著者
大野 政人 野坂 和則
出版者
日本体力医学会
雑誌
体力科学 = JAPANESE JOURNAL OF PHYSICAL FITNESS AND SPORTS MEDICINE (ISSN:0039906X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.131-140, 2004-02-01
参考文献数
23
被引用文献数
3

運動誘発性筋痙攣の要因として, 筋疲労や脱水などが挙げられているが, その発現メカニズムの詳細は明らかでない.そこで本研究では, 筋痙攣の生じやすさを調べる「筋痙攣テスト」を考案し, その妥当性について検証すると共に, それらを用いて, 筋痙攣に対する筋疲労および脱水の影響を明らかにする事を目的とした.20名に対して筋痙攣テストを行った結果, 普段, 筋痙攣が起こりやすい全員に筋痙攣が誘発され, 筋痙攣の経験がほとんど無い者には誘発されなかった.よって, 筋痙攣テストにより筋痙攣の起こりやすさをスクリーニングできると考えられる.100回の膝関節屈曲運動後に, 主働筋である運動肢のハムストリングスで筋痙攣は誘発されにくくなり, 運動肢の足底の筋群では筋痙攣が生じやすくなった.従って, 運動によって筋痙攣の誘発率は高まるが, 筋疲労がその要因である可能性は低いと考えられる.また, 体重の3%に相当する脱水によって, 足底の筋群で筋痙攣が生じやすくなった.脱水が筋痙攣の要因である可能性は高いと考えられるが, その詳細なメカニズムは今後の検討課題である.
著者
瀧音 能之
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤史学 (ISSN:04506928)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.1-37, 2000-08
著者
宮地良樹
雑誌
皮膚病診療
巻号頁・発行日
vol.30, pp.331-341, 2008
被引用文献数
1
著者
宮台 真司
出版者
数理社会学会
雑誌
理論と方法 (ISSN:09131442)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.2_3-2_30, 1988

社会学の主流的伝統では,権力が服従者の了解を経由して働くことを,暗黙にせよ前提する。ウェーバーの定義は周知であるが,パーソンズでさえ,機能的側面として資源配分機能に着目したとはいえ,機能の帰属先である対象的外延としては「シンボルによって一般化された」権力(=公式権力)だけを問題化した。権力に想定される了解構造は,権力についての様々な問題設定を境界づけるが,了解構造自体を明確に主題化した業績は実に少ない。<BR> 我々は第1に,この了解構造を明確に取り出して,従来の諸定義を比較可能にすると共に,それ自身を権力の定義に据える。その結果,権力は権力者の意図や自覚から分離されて,服従者の体験にだけ定位した概念となる。<BR> 第2に,それを利用して,伝統的な権力理論の様々な主題──威嚇/報償の差異・予期の機能・正当性/公式性/合法性の差異・国家権力など──を相互に関係づけて論じ,発見された諸問題を記述する。<BR>(*前半部(10. 迄)は1987年10月の社会学会報告のレジュメとほぼ同一である)
著者
中島 和歌子
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. 文学研究篇 (ISSN:18802230)
巻号頁・発行日
no.40, pp.1-52, 2014-03

藤原道長の日記『御堂関白記』の陰陽道の記事では、方角神や祭祀、官職、式占などの正式名称・専門用語がほとんど用いられず、「陰陽師」「忌日」「吉日」「宜日」「方忌」「忌方」「祭、禊(祓)」などの通称・総称・間接的な表現が用いられている。これらの用語は、『源氏物語』『栄花物語』などの平安仮名文学作品に類似しており、藤原実資の『小右記』とは対照的である。また、「厄」「呪詛」は皆無、「崇」も希少で、物の気は三条と頼通の病因の三例しか採り上げないなど、書き記すことを避けた言葉や事柄がある。つまり言忌をしている。物忌や祓の数が多いことは他書と同様だが、道長の祓好きは特筆すべきで、下巳を含め、多種多様な祓(表記は主に「解除」)が記されている。基本的な祓所は中御門大路末の河原であり、土御門第は祓に行きやすい。一方、寛弘四年・八年の御嶽精進中の公的祭場での河臨祓は、氏寺の相地などと共に、公家に倣ったものである。また、道長の暦注の遵守、天文密奏の内覧、上臈の陰陽師達の階層別の私的奉仕などは、藤原摂関家や摂関・氏長者らしいと言える。その他、上巳祓や夏越祓、吉方詣などに正妻やその娘達を伴った記事が散見する。また、道長自身以外では、「御衰日」や「滅門」への拘り、病事の式占、除病の祭・祓、呪符の採用など、外孫敦成親王(後一条天皇)の記事が特に多い。これらから、道長が公私に「家」を大切にしたことが窺える。In Midokanpakuki, a diary of Fujiwara no Michinaga, most of articles about onyodo are circumlocutory, since, in most cases, common names of things or generic terms are used instead of true names of things or technical terms in onyodo. This tendency is also found in kana literature, making contrast with Shoyuki, a diary of Fujiwara no Sanesuke.Michinaga avoided using some words. For instance, none of yaku and juso, and few terms like tatari and jake are found in his diary. He, thus, did kotoimi.Similar to other books in Heian, Midokanpakuki has many articles of monoimi and harae. Michinaga was remarkably keen on harae and wrote reports of a great variety of harae (Written as gejo), including kashi in his diary. Basically, haraedokoro was placed on the shore of river in the end of Nakamikado-oji avenue, and Tsuchimikadodai was located for harae. Karinnoharae hold during mitakesoji were reproductions of those of kouke, just like sochi of ujidera. Some manners, such as obedience to rekichu, show the characteristics of sekkanke or ujinochoja.Michinaga's wife and daughters appear in some articles of harae or ehomode in the diary. Furthermore, the number of articles of Atsuhira-Shinno (Goichijo-Tenno) is remarkably high. Michinaga, therefore, appears to have had high regard for his family.
著者
加藤 一郎
出版者
国立音楽大学
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.15-30, 2010

本研究はヨハン・ゼバスチャン・バッハ(1685〜1750年。以下「バッハ」と記す。)のフランス風序曲様式における付点リズムの鋭化について考察したものである。付点リズムの演奏法については当時の演奏理論書にも記述され、今日まで議論が続いているが、未だに見解の一致が見られない。そこで、本研究では先ずバッハのテンポの基本的な性格を俯瞰し、その後、フランス風序曲様式における付点リズムの鋭化の問題に焦点を絞り、その技法及び様式について、文献資料、楽譜、そして現代の古楽器奏者の演奏を基に詳細な考察を行った。フランス風序曲様式を取り上げたのは、付点リズムの鋭化が、この様式と深い関わりを持つためである。『故人略伝』にも伝えられているように、バッハのテンポは正確で迅速、そして安定したものであった。しかし同時に、拍の中で微妙なテンポの変化が行われていたことも、彼の記譜法や当時の演奏理論書から明らかになっている。また、彼はファンタジアやトッカータのように、元々テンポを自由にとる楽曲形式も用いていた。これが、バッハのテンポの基本的な性格である。付点リズムの鋭化は、この内、拍の中で行われるテンポの変化に含まれる。前述したように、付点リズムの演奏法については、当時から様々な議論が行われていた。クヴァンツは生き生きとした表現を得るために、付点リズムを専ら鋭化させることを提唱しているが、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは一般原則として付点リズムの鋭化を指摘しながらも、曲の性格によっては付点リズムを軟化させることにも触れている。フランス風序曲様式では様々な音価の付点リズムが同時に用いられることが多く、その際、付点リズムの短い方の音を全て同時に弾く同時奏法の習慣があった。その為に、音価の長い付点リズムには必然的にリズムの鋭化が起こる。つまり、フランス風序曲様式には、この様式の特徴として、付点リズムの鋭化が元々含まれているわけである。当時は複付点音符や付点休符が用いられなかったために、細かなリズムは正確に記譜出来ず、リズムの解釈に曖昧さを残してしまった。しかし、フランス風序曲様式に共通して含まれるリズム構造からも、こうした付点リズムの鋭化は明らかである。また、フランス風序曲様式では、しばしば拍の終わりの方で32分音符の音群が用いられており、クヴァンツはそうした音群を出来る限り速く奏するよう提唱している。こうした方法は、テンポを拍の中で後ろの方に圧縮するものであり、付点リズムの鋭化もこのテンポの圧縮から生まれたものと考えられる。つまり、フランス風序曲様式では、テンポの圧縮によって付点リズムを鋭化させ、同時奏法によってその鋭化の度合いを一定化し、楽曲構造としてそれを位置づける役割を果たしている。バッハはこのジャンル以外でも、1720年代後半から1730年代にかけて、しばしば第2稿(改作や編曲を含む)でテンポの圧縮を用いているが、こうした表現様式からはギャラント様式との関連が感じられる。付点リズムの鋭化は人の精神に自由と葛藤を与え、音楽的緊張を生み出すが、一方ではマンネリズムに陥る危険もはらんでいる。本研究によって得られた知見から、演奏解釈に新たな可能性が生まれることを期待する。
著者
岡田 泰徳
出版者
一般社団法人 日本体育学会
雑誌
日本体育学会大会予稿集
巻号頁・発行日
vol.68, pp.83_1-83_1, 2017

<p> 「アメトーーク!」というバラエティ番組は、2006年から放送が開始され、現在では週2回のペースで放送されるほどの人気を誇っている。同番組は、「くくりトーク」と呼ばれる、ある共通点や類似点をもったお笑い芸人たちが、そのテーマに沿ったエピソードを持ち寄り、トークを繰り広げるという形式が多く見られる。特に「学校」や「部活動」、「スポーツ」に関して共通点があるものをテーマにした回は多く見られ、人気が高い。当番組では、テーマにくくられた出演者が、番組後半にかけて、お互いをフォローし合うなど、一体感が強まる様子が見られる。このよう場面に関して、中島ら(2013)は、「人々は集団へ所属することを通して、内集団に同一視し、個としての自分ではなく集団の一員としての自分を意識するようになる」と述べており、その過程を経て人々は「集団アイデンティティを獲得する」(p.162)としている。本研究では、「アメトーーク!」の「くくりトーク」に注目し、スポーツがキャラ化し、他者との相互作用の中でアイデンティティが消費される現代社会の特性について検討してみたい。</p>
著者
西村 崇
出版者
日経BP社
雑誌
日経systems (ISSN:18811620)
巻号頁・発行日
no.231, pp.42-47, 2012-07

「もうあのSEには仕事を任せられない」。大手SIベンダーのPM(プロジェクトマネジャー)、加藤健文さん(仮名)は、会計パッケージソフトを使ったシステム開発で苦い経験を持つ。 それは加藤さんが、協力会社から派遣されたあるSEに、「売上データの一覧表示画面にダウンロード機能を追加してください」と依頼したときのことだ。SEは「分かりました。
著者
小暮 修三
出版者
東京海洋大学
雑誌
東京海洋大学研究報告 = Journal of the Tokyo University of Marine Science and Technology (ISSN:21890951)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.23-37, 2018-02-28

本稿は、昭和 30 年代前後を中心とした戦後昭和期の銀幕に映る〈海女〉の姿、並びに、その置かれた社会状況の分析を通して、戦前期の「文化映画」から昭和50 年代の「日活ロマンポルノ」に至る過程で創造/想像された海女とポルノグラフィという恣意的な結びつきを追ってゆく。先ずは、昭和20 年代の浪漫主義的あるいは古典主義的な〈海女〉の表象の分析を通して、戦前期からの継続性、並びに、そこから階級性の取り除かれた民族/俗学的な健康美・野生美の前景化について、特に、映画『潮騒』及びその原作を巡る言説を中心に考察してゆく。続いて、〈海女〉が最も銀幕に現れた昭和30 年代、その健康美・野生美からエロティシズムと暴力性が恣意的に抽出され、殊更に強調されてゆく過程について、松竹「禁男の砂」シリーズ及び新東宝「海女」シリーズという一連の〈海女映画〉を中心に見てゆく。そして最後に、昭和40 年代、その後の「日活ロマンポルノ」につながるピンク映画の更なるエロティシズムの前景化、並びに、創られた懐古趣味的な〈海女〉の姿を見ることで、本稿を締めることとする。This article examines the social and cultural transition of "gaze" to Japanese woman divers, or Ama, on the screen in the post-WWII Period, especially from 1945 to 1974, by analyzing their representations in the "Ama Films," on which they were described as main characters. At first, focusing on their healthy beauty and wildness, I would like to show how Ama were represented through the ideas of romanticism or classicism in the films from 1945 to 1954, especially in the discourses around The Sound of Waves (Shio-sai). Then, I would like to trace the processes that their erotic and violent figures were arbitrarily extracted from their healthy beauty and wildness and were emphasized on the films from 1955 to 1964, especially on the Kindan-no Suna series by Shochiku Co., Ltd. and "Ama" series by Shin-Toho Co., Ltd. Finally, through analyzing the films from 1965 to 1974, I would like to indicate the invention of the images of "Ama" as nostalgia and as pornography in "Pink films", which eventually leaded the Ama series of Nikkatsu Roman Porno in the next decade.東京海洋大学学術研究院海洋政策文化学部門
著者
池田 貴裕
出版者
一般社団法人 照明学会
雑誌
照明学会 全国大会講演論文集
巻号頁・発行日
vol.43, pp.35, 2010

近年、高輝度LEDが実用化され新しい固体光源として注目されている。一方、建造物や樹木等を特長的に明るく浮かび上がらせる従来のライトアップは、周辺に対する光害、高い消費電力とメンテナンスによる維持管理費の増大、発熱などによる安全性の確保などの問題がある。本論文では、高輝度LED本来の特長である高い指向特性を活用した高指向性LED照明装置「ホロライト」(英語表記HOLORER-it!)の新しい応用研究として、多数のホロライトを用いた遠隔ライトアップ実験を行った。本実験は、静岡県浜松市舘山寺町にある県立森林公園大草山の景観照明の一環で行われた。実施期間は、平成21年9月19日から11月23日の金土日祝の計34日間である。大草山は静岡県県営林であり、人工物を設置することが禁じられている。そこで、大草山から500m離れた対岸にホロライトを設置し、大草山を遠隔からライトアップする実験を試みた。結果して、500m遠方にある大草山を部分的にライトアップすることに成功した。高い安全性と環境性能、低消費電力、メンテナンスフリーのために維持管理費の低減、従来に無い新しいライトアップ方法として期待される。
著者
濱野 千尋
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

2016年の秋および2017年の夏の合計4か月間、ドイツにて行った動物性愛者たちへの調査から得られた事例を通して、人間と動物の恋愛とセックス、および動物性愛というセクシュアリティの文化的広がりについて考察する。異種間恋愛に見られる人間と動物の関係をダナ・ハラウェイの伴侶種概念を基盤に説明するとともに、動物性愛者のセックスが抑圧から脱する可能性を検討したい。
著者
新田 英治
出版者
日本法社会学会
雑誌
法社会学 (ISSN:04376161)
巻号頁・発行日
vol.1956, no.7, pp.33-52, 1956