著者
笛田 千容
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.35-47, 2022 (Released:2022-01-31)
参考文献数
13
被引用文献数
1

2019年の大統領選挙での勝利につづき、2021年2月の国会議員選挙で自身の政党が勝利を収めたエルサルバドルのブケレ大統領は、同年5月1日の新国会発足と同時に違憲審査権を行使する最高裁憲法法廷の掌握を図り、政権の意向に沿って憲法解釈を行う機関に変質させた。つづいて最高裁および裁判所システム全体に対する影響力を強めながら、憲法改正の準備に進んでいる。また、それと並行して、検察長官の交代や汚職事件の捜査にかかわる国際的な協力協定の破棄によって検察を掌握し、「反汚職」を旗印に政敵の排除に邁進している。本稿は、これらの経緯を整理し、そこから導出される長期政権化のシナリオを提示する。
著者
千坂 知世 山尾 大 末近 浩太
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.2-26, 2023-03-15 (Released:2023-03-30)
参考文献数
58

イランのイスラーム革命防衛隊(IRGC)は,1979年革命から現在までイランの革命体制を国内外の脅威から守るという重要任務を担ってきた。その一つに周辺諸国のシーア派支援のための派兵が挙げられる。しかし,海外派兵には安全保障のジレンマや経済制裁など国益と相反する問題が生じる可能性がある。このようなパラドクスを孕むIRGC派兵をイラン国民がどのように捉えてきたのか。言論統制の厳しいイランにおいて,IRGCという体制そのものを象徴する組織に対する正確な世論を測ることは困難とされてきた。本論文では,そのような「社会的望ましさバイアス」の問題に対して,独自に実施したサーベイ実験を通じて克服を試みた。その結果,IRGCの海外派兵支持者はイラン全国で約35パーセントにとどまること,さらに支持/不支持の差は,体制への支持,信仰心,経済状況ではなく,対米意識の異なる回答者の間で最も強く有意に見られることがわかった。これは,革命体制への追従や宗教理念に基づく非合理性によって語られることの多かったこれまでのイラン対外政策研究とは異なる見方を示唆するものである。
著者
藤井 広重
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:09115552)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.7-18, 2022-02-15 (Released:2022-02-15)
参考文献数
58

2013年と2017年のケニアでの総選挙は比較的平和裏に実施され、暴力的な争いは限定的であった。他方で、ケニアでは選挙をめぐる裁判が増加し、権力に対する司法という公式なルールが果たす役割が高まる司法化の進捗がみられた。近年、アフリカではケニアのほかにも、マラウイ、ザンビア、ナイジェリアなどで、大統領選挙に関連した裁判が提起され、権力に対する公式なルールが果たす役割は高まっている。上記のいずれの国でも大規模な暴力には至っておらず、アフリカ域内の選挙をめぐる司法化は、平和な選挙の実施における重要な要素かもしれない。そこで本稿は、ケニアの選挙をめぐる司法化が、次回2022年に予定されている大統領選挙にどのような影響を与えているのか、裁判所での議論を手がかりに考察した。そして、ケニアでは制度改革を契機とした司法化が進捗する一方で、法に基づく公式な制度が、法に基づかない非公式な制度に補完されている現況を本稿での考察によって明らかにした。このため、必ずしも裁判にて紛争そのものが解決されるとは言い切れず、政治エリートの個人的な取引が引き金となって、2022年大統領選挙をめぐる緊張がさらに高まる可能性は否定できないことを指摘した。
著者
豊田 紳
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.50-63, 2021 (Released:2021-01-31)
参考文献数
23

メキシコの与党・国民再生運動は、その比例区の候補者の一部を選出するにあたって、選挙とくじ引きを組み合わせるという独自の制度を採用している。本稿は、この制度を「選挙くじ引き制」と呼び、それがもたらす効果を検証することを目的とする。具体的には、選挙くじ引き制の採用によって、候補者選出時点での派閥対立が抑制されると同時に、選出された議員の学歴は、メキシコ人の平均学歴に接近することを、議員プロフィールに関する統計分析から示す。
著者
坂口 安紀
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.44-58, 2019 (Released:2019-07-31)
参考文献数
29

ベネズエラは現在、政治、経済、社会的に国家破綻の状況に陥っている。2019年1月、反政府派が過半数を支配する国会のグアイド議長が憲法の規定に基づき暫定大統領に就任して以降、ベネズエラは「ふたりの大統領」が並び立ち、政治的緊張が極度に高まっている。マドゥロ政権は軍の支持を背景に、反政府派政治リーダーや一般市民、そして離反が疑われる軍人などへの弾圧を強めている。国内ではいまだマドゥロ政権の実行支配が続いているが、マドゥロ政権による人権侵害は国際社会から厳しく糾弾されている。本稿では、ふたりの大統領がたつことになった背景、厳しい経済社会的状況にも限らずマドゥロ政権が継続している理由、ベネズエラ危機に対する国際社会の対応などについて、1月以降の情勢に関して情報を整理し、解説する。
著者
杉木 明子
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:09115552)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.71-80, 2023-12-12 (Released:2023-12-12)
参考文献数
40

第一次世界大戦以後、国際難民レジームが徐々に形成されてきた。しかし、庇護申請者や難民の増加とそれに伴う負担から多くの国は難民の受入に消極的であり、国際難民レジームが揺らいでいる。それを象徴する事象のひとつが、人権侵害や迫害が行われている地への難民の送還を禁止する、ノン・ルフールマン原則に対する違反である。同原則は難民条約・難民議定書や様々な国際条約に明記され、国際慣習法として広く認知されてきた。本稿は、規範論争理論を援用し、ソマリア難民の帰還を事例としてノン・ルフールマン原則の履行状況を分析し、国際難民レジームの変容を考察する。
著者
上谷 直克
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.51-70, 2020 (Released:2020-01-31)
参考文献数
15

2019年の5月にV-Dem(Varieties of Democracy)研究所から発行された年報『Democracy Facing Global Challenges-V-Dem Annual Democracy Report 2019』によると、昨年のレポートでここ約10年の世界の民主政の特徴として指摘された、「民主主義の後退(democratic backsliding)」や「専制化(autocratization)」傾向が相変わらず続いているという。中南米地域についても、引き続き「専制化」が指摘されるニカラグアやベネズエラ、「後退」するブラジルに加え、新たにハイチやホンジュラスでも「後退」や「専制化」傾向が認められた。そこで本稿では、そうして「専制化」するホンジュラスや、隣接するグアテマラ、エルサルバドルの、いわゆる中米の北部三角地帯諸国(Northern Triangle of Central America、以下NTCs)の「民主主義」の現状について、V-Demの様ざまな指標の変化に着目しつつ、報告する。
著者
近田 亮平
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.24-33, 2019 (Released:2019-07-31)
参考文献数
16

本稿は、2019年に誕生したボルソナロ新政権の特徴や施策から、ブラジルの社会福祉が転換しつつある点について考察するものである。はじめに、おもに1990年代以降におけるブラジルの社会福祉の制度や政策の展開を概観し、1985年の民政移管後のブラジルでは1988年憲法を礎石として社会民主主義的な福祉レジームの構築が志向されてきた点を論じる。そして、右派・保守イデオロギー色が強いというボルソナロ政権の特徴、および、同政権がすでに実施した社会分野に関する施策や措置についてまとめ、ボルソナロ政権下のブラジルにおける福祉レジームが家族主義的なレジームに転換しつつあるとの見解を示す。
著者
向山 直佑
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.34-56, 2018-12-15 (Released:2019-03-25)
参考文献数
52

石油をはじめとする天然資源が民主主義を阻害するという「資源の呪い」に関する研究は,石油と民主主義の間に負の相関関係を見出す「資源の呪い」肯定論に対し,それを真っ向から否定する否定論,そして「呪い」は特定の場合にしか成り立たないとする条件論が修正を迫るという形で展開してきた。最近の研究では,「資源の呪い」には時間的・空間的な限定が付されるようになっており,これは一方で理論の精緻化に結びつくものではあるが,他方で歴史的,あるいは国際的な要因の軽視に繋がる危険性を孕んでいる。植民地支配から脱植民地化に至る期間にまで遡って分析の対象とし,かつ国際関係の影響に注目しつつ研究することで,資源と政治体制の間の因果関係のより的確な理解に近づくことができる可能性がある。
著者
沓掛 沙弥香
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:09115552)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.133-146, 2021-10-29 (Released:2021-10-29)
参考文献数
48

タンザニアでは、独立後のナショナリズムのなかで「国語」としてのスワヒリ語振興政策が取られたが、1970年代後半以降の深刻な経済危機を背景に言語政策議論は明確な指針を失い、以降影を潜めていた。しかし、2014年頃から再びスワヒリ語振興政策が打ち出されるようになり、その傾向は2015年11月に就任したマグフリ大統領率いる政権でいっそう顕著となる。ただし、独立後ナショナリズム期の言語政策の要であった教授用言語のスワヒリ語化は、マグフリ政権下のスワヒリ語振興政策には含まれなかった。本稿は、マグフリ大統領のスワヒリ語振興政策に関連するディスコースを分析することでその理由を考察し、同政策が、エリートと人々を分ける境界としての英語の特権性を維持し、「虐げられた人々」への庇護という文脈を包含して興っているものであることを明らかにする。