報モデルへの統合,統制用語へのマッピング,各施設の測定結果などの組織間較正,患者個体の識別・追跡性の確保およびデータソースを巡るバイアスについて提示した.これらの課題を踏まえて,RWDからのETL手法の標準化,標準化されたデータベース構造の定義,コホートを適切に定義する方法論,RWDデータの素性の特定と品質改善,そしてRWDを収集する対象と時系列上の網羅性の確保が,医療ビッグデータ時代に課せられた優先度の高い研究テーマであることを提示した.標準化されたデータベースとコホートを適切に定義する方法論について焦点をあて,先行研究としてeMERGEプロジェクトにおけるPheKBというフェノタイピング手法を公開するリポジトリと,OHDSIプロジェクトにおけるOMOP CDMによるデータベースの構造の標準化と標準統制用語集の取り組みについて紹介した.今後の我が国における取り組みの一案として,国内事情を踏まえたDWHの取り組みと国内外のCDMと統制用語集のマッピングの取り組みとの間に責任分界点を設定したプロジェクトを立ち上げることを提案する.
著者
渡辺 哲也
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.523-531, 2017

<p>視覚障害者の意思疎通を支援する人的支援サービスである代読・代筆,点訳・音訳サービスに関する調査,及び携帯電話・スマートフォン・タブレット・パソコンを対象としたICT機器の利用状況調査を行った.その結果をもとに,サービスや機器の利用に地域間差が見られるかどうかを調べたところ,人的支援サービスとICT機器の利用の両方において利用率については地域間差は見られなかった.しかしながら人的支援サービスについてはサービス利用上の課題に対する自由意見から,点訳・音訳サービスの依頼先が少ない地域があるという意見も少数ながら得た.ICT機器の利用については,スマートフォン・タブレットの講習会が三大都市圏に集中している点に地域間差が見られた.</p>