- 著者
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藤井 隆至
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, pp.259-290, 1993-11-10
本稿は,雑誌『郷土研究』がどのような主題をもち,どのような方法でその主題を分析していったかを解明する。この雑誌は1913年から1917年にかけて発行された月刊誌で,柳田国男はここを拠点にして民間伝承を収集したり自分の論文を発表したりする場としていた。南方熊楠からの質問に対して,この雑誌を「農村生活誌」の雑誌と自己規定していたが,それでは「農村生活誌」とは何を意味するのであろうか。彼によれば,論文「巫女考」はその「農村生活誌」の具体例であるという。筆者の見解では,「巫女考」の主題は農村各地にみられる差別問題を考究する点に存していた。死者の口寄せをおこなうミコは村人から低くみられていたけれども,柳田はミコの歴史的系譜をさかのぼることによって,「固有信仰」にあってミコは神の子であり,村人から尊敬されていた宗教家で,その「固有信仰」が「零落」するとともに差別されるようになっていったという説を提出している。差別の原因は差別する側にあり,したがって差別を消滅させるためには,すべての国民が「固有信仰」を「自己認識」する必要があるのであった。その説を彼は「比較研究法」という方法論で導きだしていた。その方法論となったものは,認識法としては「実験」(実際の経験の意)と「同情」(共感の意)であり,少年期から学んでいた和歌や学生時代から本格的に勉強していた西欧文学をもとにして彼が組み立ててきた認識の方法である。もう一つの方法論は論理構成の方法で,帰納法がそれであるが,数多くの民間伝承を「比較」することで「法則」を発見しようとする方法である。こうした方法論を駆使することによって彼は差別問題が生起する原因を探究していったが,彼の意見では,差別問題を消滅させることは国民すべての課題でなければならなかった。換言すれば,ミコの口寄せを警察の力で禁止しても差別が消滅するわけではなく,差別する側がミコの歴史を十分に理解することが必要なのであった。