著者
近田 拓未
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は、核融合炉ブランケットなどをはじめとした先進エネルギープラントで開発課題とされている金属の水素脆化および水素の透過損失をセラミックスの薄膜を設置することによって軽減する技術に関して研究を行っており、薄膜の微細構造と水素透過挙動より薄膜中の水素透過機構を解明することを目的としている。最終年度となる本年度は、より詳細な水素透過機構を解明するために、前年度までの研究で基礎的な透過挙動が得られている酸化エルビウムを薄膜材料として用い、固溶や拡散といった透過の素過程について検討した。続いて、普遍的な透過挙動の理解を進めるために薄膜中の水素透過機構のモデル化を行い、計算値と実験値の比較や他の手法への適用可能性を調べた。また、他の薄膜材料の検討として炭化ケイ素を用い、薄膜組織分析と透過試験より炭化ケイ素薄膜中の透過挙動を調べた。透過の素過程の検討においては、基板片面に成膜した場合と両面に成膜した場合の透過試験結果を比較した。両者で拡散律速が確認されたが、両面成膜試料では基板に比べて最大1/100000に透過を低減することがわかり、固溶・拡散過程を繰り返すことによる透過防止性能の大幅な向上が示唆された。透過機構のモデル化においては、基板被覆率や薄膜結晶の平均粒径をパラメータとして計算を行うことで実験値との良い一致を示した。また、結晶構造の違いや不純物等の影響を考慮することにより、他の成膜手法においても適用可能性の向上が期待できることがわかった。炭化ケイ素薄膜においては、マグネトロンスパッタリング法による均一な薄膜の作製が可能であることが示され、基板との熱膨張率差によって生じるクラック等、酸化エルビウム薄膜で得られている挙動と類似性が見られた一方で、表面における吸着の効果といった相違点が存在した。
著者
杉野 隆一
出版者
埼玉県立がんセンター(臨床腫瘍研究所)
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

生物の進化は種内に存在する遺伝的変異の集団内での拡散によって起こる。遺伝的変異に働く自然選択は進化的に有利なもの、不利なもの、中立なものに分けて考えられる。有利な突然変異率は小さいものの、正の自然選択により短期間で固定する。不利なものは固定しづらいが率が高いため影響は無視できない。有利な突然変異が頻繁に起こると変異同士が干渉し合うため固定確率が下がる。これはclonal interference(CI)と呼ばれ、有効な集団サイズが大きな生物で見られる現象だと考えられている。ここで組換えが起こると有利な変異は独立に固定することができ、より多くの突然変異が集団中に固定することができる。同じ状況は有害な突然変異についても起こる。集団内の有害な突然変異率が高いとほとんどの個体がなんらかの有害な変異をもつため有害な変異でも固定する。固定した変異は組換えがなければ集団から取り除けないので、次々に蓄積してしまう。この不可逆な進化はマラーのラチェットと呼ばれている。いずれの場合でも、組換え自体が中立でも結果的には有利なシステムとなる。本研究ではシミュレーションを用いて、上の理論が自然界で当てはまるのかを検証した。パラメーター(突然変異率、有効な集団の大きさ、組換え率)はバクテリアで観察されるものを用いた。まず、有利な突然変異では、CIは組換えが起こらない状況で最も影響を及ぼすが、変異率が大きくなりすぎると再びCIの影響が強くなり、有利な変異の固定確率が中立なものと変わらなくなることがわかった。そして、バクテリアのパラメーターは、組換えが有利に働く幅に収まっていた。有害変異においても変異率があがると固定確率は中立に近づいた。そして、観察される組換え率では固定率は下げられていた。以上のことから、バクテリアにおいて組換えは進化的に有利に働いていることが示唆された。
著者
津金 麻実子
出版者
中央大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-07-27

昨年度までに、リポソーム内でmiRNAを等温増幅し、検出することに成功した。これはプライマー、DNAポリメラーゼ、制限酵素を用いて標的microRNAを55℃の等温で増幅し、蛍光プローブ(SYBR GreenⅠ)で検出する方法である。本年度は等温増幅反応試薬内封リポソームとエキソソームと融合させ、リポソーム内でエキソソーム由来microRNAの検出を試みた。オクタデシルローダミンで膜染色したエキソソームと核酸等温増幅反応の反応液を内封したリポソームを混合後、電気刺激により膜融合させて55℃で2時間反応させた。しかし、リポソーム内でSYBR GreenⅠの蛍光は観察されなかった。電気融合はエレクトロポレーション用のキュベットを用いたが融合効率が低いことや、エキソソーム内のmiRNA濃度が低いことが理由として考えられる。最近、カバーガラスとアルミテープで作製した電気融合チャンバーを用いると融合効率が高く、さらに顕微鏡観察下で融合を実施できることがわかった。そこで、融合効率を上げるためのマイクロチャンバーデバイスの開発を行った。
著者
加藤 紫苑
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究の課題は、中期シェリングの主要著作『世界時代』の分析を通して、ヘーゲルによるシェリング芸術哲学の批判とそれに基づく《芸術終焉論》がシェリング自身によっていかに再批判されるのか、という問いに答えることにある。この問題意識のもとに平成30年度は以下の活動を行った。第一に、平成29年9月以来、ドイツ連邦共和国のボン大学国際哲学センターにおいてマルクス・ガブリエル教授のもとで研究を行っており、平成30年度の前半も引き続き同所において研究を行った。平成30年6月にはガブリエル教授の日本への招聘講演にも帯同した。来日中、報告者の日本での所属研究機関の主催により、ガブリエル教授の京都大学で講演会を開催した。その発表原稿を翻訳したものが「なぜ世界は存在しないのか――<意味の場の存在論>の<無世界観>」である。第二に、ヘーゲルのシェリング批判の内実とその妥当性を判定するための論文を執筆した。「〈導入〉としての『ブルーノ』―同一哲学の見過ごされた側面」と題するもので、ヘーゲルの『精神現象学』におけるシェリング批判がある意味で一面的であることを示そうとした。本研究の中心的課題である『世界時代』の再解釈は、具体的には、(1)『世界時代』の構想の解明、(2)『世界時代』の過程の解明、(3)『世界時代』の成果の解明という三つの段階を踏んで行われる。本年度の前半は『世界時代』の執筆の挫折の主要原因を十分に明らかにした上で、後半はこの挫折の経験がシェリングの後期哲学(特にその『神話の哲学』)にとってどのような意義を有しているのかについて考察した。そのためには、この挫折の経験をふまえて行われている『エアランゲン講義』の内容の分析が不可欠であった。主に『エアランゲン講義』の読解を中心とした研究成果はいずれ、国内外の学会において研究発表を行い、各機関誌に論文を投稿する予定である。
著者
後藤 一樹
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

2017年4月、ハンセン病を患い四国遍路に赴いた経験のある方を対象に、漂泊と定住の観点から生活史の聞き取りを行った。これまでの継続的な調査により、聞き取り対象者は百名以上となり、ビデオカメラに記録した映像民族誌的データの蓄積も膨大なものになった。今年度は、以上の調査データをもとに、遍路や地域住民らそれぞれの物語の四国遍路における交わりのありようを分析する作業を進めた。成果として、約26万字に及ぶ博士論文『〈漂泊〉と〈定住〉の交響史――四国遍路のクロス・ナラティヴ研究』を執筆、慶應義塾大学大学院社会学研究科に提出し、2018年3月に博士(社会学)が授与された。無縁社会化する現代日本において、家庭・職場・地域の共同体から縁切りする社会的プロセスを辿った調査対象者らの共通経験は、四国遍路の領域で対話を通して響き合い、主従関係や役割関係とは無縁の相互扶助関係を構築していた。その動的過程を明らかにした本研究は、共同体の果てでなされる社会関係の創出に関して、新しい知見をもたらすものである。また、調査の際にビデオカメラに記録した四百時間余りの映像を、パソコンのソフトを用いて編集し、分析した。その成果として、映像モノグラフ『四国遍路――人生の交差する道』を制作した。博士論文の一部は、これにもとづいて考察を行ったものである。映像データを論文内に分厚く記述し、分析する手法を編み出した点にも、本研究の意義が認められる。ほかに、過疎地域の生活実態調査と活性化の取り組みとして、千葉県市原市に所在する商店街において十軒の家族にインタビューを実施し、各家族の口述史や現在の生活を調査した。それぞれの物語は「詩(うた)」と「写真」で表現され、各店舗に展示するための準備も進めた。この取り組みの一環として、成果の一部をカルチュラル・タイフーン2017(早稲田大学、2017年6月24日)で発表した。
著者
松村 護
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

植物のトライコーム(毛状突起)が雨を危険信号として感知し、感染回避のために疾病防御応答を誘導することを明らかにしたが、その遺伝子発現制御機構は明らかになっていない。葉面に対する機械刺激によって細胞内にCa2+流入が生じることから、Ca2+を介した遺伝子発現制御機構の詳細を明らかにする。また、シロイヌナズナの葉面に機械刺激を予め負荷しておくと、抵抗性反応が強化されるプライミング効果が認められた。そこで、本研究では、クロマチン修飾に関わる因子を介した遺伝子発現制御に着目し、プライミング制御に関わる分子機構について解明することを目的としている。
著者
太田 博樹 SCHMIDT Ryan SCHMIDT Ryan William
出版者
北里大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

【研究の目的】本研究のテーマ「縄文人と弥生人の混血を検証」は埴原和郎が1991年に提唱した『日本人形成の二重構造モデル』の主要部分を占める。約1万2千年前、日本列島全体には狩猟採集民・縄文人が住んでいた、一方、2千数百年前に現れた弥生人は水田稲作民で、東アジア大陸からの移住者(=渡来民)と考えられている。そして弥生~古墳時代、在地系縄文人と渡来系弥生人の混血が進行したとされる。本研究で検証すべきは渡来系弥生人の遺伝的貢献がどの程度であったかである。埴原は遺跡数から推定される人口増加を説明するために、非常に多くの渡来民が日本列島へやってきたと考えた。しかし、水田農耕の技術力を背景に渡来民の人口増加率が急速であった可能性もある。渡来系弥生人の遺伝的貢献度を定量的に分析するには、古墳時代人の人骨のDNAを調べるのが最も有効だ。そこでライアン・シュミットは古人骨DNA分析に着手した。【研究実施計画】古い人骨からのDNA抽出は技術的困難が伴うため、まず最初に1つの細胞あたりの分子量が多いミトコンドリア・ゲノム(mtDNA)の分析に取り組んだ。茨城県ひたちなか市・十五郎穴横穴群遺跡から出土した人骨7検体(8~9世紀)および群馬県渋川市・金井東裏遺跡から出土した人骨2検体(6世紀初頭)を分析対象とした。これらを物理的に粉砕した上、DNAの抽出・精製をし、mtDNA D-loop 領域119bp断片を増幅するプライマーをもちいてPCRを行った。その結果、全ての試料で増幅に成功した。続いて、この増幅断片にオーバーラップする別のプライマーセットをもちいてさらなるPCR増幅を行った。その結果、D-loop領域のほぼ全体をカバーすることに成功した。これらのうち残存DNA量が十分なものについて次世代シークエンサーで分析を行うためのライブラリーを作成した。
著者
須藤 遙子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

1年目の2015 年度は、史料調査・資料調査を主に行った。まず、京都の国際日本文化研究センターにて1950-60 年代の『キネマ旬報』を全て通読し、自衛隊協力の可能性のある戦争映画、航空映画などの記事をコピーし、リスト化した。これにより、戦争映画約180本、航空映画約50本を抽出、新たに5本の協力映画を発見することができた。ただし、現時点では全く視聴できていないので、引き続き調査を進めて視聴を実現できるよう努力する必要がある。また、本研究では2年目に行う予定としていた、米国メリーランド州カレッジパークにある米国立公文書館での調査を、不完全ながら2015年10月10日-15日まで行うことができた。これは、科研費基盤研究C「1950年代の米国による映画広報政策と日本の防衛広報の結節点についての実証的研究」(研究期間:平成27年度~平成29年度)の調査として、2015年10月9日-23日までワシントンとニューヨークを訪れた際、本研究に関わる部分に関しても米国立公文書館で同時に調査を行ったためである。この結果、USIS(米広報文化交流局)による反共を目的とした世論工作を詳述した報告書の一次資料を確認し、コピーすることができた。この報告書を確認したところ、確かに高倉健主演の『ジェット機出動 第101航空基地』(小林恒夫監督、東映、1957)を含む少なくとも5本の映画にアメリカが関与した事実は判明した。しかし、残念ながら他の4本の映画のタイトルは記述されておらず、さらに関係資料をあたって作品を特定する必要がある。筑紫女学園大学現代社会学部への着任が決まり、特別研究員としての研究は1年で終えることとなるが、引き続き先述の基盤研究Cと連動させながら、本研究を進めていく所存である。
著者
宮野 真生子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度、私は、日常を生きるうえで、いかにして「偶然」とかかわるかという観点から、九鬼周造の倫理的可能性を問う作業をおこなった。その作業は具体的には、二つの方向からおこなわれた。(1)和辻哲郎が提示する「間柄」に基づく必然性重視の倫理観との比較。(2)田辺元が晩年の『マラルメ覚書』で提示した「行為の偶然性」というアイデアを媒介として、九鬼の偶然性概念を発展させること。(1)和辻の『倫理学』において、分析の基礎となるのは、「日常の事実」である。間柄を分析し、倫理を析出する和辻は、徹底して「日常の事実」に立つ。だが、日常がつねに私たちとともにあるからと言って、それを即座に「自明の前提」として無批判に受け入れることができるのだろうか。その前に私たちはまず、なぜ日常を当たり前の事実、自明の前提として受け入れてしまうのかを問い、この自明性を成立させる「日常性」のメカニズムについて考えることが必要ではないのか。「日常の事実」に立つ思索は、そのときはじめて広い射程を有することができる。以上のような問題意識を出発点として、和辻と九鬼の「日常」観の相違を分析した。(2)九鬼哲学では、「偶然性」は「存在」の問題として扱われてきたが、これに対し、田辺元は『マラルメ覚書』において「行為における偶然性」について論じている。九鬼周造の哲学を「倫理」として展開するためには、「行為」の次元を考えることが不可欠であり、その部分を補うのが、田辺の『マラルメ覚書』である。彼はここで、行為の当否は常に偶然に委ねられており、その偶然を生きることこそが「倫理」であると論じている。つまり、一般に「倫理」とは「必然」を説くものと考えられがちだが、それにたいし、田辺は「偶然」にこそ「倫理」を見た。それは、必然によって自己と他者、あるいは未来を縛る固定的な倫理ではなく、より自由な倫理的関係を可能にするものであると言える。
著者
杉野 駿
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究はフランス啓蒙主義の哲学者ドゥニ・ディドロの美学理論である「理想的モデル」論を、その生成と同時代の理論との関係に着目しながら検討する。「理想的モデル」とは『百科全書』の項目「ADMIRATION」から『俳優に関する逆説』までおよそ20年間かけてディドロが様々な文脈において使用しつつ彫琢した概念である。この概念を中心に展開された理論は、深源をプラトン哲学に持ちながらも、観念論と唯物論の弁証法のなかでの「判断」の契機の特異な位置づけを浮き彫りにする点で18世紀の美学理論のなかでも特筆すべきものである。本研究は、この理論の美学的達成と同時にその政治的含意をあきらかにすることを目指す。
著者
MOLNAR LEVENTE
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

本研究は、二人のハンガリー出身の映画作家、ヤンチョー・ミクローシュとタル・ベーラの空間表象をめぐりモダン・シネマにおける映画的表象を中心的な問題としている。作家論を超えて、モダン・シネマの文脈まで展開するためには、二人による作品のほかには同時代の中央・東ヨーロッパの映画にみられる空間表象を確認し、多岐にわたる先行研究を精読し、整理する。最終的には、本研究は映画において「何が語られているのか?」や「作家のメッセージは何なのか?」、「描写されたことはどういう意味なのか?」などの意味論もしくは解釈学的とは違う、つまり「如何にして表象されているのか?」という観点から映画的表象を論じる。
著者
王 昊凡
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究では日本国外の寿司店の増加を事例に、食のグローバル化という社会現象ついて検討した。上海にある寿司店314軒のうち計92軒へのヒアリング調査を行い、調査では生食向け魚介の仕入れ状況、職人の技能養成状況、献立立案や調理実施に関する現状、接客の有り様を調査した。加えて、上海銅川市場において、生食向け魚介の流通を取り扱っている業者へのヒアリング調査も行った。社会学においてグローバル化は長らく重要な研究テーマとなっており、食のグローバル化ではG.リッツァが「マクドナルド化」概念を提唱したこともあって、多国籍企業による大規模チェーン店の展開と、それに伴う合理化した店舗運営に着目してきた。しかし、食は実際には中小零細規模での越境が容易であり、現実にも起こっている点や、食材の品質を考慮した際に、合理化が安定した店舗運営と利益の向上につながるとは限らないという点で、特徴を持っている。食べものがもつこの2つの特徴によって、そのグローバル化のあり方がどのように左右されるかを知るために、本研究では寿司を事例に検討している。本研究の知見をまとめると、以下3点のことがいえる。第一に、②食材の品質と関連して、寿司が多種多様な生食向け魚介を用いるにもかかわらず、上海ではそれを適切に仕入れることが難しいため、職人的技能に頼らざるをえない麺があった。第二に、マクドナルドのような合理化した店舗運営ではなく、技能を身につけた職人の柔軟性によって、仕入れた食材の品質が不安定であること、仕入れた食材の種類が足りないためにメニューが限られること、消費者が多様であるためにその嗜好に合わせなければならないことといった課題を解決する仕組みができあがっている。第三に、そのことは単にひとつひとつの寿司店が安定して運営できることのみならず、上海における寿司店の多様化に寄与した。
著者
王孫 涵之
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

本研究は唐代中国の孔穎達が編纂した『五経』の注釈書である『五経正義』を取り上げ、それが平安時代以来の明経博士を世襲する日本の清原家においてどのように受容されたかを考察することにより、東アジアにおける儒学教育の一側面を究明する。具体的には、清原家の各経が用いた『五経正義』の版本を考証し、その『五経正義』に対する読解法を究明する。清原家の『五経』抄物と『五経正義』を対比させることにより、経書講義の形式から両者の異同を分析する。清原家の『五経』講義と『四書』講義との関係を総合的に考察する。その上で、東アジア儒学教育における『五経正義』の意義と価値を探り、経書講義と学問潮流との関係を検討する。
著者
金森 万里子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

様々な国において農村の自殺率は都市より高いことが報告されているが、農村に着目してどのような社会環境が自殺率に関係するのか検証した研究は少ない。そこで本研究では、①大規模データの分析によって自殺に関係する社会環境要因を明らかにする:日本老年学的評価研究の調査データおよびスウェーデンの全国民データを用いて分析し、国際比較研究を行う。都市と農村の格差、地域の産業構造、ジェンダー規範等に着目する。②住民のエンパワーメントによる自殺対策の可能性を明らかにする:主に酪農女性に着目し、生き心地の良い地域づくりに向けた住民活動を支援する。住民自らが定義した地域の課題設定を生かし、それをサポートする形で関わる。
著者
郡司 芽久
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

2017年度・2018年度に引き続き、国立科学博物館に収蔵されている鳥類の骨格標本の観察および計測を行った。これまでの観察・計測から、「原始的なグループでは頸椎数の種間変異が大きく、胸椎は安定的」「派生的なグループでは、頸椎数だけでなく胸椎数も種によって異なり、頸椎・胸椎の総和は安定的」ことが明確になった。また、昨年度に引き続き、頸椎数・首の運動機能が異なるダチョウとサギ類の頸部筋骨格形態の構造の詳細把握を試みた。また、今年度新たにトキ科の標本を入手することができたため、サギに似たような見た目をしているトキ科のヘラサギを中心に、筋骨格構造のデータを取得した。これらの比較の結果、昨年度明らかになったサギ類の頸部筋肉の”滑車状”構造は、サギ類特有である可能性が高いことが明らかになった。加えて、頸部を支える役割をもつ項靭帯の構造が系統ごとに異なることも明らかになった。さらに、昨年度得た頸椎の三次元形態データを元に、1/2スケールの頸部骨格モデルを作成した。モデルを用いた実験の結果、項靭帯の構造の差が首の挙動に大きな影響を与えることが明らかとなり、首の機能や運動様式に関連して構造の変化が生じていることがわかった。
著者
平原 秀一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

本研究テーマに関して、次の2つの重要な成果を得た。(1) 本研究のテーマであるランダム文字列を使った乱択多項式時間アルゴリズムの特徴づけに関するAllenderの予想を本質的に否定する成果を得た。(2) 「ブラックボックス帰着の限界」と呼ばれる証明手法の限界を世界で初めて突破することに成功し、計算量理論の中心的な未解決問題を解決するための新しいアプローチを見出した。(1) 具体的には、コルモゴロフ記述量の意味でランダム文字列(=圧縮できない文字列)かどうかを判定するオラクルに非適応的に質問することによって解ける問題は、乱択多項式時間アルゴリズムで計算できるもののみに限る、と予想されていた。我々は以前知られていた帰着を大きく改善し、特に乱択多項式時間アルゴリズムで計算できないと予想されている問題さえも解けることを示すことに成功した。特に、これはAllenderの予想が他の(より一般的な)予想に反することを意味する。(2) 上述の成果に関連して、(時間制限付き)コルモゴロフ記述量を計算する問題について、最悪時・平均時計算量が同値になることを証明した。普通、アルゴリズムの計算時間は最も時間のかかる入力において測る(=最悪時計算量)が、それに対し、平均時計算量では、ランダムに生成された入力において、期待値の意味で計算時間を計測する。NP完全の問題について最悪時・平均時計算量の同値性を示すことは計算量理論における中心的な未解決問題であり、特に「ブラックボックス帰着」と呼ばれる証明手法では解決することができない。本研究では新しい証明手法を開発することにより、ブラックボックス帰着の限界で初めて突破することに成功した。具体的には前述の通り、コルモゴロフ記述量の計算問題について最悪時・平均時計算量の同値性を示した。
著者
原田 直樹
出版者
大阪府立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

アンドロゲン受容体(AR)は、リガンドであるジヒドロテストステロンと結合して転写因子として機能することで、前立腺がんの進行に深く関与する。コアクチベーターは、ARに結合してARの転写活性化能を正に制御する因子である。本研究により解糖系酵素として知られるグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)が、ARに選択性の高い新規コアクチベーターとして機能することが明らかとなった。また、ARのコアクチベーターとして作用するRanBPM/RanBP9に高い相同性を持つRanBP10が、前立腺がん細胞株LNCaPにおいて高く発現し、RanBPMと同様にARの転写活性を促進することを明らかにした。RanBP10は、RanBP10-RanBP10あるいはRnBP10-RanBPM複合体を形成してARコアクチベーターとして機能することが示唆された。さらに、ARコアクチベーターであるARA24/RanはARのN末端領域とC末端領域の相互作用を促進する因子として機能することを明らかにした。ブドウの果皮に含まれるレスベラトロールは、ARの転写活性を抑制する作用を持つため、食による前立腺がんの予防に貢献する食因子として注目されている。これまで、レスベラトロールはARのmRNA発現を抑制することでAR機能を抑制すると考えられていた。しかし、本研究で翻訳後ARに及ぼすレスベラトロールの影響を検討した結果、レスベラトロールはARタンパク質の半減期を短縮させることや、核内AR量を有意に減少させる作用を持つことを新たに見出した。
著者
堀 直人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は、(1)リボソームを中心とするタンパク質生合成システム作動原理の構造に立脚した理解と、(2)そのために必要な巨大分子シミュレーション技術の確立である。前年度までに、目的(2)に対応するRNA一タンパク質複合体の粗視化モデルの構築を完了している。また、目的(1)の達成に向けて、リボソーム-tRNA複合体の計算を開始しており、本年度は計算結果の解析や論文出版へのまとめ作業を行った。リボソームの翻訳伸長時には、結合した2つのtRNAが正確に1コドン分移動する。この際、(a)リボソームサブユニット間の回転運動、(b)L1ストークの動き、(c)tRNAのハイブリッド状態形成という3つの特徴的運動が実験的に観察されている。しかし、それらがどのように共役しているかなど、メカニズムの詳細は分かっていない。そこで、状態の異なる2つのリボソーム構造を用いて、Aサイト、Pサイト、または両方にtRNAが結合した状態でシミュレーションを行い、tRNAの移動過程とリボソーム構造の関係性について調べた。解析結果から、リボソーム構造に関わらずPサイトtRNAはハイブリッド状態をとるが、サブユニット回転後の構造においてより安定であることが分かった。一方、AサイトtRNAは比較的ハイブリッド状態を形成しにくく、A・P両方にtRNAがある場合は、"ハイブリッド2(P/E,A/A)"と呼ばれる状態が安定であった。さらに、実験的に関連が示唆されているA-sitefinger(ASF)について、変異型リボソームでのシミュレーションを行い、ASFがAサイトtRNAのハイブリッド状態形成を抑制していることが確認できた。一連の計算は、原子数としても時間スケールとしても一般的な全原子MD計算では困難なものであり、本研究において粗視化モデルを適用して進めたことで初めて可能となった。
著者
青柳 有利子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

近世能楽史の究明を目的として、徳川御三卿旧蔵資料を調査した。徳川御三卿は、幕府御抱え役者の有力な後援者として能楽界に少なからぬ影響力を持っていたことが知られ、その旧蔵資料を調査することで江戸後期能楽界の様相を窺い知ることが出来ると考えられるためである。本研究の特色は膨大な歴史資料を調査対象とした点にあり、これにより従来の能楽資料を中心とした断片的な考察に、歴史的な裏付けを与えることが可能となる。一橋家については、昨年度収集した写真資料を翻刻し、当該データの論文化を進めた。中でも近代一橋家の日記に、明治期の能界や一橋家旧蔵の能装束、徳川家周辺の能楽愛好の様子などを示す有用な記事が見られたため、計画段階では対象外としていたが、今年度も調査を継続した。調査は、茨城県立歴史館所蔵の近代一橋家日記108冊から能楽に関わる記事を抽出し、デジタルカメラで撮影をした。その成果の一部は平成23年1月24日の能楽学会例会(於早稲田大学)で「明治期の華族と謡講-一橋徳川家旧蔵史料をもとに-」の題目で発表し、近代一橋家日記に見える能楽関連記事の概略や、謡講の具体的な記事、明治17~40年頃にかけて徳川宗家・田安家・一橋家・徳川慶喜・蜂須賀家・酒井忠惇等を中心に十徳会なる謡講の会が催されていたこと等について報告した。また近世についても、田安家旧蔵『獻英楼畫叢』の注記と一橋家日記の演能記録が一致することや、文政十年から文久二年に一橋家に出入りしていた役者名、および演能記録が明らかになっている。さらに国文学研究資料館「田藩文庫」の能楽関連資料の収集・整理も行なったので、それぞれ成果がまとまり次第発表する予定である。なお清水家については、旧蔵資料が所在不明のため調査は行なっていない。以上