著者
栗本 鮎美 粟田 主一 大久保 孝義 坪田(宇津木) 恵 浅山 敬 高橋 香子 末永 カツ子 佐藤 洋 今井 潤
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.149-157, 2011 (Released:2011-07-15)
参考文献数
30
被引用文献数
195 209

目的:高齢者の社会的孤立をスクリーニングする尺度として国際的に広く使用されているLubben Social Network Scale短縮版(LSNS-6)の日本語版を作成し,信頼性および妥当性の検討を行った.方法:総合健診を受診した地域在住高齢者232名に面接式質問紙調査を行い,日本語版LSNS-6とともに,基本属性,主観的健康感,運動機能,既存のソーシャルサポート質問項目,日本語版Zung自己評価式抑うつ尺度(日本語版SDS),自殺念慮等に関するデータを得た.日本語版LSNS-6の内的一貫性についてはCronbach α係数,繰り返し再現性についてはSpearman相関係数,評価者間信頼性については級内相関係数を用いた.構成概念妥当性の検討には先行研究の結果との比較,併存妥当性の検討には日本語版SDSおよびソーシャルサポート質問項目との関連を検討した.結果:Cronbach α係数は0.82,繰り返し再現性に関する相関係数はr=0.92(P<0.001),評価者間の級内相関係数は0.96(95%信頼区間0.90~0.99)であった.日本語版LSNS-6の平均得点は同居世代数が増えるほど高く(P=0.033),自殺の危険性がある群で低く(P=0.026),主観的健康感不良群で低下する傾向(P=0.081)を認めた.日本語版LSNS-6の得点は日本語版SDSと有意な負の相関を示し(P<0.001),ソーシャルサポートに関する5つの質問項目のうち4項目において,ソーシャルサポート「あり」群で日本語版LSNS-6の平均得点は有意に高かった(P<0.05).結論:日本語版LSNS-6の信頼性と妥当性は良好であった.我が国における高齢者の社会的孤立のスクリーニングに日本語版LSNS-6が有用である可能性が示された.
著者
大石 醒悟
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.388-394, 2021-07-25 (Released:2021-09-06)
参考文献数
13

患者および家族の苦痛へ介入し,QOL向上を図るアプローチである緩和ケアは,本邦においてがん領域で先行して進められてきたが,慢性の進行性疾患である心不全でもそのニーズは存在し,提供されるべき医療である.本項では,高齢者心不全における終末期医療および緩和ケアの概念及びその実践における課題である,意思決定支援及び症状緩和の方法論についての現状を述べる.
著者
椎 崇 黒田 明平 社本 典子 三巻 祥浩
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.72-80, 2020-01-25 (Released:2020-02-18)
参考文献数
22
被引用文献数
5 6

目的:生薬・オウゴンを構成生薬とする漢方薬の重大な副作用として,間質性肺炎や肝機能障害が挙げられる.バイカリン(BL)はオウゴンの主要成分であり,これら副作用への関与が強く示唆されている.本研究では,漢方薬を安全に使用するための基礎資料を得ることを目的に,オウゴンが配合される漢方薬中のBL量を定量した.方法:オウゴンが1日量として1.5~4 g配合される漢方薬28処方の煎液と医療用エキス製剤のBL量を定量した.結果:同一の漢方処方では,煎液とエキス製剤間でBL量に1.7倍から4倍の差が認められ,いずれも煎液中のBL量が多かった.さらに,小柴胡湯,乙字湯,大柴胡湯,柴朴湯,黄連解毒湯,柴苓湯の各エキス製剤における製造会社間のBL量を比較した.その結果,小柴胡湯,乙字湯,大柴胡湯,柴朴湯エキス製剤において,それぞれ最大2.6倍,1.6倍,1.5倍,1.3倍の有意な差が認められた.一方,黄連解毒湯と柴苓湯のエキス製剤においては,製造会社間で有意な差は認められなかった.考察:医療現場においては,漢方薬の煎液にはエキス剤と比較して1.7~4倍のBLが含まれることを認識し,煎じ薬はより効果が期待できる反面,副作用の発症頻度も増える可能性があることを考慮して使用するべきと考える.また,漢方薬の調製に使用したオウゴンの量のほか,製剤中に含まれるBL量とそのアグリコン(非糖部)であるバイカレイン(BA)量に関する情報も示すことを提案する.
著者
池村 健 武久 洋三
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.55-60, 2015-01-25 (Released:2015-03-16)
参考文献数
2

目的:回復期リハビリテーション病棟において,夜間に療法士が係ることで,患者のADLや転倒件数などにどのような影響があるかを調査し,その必要性と可能性を検討する.方法:11の回復期リハビリテーション病棟に入院する患者を対象とし,夜間に療法士が介入した期間と介入していない期間を各3カ月間設定し,その期間に向上したADL点数を比較した.また転倒に関するインシデント件数の推移を調査した.加えて夜間に係ったスタッフにアンケートを実施し,必要性等について調査した.結果:療法士の夜間介入により,BIやFIMなどの向上点数が介入していない群と比べ高い値が示された.同時に転倒件数の減少も認めた.アンケート調査からは,療法士ならびに他職種間での夜勤に対する捉え方の相違がうかがえる結果となった.考察:療法士が夜間に介入することにより患者のADL向上や転倒減少など,良い結果に繋がることが示唆された.療法士の意識改革や業務上の問題点も残されてはいるが,療法士による夜間への介入はリハビリテーションを必要とする患者の入院する病棟における新たな可能性となり得ることが示唆された.
著者
長谷川 浩
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.114-118, 2020-04-25 (Released:2020-05-29)
参考文献数
5

高齢者の増加に伴って救急医療の需要はさらに増大し,高齢者の救急搬送も全体の約6割(354万人)を占めている.搬送困難(受入困難)は大きな社会問題である.救急で入院し,原疾患の治療を終えた高齢者がADLの低下や社会的問題で自宅への退院ができなくなった場合,いわゆる出口問題が出現する.救急医療こそ地域連携が重要であり,医療・看護・介護システム(地域包括ケア)の中の資源と捉え,積極的に密接な地域連携を構築することが極めて重要であると考えられる.
著者
山岡 巧弥 田村 嘉章 小寺 玲美 坪井 由紀 佐藤 謙 千葉 優子 森 聖二郎 井藤 英喜 荒木 厚
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.349-355, 2017-07-25 (Released:2017-08-29)
参考文献数
18
被引用文献数
3 1

目的:高血糖高浸透圧症候群(hyperglycemic hyperosmolar state,HHS)は,高度の高血糖,脱水を特徴とする病態であり,高齢者でとくに発症率が高いが,多くのHHSの症例を集積してその特徴を検討した報告は少ない.われわれは7年間に当院に入院したHHSの14例についてその臨床的特徴を詳細に調査したのでここに報告する.方法:非ケトン性高浸透圧性昏睡またはHHSの病名で入院し,入院時血糖>600 mg/dLかつ血清浸透圧=2(Na)+glu/18>320 mOsm/kgであった65歳以上の14名について,その背景因子と臨床的特徴を調べた.結果:平均年齢は83歳と高齢であり,やせ型のものが多かった.脳梗塞または大腿骨頸部骨折の既往があるものが7/14例(50%)に認められた.糖尿病の平均罹病期間は14年だったが4例は初発だった.認知症の既往は86%,要介護3以上は71%と高率に認められた.また,独居または高齢者の同居者のみが57%であった.発症時期としては冬(12~2月)が多く,誘因として感染症が79%にみられ,尿路感染症と肺炎が多く見られた.ステロイド使用中,経管栄養中,両者併用のものがそれぞれ1,2,1名であった.平均血糖は881 mg/dL,HbA1c 10.3%,浸透圧353 mOsm/kg,pHは7.39であり,高度な脱水を呈するものが多かった.1名が入院中に死亡し,9例は療養病院または施設へ退院した.平均在院日数は55日であり,インスリン分泌能は良好なものが多く,9例が経口血糖降下薬のみで退院した.結論:高齢者のHHSの発症の背景と臨床的特徴が明らかになった.感染症合併例が多く,社会的サポート不足や認知機能低下,ADLの低下症例が多い.生命予後は良好であったが,自宅退院不能例が多いことから機能的予後はよくないと思われた.
著者
服部 明徳 大内 綾子 渋谷 清子 佐藤 和子 細谷 潤子 中原 賢一 西永 正典 亀田 典佳 土持 英嗣 松下 哲 折茂 肇
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.360-365, 2001-05-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
7
被引用文献数
3 4

介護負担度に影響する因子を明らかにする目的で, 老年者の問題行動の有無や介護者自身の要因と介護負担度との関連をバーンアウト・スケールを用いて検討した. 対象は当院総合内科に入院した65歳以上の患者のうち, 家族が何らかの介護をしていた73例 (男性31例女性42例, 平均年齢82.7±6.9歳) で, 主たる介護者へのアンケートにより, 患者・介護者の属性や一日の介護時間, 徘徊などの問題行動の有無などを調査した. また, アンケートには Pines のバーンアウト質問項目が含まれ, 計算式からバーンアウト・スコアを算出した. 介護者の属性では, 約3割が配偶者であり, 介護者が高齢であるとバーンアウト・スコアは有意に高値となった (p<0.01). これに加えて介護者自身の健康状態に基づき介護負担を重く感じるほどバーンアウト・スコアは高値となった (p<0.001). 老年者の問題行動のうち, 夜間の介護が必要 (p<0.05), 監視が必要 (p<0.01), そして介護拒否 (p<0.01) があるとバーンアウト・スコアは有意に高値となった. バーンアウト・スコアを説明変数とする重回帰分析では, 老年者の Basic ADL・問題行動・介護者自身の要因のうち介護者自身の健康状態による介護負担, 夜間の介護そして排泄の介助が独立した因子でバーンアウト・スコアの約4割を説明し得た (R2=040: p<0.0001). 介護保険サービスの導入によって, 上記の家族の介護負担を重くしている要因が改善され, バーンアウト・スコアを低下させるか検討することが今後必要である.
著者
中橋 毅
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.491-498, 2017-10-25 (Released:2017-12-07)
参考文献数
9
被引用文献数
1 1

地域医療は,人々がいつまでも安心して暮らし続けることができる地域社会を支える重要な要素の一つである.しかも,世界で最も高齢化が進んでいる我が国において老年医学が担う役割は大きい.日本の超高齢社会の未来像ともいえる石川県穴水町の現状をもとに,様々な問題とそれらへの取り組みについて考えてみたい.地域医療構想によって病床数削減が進む過程において,在宅医療や地域包括ケアシステムの重要性が高まっている.その一方で,在宅医療は救急医療と密接に連携する必要があり,救急医療体制の再構築も求められている.また,地域包括ケアシステムが掲げる医療・介護・生活支援の一体化が推し進められる一方で,訪問看護師不足や在宅における医療安全対策,在宅・施設看取りにおける在宅トリアージなど,課題も多く残されている.さらに,高齢者の貧困に起因するセルフネグレクトの問題も目を背けるわけにいかず,高齢者の権利の保護と意思決定支援の重要性が増していくものと思われる.2025年問題を目前に控え,急務となる多くの課題について考察した.
著者
杉浦 圭子 伊藤 美樹子 三上 洋
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.717-725, 2007 (Released:2008-01-16)
参考文献数
22
被引用文献数
13 12

目的:本研究は在宅認知症高齢者の問題行動に由来する特有の介護者負担に着目し,従来の介護負担感尺度とは異なる視点から新たに介護負担感(Caregiver's Burden caused by Behavioral and psychological symptoms of Dementia:CBBD,以下CBBDと略す)を評価する項目を作成し,高齢者の介護者全般を対象にした大規模サンプルを用いて測定した上で,CBBDの特性を統計学的に明らかにすることを目的とした.方法:大阪府東大阪市の介護保険サービス利用者から層別無作為抽出した5,000人に対し,H15年10月に郵送による無記名自記式質問紙調査を行った.得られた回答から介護者不在等を除外し,1,818人の介護者を分析対象とした.調査項目は,介護者·要介護者の基本属性,過去の調査や先行研究を元に作成したCBBD 10項目,要介護者の認知障害の有無,全般的介護負担感であった.結果:CBBDは全項目において要介護者に認知障害がある方が有意に選択されていた.特に予想不可で怖い·不安,介護者の言うことを理解しない,理解不能でイライラというような介護者に心理的な緊張や圧迫を与えるような負担のリスクは高かった.認知症の症状とCBBDの関係をみるとCBBDは全項目にて認知症高齢者の興奮·妄想的行動と強い関連がみられた.その他の症状については夜何回も起きる,常時監視の必要性,不潔に嫌悪感は要介護者の記憶障害と,近所に迷惑,非難拒否がつらい,予想不可で怖い·不安という負担は認知症高齢者の見当識障害と強い関連がみられた.さらに,家事が増えた,不潔に嫌悪感がするという負担は認知症高齢者の異食行動と強い関連が確認された.結論:CBBDは要介護者の認知障害に対する感度が高く,問題行動に由来する介護者の心理的な緊張や圧迫などの負担をより詳細に表現することができるため,介護者に対する援助の際の支援ニーズの把握に利用可能であると考えられる.
著者
新井 智之 金子 志保 藤田 博曉
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.539-544, 2011 (Released:2012-02-09)
参考文献数
25
被引用文献数
20 10

目的:本研究では決定木分析を用いて,大腿骨頸部骨折患者の歩行自立に関わる要因を明らかにし,歩行自立を判断するためのモデルを提示することを目的とした.方法:対象は大腿骨頸部骨折を受傷し,退院時に歩行能力の評価が可能であった者108例(男性26例,女性82例,平均年齢77.2±12.8歳)とした.検査項目は年齢,性別,Body mass index(BMI),入院期間,術式,骨折分類,脳神経障害の既往の有無,骨折の既往の有無,退院時の理学療法評価として術側と非術側の膝伸展筋力,10 m最大歩行時間,Functional reach test(FRT),Mini Mental State Examination(MMSE)とした.対象者を退院時の歩行能力により,自立群と非自立群2群に分け,両群間で各評価項目における平均値の比較をt検定,χ2検定を用い解析した.また2群間の比較において有意差をみとめた項目を独立変数,退院時の歩行自立度を従属変数とした決定木分析を行った.結果:全対象者108例の内,自立群は55例,非自立群は53例であった.2群間の比較で有意差がみられた項目は,年齢,性別,術式,骨折分類,脳血管障害の既往,術側と非術側の膝伸展筋力,10 m最大歩行時間,FRT,MMSEであった.決定木分析の結果,対象における正分類率85.2%であり交差検証による誤差率は0.042であった.歩行自立の要因として非術側の膝伸展筋力,FRT,MMSE,脳血管障害の既往が選択され,4つの要因により7群に分類される決定木が示された.結論:決定木分析の結果から,大腿骨頸部骨折患者では非術側の下肢筋力から評価し,その値によって動的バランス能力や合併症の有無を確認することで歩行自立を判断できる可能性が示された.
著者
立花 久大
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.341-352, 2021-07-25 (Released:2021-09-06)
参考文献数
88

人口の高齢化とともに高齢発症パーキンソン病患者が増加している.高齢発症パーキンソン病は若年・中年発症パーキンソン病とは臨床的特徴に異なる点がみられ,診断治療上注意が必要である.パーキンソン病の診断にはパーキンソニズムを有し,二次性パーキンソニズム(特に薬剤性および脳血管性)およびパーキンソニズムを呈する神経変性疾患(特に多系統萎縮症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,など)を鑑別し,抗パーキンソン病薬(特にL-dopa)により運動症状が改善されることが重要である.高齢発症パーキンソン病ではL-dopaに対する反応性が低下しているとされており,判定には注意を要する.高齢発症パーキンソン病は進行が速く,生存期間が短い.姿勢保持障害などの体軸症状や歩行障害が出現しやすく,認知症に進展することも多い.また併存疾患,特にアルツハイマー病病理の合併が多くみられ,生命予後を悪くする付加的要因となりうる.高齢発症パーキンソン病患者は抗パーキンソン病薬で精神症状などの副作用が出現しやすい.したがって,高齢発症パーキンソン病の治療の原則は,最も有効な抗パーキンソン病薬であるL-dopaを中心として使用し運動機能障害を改善すること,および薬物副作用が出やすいことに留意することである.さらに,患者のADL,QOLならびに生命予後を改善するためにはパーキンソン病とともに併存症を含めた病態に対する総合的評価に基づいて管理を行う必要があると考えられる.

2 0 0 0 OA 睡眠物質

著者
藤谷 靖志 裏出 良博 早石 修
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.35, no.11, pp.811-816, 1998-11-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
53
被引用文献数
1 1

我々は規則正しく睡眠と覚醒のサイクルを繰り返しながら, 人生の3分の1にあたる貴重な時間を眠って過ごす. しかしながら, 睡眠に対して科学的な光があてられるようになったのは, 比較的最近のことであり, 睡眠は現代医学の中のブラックボックスであるといっても過言でない. 覚醒から睡眠への移行には, 脳内や全身においてさまざまな生理現象が多層的に関与していると考えられる. したがって睡眠に関与する物質も多種多様であり, それぞれの相互作用により睡眠を制御していると想定される.「睡眠が脳内において産生されるホルモン様の物質 (睡眠物質) により調節される」という「睡眠の液性調節」の概念は, 約1世紀前に提唱され, 現在では広く認められている. 睡眠物質 (Sleep-promoting substances) とは睡眠欲求の高まりと共に脳内や体液中に出現し, 神経活動を調節することにより, 睡眠の誘発や維持に関与する物質の総称である. 睡眠物質は自然な睡眠を誘発する内因性の物質であり, 非生理的な睡眠を起こすベンゾジアゼピン類等の睡眠薬とは異なる. その候補物質としては, プロスタグランジン類, ヌクレオシド類, サイトカイン, 生体アミン類等が挙げられている. 本稿ではこれらの代表的な睡眠物質を紹介し, これまでに明らかとなっている睡眠誘発の作用機構について解説する.
著者
中神 啓徳 森下 竜一
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.34-38, 2022-01-25 (Released:2022-03-08)
参考文献数
8
被引用文献数
1

COVID-19に対するmRNAワクチンの迅速開発の成功により,新興感染症に対するワクチンの重要性が改めて認識されている.開発されている多くのSARS-CoV-2のワクチン標的抗原はウイルス表面のスパイク蛋白であり,免疫応答を惹起して,中和抗体の誘導と細胞性免疫の活性化を誘導する.COVID-19ワクチンは,遺伝子治療の技術を用いたウイルスベクターワクチン,mRNA・DNAワクチンが行われたことが大きな特徴であるが,その中でmRNAワクチンは最も迅速な開発に成功した.
著者
小寺 玲美 千葉 優子 田村 嘉章 宮澤 理恵子 種井 良二 森 聖二郎 井藤 英喜 荒木 厚
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.43-50, 2019-01-25 (Released:2019-02-13)
参考文献数
22
被引用文献数
3 3

目的:水疱性類天疱瘡は,表皮基底膜部抗体の出現により表皮下水疱を生じる自己免疫疾患である.近年,DPP-4阻害薬使用中の高齢糖尿病患者における水疱性類天疱瘡の発症報告が散見されるようになったが,どのような臨床的特徴を有するのか不明な点が多い.水疱性類天疱瘡を発症した高齢2型糖尿病患者の臨床的特徴について,糖尿病がない水疱性類天疱瘡患者と比較し検討を行った.方法:対象は2012年9月から2016年9月に,当院皮膚科にて水疱性類天疱瘡と確定診断された65歳以上の2型糖尿病患者15名(年齢81.1±5.5歳,男性11名,女性4名)および非糖尿病高齢患者20名(年齢87.7±7.3歳,男性8名,女性12名)である.発症時のADL,併存疾患,使用薬剤,および臨床経過について調査し,Wilcoxon検定及びχ2検定を用いて群間比較した.結果:2型糖尿病患者における水疱性類天疱瘡発症時のHbA1c値は7.3±1.6%であった.糖尿病患者においては,DPP-4阻害薬を15例中13例(87%)が内服しており,平均服用期間は17.7±10.7カ月であった.糖尿病患者では,非糖尿病患者と比較して男性が多く,発症年齢が若いが,一方で神経変性疾患,要介護4以上のADL低下,認知症の合併例が有意に少なかった.糖尿病患者の皮膚病変はDPP-4阻害薬を中止し,ステロイド治療を行うことで改善したが,全症例でステロイド治療に伴いインスリン治療を導入した.抗BP180NC16a抗体が陰転化した症例では,全例でDPP-4阻害薬が使用されていた.結論:水疱性類天疱瘡を発症した高齢2型糖尿病患者は,非糖尿病患者と臨床的背景が異なり,DPP-4阻害薬の使用は水疱性類天疱瘡の発症と関連している可能性が高いと考えられた.DPP-4阻害薬の投薬を中止するとともに,皮膚科と連携しながら治療を行うことで良好な治療経過が得られた.
著者
宗岡 克政 井川 真理子 栗原 典子 木田 次朗 三上 智子 石原 勇 内田 淳子 塩屋 桐子 内田 直 平澤 秀人
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.511-519, 2008 (Released:2008-12-05)
参考文献数
33
被引用文献数
2 6

目的:紫色蓄尿バッグ症候群(PUBS)は膀胱留置カテーテル使用中に蓄尿バッグが紫色に着色する病態である.便秘と関連したトリプトファン代謝異常と尿路内細菌増殖によるアルカリ環境下でのインジゴ生成が,発現機序として提唱されている(トリプトファン―インジゴ仮説)が,PUBSの発生状況や発生機序に関して,さらなる検討が必要であると思われた.方法:認知症病棟において発生した6例(男性3例,女性3例)のPUBSに対して生化学的,細菌学的検査を行い発現機序について検討した.結果:経過中3例で抗生剤使用後に,1例で自然経過中にPUBSの消失がみられた.全例で慢性の便秘がみられた.1例は経口食物摂取不能例での発生であった.PUBS発生中の6例のうち,アルカリ尿が4例で,尿中インジカン陽性が4例(うち擬陽性1例)でみられた.PUBS消失後,4例の尿pHはすべて中性化し,尿インジカンは陰性化した.一方,尿細菌培養結果では,PUBS発生中にEnterococcus faecalisがMorganella morganni(3例),Pseudomonas aeruginosa(1例)とともに検出されたほか,Klebsiella pneumoniaeとCitrobacter属の単独感染がみられた.PUBS消失後では検出菌種は変化したが,無菌化した例はなかった.アミノ酸値では,トリプトファン値に一定の傾向がみられなかった一方,血中および尿中α-アミノ-n-酪酸値がPUBS消失後の4例全例で減少していた.PUBS自然消失例では,血中タンパクの増加がみられた.また,尿中インジカン定性結果,尿pHおよびアミノ酸値は,新鮮尿とバッグ内尿で差異がみられた.結論:今回みられた所見は「トリプトファン―インジゴ仮説」を支持するものであったが,矛盾する結果も少なからずみられ,当該仮説では説明のつかない病態のあることが示唆された.また,あらたに注目すべき点として,一定の菌の常在化,α-アミノ-n-酪酸の代謝およびタンパク合成能低下がPUBS発生要因として示唆された.