著者
久保 篤史
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.23-38, 2022-02-15 (Released:2022-02-15)
参考文献数
66

東京湾は大都市である東京を流域に持っており,人間活動の影響,特に下水処理水の影響を強く受けている。本稿では,筆者がこれまでに行ってきた東京湾における炭素循環・栄養塩類循環研究の成果を紹介する。東京湾における二酸化炭素収支は世界の沿岸海域と異なり二酸化炭素の吸収域となっていた。東京湾では植物プランクトンの光合成による二酸化炭素消費が陸域起源有機物の分解による二酸化炭素供給を上回った結果だと考えられる。これは,流域での下水処理により易分解性有機炭素や粒状有機炭素の大部分が除去され,主に難分解性有機炭素が東京湾に供給されていることに由来する。同様に東京湾流域の下水処理場における高度処理開始は東京湾に流入する栄養塩負荷量を低下させ,東京湾内の栄養塩濃度を低下させていた。流域の下水整備・処理効率の上昇や高度処理の開始により,東京湾の有機炭素・栄養塩類濃度は減少していた。それに伴い東京湾は二酸化炭素の放出域から吸収域へと変化していた。すなわち,栄養塩類濃度の減少を上回る易分解性有機炭素や粒状有機炭素除去の寄与が相対的に大きい結果と考えられる。
著者
平 啓介 寺本 俊彦 北川 庄司
出版者
日本海洋学会
雑誌
日本海洋学会誌 (ISSN:00298131)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.181-192, 1985
被引用文献数
5

アーンデラ水晶圧力計を用いて, 相模トラフの2, 036m水深点, 駿河トラフの2, 538m水深点, そして南大東島沖の32m水深点で海底における水圧変動の通年観測を行なった. 潮汐の各分潮の振幅と位相を応答法を用いて評価した. 気象庁の沿岸観測値との比較によって, 水晶圧力計による潮汐の観測精度が十分に高いことがわかった. Schwiderski (1979, 1981) の潮汐の全球モデルの計算結果と, 主要8分潮について比較し, 振幅は3cm以内, 位相は15。 以内で一致することがわかった. 海底圧力の変動は潮汐が卓越していて, 主要8分潮を除いた剰余の分散は, もとの分散の1.5%以下であった. 圧力計の指示値のドリフトのため, 海流の変動や渦の移動によって生ずると思われる長周期変動の解析はできなかった.
著者
平 啓介 寺本 俊彦
出版者
日本海洋学会
雑誌
日本海洋学会誌 (ISSN:00298131)
巻号頁・発行日
vol.41, no.6, pp.388-398, 1985
被引用文献数
1 17

南海トラフを横断する3点と相模トラフの2点において, 1982年5月から1984年5月まで底層流の直接測定を行ない, 平均流と変動流の特性を調べた.アーンデラ流速計を海底上7rnに係留した.南海トラフの平均流は, 流速0.9-2.1cm sec<SUP>-1</SUP>の反時計まわりの循環があることを示した.トラフ斜面上の方が, 平坦なトラフ底部より流速が大きかった.相模トラフでは相模湾に流入する平均流が観測され, 本州東岸にそって南下する親潮潜流の一部と考えられた.周期100時間以上の変動流の分散は, いずれのトラフにおいても八丈島西方の測点に比べて小さかった.相模トラフの北斜面上で, 周期66.7時間の, トラフ軸に平行に流動する強勢な流速変動が観測された.相模トラフで最大流速49cmsec<SUP>-1</SUP>が観測された.
著者
木田 新一郎 栗原 晴子 大林 由美子 川合 美千代 近藤 能子 西岡 純
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.87-104, 2021
被引用文献数
4

<p>沿岸域において,今後10 年程度の期間で取り組むべき研究の方向性と意義,そしてその遂行に必要な研究基盤について論じた。沿岸域は外洋域と陸域を結びつける,フィルターかつリアクターとしての役割をもつ海域であると同時に,人間社会に身近であり,多様で生産性豊かな海域である。沿岸域の物質循環を理解し,将来にわたってその豊かな生態系を維持していくためには,物理・化学・生物が分野横断的に連結し,組織立ったプロセス研究を進める必要がある。変化の時空間規模が小さい沿岸域の現象を把握するには,観測データが依然として不足している。しかし,これまでの長期モニタリングデータに加えて新たな観測機器の開発,衛星観測の高解像度化,ドローンの登場によって状況は大きく前進しつつある。この現状をふまえて,今後必要と考える研究基盤と数値モデルの展望を議論した。</p>
著者
土井 威志 安中 さやか 高橋 一生 渡辺 路生 東塚 知己 栗原 晴子
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.105-129, 2021
被引用文献数
2

<p>熱帯域に関する近年の研究の進展をレビューするとともに,今後10 年程度で取り組むべき海洋研究の方向性に関して,物理・化学・生物の各分野を横断して論じた。特に,エルニーニョ・南方振動(ENSO)に焦点をあてた。ENSO の予測は,近年の物理的理解の進展によりある程度可能になった。一方,ENSO が,海洋の炭素吸収能,物質循環,生物生産,生物多様性などにどのように影響するのかについては十分に理解されていない。さらに,長期的な気候の変化に伴って進行する熱帯海洋の水温上昇・酸性化・貧酸素化に,ENSO の影響が重なることで,海洋生態系がより深刻な影響をうける可能性も指摘されている。このような事態に備えるために,ENSO に伴って海洋システム全体がどのように変動するのか理解を深め,高精度で予測することが,社会要請と相まって,益々重要になるであろう。今後10 年間では特に,Biogeochemical(BGC)Argoフロートによる観測データと地球システムモデルを両輪とした海洋システム研究の展開,ならびに船舶・係留ブイ観測や現場実験・観測など現地調査に基づくプロセス研究の拡充を進め,双方の知見を互いにフィードバックする必要がある。ENSO に伴う経年的な変動予測精度が最も高い熱帯太平洋は,海洋システムの真の統合的理解と予測研究を進めるための最適な実証基盤である。</p>
著者
西條 八束
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.16, no.5, pp.401-406, 2007-09-05

陸水学は,通常,湖沼を研究水域としている。そして,湖沼が海洋に比べて閉鎖性が強いことを除けば,とくに生態系の構造と機能,物質循環などにおいて共通の性状を示す場合が多い。さらに湖沼が閉鎖的であることは,そこに生息する生物の相互関係,あるいは生物と生活環境の相互作用などを把握しやすくさせている。特に小潮を研究水域とすれば,時間的,空間的に密な観測,あるいは長期にわたる観測も容易で,多額の経費もかけずに精密な研究ができる。湖沼は通常,深い湖と浅い湖に分けられ,その性状も異なり,貧栄養湖と富栄養湖に分類される。さらに特異な湖であるが,深層に海水など高密度の水が半永久的に停滞している湖(部分循環湖)では,塩分の境界層に厚いバクテリアプレートが形成され,そこに各種のバクテリアなどが密生し,新たな知見が数多く見出されており,海でも同様な現象発生の可能性がある。また近年は,水域の富栄養化が重大な環境問題となり,その分野の研究が盛んになっている。日本では,湖沼における生物生産と物質循環の研究が,海洋における同様な分野の発展の基礎となった。このような陸水学の研究成果が海洋学の発展に寄与した具体例を挙げて論説した。
著者
岩田 治郎
出版者
日本海洋学会
雑誌
沿岸海洋研究ノート (ISSN:09143882)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.47-55, 1981-08-18

近年,河口域や沿岸域で農薬によると思われる魚介類の斃死事故が多発し,現在最も多く使用されている有機リン系,カーバメート系農薬の水生生物に及ぼす影響が,従来の淡水魚だけでなく沿岸域に生息する海水生物との係りの中で改めて注目されるようになった.本論では,有機リン系,カーバメート系農薬の海水生物に対する毒性に関する種々の報告から,それら農薬の沿岸生態系への影響を推察してみる.
著者
宗林 由樹
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.25, no.6, pp.145-155, 2016-11-15 (Released:2018-10-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1

海洋の微量元素は,海洋生物の微量栄養塩,現代海洋のトレーサー,古海洋研究のプロキシ(代替指標)としてきわめて重要である。しかし,海洋の微量元素は,濃度が低い,共存物質が測定を妨害する,採水から測定までの間に目的元素が汚染混入するなどの理由により分析が難しかった。著者は,簡便かつ精確な新しい分析法を開発し,それらを海洋研究に応用してきた。本稿では,以下の二つの内容について詳しく述べる。(1) 海水中アルミニウム,マンガン,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,カドミウム,鉛の多元素分析法の開発とその応用。(2) 海水中銅安定同位体比分析法の開発とその応用。これらの方法は,新しいキレート樹脂NOBIAS Chelate-PA1と誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)に基づいている。その分析結果の精確さは,国際共同観測計画GEOTRACESの相互較正などを通して確証された。さまざまな元素の濃度比,および濃度と安定同位体比の情報が利用できるようになり,海洋の生物地球化学サイクルに関する理解がますます深まりつつある。
著者
坂本 圭 辻野 博之 中野 英之 浦川 昇吾 山中 吾郎
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.27, no.5, pp.175-188, 2018

<p>著者らの海洋大循環モデル「気象研究所共用海洋モデル(MRI.COM)」は,開発が始まってから20 年近くが経過し,気象研究所と気象庁の様々な部門で利用されるようになるとともに,ソースコードの大規模化・複雑化が進んだ。このような状況の下でも,バグの混入や意図しない影響を抑えながらモデルを効率的に開発するため,現代的なソフトウェア開発で用いられるツールと手法を取り入れ,開発管理体制を一新した。まず,ソースコードの開発履歴(バージョン)を管理する「Git(ギット)」を導入した。このツールにより,複数の開発者が複数の課題に同時に取り組む並行開発が可能になった。また,プロジェクト管理システム「Redmine(レッドマイン)」を導入し,開発状況を開発者全員で共有した。このシステムによってデータベースに逐一記録された開発過程が,他の開発者や次世代の開発者にとって財産となることが期待される。これらのツールを用い,さらに開発手順を明確にすることで,開発チーム内の情報共有と相互チェックを日常的に行う開発体制に移行することが可能となったことは,コード品質の向上に大きく寄与している。現在,気象庁では,MRI.COMだけでなく,気象研究所と気象庁で開発しているほぼ全てのモデルをGit(またはSVN)とRedmineで一元的に管理するシステムを構築しており,モデルの開発管理及び共有化が大きく前進している。</p>
著者
飯田 博之 磯田 豊 小林 直人 堀尾 一樹
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.155-174, 2018-07-15 (Released:2018-07-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1 3

2016 年夏季に宗谷暖流沖合域で実施したCTD ならびにXBT とADCP を用いた25 時間連続往復断面観測で得られた詳細な流れ場と水温場の時間変化データの解析によって,冷水帯を伴った日周期渦流が宗谷暖流沖合を横切る様子を初めて捉えた。観測された冷水帯下部は,ほぼ均一な高塩分水で占められており,その起源は日本海中層水であることが示された。数値モデル結果を使用したトレーサー実験によって,日本海中層水は,岸向きの移流と湧昇により宗谷海峡へ供給された後,卓越した日周潮流により励起された反時計回りの孤立渦流に取り込まれ,冷水帯下部の海水の大部分を構成するとともに,宗谷暖流沖合水となって移流されることが示唆された。
著者
豊田 恵聖 岡部 史郎
出版者
日本海洋学会
雑誌
日本海洋学会誌 (ISSN:00298131)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.1-9, 1967
被引用文献数
10

The contents of iron, aluminum, silicon and phosphorus contained in particulate matters separated with millipore filter from sea waters sampled in the Western North Pacific, Indian, and Antarctic Oceans have been analyzed. The results indicated that these chemical elements are different in concentration from region to region. In waters of Sagami Bay and Antarctic Ocean near Scott Island and George V Land, which are influenced by the terrestrial waters, the concentration of iron, aluminum, and silicon ranged from 0.5 to 2.0&mu;g at/<I>l</I>. In the Western North Pacific Ocean, Indian Ocean, and Antarctic Ocean far off George V Land concentrations of these elements were below 0.5 &mu;g at/<I>l</I>.<BR>The concentration of phosphorus decreased with depth to about 0.02 &mu;g at/<I>l</I> in all regions.<BR>When the Fe-Al-Si weight percentage for each region was plotted on a triangular diagram, the samples from the Western North Pacific, Indian, and Antarctic Oceans do not resemble clay minerals and pelagic sediments. Only the Fe-Al-Si weight percentage of the sample from Sagami Bay was similar to that in vermiculite and glauconite and pelagic sediments.
著者
関口 秀夫 石井 亮
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.21-36, 2003
被引用文献数
27

有明海は本邦全体の干潟面積の約20%に相当する広大な干潟をもち,その中で最大の干潟面積をもつ熊本県ではアサリ漁業が盛んである。本邦全体のアサリ漁獲量は1975~1987年にかけて14万~16万トンあったが,これ以降激減している。有明海全体のアサリ漁獲量を代表する熊本県の漁獲量は,1977年に約6万5千トンあったが,2000年にはその1%にまで激減している。アサリ漁獲統計資料の解析によれば,アサリ漁獲量の減少パターンは有明海固有のものであり,漁獲量激減に関与している要因は本邦全域に及ぶような要因ではない。また,有明海の二枚貝類各種の漁獲統計資料の解析によれば,有明海のアサリ漁獲量の減少パターンは他の二枚貝類と異なっており,アサリ漁獲量の激減に関与している要因はアサリに固有の要因である。有明海のアサリ資源の幼生加入過程に関する過去の研究成果を踏まえれば,アサリ浮遊幼生の生残率の低下が,さらに言えば,この生残率の低下を引き起こしている要因が,アサリ漁獲量の近年の激減に関与している可能性が高い。ここでは,この推測を検証するための,併せて着底稚貝以降の死亡が関与する可能性を検証するための,プロジェクト方式の研究計画についても,提案をおこなう。
著者
石井 大輔 柳 哲雄 佐々倉 諭
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.23, no.6, pp.217-236, 2014-11-15 (Released:2019-02-01)
参考文献数
19
被引用文献数
2 3

赤潮の発生規模や発生状況を評価できる指標として提案された赤潮指数をはじめとする赤潮基礎データセット(1979―2004年)をもとに,瀬戸内海における赤潮関連情報の経年的な変動傾向や赤潮優占群の海域特性について検討評価を行った。瀬戸内海(大阪湾以外)と大阪湾における赤潮指数の時間変動特性を解析した結果,瀬戸内海(大阪湾以外)における赤潮指数の長期変動は1990年付近を極小とした増減傾向を示す一方,大阪湾のそれは約30年間顕著な減少傾向を示すことが判明した。また,瀬戸内海(大阪湾以外)では主に全天日射量,大阪湾では陸域からの寄与が大きい栄養塩濃度が赤潮指数の長期変動を決める要因であることを示唆する結果を得た。さらに,赤潮構成種ごとに整理した分類群別(珪藻群・非珪藻群・複合群)の赤潮指数から算出した赤潮優占率をもとに,瀬戸内海(大阪湾以外)および大阪湾における赤潮の卓越群について調べた結果,瀬戸内海(大阪湾以外)では全般的に非珪藻群が優占する一方,大阪湾では非珪藻群から珪藻群へ長期的に優占群が遷移するパターンが確認された。
著者
大島 慶一郎
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.75-96, 2018

<p>海洋の大規模な中深層循環・物質循環は,極域・海氷域での海氷生成による高密度水生成が起点になっている。全海洋の深層に広がる底層水が作られる南極海のような極海では,観測の困難さによって,海氷生成及び中深層水の形成・循環は十分わかってはいなかった。衛星マイクロ波放射計データによる薄氷厚アルゴリズムが開発され,熱収支計算を組み合わせることで海氷生産量を見積もる手法が考案された。南大洋の海氷生産量マッピングからは,ロス海に次ぐ第2 の海氷生産量域が東南極のケープダンレー沖にあることが示され,ここが未知(第4)の南極底層水生成域であることが,直接観測から明らかになった。北半球最大の海氷生産量域は,オホーツク海北西ポリニヤであることが示され,ここを起点として北太平洋の中層まで及ぶオーバーターンが形成されることに対応する。西岸境界流である東樺太海流はこのポリニヤで形成される高密度陸棚水を南方へ運ぶ役割を持つ。この50 年のオホーツク海風上域での温暖化が,海氷生産の減少とそれに伴う高密度水減少をもたらし,北太平洋のオーバーターンを弱化させていることも示唆された。これらの研究により,海氷生産量と中深層水の形成・変動に強い関係があることが定量性をもって明らかになってきた。</p>
著者
川合 英夫 Hideo Kawai
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.351-359, 2001-07-05
参考文献数
12

江戸時代中期の瀬戸内海では「潮汐界」(シヲサカヒ) は, その両側で上げ潮時の潮流が逆向きとなる潮汐の境界を意味していた (森 幸安, 1754)。内海舟運で行われた潮待などの実際面で「潮汐界」の情報が役立ったため, この語が使われたのだろう。北原 (1912, 1921) は「潮合(線)」を寒暖二流 (実は二水塊) の境界という意味で使っていた。「潮境」を浮遊物の集積する海流収斂線や異色水塊の境界という意味で, 最初に使ったのは宇田 (1931) である。しかし宇田が傾倒してやまない北原が使った「潮合(線)」の代わりに「潮境」を使い始めた動機は謎である。もしかすると, すでに「潮境」が外海漁業者の間で広く使われていたという経緯も考えられる。「潮合(線)」も「潮境」も海軍水路部の重松や岸人らでは使われず, 水産試験機関の北原や宇田らに限って使われたことは,「潮合(線)」「潮境」の情報が水産試験研究の実際面で役立ったためだろう。A term "Shiwo-Sakahi" (潮汐界), used in the Seto Inland Sea, Japan in the middle Edo Period (Mori, 1754), is interpreted to mean a boundary zone, on both sides of which the current direction from the low tide to the high tide becomes opposite. This term must have spread, because such information on tidal currents was useful for the practical aspect, related to the waiting in port until the tidal current shifts to a favorable direction. Kitahara (1912, 1921) used terms "Shio-Ai" (潮合) and "Shio^Ai-Sen" (潮合線) to mean a boundary between warm and cold currents, but actually warm and cold water-masses. While Nagatsuka (1906) used a term "Shio-Me" (潮目, current-rip) to mean a boundary between cold river water and warm seawater in his traditional Japanese poem, Uda (1929a) used this term to mean a line of accumulation of drifting matter accompanied by a thermal front in his scientific report. Uda (1931) also used a term "Shio-Zakai" (潮境) for the first time to mean a line of current convergence or a boundary between two water-masses with different colors. However, the motive for Uda, an ardent admirer of Kitahara, to have started using "Shio-Zakai" instead of "Shio-Ai-Sen" used by Kitahara, is still mysterious. Possibly "Shio-Zakai" might have already spread among fishermen in open seas. The terms "Shio-Ai" and "Shio-Zakai" were not used by Shigematsu and Kishindo of the Hydrographic Office, Japanese navy, but were used by Kitahara and Uda of fisheries experimental organizations. This is probably because these terms were useful for the practical aspect of the fisheries oceanography.
著者
鬼塚 剛 柳 哲雄 門谷 茂 山田 真知子 上田 直子 鈴木 學
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.403-417, 2002-05-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
28
被引用文献数
2

現在,洞海湾で水質浄化の試みとして,ムラサキイガイの養殖を行うことが計画されている。そこで,海域浄化に必要な養殖量とその効果を定量的に把握するために,鉛直2次元の数値生態系モデルを用いて洞海湾における物質循環の再現を行い,ムラサキイガイ養殖の有無による湾内物質循環の違いを調べた。その結果,ムラサキイガイ養殖量1,000トン以上で表層のクロロフィルa濃度は減少,湾奥底層の溶存酸素濃度は増加し始め,10,000トン養殖すれば赤潮防止に効果があり,貧酸素水塊の状態にも改善が見られることがわかった。10,000トン養殖時に,ムラサキイガイによる植物プランクトン摂食量は基礎生産量のおよそ2割に達し,2次生産量より大きい値であった。また,養殖しない場合と比較すると湾内有機物濃度が2~3割程度減少していた。洞海湾では工場からのTN(溶存・懸濁態窒素総量)負荷量が大きいため,ムラサキイガイ養殖による窒素除去効果は小さく,TN負荷量の約2%ほどであった。洞海湾が国の定めるTN環境基準を達成するためには,工場からのTN負荷量を削減しなければならないが,ムラサキイガイ養殖と工場からの負荷量削減の両方を組み合わせることで,より効果的に赤潮や貧酸素水塊の発生を防止できる。
著者
關 重雄
出版者
日本海洋学会
雑誌
日本海洋学会誌 (ISSN:00298131)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.13-17, 1943-08-15 (Released:2011-06-17)
著者
松川 康夫 鈴木 輝明
出版者
日本海洋学会
雑誌
日本海洋学会誌 (ISSN:00298131)
巻号頁・発行日
vol.41, no.6, pp.407-426, 1985
被引用文献数
15

渥美湾の窟栄養化の機構を解明するために塩分と各態チッソ, リンの濃度分布を毎月1回1年間にわたって観測し, 若干変形したボックスモデルを用いてそれらのバランスを調べた.陸からの供給は既往資料から算出した.計算で得られた湾の水理とこれらの栄養物質の循環や光合成, 分解, 沈降, 堆積の速度を観測や実験で得られたものと比較し, 考察した.この結果, このボックスモデルが内湾の水理と物質循環に関する概括的な理解を得るうえで有効であることが確認されると共に, 内湾の富栄養現象の出現にとって重要な要因は栄養物質の流入負荷の一般的増大だけでなく, 夏の直前の雨期における集中的負荷, 植物プランクトンの取込みに適した負荷のN: P比, 夏期における内湾の成層と海水の鉛直循環と結びついた栄養物質の半閉鎖循環の形成, および恐らくは好気的条件と嫌気的条件の中におけるりンの無機的回転であることが見出された.
著者
丹羽 淑博
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.26, no.5, pp.175-188, 2017-09-15 (Released:2018-09-12)
参考文献数
63
被引用文献数
3

海洋中・深層の乱流混合は,深層大循環の強さやパターンをコントロールする重要な物理過程である。この乱流混合の基になるエネルギーは,潮汐流や地衡流が海底地形の上を通過したり,大気擾乱の移動に伴って風応力が変動したりすることによって励起される内部波のエネルギーが乱流スケールにまでカスケードすることによって供給される。本稿では特に内部波の励起過程に着目し,近年,理解が大きく進展した潮汐起源の内部潮汐波,大気擾乱起源の近慣性内部波,地衡流起源の風下内部波のグローバル分布に関する研を紹介する。さらに,中・深層の乱流混合のグローバル分布のパラメタリゼーションの実現に向け,残されている課題について議論する。
著者
久木 幸治
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.91-106, 2020

<p>短波海洋レーダによる波浪研究の現在までの進展について紹介する。短波海洋レーダが受信する波浪からの後方散乱電波のドップラースペクトルには,波浪を構成している全ての自由波成分が関与している。このため,ドップラースペクトルから波浪スペクトルを推定することが可能である。その推定手法には,半経験的な手法,パラメータ適合による手法,線形インバージョン法,非線形インバージョン法がある。この中で,半経験的な手法が最も広く使われている。半経験的な手法とは,ドップラースペクトルと波浪パラメータとの関係式において未知の係数を経験的に求めることによって波浪パラメータを求める手法である。パラメータ適合による手法は,広ビーム型短波海洋レーダで得られるドップラースペクトルの解析のために開発された。線形インバージョン法は,狭ビーム型短波海洋レーダで波浪スペクトルを求める手法として最もよく知られた手法であり,ドップラースペクトルと波浪スペクトルとの関係式を波浪スペクトルについて線形な式に近似してから,波浪スペクトルを求める手法である。非線形インバージョン法は,日本で最も精力的に開発が進められている手法であり,線形インバージョン法を高度化した手法である。短波海洋レーダによる波浪推定精度を高めるためには,推定手法の高精度化とともに,SN(信号対雑音)比の高いドップラースペクトルを選択する手法の開発が必要である。このことによって, 沿岸域における波浪の高い精度での予報が可能となることが期待される。</p>