- 著者
-
大原 利眞
森野 悠
田中 敦
- 出版者
- 国立保健医療科学院
- 雑誌
- 保健医療科学 (ISSN:13476459)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, pp.292-299, 2011-08
- 被引用文献数
-
3
平成23年3月11日の東日本大震災によって発生した,東京電力福島第一原子力発電所の事故によって,大量の放射性物質が大気中に放出された.放出された放射性物質は,福島県だけでなく,東北南部や関東地方を含む広い範囲で,土壌,水道水,牧草,農産物,畜産物,上下水道汚泥など様々な環境汚染を引き起こしている.また,将来的に,半減期の長い137Csなどによる長期の環境影響が懸念される.本稿では,これまでに公表された放射性物質の放出量や測定結果に係る各種資料,及び,大気シミュレーション結果に基づき,福島原発から放出された放射性物質の大気中の挙動に関する知見を整理する.福島原発から4月初めまでに大気中に放出された131Iと137Csの総量は,それぞれ1.5×1017Bqと1.5×1016Bq程度と推計され,特に3月15日午前中の2号機からの放出が多かったと考えられている.放射性物質の大気への放出によって,茨城県北部で測定された空間線量には3つの大きなピーク(3月15日,16日,21日のいずれも午前中)が認められる.これらのピークは,放射性プルームが北風によって南に運ばれたことと,このプルームが降水帯に遭遇して放射性物質が地表面に湿性沈着したことによって説明できる.また,筑波での測定結果は,放射性核種の構成比が時間的に大きく変化すること,131Iのほとんどはガス状であるが一部は微小粒子として存在しているのに対し放射性セシウム(134Csと137Cs)は数ミクロンの粒子として存在していることを示す.大気シミュレーションによって計算された131Iと137Csの沈着量の空間分布によると,放射性物質の影響は福島県以外に,宮城県や山形県,関東地方,中部地方東部など広域に及んでいる.また,時間的には,空間線量のピークが認められた3月15日〜16日と3月21日以降の数日の2期間で集中している.更に,3月に放出された131Iの35%,137Csの27%がモデル領域内に沈着したこと,131I沈着量のほとんどは乾性沈着したのに対して137Csは湿性沈着が支配的であること,放出された131Iと137Csのうち南東北と関東の1都10県に沈着した割合はどちらも13%程度であり,131Iは福島県,茨城県,栃木県,137Csは福島県,宮城県,群馬県,栃木県などで沈着量が多いことなどが示された.