著者
河崎 洋志 笹井 芳樹
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

近年、ショウジョウバエを用いた分子遺伝学的研究やアフリカツメガエルを用いた分子発生生物学的研究により、未分化外胚葉から未成熟神経組織にいたる初期神経発生の分子機構が急速に明らかになってきた。次の主要な問題点は、1)哺乳類の初期神経分化の分子機構と2)様々な成熟神経細胞への分化決定機構の解明である。我々はこれらの問題点を、哺乳類未分化胚性幹細胞であるマウスES細胞を用いて解析を進めてきた。まず、試験管内でES細胞を神経細胞へと分化誘導する活性をスクリーニングした。その結果、ES細胞をマウスPA6ストローマ細胞と共培養することにより、ES細胞を効率よく神経細胞へと分化誘導できることを見出し、このPA6細胞の神経分化誘導活性をSDIA(stromal cell-derived inducing activity)と名付けた。SDIA法を用いると、90%以上の細胞が、nestin陽性神経前駆細胞もしくはclass IIIβ-tubulin陽性成熟神経細胞へと分化した。また、BMPは神経細胞への分化をほぼ完全に阻害し、逆に表皮組織への分化の促進したことから、哺乳類においてもBMPは未分化外胚葉から神経・表皮への分化制御を行っていることが示唆された。SDIA法により、いかなる種類の成熟神経細胞が分化誘導されるか検討したところ、約30%がチロシン水酸化酵素陽性であった。これらの神経細胞はドーパミン-β-水酸化酵素を発現せず、また、培養液中にドーパミンが検出されたことから、機能的なドーパミン産生神経細胞であることが明らかとなった。SDIA法により分化誘導した神経細胞を、パーキンソン病モデルマウスの線条体へ移植したところ、2週間にわたり生着していることが明らかとなった。以上のように、SDIA法を用いた試験管内分化誘導は、1)ES細胞から成熟神経細胞へといたる分化過程の解析、および2)細胞移植治療への臨床応用を視野に入れた有用神経細胞の産生に有効な手法である。
著者
中田 雅也
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

生物には様々な色の変化を起こすものがある。それらの中で、以下の2つの課題について研究した。1.ヒカゲシビレタケ(Pslocybe argentipes)の変色:青色化合物の構造決定・生成機構解明ヒカゲシビレタケは、傷をつけ空気に触れさせると青色に変色する。このキノコは幻覚を引き起こすキノコであり、その原因物質であるシロシン、シロシビンが青色化合物の元であるが、青色化合物の構造については何もわかっていない。そこで、シロシンを化学合成し、FeCl3で酸化したところ、青色化合物が得られた。これをイオン交換後濃縮し、シリカゲルカラムにより分取したところ、別の青色化合物が得られた。これは、MS測定の結果、シロシン由来のポリマーの混合物であることがわかった。一方、天然のヒカゲシビレタケをアンモニア水で抽出したところ、青緑色溶液が得られた。これは濃縮すると緑色固体に変化した。また、濃縮しないでゲルろ過したところ、青色物質はゲルに残った。これらの結果から、シロシンからの酸化で得られた青色化合物と、天然から得られたそれとは現時点では異なる化合物であると判明した。2.カバ(Hippopotamus amphibius)の「赤い血の汗」の色素成分の構造研究動物には様々な色のついた汗をかく種がある。カバは赤い色の汗をかく。これは無色の汗が分泌されたあとに赤い血のような色に変色し、その後褐色物質に変化するものである。この赤色色素がカバを紫外線や菌の感染から守っていると言われているが、詳細はわかっていない。上野動物園の協力により、カバの顔と背中からガーゼで汗を採取した。無色の汗が数分で赤色に変色した。この極めて不安定な赤色物質をガーゼから熱湯で抽出した。この色素も1.と同様に濃縮によって重合してしまうため、抽出した水溶液は約4分の1までの濃縮にとどめた。これをゲルろ過し、褐色溶液、オレンジ色溶液、赤色溶液に分離した。赤色溶液は、イオン交換により精製した。NMRスペクトル(D2O)の結果、6〜7ppmに3Hのビークが観測されたが、不安定なため誘導体に変換した。すなわち、赤色水溶液にNa2S2O4リン酸バッファー溶液を加え還元した。無色になった溶液を塩酸で酸性にしたのち、酢酸エチルで抽出した。有機相にジアゾメタンを加えその後濃縮した。さらに、シリル化(TBSOTf,2,6-lutidine)したのち、シリカゲルTLCにより分取した。得られたサンプルについて、MS、NMR(benzene-d6)、13C NMRを測定した。その結果、この誘導体は分子量は602であり、OMe基3個、OTBS基2個、芳香族水素3個、メチレン水素1個(2H)、メチン水素1個、フェノール性水酸基1個が存在することがわかった。なお、13C NMRは、微量ゆえ正確には判断できなかった。
著者
堀 克敏 海野 肇 丹治 保典
出版者
東京工業大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

遺伝子がファージを介して形質転換又は形質導入される機構と、その頻度を左右する環境因子を解明するために、P1ファージによる大腸菌JA300株へのテトラサイクリン耐性マーカーの形質導入系をモデルに実験を行った。その結果、形質導入頻度はファージ/大腸菌の比(MOI)と共に増加し、MOI=1.6で最大値を示した。また、形質導入頻度は感染時間が10分まで増加し、その後ほぼ一定となった。形質導入の律速段階は未感染ファージと大腸菌の衝突過程であると考え、衝突頻度は両者の濃度に比例し、1菌体に感染するファージの数はポアソン分布によるとしたモデルを構築した。このモデルにより、感染時間およびMOIの変化による形質導入頻度を予想することができた。上記モデル実験と並行して、難分解性物質の分解に係わる遺伝子の伝播を研究するため、トルエン資化菌であるPeudomonas putida F1とP.putida mt-2に関するファージのスクリーニングを行った。トルエンで汚染された土壌を用いた集積培養の後に、Fl株に対して感染能力を有するファージを一種、得ることができた。ホストレンジを調べたところ、単離したファージはFl株だけでなくmt-2株に対しても感染能を有するが、P. putida PpY101株や他のトルエン資化菌に対しては感染しないことがわかった。次に培養環境の一つである基質の相違がファージの感染効率に与える影響を調べた。LB培地と気相トルエンを与えた無機塩培地でF1株を増殖させ、OD_<600>の値がそれぞれ0.7になった時点で、MOIが1と10になるようにファージ液を添加した。その結果、LB培地ではファージの感染による濁度の減少が見られたのに対し、トルエンを炭素源とする無機塩培地ではMOI=10の条件でも溶菌現象が見られなかった。
著者
中村 豊
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

西日本の石棒は、縄文時代中期末に大型のものが伝来し、その後小型化・精製化をとげ、晩期のはじめごろ石刀へと変化し終焉を迎えたと考えられてきた。ところが最近、大阪湾沿岸地方を中心とする地域で突帯文土器にともなって結晶片岩製(泥質片岩・紅簾片岩が多い)の大型粗製石棒が相次いで発見されている。すなわち、縄文時代の最後に再び大型粗製石棒を用いた儀礼がさかんにおこなわれるようになったのである。私の本年度の研究目的は、これらがどこで生産され流通したのかを明らかにし、どのような歴史的意味をもつのか、すなわち「縄文から弥生」との関わりについて考察することにあった。私の本年度の調査によると、これら石棒は30遺跡137点の出土を確認することができ、分布は大阪湾沿岸地域(兵庫県南部から大阪府堺市付近)を中心とする地域に集中している。なかでも、最も多量の石棒を出土する遺跡は、徳島市三谷遺跡で、20点と異常ともいえるほど多量の結晶片岩製石棒が出土しており、近畿・東部瀬戸内地域に分布する石棒の多くが三谷遺跡をふくむ徳島県の遺跡で生産されたことがほぼ明らかとなった。問題はなぜ、縄文晩期終末から弥生前期初頭という時期に近畿・東部瀬戸内地域において石棒を用いた儀礼が盛行したのかというところである。この時期は、ちょうど新しい儀礼・社会のしくみが伝わる時期に相当する。これに敏感に反応して、縄文社会を維持しようとする意識がはたらいた結果、伝統的な儀礼をさかんにおこなうにいたったのではないだろうか。これが、結晶片岩石棒の分布という形で明確に現れたと理解するのである。そしてこれは、近畿・東部瀬戸内地域が、中部瀬戸内以西の地域よりも縄文時代の伝統的な社会・それを維持するシステムを保持しようとする下地があったことを示していると私は考えている。
著者
安川 正貴 薬師神 芳洋 酒井 郁也
出版者
愛媛大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

白血病の新たな免疫遺伝子治療の開発を目的に研究を行い、下記の研究成果を得た。1)急性白血病ならびに慢性骨髄性白血病急性転化で高率に発現されるWT1のアミノ酸配列から、日本人の約60%が陽性であるHLA-A^*2402結合モチーフを同定した。2)このモチーフを有する9merペプチドを作製し、健常者末梢血単核球から誘導した樹状細胞(DC)にパルスし、自己CD8陽性T細胞をくり返し刺激した。この方法によって、WT1ペプチド特異的HLA-A24拘束性細胞傷害性T細胞クローンTAK-1を樹立した。3)TAK-1は、WT1を発現したHLA-A24陽性白血病細胞に対して特異的に細胞傷害性を示し、正常細胞には全く傷害性を示さなかった。4)健常者骨髄細胞の増殖にも全く影響は認められなかった。5)TAK-1を新世界猿のウイルスであるHerpesvirus saimiri(HVS)により不死化させた。HVS不死化TAK-1は、抗原刺激なくして長期間培養でき、本来のTAK-1同様の抗原特異性を示した。5)この不死化TAK-1に自殺遺伝子を導入する目的で、Herpes simplex virus-1由来thymidine kinase(tk)遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクターを作製した。現在、このベクターを用いて不死化TAK-1にtk遺伝子を導入している。以上の結果から、新たなヒト白血病特異的標的抗原が明らかとなり、自殺遺伝子を導入したHVS不死化細胞傷害性T細胞は、白血病に対する免疫遺伝子治療に有用であると考えられる。
著者
両角 卓也
出版者
広島大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

研究業績の概要パリテー対称性が自発的に破れるある種のleft-right模型は,標準理論と異なる機構で軽い5つのに質量を与えることができ,さらにトップクオークの質量も困難なく導入できるので,標準模型を超える模型として興味深い.我々はシーソー機構に基づくleft-right模型を研究し,この模型におけるクオーク質量階層性,フレーバーチェシジングな中性カレントおよびCP非保存現象を系統的に調べた.その結果,K中間子のCPの破れ_<εK>およびΔM_Kからパリテー対称性が破れるスケールの下限を得た。このスケールが低い時(500GeV程度)には,K中間子の稀崩壊K_L→π^0ννのpionのエネルギースペクトルに標準模型と異なる特徴的なシグナルが現れることを指摘した.B中間子の稀崩壊B→X_sl^+l^-は,10^8-10^9個のB中間子を作るBファクトリーで100-1000個程度見つかることが期待され,このモードが標準理論のtreeレベルでは起きないことから,標準模型を超える理論に強い制限を与えることが期待されている。我々はB→X_sl^+l^-の模型によらない解析を行った.具体的には,このモードに寄与しうる10個のローカルな4体フェルミ相互作用を書き下し,それがこのモードに対する分岐比,レプトンの不変質量分布や,前後方非対称性にどのような影響を与えるか,特に標準模型との違いに注目して解析した.その結果,ローカルな4体フェルミ相互作用の種類によって,分岐比と前後方非対称性に与える影響が異なることがわかった.
著者
小澤 智生 西中川 駿
出版者
名古屋大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

縄文・弥生時代の考古学的遺跡から産するいわゆる古代豚とされる獣骨が,野生のニホンイノシシなのか家畜豚であるかを遺伝学的に特定するための基礎データを得るため,ユーラシア大陸及び東アジア・東南アジアの島嶼域に棲息するイノシシ属(Sus)の野生種及び家畜豚のミトコンドリアDNAシトクロームbの全塩基配列およびミトコンドリアDNAのD-loop領域の一部の配列決定を行い,野生イノシシおよび家畜豚の遺伝学的特性を明らかにした.これらの基礎研究をふまえ,考古学的遺跡産の試料として,縄文時代晩期の佐賀県菜畑遺跡産(4試料),弥生時代の大分県下郡遺跡産(3試料),愛知県朝日貝塚産(3試料)の典型的な古代豚とされる骨を選び抽出された古代DNAをPCRで増幅しミトコンドリアDNA調節遺伝子領域255塩基対の配列を決定し,アジア・日本のイノシシ及び豚の配列と比較を行った.その結果,10試料中の9試料の配列はニホンイノシシ集団に固有に認められる配列であり,残りの1試料の配列はニホンイノシシ集団と東南アジアの一部の豚に認められる配列であることを確認した.この事実は縄文時代晩期から弥生時代の日本の稲作文化において,大陸産の家畜豚が飼われていなかったことを示唆している.本研究では,さらに縄文時代の遺跡産試料,琉球列島の貝塚時代の試料についても,予察的ながら形態ならびに分子考古学的検討を行ったがすべてが野生イノシシであり家畜豚である事実は得られなかった.一方,遺跡出土骨の形態学的研究の基礎試料を得るため,日本各地のニホンイノシシ集団の頭骨の形態計測学的研究を行い,野生集団の形態学的特性を主として主因子分析の立場から明らかにした.次に,縄文・弥生遺跡出土ノイノシシならびに古代豚とされる頭蓋の比較形態学的計測を行い,現生ニホンイノシシのデータと比較した.その結果,遺跡出土の試料は,いずれもニホンイノシシの形態変異の範疇に入り,ニホンイノシシと区別する事が出来なかった.これらの一連の事実から,考古学者の一部が主張するいわゆる古代豚というものの存在は否定される結果となった.
著者
山下 まり
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

中南米に生息するAtelopus(ヤセヤドクガエル)属のカエルの多くは、主に皮膚に水溶性毒を有する。1975年にコスタリカ産のAtelopus属のカエルからtetrodotoxinが同定されたが、zetekitoxinはすでに1969年に、Furman,Mosherによってパナマ産のA.zetekiに存在する新規の水溶性低分子毒として報告された。しかし、zetekitoxinは、その後、A.zetekiが保護条約下に置かれ、試料が入手出来なくなったことから、その構造は発見から約30年間未定であった。韓国科学技術院のY.H.Kim教授から規制前に精製された半精製品及び精製品のzetekitoxinを供与された。本研究は立体構造を含めたzetekitoxinの構造決定を行うことを目的とした。1.精製Biogel P-2,BioRex70,Hitachi gel3011Cを用いたHPLCで半精製品のzetekitoxinを精製し、純品を約300-400μg得た。2.性状FT-IR(ZnSe)1702,1561,1421,1338,1268cm^<-1>;HR-ESIMS[M+H]^+m/z553.1369(calcd for[C_<16>H_<25>N_8O_<12>S_1]^+m/z553.1313.[M-SO_3+H]^+m/z473.1725(calcd for[C_<16>H_<25>N_8O_9]^+m/z473.1744.この結果から、硫酸エステルの存在が示唆された。TLC(Silica gel 60)Pyr-EtOAc-AcOH-H_2O(15:7:3:6)Rf0.57(tetrodotoxin:0.50,saxitoxin:0.36).saxitoxinと同様に1%H_2O_2/H_2O(v/v)噴霧、加熱後にUV365nmで蛍光スポットとして検出された。3.NMRスペクトルと平面構造の推定NMRスペクトルは全て4%CD_3COOD/D_2O中、20℃か30℃で測定した。^1H-^1HCOSY,TNTOCSY,HSQC,HMBC,NOESY,NOE差,^<13>C NMRスペクトルの解析から、saxitoxin骨格を部分構造にウレタン、N-OHをもつ、非常に特異な新規構造を推定した。
著者
中澤 高清 中村 俊夫 吉田 尚弘 巻出 義紘 森本 真司 青木 周司
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

地球表層における温室効果気体の変動と循環の実態を明らかにするために、系統的観測や循環モデルの開発を基にした広範にわたる研究を実施した。得られた結果を要約すると以下のようになる。(1)CO_2、CH_4、N_2O,CO,HCFC,HFC、PFC,SF_6などの温室効果気体の濃度と同位体比を、日本上空、太平洋上、シベリア、南極昭和基地、北極スビッツベルゲン島などにおいて組織的に測定し、近年におけるこれらの時間的・空間的変動およびそれらの原因や支配プロセスを明らかにした。N_2Oについては同位体分子種の測定を世界に先駆けて行い、その結果を基にして発生・消滅過程の定量的解析を試みた。また、得られたCO_2濃度とδ^<13>Cの測定結果を同時解析することによって近年の人為起源CO_2の収支を推定するとともに、HCFC,HFC,SF_6の観測結果を南北2ボックスモデルで解析することによりそれらの放出量の時間変化を詳細に検討した。(2)全球三次元大気輸送モデルを開発し、濃度と同位体比を基に近年におけるCO_2およびCH_4の循環を定量化するとともに、高空間分解能の全球生態系モデルを用いて炭素循環における陸上生物圏の役割を解明した。また、全球海洋物質循環モデルを開発し、CO_2交換を基本的に支配する大気-海洋間のCO_2分圧差およびOCMIPプロトコルに基づいた海洋の吸収量を推定した。N_2Oについてはマルチボックスモデルを構築し、過去500年間の大気中濃度の再現を行った。(3)大気-岩石圏における炭素循環の理解を向上させるために、観測に基づいて化学風化に伴う炭素フラックスおよび地下深部から大気へのフラックスの評価を行うとともに、炭素循環におけるサンゴ礁の寄与を検討し、その役割がザンゴ礁によって異なることを明らかにした。
著者
真鍋 義孝
出版者
長崎大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

南西諸島における集団史を探るため、地域的変異の調査を続けている。本年度は、南西諸島の南端近くに位置している石垣島に居住する若年者(男64名・女86名)の歯冠に出現する非計測的形質の頻度を調査した。17形質のうち日本の在来系集団と渡来系集団で特に明瞭な差を示す12形質の出現頻度について、日本列島における各時代の12集団と比較した。その結果、石垣島現代人において在来系的特徴を示す形質はわずかに屈曲隆線(LM1)だけであるが、シャベル型(UI1)、斜切痕(UI2)、第5咬頭(UM1)、4咬頭性(LM2)、プロトスタイリッド(LM1)の比較的多くの形質では渡来系的であった。また、ダブルシャベル型(UI1)、舌側面近心辺縁隆線(UC)、舌側面遠心副隆線(UC)、カラベリ形質群(UM1)、Y型咬合面溝(LM2)、第6咬頭(LM1)の多くの形質では在来系と渡来系の中間的特徴を示していた。さらに多変量解析を適用すると、石垣島現代人は沖縄本島と種子島の現代人に最も近く、南西諸島内の地域的変異はかなり小さいことが明らかになった。これらの南西諸島の3集団は1つのクラスターを形成し、東アジアの中では東北アジア型と東南アジア型の境界領域に位置していたが、日本列島の集団の中では在来系よりも渡来系集団に圧倒的に近く位置していた。また、南西諸島の中で厳密に比較すると、種子島が石垣島や沖縄本島よりもやや東北アジア型に近く位置していた。これらの結果は、現代人に限定した場合の「アイヌ・琉球同系説」を否定する。ところが、種子島における時代的変化を考慮に入れた場合、沖縄本島の先史時代にも在来系集団が存在していたと想定され、その後に渡来系遺伝子の流入が起こった可能性を示唆するものである。南西諸島内の地域的変異は小さなものであったが、厳密な比較で認められた南西諸島内における南北のクラインは、渡来系遺伝子の流入が北から起こった可能性を示唆している。
著者
小糸 厚 中内 啓光 澤田 新一郎
出版者
筑波大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

CXCR4を主に用いるT細胞指向性HIVは一般に病態の進行に伴い出現する。この種のHIVが蔓延した感染者体内のCD4陽性下リンパ球がどのような機構により減少していくのか、あるいはCXCR4指向への質的なウイルス変異が免疫不全の進行に先立って必須であるか否かの二点について依然として明確に答えることはできず、個体レベルでの発症機構解析が必要とされている。マウスは、遺伝的な背景が詳しく解析されており、この病原レトロウイルスと宿主免疫系および宿主細胞遺伝子群との相互作用を明らかにするには、優れた小動物モデル系になりうる可能性を持つ。我々は、ヒトCD4およびヒトCXCR4遺伝子をマウスCD4遺伝子の転写制御領域(CD4エンハンサー,プロモーター,およびサイレンサー)に結合させた二種のトランスジーンを作製、両コンストラクトをマウス受精卵の核内に注入し、それらが同じ染色体に組み込まれたマウスを作製した。このヒトCD4/CXCR4を発現したマウスの胸腺、牌臓および末梢血よりリンパ球を調整し、そのHIV感受性をヒト末梢血単核細胞(peripheral bloodmononuclear cells;PBMC)と比較、検討したところ少なくともin vitroにおいてはCXCR4指向性HIV-1が感染することが確認された。しかしながら、マウスのprimaryのlymphoid系細胞でのHIVの複製は依然として制限されたものであり、CD4とCXCR4のみでは実用的なHIV感染モデルにはなりがたく、さらなるヒト特異的遺伝子の導入が必要であることを明らかにした。
著者
石井 俊輔 田中 信之 浜田 博司 影山 龍一郎 山本 雅之 平井 久丸 安田 國雄 鍋島 陽一 垣塚 彰 佐竹 正延
出版者
理化学研究所
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1997

多細胞生物における高次生命現象の分子的基盤を理解するためには、転写因子レベルでの遺伝子発現調節機構を解明することが不可欠である。個体発生や細胞系列の分化などを分子レベルで理解するために、本研究では発生・分化を時間軸に沿った遺伝子発現カスケードの流れとして捉え、転写因子がそれぞれの細胞系列、発生時期で細胞増殖・細胞死・分化などにどのように関与しているかを検討した。具体的には、以下のような研究結果を得た。1.コリプレッサーSkiの関連遺伝子産物Snoの変異マウスを作製・解析し、もともと発がん遺伝子産物として見い出されたSnoががん抑制因子としても機能することを明らかにした。2.促進性bHLH型転写因子Math3とMash1はニューロンへの分化決定因子として機能することが明らかになった。両者はお互いに補いあって幹細胞からニューロンへの運命決定を行うことが明らかとなった。3.転写因子Pitx2の発現は左側でのみ発現するが、この左側特異的なな発現はNodalシグナル伝達経路によって誘導され、転写因子NkxZによって維持されることが明らかにされた。4.lRF-1は新規の高発がん感受性遺伝子であるが、癌抑制に関わるlRF-1及びp53の標的遺伝子の同定を進め、その過程でp53依存性に転写誘導される新規遺伝子Noxaを単離した。5.遺伝子制御領域内のGATA配列を認識するDNA結合蛋白GATA-3はそのアセチル化状態が変化することにより生体内でのT細胞の生存およびホーミングを制御することが示された。6.転写因子小Maf群因子が,その存在量により,MAREを介する転写を正にも負にも制御し得ることが,トランスジェニックマウスと遺伝子破壊マウスを用いて巨核球における小Maf群因子の発現量を操作することにより,証明された。
著者
丹羽 仁史 宮崎 純一 田代 文
出版者
大阪大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

1.研究目的未分化細胞特異的に発現する転写因子Oct-3/4は、我々のES細胞を用いた解析から、ES細胞の未分化状態を維持するためにはその一定量の発現が維持されることが必要であり、発現量の減少は栄養外胚葉への、増加は原始内胚葉への分化を誘導することが明らかになった(Niwa H.et al,Nat.Genet.,in press)。そこで、本研究では、このOct-3/4による遺伝子発現調節機構およびそれによる未分化状態維持/分化運命決定機構の解明を目的とし、次の3点の解析を行った。(1)Oct-3/4による転写活性化機構の解析(2)Oct-3/4の発現量増加による原始内胚葉分化誘導機構の解析(3)Oct-3/4の発現量減少による栄養外胚葉分化誘導機構の解析2.研究成果(1)転写因子Oct-3/4と結合する因子を単離するために、EGFP-Oct-3/4融合蛋白の発現によって未分化状態を維持されたES細胞GOWT1を樹立した。(2)(1)で得られた細胞の可溶化物を坑GFP坑体を用いて免疫沈降し、沈降物をSDS-PAGE法で解析し、未分化状態特異的に共沈してくる3つのバンド(CO1-3)を同定した。(3)(2)で同定されたバンドを単離してN端部分アミノ酸配列解析法および質量分析法で解析したところ、CO-1,3は細胞骨格成分の蛋白で、アーチファクトと考えられたが、CO-2は未知の蛋白と考えられた。(4)染色体外発現ベクターを用いた強制発現と、テトラサイクリンによる発現調節系を用いて、転写因子Cdx-2の発現がES細胞の栄養外胚葉への分化を誘導することを見い出した。(5)ゲノム遺伝子の解析から、Cdx-2の発現がES細胞においてはOct-3/4によって抑制されていること、およびCdx-2が自己のプロモーターを活性化しうることをルシフェラーゼアッセイ法により明らかにした。
著者
丹羽 仁史 宮崎 純一 田代 文
出版者
大阪大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

(1)Oct-3/4による未分化状態維持機構を明らかにするために、薬剤投与によりOct-3/4の発現が消失して100%栄養外胚葉に分化するES細胞ZHBTc4を用いて、その未分化状態を維持するために必要なOct-3/4の機能ドメインの検索を行った。この結果、機能的DNA結合ドメインと一つの機能的転写活性化ドメインの組み合わせで十分であることが明らかになった(図参照)。このとき、Oct-3/4のC末転写活性化ドメインとDNA結合ドメインからなる変異型分子で未分化状態を維持されたES細胞では、Oct-3/4の下流遺伝子の一つであるlefty-1の発現が殆ど消失していた。このことは、一部の下流遺伝子の発現には特定の転写活性化ドメインが必要であること、またこれらの遺伝子の発現はES細胞の自己複製には必要がないことを示す。(2)Oct-3/4の発現増加による原始内胚葉への分化誘導機構を明らかにするために、そのために必要なOct-3/4の機能ドメインの検索を行った。この結果、未分化状態維持と同様に、DNA結合ドメインと一つの機能的転写活性化ドメインの組み合わせで十分であることが明らかになったが、興味深いことにDNA結合能は必要ではなかった。このことは、この分化誘導現象が、これらのドメインが他の蛋白と相互作用することによって引き起こされていることを示唆している。(3)Oct-3/4の発現減少による栄養外胚葉への分化誘導機構を明らかにするために、この現象への関与が考えられる転写因子Cdx-2との相互作用について解析を行った。Cdx-2の発現は未分化ES細胞では全く検出されないが、Oct-3/4の発現が減少すると速やかに検出されるようになる。そこで、この遺伝子の発現制御領域を解析したところ、この遺伝子の発現が、自身の産物で自己活性化されうること、およびこの活性化をOct-3/4が阻害しうることを見いだした。更に、ES細胞におけるCdx-2の強制発現は、部分的にではあるが栄養外胚葉への分化を誘導した。これらのことは、Oct-3/4がCdx-2の発現を抑制することにより、栄養外胚葉への分化を阻止している可能性を示唆している。
著者
藤井 義明 半田 宏 加藤 茂明 石井 俊輔 鍋嶋 陽一 山本 雅之 岩渕 雅樹 梅園 和彦
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1997

平成13年度の取りまとめの期間を除く実質4年間に発表された論文数は900報になり、一論文当たりの平均インパクト係数は8.3で、数値の上からも本研究は遺伝子発現の研究領域に実質的な貢献を果たしたものと考えられる。研究はA)転写因子間の相互作用と機能発現の分子機構。B)転写因子の標的遺伝子及び生物作用の個体レベルでの解析の2つの柱のもとに行われ、総括班はこれらの2つの研究の連絡、調整及び研究成果の発表等を行なった。主な研究成果は次の通りである。基本転写因子TFllH、TFllEなどの複合体のサブユニット構造をリコンビナントタンパク質より再構成により確立したこと。転写伸長反応にも正負の調節機構があり、その調節因子群を遺伝子クローニング法によって明らかにし、それらの作用機構を解明したこと。転写共役因子については新しい共役因子MBF1、UTF1を発見し、これまで癌遺伝子として知られていたSkiが抑制的な転写共役因子として働くことを示した。また広範な転写因子の共役因子として働くCBPについてはさらにGLl3、AhR/Arnt、HlF-12、lRF3などにも共役因子として働くことやβ-カテニンと結合してPML複合体に局在することやCBPとP53の相互作用をβ-カテキンが阻害して、P53の転写活性を抑制することを示した。転写因子と結合して、その活性あるいはタンパク質の濃度を調節する因子としてHSP90他にKeap1を発見し、Nrf2r転写因子の調節に働くこと、そのKOマウスを作り、機能を詳細に検討した。また、こと、幹細胞の末分化状態の維持に抑制性の転写因子Hes5、Hes3などが働いていること、多数の転写因子の構造と機能が遺伝子クローニング及び培養細胞での発現や遺伝子欠失動物の作製によって明らかにされた。
著者
藤井 義明 萩原 正敏 加藤 茂明 審良 静男 久武 幸司 半田 宏 大熊 芳明 上田 均 箱嶋 敏雄 梅園 和彦
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本計画研究班の研究課題は、転写因子も含めて転写因子間の相互作用が最終的に遺伝子発現としてどのようにアウトプットされるかというメカニズムを分子のレベルで解明することを主な目的としている。Preinitiation complexの構成成分であるTFllHの9つのsubunitsをリコンビナントDNAを用いて発現させ、再構成に成功し、各々のサブユニットの機能を検討する系が確立された。またこの系を用いてERCC3のヘリカーゼ活性が転写活性化のプロモーターエスケープの段階に重要であることを示した。転写伸長反応もDSlFとNELFの抑制とpTEFbとFACTの活性化系によって精密にコントロールされていることが明らかにされた。DSlFの一つサブユニットp160のC末端の変異はゼブラフィッシュでは神経の発達異常を引き起こすことが分かった。広範な転写因子の共役因子として働くcbpについては、さらにgi3,AhR/Arnt,HlF-1α,lRF3などの共役因子として働くことやβ-カテニンが阻害して,P53の転写活性を抑制することを示した。2ハイブリッド法によってMBFl,UTF1,P68/P72が各々転写因子FT2-F1,RAR,ERα,βの転写共役因子として働くことを明らかにし、その構造を決定した。ノックアウトマウスを作製することによってAhR,AhRR,STAT3などの機能解析を行なった。
著者
尾形 悦郎 柳澤 純 市川 智彦 名和田 新 首藤 紘一 梅園 和彦 加藤 茂明 大薗 恵一
出版者
(財)癌研究会
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

ホルモン療法における作用機序及び耐性化の機序につき検討し、以下の結果を得た。1.ステロイド・ホルモンによる遺伝子抑制の機序をVDとPTHrP遺伝子とを例に検討し、PTHrP遺伝子上の責任promoter構造を決定。ついでそこにVDRとKu抗原が結合すること、Ku抗原によるVDRのリン酸化が抑制の作用機序である可能性を示した(尾形)。2.オーファン・レセプターとしてTixを新たに単離・同定した。Tixが神経芽細胞腫や結腸癌に発現すること、これの過剰発現が細胞増殖を強く誘導することを示した(梅園)。3.RAR・RXRに比較的特異的に結合・作用する薬物を合成し、それによりRAR・RXRの機能の解析を行った(首藤)。4.白血病細胞のグルココルチコイド抵抗性との関係で、PPARγの発現が極めて高いこと,増加が認められるGRβは核内で機能することを観察した(名和田)。5.ホルモン療法抵抗性前立腺癌の14%にAR遺伝子codon877の点突然変異を見出しこの変異を持つ癌細胞がアンチアンドロゲンによっても増殖刺激を受けることを示した(市川)。6.ビタミンD作用に拮抗する新規化合物(TEI9647)について検討し、これがVDRと結合し、そのco-activatorとの作用を阻害する可能性を示した(大薗)。7.乳癌患者に化療を施した場合のestrogenレベルの動態を明らかにした(堀越)。8.核受容体をめぐるステロイド・ホルモンと成長因子・サイトカインとの間のクロス・トークの例としてERがMAP-kinaseによりリン酸化され、AF1の転写活性が高まることを示し、このためのco-activatorの候補として68KD蛋白を見出した。また、TGFβの作用に関与するSmad蛋白がVDRと相互作用し、VDRの転写活性を増強することを見出した(柳澤)。
著者
塩見 春彦 井上 俊介 塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

我々はトリプレットリピート病の代表例である脆弱X症候群の分子機序の解析を行っている。脆弱X症候群は最も高頻度に精神遅滞を伴う遺伝性の病気である。大部分の脆弱X症候群患者では、X染色体上に存在する遺伝子FMR1の5'非翻訳部位にある(CGG)nリピートが伸長し、その結果FMR1遺伝子産物の発現が転写レベルで抑制される。つまり、この病気はFMR1の機能欠損によるものである。FMR1の発現は健常人では脳神経系で非常に高く、一方、FMR1の発現のない脆弱X症候群患者は脳神経系の形態異常、特にシナプス形成の場であるスパインの形態異常を示す。FMR1蛋白質はRNA結合蛋白質で、しかもリボソームと相互作用していることからある種のmRNAの翻訳を直接叉は間接的に調節していると考えられているが、標的mRNAは今だ同定されていない。したがって、FMR1蛋白質の標的mRNAの同定はFMR1研究の最重要課題となっている。FMR1の標的mRNAを同定するために、我々はFMR1遺伝子の発現の変化に伴いその動態を変化させる蛋白質の同定をプロテオミクス解析法を用いて進めている。この研究を推進していくために、脆弱X症候群患者から樹立した各種細胞株と患者の正常な兄弟から同様に樹立した培養細胞株を用いている。この研究過程において、我々は、FMR1蛋白質はリボソームと相互作用していることから、患者由来と正常細胞におけるリボソーム分画の蛋白質レベルでの比較を行い、顕著な違いがあることを見い出した。この結果はFMR1蛋白質の有無がリボソームに構造的または質的な変化を与えることを示唆している。これは、ひいてはこのリボソームの構造的または質的な違いが翻訳するmRNA種のセレクターとして働いている可能性を示唆する。正常細胞においても、刺激に応じたFMR1蛋白質の修飾がリボソームとの相互作用を変化させ、その結果、リボソームの構造的または質的な変化を誘導することが考えられる。現在、両者で発現量に違いの見られる蛋白質の二次元電気泳動法による分離と質量分析による同定を進めている。さらに網羅的にFMR1蛋白質の有無により動態変化の見られる蛋白質の探索を進め、FMR1蛋白質の『標的遺伝子』を同定し、それらの発現調節機構の解析を通して脆弱X症候群の分子機序を明らかにしていきたい。
著者
常田 聡 平田 彰
出版者
早稲田大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

食品産業は生物系由来の原料が多いため,有機物の循環,すなわちバイオサイクルという観点から,食品産業排水中の成分は原料生産へフィードバックすることが可能である。しかしながらバイオサイクルという流れから見たときに,どのような排水処理がエミッション低減に有効かはっきりとしていない。そこで,このバイオサイクルに出入りする物質およびエネルギーを定量的に把握し,排水処理方式がこれらの値に及ぼす影響を数値化することによって,ゼロエミッションをめざした排水処理プロセスの構築を検討することが本研究の目的である。まず,ワイン製造プロセスについて原料,廃棄物および排水処理に関するアンケート取材を行った。その結果,ワイン製造プロセスについて,炭素重量基準での詳細な物質フローを求めることができた。次に,バイオサイクルに出入りする物質およびエネルギーを定量的に評価するため,独自のフローシートを提案し,微生物増殖速度式や化学量論式に基づいた評価式を作成した。そして,嫌気処理および好気処理を行った場合に発生する汚泥量などのエミッションを定量的に把握し,さらに汚泥を廃棄物と混ぜて堆肥化した場合やメタン回収した場合のエネルギー収支を算出した。今回収集したワイン製造排水に関するデータを用いて試算を行った結果,発生/使用堆肥量の関係から,汚泥を堆肥化して原料生産へ用いることは量的に可能であることが分かり,バイオサイクルが機能する可能性を示唆することができた。また,汚泥や廃棄物を堆肥化することによって削減できる化学肥料の量およびその生産に要するエネルギーを見積もった結果,バイオサイクルに投入されるエネルギーをかなりの割合で節約できることがわかった。一方,嫌気処理によって節約できるエネルギーおよび回収できるエネルギーはこの10分の1程度であることもわかった。
著者
常田 聡 平田 彰
出版者
早稲田大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

食品産業から排出される排水や廃棄物は生物由来の易分解性有機物中心である.そのため,有機物の循環,すなわちバイオサイクルという点から見て,これらの排出物は原料生産へフィードバックすることが可能である.廃棄物の処理および再生に関しては,現在さまざまな方法が開発・使用されているが,食品産業におけるバイオサイクルという流れから見た時に,どの方法がエミッション低減に有効であるかは,はっきりとしていない.本研究では原料生産と製品製造を一連のプロセスと考え,このバイオサイクルに出入りする物質およびエネルギーを定量的に把握し,その中でのゼロエミッション化をめざすことを目的とした.本研究では具体的な対象産業としてワイン醸造産業を選んだ.まずブドウ(生果)から作るワインの製造プロセスにターゲットを絞り,アンケート調査を行うことによって物質収支のフロー解析を行った.20,000kgのブドウから17,280Lのワインが生産される過程で,梗,果実・種,澱等約3,900kgの固形廃棄物,100tの排水が出ることがわかった。また,排水の処理工程(活性汚泥法)において発生する余剰汚泥量は,乾燥重量として68.6kgであることがわかった.次に原料および各廃棄物・排水について重量および元素分析(C,N,P)を行い,製造プロセス内における元素ごとのフロー解析を行った.元素によって動きが異なるものの,固形廃棄物(ブドウ梗・ブドウ粕)としての排出が大きな割合を占めることがわかった.特に窒素とリンに関しては,バイオサイクルへのインプットが主に肥料からであることを踏まえればこれらを有効的に農地還元させることがバイオサイクルを機能させる上で重要であるといえる.これらは含水率が低く,C/N比が高いので,先に述べた余剰汚泥のコンポスト化を行う際の調整剤となりうることが示唆された.