著者
樫山 国宣 園田 信成 尾辻 豊
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.11-24, 2017-03-01 (Released:2017-03-23)
参考文献数
66
被引用文献数
2

心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患は,主に粥状動脈硬化を基盤に発生し,その主な危険因子は,高血圧,脂質異常,糖尿病,肥満,喫煙である.これまで,我が国の虚血性心疾患の発症率は,生活習慣や冠動脈の解剖学的な違いから,欧米(男性7.2,女性4.2人/1,000人・年)に比べ日本は(男性1.6,女性0.7人/1,000人・年)と低かったが,近年,生活習慣の欧米化によって状況は変化し,現在では心血管病による死亡は我が国の死因の2位,虚血性心疾患による死亡は全心血管病による死亡の4割を占めるようになった.特に心筋梗塞の既往のある患者では,心筋梗塞再発のリスクが2.5%と高く,心筋梗塞の2次予防のために冠危険因子の厳格な管理が必要であり,冠危険因子の管理実行について多くの治療指針やガイドラインが整備されているが,いまだ問題も多い.脂質管理について,low density lipoprotein(LDL)低下療法による虚血性心疾患の予防効果が証明され,動脈硬化疾患予防ガイドラインが策定されたが,2次予防を行っている患者の中でLDL目標値100 mg/dl を達成しているのは3分の1にとどまるという報告もある.また,虚血性心疾患の高リスク患者にさらに低いレベルの目標値が必要か否かは明らかではない.糖尿病も,厳格な血糖コントロール群で死亡率が5.0%と上昇(標準治療では4.0%)を認め,血糖コントロールの開始時期(早期の治療開始)や,評価指標(HbA1cや食後血糖),治療薬剤選択(ビグアナイド系薬剤やDPP-4阻害薬)についてもまだ議論の余地がある.現行の治療ガイドラインに従い,血圧では家庭血圧135/85 mmHg未満,脂質ではLDL-C 100 mg/dl 未満,high density lipoprotein(HDL) 40 mg/dl 以上,TG 150 mg/dl 未満,糖尿病では,HbA1c(NGSP)7.0%未満を目標に厳格な管理を行うことが,虚血性心疾患の2次予防として有効である.
著者
落合 信寿 近藤 寛之
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.35-45, 2017-03-01 (Released:2017-03-23)
参考文献数
54
被引用文献数
1

職場や生活環境に見られる視覚表示の色には,安全確保のために,色彩の見えの効果が利用される.これらの効果は,色彩の機能性と総称され,視認性,可読性,誘目性,識別性の4種類に分類される.本稿では,産業安全および環境安全に関わる視覚表示の色彩設計に利用される色彩の機能性と,眼科学で問題とされる色覚異常(特に先天赤緑異常)との関連に着目し,色彩の機能性が1型色覚における赤の知覚に及ぼす影響について考察した.日本の眼科臨床においては,現在,急激な制度改革の影響により,先天赤緑異常への対応が不十分な状況にある.一方,職域における色覚異常への対応は,これまでほとんど顧みられることはなく,今後,解決すべき産業安全衛生の問題である.この問題解決を図るための一つのモデルとして,英国HSE(Health and Safety Executive)が定めた色覚検査に関するガイドラインの先駆的事例を紹介した.また,日本の眼科臨床に即したガイドライン作成に関わる問題点についても考察し,産業安全および環境安全に色彩の機能性を利用した視覚表示における色覚異常への対応について論じた.
著者
佐藤 寛晃 田中 敏子 笠井 謙多郎 北 敏郎
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.353-358, 2009-12-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
4 4

49歳男性船長が, 船倉タンク内での廃液処理作業中に倒れた船員の救出に降り, 間もなく同様に倒れて死亡した. 船長の剖検の結果, タンク底面に残った廃液の吸引による溺死と診断された. 意識消失に至った経緯を明らかにするために船倉タンク内のガス分析を行ったところ, 酸素濃度は18.86〜19.31%, 二酸化炭素濃度は7.28〜9.07%で, その他に硫化水素を含め特記すべき濃度のガスは検出されなかった. したがって, 意識消失は二酸化炭素中毒によるものと考えられ, タンク内の廃液の発酵により高濃度の二酸化炭素が発生し, 死亡事故が発生したと結論づけた. 二酸化炭素が発生しうる環境においては, その危険性を十分に認識しておく必要があると考えられた.
著者
東 華岳 安達 泰弘 林 春樹 久保 金弥
出版者
The University of Occupational and Environmental Health, Japan
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.245-253, 2015-12-01 (Released:2015-12-13)
参考文献数
52
被引用文献数
14 37

骨粗鬆症は骨量の減少と骨質の劣化が特徴で,骨折しやすくなるもっとも一般的な代謝性骨疾患である.超高齢社会の到来を受け,骨粗鬆症は大きな社会問題になっている.一方,生体はつねにさまざまなストレスにさらされ,その生理機能に影響を及ぼしている.最近の研究によれば,慢性の精神的ストレスがさまざまなシグナル経路を介し骨粗鬆症の危険因子である.本総説では,慢性の精神的ストレスと骨粗鬆症との関連性について,最近の進展状況を概説する.中枢神経系,特に視床下部による骨代謝調節機構の存在が明らかにされてきた.ヒトおよび動物研究によると慢性の精神的ストレスが視床下部-下垂体-副腎皮質系,交感神経系,および内分泌・免疫系への影響を介して骨量を低下させ,骨質を悪化させる.噛む動作にはストレス緩和作用があることが証明されている.噛む動作は,ストレス誘発神経内分泌反応を弱め,ストレス性骨量減少を改善する.したがって,噛む動作は,慢性の精神的ストレスに関連する骨粗鬆症の予防・治療において,有用なアプローチになりうる.また,慢性の精神的ストレス,噛む動作と骨粗鬆症との相互関係についてのメカニズムも考察した.慢性の精神的ストレスは視床下部-下垂体-副腎皮質系と交感神経系を活性化させ,性ホルモンと成長ホルモンを抑制し,炎症性サイトカインを増加させ,骨形成の抑制と骨吸収の促進により最終的に骨量減少を引き起こす.
著者
馬田 敏幸
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
産業医大誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.25-33, 2017
被引用文献数
2

<p>将来の新エネルギーを創出すると期待されている核融合技術には,燃料となるトリチウムが大量に使用され,放射線作業従事者のトリチウムによる被曝が懸念される.また福島第一原子力発電所の廃炉作業の工程では,発生しているトリチウム汚染水対策による,作業従事者の健康問題が懸念されている.トリチウム被曝の形態は,低線量・低線量率の内部被曝が想定されるが,経口・吸入・皮膚吸収により体内に取り込まれたトリチウム水は,全身均一に分布することから影響は小さくないと考えられる.さらに有機結合型トリチウムは生体構成分子として体内に蓄積され,長期被曝を生じるので,トリチウムの化学形の考慮は重要となる.トリチウムの生体影響を検討するために,生物学的効果をX線や <i>&gamma;</i>線と比較する必要があり,トリチウムの生物学的効果比(RBE)の研究が多くされてきた.本総説では,確率的影響に分類される放射線発がんや,発がんの原因となる突然変異など生物効果を指標にして得られたRBEについて紹介する.加えて,近年開発されてきた,低線量・低線量率被曝の生物影響を検出可能な遺伝子改変マウスを使った動物実験系の原理と,トリチウム実験の概要についても紹介する.</p>
著者
岡﨑 龍史 大津山 彰 阿部 利明 久保 達彦
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.91-105, 2012-03-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 7

福島第一原子力発電所(福島原発)事故後, 放射線被曝に対する意識について, 福島県内一般市民(講演時200名, 郵送1,640名), 福島県外一般市民(52名), 福島県内医師(63名), 福島県外医師(大分53名, 相模原44名, 北九州1,845名)および北九州のS医科大学医学部学生(104名)を対象にアンケート調査を行った. アンケート調査の回収率は, 福島県の一般市民は講演時86%と小児科医会を通じて郵送した50%と, 福島県外の一般市民91.3%および福島県内医師は講演時に86%回収, また福島県外の医師は, 相模原市85%および大分県は講演時に86%回収し, 北九州市はFAXにて17%回収となった. 福島原発後の放射線影響の不安度は, S医科大学医学部学生が12.2%ともっとも低く, 次に医師(福島県内30.2%, 県外26.2%)が低く, 福島県外一般市民(40.4%), 福島県内一般市民(71.6%)の順に高かった. 不安項目に関しては, S医科大学医学部学生や福島県医師は, 健康影響よりも環境汚染(食物や土壌汚染)に対し不安を持つ割合が高く, 福島県外医師や福島県内外の一般市民は健康被害および環境汚染の双方に不安を持っていた. 放射線の知識が高い人が, 現状に対する不安は少なく, 放射線知識の普及の必要性が結果として示された.
著者
賀好 宏明 舌間 秀雄 木村 美子 佐伯 覚 蜂須賀 研二
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.71-79, 2009-03-01

重度な四肢麻痺を呈し,回復が遅延した軸索型ギランバレー症候群の4例を報告する.症例はいずれも男性であり,臨床経過,電気生理学的検査などにより軸索型ギランバレー症候群と診断された.3例において痛みが問題となり,2例においてクレアチンキナーゼの著明な上昇を認めた.1例に手指の拘縮を認め,2例が呼吸筋の麻痺により人工呼吸器管理となった.極期から退院までの機能的重症度分類において改善を認めたのは2例であった。同様に日常生活活動で改善を認めたのは2例であった.軸索型ギランバレー症候群の急性期理学療法においては疾患特性をよく理解し,患者の心理面に配慮したアプローチが重要であると考えられた.
著者
堀江 祐範 神原 辰徳 黒田 悦史 三木 猛生 本間 善之 青木 滋 森本 泰夫
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.237-243, 2012-09-01

日本や米国を含む諸外国の宇宙機関の国際協力のもと,月面に基地を造り宇宙飛行士が長期間滞在する計画を検討している.月表面には隕石の衝突や宇宙風化により生じた月レゴリスと呼ばれる微粒子が堆積しており,微小重力下の月面での作業においては,月面の粒子状物質の有害性評価が重要であるが,その報告は少なく,特にアレルギーとの関連についての報告はない.月レゴリスの化学組成は.SiO_2がほぼ半分を占め,その他Al_2O_3,CaO,FeOなどが含まれる.宇宙飛行士が月レゴリスの吸入により花粉症様の症状を呈したとの報告があるほか,地球上で類似の組成を持つ黄砂ではアレルギーの増悪効果が報告されており,月レゴリスはアレルギー増悪効果を示す可能性がある.月レゴリスと類似の組成を持つレゴリスシミュラントを卵白アルブミンと共にマウスの腹腔内に投与した試験では,アレルギー増悪効果は認められなかったが,今後吸入モデルなどによるさらなる検討によって,月レゴリスの安全性を確認することが重要である.
著者
辻 慶子 松本 真希 鷹居 樹八子 児玉 裕美 萩原 智子 岩田 直美
出版者
産業医科大学、産業医科大学学会
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.157-165, 2015-06-01 (Released:2015-06-13)
参考文献数
12
被引用文献数
1

快適な入院生活を過ごすとともに安全で確実な医療行為を行うには,医療施設の環境デザインの適切さが求められる.基礎看護学の単元「 環境」の授業では,医療施設,とくに病棟のイメージがつかないまま環境の学習をする看護学生が多く,その理解が不十分で患者の援助に繋がらないことが多く見受けられる.建築用コンピュータソフト(ウインドウズ8)上で動作する「3Dマイホームデザイナー Pro 8」を利用し,医療施設において患者に最適な療養環境としての環境デザイン学習の可能性を検討するために,平面図上の医療施設を作り3D画像に変換した後,コンピュータの画面上で病棟内を疑似歩行体験できる仮想病棟動画を作成した.動画は, a)「 病室」の壁の色彩を変化させたもの, b)「 病棟配置」はナースステーションの位置と病室の配置の違い, c)「 視力の低下を体験できる外来」では白内障による視力低下で視界がぼやけてみえる外来の3種類からなる.対照群は静止画群を動画と同様に(a,b,c)の3種類作成した.c)の静止画については説明書付きとした.作成した動画と静止画について看護学生と看護師にアンケート調査を行った.その結果, a) の動画・静止画において両者の視聴後の感想に差はみられなかった.またb)の動画は,看護学生と看護師の記述内容に違いがみられなかった.c)の動画は,看護学生・看護師とも患者の視点での記述が多かった.臨床経験のない看護学生は動画により病棟内を歩く疑似体験を通じて,視覚的・体験的に病棟の環境を理解できたと考える.また,看護教育において仮想病棟動画の活用は疑似体験ができることで,学生の準備状況に合わせた教育プログラムの作成が可能であることが推察できた.
著者
アカングベ ジョーンズ アデボーラ コモラフェ ソラ エマヌエル オデュワイエ ムイワ オラリンデ
出版者
産業医科大学、産業医科大学学会
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.169-175, 2015-09-01 (Released:2015-09-12)
参考文献数
17

ナイジェリアのクワラ州において,作業の危険性の農業従事者の生産性へおよぼす影響について自覚的評価に基づいて調べた.多段階無作為抽出法を用いて全160名の回答者を選別した.実証分析のためのピアソンの積率相関係数解析と共に頻度や割合などの記述的統計手法を用いて分析を行った.調査の結果,共通の農業生産物はトウモロコシ,ヤムイモ,キャッサバであった.また,共通して多い作業上の危険は農具による切傷/傷害,蚊刺しに起因するマラリア,および全身性疼痛であり,農具による傷害および全身性疼痛が農業生産性に大きな影響を及ぼしていることが明らかになった.農業従事者の社会-経済学的特徴と自覚されている農業生産性への作業の危険性の影響との間には,ピアソンの積率相関係数を用いた解析においては有意な相関は認められなかった.これらの結果にもとづき,作業(農業)における危険,とくに全身性の疼痛が,農業生産性に負の効果をもたらすと結論する.この研究からは,政府と関係機関が農業従事者に保護具の使用法を訓練する普及員を通して保護具を安価で提供し,農業労働者に保護具の使用を督励することが推奨され,農業従事者自身が良好な健康状態を維持するための健康管理について教育を行うことが公衆衛生関係者には求められる.
著者
江口 泰正 太田 雅規 大和 浩
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.247-253, 2011-09-01

現在,職場における健康保持増進の取り組みとしてもっとも多い内容は,「労働者健康状況調査結果の概況」(厚生労働省2008)によると「健康相談」であるが,2番目に多いのは「職場体操」である.一人でも,あるいは集団でも手軽にできる「体操」は労働者に受け入れられやすく,また継続もしやすいことから,ストレッチングは職場体操としても様々な形で実施されている.しかし,近年その効果に関して否定的な文献も多くなってきた.そこで,総説論文を中心に調査したところ,静的ストレッチング(static stretching)直後における筋パワー系運動(muscle strength/force and isokinetic power)のパフォーマンスはむしろ低下,運動後の筋肉痛の予防にはならないことも明らかにされている.「職場体操」の目的は様々であるが,ストレッチングを職場体操として選択する場合には,その目的に応じたやり方を考慮する必要がある.
著者
小林 美和 山元 修
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.219-224, 2002-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 2

農業従事者に発症したスポロトリコーシス2例を供覧し, 当科で経験した11例についてまとめた. ガーデニングが流行していることから, 都市部においても, 趣味で土いじりを行う人での発症の増加が予想される. 本症を一種の職業性皮膚疾患として捉えたうえで, 農作業中の感染経路としての外傷予防を, 農家や趣味で農作業を行う人に呼びかけるとともに, 「カビ」による感染症についての啓蒙も必要である.
著者
久能 芙美 岡田 洋右 新生 忠司 黒住 旭 田中 良哉
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.49-53, 2015-03-01 (Released:2015-03-14)
参考文献数
9
被引用文献数
1

症例は42歳女性.動悸・発汗過多・手指振戦のため2011年3月に来院.甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone; TSH) < 0.01 μU/ml,遊離サイロキシン (free thyroxine; FT4) 6.15 ng/ml,抗TSH受容体抗体 (TSH receptor antibody; TRAb) 7.8 U/ml の検査所見よりバセドウ病と診断し,メチマゾール 30 mg,プロプラノロール30 mg 内服を開始し甲状腺機能は改善した.しかし,躁症状,易刺激性,幻覚妄想が顕著となり2011年5月医療保護入院となった.アリピプラゾール24 mgおよびリチウム400 mg内服を開始したが,幻覚・妄想症状が遷延し抗精神病薬の調節を要した.甲状腺機能改善に遅れ,2011年7月に精神症状は改善し退院.退院後はメチマゾール10 mg内服で甲状腺機能は正常化を維持し,抗精神病薬内服は中止できた.バセドウ病では気分や活動性の変化などの気分障害が多いが,本例のように幻覚妄想など本格的な精神症状が主徴となり入院加療まで要した報告は少ない.バセドウ病に伴う症状精神病では精神症状が遷延する可能性があり,精神科専門医との綿密な連携が重要である.
著者
太田 一昭
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.213-224, 1989-06-01 (Released:2017-04-11)

新歴史主義批評の基本的な前提と視点についてまとめてみた. 新歴史主義は, 文化あるいはテクストの統一を否定する. 新歴史主義は文学と歴史の二項対立的区分を拒否し, 歴史を, 安定した背景として文学テクストと対置しない. 文学も歴史の一部を構成し, 非文学テクストあるいは他の文化的実践と相互に浸透し, それらのコンテクストになりうると考える. 新歴史主義批評は, テクストを権力関係との係わりという点から分析することに深い関心をもつ. 文学研究の新しい歴史化とは, 新しい政治批評であるとも言える. この批評の政治性は, 特にイギリスのマルクス主義的唯物論派の人々に顕著である. アメリカの新歴史主義者は, 自己の批評活動の政治性を抑圧する傾向がある. 新歴史主義の批評方法にはさまざまの困難や問題点が見出されるけれども, それが最も刺激的で大きな可能性をもった現代の批評方法の一つであることは確かである.
著者
寺松 寛明 大和 浩 姜 英 賀好 宏明 久原 聡志 大宅 良輔 伊藤 英明 黒田 耕志 松嶋 康之 佐伯 覚
出版者
The University of Occupational and Environmental Health, Japan
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.341-351, 2022-12-01 (Released:2022-12-05)
参考文献数
27
被引用文献数
1

Little is known about the factors related to return to work (RTW) in patients with peri-operative lung cancer (LC). This study aimed to investigate whether pre-operative physical performance is associated with early RTW in patients with peri-operative LC. A total of 59 patients who wished to resume work after lung resection surgery were included and were divided into three groups: early RTW (within 14 days after discharge), delayed RTW (within 15–90 days), and non-RTW (failure of RTW within 90 days). The early RTW group had significantly lower scores on the modified Medical Research Council dyspnea scale (mMRC) and significantly higher scores on the Euro Quality of Life 5-Dimension 3-Level (EQ-5D-3L) than the non-RTW group. Multivariate logistic regression analysis showed that EQ-5D-3L scores were significantly associated with early RTW, and mMRC scores and knee extensor strength tended to be associated with early RTW. Better pre-operative quality of life, mild dyspnea, and greater lower limb muscle strength tended to be associated with early RTW in patients with peri-operative LC.
著者
大田 俊行
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.189-200, 2000-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
6 1

フェリチンは鉄貯蔵蛋白であり, 血清フェリチンは生体内の鉄貯蔵量を反映することから鉄欠乏や鉄の過剰状態の把握に使われてきた. つまり, 鉄欠乏性貧血では血清フェリチンは減少し, 鉄過剰状態になると増加する. しかし, 貯蔵鉄の増加を反映しない高フェリチン血症が種々の炎症性疾患および悪性腫瘍に見出されている. これらの疾患において, 血清フェリチン増加のメカニズムが解析され, いくつかの炎症性サイトカインおよび一酸化窒素の関与が指摘されてきている. さらに, フェリチンサブユニットの解析やCon-A結合フェリチンの割合が疾患によって異なるといった分子学的研究が進んでいる. このような血清フェリチン高値の臨床的意義の解明がなされつつあるが, 高フェリチン血症は単なる結果をみているのではなく, 種々の反応を通して積極的に病態形成に関与する可能性があり, さらなる研究が必要である.
著者
吉井 千春 加濃 正人 磯村 毅 国友 史雄 相沢 政明 原田 久 原田 正平 川波 由紀子 城戸 優光
出版者
The University of Occupational and Environmental Health, Japan
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.45-55, 2006-03-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
33 26

喫煙習慣は心理的依存と身体的依存から成り立っている. 我々は心理的依存の一要素として社会的ニコチン依存という新しい概念を考え出し, それを評価する新しい調査票として「加濃式社会的ニコチン依存度調査票Version 2」(the Kano Test for Social Nicotine Dependence; KTSND)を作成した. KTSNDは10問30点満点からなるが, その有用性を検討するため製薬会社社員に配布し, 344名から有効な回答を得た. 喫煙者(105名), 元喫煙者(88名), 非喫煙者(151名)の各群で, 総合得点は18.4±5.2, 14.2±6.1, 12.1±5.6と3群間でいずれも有意差を認めた. 設問別の検討では10問すべてで喫煙歴による有意差を認めた. さらに喫煙者をニコチンの身体的依存の指標である「1日喫煙本数」および「朝の1本を起床何分後に吸うか」で亜分類し, 総合得点との関連を検討したが, ほとんど差は出なかった. これに対して禁煙のステージによる亜分類では, 全く禁煙の意志がないimmotives(無関心期)で22.4±6.3, precontemplators(前熟考期)が19.0±3.9, contemplators(熟考期)が16.1±3.8, preparers(準備期)が14.5±5.9と, 各群間で有意差を認めた. これらの結果から, KTSNDは喫煙習慣の有無や禁煙のステージをよく反映し, 喫煙の心理的依存を評価する手段として有用な方法と考えられた.