著者
中原 雅人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、昭和初年代にアルス版『フロイド精神分析大系』の訳者であった林髞(木々高太郎)の小説『網膜脈視症』(「新青年」昭和9/11)について考察した。同作はS.Freudの原典に依拠しており、それは高太郎が1920年代のFreudにおける自我とエスへの転回(第2局所論)を正確に捉え、紹介していたことを反映している。また同作はOtto Rankを高く評価することで、RankがFreudと異なり不安Angst神経症の治療のために反復Wiederholenを重視していたことを、物語の中で表現していた。高太郎の執筆活動は、精神分析学・日本文学史・精神医学史などの中で新たな評価が与えられる。以上を日本近代文学会にて口頭発表した。また多分野で広く言及されるJacques Lacanのセミネール"Les quatre concepts fondamentaux de la psychanalyse"(1973)の、国内外でいまだ読解が不完全な部分について読解を行った。Lacanは Tinbergenら本能行動についての動物行動学の研究を参照する一方で、その説がとりわけ擬態を適応adaptationとみなす点をRoger Cailloisの説によって批判し、まなざしregardの理論へ発展させた。それは視覚における欲望の原因を、擬態を含む絵tableauの効果によって説明する。この関係を光学における虚像と実像の比喩によって示したことは、江戸川乱歩『鏡地獄』(「大衆文藝」大正15/10)にも通じるものである。以上は、「言語情報科学」に受理・掲載された。これらの研究は、変態心理学および変態性欲学が動物一般の本能行動を措定し、そこからの逸脱を人間の欲望の本質たる特徴とみなすものとすれば、その広範な影響の下に日本に導入された精神分析という学問形態においてこれを発展させ、一般理論の構築と日本文学への応用を志したものであり、これによって本研究の総合がはかられたと言える。
著者
近藤 亮介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

研究2年目にあたる本年は、19世紀中葉のアメリカにおけるピクチャレスクについて、「パーク(park)」概念に焦点を当てて検討した。主な対象としては、アメリカ最初の郊外住宅地であるニュージャージーのルウェリン・パーク(1853)とアメリカ最初の公園であるニューヨークのセントラル・パーク(1857)を扱った。この研究成果は、「2つの公園―ルウェリン・パーク(1853年)とセントラル・パーク(1857年)」として、日本臨床政治学会(専修大学、2015年10月24日)にて口頭発表(招待講演)を行った。また、前年度の研究成果を踏まえ、トマス・ジェファソンの私邸・大農園である「モンティチェロ」の造園を英国風景式庭園およびピクチャレスク美学との関係から分析した「アメリカのピクチャレスク移植―19世紀前半の農園と霊園を中心に」を、日本18世紀学会第37回大会(東京大学、2015年6月20日)にて口頭発表した。さらに、前年度から引き続き、19世紀前半の英国におけるピクチャレスクについての理解を深めるために、1790年代以降の美学言説の精読を行った。その研究成果の一部として、美学言説と植物学・旅行との関係性からピクチャレスクの社会的受容を考察した論文「ジェームズ・プラムトリが見たピクチャレスク美学―『ザ・レイカーズ』(1798)を読む」を『日本18世紀学会年報』(日本18世紀学会、第30号、2015年6月)で発表した。その他、夏期休暇には、ルウェリン・パークおよびセントラル・パークの実地調査だけでなく、ヨセミテ国立公園とイエローストーン国立公園の実地調査・資料収集も行うことができた。1860~70年代にかけてオルムステッドが深く関与した国立公園構想と環境主義についての論文をまとめることが、今後の課題である。
著者
谷山 茂人
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本年度は、パリトキシン(PTX)による食中毒に関速して生物界における有毒種の分布と毒蓄積機構の解明を推し進める目的で以下のとおり実施した。(1)平成17年度に引き続き、長崎県、宮崎県、徳島県および山口県産ハコフグとウミスズメ計130個体の毒性を調べたところ、約40%が有毒であった。また、山口県を除く採捕海域または隣接海域にはOstreopsis属渦鞭毛藻が分布し、各培養株と魚類の毒の性状はPTXと類似しており、魚類の毒化に本藻の関与が示唆された。(2)平成17年度の知見を踏まえ、フィリピン・ビサヤス諸島産魚類46検体の毒性スクリーニングを継続して行った。まず、32検体は水溶性の遅延性毒性を示し、特にパナイ島産魚類の毒性は強く、その多くはPTXと類似した性状であった。一方、同試料10検体から抗シガトキシン抗体に対して陽性である毒性が検出され、一部の試料には複数の毒因子が含まれていると考えられた。(3)PTX標準品の高速液体クロマトグラフィー分析において、0.1%ギ酸を含む20%または80%アセトニトリル溶液2種類を移動相とし、そのリニアグラジエントによって濃度0.1μ/g以上の高感度な検出が実現した。本法はイオントラップ型および飛行時間型質量分析にも応用可能であった。一方、本分析の前処理法には限界ろ過法は不向きであり、精密ろ過法が適していた。また、Oasis【○!R】MAX(Waters, USA)を用いた固相抽出法は、PTXの簡易精製に極めて有効であった。現在、Ostreopsis属渦鞭毛藻(培養株)の部分精製毒を本手法に基づき分析しており、その構造情報を得つつある。また、有毒な魚類についても同様に分折中である。以上、最終年度となる本年度はPTXの高感度な検出法と簡易な前処理法を確立し、PTX保有生物に関する新たな知見が見出された。
著者
石田 竜弘 EMAM SHERIF
出版者
徳島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-11-13

COVID-19に対する独自の免疫技術を用いたワクチンを開発することを目的とする。我々は高分子のPEGに対する自然免疫を利用して、体液性免疫も細胞性免疫も同時に誘導可能な抗原デリバリーシステムを開発している。COVID-19のワクチンは、単に体液性免疫を誘導するだけでは不十分で、細胞性免疫も同時に誘導することが必要とされており、我々のシステムを用いれば細胞性免疫も同時に誘導することができる可能性が高いことから、ユニークかつ有能なワクチンの開発が期待できる。
著者
池田 賢司
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本年度は, メタ理解の正確さに関して, 文章の読解過程を規定する要因として達成目標に焦点を当てた検討を行った。達成目標は大きく習得目標(例えば, 課題を通じて認知能力を向上させる)と遂行目標(例えば, 他の人よりも課題でより高い点数を獲得する)に分類される。特に習得目標はモニタリングを含むメタ認知的活動と関連しているため, 読解中に自分自身の理解状況や処理過程をモニタリグしていると考えられる。そのため, 習得目標が与えられた場合には, 遂行目標が与えられる場合に比べメタ理解は正確になることが予測される。実験では, 実験参加者にはまず達成目標の教示が与えられた。なお, 本実験で用いた教示により, 参加者の達成目標を操作可能であることが, 先行研究により示されている。達成目標の教示が与えられた後, 参加者に6本の文章の読解を求めた。読解後, 各文章の理解度を7件法で評定させた。最後に理解テストを実施した。実験の結果, 統計的な有意差は検出されなかったものの, 習得目標が与えられた場合に, 遂行目標が与えられた場合に比べ, メタ理解はより正確になるという仮説と一致するパターンが得られた。効果量の推定などから, 本研究において有意差が検出されなかったのは, サンプリングエラーの可能性も十分に考えられるため, 今後の研究へ向けての重要な指針を提供する研究となったと考えられる。また, メタ理解の正確さの介入法として, 本研究から目標の操作という可能性を提示できたといえる。つまり, 学習者に習得目標を持たせるよう方向付けることができれば, メタ理解の正確さは改善する可能性がある。しかしながら, 習得目標で得られたメタ理解の正確さもそれほど正確なものとはいえないため, メタ理解の正確さをより改善する方法, あるいは向上させる要因を明らかにすることが今後の研究では重要になると考えられる。
著者
吉野 和寿
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

δ-アミノレブリン酸合成酵素(ALAS)はミトコンドリアマトリックスに局在する短寿命タンパク質として知られている。ALASはヘム生合成系の律速酵素であることから、酵素量の調節はポルフィリン症と密接に関係している可能性がある。本研究ではALAS量の調節に関し、ラット肝臓ミトコンドリアにおけるALAS分解とその制御について検討した。これまでに初代培養ラット肝細胞及びミトコンドリアにおいて、ヘム生合成阻害剤存在下でALAS分解が抑制され、さらにhemin添加によりその抑制が解除されることを見出している。このことは、ヘムによる律速酵素分解速度調節を介したヘム生合成制御機構の存在を示唆するものである。昨年度、ALAS分解制御について解析した結果、ミトコンドリアにおけるALAS分解を促進する因子として、ヘムの他にcysteine (Cys)とascorbic acid (ASA)を同定した。今年度、これらの因子により促進されたALAS分解について解析を行い、以下に示す結果が得られた。ヘム生合成阻害剤投与ラット肝臓ミトコンドリアにおけるALAS分解について、プロテアーゼ阻害剤の影響を検討したところ、(1)Cysにより促進されるAbAS分解は、システインプロテアーゼ阻害剤であるleupeptinやE-64dにより阻害された。(2)heminやASAにより促進されるALAS分解は、leupeptin、E-64d、PMSF、o-phenanthoroline、epoxomicinにより阻害されず、効果的なALAS分解の阻害剤を見出すことが出来なかった。しかしながら、このALAS分解はラジカルスカベンジャーであるMCI-186により阻害された。これらの結果から、ミトコンドリアにおけるALAS分解は、システインプロテアーゼによるものとラジカルが関与するものの少なくとも2通りの分解様式があることが示めされた。
著者
山下 桃
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究では,中生代の海生爬虫類モササウルス類の視覚復元をするために,近縁関係にある現生トカゲ類の眼球の軟組織と硬組織の関係性を明らかにし,化石として保存される鞏膜輪を用いた古脊椎動物の眼球構造の復元指標を構築することを目指した.鞏膜輪とは眼の中に形成される輪状の骨組織であり,魚類や鳥類を含む爬虫類に見られる.本研究では,現生トカゲ類54属58種について,鞏膜輪の内径・外径(硬組織)と水晶体の径,入射瞳の径,視軸長(軟組織)の相関関係を明らかにするために線形回帰分析を行った.その結果,鞏膜輪の内径と水晶体の径・入射瞳の径,鞏膜輪の外径と視軸長に強い相関関係があることが示された.またそれぞれの硬組織と軟組織の相対成長については,硬組織に対して軟組織が劣成長を示すことが明らかになった.さらに,系統一般化最小二乗法(Phylogenetic Generalised Least Squares:PGLS)による解析を行い,系統的影響を取り除いて各組織の関係性を求めた場合においても,劣成長の傾きはやや異なるが,それぞれの組織は相関関係にあることが示された.これらの結果を用いることで,絶滅爬虫類において鞏膜輪から眼球の軟組織の大きさをより正確に推定することが可能となり,視覚機能の推定と生態の復元が可能となった.また,水生適応が鞏膜輪の形態に及ぼす影響を調べるために,カメ類の鞏膜輪を比較した.カメ類は完全水生適応した現生爬虫類である.陸生種・水生種の鞏膜輪の形態を比較することで,水生適応による鞏膜輪の形態の変化の有無を明らかにできる.4種の陸生種,3種の海生種,2種の淡水性種の鞏膜輪の形態を比較したところ,1種のリクガメ類を除いて全ての種において鞏膜輪の形態に変化はなかった.このことから,カメ類においては鞏膜輪の形態に水生適応の影響はなく,系統的制約が強く働いていると考えられる.
著者
柴田 慶一郎
出版者
香川大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

本研究は,3つの目的で構成されている.第一に,魚骨由来のヒドロキシアパタイト(以降FbA(Fishbone Absorber))がどのような物質,特に環境中で有害とされる物質に対して高い吸着特性を持つのかを実験的検討により明らかにすること,第二に,分子動力学シミュレーションを用いた数値解析によって吸着構造・メカニズム等を明らかにすること,第三に,他の吸着材料,あるいは他の吸着材料とのハイブリッドの可能性を検討し,吸着性能について検証を行うことである.第1年度目では,主に第一の目的と第三の目的を達成するために研究を遂行した.重金属に対する吸着特性を,FbAと新たな吸着材料として選択したもみ殻のそれぞれに対して実験により明らかにし,その成果を国際学会でポスター発表した後に,Journal に投稿した.現在は,重金属以外の有害物質に対する吸着特性の解明と,両材料をベースにした新規のハイブリッド材料を開発中である.また,本研究では,セシウム,ストロンチウムのような放射性物質の環境中からの除去もあわせて行っており,森林斜面の表土に沈着したセシウム,あるいはフレコンバッグに封入されたセシウムを含む汚染土壌に対する除去・回収手法を提案した.森林斜面の汚染土壌に対しては,傾斜を利用して流水によってセシウムを除去した上で,回収した汚染水に含まれるセシウムをゼオライトによって吸着した.フレコンバッグ中の汚染土壌に対しては,電気泳動とゼオライトを組み合わせることで土壌中のセシウム濃度を低減した.これらの成果は,前者に対しては国際学会でポスター発表後,Journalへ投稿し,後者については国内学会で口頭発表を行った.フレコンバッグ中の汚染土壌からのセシウム抽出と吸着に関する研究については,研究内容とプレゼンテーションのクオリティが認められ,地盤工学会より優秀論文発表者賞を頂戴した.
著者
米田 成
出版者
和歌山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

ホログラフィックデータストレージのさらなる大容量化・高転送速度化を目的として光波の「振幅」・「位相」・「偏光」などの多次元情報を活用する手法を提案する.一般的に,光波の多次元情報を同時に変調するためには複数の空間光変調器が必要であり光学系が大型・複雑・高価になる.また,復調過程では撮像素子が必要である.これらの問題を解決するために,計算機ホログラムの技術や圧縮センシング,シングルピクセルイメージングなど,情報フォトニクスに関する幅広い分野の技術を応用する.これら技術の応用により汎用光学素子を用いた超高速多次元大容量化ホログラフィックデータストレージを開発する.
著者
海老原 淳 NITTA JOEL
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-11-07

本年度の研究では、194のシングルコピー遺伝子を次世代シーケンサーMiSeqを用いて46サンプルの塩基配列を決定した。シーケンスキャプチャーの効率(全リードの中に目的の遺伝子がどれくらい含まれているか)は、標本からのサンプルでは4-8%、標本ではない最近のサンプルでは10-14%となって、過去に報告されたシダ植物を扱った研究(Wolf et al. 2018 Applications in Plant Sciences 6)のおける効率(1-2%)を大幅に上回った。本手法の導入によって、今まで系統解析に含められていなかった重要な種の標本からDNA解析が可能になり、それらの系統樹での位置が初めて明らかになった。たとえば、2種のみから成るとされていたデスモフレビウム科のDesmophlebium longisorum (Baker) Mynssen, A. Vasco, Sylvestre, R.C. Moran & Rouhanは、本研究の結果では Diplazium(ノコギリシダ属)に所属することが明らかになったことや、東南アジアに分布するDiplazium flavoviride Alstonがアメリカ大陸の東部に分布する Homalosorus pycnocarpus Smallに極めて近縁であるという新知見が得られた。また、ヒメシダ科ハシゴシダ近縁種群の研究においては、標本からのDNA解析に成功したことによって、日本産個体とは別系統に属する中国・韓国産種から成るクレードが発見された。さらに、フィリピンに分布するParathelypteris grammitoides (Christ) Chingがハシゴシダ近縁種群に含まれ、その分布の南限になっていることが明らかになった。
著者
岡 弘樹
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

有機レドックスポリマーの高速な電荷交換反応に基づく電荷輸送・貯蔵能を起点に、水素(プロトン)交換反応への拡張によって同じ原理で水素が輸送・貯蔵されることを明らかにする。具体的には、 (1) 水素(プロトン)交換反応の解明と(2) 高い質量密度で水素貯蔵可能な有機レドックスポリマーの創出により水素の輸送・貯蔵が可能な分子・ポリマーを開拓する。分子設計・水素発生条件などの工夫から(3) 高速な水素輸送を可能とする分子要件を解明、最大限に引き出すことで、(4) 斬新な水素輸送・貯蔵材料の創出へと繋げ、基礎化学の確立とエネルギー輸送・貯蔵材料への展開を狙う。
著者
宮澤 由歌
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は、科研費交付最終年度として、以下の実績を残した。まず、4月に国際基督教大学でおこなわれた「クィア・ネガティヴィティ再考」に登壇者として発表した。タイトルは、「レオ・ベルサーニにおけるItの可能性」である。これは、精神分析における暴力概念をまとめたものである。他分野の研究者との発表会であったため、哲学・倫理学の分野に属する視点から、他分野への応用可能性を示すことができた。また、他分野の研究者と多くの質疑応答を行い、その後の自身の研究に対し大きな影響を受けた。つぎに、青土社『ユリイカ』9月号の「われ発見せり」という巻末コラムに、「子産み、苦痛と快楽」というタイトルでエッセイを寄稿した。自身の体験が、これまでの暴力と親密性についての理論的研究に沿うかたちで発生したことを示すことができ、有意義な成果であったといえる。また、論文投稿として、『年報人間科学』に「バタイユ思想における女性像とクィア理論における人間存在の類似について(1)」を研究ノートで発表した。暴力と親密性を共同体のなかで同時に経験するものとして、社会的弱者としての女性と性的マイノリティの人々との類似点を指摘する内容である。当研究ノートは本研究費による研究の最終的なまとめに位置するもので、今後の自身の研究を進めていくうえでの足がかりとなる成果であった。
著者
伊藤 友貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

今年度は前年度に引き続き、文書のポジネガ分類予測のタスクにおいて予測までの過程を単語センチメント・その極性反転・文書全体のうちどこが重要かをそれぞれ出力することで説明可能な、解釈可能なニューラルネットワークモデルの構築について取り組んだ。今年度は前年度に比べ、より理論的・そして俯瞰的な側面から本理論について解析し、上記を満たすためには「何が必要十分なのか」を理論的に解析することに成功した。その結果、求められる説明のシチュエーションに応じて柔軟に形式を変えて解釈可能なニューラルネットワークモデルを構築できるような汎用的な枠組みを構築することに成功した。金融業界に限らず、実ビジネスにおいては状況によって求められる説明の仕方が変わりうることを考えると、この「柔軟性」への対応は学術的な側面のみならず産業的な側面からも大きな前進であると言える。また、本プロジェクトの研究成果について、今年度は 査読あり国際会議 6本に採択させることに成功した。特に、今年度は、AI分野のトップカンファレンスである AAAI (採択率 21 %)、データマイニング分野のトップ・難関国際会議である ICDM (採択率 19 %) や SDM (採択率 24 %) といった一流会議に複数採択され、研究実績としても申し分のない結果を出巣ことに成功したと考えられる。らに、共同研究先であるヤフー株式会社と共に本研究成果を用いた金融文書やショップレビューの可視化技術の開発についても取り組み(その一部を言語処理学会年次大会にて発表)、本研究の社会実装に向けても大きな前進を遂げることができた。以上のように、本年度は本研究プロジェクト達成のために核となる技術の創出を行うと共に、研究成果の社会実装に向けて大きく前進することに成功した。
著者
宮内 栄治
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

乳酸菌の腸管バリア保護メカニズムとして、腸管上皮細胞(IEC)への直接的作用と、バリア機能低下誘導能を有する炎症性サイトカイン産生抑制について詳細な検討を行なった。これまでの研究により、乳酸菌テイコ酸のD-alanine残基量がバリア保護効果に関係することを明らかにした。そこで、D-alanine残基量およびバリア保護効果を高めることができる菌培養条件の検討を行なった。その結果、菌培養培地中にL-alanineを添加することにより、テイコ酸D-alanine残基量が増加した。また、本条件で培養した菌のバリア保護効果を、Caco-2細胞単層膜で検討した結果、L-alanine添加培地で培養した菌は、通常培地で培養した菌よりも高いバリア保護効果を示した。この結果から、乳発酵食品製造において、L-alanine添加により乳酸菌のバリア保護効果を高めることができることが示唆された。これまでの研究により、炎症状態にあるIECがCD4+T細胞からのIL-17産生を誘導することを明らかにした。そのメカニズムを解析した結果、炎症IECはCD40を発現しており、CD40シグナルが活性化されることによりIL-6を高産生することが示された。そこで、炎症IECをCD40 agonist抗体で刺激し、その培養上清中でCD4+T細胞を培養した結果、IL-17産生が有意に誘導された。マウス腸管上皮Colon-26細胞を用いた実験により、乳酸菌は、IECのCD40発現をmRNAレベルおよびタンパクレベルの両方で抑制することが明らかとなった。これらの結果から、IEC上のCD40発現抑制を介して腸管Th17細胞を抑制するという、乳酸菌の新たな腸炎抑制、腸管バリア保護メカニズムが示された。
著者
相馬 尚之
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究は、20世紀初めのドイツ語圏の文学作品等における「人造人間」表象について、当時の科学の発展を踏まえつつ検討することで、文学と科学の相互作用を明らかにするとともに、人間観および科学観に迫ることを目的とする。20世紀初めには、単為生殖や臓器移植実験が成功し、ドイツ圏で科学者たちは「一元論」という世界観を形成した。これらの成果は、熱狂的にあるいは戯画的に文学や映画に取り込まれ、ハンス・ハインツ・エーヴェルスの『アルラウネ』や『フントフォーゲル』、フリッツ・ラングの『メトロポリス』等が現れた。人造人間表象の分析から、当時の人間観の変化、および科学と社会の関係が明らかにされるだろう。
著者
藤 直子
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

前年度にライノウイルス感染が呼吸器感染症に与えているインパクトを明らかにすることを目的にした疫学調査より新型ライノウイルスCが優位に高いウイルス排出量を示したり、喘鳴を呈しやすかったりと既存のA, Bと異なる病態が観察された。これらウイルス種による差をin vitroで解析するため正常プライマリーヒト気管支細胞をAir-Liquid Interface (ALI)にて培養し分化する手技を検討・習得した。この細胞を使用しライノウイルスCを分離することに成功した。また正常プライマリーヒト気管支細胞では細胞の分化に3週間の時間がかかりウイルス分離目的で常用するのは非常に困難であった。そこで株化細胞であるcalu-3細胞を使用して短い時間で(1週間)分化細胞を準備し、なおかつその細胞でライノウイルスCが分離できることを発見した。分離したウイルスを使用し、正常気管支細胞及び喘息患者気管支細胞間でウイルスに対する免疫応答に差が見られるのかを解析した。これらの実験系の確立によりライノウイルスCを使った解析が可能になった。より多くのライノウイルスC株を収集・検討するために日本の医療機関にて急性呼吸器疾患と診断されたものの内ウイルス分離陰性であったものについてPCRを用いスクリーニングを行い、ライノウイルスC陽性であったものについて-80℃保存検体を使用し上記の条件で分離に試みた。その結果分離成功には検体中のウイルス量が大きく関わることが明らかになった。ライノウイルスCにて高頻度でウイルス血症を起こしていることが以前までに明らかになっているが、ALIの細胞上においてウイルス排出方向や細胞傷害性についてはライノウイルスAと異なる性状は確認できなかった。ライノウイルスCが既存のA, Bと異なる病原性を持つのか明らかにするため更なる検討が必要である。
著者
立木 康介 TAJAN NICOLAS
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究の目的は、身体的および心理学的な「傷」(traumaというギリシャ語はもともと身体的な傷を意味する)が文明の発展に及ぼした影響、もしくは果たした役割を明らかにすることである。歴史的文書、出版された文献、ならびにフィールド・インタビューを中心とする一次資料の調査を通じて、人文学、社会科学、生物科学、及びエンジニアリング(研究開発)といった諸分野のあいだの学際的対話を促進することが目指された。本研究の実施は、当初の計画からいくぶん変更されたものの、基本的な方向性や枠組みは一貫しており、多様な歴史的時代、および文化的地域を扱った。とはいえ、他の研究者たちの視点と向き合うことで、本研究の焦点の精度は上がり、今年度、本研究は五つのサブテーマに沿って組織し直され、そのそれぞれについて、文献学的、臨床的、および民族誌的方法を用いて、文献調査およびフィールド調査を行った。五つのサブテーマは、具体的には以下の通りである:1/ 西洋古代(ギリシャ・ローマ)における狂気とトラウマ:古代人はトラウマ的記憶を知っていたのか? 2/ フランス革命時の「大恐怖」から神経学臨床の誕生に至る、政治的暴力とトラウマ。3/ ショアーの記憶と世代横断的トラウマ。4/ 現代ヨーロッパにおける戦争トラウマのポリフォニー:フランス退役軍人のPTSDとテロ攻撃の犠牲者。5/ 社会的ひきこもりのトラウマ的特徴:日本のひきこもり患者とその家族の研究。これらのサブテーマは、外国人研究者が2019年の刊行を目指して目下準備している英文著書の五つの章をそれぞれ構成するだろう。プロジェクト全体では、三冊の著書を含む18本の成果が出版される予定である。
著者
田中 英樹 竹島 正 (2013-2014) ZHAO XIANG HUA ZHAO. X.M ZHAO X.m
出版者
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

近年、日本の精神保健医療福祉政策は、従来の入院中心の精神医療から地域生活を支えるための地域精神保健医療へと転換しているところである。このような地域精神保健医療の充実は国際的な方向であるが、欧米の脱施設化過程で経験されているように、地域で生活する精神障害者に十分な支援が届かない場合、ホームレス状態に陥る可能性が出てくる。実際、精神障害者の地域ケアを政策課題として掲げている日本、中国、韓国においても精神疾患を持つホームレスの存在が確認され、克服すべき社会問題として浮上している。このような背景をもとに、本研究では欧米のホームレス支援の文献研究を踏まえ、東アジア諸国である日本、中国、韓国で展開されているホームレス支援の実態と課題を把握し、精神障害者のホームレス化の予防とホームレス状態からの脱却に向けた支援プログラムの検討を行った。「ホームレス」の定義は国によって異なり、欧米では「安定した住まいがない人」と広義に取らえられているが、日本、中国、韓国では一定の条件を満たす者に限られている。精神障害のあるホームレス支援においても、アメリカでは精神科病院やシェルターなどの通過施設から、恒久的な住宅支援である「ハウジング・ファースト」へと展開されているに比べ、日本、中国、韓国では医療中心や一時的問題解決の支援に止まる傾向があった。精神障害のあるホームレスには、「障害」「医療」「生活困窮」が相互に絡み合っていることから、一人暮らしをしてからも十分な支援が届かない場合、再度ホームレス状態に陥るリスクが高く、多職種による継続的な支援が欠かせない。精神障害者がホームレス状態から脱却し、安定した地域生活を継続するためには、①支援者との出会い、②恒久的な住まいの確保、③仲間(地域生活をしている元路上生活者)④地域住民の理解と受け入れ、⑤専門家による支援の継続性が不可欠であると思われる。
著者
川上 文人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

1)研究の目的 本研究課題の研究目的は,ヒトの対人関係に大きく作用する非言語コミュニケーションを理解するための突破口として笑顔に焦点を当て,笑顔のヒト科における系統発生について実験室,飼育下,野生というさまざまな環境から体系的に明らかにすることである。本年度は大型類人猿における笑顔の使用場面を観察により探るため,高知県立のいち動物公園と日本モンキーセンター(JMC)において飼育下チンパンジーの観察を行った。本報告ではJMCでの観察結果について述べることとする。2)成果の具体的内容 JMCには2014年7月にチンパンジーの乳児が生まれ,その母親と父親と3個体で生活している。生後6か月までのビデオの分析で唯一笑顔が生じていた,母親による「高い高い」の場面を抽出し表情の分析を行った。ヒトとの比較を行うため,保育園で保育士に乳児を「高い高い」してもらい,同様の分析を行った。その結果,乳児も養育者もチンパンジーよりヒトの方が多く笑うこと,チンパンジーでは乳児が笑っても母親が笑うわけではないことが明らかになりつつある。3)意義と重要性 ヒトの笑顔の特殊性は,他者とともに笑い合うというところにあるようである。チンパンジーの場合は笑顔ではなく,グルーミングや音声によるあいさつによって対人関係を平穏に導いているのであろう。どちらの種においても笑顔は快感情の表れとしてもちいられており,笑顔の原因を探求することはヒトやチンパンジーを含む動物にとってよりよい環境を築く足がかりとなる。