著者
杉山 典子
出版者
鶴見大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2007

日本語は、漢字仮名交じり文を主とする特徴的な文字体系を有している。かかる表記は、研究者間に留まらず、国内外で広く関心を集めている。とりわけ近年では歌の書かれた木簡が相次いで発掘の成果されており、現代日本語の特殊な形式に繋がる古代日本語の書記法は、さらに注目されることとなった。本研究は、古代の書記資料として最大の万葉集を対象として、和歌集という文芸作品における古代日本語の書記法の展開と表現との関わりを明らかにした。具体的には、以下の3点を中心に調査を行い、その成果を論文形式で公表した。(1)平安期以降の仮名万葉に採録された歌の原表記を調査、比較し、平仮名に変換された際の表現の変化を分析した。(2)仮名表記された歌における助辞の機能を調査した。特に大伴家持作歌に注目し、注記の文字との共通性とその傾向をデータ化、分析した。(3)奈良から平安期の和歌における表現形式化についての調査を行った。
著者
石岡 丈昇
出版者
北海道大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

マニラ首都圏・パラニャーケ市のEボクシングジムのフィールドワークを通じて、スポーツを通じた生活保障空間形成が達成されている点が明らかになった。これは、「スポーツと社会移動」というテーマで研究を進めてきたスポーツ社会学の内外の研究に対し、「スポーツと暮らしの再生産」のテーマから事例分析を構想することの必要性を訴える含意を備えるものである。
著者
原山 浩介
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

占領期の闇取引・闇市には、行政上の様々な意図が作用する。ひとつは、石橋湛山に象徴されるような、戦後インフレを一過性のものと見る立場からの闇市合法化論、あるいは戦時における統制の破綻に根ざした統制廃止論がある。また少し違った角度から、財産税課税のための資産補足を免れるために、手持ち通貨を換物しようとする動きが起こり、これが闇取引とインフレを助長していることに対する懸念があった。そして勿論、闇市・闇取引を、経済秩序の混乱をもたらすもの、あるいは犯罪の温床とみる立場からの、闇市・闇取引撲滅論も存在した。しかし全体としては、GHQ/SCAPの一貫した闇市・闇取引取締りの方針に突き動かされる形で、全体としては規制・廃止が基調となる。一方、実際にこの闇市・闇取引を自らの生業としながら生きた人びとにとっては、行政による取締りは、その振れ幅にも関わらず、概して脅威と捉えられていた。また、そこに生きた人びとのタイプは実に様々で、あぶく銭を手にして放蕩する者、日々を生き抜くための仕事として取り組む者、あるいは闇市での経験がベースになって後に小売業等に邁進する者など様々であった。こうした現実は、闇市・闇取引が、単なる時代のあだ花とするには余りある、生活との連関がある。また、闇市・闇取引が当時の物流・配給の手段として重要な意味を持っていたのも事実である。そうしたことは、現場に近い行政機関の関知するところでもあり、地方行政レベルでは露店の集約を事業化するなどの動きが見られ、また警察は闇市・闇取引に対する過剰な取締りを行わないという方向性を打ち出していた。以上の諸点に鑑みたとき、闇市・闇取引を、そこを生きた人びとの感覚に一面的に依拠しながら、「解放空間」ないしは「闇社会」と規定するのは誤りであり、占領期という歴史的に特異な時期に現出した生活世界として把握することが必要になると言える。
著者
須田 牧子
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

本年度においては、第一に、昨年度に引き続き、入明記諸本の検索を行ない、可能であれば原本調査を行なうとともに、その写真を入手し、伝来を含めた書誌情報の確定に努めた。この作業の結果、入明記の悉皆調査はほぼ完了し、良質な写真の入手あるいは撮影にっいても、修理中・貸出中であったものを除いては完了することができた。第二に、『笑雲瑞訴入明記』(1453年に明に渡った遣明船の記録)について、数種類の写本の伝来を確定し、各写本の字句の異同を全て確認のうえ、翻刻を完成させた。加えて、この翻刻の読み下しを作成し、昨年度・本年度の現地調査の成果をも盛り込んだ詳細な注釈を施した。以上の成果は解題を付し、単行本として出版すべく具体的に準備している(出版社決定済)。また本研究で得られた史料学的な成果については、「『笑雲瑞訴入明記』の書誌的検討」と題し、2008年7月に浙江工商大学日本文化研究所で行なわれる国際シンポジウム「東アジア文化交流-人物往来」で報告予定である。第三に、日明関係に深く関与し、入明記の伝来とも関係の深い大内氏についての基礎的な研究を進め、その成果の一部を公表した。現地調査としては、まず韓国沿海部・島嶼部の日・明・朝関係史跡の踏査を行ない、また中国北京市の中国第一歴史档案舘を訪問して中国の史料保存の実態に触れるとともに、第一歴史档案館が所在する故宮の見学をし、入明記に記載される一つ一つの門・建物を詳細に確認した。これら現地調査の結果は直接的には、『笑雲瑞訴入明記』の注釈という形でまとめられ、間接的には、現在進めているほかの入明記の内容分析に活かされている。
著者
野町 素己
出版者
北海道大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

本研究では、スラヴ諸語における所有性の概念を実現する言語構造の構造的、意味的分析を行った。言語類型論の分析理論(特に文法化理論)を踏まえ、中でもこれまで分析がなされてこなかったカシュブ語に関し、所有構文から派生する二つの統語構造である複合時制および受動態について、言語接触論、類型論的な視点から、スラヴ諸語全体を踏まえた上で、その構造的、意味的な相互関係を記述・分析した。
著者
岡田 努
出版者
福島大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

科学史上の著名な実験の再現や明治期の子ども向け科学啓蒙書に見られる実験等の再現研究を実施し、文献に記載されていない素材や加工技術等を当該時代の技術・生活・文化・歴史まで考察し、自然科学研究の発展を学際的・横断的にとらえることを主に研究を実施した。この成果は別添の論文や学会等で報告するとともに、さらに小中学校および高校向けの理科教材へも取り入れ、その実験が行われた当時の歴史・文化・技術等との関わりを盛り込んだ「科学実験工作プログラム」へと発展した。県内外から30件以上もの子ども向け・科学指導者向けの講演・講座等の依頼を受けこの研究成果を活用した。特筆すべきは文部科学省が指定する「スーパーサイエンスハイスクール」指定高校からの依頼で、意外と見過ごされがちな文系や理科が苦手な生徒向けにこれらの成果を活用した授業を実施し好評を得て、同校から次年度以降も協力要請を得ることができたこと。また特許庁主催「平成19年度知的創造サイクル啓発事業」では、指導員としエ同研究の成果を「ものづくりにみる、科学・技術・社会-科学史の視点から知的創造サイクルを考える」という演題で全国各地で講演した。従来、発明や知的財産等の普及活動といえば企業等で長年研究開発に携わった者の経験を伝えるのが主であったが、本研究の科学教育における学際的・総合的な視点が発明や知的財産の普及に活用できるという点を評価され、本研究計画時点では想定していなかった新しい分野を開拓することができた。本研究の成果は以下に示すように今年度は論文・学会等の数では必ずしも多いとはいえないが、教育現場や他の各種講演等で実践を通し研究を非常に多く実施することができたことは大きな成果であり、今後それらの成果を順次発表する予定である。
著者
篠原 郁子
出版者
白梅学園短期大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、乳児の母親を対象に「乳児の心に目を向ける傾向」を多角的に測定し、乳児の内的状態に対する目の向けやすさという認知的特徴と、乳児の内的状態に調和した関わり方という行動特徴の関連を検討した。乳児の心の状態を読み取りやすいという母親の認知的特徴は、母子自由遊び場面において、子どもと一緒にやりとりを作り上げていく養育行動と関連することが見出された。
著者
大澤 彩
出版者
法政大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

本研究においては、民法学において現下の課題となっている民法と消費者法の関係につき、消費者契約法による不当条項規制の問題点をその民法による規制との関係をも視野に入れて検討することで、1つの見方を提示した。具体的には、近時の日本の裁判例の分析から、日本同様、消費者保護立法によって不当条項規制が行われているフランス法の制度史研究、さらに不当条項規制の具体的なツールとして期待されている不当条項のリスト化に関するフランスの最新の法改正の動向など、多様な観点からの研究を行った。その成果は、5に掲げる論文や学会報告によって発表した。
著者
中山 智子
出版者
京都外国語大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

近代フランスの舞台芸術における女性の表象を衣裳との関係から描き出すことを目的に、本年度は、昨年度に引き続き、戯曲の校訂版の作成を行うと共に、1)異性装の文化的・文学的背景の研究、2)当時の演劇状況における意義の研究を中心に行った。とりわけ、Les Amazones Modernes(Legrand,1727)の校訂版作成と分析により、男装と並んで十七、十八世紀の文芸に大きな影響を与えたアマゾネス神話のテーマの重要性を明らかにした。アマゾネス神話は、十七、十八世紀のフランスで再び脚光を浴び、男装と並んで「戦う女」「強い女」を描くための主要な芸術的テーマの一つとなった。2007年8、9月に渡仏し、国立図書館にて、十七世紀末から十八世紀にかけて発表されたアマゾネス関連の主要な文献と当時の演劇状況の調査を行った結果、Legrandは、当時のアマゾネスのブームを現実社会の批判に巧みに利用していることが分かった。加えて、「アマゾネスが男装する」という荒唐無稽な設定を用い、作品中のヴォードヴィルの歌詞に女性の権利主張を盛り込むことで、ライバル劇団の特色の一つであった男装及びヴォードヴィルを活用し、テーマ性と娯楽性の両立を可能にしていることが明らかになった。この研究結果を論文としてまとめ、フランス語で発表した。なお、本年度前半には、十七世紀末から十八世紀にかけての衣裳と性の関係についての意識の変化を、多数の戯曲の分析から検証した論文をフランスで出版された国際学会研究論文集に発表した。さらに、異なったジャンルにおける異性装の位置づけを検討するため、悲劇の例としてZaide(LaChapelle,1681)の校訂版を作成し、現在分析を行っている。今後、これまでの研究成果をジャンルごとに比較検討し、上演の形態が異性装の表象と受容にどのように関連しているかを論文にまとめ発表する予定である。
著者
紅谷 昇平
出版者
(財)阪神・淡路大震災記念協会(人と防災未来センター)
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2007

阪神・淡路大震災の事例では災害後の産業復興には顕著な遅れがみられ、事前対策の重要性が明らかになったが、大手企業へのアンケート調査では事業継続計画(BCP)を策定している企業は4割にとどまっていた。また地域産業復興の事例として、能登半島地震や四川地震、ノースリッジ地震の現地調査・資料調査を行い、仮設店舗による営業支援や日本型TIF(Tax Increment Financing)の可能性検討を行った。
著者
内藤 康彰
出版者
学習院大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2007

本研究では出芽酵母細胞の液胞とミトコンドリア代謝活性の相関についての新たな知見を得た。ある培養条件下で出芽酵母生細胞の液胞中にダンシングボディと呼ばれるブラウン運動する顆粒が出現、消失する事が分かった。ダンシングボディとミトコンドリア代謝活性の相関を調べるために、ダンシングボディ出現・消失時におけるミトコンドリアの時空間分解ラマン測定を行った。その結果、ダンシングボディとミトコンドリア代謝活性に強い相関がある事が明らかとなった。
著者
鈴木 智也
出版者
同志社大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

自然界には多数の要素が相互作用し,複雑な現象を生み出す力学系が多く存在する.近年,観測技術の向上により,メカニズムに関与する要素の振る舞いを同時に観測することが可能になってきた.しかし,膨大な情報から有用な情報を引き出すには,効率の良い解析手法を考える必要がある。本研究において,観測データのみから,元のシステムを構成するネットワーク構造を捉える解析手法を提案してきた.提案手法の性能を評価する実験では,数理モデルを用いて多面的に分析を行った.例えば,結合写像力学系や神経回路網モデルなどを構成し,時間発展させることにより時系列データを観測する.その観測データのみを用いて,元のネットワークの構造を推定し,その推定精度をもって提案手法の性能を評価した.また,実験に用いたネットワークのトポロジーとして,近年注目を浴びているSmall-WorldネットワークやScale-freeネットワークを生成し,複雑ネッ.トワーク科学により得られた知見を本研究に積極的に取り入れた.さらに応用研究として,ネットワーク構造を活かしたシステムの振舞いの予測法や,ブートストラップ法を予測法と組み合わせることにより,少数データでも高い予測精度を維持する手法などの検討も行っている.
著者
圷 美奈子
出版者
和洋女子大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

明治期までの『枕草子』解釈史の中から、昭和期に起きた使用底本の切り替え等によって、本文と同時に切り捨てられてしまった部分をすべて拾い出し、古注釈と現代注の見解の関係について整理する作業を行った。『枕草子』について一度は断絶し、読みの歴史から失われてしまった「享受史」を復元する研究により、各章段・場面に関する新しい解釈の成果を得るとともに、現代における『枕草子』研究の問題の本質と課題とが明らかになった。
著者
塚本 容子
出版者
北海道医療大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

本研究では、(1)HIV患者における抗HIV薬のアドヒアランスの現状調査;(2)現状を基に、アドヒアランスサポートプログラムを構築する;(3)アドヒアランスサポートプログラムを実施し、そのプログラムを評価, 以上の3点を目的として実施した。サンプル抽出に関しての問題点もあるが、我が国のHIV患者のアドヒアランスは米国の患者と比較して、高く保たれていた。しかし治療による副作用が発生しても、医療従事者(特に医師)に対して副作用に対しての現状を伝えられていなかった。また治療決定の際に、積極的な関わりができている患者も少なかった。この現状結果を基に、患者が積極的に治療決定が行えるようなサポートをプログラムを構築し、実際使用しその評価を行った。その評価に関して、であるが改善点はいくつかあったが、90%以上の患者がそのプログラムを良いもしくはとても良いと評価していた。またアドヒアランスサポートプログラムがすべての外来にあると良いということも意見として挙っていた。今後の課題としてこのプログラムを継続的に行い、患者のアウトカム、プログラムの経済性に関して調査する必要がある。
著者
古屋 晋一
出版者
関西学院大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

本研究は,ピアニストとピアノ初心者の打鍵動作における上肢関節の動力学特性の違いについて調べた.ピアニスト7名と同数の初心者にスタッカートでのオクターブ打鍵を行なってもらい,その際の上肢の運動を高速カメラおよび表面筋電図によって記録した.逆動力学計算により,肩,肘,手首,指関節に生じる筋力依存性のトルク,運動依存性のトルク,重力依存性のトルクを算出した.その結果,ピアニストは初心者に比べて肘と手首により大きな運動依存性トルクを作り出し,筋トルクを軽減していた.さらに,肘の筋トルクを生成する際,ピアニストは重力に抗する筋である上腕二頭筋を弛緩させていたのに対し,初心者は上腕三頭筋を収縮させていた.したがって,ピアニストは長期的な訓練を通して,筋力以外の力を利用することで打鍵時の筋肉の仕事量を軽減する運動技能を獲得していることが示唆された.
著者
西浦 博
出版者
長崎大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

ヒトの行動がどのように感染症流行に影響を与えるかについて、現存するデータを系統的に収集し、数理モデル及び統計モデルを利用して分析した。有用な天然痘及び肺ペストのデータについては、昨年より個別データベース構築を継続した。論文報告をした特定研究成果として、まず潜伏期間を利用した統計モデルが挙げられる。発症時刻に基づいて伝播能力や感染時刻を推定する理論疫学研究を報告した。同研究手法の発展によって、通常は発症時刻しか記録されていない観察データを分析しやすい感染時刻データに変換する方法を提案した。また、最近データ採集が実施されたブタE型肝炎の血清調査結果を対象にして、本研究計画で提案した感染力推定モデルの応用事例を報告した。感染力が高く、流行がまん延している感染症について、どのように集団レベルでの感染力を推定できるかについて、データ特性に対応した手法を提案した。インフルエンザの研究成果としては、プルシア(ドイツ)における1918年の流行データを数理モデルを用いて分析し、論文報告した。流行時刻によってインフルエンザ伝播が変化する様を検討する単純化モデルを構築し、流行途中にヒト行動がどのように変化したのかを客観的に分析・解釈する方法を提案した。スペイン風邪流行途中ではヒトの接触回避行動が伝播動態に大きく影響した可能性が高く、パンデミックインフルエンザ発生時には適切なヒトの危険回避行動が流行抑止対策になる可能性が示唆された。
著者
宮下 敬志
出版者
立命館大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、アメリカにおける人種マイノリティ教育実践が、19世紀末以降に内外の植民地に転用していったことを明らかにすることを目的とした。研究の結果、19世紀半ばのハワイ先住民教育を参考に作られたアメリカ本土のアフリカ人・先住民(インディアン)学校における手作業教育偏重の教育実践が、官僚や教育者の移動や交流を通じて、フィリピンや日本の先住民教育などに地域を越えて転用していったことについて、歴史学的な実証分析の手法を用いることで明らかにすることができた。
著者
川野 光興
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2007

精子では転写が行われていないため、今まで精子を用いた大規模なcDNA配列解析はなされていない。しかし最近の報告により、精子内にもRNAが存在していることが明らかになった。よって本研究では、精子中に存在する転写産物の網羅的同定を塩基配列決定により行い、新規の機能性RNA分子を探索することを目的とした。精子は体細胞とは異なり全体的に非常に凝集したクロマチン構造をとっている。そのような状況下において存在しているRNAの生理機能を解析することにより、精子における遺伝子サイレンシングやゲノム構造の維持機構に関する理解を深められる。これらのデータは、RNAが遺伝物質として機能するという仮説の上に立った候補RNAを探索する基礎データにもなりうると考えられる。今年度の具体的な研究内容を以下に述べる。始めにマウスおよびチンパンジーから運動能力のある精子を採取して全RNAを精製した。今回の解析では、小分子RNAを含むできるだけ多くの転写産物の同定を行えるようにするため、RNAの長さおよび末端の形状に依存しない両末端タグ法を用いてcDNAを調整した。454シークエンサーを用いてcDNAの塩基配列決定を行い、マウスは約45万、チンパンジーは約5万のcDNAタグを得た。生物情報学的解析により、cDNAのゲノムへのマッピングを行いRNAの分類をした。その結果、マウスおよびチンパンジーの精子中にはrRNA、tRNA、mRNAの断片やmiRNA、piRNA、snoRNAなどの機能性RNAが存在することを明らかにすることができた。mRNAとmiRNAの幾つかのものについては、実際に精子中にRNAが存在することをTaqMan qRT-PCR法を用いて確認した。さらに、マウスの精子から新規miRNAの候補を複数同定した。今後は、マウスとチンパンジーの精子RNAプロファイルを比較解析する。
著者
楠田 哲士
出版者
岐阜大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

希少食肉目動物の飼育下個体を対象に,糞中の性ホルモン動態のモニタリングから繁殖生理の解明を行うと共に,糞中DNAとホルモンの解析により排泄者を特定する方法を開発し,その種の保全に役立つ繁殖生理生態調査法を確立することを目的とした。1.ネコ科とクマ科の希少種7種の飼育個体から,糞を定期的に採取保存し,繁殖生理の解明に必要な試料を蓄積した。2.糞中性ステロイドホルモン動態のモニタリングにより,特にトラとヒョウの繁殖特性を明らかにした。トラでは,卵胞活動の指標として糞中エストラジオールー17β(E2)またはアンドロステンジオン(AD),黄体活動の指標として糞中プロジェステロン(P4)の測定が有効であった。発情期に雄からマウントまたは交尾を受けた雌では,交尾後発情兆候が消失し,P4値が急激に上昇した。その後,出産がみられなかった場合には交尾後2ヶ月以内に基底値まで減少し発情兆候が回帰した。発情期に交尾がみられなかった場合や単独飼育された場合は,いずれもP4含量は基底値を維持し,E2,ADまたは発情兆候に約1ヶ月の周期性が認められた。しかし,稀に交尾・マウントがなくP4値の上昇が認められた。以上のことから,トラの排卵様式は交尾排卵型である可能性が高いが,稀に交尾刺激なしでも排卵する場合があることが明らかとなった。ヒョウでは,ローリング行動が観察された時期に一致して,E2またはADが上昇する傾向が認められ,ローリング行動がヒョウの発情行動の一つと考えられた。調査期間中P4値に明確な上昇が数回確認されたが,これらの個体は雄と同居させていなかったことから,ヒョウは交尾刺激を伴わずに排卵する確率が高いことが明らかとなった。3.動物種や性判別などの排泄者情報を糞から特定するための方法を確立するため,糞からDNAを抽出・増幅するために必要な実験設備体制を整えた。
著者
板倉 史明
出版者
独立行政法人国立美術館東京国立近代美術館
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

2007年初頭に全米日系人博物館から東京国立近代美術館フィルムセンターへ移送された124本の映画フィルム(伴武の遺品である「バン・コレクション」の一部)の調査を実施し、2007年12月に正式にそれらのフィルムの寄贈手続きが完了した(1本のみ可燃性フィルムであった)。調査の結果、入江たか子主演の無声映画『月よりの使者』(1934年)や、時代劇映画の巨匠・伊藤大輔監督の『薩摩飛脚』(1938年)をはじめとして、これまで日本では失われていたと思われていた1930年代の日本映画のフィルムが10本以上ふくまれていることが判明した。第二次世界大戦以前の日本映画はきわめて残存率が低いため、これらのフィルムは日本映画史の欠落を埋める大きな「発見」である。また、『GeishaGirl』(1933年)という日米合作映画には、1910年代にハリウッドで俳優として活躍していた青山雪雄が脚本家として参加しているが、この作品はこれまでその存在さえ知られていなかった珍しいものである。寄贈された「バン・コレクション」のフィルムは、現在フィルムセンターのフィルム保存庫において安全かつ恒久的に保存されている。ただし、ほとんどのフィルムは製作されてから70年以上の年月が経過しているためにひどく劣化しており、そのまま上映ることができない状態にある。そのため一部のフィルムを35mmフィルムに複製して恒久的な映像の保存をおこなうとともに、上映用プリントを作成して一般に公開できるようにし、2008年4月から開催予定の「発掘された映画たち2008」で上映る予定である。復元したフィルムの冒頭に、「このフィルムは、2007年に全米日系人博物館から東京国立近代美術館フィルムセンターへ寄贈され、その元素材より復元した「伴武コレクション」の一部である。」という字幕を作成し、挿入する予定である。