著者
佐藤 健二
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.516-536, 2003-03-31 (Released:2010-04-23)
参考文献数
18

本報告では, 安田三郎『社会調査ハンドブック』を素材に, 戦後日本の社会学における方法意識の歴史的な変容を論ずる.数量的研究/質的研究の対立の一方の典型としてではなく, むしろ調査テクノロジーの特質に焦点をあて, 読者の理解をも視野にいれた分析が必要であろう.4冊の内容構成の変遷から, 問題の設定の局面で重要な役割を果たす〈書かれたもの〉, すなわち研究論文や統計文書など文献データに対する感度が低下し, 社会調査の社会調査ともいえるような展開をはらんでいた質問分析の意味が, 単純な例示に切り縮められていったという変容が浮かびあがる.しかし, 社会調査が行われる「社会」という場それ自体が, さまざまなデータがすでに書き込まれ刻み込まれている資料空間である.このハンドブックの構想に学ぶべき可能性を3つ挙げておこう.第1には安田自身が感じた「一寸した知識」への驚きを共有するという期待が込められていること, 第2に流れ作業的なマニュアルとしてではなくフィードバックを含む複合的な認識形成のプロセスを構築しようとしたこと, 第3に戸籍の読み方や内容分析など盛り込めなかった調査テクノロジーの領域についての明晰な自覚が少なくとも始めの段階ではあったことである.『社会調査ハンドブック』を共有すべき書物として編むという実践それ自体が, 盛られた情報内容以上に, 社会という資料空間に内属しつつデータを収集し処理し再構成せざるをえない, 「方法」のもつ手ざわりをしっかりと伝えている.
著者
原田 謙 杉澤 秀博
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.80-96, 2014 (Released:2015-07-04)
参考文献数
41
被引用文献数
1 7

本稿は, パーソナル・ネットワークに対する都市効果を, 階層的に異なる水準で測定された変数を扱うマルチレベル分析を用いて明らかにすることを目的とした. 具体的には, 個人レベルの属性の影響を統制したうえで, 地域レベルの都市度が, 親しい親族・隣人・友人数およびその空間的分布に及ぼす文脈効果を検討した. データは, 東京都, 神奈川県, 埼玉県, 千葉県内の30自治体に居住する25歳以上の男女4,676人から得た.分析の結果, 第1に, 親族総数の地域差は居住者の個人属性の影響を統制すると消失した. しかし都市度は親族関係の空間的分布に影響を及ぼしていた.都市度が高いほど近距離親族数は減少していたのである. 大都市の親族関係は, 規範的ではなく選択的であり, 空間的に分散したネットワークである点が示唆された. 第2に, 都市度が高いほど隣人数は減少していた. 第3に, 友人総数の地域差は居住者の個人属性の影響を統制すると消失した. しかし都市度は友人関係の空間的分布に影響を及ぼしていた. 都市度が高いほど, 中距離友人数が増大していたのである. 都市度は, 都市圏全体に広がる友人資源へのアクセス可能性を高めている点が示唆された.
著者
佐藤 嘉倫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.632-647, 2009-03-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
35
被引用文献数
8 5

現代日本の階層構造について語るとき,「流動化」と「固定化」という2つのキーワードが浮かび上がる.非正規労働者の増加などの流動化と特定階層における世代間移動の固定化がその典型例である.本稿では,相矛盾するように見える2つのキーワードを階層論の視点から統一的に理解・説明できることを示す.すなわち,階層構造の流動化といっても,すべての階層でそれが生じているわけではなく,特定の階層は依然として保護的な制度に守られているが,別の階層は高まる流動性に巻き込まれている.教育,若年層,転職,世代間移動,収入という5つの領域における,2005年社会階層と社会移動研究プロジェクトの研究成果を検討しながら,この仮説が全体として妥当することを示す.最後に,階層構造の安定性と流動化の共存が社会階層論に与える含意について考察する.
著者
近藤 和都
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.485-501, 2019 (Released:2020-03-31)
参考文献数
53
被引用文献数
1

スクリーンにおける映像の現れ方は,たとえば映画であれば「映写機・フィルム・スクリーン」といった器機の複合およびそれらを操作する主体の技法本稿では器機と技法を包括する語として〈技術〉を用いるの節合関係に応じて変容せざるをえない.この意味において,映像的なテクストは「移ろいやすい」性質を持つといえよう.したがって,映像受容のあり方は作品テクストの存立の基盤となる〈技術〉によって条件づけられる.以上を踏まえるならば,映像受容のあり方を捉えるためには,作品テクストを規定する〈技術〉をめぐる問いが不可欠となる.ここから本稿は,プロパガンダ映画の効果を最大化するために,作品テクストを理想的な〈技術〉において呈示することに国家的力点がおかれた映画法制定以降を対象時期として,統制側のアクターと興行側のアクターが交渉/協働しながら上映環境を再構成していく過程を描き出す.具体的には,スクリーンの「移ろいやすさ」を制御することでどの映画館においても同一の経験が媒介されることを目指して,上映作品・上映回数・映写技師・映写機器・従業員といった諸要素が「規格化」されていく様相に焦点を合わせる.考察を通じて,スクリーンにおける映像のあり方が〈技術〉の水準でいかに条件づけられるのかを示し,その上で,映像文化史を「移ろいやすさ」をめぐる制御の観点から展開することの含意について示す.
著者
大石 奈々
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.549-566, 2018 (Released:2019-03-31)
参考文献数
61
被引用文献数
6 5

近年熾烈化していた「高度人材をめぐるグローバル競争」は, ナショナリズムの高まりから陰りがみられ, 各国で受入れの門戸が徐々に狭まりつつある, しかし日本においてはこうした収縮方向の「制度的同型化」はみられず, 急速に進む少子高齢化と労働力不足を背景に高度人材の受入れ政策が逆に深化している. 政府は2012年にポイント制を導入し, 「高度人材」として認定された外国人に様々な優遇措置を付与することで受入れを推進している. 一方, 高度人材および専門人材 (専門的・技術的分野の外国人) の数は拡大しているが, 他の先進諸国と比較するとまだ数は少なく, 来日した人材の流出も続いている.本稿は, 「制度的同型 (institutional isomorphism)」および「非移住政策 (nonmigration policies)」をキー概念に, 開放的な制度の「模倣的同型化」が結果としての収斂につながっていない要因を社会的・経済的・組織的・制度的な角度から分析する. また国家戦略特区による「外国人受入れの地域化」等, 地域のニーズに沿った新しい人材受入れ政策の展開を俯瞰しつつ, 今後の研究課題を提示する.
著者
加藤 裕治
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.270-285, 1998-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
22

本稿は明治初期に活躍した二人の新聞記者, 成島柳北と福地源一郎の西南戦争をめぐる報道態度と (新聞) 報道言説に着目し, 「中立的 (ニュートラル) な視点」に基づいて事実を伝達すると想定されている「客観的報道言説」が, 「文学的定型 (物語) に基づく言説」を拒絶する地点で可能になったことを指摘する。その上で, そうした報道言説に含まれているパラドックスの可能性と隠蔽の問題を, タックマンによる「枠組」の概念に基づきながら検討し, こうした「中立的な視点に基づく事実によって出来事を知らせること」を指向しつつ誕生した「客観的報道言説」が, 実際には不可能であることを指摘する。
著者
宮原 浩二郎 森 真一
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.2-20, 1998-06-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
32

「地震」と「震災」はそれぞれ別の対象を指している。「地震」は地面の揺れという自然現象を指す。それに対して, 「地震による災害」である「震災」は, 自然と人間生活の相互作用現象を指示している。それゆえ, 「震災」の研究には, 人間生活の様態を知ることが不可欠である。このような視点に立つわれわれは, 本稿で, 芦屋市を事例として, 「阪神・淡路大震災」の特徴の1つである, 被害の区域差の記述を試みる。特に, 人的被害の区域差と被災者住民の生活・居住環境を記述する。われわれは, 芦屋市を5区域に分け, それぞれの震災被害, 生活・居住環境のデータを集計した。データから, 芦屋を構成する5区域は, 市が標榜する「国際文化住宅都市」のイメージに合致する程度がそれぞれ異なることが浮き彫りにされる。中間平坦区域は, 「邸宅地」指標の高い山麓区域と, 「新住宅地」指標の高い埋立区域を圧倒的に上回る被害を出した。つまり, 「住宅都市」イメージから最も距離のある中間平坦区域は生活居住環境の対地震抵抗力が弱く, 最大の被害を出したのではないかと考えられる。
著者
船津 衛
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.179-182, 1983-09-30 (Released:2009-11-11)
著者
三部 光太郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.466-481, 2020 (Released:2021-12-31)
参考文献数
16

本稿は,「ひきこもり」(および「ニート」)支援を掲げるNPO において,スタッフと地域のボランティア,支援の利用者たちが共在する空間が,どのように相互行為を通じて編成されているのかを分析する.分析の焦点は,調査対象たる支援組織の活動への参加に対する「入口」として位置づけられている,軽作業(自動車用ワイヤーハーネスの組み立て)の空間編成の実践である.分析を通じて,参加者,とりわけ利用者の共同作業への参加可能性が,どのような方法によってもたらされるのかを検討することが,本稿の目的である. 分析による知見は,以下の3 点である.1)作業の進行において,参加者はテーブルに積み上げられたハーネスの身分の区別(すでに集計された「束」/まだ集計されていない「山」)を,他の参加者に可視化する.2)製品の身分の可視化を通じて,参加者各自の作業の進行状況の区別(集計作業/組み立て作業)も周囲に可視化され,互いに重複しうる各自の作業空間の境界が管理される.以上1)と2)は,まずは製品の集計における間違いを避ける実践である.しかし3)作業の進行状況の可視性は,ひるがえって,他の参加者が共同で集計作業に従事することを可能にする仕掛けにもなっている.最後に分析の知見を踏まえ,複数の参加者が1 つのテーブルを囲む形式で作業が行われることが,利用者の支援空間への参加にあたってどのような意義を持ちうるのかを考察する.
著者
廣本 由香
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.267-284, 2016 (Released:2017-12-31)
参考文献数
28
被引用文献数
4

本稿の目的は, 福島原発事故を起因とした自主避難をめぐる「不条理な選択」の問題が, 自主避難者の生活を脅かす「広義の被害」 (舩橋1999) になりうることを明らかにすることである. 本稿では, 佐賀県鳥栖市の自主避難者を事例に, 避難の選択過程における経験世界の諸相を‹ゆらぎ›という概念で記述する. ‹ゆらぎ›は, 選択過程の動揺, 葛藤, 不安, 戸惑い, ためらい, わからなさなどが混在する心理的状況や自己認識であり, その変化をさす.政策・法制度的な「加害―被害関係」では把握できない領域を‹ゆらぎ›という概念を用いて記述することで, 原発事故による生活の被害が, 損害賠償制度で認められる領域よりも広範で深刻であるとともに, 長期にわたり生活世界に潜在化・重層化することを示す. すなわち, 生活者の生活の視座から被害を考えたとき, 自主避難の‹ゆらぎ›は生活やそれを下支えする社会関係を揺るがす「広義の被害」となりうることを実証する.今後, 政府の避難指示解除による「『強制避難者』の『自主避難者』化」 (除本2013) が加速する. 社会的制約を受けながら行われた自主避難も, 個人的選択の結果であるとみなす社会規範のもとで自己責任の問題として受け止められてしまう. こうした被害の個人化に陥らないためにも, 「広義の被害」の視座が自主避難者当人の「被害非認識」や「被害の潜在化」による被害の矮小化, 加害者側の「被害放置」を防ぐ手立てとなる.
著者
藤原 翔
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.18-35, 2011-06-30 (Released:2013-03-01)
参考文献数
24
被引用文献数
2 6

本稿の目的は,Breen and Goldthorpe(1997)の教育達成の階級・階層間格差に関する理論を取り上げ,その中心となる相対的リスク回避仮説の日本社会における妥当性を検証することである.相対的リスク回避仮説によれば,子どもとその親は,子どもが少なくとも親と同程度の階級・階層に到達することを期待し,そのために必要とされる学歴を取得しようとする.その結果,出身階級・階層によって目標とする教育達成の水準が異なり,教育達成の階級・階層間格差が生じるのである.この仮説を検証するため,パネルデータを用いて計量分析を行った結果,(1)父親の職業は父親が子どもに期待する職業に影響を与えていること,(2)父親が子どもに期待する職業は父親が子どもに期待する教育に影響を与えていること,(3)父親が子どもに期待する教育は子どもの教育達成に影響を与えていることが示された.しかし,子どもへの教育期待の形成に対する父親の職業の影響を,子どもへの職業期待は大きく媒介しておらず,また,教育達成に対する父親の職業の影響を子どもに対する教育期待は大きく媒介してはおらず,これらの期待の効果は付加的なものであった.これらの結果から相対的リスク回避が教育達成の階級・階層間格差を説明するうえで中心的な役割を果たすという彼らの主張は支持されず,相対的リスク回避仮説は支持されなかった.
著者
中島 満大
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.287-302, 2018 (Released:2019-12-31)
参考文献数
27
被引用文献数
1

本稿は, 近代以前の社会において, ‹家族›がどの程度実現していたのかを宗門改帳を用いて素描していく. この論文では‹家族›を母子関係と父子関係が維持されている状態として定義した. 史料として肥前国野母村で作成された『野母村絵踏帳』を使用し, 徳川時代の村落における‹家族›の実現性を析出した. その方法として, 人口学における生命表分析を親との死別に応用している. 本稿では, 子どもの親の生命表を作成し, ‹家族›の実現性を検討した.この研究では, 以下のことが明らかになった. ひとつは, 子どもが10歳に達した時点で, 75%の子どもは両親が生存していたが, 残りの25%の子どもは, 母親もしくは父親のどちらかがいない状態, あるいは両親が共にいない状態にあったということである. 20歳になると, 両親が生存していた子どもの割合は全体の48%にまで下がっていた. もうひとつは, 子どもが生まれた段階で, それ以降, 平均して父親が生存する期間は24年, 母親は35年, 両親が共にいなくなるまでの期間は39年であることを明らかにした.平均寿命の延伸で, 私たちの人生が変化したように, ‹家族›の実現性の高まりは私たちのライフコースや社会に大きく影響している. 歴史の中の‹家族›の実現性は, 現代社会における家族の役割や家族が抱える問題を相対化する力をもっているといえる.
著者
宇賀 博
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.44-59,108, 1965-03-25 (Released:2009-11-11)
著者
熊本 博之
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.432-447, 2016 (Released:2018-03-31)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

本稿の目的は, 普天間基地移設問題を事例に, 米軍基地をめぐる政治が沖縄に何をもたらしてきたのか明らかにすることである. 補完性原理を理念的背景にもつ地方自治法第1条の2が定めている国家存立事務には, 外交や防衛が含まれている. それを根拠に, 政府は, 沖縄県の強い反対があるにもかかわらず, 名護市辺野古区への普天間代替施設の建設を進めている.そして辺野古区は, 条件つきで普天間代替施設の建設を容認している. 米軍基地と深い関係をもっている辺野古区は, 米軍基地への反対を主張しづらい地域である. それに加えて, 沖縄県が米軍基地についての決定権をもっていないため, 反対しても建設を止められる保証はない. だから辺野古区は, 条件つきで受け入れを容認し, 政府との交渉を進めているのである. こうした辺野古区の行動は, 沖縄県が米軍基地に対する決定権をもっていない以上, 沖縄がおかれている状況を集約したものであるといえよう.このような政治的環境のもと, 沖縄の人たちが米軍基地問題をどのように経験しているのか描き出していくこと, そして政治が沖縄社会にもたらしているものの意味を捉え, そこから政治がもつ問題性を析出することが, 社会学には求められている.
著者
梅村 麦生
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.166-181, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
56

A. シュッツは『社会的世界の意味構成』の中で, 社会的世界の最も根源的な層をなす「われわれ」関係は, 我と汝の「同時性」に基づき, この同時性の中で「われわれは共に年をとる」と述べた. 本稿はシュッツのこの同時性論を, その土台となっている内的時間論と, シュッツが具体的な社会関係の下で同時性が成立する事態として記述している例を踏まえて検討し, その問題点と可能性を追究する.シュッツの同時性論には, 先行研究ですでに複数の問題点, 特に複数の二元論的な契機が指摘されている. 他方で, シュッツが用いた「間主観性は所与」であるといった考え方を受けて, そうした問題を不問にして社会関係の記述を始めた点に認識利得があるとする見解もある. しかし実際に, シュッツが不問にしたベルクソンやフッサールの概念に伴う問題をみていくと, 同時性に関する重要な問題が現われてくる. それは〈同時性〉が単なる瞬間性や現前性を超える場合に現れる〈時間性〉の問題である. 事実, シュッツは同時性を「共に年をとること」として扱っているにもかかわらず, 同時性に含まれる時間性の問題を主題化していない. 本稿では特に, シュッツが混同した2つの〈同時性〉の違いを指摘した上で, 「共に年をとること」を〈理念化された時間性〉の共有として捉える見解を導き出し, 上記の二元論的な契機への回答と, シュッツの同時性論を社会学的な時間論へ接続する可能性を提示する.
著者
菅野 仁
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.26-40, 1990-06-30 (Released:2010-05-07)
参考文献数
37

本稿の課題は、「生」と「分業」という二つの概念の統一的把握を通して、G・ジンメルの「近代文化論」がもつ独自な意義を明らかにすることにある。これまでジンメルの近代文化論については、その中心的概念が「生」であるとし、その概念的、形而上学的性格を批判する見解や、「生」と「分業」との統一的把握のもとに近代文化の問題の核心に迫った意義深い文化論であると積極的評価を下す見解などがあった。本稿は基本的に後者の立場に依拠しており、ここではジンメルの近代文化論がどのような意味で積極的に評価しうるのかを、『貨幣の哲学』の近代文化論の検討を通じて明らかにしたいと考える。すなわちジンメルは、「生」と「分業」という二つの概念を主軸に近代文化がはらむ問題状況を、「主体の文化と客体の文化との齟齬的関係」としてとらえ直すことによって、ネガティヴな現象形態をとりつつ進展する近代文化の在り方のなかに「可能性」として蓄積されているポジティヴ性をみる、という複眼的視座からの近代文化論を展開したのである。本稿では、彼の近代文化論における「生」概念と「分業」概念との関係の在り方を明らかにすることを通して、近代文化をとらえるジンメルの複眼的視座がもつ独自な意義に迫りたい。