著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.39-78, 1995-04-25

今回のサーベイは. 1991年を境にして,それまでの成長イソフレ期から成熟デフレ期に移った日本経済,そして世界の物価の2倍以上にもなる高物価に浸っている日本経済,のもとで行われた。成熟デフレ経済,内外価格差2倍という経験は,未だ日本人が経験しないものであり,企業経営者は,いま必死になってサーバイバルの方向を探っている。この必死の努力をより明確にするため,今回は特に,成長インフレ期にインタビューを行い,しかもそのときの社長がそのまま経営者の地位についている企業や,長期の不況でやや苦しくなっている企業を選んでインタビューを行った。長期不況期における経営者の考え方,行動を立体的にとらえるためである。この時点で共通している問題は,中間管理者の人件費増と,海外進出によるグローバルな相互依存関係の強化である。<食品・サービス関係>「石井食品」;内外価格差が拡大し,豚肉より安い牛肉があらわれ,従来の生産技術を変えなければならなくなった。単身世帯がふえたため,食品はつくったときより食べるときおいしいのがいい。人事評価としては,このような変化に対応できる人を高く評価する。「すかいら-く」;自分で努力していることに満足しているうちに,いつの間にか競争店と比べて価格が高くなってしまった。既存店の半数を「ガスト」に転換するのは相当不安であったが,品数の絞り込みによる技術生産性向上で好決算になった。お客の満足という条件の下で業績の向上をはかれる店長を高く評価する。「モスフードサービス」;会長自身の「人を仕合せにしたい」という思い入れが少くなったため,安易な出店がなされアメリカ進出は失敗した。円高で仕入価格が相対的に割高になる場合がおきても,そのまますぐ取引を中止することはない。いろいろアドバイスをする。日本人と中国人の考えの違いから中国へは試行錯誤で少しずつ進出する。信頼できる人が現れるまで待つ。ものごとの存在意義を理解し,すぐ行動する,挑戦意欲の高い人を評価する。<アパレル関係>「吉野藤」;問題点は,円高によって,品質のよい輸入品の単価が急落し,売上減になったこと。これに対処するためには,人件費の削減と納期短縮とがある。これからのアパレルは品質より納期が大切。個人で顧客をもっている呉服関係の人間は自分で判断して稼げ。課長には30歳までに,部長には50歳までになれなければ給料を下げる。「いなきや」;商品単価,客数,客1人あたり購買数の減少によって,3年連続の減収・減益。右上りの経済がなくなったので店舗数拡大による売上増は不可能。価格破壊はステープルグッズよりファッショングッズで大きい。小売よりメーカーのほうに情報がある。安易な賃金,人員カットは行わない。ただ複線型賃金体系の導入は考えている。「小杉産業」;3年連続の円高・デフレのため海外進出せざるをえない。空洞化に対して,形態安定技術などの技術革新,シーズン中に追加注文できるクィック・レスポンス・システムの構築が必要。安定したブランドでは,昨年売れたものの7割は今年も売れるし,ブランドごと色調,トーンは安定しているから,売れ筋の予測は大体できる。「しまむら」;買取り仕入れが不可欠。価格破壊という言葉は意味がない。国際相場が正しい価格である。全国展開する場合の品揃えには2つの考え方がある。その地域の需要の全部をとるつもりなら地域性を考えた品揃えが必要であるが,柱だけとるなら地域性は考えなくていい。現在はテレビの影響で東京発のファッションがすべて正しい。パートから上った中年女性は非常に優秀であり,これを店長にしている。<機械・電機関係>「マツダ」;部品メーカーは,前回の円高の時はコスト削減で切り抜けたが,今回は海外進出・グローバル化せざるをえなくなった。自動車メーカーにとっては,これら海外進出した部品メーカーからの調達はそのままコスト削減になる。また多くの車種に共通した部品や,新しい車種にそのまま使える部品を使うことによって,品質が良くて安い部品を調達できる。「TDK」;最大の問題は,3年連続の減収・減益の中での余剰人員。右上りの成長がとまれば主流からはずれる人は多くなる。この人達にどうやって意欲をもたせるかが問題。本社は20人くらいで十分。少数にすれば精鋭になる。中国人は商売の人,日本人は製造の人で肌が合わない。これからは進出先がダメなら屋台ごと設備を他国へ移してしまう"屋台製造業"でいい。「リコー」;現在のマクロ問題は,日本人が誰も経験したことのなかった成熟デフレ時代になったこと,日本のあらゆるものの価格が世界のそれの2倍になったことである。いま規制緩和・輸入拡大が言われているが,そのうちに輸出するものがなくなってしまう。日本は高度工業化社会にならなければならない。中間管理者の余剰人員は,企業グループ内にたえず受け皿をつくり,いつでも出向,出向戻しができるようにする。<金融関係>「秋田銀行」;問題点は,県内人口の減少,県民所得水準の低さ,県内金融機関同士の競争激化。堅実経営に徹し,新金融商品や,中国・ソ連への進出はやっていない。支店長の評価はその人材育成によってみる。部下にジョブローテイションを行い,その後研修センターに出席させ,その能力開発度によって,その上司の育成能力を評価する。「大垣共立銀行」;顧客の信頼をうることが最大の問題。銀行との取引を自慢し,次の子供の代の経営まで頼んでくる顧客がいい。そういう信頼関係から必要な情報が生れてくる。祖父の代から地銀頭取の家であり,地域に密着した地銀の体質が身についている。エブリディバンキングを日本ではじめて行った。ただ地域に密着しただけでは偏るので外部役員の導入が必要。
著者
赤川 元章
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.157-180, 2007-06

本稿は中国において活動したドイツ海外銀行,ドイツ・アジア銀行の発展を創業時の1889年から1913年に限定してその事業活動の側面について取り上げる。 まず,ロンドン金融市場と結合したドイツ・中国間の貿易金融システムを前提とし,銀本位制下の未発達な特殊な商業機構に根ざした中国の輸出入業務と銀行の貿易金融業務・外国為替業務・貸付業務との関連を考察する。次に,中国地域において行われた本支店5 営業店の銀行券発行業務を対象とし,その実態について固有の諸規定とそれらの特徴,および具体的な展開,さらに辛亥革命などによる影響などを分析する。また,国際銀行業の重要な収益源でもあった有価証券業務および借款業務を検討する。この業務はドイツ銀行界全体のシンジケートとして組織されたものであり,その主幹事として活動したドイツ・アジア銀行の保有証券および借款の内容を明らかにする。最後に,ドイツ・アジア銀行の主要資産5 項目,総資産利益率と配当率の推移を時系列的に追究し,同行の発展プロセスを数的に分析・確認する。商学部創立50周年記念 = Commemorating the fiftieth anniversary of the faculty論文
著者
西﨑 賢治
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.135-161, 2018-04

習近平政権は, 反腐敗運動を展開し, 多数の政府要人が逮捕される事態となっている。彼らの多くが経済犯罪の嫌疑で摘発され, それらの資金の源泉には国有企業も含まれる。故に, 反腐敗運動の動きに対して, 国有企業の監査・監督主体である審計署監査の動きに変化があるか, 国有資産監督管理委員会と会計師事務所の動向と併せて検討した。その結果は, 国有企業の監査・監督について, 次第に強化され厳格化されているものの, 習政権で急展開したわけではなく, 胡錦濤政権末期からの動きが連続して現在に至っていることが確認された。国有企業の監査・監督の観点からは, 習政権は, 胡錦濤政権の方針を活かして動いているものと判断される。今後, 2期目を迎える習政権であるが, 当路線を継続するか, 新機軸を打ち出すかは, ここ最近の動向を注視する必要があるだろう。黒川行治教授退任記念号#論文挿表
著者
鈴木 諒一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.1-28, 1970-10
著者
金 恵真
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.71-79, 1996-10

本稿は,組織が挙げている価値と個人が持っている価値との一致という組織行動論の観点から組織文化をとりあげ,組織文化と人的資源管理施策が従業員の職務態度に及ぼす影響を実証したものである。製造業4社から181名の従業員を対象にした質問紙調査を実施した結果,組織と個人との価値一致は組織コミットメントと転職意志に対して有意な効果を持つことが見出された。さらに,進歩的人的資源管理施策は組織コミットメントと,伝統的人的資源管理施策は転職意志と有意な関係を持つことが説明された。よって,組織独特の価値や規範と,組織メンバー
著者
赤川 元章
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.19-41, 2008-04

ドイツの中国近代化への嚆矢は,清朝政府によって北京天文台長官に任命されたシャル・フォン・ベルによるヨーロッパ暦導入の17世紀中期にさかのぼる。だが,ドイツ・中国間の経済関係が本格的に開始されたのは19世紀の中期以降であり,ハンブルクやブレーメンの商人が広東を出発点とし,やがて上海・香港・漢口・天津・青島など交通要所と沿海部の大商業都市に営業基盤を築いて活動した。 中国を中心とするアジアへのドイツの経済進出はまたドイツ帝国主義の対外政策の中に位置づけられて展開された。本稿は,この経緯を実証的に確認する作業から始め,次に銀本位制下の中国経済社会の未発達な金融・商業機構,その中で「外国資本の活動を補助する土着中間商人」としての買弁および伝統的な金融業者,銭荘について考察する。いわば,国際銀行が活動する歴史的・社会的背景について解明するのである。 そのうえで,1875年,ドイツ銀行の東アジアからの撤退以降,次第に増大するドイツと東アジア間での商業取引と同地域における信用供与の必要性から,ドイツ政府は「海外ライヒスバンク」の設立を発案する。この構想は挫折したが,1889年,ディスコント- ゲゼルシャフトが幹事銀行となり,紆余曲折を経てドイツ主要銀行の大半の参加によってドイツ・アジア銀行が設立された。この設立のプロセスについて最近の研究成果を踏まえて追究する。論文
著者
渡部 直樹
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.143-170, 2000-04

ゲーム理論は,行為者にとっての状況を理念的に再構成することで,行為者の選択を説明するものである。近年の進化論的ゲーム理論の誕生以来,協調的な制度や規則の説明がより容易になってきた。協調的な関係を分析する場合,以前より注目されていた問題は,囚人のジレンマ・ゲーム状況で,外的な拘束力なしで協調関係が出現し,維持できるかということであった。多くの研究者がこの問題に取り組んだが,その中で最も高い評価を受けたのが,アクセルロッドの研究であった。彼はESSに近似した集団安定性という観点から,常にフリー・ライディングが存在する問題状況でも,「シッペ返し」という協調的な規則が自生的に集団安定(ESS)になると主張した。しかし当稿では「シッペ返し」も少数では,「全面裏切」が支配する集団には侵入が困難であると明確にされた。一方,タカ-ハト・ゲーム(チキン・ゲーム)は,フリーライディングのインセンティブの下でも協調関係が可能な問題状況である。この状況下で協調的な慣習・規則が,自生的に出現できることを示したのが,サグデンの「自生的秩序」の議論である。この議論はナッシュ解が協調的な規則によって実現可能になるというもので,わが国企業をめぐる協調的関係,つまりカシカリ関係や系列生産を説明する上でも有効なものである。
著者
黒川 行治 高橋 正子 渡瀬 一紀
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.87-107, 1998-06

企業の決算行動を説明する要因を明らかにする研究の一環として,アンケート調査を実施した。企業の決算行動は,(1)企業・経営者の状況・属性,(2)アカウンティング・ポリシー,(3)重要性,(4)財務政策・財務上の要請の四つの分類に属する各種の要因によって説明できるのではないかという仮説を立てている。今回,これらの要因から50の質問事項を選択し,各社の経理部長宛に質問用紙を郵送し,回答結果を返送してもらう方法で1997年8月に調査を実施した。アンケート配布対象企業は,わが国における1997年6月6日現在の株式公
著者
友岡 賛
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.13-28, 2019-04

昭和期の日本はそこにわれわれは近代会計制度の成立をみることができるのか。この問い掛けを軸に昭和の日本会計史をもって辿る。論文
著者
伊藤 眞
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.13-37, 2017-10

大庄過労死事件の判決における高裁の判断を争点ごとに要約したうえで, 対応するワタミと電通の想定される争点および法的判断について検討する。死亡前の実際の時間外労働時間は3件とも過労死認定基準を超えており, 長時間に及ぶ時間外労働と過労死との因果関係が認められ労災認定された。過労死の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」は専門検討会報告を基礎として定められ, 時間外労働が発症前1ヶ月間に100時間を超える場合, または発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たり80時間を超える場合, 業務と心臓疾患の発症との関連性が強いと判断されている。この認定基準を, 大庄事件において経験則として重視することに何らの問題もない, と大阪高裁は判断した。ワタミおよび電通の過労死に関しては「心理的負荷による精神障害の認定基準」が適用されるが, 同様に専門検討会報告を基礎として定められ, 経験則として重視することに何らの問題もないと解される。大庄では, 三六協定で定めた1ヶ月45時間を超える時間外労働が常態化し100時間超も少なくなかった。ワタミ久里浜店で美菜さんの141時間の時間外労働は三六協定の時間を遙かに超え, 電通でも12月の三六協定適用以前から深夜残業・休日残業が常態化し, その限度基準を超えていた。大庄事件判決で, 労災規定の脳・心臓疾患の認定基準につき「①現行基準発出以前から過重労働と心臓疾患との関係を一般社会が認識。②著名な訴訟事件につき過重労働と心臓疾患との関係を認める判例も積み重ねられている。③これら事件は一般にも報道されてきていた。④これらを踏まえ専門検討会報告に基づき厚生労働省により定められた現行認定基準が発出。⑤この発出から事故発生までに5 年以上が経過, 大庄にとっても十分認識可能な状況であった」と判断された。それゆえ, 大庄は労災認定基準をも考慮に入れ, 社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されており, 長時間労働による災害から労働者を守るための適切な措置をとらないことによって災害が発生すれば, 安全配慮義務に違反したと評価されることは当然とされた。ワタミの過労死についても, 脳・心臓疾患および心理的負荷による精神障害等に関する現行認定基準を考慮に入れて, 社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されているから, 「安全配慮義務に違反したと評価されることは当然である」という結論はそのまま当てはまる。電通の過労死についても, 1991年に入社2年目の男性社員が過重労働で自殺, 遺族が起こした裁判で2000年3月に最高裁が会社側の責任を認定したので, 認定基準について熟知していたにもかかわらず, 労働状況は変わっていなかったから, 「安全配慮義務に違反したと評価されることは当然である」という結論になる。大庄は, 社員の長時間労働の抑制のために, 社員の労働時間を把握し, 長時間労働の是正のための適切な措置をとっていたとは認められない, と判示された。ワタミも電通も同様である。ワタミの他店配属の美菜さん同期によれば「勤務時間は改竄している。店長もエリアマネージャーも知っている。休憩は1時間取っていることになっているが, 実際は店内が忙しく, 30分しか取ることができない。30分の休みの中で食事, トイレへ行く。そして, 12時間の労働が続く。よっぽどのタフな人でないと社員はできないと思う」状況であった。電通も, まつりさんの深夜残業・休日出勤の業務を私的情報収集・自己啓発などの名目で認めず, 残業申告時間は月70時間に収まっていて, 正確な実態を把握していなかった。専門検討会報告は, 心疾患発生の医学的機序が不明とされる事案においても長時間労働と災害との因果関係の蓋然性を認めるものであり, 多数の社員に長時間労働をさせていれば, そのような疾患が誰かには発生しうる蓋然性は予見できるから, 災害発生の予見可能性はあったと考えるべきと, 高裁は大庄に判示している。精神障害の労災認定基準に関する専門委員会報告書も長時間労働と災害との因果関係の蓋然性を認めるものであり, ワタミおよび電通の場合においても, 同様に災害発生の予見可能性はあったと考えるべきことになる。上記判断に基づき, 大庄において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について, これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断された。この高裁の判断は, 同様にワタミと電通(まつりさんの場合, さらに直属上司の苛烈なパワハラがあり, セクハラもあった)にも当てはまる。大庄取締役らの責任についても, 高裁は, 従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識あるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず, 会社にこれを放置させ是正するための措置をとらせていなかったことをもって善管注意義務違反があると判断。不法行為責任についても同断である, とした。また, 責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し, 長時間労働による過重労働を抑制する措置をとる義務があることは自明であり, この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合は悪意または重過失が認められると判断。不法行為責任についても同断である, とした。ワタミおよび電通の取締役らについても, 損害賠償請求裁判の判決が出た場合には, 大庄の場合と同様に上記判断が示されることになると解される。それゆえ, ワタミは, 東京地裁において遺族の主張をすべて認める和解をせざるを得なかった。ワタミの認識と思考方法を見るため, 遺族との和解に至るまでの交渉過程を概観する。また, 電通和解の開示された内容を概観する。さらに, 3社の従業員の心得を概観し経営者の考え方を見てみる。論文
著者
清水 竜瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.p135-185, 1993-06

バブル崩壊後,新聞,その他のジャーナリズムは,この金融自由化による複合不況はかつてないものであり,いままでの大量生産,大量販売の製造方式や,地に足のつかない高級品消費は全面的に変わるだろう,さらにこの不況は世界の不況と連動しているため,その回復は容易ではないだろう,と喧伝している。しかしこの鍋底のような先のみえない複合不況の下でも,日本・台湾の経営者は守りばかりでなく,次の飛躍の手がかりに確実に着手し,実行しはじめている。巷間問題となっているような,中間管理者の退職勧奨などという企業は,今回のインタビューに関する限り1社もなく,本社ビルの一部を売却してもその雇用を守りつづけようとしている。全体的にみて日本の経営者は,財務的,物的資源を縮小させても,人的資源は減少させることなく,その能力開発・意識改革によってこの未曽有の不況に対応しようとしている。製造業は本業重視,組織改革,コスト削減にまず力を入れている。事業領域を産業構造の変化に合わせてPA→FA→LA→HAと変えていく場合,人々の意識を変えるため新しい組織を導入してショック療法を行う(横河電機)。新しい技術情報・市場情報を積極的に利用すれば,売上が伸びなくても利益は無限に出しつづける(カヤバ工業)。電炉メーカーの参入や不況の長期化に対して本業重視の戦略をたて,高級品シームレスパイプのための900億の新設備投資をする(住友金属)。不況は波だから底が長くても必ず上がってくる。好況のとき忙しくてできなかった管理者の意識改革を不況のときじっくりやる(マブチモーター)。同じように不況下にある不動産業でも,その不況度によって対処策は異なる。不動産不況撃破推進本部をつくって,損を覚悟の見切り販売や,コスト削減のためのNAシステムを開発した。そして思い切ったぜい肉落しをした(日榮不動産)。マンションの含み損を早く表に出したほうがすっきりする。年俸制と組合わせた独得のリーズナブルな人事評価システムをつくった(長谷工コーポレーション)。バブル崩壊後も膨大な含み資産があり,従業員数も少なく,20数億という高純益をあげている(平和不動産)。一方サービス業のうちでも比較的楽なところと苦しいところがある。事業部別のホテルの個性化,QCサークルの積極的活用,人事評価制度の改善によって人々に一層の創造性の発揮を求める(藤田観光)。売上至上主義から利益重視への転換をするためには年功序列主義の廃止,人事評価制度の抜本改革による意識革令が必要である(東武百貨店)。野球では,悪いときは必ずよくなるから大丈夫だという自信を監督自身が持ちつづける必要がある。わがままな現代の若者については70点平均をとる人間より,120点と0点をとる人間がいい。120点をのばして技術が向上すると人格も向上する(読売巨人軍)。台湾のマクロ的な問題点としては,日台の人事交流の稀薄化,貿易の赤字化があり,その対処策としては台湾における日本語教育の充実,学生同士の交流の促進が考えられる(駐日代表)。経済の問題点として,空洞化,ハングリー精神の喪失,賃金・土地価格の上昇があり,現在その対処策として,外国人労働者の導入,工業団地の建設,ハイテク産業の誘致を考える(経済部部長)。大学問題としては,助教,専任講師は必ず外へ出す。副教授から教授への昇進は3段階の教授会で審査する。教授は副教授を審査する以上,副教授よりいい論文を書かなければ恥ずかしい。また全教員の毎年の研究業績をオープンにして教員全員にくばるから研究不足は恥ずかしい思いをする(國立中山大學)。台湾の金融界もバブル崩壊後の不況に悩んでいる。金融の自由化で一挙に15行の民営銀行ができ競争が激しくなった。またLC,先物取引などの自由化がはじまりその波及効果がわからない。その勉強のためにできるだけ多くの社員を海外研修に出している(中國信託銀行)。大資本の民営銀行が一挙に15行でき,しかも給料が公営銀行より高いので,こちらのエリートが引きぬかれる。しかも公営銀行は関係官庁のがんじがらめの規制で動けない。しかし国際化のための能力開発には力を入れている(臺灣銀行)。
著者
西川 俊作
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.23-39, 2005-12

『福澤諭吉全集』に収録されてから実に50年ものあいだ見過ごされてきた「時事新報計算簿」の資料価値に着目し,それを福澤後半生の所得推計に利用したのは,故玉置紀夫君であった。この小論は同君の試みを批判的に継承し,同計算簿をはじめとする諸会計帳簿(いずれも福澤自筆)を参照して得られたところの事実や推定結果を取りまとめたものである。(1)福澤は編輯記者の人選や給与の査定を一手に掌握し,彼らへの毎月の給与(年2回の賞与を含む) 支払いも余人を煩わせず自らの手で行っていた。新聞用紙ほかの物件費,また印刷工・配達員などの人件費はもっぱら会計主任(坂田実)が管掌していたらしい。(2)新報社創業時に盟友(中村道太)からの出資があったものの,明治18年頃その出資金は福澤からの中村への貸付金と相殺されて,同社の資本金はすべて福澤の醵出となり,彼は名実ともに社主となった。端的に言うと新報社は福澤の個人企業となったのである。(3)新報社の採算は不明であるが,編集部(主筆福澤を含む)の給与総額を超え,目に見えるほどの収益を上げるようになったのは,明治20年代半ば以降のことであったようだ。(4)主筆福澤の年俸は明治20年代を通じて7000円余であった。20年代後半に収益が次第に増加したので,福澤の総収入(主筆年俸+資本収益)は15000円前後に達した。(5)この間,福澤は企業流動性の管理を慎重に行っていたと評せる。他方,紙面の拡大・充実とか365日発行などの経営努力によって業績の改善をがもたらされたのではないか,というのが当面の仮説である。故玉置紀夫教授追悼号
著者
笠井 昭次
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.1-17, 2012-08

製品保証引当金につき, これまで, 負債性引当金説, 収益控除説, および前受金説を検討してきたが, 最後に, 収益費用観・資産負債観という二項対立によって, 諸処理方法を整理する松本[1993]の見解を検討することにしよう。 まず(1)および(2)において, 松本[1993]における収益費用観・資産負債観の定義的内容, および諸処理方法の収益費用観・資産負債観への帰属の論理を明らかにしよう。結論的には, その収益費用観と資産負債観とは, 主として, [費用─負債]というシェーマに準拠して, 費用が独立変数として負債を規定する収益費用観と, 負債が独立変数として費用を規定する資産負債観とが識別されている。 そこで, このような費用と負債との規定・被規定関係としての収益費用観・資産負債観を前提にして, 諸処理方法の収益費用観・資産負債観への帰属の論理の妥当性を(3)において, そして, 収益費用観・資産負債観という類別の枠組の妥当性を(4)で検討する。 ただし, 収益費用観・資産負債観という概念は, きわめて多様であり, 松本[1993]も, その例外ではない。そこで, 松本[1993]から明示的あるいは黙示的に区別できるみっつの収益費用観・資産負債観については, 次稿で取り上げることにする。論文
著者
馬塲 杉夫
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.6, pp.p17-36, 1995-02

本論文は,人間観(企業において人間をどのように捉えるべきか),及び人間性(そのような人間の特質),加えて,企業組織とそこに所属する人間個人の目的の適合を基礎として,人間資源管理の役割を明らかにするものである。まずテイラーは,企業における人間の存在を明らかにしたが,その人間は,自ら目的を持って意思決定を行う存在ではなかった。そして彼は,人間機械モデルに基づいた管理方法を打ち出した。これに対し,バーナードやサイモン,マクレガー,シャインは,機械モデルを批判した。彼らは,企業における人間について,企業は人間によって機能するという,企業の主体的役割を担荷していることを明らかにし,加えて,物理的,生物的,社会的関係の中で存在している,と指摘した。そして,その人間の特質は,制限された合理性の中で,目的指向的に行動し,それらは,過去の経験,状況,役割的に複雑であることを明示した。このような人間性を論証するために,人間の生理的基盤からもこれらの特質についてアプローチした。まず,人間を情報処理システムとして取り上げ,その中心は脳にあることを指摘する。制限された合理性については,記憶貯蔵能力の制約,人間の体内,あるいは体外の状況により,異なる価値評価を下す機構,記憶想起の限界,無髄神経やホルモンによる神経伝達により説明される。また目的指向性は,生存というレベルを超えた高次の目的達成において,大脳皮質からの制御が行われることによって支持される。複雑性については,様々な長期記憶とそれを基盤とする思考回路から証明される。このような特質を持つ人間と企業との関係について,両者の目的の適合を基盤として考えた場合,企業は人間観を踏まえて,人間個人の持つ目的と,企業の目的の適合がはかられるように,人間個人のアウトプットを高めるよう働きかけていかなければならない。このアウトプットを高める方法は,能力の獲得と能力の発揮という2つが考えられる。そして,人間資源管理において,人間の目的指向的行動を前提とするならば,企業組織と人間個人の目的が適合するよう,合目的的能力の獲得と発揮を目指さなければならない。
著者
馬 欣欣
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.52, no.6, pp.69-87, 2010-02

本稿では,日本と中国における賃金分布からみた男女間賃金格差について,慶應義塾パネルデータ調査(2004~2008年)と中国家計調査(2002年)の個票データを活用し,分位点回帰分析モデルを用いて実証分析を行った。主な結論は以下の通りである。第一に,全体的にみると,日本の場合,低賃金分位点に比べ,高賃金分位点で男女間賃金格差が大きくなる。一方,中国の場合,低賃金分位点に比べ,高賃金分位点で男女間賃金格差が小さくなる。日本ではガラスの天井の現象が存在する一方,中国では粘着の床の現象が存在することが明らかになった。第二に,日中とも企業規模の差異により,賃金分布からみた男女間賃金格差の状況が異なる。具体的にいえば,日本の場合,小企業,中企業,大企業で,いずれもガラスの天井の現象が存在し,またガラスの天井の現象は中企業および大企業が小企業より顕著である。一方,中国の場合,小企業および大企業では粘着の床の現象が存在する傾向にある。これらの計量分析の結果により,賃金分布からみた日本と中国における男女間賃金格差の状況が異なることがわかった。男女間賃金格差の問題を解決するため,日本と中国で取るべき政策が異なり,日本では昇進昇格における男女格差を縮小するため,女性の継続雇用促進政策が必要である。一方,中国の場合,小企業と大企業の低賃金層における男女の差別的取り扱いの問題を重視すべきであることが示唆された。Using Keio Household Panel Survey data for 2004-2008 and Chinese Household Income Project Survey data for 2002, the paper estimated gender wage differentials by wage distribution and made the comparison of glass ceiling effect and sticky floor effect in Japan and China. The main conclusions are as follows. First, there is glass ceiling effect in Japan, on the other hand, there is sticky floor effect in China. Second, there are differences of the glass ceiling effect and sticky floor effect by firm size in Japan and China. Although there is glass ceiling effect in all firms in Japan, the glass ceiling effect is remarkable in large firms than that in small firms and middle-sized firms. On the other hand, the sticky floor effect is observed in small firms and large firms in China.論文
著者
島西 智輝
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.161-177, 2009-02

衰退に直面した企業の事業多角化が遅滞した要因を解明することは,経営史研究の重要な課題のひとつである。しかし,先行研究では,①情報活動の立ち遅れ,②過去の成功体験から来る自己過信,③マネジメント・システムの硬直化の3 つの要因が指摘されているが,実証研究は蓄積されていない。そこで本稿は,戦後日本の大手石炭企業3 社によるセメント工業進出を事例として上記の課題を検討した。3社は石炭産業の衰退が顕在化する以前から石炭需要を拡大させる市場関連多角化のひとつとしてセメント工業進出を構想したが,資金・技術・販売面での制約に直面した。これらの制約を同業他社の経営資源に依存せず,企業集団メンバーの異業種企業との柔軟な協力関係を形成した企業が速やかにセメント工業進出に成功した。一方で,既存のマネジメント・システムを変革せず,同業他社への経営資源に依存し続け,かつ企業集団メンバーの異業種企業との協力関係も固定的であり続けた企業のセメント工業進出は遅滞した。なお,いずれの事例でも石炭需要を拡大させる市場関連多角化は早期に断念され,セメント工業そのものの育成が図られていた。以上より,先行研究の指摘する要因のうち①②は実証されなかったが,③が多角化をもっとも遅滞させた要因に近いことが実証された。吉田正樹教授退任記念号論文
著者
白石 孝
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.5, pp.27-44, 1997-12-25

本稿は,昭和7年に,現在の日本橋堀留町1丁目となった江戸から明治・大正・昭和にかけての古い町,新材木町の商業史視点にたつ歴史的素描である。すでにこの隣の町,新乗物町(同じ現堀留町1丁目)については,本誌40巻4号に記載してあるが,いずれも,拙著の「日本橋界隈の問屋と街」の延長線上にある研究覚書である。「新材木町」の町名由来記から始まり,江戸時代におけるこの町の特色を,堀留川と椙森稲荷神社の存在から把えてみた。東堀留川に沿った細長いこの町は,竹木薪炭・米の集散地として賑わったが,本稿では同じ堀留川に接する堀江町と比較して,ロケーションがもたらす町の商業活動の相異に着目する。一方,新材木町の東側は椙森稲荷神社があり,下水石新道がある坂道のような裏通りであったために,このあたりの様相は河岸側とは違うということをみて,新材木町はいわば相異なる二面性を持つ町であったことを指摘する。次いで明治期に入って,どのような店がこの町に生れたか,特に洋反物問屋の繁栄がこの町にもたらした影響と町の様相をみる。織物問屋が増え,なかでも杉村甚兵衛がここに大きな拠点を持つに至ったこと,堀留町2丁目の前川太郎兵衛・薩摩治兵衛のような金巾木綿問屋,日比谷平左衛門のような洋糸問屋の発展との関係でこの町をみ,同時にこの町の東側の裏通りに群生する店々にふれ,新しい町の二面性を明らかにする。またこの町と当時の成長品モスリンとの関係に論及する。こうした織物の発展にともない,新材木町も,多くの織物問屋が生れたが,それは人形町通り界隈の織物問屋街化と軌を一にするものといってよい。新材木町もこの観点から把えられるが,同時に,この町のもつ裏通りの店々をみるとき,人形町通り界隈にとっての生活同心円を形づくる町だったといえるのである。これを各町の生活関連商い業種別店数で明らかにしておいた。
著者
高橋 美樹
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.5, pp.p49-60, 1992-12

本稿では取引コスト・モデル(経済学)を応用して,「ネットワーク型産業組織・企業間関係」の下での「中小企業問題」を論じる。中小企業による「戦略的提携」あるいは,その全体像としての「ネットワーク型産業組織・企業間関係」というときには,中小企業全般の研究開発力・マーケティング力・経営管理力の向上や,新しい企業間関係が積極的に評価される。しかしながら,「ネットワーク型産業組織・企業間関係」の下での「中小企業問題」の解明は,十分になされているとはいえない。そこで,ここでは,上に述べたような「積極評価」と「問題性」との双方を視野にいれた新しい分析を試みる。そして,中小企業分野を中心に,「技術の専有可能性」(技術の模倣されにくさ)と「補完資産」(開発技術・製品から利益を得るために必要な,補完的製造技術,販売網など)という2つの概念を用いて,イノベーションと企業間関係の関連を分析し,結論として,「ネットワーク型産業組織・企業間関係」の下でも「問題」が無くなったわけではなく,「新しい」問題,すなわち「技術取り引き」に関わる問題が生じうることを示し,今後,予想される傾向として,次の諸点を示す。(1)中小企業経営戦略の一貫として,「技術の専有可能性」を高める戦略,すなわち他企業の追随を許さないような「ダントツ技術」の開発戦略や知的財産権・特許管理戦略がますます重要になる。(2)中小企業分野でも,「技術取引の適正化」という(独占禁止政策上の)課題の重要性が高まる。(3)「ネットワーク型産業組織・企業間関係」の下での「企業規模間格差」問題というときも,「企業規模」の基準は単なる従業員や資本金の大きさではない。従業員や資本金の大きさは,本稿で考察してきた「技術の専有可能性」向上や「補完資産」獲得の上での有利・不利を左右して初めて意味を持つ。
著者
金 尚基
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.63-92, 1988-04-25