著者
伊勢 紀 三橋 弘宗
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.221-232, 2006-01-30 (Released:2009-01-19)
参考文献数
53
被引用文献数
8 5

1.広域的な環境要因とモリアオガエルの分布の対応関係を解析し,日本列島スケールでの生息適地の推定を行った.また,この結果に基づいて保護区の現状に関してギャップ分析を行った. 2.モリアオガエルの分布の「有」データを説明する環境要因として,年間最高気温,実効雨量と最大積雪深(グループ化),森林率,緩斜面率の5つを対象として,二進木解析を行った.その結果,すべての環境要因がモリアオガエルの分布を説明する上で有効であることが判明した.そして,上記の順に階層化されたモデルが構築された. 3.構築されたモデルでは,生息適地として選択されたメッシュを全体の約40%まで絞込み,75%の実際の生息地をカバーすることが出来た.また,推定した生息適地に1メッシュでも隣接する地域も,生息適地として評価した場合,約95%の実際の生息地をカバーした.これらの結果は,ランダマイズドテストを行ったところ,いずれの場合も有意であり,本モデルが比較的高い信頼性を持つことが検証された. 4.これまで分布の空白地域とされていた,関東地方の北東部(茨城県)や南東部(神奈川県),紀伊半島,四国,九州地方は,実際に生息適地が乏しいか散在する地域であることが確認できた. 5.一方で,推定した生息適地図を参照すると,予測の不整合が確認された.分布が予測されるが,実際には分布情報が乏しい地域として,中国地方南部や東北地方東部(岩手県)が抽出された.逆に,分布が予測されないが,実際に分布する地域として,東海地方(静岡県北部),兵庫県南部などが抽出された.これらの不整合は,調査の不十分さ,異なるスケールやその他の環境要因が関連すると思われる. 6.生息適地と保護区との重複性をギャップ解析した結果,都道府県によって,現状が大きく異なることを視覚化することが出来た.特に近畿地方南西部(大阪,和歌山,奈良)においては,生息適地面積と保護区の占有率ともに値が低く,保全対策が必要であることが分った.
著者
吉冨 友恭 田代 喬
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.61-72, 2017-09-28 (Released:2018-01-15)
参考文献数
41
被引用文献数
1 1

河川は水中の視覚的に捉えにくい多くの要素で構成されている.また,河川生態は複雑かつ動的であり,生息地は微小な空間から広大な空間まで広がりをもっているため,現場において多くのことをとらえることは難しい.それらをわかりやすく表現するためには,河川の生態学的な視点に基づいた展示論が必要とされる.本研究では,水族館の生息環境展示を事例として,河川生態の捉え方と見せ方の展示論について再考した.はじめに,既往の研究にみられる河川の生息環境の類型と,人が河川という対象をとらえようとした際に制限される事項や傾向を整理することにより,展示の視点を見出した.また,質の高い展示を創出するためには,目的とする生息環境を含む典型的な風景を選定し,空間を透過する視点から特徴を踏まえた断面を抽出したうえで,基盤となる微地形の配置や作り込み,エコトーンにみられる水生動物や植生の導入,視線高を軸とした空間構成,対象環境を特徴づける光等を再現することが重要なポイントになることを明らかにした.見る人の視点については,生物と周囲の環境の関係を観察するために,視野と複数の視線高を確保することの重要性を示した.最後に,展示を補完・拡張するために導入される,イラストや映像を素材とするサインやモニター,端末等を使用した情報メディアについて考察することにより,肉眼では捉えることの難しい事象についても空間や時間を拡大・縮小して視覚情報化することができる点において,情報メディアの有効性,応用性を指摘した.
著者
高橋 勇夫 間野 静雄
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1-12, 2022-07-20 (Released:2022-10-05)
参考文献数
37
被引用文献数
1

天然アユの流程分布,とくに遡上上限がどのように決まるのかを明らかにするために,アユの遡上を阻害するような構造物が無く,かつ,種苗放流を 2013 年から停止した北海道朱太川において,2013 年~2021 年の 7 月下旬~ 8 月上旬に 12 定点で潜水目視による生息密度調査を行った.また,2014 年には下流,中流,上流の 3 区間からアユを採集し,52 個体の Sr/Ca 比から河川への加入時期を推定したうえで,加入時期と定着した位置の関係についても検討した.アユの推定生息個体数は 4.6~132 万尾と 9 年間で 30 倍近い差があった.各年の平均密度は 0.09 尾 /m2 ~2.61 尾 /m2 で,9 年間の平均値は 0.82 尾 /m2 であった.アユの生息範囲の上限は河口から 21~37 km の間で,また,生息密度 0.3 尾 /m2(全個体が十分に摂餌できる密度)の上限は 4 ~37 km の間で変動した.河口から生息範囲の上限までの距離および 0.3 尾 /m2 の上限までの距離ともにその年の生息数に応じて上下した.流程分布の変動は,密度を調整することにより種内競合を緩和することに寄与していると考えられた.耳石の Sr/Ca 比から河川へ加入してからの期間を推定したところ,早期に河川に加入したアユは上流に多いものの,下流部に定着した個体もいた.一方,後期に加入した個体は下流に多いものの,上流まで遡上した個体も認められた.これらのことは,早期に河川に加入した個体が後期に加入した個体に押し出されるように単純に上流へと移動しているのではないことを示唆する.さらに,推定生息数が最も少なかった 2018 年の分布上限は平年よりも 10~15 km も下流側にあった.これらより,遡上中のアユは充分な摂餌条件が整えば,移動にかかるコストを最小限に抑える行動を取っていると推察される.
著者
阿部 俊夫 坂本 知己 田中 浩 延廣 竜彦 壁谷 直記 萩野 裕章
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.147-156, 2006-01-30 (Released:2009-01-19)
参考文献数
27
被引用文献数
7 4

河川への落葉供給源として必要な河畔林幅を明らかにするために,森林内の落葉散布パターンを実測し,さらに,風速変動を考慮した簡単な物理モデルを用いて落葉散布の推定が可能かを検討した.落葉広葉樹林において,谷の両側斜面に単木的に分布するクリの木(両側各1本)を対象として,落葉散布を実測したところ,斜面から谷への方向では,落葉の散布距離は,最大で約25mであり,ほとんどの落葉は15m以内に落下することが分かった.モデルによる落葉散布推定の結果,一方のクリでは,樹冠近傍を除き,モデル推定値と実測値がよく一致した.累積落葉密度は,モデル,実測とも,距離15mで約90%に達した.もう一方のクリでは,モデルによる散布距離の推定値はやや過大となった.モデル推定値と実測値の比較の結果,林内風速が正確に測定できれば,本研究で提案したモデルを用いて落葉散布パターンを推定できる可能性が示唆された.しかし,林内では,樹木や地形の影響で局所的に風の吹き方が異なり,これがモデルの推定精度を下げる要因になっていると思われる.一方のクリで,モデルと実測が一致しなかったのも,この風速の不均質性が原因と推察された.ただし,大まかな落葉散布範囲は,河畔域の代表的な地点で風を観測することにより十分推定可能と思われる.また,本モデルは,その性質上,樹冠近傍の落葉密度を過小評価してしまう.しかし,落葉の累積%が80~90%に達する距離は,モデル,実測ともほぼ同じであり,落葉供給範囲を推定するという目的を考えれば,この違いは大きな問題ではないといえる.以上から,本モデルは,現時点での検証が不十分であるものの,今後,河川への落葉供給源の推定に有効なツールになりうると思われる.
著者
辻 盛生 丹波 彩佳 鈴木 正貴
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.321-330, 2022 (Released:2022-04-20)
参考文献数
24

カワシンジュガイは,河川上流域に生息する淡水二枚貝であり,絶滅危惧種である.調査地は湧水が点在する河川源流域の河川幅 1~4 m 程度の小河川であり,流程約 6.5 km に 4 箇所の調査区を設けた.上流の調査区で冬季に日周性のあるCl-,Na+濃度の上昇が確認された.調査期間中の最大値は 453 mg Cl- L-1 であり, EC100 mS m-1に相当する 283 mg Cl- L-1を越える濃度が 2018 年に 12 回,2019 年に 7 回記録された.調査区上流の高速道インターチェンジ付近の自動車洗車場から,車体に付着した凍結防止剤である塩化ナトリウムが流入したと推察された.調査河川上流,中流,下流の 3 箇所で実施した 2 年間に渡る移植調査の結果,洗車場に近い上流の調査区において,本種の成長はほとんど見られなかった.中流,下流の調査区における年間成長量は, 1.5 mm 前後であり,3~5 mm とする既往の知見より少なかった.本種の生息に影響を与える要因について,さらなる調査が必要である.
著者
森 照貴 川口 究 早坂 裕幸 樋村 正雄 中島 淳 中村 圭吾 萱場 祐一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.173-190, 2022-03-17 (Released:2022-04-20)
参考文献数
63
被引用文献数
2

生物多様性の現状把握と保全への取組みに対する社会的要求が高まる一方,河川を含む淡水域の生物多様性は急激に減少している可能性がある.生態系の復元や修復を実施する際,目標を設定することの重要性が指摘されており,過去の生息範囲や分布情報をもとにすることは有効な方法の一つである.そこで,本研究では 1978 年に実施された自然環境保全基礎調査(緑の国勢調査)と 1990 年から継続されている河川水辺の国勢調査を整理し,1978 年の時点では記録があるにも関わらず,1990 年以降,一度も採取されていない淡水魚類を「失われた種リスト」として特定することを目的とした.109 ある一級水系のうち,102 の水系で二つの調査結果を比較することができ,緑の国勢調査で記録されている一方,河川水辺の国勢調査での採取されていない在来魚は,全国のデータをまとめるとヒナモロコとムサシトミヨの2種であった.比較を行った 102 水系のうち,39 の水系では緑の国勢調査で記載があった全ての在来種が河川水辺の国勢調査で採取されていた.一方,63 の水系については,1 から 10 の種・種群が採取されていないことが明らかとなった.リストに挙がった種は水系によって様々であったが,環境省のレッドリストに掲載されていない種も多く,純淡水魚だけでなく回遊魚や周縁性淡水魚も多くみられた.水系単位での局所絶滅に至る前に「失われた種リスト」の魚種を発見し保全策を講じる必要があるだろう.そして,河川生態系の復元や修復を実施する際には,これら魚種の生息環境や生活史に関する情報をもとにすることで,明確な目標を立てることが可能であろう.
著者
白石 理佳 牛見 悠奈 中田 和義
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.115-125, 2015-12-28 (Released:2016-02-01)
参考文献数
21
被引用文献数
8 4

在来生態系への影響が問題となっている緊急対策外来種のアメリカザリガニを効率的に捕獲駆除できる篭および篭に用いる餌の種類を明らかにすることを目的とし,岡山市半田山植物園内の池で,篭の種類によるアメリカザリガニの捕獲効率比較実験(実験1)と篭に用いる餌の種類によるアメリカザリガニの捕獲効率比較実験(実験2)を行った.実験1 では,アナゴ篭,カニ篭,エビ篭を用いて,篭の種類別に本種の捕獲個体数を比較した.実験2 では,練り餌,チーズかまぼこ,冷凍ザリガニをエビ篭に用いて,餌の種類別に本種の捕獲個体数を比較した.実験1 の結果,アメリカザリガニはエビ篭で最も多く捕獲された.またエビ篭では,カニ篭とアナゴ篭に比べ,小型個体から大型個体までを含む幅広い体サイズのアメリカザリガニが捕獲された.実験2の結果では,練り餌を用いた場合で捕獲個体数が最大となった.以上,実験1と2 の結果から,アメリカザリガニの駆除を効率的に行うには,練り餌を餌としてエビ篭を用いるのが良いと結論した.
著者
渡邉 崚 中尾 航平 平石 優美子 釣 健司 山中 裕樹 遊磨 正秀 丸山 敦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.279-293, 2021-02-28 (Released:2021-04-06)
参考文献数
31

ゲンジボタル(Luciola cruciata)は,観光資源や環境指標種として注目されるが,近年,都市化などの人為的影響や大規模な出水による攪乱で個体数は減少しているとされる.保全に不可欠なゲンジボタルの個体数調査は,成虫を目視計数することが多く,幼虫の捕獲調査は破壊的であるため避けられている.本研究では,環境 DNA 分析用の種特異的なプライマーセットを設計し,野外でのゲンジボタル幼虫の定量の可否を検証することで,幼虫の非破壊的な定量調査を提案する.さらに,ゲンジボタルの個体群サイズを制限するイベントを探索することが可能か否かを検証する第一歩として,前世代と同世代の成虫個体数を同地点で計数し,環境 DNA 濃度との関係も調べた.データベースの DNA 配列情報を基に,ゲンジボタルの DNA のみを種特異的に増幅させる非定量プライマーセットⅠ,定量プライマー・プローブセットⅡを設計した.種特異性は,当該種ゲンジボタルおよび最近縁種ヘイケボタルの肉片から抽出した DNA で確認された.定量性は,両種を模した人工合成 DNA の希釈系列に対する定量 PCR によって確認された.プライマー・プローブセットⅡが野外にも適用可能かを確認すべく,2018 年 11 月に野外で採取された環境水に由来する環境 DNA 試料に対して定量 PCR を行った.その結果,環境 DNA 濃度と同時期に捕獲された幼虫個体数との間には正の関係が示された.最後に,幼虫捕獲数および環境 DNA 濃度,その前後の繁殖期の成虫個体数との関係を調べたところ,幼虫捕獲数と前後の成虫個体数には関係は得られなかった.一方,同時期の環境 DNA 濃度との間には負の関係すら得られた.これらの不一致は,長い幼虫期に個体数変動をもたらすイベントが存在することを示唆している.本研究は,野外において,ゲンジボタル幼虫の個体数と環境 DNA 濃度が正相関することを示した初の報告である.今後,幼虫期の定期モニタリングが可能となり,個体数変動を起こすイベントの探索が期待される
著者
佐藤 奏衣 矢部 和夫 木塚 俊和 矢崎 友嗣
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.153-171, 2022-03-17 (Released:2022-04-20)
参考文献数
47

近年,高濃度の栄養素やミネラルによる人為負荷が湿原に与える影響が深刻化している.本研究の目的は,地下水経由の人為負荷がワラミズゴケの出現と分布に与える影響を明らかにすることである.2014 年 8 月,北海道勇払湿原群で,流域に畑地のある負荷区と畑地のない対照区を設置した.次に,群落と地下水の水文化学環境を調査し,ワラミズゴケの出現と群落分布を規定する環境因子の関係を解析した.Cl-で標準化した各イオン当量比より,負荷区の Ca2+, Mg2+,および K+の降水寄与率が対照区より低かったことから,これらのイオンの負荷区の地下水への人為負荷が示された.nMDS の結果,ワラミズゴケ群落の分布は pH,ミネラル(Na+,Ca2+,Mg2+,K+,Cl-),および無機態窒素(IN)に対して負の関係を示した.また,ロジスティック回帰分析は,ワラミズゴケの出現は pH,ミネラル,IN,競争種,水位に対して負の関係を示し, nMDS の結果とおおよそ一致した.ロジスティック回帰分析から 9 つの環境因子に関するワラミズゴケの出現可能範囲の推定値が得られた.ワラミズゴケの一部は出現可能範囲外の高濃度ミネラル域にも出現し,ハンモック内部で地下水とは異なる水質が維持されていることが示唆された.パス解析の結果,ワラミズゴケの出現に対する各水文化学環境因子の効果は,競争種の競争排除による間接効果より直接効果のほうが高かった.したがって,ワラミズゴケ保全のためには,水文化学環境を出現可能範囲に維持することと,競争種を抑制することが重要である.
著者
森 晃
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.69-77, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1

ナマズは近年,生息環境の悪化により個体数が全国的に減少しているが,幼魚期の知見は不足しているため,生活史全体を考慮した効果的な保全は困難である.絶滅が危惧されている淡魚の生態解明には,PIT タグ(以下,タグ)が活用されている.しかし,タグをナマズの幼魚に適用し,野0外でタグ個体を追跡した例はみられない.そこで,本研究では野外においてタグを用い,ナマズのとくに幼魚から生態学的情報を収集することを目的とした.そのために,第 1 にタグの装着が幼魚に及ぼす影響を評価し,第 2 にタグを装着した個体を放流し追跡調査を実施した.第 3 に今後の課題について検討した.まず,タグの装着が幼魚に与える影響を屋内の水槽において検証した.その結果,タグを装着した 18 尾のナマズ幼魚のうち,死亡した個体はなく,切開痕についても約 20 日後には自然治癒した.また,タグの脱落がなかったこと,コントロール群とタグ群の間に成長の差がなかったことから,ナマズの幼魚に対するタグの装着は可能であると考えられた.次に,栃木県宇都宮市の谷川において追跡調査を実施した.合計 21 尾のナマズにタグを装着したのちに放流し,読取機とポータブルアンテナを用いてタグ個体の位置情報や利用環境について記録した.その結果,探査可能距離などの制限があったにもかかわらず 12 尾の個体の追跡に成功したことから,タグを用いた追跡が本種の生態学的情報を得ることが可能であることが示された.今後の課題としては,追跡の成功率を上げるために調査労力(頻度や範囲)を増やすこと,成魚には検出範囲の広い大型のタグを装着することが挙げられた.これらの改善点を適用することで,探査効率は向上し,ナマズの移動特性や選好環境などの情報を効率的に収集できると考えられる.
著者
堤 裕昭
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.83-102, 2005 (Released:2009-01-19)
参考文献数
34
被引用文献数
10 10

有明海に面した熊本県の沿岸には,アサリの生息に適した砂質干潟が発達し,1970年代後半から1980年代前半にかけて,アサリの漁獲量は約40,000∼65,000トンに達した.しかしながら,1980年代後半から1990年代にかけて漁獲量が激減し,1990年代後半以降,熊本県全体のアサリの漁獲量はわずか1,000∼3,000トンにとどまっている.アサリの漁獲量が激減した干潟では,アサリのプランクトン幼生が基質に定着·変態しても,ほとんどの個体が殻長数ミリに成長するまでに死亡していた.ところが,アサリ漁の主要な漁場である緑川河口干潟および荒尾市の干潟では,沖合の海底から採取した砂を撒くと,その場所にかぎっては,覆砂から数年以内は,このような定着·変態直後の幼稚体の死亡が少なく,アサリ漁が再開されるまでに個体群の回復が見られた.覆砂した場所にかぎって,一時的にアサリの幼稚体の生残率が高くなる現象については,もともとの干潟の基質に含まれる物質がアサリの幼稚体の生残に悪影響を及ぼしていることが考えられ,基質中の重金属類とその基質に生息するアサリの生息量との関係を解析した.その結果,アサリの幼稚体のほとんどが死亡している熊本県熊本市の緑川河口干潟および荒尾市の干潟の基質には,1,700∼2,900μg/g のマンガンが含まれ,一方,現在,アサリの現存量の約1∼6kg/m2に達する菊池川河口干潟および韓国の Sonjedo干潟では,マンガン含有量が500μg/g未満にとどまった.基質中に含まれるマンガンが,アサリの幼稚体に何らかの生理的な悪影響を与えている可能性が考えられる.
著者
松寺 駿 森 照貴 肘井 直樹
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00004, (Released:2021-12-10)
参考文献数
38

河川に生息する魚類にとって,水際部は産卵場所や稚魚の成育場となるため重要な場所とされている.そのため,コンクリート護岸の設置による影響が懸念されているが,遊泳魚に対する負の影響に比べ,底生魚への影響はあまり示されていない.底生魚は砂泥を好む魚種から礫を選好する魚種まで,その特性は幅広く,対象とする河川区間に生息する魚種相に応じて,コンクリート護岸による影響は異なるものと考えられる.そこで本研究では,魚種相が異なると考えられる2つの地域を対象に,コンクリート護岸の設置が魚類群集にどのような影響を及ぼすのか,水際部の環境が異なる河川区間において比較することで検証を行った.揖斐川または長良川の中流および下流部に流入する中小河川において,両岸とも流水がコンクリート護岸に接する区間(CC タイプ)と,護岸の有無に関わらず,両岸ともに流水が堆積した土砂に沿って流れる区間(SS タイプ),さらにコンクリート護岸と堆積土砂に片岸ずつ接する区間(CS タイプ)の3つを各調査河川において1つずつ選定し,調査を行った.遊泳魚の種数および個体数は水際が砂礫となった区間に比べ流水が直接コンクリート護岸に接した区間で少なくなっていた.一方,礫底を好む底生魚の個体数は流水がコンクリート護岸に接した区間で多くなっていた.流程に応じて水際部の環境の違いに対する魚類の種組成の反応も異なっており,コンクリート護岸の設置が魚類群集に及ぼす影響は魚類の生活様式や河川の流程に応じて変化することが明らかとなった.さらに,流水が片岸のみコンクリート護岸に接した区間における魚類群集の構造(種数,個体数,種組成)は両岸の水際が砂礫とな った区間と類似する傾向がみられ,中小河川においてコンクリート護岸を設置する場合,片岸のみにとどめられるような配慮・工夫をすることで魚類群集への影響を緩和できる可能性が示唆された.
著者
阿部 司
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.243-248, 2012
被引用文献数
2

Japanese kissing loach <i>Parabotia curta</i> (Cypriniformes, Botiidae) is one of the most endangered freshwater fishes in Japan. This species inhabits in a narrow region of western Honshu Island. The loach inhabits rivers and irrigation channels with gravel substrates hiding in crevices or holes, and spawns for a few days in the early rainy season at temporarily submerged, flooded grounds, which were originally very common lowland environments in monsoon Asia. However, recent artificial environmental changes, especially river improvements and farm land consolidation, have destroyed such environments and resulted in many local population extinction. Volunteers and Japanese/local governments are performing restoration and maintenance of artificial floodplains for the spawning as well as surveillance of poaching, but this loach is still critically endangered with some serious problems. In the agricultural area which has many restrictions, conservation techniques cannot be fully put to practical use. Although the technique of the ecology and civil engineering is effective for the restoration of floodplain environment and improvement of habitat, the sociological approach is crucial to utilize the technique in the local community.
著者
村田 裕 浅見 和弘 三橋 さゆり 大本 家正
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.63-79, 2008 (Released:2008-09-10)
参考文献数
28
被引用文献数
9 8

78年間,維持流量が設定されていなかった高梁川水系帝釈川ダム下流に,2001年7月から2003年3月にかけて順次0.1m3/s,0.2m3/s,0.348m3/sの維持流量が放流され,2003年3月14日からは再開発事業に伴う工事によりダム流入量=放流量(自然流況:2∼4m3/sが多い)となった.維持流量0.1m3/s放流により瀬切れはなくなり,流況改善に伴い流水が回復した.流況改善に伴う生物群集の対応を把握するため,糸状藻類,魚類,底生動物の変化を追跡した.糸状藻類は,維持流量放流後は,流量が一定のため繁茂したが,自然流況となり流況変動が大きくなると,剥離が進み減少した.魚類は,維持流量放流時(調査時の流量0.1m3/s,0.2m3/s)と自然流況時(調査時の流量4.0m3/s)を対比したが,自然流況後,平瀬を好むオイカワが減少し,魚類によっては生息環境の減少につながると考えられる.魚類全体としても,帝釈川ダム下流は,種数,総個体数が増加することはなかった.底生動物は,2002年2月の第1回調査では,ダム下流でカワニナなどが優占し,種数,総個体数,多様度指数も低かったが,流況改善1年程度でそれ以前と大きく種構成が変わった.時間経過に伴いカゲロウ目,トビケラ目が増加し,全体の種数,総個体数,多様度指数のいずれも増加し,ダムの影響を受けていない他の地点との差が少なくなった.
著者
金澤 康史 三宅 洋
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.141-150, 2006-12-20 (Released:2008-07-18)
参考文献数
29
被引用文献数
13 9

本研究では護岸建設により出現する人工的なコンクリート基質と, 自然基質である礫および岩盤との間で, 生息場所環境および河川性底生動物の群集構造を比較し, コンクリート基質の物理的な生息場所特性とそこに成立する底生動物群集の特徴を明らかにすることを目的とした.物理的環境の比較により, 基質の表面流速は礫で最も小さいことが示された. 礫河床は粗度が高く, 流水に対する抵抗が大きくなるため, 粗度が低いコンクリート基質および岩盤よりも流速が小さくなったものと考えられた.底生動物の生息密度はコンクリート基質で最も高く, 多様性の一要素である均等度は礫で最も高かった. また, 非計量的多次元尺度法 (NMS) の結果から, コンクリート基質上ではフタバコカゲロウが優占していることが明らかになった. コンクリート基質上に特徴的な底生動物群集が成立したのは表面形状の単純化とフタバコカゲロウの増加が原因だと考えられた.表面流速の増加に伴い, 底生動物の生息密度は増加し, 分類群数および均等度は減少した. また, 流速の大きい生息場所では, フタバコカゲロウと強い正の相関関係の見られるNMS軸2の値も高かった. よって, コンクリート基質上の流速の増加が, 他の自然基質とは異なる底生動物群集が見られる原因だと考えられた.本研究により, コンクリート基質上では自然基質とは異なる底生動物群集が成立していることが示された. この原因としては, コンクリート護岸の建設による生息場所環境とその複雑性の改変が考えられた. 本研究の結果は, 護岸などの河川構造物は人間生活の安全性・利便性を高める上で必要なものである反面, 河川生物群集に影響を及ぼしているという一例を示しているものと思われる. 今後は, 基質特性が底生動物群集に影響を及ぼすメカニズムを解明する必要があると考えられる.
著者
小林 哲
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.113-130, 2000
被引用文献数
21

日本の本州・四国・九州などを流れる河川に生息するカニ類の生態をまとめ,河川環境におけるカニ類の生態的地位と現状について考察を加えた.カニ各種の分布と回遊のパターンから,6タイプを分けた.タイプAとタイプBは感潮域付近でのみカニ期を過ごし,タイプAは繁殖のための回遊はないがタイプBは繁殖のため河口域から海域へ水中を移動する.タイプCとタイプDはカニ期を感潮域から淡水域に沿った陸域で過ごし,タイプCは河川の淡水域から感潮域にかけてで卵を孵化させ,幼生は広い塩分耐性があり感潮域へと流れくだる.タイプDは繁殖のためカニが海域へと移動し,海域で孵化を行う,タイプEは河川の淡水域でカニ期を過ごし,成熟したカニが川を降り感潮域に達しそこで繁殖する.これらのタイプはいずれも浮遊生活期の幼生が海域を分散する.タイプFは全生活史を淡水域上流部で過ごし,幼生期は短縮される.<BR>河川ではカニの分布は感潮域周辺に集中している.干潟に多くみられるスナガニ類は底質の粒度組成に応じてすみわけており,ヨシ原など後背湿地にはイワガニ類が多く出現する.淡水域の下流~中流域では,モクズガニが水中に,ベンケイガニ類3種(ベンケイガニ,クロベンケイガニ,アカテガニ)が水辺から陸上に出現する.上流域では,サワガニが水中から陸上にかけて分布する.代表的なスナガニ科8種,コブシガニ科1種イワガニ科10種,サワガニ科1種についての生態をまとめ,紹介した.<BR>河川生態系においては,カニ類は感潮域で腐食連鎖の上で重要な位置を占めていると考えられる.特にスナガニ類およびイワガニ類は,感潮域において有機物を消費している.また巣穴を多数掘ることで堆積物に沈積した有機物の分解を助け,環境浄化を助けている.近年,底質の変化によりカニ類の生息場所が損なわれ,堰の建設による流れの遮断により回遊の過程が妨害を受けている.河川改修による後背湿地における植生の喪失も,カニ類の生息場所を奪う危険性がある.以上のような,カニ類の生態を考慮に入れた改修事業が必要と考えられる.
著者
町田 善康 山本 敦也 秋山 吉寛 野本 和宏 金岩 稔 神保 貴彦 岩瀬 晴夫 橋本 光三
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.181-189, 2019-01-28 (Released:2019-04-10)
参考文献数
31
被引用文献数
3 5

北海道東部網走川水系の 3 次支流駒生川において,住民が設置した複数の手作り魚道の効果を検証するため,魚道設置前後の魚類の種組成,生息個体数,およびサケ科魚類の産卵床の分布を調査した.その結果,魚道設置完了前の 2009 年および 2011 年には,駒生川の落差工よりも上流域には,サケ科魚類が全く生息しておらず,ハナカジカとカワヤツメ属の一種のみが生息していた.また,サケ科魚類の産卵床も確認できなかった.2012 年に 7 基の魚道の設置が完了した後,落差工よりも上流域でサクラマスおよびイワナの親魚と産卵床がそれぞれ確認された.また,2013 年に行った調査では,落差工上流域にサクラマスの生息を確認した.さらに,魚道設置 5 年後の 2017 年には,駒生川においてサクラマスおよびイワナの生息が確認でき,ハナカジカの生息個体数は減少する傾向にあった. 以上の結果から,駒生川に設置された木材や石などを利用した手作りの魚道は,遡上できなかった上流域へのサクラマスおよびイワナの遡上を可能にした.しかし,定住性の高い魚類に関しては回復に時間がかかっており,中流域の三面護岸が影響していると考えられた.
著者
野崎 健太郎 紀平 征希 山田 浩之 岸 大弼 布川 雅典 河口 洋一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.165-172, 2005-01-30 (Released:2009-01-19)
参考文献数
33
被引用文献数
3 1

標津川下流域(北海道標津町)に位置する浅い河跡湖(最大水深2m)の水質環境(水温,水中光の消散係数,溶存酸素,窒素,リン,クロロフィルa)を2001年7月21日,11月17日,2002年7月30日に調査した.水温は7月には地点間,水深間で10~24℃の違いが観察された.11月にはほぼ5℃で均一であった.溶存酸素濃度は常に10mg L-1以上を示し,最大値は,25mg L-1,飽和度で250%に達し,2001年7月21日に湖底付近で観察された.高い溶存酸素濃度が得られた地点は,水深が60~100cmで,表層より水温が5~10℃低く(10~15℃),大型糸状緑藻Spirogyra sp.が繁茂していた.湖水中の溶存態窒素濃度は,4~250μg L-1の幅で変動し,7月に大きく低下した.リン酸態リン濃度は,7~14μg L-1の幅で変動したが,溶存態窒素に比べて変動の幅は小さかった.懸濁態のリン量は33~35μg L-1,クロロフィルa量は10~13μg L-1であり,おおよそ一定であった.夏期の湖水中の全リン濃度とクロロフィルa量は,この河跡湖が中栄養と富栄養の中間の水質を持つことを示した.水中光の消散係数は,1~2m-1であり,富栄養湖の最大値に匹敵した.湖水中のクロロフィルa量は富栄養湖ほど多くはないので,水中光を大きく減らしているのは,植物プランクトン以外の懸濁物質や溶存有機物であると考えられる.河跡湖周辺の原風景が低湿地であったことを考えると,この河跡湖は湿地に多く見られる腐植栄養的な性質を持つ水環境である可能性が高い.これらの研究結果から,河跡湖の水質環境は,現在の標津川本川とは大きく異なっており,むしろ,かつての低湿地環境が残存している場であることが推定される.
著者
石田 裕子 安部倉 完 竹門 康弘
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.1-14, 2005-08-08 (Released:2009-01-19)
参考文献数
43
被引用文献数
3 4

城北ワンド群に生息するトウヨシノボリ縞鰭型について,生息場所スケール(ワンド間比較)と微生息場所スケール(底質型間比較)での分布様式と摂餌生態を調査した.縞鰭型は,本川では採集されず,ワンド内でのみ生息が確認された.とくに,年間を通して小型で底質の小さい閉鎖的なワンドに多く生息していた.微生息場所スケールでは,泥や落葉が多い底質に多く生息していた.充満度(体重に対する消化管内容物湿重量の割合)は5月に高く,とくに,5月の0歳魚で高かった.消化管内容物には,止水環境に生息するケンミジンコ科やシカクミジンコ属などの動物プランクトンや,チビミズムシやユスリカ類などのベントスが多く出現した.これらの結果は,トウヨシノボリ縞鰭型の生活様式が,ワンドの止水環境に適応していることを示している.いっぽう,繁殖期と稚魚期には新設ワンドに多く生息しており,繁殖期の成魚は長径16∼21cmの大きな石の下面に産卵していた.したがって,トウヨシノボリ縞鰭型の生息場所には,餌場としての泥や落葉が堆積した止水域の生息場所と,産卵場としての侵食が卓越した石底のある生息場所が必要なことが示唆された.また,淀川大堰の運用が淀川の環境とヨシノボリ類の個体群に与える影響を考察した.