- 著者
-
村岡 潔
- 出版者
- 佛教大学
- 雑誌
- 社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
- 巻号頁・発行日
- vol.3, pp.89-104, 2007-03-01
本稿は,近代医学にとって人体実験がどのような機能を果たしているかについての考察である。「人体実験」という言葉は,日本の医学界の文脈では,一般に,忌避される傾向があり,代わりに「臨床試験」とか「治験」という耳になじみやすい言葉に置きかえられて流通している。これは,20世紀のナチス・ドイツや日本軍の七三一部隊の行なった非人道的人体実験との混同を避けるためと思われるが,近代医学が日進月歩すべきとする価値観に支えられている限り,医学研究でも日常臨床でも,人体実験,すなわち「人間を対象とする実験」は不可欠である。なぜなら,新たな医薬・治療法の開発において動物実験の結果を直ちに患者に応用することができないことからそれは自明であろう。この論考は,その視点に立って,主に,日常臨床における医師-患者関係というミクロの医療環境における医療行為に伴う一回性的体験実験の問題に焦点を当てたケース・スタディである。特に18世紀から19世紀の「英雄医学」や「大外科時代」の事例と,最近の出来事として慈恵大学青戸病院や埼玉医科大学医療センターにおける医療過誤の事例とを比較しながら,そこに通底する実験性の問題を分析した。また,C・ベルナールらの19世紀の人体実験に関する考察や事例から,近代医学の人体実験不可避性ならびに,そうした人体実験への意志の起源についても言及した。