著者
李 旉昕 宮本 匠 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.1608, (Released:2018-09-19)
参考文献数
27
被引用文献数
2

災害復興に関する課題として,復興に対する支援が十分に提供されるために,かえって復興の当事者たるべき被災地住民から「主体性」を奪ってしまう課題を指摘できる。支援者と被災住民の間に〈支援強化と主体性喪失の悪循環〉が生じてしまうという課題である。ここで「主体性」とは,当事者が抱える問題や悩みを外部者が同定するのではなく,当事者が自ら問い,言語化し,解決しようとする態度のことである。本研究では,東日本大震災の被災地である茨城県大洗町において,「クロスロード:大洗編」という名称の防災学習ツールを被災地住民が自ら制作することを筆者らが支援することを中心としたアクションリサーチを通して,この悪循環を解消することを試み,浦河べてるの家が推進する「当事者研究」の視点から考察した。第1に,「クロスロード」を作成する作業を通じて,一方に,〈問題〉について「主体的に」考える被災地住民が生まれ,他方に,当事者とは切り離された客体的な対象としての〈問題〉が対象化されている。第2に,「クロスロード」として表現された〈問題〉は,多くの人が共有しうる,より公共的な〈問題〉として再定位される。最後に,一連のプロセスに外部の支援者である筆者らが果たした役割と課題について考察した。
著者
矢守 克也 岡田 夏美
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.2217, (Released:2023-05-18)
参考文献数
31

本研究は,既存の質問紙調査研究やそのデータをメタレベルの視点から考察する立場に立って,防災・減災に関する実践・実務に対して,これまで欠落・不足していた長期的かつ俯瞰的な観点を与え,あわせて,質問紙調査法に新たな視点を提供することを目的とした。特に,単一の調査研究から得られた結果だけではなく,複数の調査研究の方法や結果を俯瞰的に総覧することで,新たな洞察が得られる場合があることを指摘した。具体的には,第1に,日本社会における家庭での防災対策を具体的なトピックとして取りあげ,質問紙調査から得られるデータを読み解く際の〈ベンチマーク〉や〈ベースライン〉の重要性について論じた。第2に,「自助・共助・公助」というフレーズを取りあげ,「自助・共助・公助」をめぐる葛藤や矛盾を十分に把握するためには,一つには,調査の結果ではなく,調査の形式(設問の立て方)に注目する必要があること,また,もう一つには質問紙調査を通して主として〈平均化〉の論理によって得た知見を,それ単体としてではなく,〈極限化〉の論理を通して別途得た知見とリンクさせて総合的に理解することが重要であることを明らかにした。
著者
矢守 克也 松原 悠
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.si5-6, (Released:2022-10-05)
参考文献数
34

新型コロナウイルス感染症に対する日本社会の反応の中で,特に目を引いたことの一つは,「外出自粛」,「旅行自粛」,「営業自粛」といったフレーズに登場する「自粛」という現象やそれをめぐる論争である。本論文では,まず,「自粛ムード」,「自粛要請」,「自粛警察」などのワードに暗示されているように,自粛が,一方で,当事者の主体性に基づく行為のようでもあり,他方で,他者からの強制・誘導に拠る行為のようにも見えること,つまり,主体性と従属性とが両義的に混在した行為として生み出されていることを確認する。その上で,以下のことを明らかにする。第1に,主体性と従属性との混在は,「(コロナ)自粛」という例外的な事象にのみ観察される特殊なものではなく,主体性というもの一般が,もともと,主体性と従属性をめぐるグループ・ダイナミックスを通して形成され,自粛はそのあらわれ方の一つである。第2に,とは言え,現代の日本社会には,自粛という特殊な様式を採用したくなるだけの特別な背景―〈マイルドな個人主義〉―が存在する。最後に,この様式が日本社会で支配的であることは,コロナ自粛とは別に,「中動態」および「ナッジ」といった概念に対する大きな社会的注目によっても傍証される。
著者
中野 元太 矢守 克也 Nakano Genta Yamori Katsuya ナカノ ゲンタ ヤモリ カツヤ
出版者
「災害と共生」研究会
雑誌
災害と共生 (ISSN:24332739)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.83-94, 2020-09

一般論文国際防災教育支援において、支援者と被支援者との間の社会的・経済的・文化的・教育環境的相異に配慮すべきとの主張は数多い。この主張は、相異に配慮しさえすれば、支援者が教える知識・技術は被支援者にとって有用であり、国際的防災教育支援という枠組・実践はどのような社会間にも適用可能であるとの前提に立つ。しかし、ルーマンの「リスク/危険」概念を導入すれば、防災教育の多くは自然災害をリスクとみなす〈リスク社会〉に特有の実践(【防災教育@〈リスク社会〉】)であり、自然災害を危険とみなす〈危険社会〉に対する有効性は確かではないこと、よって、無条件な適用が、かえって防災教育の不全を引き起こす可能性を指摘できる。このことをネパールでの防災教育実践事例やインタビューに基づく防災に対する姿勢から考察した。その上で「仕掛学」に理論的アイデアを借りて〈危険社会〉にも通用する【防災教育@〈危険社会〉】を提案するとともに、【防災教育@〈危険社会〉】の倫理的課題についても言及した。
著者
矢守 克也
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.29-55, 2003

本研究は,4 人の震災被災者――庄野さん,浅井さん,長谷川さん,市原さん――が,阪神・淡路大震災の体験を語り継ぐための語り部活動(「語り部グループ117」)において,小中学生を対象に展開した語りを分析したものである。分析にあたっては,語りの「内容」よりも,むしろ,語りの「様式」に注目し,かつ,語り手個人の心理的特性よりも,むしろ,語りをめぐる集合性の動態に焦点をあてた。この際,個々の語りの「様式」を規定する存在として〈バイ・プレーヤー〉なる分析概念を提起した。その結果,4 人の語り手は同じ震災体験を語っているが,その様式がまったく異なっていることが見いだされた。具体的には,庄野さん,および,浅井さんの語りでは,語りの内部に登場する特定の人物が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,語り手本人と〈バイ・プレーヤー〉との間で生じる視点の〈互換〉が語りの基本構造を規定していた。他方で,長谷川さんの語りでは,聞き手が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,市原さんの語りでは,「神戸の街」という集合体全体が〈バイ・プレーヤー〉となっていた。同時に,4 つの語りとも,仮定法の話法によって視点の〈互換〉が聞き手へと展開していた。さらに,〈バイ・プレーヤー〉のあり方にあらわれた語りの「様式」のちがいが,各人のライフストーリーの構成様式のちがい,ひいては,生活世界の再構造化に見られるちがいを反映していること,および,語り手のみならず,聞き手や語りの対象となる人物,事物などをも包含する語りをめぐる集合性の動態分析を通じて,語りの固有性へのアプローチが可能となることを示唆した。
著者
矢守 克也 飯尾 能久 城下 英行
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.2009, (Released:2020-12-24)
参考文献数
42
被引用文献数
3

巨大災害による被害,新型感染症の世界的蔓延など,科学(サイエンス)と社会の関係の問い直しを迫られる出来事が近年相次いでいる。本研究は,このような現状を踏まえて,地震学をめぐる科学コミュニケーションを事例に,「オープンサイエンス」を鍵概念として科学と社会の関係の再構築を試みようとしたものである。本リサーチでは,大学の付属研究施設である地震観測所を地震学のサイエンスミュージアム(博物館施設)としても機能させることを目指して,10年間にわたって実施してきたアクションリサーチについて報告する。具体的には,「阿武山サポーター」とよばれる市民ボランティアが,ミュージアムの展示内容に関する「解説・観覧」,地震活動の「観測・観察」,および,その結果得られた地震データ等の「解析・解読」,以上3つの側面で地震学に「参加」するための仕組みを作り上げた。以上を踏まえて,「学ぶ」ことを中心とした,従来,「アウトリーチ」と称されてきた科学コミュニケーションだけでなく,科学者と市民が地震学を「(共に)なす」ことを伴う,言いかえれば,「シチズンサイエンス」として行われる科学コミュニケーションを実現することが,地震学を「オープンサイエンス」として社会に定着させるためには必要であることを指摘した。
著者
矢守 克也
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.1-15, 2001-12-25 (Released:2010-06-04)
参考文献数
45
被引用文献数
4 1

阪神・淡路大震災の後, それまで, 特殊な専門用語に過ぎなかった「活断層」という言葉が, 広く人々に知られるようになった。本研究は, 社会的表象理論 (Moscovici, 1984) に依拠して, この言葉が, 地震にともなう新奇な事象を「馴致 (familiarize) 」し, 人々の日常世界に取り込まれる過程について検討した。この目的のため, 新聞, 雑誌に掲載された関連報道の内容分析を行ない, Moscoviciが提起した2つの馴致メカニズム-係留 (anchoring) と物象化 (objectification) -のそれぞれについて実証的に検討した。具体的には, 係留過程については「活断層」に関する比喩表現の分析に, 物象化過程については地震前兆証言の分析に焦点をあてた。この結果, 特に, 地震前兆証言は, その独特の発話形式 (回顧的発話形式) に負うて, 社会的表象研究が抱える困難-社会的表象が確立した時点で, 未確立の時点における様相を記述することの原理的困難-を克服する有力な研究対象の一つであることを示唆した。さらに, 社会的表象の概念と認知社会心理学的な諸概念との異同についても論じた。
著者
宮本 匠 渥美 公秀 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.35-44, 2012
被引用文献数
1

研究者と研究対象の間に一線を画して,対象を客観的に記述しようとする自然科学に対して,人間科学は研究者と当事者による恊働的実践として進められるが故に,アクションリサーチとしての性格を宿している。本稿は,人間科学のアクションリサーチにおいて研究者がとる独特な視点とその役割を,新潟県中越地震の被災地で継続しているアクションリサーチの事例から理論的に明らかにしたものである。その際,大澤(2005)による,柳田國男の遠野物語拾遺の説話についての解釈を援用し,われわれの経験の社会的構成が「言語の水準」と「身体の水準」による複層的な構成をとっていること,それが当事者の「個人の内的な世界」と当事者の内属する「共同体の社会構造」の両者に存在していることを述べたうえで,当事者の「身体の水準」に留まっている他者性を回復させることでベターメントを図ることが人間科学のアクションリサーチにおける研究者の役割であり,その二重の複層的な構成をみる「巫女の視点」が人間科学のアクションリサーチにおいて研究者がとる視点であることを論じた。最後に,アクションリサーチにおける研究者は,その実践過程を言語によって回顧的に報告し,次の実践やさらなる共同体のベターメントへつなげていくところまでを射程としていることを指摘した。<br>
著者
山田 洋子 岡本 祐子 斎藤 清二 筒井 真優美 戸田 有一 伊藤 哲司 戈木クレイグヒル 滋子 杉浦 淳吉 河原 紀子 藤野 友紀 松嶋 秀明 川島 大輔 家島 明彦 矢守 克也 北 啓一朗 江本 リナ 山田 千積 安田 裕子 三戸 由恵
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

質的研究とナラティヴ(語り・物語)アプローチによって、ウィーン、ロンドン、ハノイ、シカゴ、海外4都市の大学において、多文化横断ナラティヴ・フィールドワークを行った。心理学、医学、看護学による国際的・学際的コラボレーション・プロジェクトを組織し、多文化横断ナラティヴ理論および多声教育法と臨床支援法を開発した。成果をウェッブサイトHPで公開するとともに、著書『多文化横断ナラティヴ:臨床支援と多声教育』(やまだようこ編、280頁、編集工房レィヴン)を刊行した。
著者
杉山 高志 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.49-63, 2023 (Released:2023-04-27)
参考文献数
36

本稿は,高知県黒潮町で展開された防災活動に対して参与観察を行い,Days-Afterの視座から分析を試みたものである。Days-Afterとは,まだ起こっていない災害現象を,もう起こったこととして捉える姿勢・語り方のことであり,災害の発生を確率として捉えるのではなく,将来必ず起こるものとして捉えて語る視点のことである。この視点は,災害の発生が不可避だととらえるものであり,時として災害に対する諦めを引き起こしかねない視点である。しかし,本稿では,逆説的ではあるが,災害の発生を確実なものとして捉えるDays-Afterの視点が,黒潮町の住民を防災に対する前向きな態度に変容させていたことを明らかにした。具体的には,黒潮町の会所地区における防災活動と,黒潮町の住民が作成した津波についての絵画を対象に分析を行った。その結果,南海トラフ地震が将来的に不可避であることを学習する過程で,巨大な津波想定に対する葛藤は生じていたものの,防災活動を通じて住民は自らの生活を振り返り日常生活の価値を再発見し,発災後にも生き残った未来を想起していたことがわかった。
著者
中野 元太 矢守 克也 クラウ ルイザ
出版者
日本自然災害学会
雑誌
自然災害科学 (ISSN:02866021)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.23-38, 2022-05-31 (Released:2023-07-31)
参考文献数
24

ソフトな介入・干渉によって行動変容を促すナッジ論を生産的に防災・避難領域に導入するための方策を提案することが本研究の目的である。ナッジ論は,その概念を突き詰めれば,縦軸に「合理的・意識的人間モデル/本能的・反射的人間モデル」という二項対立軸を置き,横軸に「選択の強制/選択の自由」という二項対立軸を置いた概念図により整理可能である。概念図上方が合理的な選択に基づくジャッジ領域とし,下方をヒューリスティックな選択に基づくナッジ領域と位置づけた。同概念図に基づいて,現在の防災・避難対策をジャッジ領域とナッジ領域とで概観した。その上で,ナッジ論を用いることの批判等も検討しながら,ナッジの有効な活用のためには,介入者と行為当事者との合意形成や,ナッジ領域とジャッジ領域との間の相互利用が重要であることを指摘した。
著者
矢守 克也 高 玉潔
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.13-25, 2007 (Released:2008-01-10)
参考文献数
11
被引用文献数
2 2

本研究は,高等学校と地域社会において,ゲーミング手法を活用して実施した防災学習実践(アクション・リサーチ)について報告したものである。まず第1に,学習という営為について,Lave & Wenger(1991)らが提唱した学習論(実践共同体学習論)に依拠して整理した。第2に,今日の防災学習をとりまく課題を指摘し,Laveらの学習論はそれらの課題にとり組むとき,有力な指針を与えることを指摘した。第3に,以上を踏まえて,防災学習にゲーミングの手法が有効だと考えうる根拠を,Duke(1974)のゲーミング論をもとにして明らかにした。次に,以上の議論にもとづいて,1年あまりにわたって実施した防災学習のアクション・リサーチについて,その内容と経過を報告した。具体的には,高校生と関係者の協働によって,非常持ち出し品をテーマとした防災ゲームが成果物として完成し,その後,それが地域社会における防災教育のためのツールとして活用されている実態について述べた。最後に,以上の成果を総括し,当初受動的な学習者でしかなかった高校生が,本プロジェクトによって防災に関する実践共同体の有力メンバーとして参加するなど,実践共同体の構造に大きな変化が生じたこと,さらに,こうした共同体の柔軟な構造変容を伴った学習こそが,海溝型地震など周期の長い自然災害を対象とした防災実践には要請されていることを指摘した。
著者
李 旉昕 宮本 匠 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.81-94, 2019 (Released:2019-03-26)
参考文献数
27
被引用文献数
1 2

災害復興に関する課題として,復興に対する支援が十分に提供されるために,かえって復興の当事者たるべき被災地住民から「主体性」を奪ってしまう課題を指摘できる。支援者と被災住民の間に〈支援強化と主体性喪失の悪循環〉が生じてしまうという課題である。ここで「主体性」とは,当事者が抱える問題や悩みを外部者が同定するのではなく,当事者が自ら問い,言語化し,解決しようとする態度のことである。本研究では,東日本大震災の被災地である茨城県大洗町において,「クロスロード:大洗編」という名称の防災学習ツールを被災地住民が自ら制作することを筆者らが支援することを中心としたアクションリサーチを通して,この悪循環を解消することを試み,浦河べてるの家が推進する「当事者研究」の視点から考察した。第1に,「クロスロード」を作成する作業を通じて,一方に,〈問題〉について「主体的に」考える被災地住民が生まれ,他方に,当事者とは切り離された客体的な対象としての〈問題〉が対象化されている。第2に,「クロスロード」として表現された〈問題〉は,多くの人が共有しうる,より公共的な〈問題〉として再定位される。最後に,一連のプロセスに外部の支援者である筆者らが果たした役割と課題について考察した。
著者
孫 英英 矢守 克也 谷澤 亮也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.75-87, 2016 (Released:2016-09-07)
参考文献数
9
被引用文献数
4 4

本研究は,行政や専門家が防災・減災に関わる際の基本スタンスを問い直し,防災・減災活動における当事者の主体性の回復をはかったアクションリサーチである。研究する主体となる行政や専門家とその客体的対象となる地域住民との間に一線を画す自然科学的な研究スタンスが,行政や専門家の過度にパターナリスティックな関与と地域住民の主体性の喪失との間に見られる悪循環が生じているとの考えに立って,両者の共同的実践を中核に据えたアクションリサーチを導入した。具体的には,津波リスクがきわめて高い高知県沿岸のある地域社会において,個別避難訓練を提案し実施した。訓練結果に基づき,当事者の主体性の回復という観点において注目すべき3つの事例を取り上げて考察を行った。第1は,どのような避難訓練を行うか,その計画・立案における主体性が回復された事例,第2は,避難訓練を地域内でより活発に推進・展開するための活動において主体性が回復された事例,第3は,個別避難訓練の実施を通じて,訓練そのもの,あるいは防災・減災活動という限定された側面における狭義の主体性ではなく,こうした活動が地域社会やそこに暮らす人びとに対してもつ意味や大義を根底から問い直す点において,当事者が主体性を発揮した事例であった。
著者
矢守 克也 杉万 俊夫
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.1-14, 1990-07-20 (Released:2010-02-26)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1

本研究は, 横断歩道を横断する人々が形成する群集流の巨視的行動パターンについて検討したものである。まず, 第1研究において, 横断歩道上に観察される巨視的行動パターンを計量する指標を開発した。次いで, 第2研究において, 現実の横断歩道を模した実験的状況を構成し, 巨視的行動パターンの形成過程を検討した。群集状況においては, 群集内の個々人は必ずしも群集全体の動向を考慮して行動しているのではなく, 通常, 自らの近傍に関する情報処理と近傍の他者との相互作用を行なうのみである。しかし, 群集全体に視点を移すと, そこには一つの巨視的行動パターンが次第に形成される。すなわち, 群集内の微視的相互作用によって生じた巨視的行動パターンの「核 (core) 」が, 漸次波及して, 群集全体の巨視的行動パターンを形成する, というメカニズムの存在が示唆されるのである。一方, 確立した巨視的行動パターンは, 翻って, 群集内の個人の微視的な情報処理や相互作用を制約するに至る。第1研究では, 巨視的行動パターンの主要な特性を, 個人の行動を制約することととらえ, その程度によって, 巨視的行動パターンの形成度を計量しようと試みた。具体的には, 横断歩道において反対方向に進行する2つの群集が形成する巨視的行動パターン (数本の人流の帯が形成され, ほとんどの人がその帯上を歩行するというパターン) を観察した。巨視的行動パターンの指標として, 群集流の「分化の程度 (逆に言えば, 個々人が歩行し得る人流の帯がどの程度限定されているか) 」を表す「エントロピー指標」, および, 「流量の程度」を表す「流量指標」を導入した。その結果, 歩行者がある一定数以上の場合, これらの指標は, 横断歩道上に形成された巨視的行動パターンについての視察結果を適切に反映することが確認された。第2研究では, 実験室に, メッシュ状に分割した横断歩道を構成し, 被験者が一斉に進行方向を意思決定し, 一斉に動く, という実験方法を導入することによって, 群集内の個々人の行動を時系列的に追跡し, 群集内の微視的行動・微視的相互作用と巨視的行動パターンとの関係を検討した。その結果, 特定の微視的相互作用の偶然的な生起による巨視的行動パターンの「核」形成という「偶然」の過程と, いったん「核」が生じた後, 個々人がその方向性に追従し, 確立した (ないし, 確立しつつある) 巨視的行動パターンに巻き込まれるという「必然」の過程が並存することが見いだされた。
著者
永田 素彦 矢守 克也
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.197-218, 1996-12-10 (Released:2010-06-04)
参考文献数
42
被引用文献数
2

本研究は, 人々の昭和57年長崎大水害をめぐる災害イメージについて, その特徴を検討したものである。具体的には, まず, 災害イメージについての基本的な考察をし, 災害イメージの基底的なタクソノミー-「事象」 「事態」-を提示した。前者は災害の知覚現場を基盤にしており, 後者は抽象的な概念体系をその存立根拠としている。そして, それに基づいて, 今なお強固に災害イメージを保持していると考えられる長崎市在住の4つのグループ (行政 (市役所), 市民団体M会, A自治会, B自治会) の, 長崎大水害をめぐる会話を分析した。その結果, 行政とM会は長崎大水害を事態化していること, 一方, A, B両自治会は事象化していることを明らかにし, さらに, 各グループの災害イメージの内実的特徴を別出した。最後に, 災害イメージを形成することの意味を明らかにし, そのことが 「防災意識の風化」と呼ばれる現象に対してもつ含意を考察した。災害イメージを長期にわたって維持するには, 単に 「事象化」するだけでも (A, B自治会) 単に 「事態化」するだけでも (行政) 不十分であり, 両者をリンクさせた形で災害イメージを形成することが必要であることが明らかになった。
著者
杉山 高志 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.135-146, 2019 (Released:2019-03-26)
参考文献数
11
被引用文献数
6 8

本研究では,東日本大震災の発生以降,日本社会が直面する最大の防災課題として位置づけられた津波からの避難行動を研究対象として,以下のことを示した。まず,避難訓練を支援するために開発したスマートフォンアプリ「逃げトレ」について紹介した。次に,「逃げトレ」が,避難行動の分析・改善の鍵を握る人間系(避難行動)と自然系(津波挙動)との相互関係を,実際に避難する当事者に対して可視化するためのインタラクション表現ツールであることを示した。その上で,「逃げトレ」の効果性,とりわけ,これまでの避難対策や手法―たとえば,ハザードマップや従来型の集団一斉訓練など―に対する優位性を,「コミットメント」(特定のシナリオを絶対視し,そこに没入する傾向性)と「コンティンジェンシー」(それを相対視し,そこから離脱する傾向性)を鍵概念として明らかにした。最後に,人間科学と自然科学の性質のちがいにも言及しながら,「逃げトレ」が担保する「コミットメント」と「コンティンジェンシー」の相乗作用は,「想定外」に対する対応原理としても重要であることを指摘した。
著者
矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.20-31, 1996
被引用文献数
1 2

「災害は忘れたころにやってくる」-この警句は、災害体験がいかに「風化」しやすいかを暗示している。しかし、実際に、「風化」はどのくらいの速度で進むものなのだろうか。また、そのようなことを測定する方法があるのだろうか。本研究は、1982年7月の長崎大水害を事例として、災害の記憶が長期的に「風化」していく過程を、同災害に関する新聞報道量を指標として定量的に測定することを試みたものである。災害を単なる自然現象ではなく、一つの社会的現象としてとらえる立場にたてば、その「風化」についても、それは言語を介した社会的現象の形成・定着・崩壊過程として把握されねばならない。現代においては、マスメディアは明らかにその作業の一翼を担っている。本研究では、被災地の地元地方紙である長崎新聞に掲載された水害関連記事を災害後10年間にわたって追跡し、月ごとの報道量を測定した。その結果、報道量は指数関数的に減少することが見いだされた。ただし、新聞報道量の減少、すなわち、災害の「風化」とは単なる忘却の過程ではない。それは、当該の出来事の意味が人々のコミュニケーションを通してこ・定の方向へと収束し、共有され、定着していく過程でもある。