著者
清家 彰敏 室木 通
出版者
富山大学
雑誌
富山大学紀要. 富大経済論集 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.135-159, 2000-07

企業の経済活動には収穫逓増と収穫逓減の二つの法則がある。この法則に従えば,製品は収穫逓増期を経て市場が熟した時点で収穫低減期に入る。この論文では,90年代の収穫逓増の事例を分析することで,21世紀に向けて製品や事業が収穫逓減期に入らないで,さらに収穫逓増を続けるための技術経営を模索している。本稿は収穫逓増の経営を理論化しようとする研究プロジェクトの一環である。特に技術経営に焦点をあて,定義してきた収穫逓増のモデルを体系化し,軸に分け,図上で位置づけを行うことを目的とする。収穫逓増は収穫逓減にならないように何かを変化させる必要があるが,このモデル化,図示では,何を変化させているかにより選別型,素材型,組立型,誘発型の4モデルに区分している。さらにこれらのモデルは戦略性,戦術性,クローズ性(グループ型),オープン性(市場型)を要素として持っており,これらの要素からクローズ戦術型,オープン戦略型,クローズ戦略型,オープン戦術型とそれぞれ再定義を行った。90年代の収穫逓増事例をもとに二つの分析を行っている。一つ目は,戦略ベースのプロダクト型とサービス型による分析である。この分析ではこの二つの要素とその要素のオープン性とクローズ性に着目して,オープン性プロダクト型をシリコンバレー型,クローズ性プロダクト型を旧日本型,クローズ性サービス型を新日本型,オープン性サービス型を脱日本型( World Wide型)という見方を提示した。またシリコンバレー型は素材型モデル旧日本型は選別型モデル,新日本型は組立型モデル,脱日本型は誘発型モデルと関連が深い。二つ日の分析は戦術ベースの市場参入のオープン性とクローズ性について分析している。製品とサーピスの二つの項目について市場参入が開放的か閉鎖的かを議論し,収穫逓増の事業がそれとどのように関わってくるか議論している。ここではさらに,製品とサーピスの市場参入のオープン性・クローズ性の組み合わせと企業関連携/開発体制との関わり合いについても分析を行って,最後に技術経営に必要な人材戦略を示唆している。本プロジェクトでは, 90年代に収穫逓増を続けている企業,製品についてその詳細を議論し事例研究をしている。ここでは日本の代表的企業であるトヨタ自動車,日清製油,エスエス製薬をはじめ,世界のトップ企業であるGE, 65円ハンバーグの日本マクドナルド,今話題のプレイステーション, ITベンチャのトレンドマイクロなど,幅広く11の企業あるいは製品を取り上げている。この中では従来のビジネスモデルと収穫逓増のビジネスモデルの対比,後述する収穫逓増モデルによる分析,プラットフォーム,サービス,オープン性,クローズ性といった分析を行っている。またこれらの収穫逓増の限界と21世紀に向けての技術経営の指針についても分析している。
著者
西尾 正輝
出版者
富山大学
巻号頁・発行日
2016-03-23

富山大学・富理工博甲第105号・西尾正輝・2016/03/23・★論文非公開★
著者
藤田 徹也
出版者
富山大学
巻号頁・発行日
2007

平成29年6月26日学位取消
著者
馬 清祥
出版者
富山大学
巻号頁・発行日
pp.1-122, 2014-03-21

富山大学・富理工博甲第71号・馬清祥・2014/03/21・★論文非公開(2017/03/20公開)★
著者
武脇 誠
出版者
富山大学
雑誌
富山大学紀要. 富大経済論集 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.273-305, 1991-11

予算の果たすべき職能のうち,非常に重要でありかつ最も困難なものは,予算の動機づけに関する職能である。すなわち,計画,調整の面でいくら優れた予算を作成しても,それによりいかに従業員を,企業目標に向けて動機づけるかについての配慮の行われていない予算は,有用なものとはなりえないであろう。そこでこれまで様々な方策が講じられてきた。そのいくつかを挙げると,予算編成への参加,リーダーシップスタイル,予算のタイトネスレベル等である。そのうち特に予算に内在する問題として,以前にタイトネスレベルに関して検討したが,それと同時に会計的意味が強くかつ重要なのが報酬に関する問題である。この点に関して企業で一般的に行われている方法は,予算を達成するか否かにより,報酬に差をつけることで予算達成を促すものである。しかしこれは解決が非常に困難な問題である。それは,報酬の種類が極めて多様であるばかりでなく,それを従業員に与える方法,基準等についても多数のやり方が考えられ,どれが最適であるかについては,恐らく解決不能な問題だからである。その理由は,報酬を受けるのは様々な性格をもった人間であり,それ故に報酬に対する感じ方が極めて多様なためである。従ってこの考察に際しては,他の動機づけの問題以上に人間の心理学的考察が不可欠となる。そこで当論文では,この極めて困難な分野についての考察の第一歩として,心理学における成果を充分参考にしつつ,これまでこの問題に関して発表されたいくつかの論文を検討し,今後のこの分野の研究の基盤とすることを目的としたい。
著者
松倉 茂
出版者
富山大学
雑誌
研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 (ISSN:03876373)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.85-86, 2007-12

ヒトの認知構造は発達することが知られている。生まれたての乳児は聴覚や視覚などは別にしても、ほとんど認知能力が無に等しいにもかかわらず成人するまでの間にはその認知能力は著しく発達する。このように急激に認知能力が発達すること自体はよく知られた事実であるが、それがどのようなメカニズムで起きるのかはまだよく分かっていない。本研究の目標は言語の認知能力のメカニズムの解明である。
著者
福田 正治
出版者
富山大学
雑誌
研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 (ISSN:03876373)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.21-34, 2007-12

基本情動の発生、および進化を考えたとき、系統進化の中にその証拠と見つけることは不可能に近く、形態と機能や行動制御の詳細を化石の証拠から見つけるのは難しい。その点から情動の進化は推定を含めた物語になる危険性を含んでいる。しかし情動の進化の紐を辿っていくと、生物の発生や動物の発生までに至り、動物が食性として肉食に至るまでの時間をさかのぼらなければならなかった。そして情動が運動と連動し、運動と別々に論じられないことを見てきた。情動とは何か、という問題を考えていったとき、動物の動物たる所以のところに突き当たってしまった。おそらく、動かない植物に情動が備わっていないことを考えると、動くものと最低限定義できる動物の特性として情動を脳の機能として設定せざるをえなかった。生物は自己保持の機能を根本的に持っていると考えなければ、地球上の生物は今日ここに存在しないであろう。この自己保持機能の中に、生きていくための捕食者―被食者の関係を持たざるを得ない。その関係の中で、情動という機能が生まれ、恐れが第一なのか、報酬に関係した喜びが初めてなのか不明であるが、そのような判断がすばやくできることが生き残る第一の選択であった。有性生殖もまた、複雑な機能を要求してきた。自己の遺伝子をいかに効果的に伝えていくかの機能の中に受容・愛情の原型が作られた。種が生き残る判断として、この受容・愛情の原型は役立ったに違いない。ここではヒトの感情の大部分は動物が群れや集団を作ってしか生きていけないことから発生していることを指摘した。社会的感情は集団の中で生きていくための選択であり、その集団を離れることが死を意味するために、この感情の能力は何千万年かけて幾世代超えて脳の中を書き換えていった。ところが新人類が出現したとき、食料問題か環境問題が緊急になり、自己のテリトリーだけでは満足せず、集団間の軍拡競争にその活路を見出した。時を同じくして、新人類はそれを実行できる大脳皮質の能力が拡大し特殊能力を身に付けた。そして今日地球上を席巻し、いまだに軍拡競争に明け暮れている。
著者
村上 恭子
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.135-149, 1992

Thomas PynchonのThe Crying of Lot 49に描かれた謎の組織Tristeroは,60年代アメリカに現れたカウンター・カルチャー運動にみられる精神を具現しているかのようだ。すなわち,産業資本主義とテクノロジーを中心とする社会にみられる様々な状況-人間疎外,体制の生み出す一義的な価値体系,そうした体系に適合しないゆえに社会から排除されたもの達,等々-にTris teroは異議を唱え,自由で多様な生き方を示している。しかし,Tristeroに見られる反文明,反産業,反論理,といった反体制の理念は,ヒッピー,ビート族,フラワー・チルドレン等の50年代,60年代における特殊な文化運動に収斂しきれない大きな歴史的パースペクティブを特っている。それは神話の世界から存在する昼と夜の世界,換言すれば,<体制,文化,秩序>対<反体制,自然,反秩序>,あるいは文化における<正の要素>対<負の要素>の対立と共存の歴史である。本論では,Tristeroを通して,文化の双面性,両義性の問題を検討する。
著者
小原 久治
出版者
富山大学
雑誌
富山大学紀要. 富大経済論集 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.26-52, 1976-07

この小論は,巨視的分配理論がいかなる基本的な理論構造によって構成されているか,について考察することを目的としている。この考察は,まだ完全に発展した決定的な巨視的分配理論が存在していない現状では,巨視的分配理論の立論の基礎・接近方法・分析方法,さらには,その理論構造・合意および批判,そして,新しい分配理論に対して第1次的接近を行なうための新しい展開,などにあたって役に立つことであると考える。小論においては,その全体を通じて次のような仮定を設ける。まず最初に,国家(ここでは一般政府の意味である。)の経済活動と外国貿易の存在を捨象する。投資支出と国民所得はともに純概念であるものとする。減価償却費と補填投資は同じものとみなしている。貨幣的側面を無視し利子率は一定であり,貨幣の供給は十分に弾力的であるとする。さらに,所得の機能的分配の決定要因に関する分析は定常経済に限定するため,ケインズ派分配理論の動学的分析を説明することは除外しなければならない。
著者
山本 英治
出版者
富山大学
雑誌
富山大学紀要. 経済学部論集
巻号頁・発行日
vol.6, pp.159-167, 1955-03

社会学においては人間の社会行動の分析が一つの課題となっている。その分析の方法や観点は種々様々であるが、ゲシュタルト心理学者として著名なクルト・レヴィンの思想体系と言われる「場の理論」FieldTheoryはそれに対する鋭利な分析方法となり得ると思う。この小論の問題意識は飽くまで人聞の社会行動の解明にあるが、それの分析方法としての「場の理論」について、特に彼が構想したところの「或一定時点における個人の行動を決するところの事態の全体totality of facts」であるところの「生活空間」life spaceを中心にして考察を進めようと思う。
著者
松井 三枝 中坪 太久郎
出版者
富山大学
雑誌
研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 (ISSN:03876373)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.61-84, 2007-12

本調査は、小川(1972)と秋田(1980)の報告から約30 年の年月を経て実施されたものである。そこで、今回の結果を用いて、小川(1972)および秋田(1980)との比較の上で、本結果の考察を行うこととする。まず、全体的な結果を見ると、時代の変化の影響を受けたカテゴリーと、比較的時代の変化を受けていない事例をもつカテゴリーが存在することが明らかとなった。例えば、有名人や雑誌などは、小川(1972)および秋田(1980)の報告と大きく変化している。しかし、これらのカテゴリーにおいては、各事例の出現率が低くなっている。つまり、それだけ多くの種類の回答が示されており、これらのカテゴリーには、万人に共通する事例というものがみつかりにくいことが推測される。一方で、色や顔のパーツなどは、小川(1972)と秋田(1980)の報告とそれほど差がない。しかも、各事例がかなりの高率(「色」の第一反応が88.6%、「顔のパーツ」の第一反応が98.1%)で出現していることから、これらのようなカテゴリーは、ある程度多くの者に共通する事例というものが存在していることがうかがわれる。また、調査の実施場所や研究協力者の偏りによるデータの違いも見て取ることができる。例えば、「山の名前」や「川の名前」などは、小川(1972)と秋田(1980)の報告、本結果のすべてにおいて、その土地の土地柄を反映した事例が多数出現していることが分かる。さらに、秋田(1980)において「学科」のカテゴリーの第2位が、「心理学」であるように、研究協力者の持つ背景が事例となって出現していることも見出せる。本結果においても、「職業」のカテゴリーにおいて、「医師」「看護師」「薬剤師」が上位に並んでいるが、これは本調査における研究協力者の専攻とも関係があると考えられる。このように、小川(1972)および秋田(1980)の報告と、本調査の結果を比較したことによって、時代の変化や研究協力者の偏りの影響を受けるカテゴリーと、影響を受けないカテゴリーが存在することが明らかとなった。このような差は、今回得られたデータを用いて、実験や調査のための刺激を作成する際にも考慮することが必要である。つまり、時代の変化や、研究協力者の偏りの影響を受けていないカテゴリーについては、安定した実験用の刺激として用いることが可能といえる。一方で、影響を受けているカテゴリーについては、そのことを考慮した上で使用する必要があることから、実験目的に見合った使用を考えるべきであろう。
著者
油井 雄二
出版者
富山大学
雑誌
研究年報 (ISSN:03851958)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.35-57, 1982

小論の目的は,富山,石川,福井の北陸3県の県および市町村の財政状況を過去10カ年にわたって分析し,また全国平均値と比較することによって,北陸地域の地方財政構造の特徴を明らかにすることである。一般的に言えば,地方財政には,国の地方に対する種々の規制を含めた制度的要因,各地方公共団体の自主的な施策,そして各地域の社会,経済構造という3つの要因が絡み合っている。したがって,地方財政のパーフォーマンスを評価しようとする際には,これら3つの要因がどのように地方財政に影響を及ぼしているかを明らかにせねばならない。小論はそのような分析の準備作業として,北陸地域の地方財政がどのような状況にあるのかを,公表データをもとに,把握しようとするものである。分析のあるべき姿からすれば,公表された決算の数字による,いわば外形的な分析にすぎないが,北陸地域の地方財政を対象とする分析は少ないので,予備的段階ではあるけれども,ここに発表することにした。