著者
野田 康太朗 中島 直久 守山 拓弥 森 晃 渡部 恵司 田村 孝浩
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.165-173, 2020-03-28 (Released:2020-04-25)
参考文献数
26
被引用文献数
3

本研究では,トウキョウダルマガエルを対象とし,第一に PIT タグの個体へおよぼす影響およびタグリーダーによる探知能力の両面から,越冬個体の探知に適した手法か検討した.第二に,対象地にて PIT タグを挿入した個体の越冬場所の探知を試みた.さらに,栃木県上三川町の水田水域において越冬個体の探知を試みた.PIT タグが個体へおよぼす影響を調べるため,PIT タグを挿入した群と挿入していないコントロール群を 15 日間飼育したところ,斃死及びタグが脱落した個体はおらず,体重の増減にも両群間に有意な差は見られなかった.探知能力の検討では PIT タグを土中に埋める試験区を設け実験した.その結果,深度 20 cm までの読み取りは可能であったが,30 cm より深くは読み取れなかった.さらに,栃木県上三川町で実施した水田水域における越冬個体の探知では,30 個体の越冬場所を確認した.Neu 法により解析したところ,30 個体の越冬地点は,畑地に集中していることが明らかとなった.また,越冬深度は 7.4-27.0 cm,平均 18.3±4.7 SD [cm] であった.この結果から,水田水域に生息するカエル類と比較し,本種はより深い地中で越冬する生態を有する可能性もあった.一方で,越冬深度の違いが PIT タグと掘削という手法の違いに起因する可能性もある.なお,本研究の結果は冬期湛水水田が卓越した地域において実施された事例的な研究である.今後は PIT タグを用いた越冬個体の探知方法により,異なる気象条件の地域,営農方法や圃場構造等が異なる地区での知見を集積することが望まれる.
著者
海野 徹也 山本 雅樹 笹田 直樹 大原 健一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.147-154, 2015-12-28 (Released:2016-02-01)
参考文献数
24
被引用文献数
3 3

江の川で採集された通し回遊魚( 3 科 11 種)の耳石 Sr:Ca 比を分析し,回遊履歴を検証した.耳石 Sr:Ca 比のプロファイルより,河口付近で採集されたチチブは,終始,汽水域を主な生息域としていると考えられた.浜原ダムより下流の中流域で採集されたスミウキゴリ,ゴクラクハゼ,シマヨシノボリ,オオヨシノボリ,カマキリ,カジカ中卵型は回遊型と考えられた.ヌマチチブやウキゴリについては中流で採集された個体は回遊型であったが,浜原ダムより上流で採取された個体は非回遊型であった.浜原ダムより上流への回遊型のヌマチチブ,ウキゴリ,シマヨシノボリ,オオヨシノボリの移動は,同ダムの魚道評価の指標となり得る.トウヨシノボリ(宍道湖型)は浜原ダムより下流の個体にも非回遊型が存在することが明らかとなった.ヌマチチブ,ウキゴリ,トウヨシノボリ(宍道湖型)は,回遊パターンに対して柔軟性を有するとことで環境に適応していると考えられた.
著者
大石 哲也 天野 邦彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.19-29, 2012 (Released:2012-09-08)
参考文献数
14

従来,環境情報の取得と記録は,定性的情報が多用されていた.その一方で近年,電子技術が急速に進歩し,小型で大容量・高処理能力を備えた計測機器やパーソナル・コンピュータが普及してきた.これにより,環境情報の取得方法についてもデジタル化が進み,より定量的な環境情報の取得が可能となりつつある.本論文では,位置情報の精度が異なる地形や生物などのデータを用いて,河川域の生物生息環境を把握する方法について検討を行った.具体的には,利根川河口域 (10.0~15.5 kp)を対象に,GIS により過去から現在に至るデータを一元化し,水環境がヒヌマイトトンボ (Mortonagrion hirosei Asahina) 幼虫や植物群落に与える影響の解明を行った.結果として,幼虫が生息する環境は,年間の累積浸水時間が 1~500 (時/年),浸水確率にして約 1~9 %,標高がT. P. 0.2~0.6 m の範囲に多く分布していることがわかった.浸水継続条件では,1~3 (時/年) 継続する場所までは,幼虫の確認地点数の多いものの,7 (時/年) 以上となる場所では,その数が激減することがわかった.さらに,幼虫とヨシ群落との関係についても,幼虫の生態的適域は,ヨシ群落のそれに一致しないことがわかった.このことは,ヒヌマイトトンボ幼虫の生息場所を確保するには,その場所のみを残せばよいというわけでないことを示唆している.つまり,幼虫の生息場所の維持には,ヨシ地下茎の伸展が期待できる成長旺盛な陸域のヨシ群落をひとまとまりの環境として残すことが重要となる.本論文で示したように,過去に取得されたデータを活用する際には,解析対象が規定するスケールでの必要な精度を満たせれば,GIS による定量的解析に十分用いることができる.このような視点で見れば,過去の生物調査データは,適切に利用することで,計画段階で河川改修が河川生態系へ及ぼす影響を適切に予測し,配慮できるうえに,改修後のモニタリングにも活かせるものと考えられる.
著者
高木 基裕 矢野 諭 柴川 涼平 清水 孝昭 大原 健一 角崎 嘉史 川西 亮太 井上 幹生
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.35-44, 2011 (Released:2011-10-01)
参考文献数
19
被引用文献数
6 5

マイクロサテライト DNA 多型解析法を用いて,重信川水系におけるオオヨシノボリ個体群の遺伝的集団構造の解析および耳石 Sr/Ca 濃度による回遊履歴の判定を行い,人工構造物による分断の程度を評価した.各サンプルの遺伝的多様度を示すヘテロ接合体率 (期待値) の平均値は 0.843~0.889 と高く,いずれの個体群間でも大きな差は見られなかった.各個体群間の遺伝的分化程度を示す異質性検定では,重信川本流系の個体群間において有意差がみられなかった.一方,石手川ダム上流域の藤野および五明川の個体群は,重信川本流系のほとんどの個体群との間で有意差がみられた.また,重信川本流系の個体群との遺伝的距離は大きかった.耳石の Sr/Ca 解析から,藤野の個体は石手川ダムにより陸封された個体であり,重信川最上流の藤の内の個体は両側回遊型であることが示された.一方,石手川ダム直下域の宿野の個体において両側回遊型および陸封型がそれぞれみられ,遡上した個体とダムから降下した個体が混在していることが確認された.以上の結果から,石手川ダム上流域個体群の陸封化が確認されるとともに,人工構造物による分断の影響を受け,石手川ダム上流域の個体群は他の重信川個体群と遺伝的に分化していることが示された.
著者
中村 太士
出版者
Ecology and Civil Engineering Society
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.217-232, 2003-02-28 (Released:2009-05-22)
参考文献数
54
被引用文献数
31 29

河川・湿地生態系は,森林(植物群集)と河川の相互作用系,上流から下流に向けての土砂・有機物・栄養塩・熱エネルギーの流れ,洪水(土石流)攪乱や氾濫原によって特徴付けられる独特な生態系であり,自然復元にあたってはこれらの特徴を回復・維持することに主眼がおかれなければならない.現在,日本の河川・湿地生態系では,こうしたプロセスの分断と水域・陸域の生態系の分離が顕著である.復元(restoration)は「人為的攪乱以前の環境に戻すこと」として定義されるが,修復(rehabilitation)は「人為的影響が強く元に戻すことが不可能な場合,重要な機能と生息場環境を提供する自律した生態系をめざして改良すること」として定義される.日本の場合,土地利用的制約から後者を適用した方が良い場合が多い.自然復元計画における事前調査では,過去50年程度のデータをできるかぎり流域レベルで収集し,生態系の劣化をもたらしている要因を明らかにすることが重要である.自然再生事業に対しては,目的→目標→実施→評価(モニタリング)の手順を公開で進めることが必ず要求される.目標としては,周辺域で再生区の自然環境に等しく,未だ人為的影響を受けていない地域を選出することが望ましい.しかしこうした地域が存在しない場合,過去の空中写真や資料から目標像を描く以外方法はなく,北海道では1960年頃の景観が目標像となる可能性が高い.モニタリングによる評価方法としては,できる限りくり返しを持ったBefore(事前)-After(事後)-Reference(標準区)-Control(対象区)-Impact(再生区)(BARCI)で実施することが望ましい.復元計画でまず考えなければならないことは,事前調査で明らかになった生態系の劣化を進めている制御・制限要因を取り除くことであり,回復力のある生態系はこれだけで元に戻ることができる.人間が積極的にかかわって工事を実施し自然にもどそうとする行為は,最終的な手段である.釧路湿原の保全計画では,水辺林・土砂調整地による流域負荷量の軽減,ならびに蛇行氾濫原・湿地の復元などが計画されている.現在,湛水実験によるハンノキ林の制御,湿原再生のためのBARCIの実施,さらにデータベースの構築とWebによる公開をめざしている.標津川では蛇行河川ならびに氾濫原再生をめざして,過去のデータの収集と目標像の設定を行った.現在は,河跡湖を一部本川と連結する実験を行っており,河床変動,栄養段階,魚類,植生,水質,地下水などの観点から蛇行流路復元の効果が明らかになると思われる.
著者
石間 妙子 村上 比奈子 高橋 能彦 岩本 嗣 高野瀬 洋一郎 関島 恒夫
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-35, 2016-07-28 (Released:2016-09-05)
参考文献数
37
被引用文献数
1

近年,水田生態系の保全を目的とした環境保全型農業が全国各地で行われており,その有効性が数多く報告されている.しかしこのような農法は,慣行農法に比べて作業コストや技術習得のための時間がかかるため,取り組みの規模が限られている.水田生態系の改善を広く実施するためには,全国の水田の 6 割以上を占める圃場整備済み水田においても導入可能であり,かつ現状の農法と用水供給体制のままで,低コストで導入できる保全手法を確立する必要がある.そこでわれわれは,“江(え)”とよばれる圃場の一部に併設された土水路状の構造物に着目した.江は 1 年を通して湛水状態が保たれ,水生動物の保全に一定の効果があると報告されているが,圃場整備済みの水田における有効性や創出手法はわかっていない.そこで本研究では,暗渠排水が導入された圃場整備済み水田における江の創出手法を確立するため,後述する 2 つの手法が,通年湛水および魚類群集に与える効果を検証した.1 つ目に,江の水抜け防止対策として防水シートを設置した江と未設置の江を創出し,2 つの江の間で水深を比較したところ,明瞭な水位差は見られず,どちらの江も 1 年を通して湛水状態を維持できることがわかった.また,魚類の種数,種多様度,総個体数,および種別個体数に関しても,2 つの江の間で有意差は認めらなかったことから,江における防水シートの設置効果は低いことが明らかとなった.2 つ目に,江の普及に対しては,江の創出による農地の転用面積が少ない方が有利と考えられるため,サイズの異なる江を 3 タイプ創出し,サイズによる効果の違いを検証した.3 タイプの江において水深,魚類の種数,多様度,総個体数,魚種別の個体数を比較したが,いずれの項目もサイズによる有意な差異は認められず,小サイズの江であっても魚類の生息環境として機能することが明らかとなった.これらの結果から,圃場整備済み水田における江の創出は,防水シートの設置状況や江のサイズに関わらず,魚類保全に有効であることが示唆された.
著者
渡辺 友美 吉冨 友恭 萱場 祐一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.73-85, 2017-09-28 (Released:2018-01-15)
参考文献数
23
被引用文献数
4 3

自然再生事業や生物多様性保全の取り組みでは,市民や行政に自然環境の現状や課題を的確に伝える技術が必要とされている.映像は見えにくい河川生態を分かりやすく伝えるツールとして環境教育や展示の場で活用され,効果が報告されてきた.しかしながら,河川生態の映像化そのものに関する研究は多くなく,映像開発の参考となる知見が不足している.そこで本稿では,著者が制作に関わった水環境の映像展示事例から制作上の留意点と技術を抽出し,河川生態の映像化について体系的な整理を試みた.
著者
松井 正文 富永 篤
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.175-184, 2007 (Released:2008-08-14)
参考文献数
21
被引用文献数
4 4

三重県伊賀市の前深瀬川水系,前深瀬川と川上川にはオオサンショウウオが生息している.しかし,この2河川の合流部にはダムの建設が予定されている.このために水系内の地域個体群間で分断,小集団化が生じた場合,遺伝的多様性が減少し絶滅に至る可能性がある.そこで,水系内のオオサンショウウオの核DNAに見られる遺伝的多様性の現状を把握するため,AFLP法を用いて調査した.その結果,この方法が近縁種やミトコンドリアDNAで区別される個体群との相違の検出に有効であることが分かった.しかし,この方法では前深瀬川水系内部と,その近傍の河川に生息する個体間で特定の遺伝的集団のまとまりを検出することができなかった.今回の結果から,この水系内に生息するオオサンショウウオの遺伝的構成は特定の地域集団ごとに決まっていない一方で,地域集団間で絶えず交流が保たれているのでもなく,出水による流下や,人為的な移動を含む極めて複雑なものと考えられたが,今後,より解明度の高い手法を用いた検討が必要である.
著者
渡辺 恵三 中村 太士 加村 邦茂 山田 浩之 渡邊 康玄 土屋 進
出版者
Ecology and Civil Engineering Society
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.133-146, 2001-12-27 (Released:2009-05-22)
参考文献数
55
被引用文献数
24 21

本研究では河川構造の空間スケールの階層性および関連性に着目し,河川改修が底生魚類の分布よび生息環境におよぼす影響を明らかにすることを目的とした.調査は,1998年9月から1999年9月までの1年間,石狩川水系真駒内川において施設整備の異なる約2km区間を河道区間スケール(護岸区間,自然区間,流路工区間)として設定し,各区間を通過する物質量を測定した.さらに各河道区間内において瀬と淵を流路単位スケールとして設定し,各流路単位における底生魚類と生息環境の関係の解析をおこなった.ハナカジカの生息密度は,自然区間,護岸区間に比べて流路工区間で著しく低かった.しかし,フクドジョウの生息密度は河道区間による差はみられなかった。パナカジカの生息密度が低かった流路工区間では自然区間,護岸区間と比較して河床の特性に違いが認められ,特に小粒径砂礫が多く,浮き石が少なかった.また,ハナカジカの生息密度は,巨礫と浮き石の割合に強い正の相関が認められた.このことから,流路工区間で生息密度が低かったのは,生息環境や産卵環境および避難場所として利用可能な巨礫や浮き石の減少によるものと考えられた.流路工区間の瀬において巨礫や浮き石の割合が自然区間および護岸区間に比べて低かったのは,河道区間スケールの影響として増水時における掃流力の低下にともなう小粒径砂礫の堆積および河床が動きづらくなったことすなわち攪乱が起こりにくくなったことが考えられた.さらに,流路単位スケールにおいては,平水時における微細粒子の被覆・堆積によるものと考えられた.このように,河道区間スケールおよび流路単位スケールの階層性のある各空間スケールに関連した要因によって,ハナカジカの主な生息場所である瀬の河床材料およびその状態が改変した結果,流路工区間においてハナカジカの生息密度は低かったと考えられる。
著者
土屋 十圀
出版者
Ecology and Civil Engineering Society
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.21-27, 1999-05-31 (Released:2009-05-22)
参考文献数
22
被引用文献数
3 1

最近,多自然型川づくりは実施事例も重ねて随分洗練されてきた.しかし,在来種の植生を使ったり,市街化以前の生息環境を目標とするなどよい方向にあるが,未だ,巨石を使いすぎたり,低水路部を固め強制的に蛇行させるといった事例も見られる.また,河川周辺環境を考慮せずエコデザインのコンセプトを曖昧のまま実施すると箱庭的な川づくりになることがある.したがって,河川の流域特性,背後地の環境などその地域のプリミティブな自然度,多様度を基本に考えないと工法だけに特化して過剰な手を加えることもある.自然復元,再自然化のもつその場所,その地域の意味付け,考え方を明確にする必要がある.また,多自然型工法は施工後の生態系の変化を長期的に観察し,各種工法を十分検証するまでには至っていない.多自然型の川づくりの適用に当たってはマニュアル化ができにくいために大河川と中小河川,農山村地域と都市域の違いなど川の個性や流域特性を十分考慮することが最も重要な観点であることを述べた.本報ではこれまでの河川生態系に関する文献,知見から河川生態系の撹乱と要因に関して整理した.その中で自然的な撹乱,人為的な撹乱の要因を示し,区分して見ることの重要性を示した.また,多自然型川づくりの個別の工法だけに目を奪われることなく流域全体からその手法の適用方法を考えることの重要性について矢作川,アメリカのキスミー川の事例を取り上げて解説した.更に,ヨシを保全している中小河川の複断面河道の水理模型実験による検討事例を取り上げた.低水河岸にヨシ帯のある場合,粗度係数の増加を伴い,最大で計画流量の約70%程度の流量しか流れないことを示した.従って,多自然型川づくりの今後の適用方法と課題はエコデザインとしての目標を明確化するとともに粗度係数の増加に伴う河川計画との調整の重要性に関して指摘し,考察した.
著者
加藤 絵里子 浅見 和弘 竹本 麻理子 沖津 二朗 中沢 重一 松田 裕之
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.77-89, 2014-03-30 (Released:2014-04-18)
参考文献数
16
被引用文献数
2

福島県阿武隈川水系大滝根川に建設された三春ダムでは, 貯水予定区域内にフクジュソウが自生しており, 冠水の影響を受けることが明らかであった. そのため, 冠水前に, 一部を自生地に残し, 残りを保全措置として冠水しない 4 地点に分けて移植した. 本研究では, 試験湛水前の 1996 年から 2009 年までの 14 年間, フクジュソウの個体群を追跡した. 自生地では試験湛水後, 個体数は増加傾向にあり, 開花個体 (F), 結実個体, 芽生え (S), 幼植物 (J1~J4) も存在していた. 移植地 4 地点のうち造成地は, 移植後, 大幅に個体数が増加し, 生育している面積も拡大傾向であった. 残り 3 地点のうち自生地と同様の落葉樹林下の 2 地点は, 移植後 14 年を経た 2009 年段階で, 開花個体 (F), 結実個体, 芽生え (S), 幼植物 (J1~J4) も生育していたが, 開花個体 (F) 数に着目すると減少傾向であった. 自生地とは立地環境が異なり, 生育に不適と考えられた 1 地点では, 個体数は減少し, 2006 年以降開花が見られない状態であった. 生活史ステージごとに収集したデータを元に, 50 年間のフクジュソウ個体群存続確率を予測した. その結果, 自生地および造成地は長期的に個体群が維持されると予測された. 自生地と同様の落葉樹林下の 2 地点は 15~17 年は維持され, 生育に不適な地点は約 6 年で消失すると算出された. 2009 年のフクジュソウ開花・結実個体数は, 移植時より多い個体数までに回復し, 生育している面積も湛水前の自生地より広くなっている. 今後も少なくとも 2 地点では長期にわたり存続が可能であり, 移植により個体群は維持できると考えられる.
著者
岩崎 雄一 秋田 鉄也 加茂 将史
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.207-212, 2012 (Released:2013-04-24)
参考文献数
18
被引用文献数
1

外来種管理において,実施する対策が対象生物種の個体数低減または根絶にどの程度有効かについての情報を得ることは有用である.本研究では,全国各地で生息が確認されている外来魚であるブルーギルを対象に,米国 Hyco 湖で構築された個体群モデルを利用して,卵,未成魚,成魚の駆除割合がブルーギルの平衡個体数に及ぼす影響を評価した.卵,未成魚,成魚の駆除を個別に行った場合に平衡個体数を 1 未満にするには,84~92%の高い駆除割合が必要であった.他方,卵の駆除割合が一定の条件下において成魚または未成魚の駆除を加えることで,個別に駆除対策を実施するよりも少ない駆除割合で根絶に導くことができることが示された.さらに,卵及び成魚の個別駆除については,それぞれ約 80%,60% 未満の駆除割合までは平衡個体数が増加し,それを超えると個体数が減少するという一山型の応答を示した.これは,当該個体群モデルにおいて産卵数と 0 歳魚の関係にリッカー型の密度効果を仮定しているためである.したがって,実際の管理においてブルーギル個体群の動態に作用する密度効果の影響を把握・推定することも重要であると考えられる.以上の結果が日本における現実の駆除事例にどの程度適用できるかは留意が必要であるが,個体群モデルを用いることで複数の駆除対策の効果を予測・比較することができ,より効果的な対策の選択を支援することが可能になるだろう.
著者
山室 真澄 神谷 宏 石飛 裕
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.221-231, 2012 (Released:2013-04-24)
参考文献数
22
被引用文献数
4

対象水域の地形や構造などが大規模公共工事によって変化している場合,工事以前の状態に戻すことが自然再生にとって不可欠と主張されることが多い.しかし,当該工事から数十年経る間に生じた工事以外の要素も自然環境を改変していることから,地形や構造を戻すことで環境が戻るとは限らない.島根県と鳥取県に位置する中海は,干拓目的で本庄工区と呼ばれる水域が堤防で囲まれ,また中海本湖への海水の出入りは中浦水門を通じる工事が行われた.この堤防の開削は中海を元の状態に戻すことになり本庄工区と中海本湖の貧酸素化を緩和するとの見解と,開削は本庄工区の貧酸素化を強化するとの見解が対立したが,前者の見解を支持するシミュレーション結果が地域住民の気運に合致していたため,事業主体者は開削に踏み切った.本研究の結果により,開削によって本庄工区の貧酸素化は強化したことが確認された.また中海本湖の貧酸素化は工事以前から生じていたことが既報により確認できた.これにより,工事以前の状態に戻すことは必ずしも自然環境の再生につながらず,科学的な根拠に基づかない「分かりやすい主張」には慎重に対処すべきであることが示された.開削によって本庄工区や中海本湖の貧酸素化が緩和するとの自然科学の原理に反し,過去の記録とも矛盾したシミュレーション結果を提示するに至った過程の検証が望まれる.
著者
柳井 清治 河内 香織 伊藤 絹子
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.167-178, 2006-12-20 (Released:2008-07-18)
参考文献数
44
被引用文献数
5 3

サケの死骸が河畔林生態系・および渓流生態系に及ぼす影響を明らかにするため, 豊富にシロザケの遡上回帰が観察される, 北海道東部網走管内のモコト川上流域において, サケの分解移動過程, および窒素安定同位体比を用いサケが河畔植生と水生動物へ及ぼす影響を推定した. この河川と同規模, 同土地利用の支流域でサケが遡上しない河川を対照河川とし, 比較を行った.この結果, サケの遡上は11月をピークとし, 死骸は河川内と陸域で観察され, その比率は3対1程度であった. 河川内に滞留しているものはほとんど水生菌が繁茂し水中で分解されるのに対し, 陸上に持ち上げられた死骸の多くは大型動物類に被食を受けたものが多かった. 河岸の死骸の5体に電波発信機を装着し移動距離を調べたところ, 3体は10m以内, 1体が500m程度移動したことが判明し, 少数であるが遠方まで運ばれている可能性が示された.次に河畔植生のハルニレ, アキタブキおよびヤナギ属葉の窒素同位体比を測定したところ, ハルニレ, アキタブキは対照河川に比べて高かったが有意な差とはならなかった. 逆にヤナギ属では対照河川と比べて低い傾向があった. 一方, 水生動物類 (ガガンボ科, コカゲロウ属, トウヨウマダラカゲロウ属, アミメカワゲラ科およびサクラマス) の窒素同位体比は対照河川に比べていずれも高く, 有意な差が見られた. 遡上前と遡上後の同位体比値を比較したところ, ガガンボ科を除き増加する傾向があった.以上の結果から, サケの影響は本調査河川においては河畔植物に関しては有意には現れず, 逆に水生動物群には明瞭に現れた. しかし陸上に持ち上げられた死骸の多くは大型哺乳類や鳥類の摂食を受けており, 一部は遠くまで運ばれている可能性があった. 今後はサケの死骸が陸上生態系の中でどのように利用されているかを明らかにすることが重要となる.
著者
根岸 淳二郎 萱場 祐一 塚原 幸治 三輪 芳明
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.195-211, 2008 (Released:2009-03-13)
参考文献数
113
被引用文献数
38 27

イシガイ目二枚貝 (Unionoida,イシガイ類) は世界各地の河川・湖沼に生息し世界では合計約1000種,国内では18種が報告されている.特定魚類が産卵母貝として必要とすること,またイシガイ類も特定魚類に寄生することが必要であることなどから生息環境の状態を示す有効な指標種として機能する.国内外種ともにその生息範囲の縮小および種多様性の低下が懸念され,約290種が報告されている北米ではその約70%程度の生息環境の劣化が危惧されている.わが国では,数種の地域個体群がすでに絶滅し,13種までが絶滅危惧種の指定を受けている.イシガイ類の生息環境劣化には直接的要因(個体採取)と間接的要因(河川改修など)の両者が考えられる.近年は外来種の侵入による悪影響が心配されている.これまでの国内外の研究から,国外で報告される主な生息環境が比較的規模の大きな河川であるのに対し,国内では農業用排水路のような強度に人為的影響を受けた環境がイシガイ類にとって重要な生息環境であることが分かる.このことは,わが国独自の生息環境に基づいた研究知見を蓄積する必要性を示している.岐阜県関市で観察された農業用排水路の改修前後で見られた環境の変化は,主に横断・縦断方向の両方向の環境多様性の著しい低下,およびイシガイ類の生息密度の明らかな低下であった.これらを改善するために,側方構造物および堰板の設置行われたが,水路の環境を改修以前のものに近づけるには効果的であった.効率的な生息場所保全や再生事業が行われるためには,過去の事業の工程および結果がその成功・失敗にかかわらず積極的に公開されるべきである.地域レベルでの活動の事例や成果等が広く共有されることが国土全体を視野にいれた生息場所保全に重要である.
著者
松井 明
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.175-182, 2008 (Released:2009-03-13)
参考文献数
7
被引用文献数
1 3

本研究は,新潟県岩船郡関川村に位置する大石ダムを有する大石川において,1994年4~12月にダムの下流河川および上流河川における底生動物群集を調査し,ダムが下流河川に生息する底生動物群集に及ぼす影響およびその要因を検討した.その結果,以下のことが明らかになった.1.ダム上流の底生動物群集の現存量は,カゲロウ目およびカワゲラ目が優占したのに対し,ダム下流ではトビケラ目が優占し,特に造網型トビケラ類のヒゲナガカワトビケラおよびチャバネヒゲナガカワトビケラの現存量が大きかった.2.ダム下流地点では,造網型のヒゲナガカワトビケラ,チャバネヒゲナガカワトビケラ,シマトビケラ科のいずれもが,上流地点と比較して生息密度が大きかった.3.ダム放流水口直下の地点では,夏季に河川水中の浮遊態有機物濃度の増加が観察され,これはダム湖からの植物プランクトンの流下によるものと推察された.また,この地点では夏季にヒゲナガカワトビケラ属若齢幼虫の顕著な増加が確認された.4.ダム湖から供給される植物プランクトンは,ダム下流域のヒゲナガカワトビケラ属の個体群に正の影響をもたらしている可能性がある.
著者
西田 守一 浅見 和弘 荒井 秋晴
出版者
Ecology and Civil Engineering Society
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.107-117, 2014

制限水位方式により運用されている三春ダム貯水池湖岸において,貯水池の水位低下により洪水期のみに出現する水位変動域の小型哺乳類による利用を明らかにした.水位変動域と通年陸域において捕獲・再捕獲調査を行った結果,208 個体のアカネズミと 2 個体のヒミズが捕獲された.水位変動域において,アカネズミは貯水池の水位低下直後の植生が乏しい (植被率 25%未満) 時期でも捕獲され,植被率の増加に伴い捕獲率は増加した.また,水位変動域で捕獲,再捕獲された個体が確認されたことから,水位変動域の利用は一時的なものではないと考えられる.アカネズミ捕獲率は,水位変動域と通年陸域で大きな差はなかったことから,水位変動域はアカネズミの生息地として機能すると考えられる.
著者
久米 学 森 誠一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.287-291, 2012 (Released:2013-04-24)
参考文献数
24
被引用文献数
2 1