著者
楠田 悠貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

フランス革命は長きにわたってナショナリズムの影響を受け、また近代世界の出発点としてばかり捉えられてきたために、他国の歴史が革命に及ぼした影響についてほとんど考察されてこなかった。本研究では、フランスにおける史料調査を積み重ね、革命期・帝政期の関連史料を幅広く網羅的に読解することを通して、フランス革命家および反革命家たちが17世紀イングランドの歴史的展開をつよく意識し、教訓を得るべくその解釈をめぐって論争を繰り広げながら自らの革命の進路を選択していたことを明らかにする。偶然の連続として叙述されがちなフランス革命であるが、最終的にこれとは異なる新しい革命像が提示できると考えている。
著者
長澤 伸樹
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

最終年度は、個人論文集刊行にむけた具体的構想を固めることを念頭にしながら、これまでの成果の取りまとめを中心に研究をすすめた。具体的には、1.前年に引き続き「楽市」の地域史的意義を問い直す視点から、(1)織田氏(美濃加納)、(2)後北条氏(武蔵世田谷・相模荻野・武蔵白子)の事例について、それぞれ関連史料の収集・調査研究をおこなった。また、2.中近世移行期における「楽市」の歴史的意義について、これまでの研究成果をふまえて取りまとめをおこなった。その中で「楽市」が、各大名領国の社会情勢や権力自身の支配理念に大きく左右されて成立・変化する性質をもっていたこと。領域支配上の課題解決にむけた合理的かつ現実的対策として、平和の確立や経済特区としてのあり方を一時的に可視化するための、いわゆる法令(文書)を発する大名権力自らの理想の概念であったことを明らかにした。同時に、幕藩体制下の地域社会における記録・評価・伝承という側面からも分析を加えた。その中で、近世において「楽市」はそもそも、社会秩序の変容や市町の存亡にかかわる特別な法令・空間としては認識されていないこと。一方、近世以降も社会的システムとして「役」が継続することから、その賦課を免れようとする在地では、諸役免除という記述の有無にのみ法令の価値を見出し、歴史的事実として書き留められる場合も「市日指定」「市町免許」の制札という形で単純化されていく姿を指摘した。
著者
北村 理依子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本年度は、人権の普遍性の議論を研究対象とした。人権の普遍性に関連する議論は複数あるが、そのうち本研究が扱うのは、普遍主義と文化相対主義の対立である。普遍主義は、人権の普遍性は人権それ自体に埋め込まれているものであり、その主たる理由は、人権の骨子である平等性から人権を持つ者は国・地域に拘らず同様の人権を持つことが導かれるため、というものである。その中核には、人間の尊厳、平等という概念が存在する。一方、文化相対主義は、国際文書に示された人権規則は、各国の歴史、宗教、文化および種族構造を考慮に入れた上で解釈・適用されなければならないとする。こうした対立は、人権の普遍主義が国際文書の形で登場したときから現実に看守できる。国際文書における人権の普遍性に関連する文書として挙げられるのが、1993年のウィーン宣言である。同宣言は人権の普遍性および不可分性を謳うものであり、多くの国に支持を受けて採択された。一方、この前後にバンコク宣言およびクアラルンプール人権宣言がそれぞれ採択され、アジアの基本的な人権観がまとめられた。人権の普遍性との関連でいえば、ここでは、人権は国家的及び地域的特殊性と、様々な歴史的、文化的、宗教的背景に留意しなければならない旨が述べられている。このように対立しているように見えるが、理論的にはこの対立は解消されている。すなわち、人権の普遍性はCONCEPTの段階では認められるが、CONCEPTIONおよびIMPLEMENTATIONの段階では相対性が認められるということである。CONCEPTの段階で普遍性を保つのは、機能的要請から、つまり脆弱な個人を組織的な社会の脅威から保護するために必要であるからであり、また現実に多くの国が人権という概念の存在を認めているからである。さらに、現実に内容が普遍的な人権もあると主張される。このように、両者が歩み寄る形での理論が優勢である。
著者
徳留 信寛 王 静文
出版者
名古屋市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

大腸がんには多くの環境要因が関連していますが、そのなかで脂肪および食物繊維摂取が重要だと考えられます。また、遺伝的感受性が大腸がんの発症に重要な役割を担っていることも報告されています。インドには各種ベジタリアンがおり食物繊維摂取量が多く、また、脂肪摂取量が少ないので大腸がん罹患率が低いのではないかと考えられています。遺伝的要因・環境要因と大腸がんリスクの関連を明らかにするためにインドにおける大腸がんの症例対照研究を行っています。この研究では、喫煙、飲酒はある程度の大腸がんのリスクと関連していたことが示唆されましたが、野菜、果物の高摂取は大腸がんの発症リスクを下げる効果が見られました。葉酸の代謝酵素MTHFRの遺伝子多型は大腸がんとの関連を検討したところ、MTHFR A1298C多型のCC型では統計学的に有意なリスクの低下を認め、さらに野菜の高摂取との交互作用が見られました。だが、MTHFR C677T多型と大腸がんのリスクとの関連は観察されませんでした。このほかに、脂肪の蓄積の主調節要因であるPPAR-gammaのPro12AlaとC161T遺伝子多型、細胞周期のG1期からS期への移行において重要な役割を演じるCCND1のA870G遺伝子多型と大腸がんの関連を検討しました。PPAR-gamma C161T多型のT alleleでは大腸がんのリスクが高く、特に結腸がんでは強い関連が観察されました。さらに、PPAR-gammaのPro-T haplotypeでは大腸がんリスクの高いことが見出されましたが、魚摂取の交互作用は認められませんでした。CCND1 AA型では大腸がんのリスクが高くなり、CCND1 A alleleが常染色体劣性遺伝形式に適合していることが認められました。さらにA870G多型は、肉、魚と野菜摂取により大腸がんリスクを修飾する可能性が示唆されました。
著者
奥野 将成
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、ラマン顕微分光法をイメージング手法として成熟させ、ラマン・イメージの取得時間を著しく短縮することである。平成23年度における、本研究の成果としては、次のとおりである。1.CARS分光顕微鏡の生細胞への応用。動物細胞への界面活性剤の作用について、時間分解測定を行い、ラマン分光イメージとしてそれらの動的挙動の追跡を行った。それにより、界面活性剤が細胞内に数10mMの濃度で蓄積していることが示唆された。さらに、細胞内膜輸送に関係する微小管の生成を阻害する薬剤を滴下し、同様の実験を行った。薬剤を滴下しない場合と比較して、有意に界面活性剤の蓄積速度が減衰した。これにより、界面活性剤の細胞内への取り込みに、細胞内膜輸送が関係していることが示唆された。これは、従来の顕微鏡技術では観測できなかった分子のダイナミクスであり、本研究で製作した広帯域のラマンスペクトルを高速で取得できる装置によって、はじめて明らかになった。また、本研究で開発した、CARS分光顕微鏡と最大エントロピー法を組み合わせる技術によって、細胞内の分子濃度を定量的に見積もることに成功した。2.ラマン分光イメージングの絶対定量化の試み。前年度の研究をさらに発展させ、さまざまな生体分子について、それらのラマンバンドの絶対ラマン散乱断面積を求め、それを用いることで、生体分子の生体中濃度を見積もった。シトクロムbおよびc、フェニルアラニン残基、核酸(DNAおよびRNA)、脂質分子の濃度を見積もった。また、生体中の脂質分子の不飽和度をレーザー焦点中の平均値として見積もることに成功した。これは、従来の蛍光顕微鏡などの方法では得ることのできない情報である。また、2つの国際会議、及び2つの国内会議に出席、発表を行い、他の研究者との交流を深め、研究に関する示唆を得た。
著者
吉田 光輝
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

光や温度など周囲環境に遍在するエネルギーを利用し,駆動環境の空間的限定が少ない状態で推進力を得るシステムを提案する.さらに直線的な推進に加え,光の強度の強い方向に向かう走行性など微生物に見られる機能を自律型ソフトマイクロボットで再構成することにより,自律型ロボットの制御に関する実験的なモデルの構築を目指す.
著者
中村 一創
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2022-04-22

「文」という概念がなぜ人間に備わっているのか、「文」は我々の言語能力においてどのように定義されているのか、これら二つの問題に科学的解答を与えるのが本研究の課題である。「文」は「句」とは異なる概念であり、人間が思考したり意思を伝達したりするには「句」さえ存在していれば十分である。しかし我々が文と文でないものを見分ける能力を持っているのは事実であり、そうした余分な能力がなぜ存在するのかが生物言語学の重要な問題となるのである。本研究では、文概念の存在を主語・助動詞倒置をはじめとする様々な文法現象と結びつけて明らかにし、さらに哲学・生物学等の知見も活かしつつ、文概念の発生を生物言語学的に説明していく。
著者
高木 佐保
出版者
麻布大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2022-07-01

内分泌機能と言語能力の関連を明らかにするために、半家畜動物であるネコを対象に、家畜化の過程で変化したホルモン(オキシトシン/コルチゾール)分泌量測定し、言語能力との関連をみる。研究1では実験の結果から言語能力を同定し、内分泌機能との関連を調べる。研究2では、言語能力と内分泌機能の因果関係を明らかにするため、ホルモンレベルの操作を行ったうえで、研究1と同様の実験を行い、「コトバの理解」の向上や、「発声の複雑化」がみられるか調べる。研究3では、研究1で得られた結果から、言語能力が高い/低い個体を分類する。それらの群の遺伝子を解析し、家畜化の過程で獲得したと考えられる「言語遺伝子」を同定する。
著者
板垣 優河
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究は、植物を採集し、加工するうえで必要な道具や手法の検討を通して縄文時代の植物食を復元しようとするものである。そこでまず、土掘り具とされる打製石斧、加工具とされる磨石・石皿類に対して多量の機能分析を実施し、各石器の使用状況を具体的に解明する。併せて、国内の山間部を対象に堅果類や根茎類の採食にかかわる民俗調査を広く実施し、さらに関連文献を悉皆的に調べることにより、かつて日本列島でみられた野生植物の採集・加工の実態を把握する。そして、以上の作業を統合して縄文時代の植物食を技術的側面から可視化させ、縄文人の生存戦略や社会・文化の構造基盤、さらには人類史上におけるその特質までを究明する。
著者
真鍋 俊照 MEEKS L. R. MEEKS L.R.
出版者
四国大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

日本の僧侶と尼寺の関係から、その歴史、思想を真鍋が担当、また京都と奈良、大阪に点在する尼寺の歴史・思想をローリ・ミークスがそれぞれ担当した。そのうち現存する尼門跡寺院36ヶ寺のうち平成18年度は4ヶ寺(地安寺、称名寺、霊鑑寺、宝鏡寺)を調査した。19年度、3ヶ寺(大聖寺、中宮寺、法華寺)を調査した。そして、絵画・聖教(経典、法式等).目録・工芸品・衣裳・打敷を調査・写真撮影した。そして7ヶ寺の宝物から、尼僧と男僧の儀式・法金の違い、時代性、規模、生活状態、会話状の言葉(御所ことば)の記録、伝え語りを中心に研究した。それにより、ミークスは、「女性救済に関連する問答」の実態を「菩堤心集」より調査し、平安後期(12世紀)では、旧仏教の学僧たちが女性に対して想像以上に寛容であったことを示すとし、また、女性であっても仏道修行が、入念に行われていた実態をつきとめた。さらに「菩堤心集」では、仏教界の男性中心のイデオロギーと在家者のあいだには、種々と違和感があったことを論証した。真鍋は、東国の金沢北条氏の菩提寺の金堂に伝来する文保元年(1317)の修造記述を重視して、「弥勒来迎」「壁画」が、「弥勒上生経」や「弥勒下生経」を具現した本尊「壁画」が完成した。しかしこれは表面の絵画で、裏面にも「弥勒浄土図」が描かれており、両面により、日本で随一の弥勒下生の情景が発見された。そして絵画の実証を行うため、経典と絵画化の関係、図像の礼拝の実態など北条氏と称名寺の僧侶の側の信仰の位置づけ価値感を明確にした。そして、奈良地方の尼僧が育んできた、円照寺の打敷の調査・経理も行い、京都の尼門跡寺院の違いを比較研究した。二年間で調査した資料は、86点である。
著者
宮崎 杜夫
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

記憶には大脳皮質と大脳辺縁系の海馬が重要であることが分かっている。一方、睡眠が記憶の貯蔵や忘却に関わっていると考えられているが、そのメカニズムはよく分かっていない。海馬に投射している主な神経細胞には、前脳基底部の内側中隔や垂直対角帯のコリン作動性神経が含まれる。これまでに、研究代表者は、コリン作動性神経の活動記録に成功し、これらの神経が覚醒とレム睡眠時において活動していることを突き止めているため、レム睡眠時に海馬で何らかの役割を有していることが想定された。そこで、ファイバーレス光遺伝学を用いて、このコリン作動性神経の活動を覚醒時もしくはレム睡眠時特異的に操作し、記憶への関与を明らかにする。
著者
大場 あや
出版者
大正大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究は、近代化による社会変動が地域社会における葬送墓制とその担い手組織にどのような影響をもたらすのか、宗教社会学的な視点からアプローチを試みるものである。採用3年度目は、新生活運動や葬儀改革などの諸政策に焦点を絞る形で調査を行った。①これまで調査を進めてきた山形県最上郡最上町における葬儀の互助組織「契約講」の組織変容を跡付けた。それを踏まえ、当町における戦後の葬儀の省力化過程を住民の主体的活動および行政との関係、町の財政状況等に注目して分析した。当町では社会教育課・婦人会・青年団を中心に、町づくり運動の一環として新生活運動が取り組まれ、火葬場建設や霊柩車導入に影響を与えたことが明らかとなった。この成果は、2020年度内に論文として公表する予定である。②新生活運動に関して、「中央」と「地域」の2つの視点から地域社会における展開メカニズムを分析してきた。山形県の事例では、多くの地域で香典返しや賄いの廃止が掲げられたが、実践報告等からは、「廃止」ではなく、結婚衣装、葬具、霊柩車等の共同購入・共同利用という方向に変化が見られたことが理解された。加えて本年度は、群馬県・栃木県・新潟県・北海道においても補足的に文献調査を実施した。特に群馬県では、オイルショック後の1975年、資源を大切にする運動の一環として香典に関する項目に特化した運動が開始・展開された。これは他県と異なる流れを汲むものである。よって新生活運動の実践は、「廃止」型・「共有」型・「新生活」型にひとまず分類できるだろう。本成果は、2019年の日韓次世代学術フォーラム、日本宗教学会、日本社会学会にて口頭発表を行った。③中国および台湾における葬儀改革(「殯葬改革」)の歴史や葬送に関する法令・条例、および新生活運動に関する文献資料を蒐集した。各地の葬送習俗への影響や政府・行政との関係など、日本との比較に向けて分析を進めている。
著者
宇賀神 篤
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

1. 高温応答性ケニヨン細胞の応答温度の種間比較本年度は、「高温応答性ケニヨン細胞」がミツバチ科において保存されているか検証するため、ミツバチ科マルハナバチ属でゲノム情報が利用可能なセイヨウオオマルハナバチを用いて、kakuseiホモログを同定し、同様の高温曝露実験を行った。結果、ミツバチと異なり、kakuseiの発現量は38~40℃の間で上昇していた。このことから、キノコ体の高温選択的な応答性は、少なくともミツバチ科内では保存されていることがわかった。一方、セイヨウオオマルハナバチの高温応答性の閾値はミツバチ2種に比べて約6℃低かった。ミツバチとマルハナバチでは通常の生活温度(巣内温度)に約6℃の差がある。応答する閾値との相関を考えると、キノコ体の高温応答性細胞は、本来通常の生活温度から外れた高温時の温度制御に関わる可能性がある。2. 脊推動物と無脊椎動物に共通した初期応答遺伝子の同定kakuseiはミツバチ科昆虫にのみゲノム上に見出されるため、1.で明らかにしたキノコ体の高温応答性の進化的保存性を検証する際の指標としては不適当である。そこで、昆虫種を問わず広く利用可能な初期応答遺伝子の探索を試みた。ミツバチ脳にGABA(γ-アミノ酪酸)受容体の阻害剤Picrotoxinを投与することで神経活動を誘導したところ、脊椎動物で頻用される初期応答遺伝子の1つであるEgr-1のミツバチホモログ(AmEgrと命名)が発現上昇することを見出した。ゲノムデータベースを用いて他種におけるホモログを探索した結果、脊椎動物から線虫にまで広くホモログが見出され、汎用性の初期応答遺伝子として有望であると考えられた。これは脊椎動物と無脊椎動物で同じ遺伝子が神経興奮マーカーとして使用可能であることを示した初の知見であり(Ugajin et al. 2013)、関連学術領域に与えるインパクトは極めて大きいと考えられる。AmEgrの発現を指標にセイヨウミツバチのキノコ体における高温応答性を検証したところ、kakuseiを用いた際と同様に44~46℃の間で発現が上昇した。さらに、46℃曝露時のAmEgr発現細胞の分布パターンもkakusei発現細胞のものと類似しており、キノコ体の高温応答性を強く支持する結果であった。3. 哺乳類培養細胞を用いた高温応答性TRPチャネルの解析哺乳類培養細胞系を用いた解析では、ミツバチTRPチャネルは高温刺激に応答しなかった。近年、昆虫のTRPチャネルは哺乳類培養細胞では正常に機能しないとの報告もあり、ショウジョウバエS2細胞の利用を検討している。
著者
辻 大地
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

報告者は昨年度までに、前近代アラブ・イスラーム社会の性愛観念においては、男性/女性という身体的性に基づく区分よりも、成人男性/非・成人男性という社会通念に基づく区分が重要であったことを明らかにしてきた。本年度執筆した、ジェンダー研究に関する書籍の項目(「同性愛/異性愛」『論点・ジェンダー史学』2021年刊行予定、「中世ムスリム社会の男性同性愛と政治」『ひとから問う世界史―ジェンダー視点から』2022年刊行予定)は、主にこれらの成果に基づくものである。一方で、昨年度から今年度にかけての本研究の成果として、中世イスラーム社会において「同性愛」概念に類似した意識が芽生えていた可能性を見出した。すなわち特定の人物がある時点において、中傷行為における言説上の展開や医学知識の伝播によって、実際の行為の有無に限らず「同性と性愛関係を結ぶ者」として捉えられるようになるという可能性である。これは上記の区分と必ずしも矛盾するわけではないが、先行研究が無批判的に前提としてきたテーゼに修正を迫るものである。この内容は、比較ジェンダー史研究会とイスラーム・ジェンダー学科研研究会の合同研究会(「同性愛の比較文化史」)で比較史的観点から問題提起する報告を行なったほか、関連する内容を含む論文を学術誌に投稿し現在査読審査中である。加えて現在までの研究成果に対して第11回日本学術振興会育志賞を受賞した。3年間の本研究課題によって、当初の計画に則った成果に加え、上記の通り「同性愛」概念の形成過程に関する新たな気づきを得られた。そこで来年度以降は、育志賞の副賞によって採用予定の特別研究員(DC2)として本研究を発展させ、博士論文に結実させたい。
著者
守山 裕大
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

イカ、タコに代表される軟体動物頭足類は心臓を3つ持つことが知られている。一つは体心臓と呼ばれるもので全身に血液を送り込むものであり、他の二つは鰓心臓と呼ばれ、酸素を取り込む器官である鰓に血液を送ることに特化している。どのようにして頭足類は心臓を3つ持つようになったのか、その発生学的メカニズムを明らかにし、進化過程に迫ることが本研究の目的である。本研究ではヒメイカ(Idiosepius paradoxus)をモデル動物として用いている。前年度まではwhole mount in situ hybridization法によって様々な心臓発生関連因子の時系列的な発現様式を詳細に解析した。それらの結果を踏まえ、本年度では体心臓、鰓心臓において発現が確認された遺伝子の機能解析、また心臓前駆細胞の挙動を追跡すべく、ヒメイカ胚への顕微注入法の確立を目指した。まず、様々なモデル生物においてこれまでに確立されている顕微注入法(マウスMus musculus, ゼブラフィッシュDanio rerio, アフリカツメガエルXenopus laevis など)を試みたが、いずれも卵殻を突き破ることができず、成功には至らなかった。そのため、次に卵殻を薬剤を用いて処理すること、またレーザーを照射することなどにより卵殻の除去を試みたが、これらも成功には至らなかった。本年度の達成度心臓発生関連遺伝子のクローニングとその発現解析、またそれに伴う組織学的解析は詳細に行うことができた。しかし心臓発生関連遺伝子の機能解析、また心臓前駆細胞の挙動の追跡は顕微注入法が確立できなかったために遂行することができなかった。
著者
米田 翼
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

(1)自然的システム論とその生物学的背景:①ル・ダンテクの老化理論への反論を通して練り上げられるシステムの「構成」に関する理論、②ジェニングスの微生物の行動学を参照しつつ、『物質と記憶』の感覚運動システムと『創造的進化』の自然的システムを接続することで提示される、システムの「行動」に関する理論、これらからベルクソンの自然的システム論=生物個体論を再構成した。本研究の意義は、これまで不明瞭であった生物個体という存在者に関するベルクソンの理論を理解するためのモデルを提示したことである。(2)シモンドンとの比較研究:①ベルクソンとシモンドンは、個体化を連続的進展として記述するためにヴァイスマン遺伝に依拠しつつも、前者は個体に内在する遺伝的エネルギーに関する自説を通して、後者はフレンチ・ネオ・ラマルキズムの群体論に由来する個体-環境の理論を通して、これに修正を加える。②これに相関して、刺激-反応連合のデカップリングを、前者は刺激=入力と反応=出力との間の「遅延」の効果として説明し、後者は個体-環境のトポロジカルな関係の変容として説明する。本研究の意義は、シモンドンとのこうした相違点を明らかにすることで、ベルクソンの個体化論の内在主義的性格と、その射程および限界を明らかにしたことである。(3)創発主義との関係:先行研究ではモーガンの哲学・心理学のうちにベルクソン主義的側面が看取されてきたが、①モーガンこそがベルクソンの心の哲学(特に表象の理論)の最大の批判者であること、②アレクサンダーの時空の形而上学の鍵となる「継起」や「神性」概念の練り上げにベルクソンからの本質的影響が見られることを明らかにした。本研究の意義は、これまで不透明であった20世紀初頭の英仏の哲学の交流の一端を明らかにしたこと、また、アレクサンダーを介してベルクソンを創発主義的に再読しうる可能性を示したことである。
著者
渡辺 祐基
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

チビタケナガシンクイは、わが国において、伐採後の乾燥竹材を食害する特に重要な昆虫種として知られている。本種は一生の大部分を竹材内部で過ごし、直接観察が困難であるため、総合的な防除策の確立に不可欠な生態や食害行動に関する知見がほとんどない。本年度は、X線CTおよびアコースティック・エミッション(AE)モニタリングを使用し、本種の生活史および食害行動の解明を試みた。デンプンおよび糖を含ませ、積層したろ紙を使用することで、容易に卵を採取することができた。孵化直後から羽化まで定期的にX線CT撮像を行うことで、幼虫の体サイズの変化や移動範囲、摂食量を定量的に明らかにした。幼虫の摂食活動を連続計測するために、幼虫の摂食活動に伴い発生する弾性波(AE波)の検出を利用したAEモニタリングを適用した。孵化直後の幼虫を個別に接種した材に対して、長期連続的にAEモニタリングを実施した結果、幼虫は各齢期においては連続的に摂食活動を行うこと、AE停止期は脱皮や蛹化に対応することが明らかとなり、幼虫の齢数を非破壊的に測定できるようになった。半数の幼虫は蛹化までに7齢を経過し、他の半数は8齢を経過したことが明らかになった。さらに、幼虫の摂食活動には一定の周期性が存在すること、AE振幅は齢期とともに増加することなどが明らかになった。X線CTおよびAEモニタリングを使用して、竹材内部における成虫の産卵行動の非破壊評価を試みた。AEモニタリングによって、産卵期間中の雌は昼夜を問わずほぼ連続的に穿孔活動を行うことが示唆された。X線CTによって、1個体の雌による合計産卵数および産卵に伴う食害の程度が定量化された。以上のように、本種のライフサイクルを通じた詳細な生活史および食害行動を非破壊的に明らかにすることに成功した。
著者
谷口 雄太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、中世後期の武家社会において足利氏(京都将軍家・関東公方家とその御連枝)に次ぐ「権威」を有したにも関わらず、従来ほとんど検討されることのなかった足利氏御一家(吉良氏・石橋氏・渋川氏の三氏。以下、御一家と表記)について、徹底した調査・分析を行なうことにあった。2012年度はその第二年度目であった。そこで得られた成果は以下の通りである。第一に、御一家研究の「各論」にあたるものとして、吉良氏に関する研究を、複数本、論文としてまとめた。そのうち一つは『静岡県地域史研究』2号(2012年9月)に掲載された。第二に、同じく御一家研究の「各論」にあたるものとして、石橋氏に関する研究を、複数本、論文としてまとめた。そのうち一つは『古文書研究』74号(2012年11月)に、もう一つは『中世政治社会論叢』(2013年3月)にそれぞれ掲載された。また、同じく御一家研究の「各論」にあたるものとして、渋川氏に関する研究に、「比較」にあたるものとして、斯波氏に関する研究にそれぞれ着手し、史料や先行研究の収集・分析をほぼ完了させた。第三に、関東足利氏研究会(2012年6月16日)・千葉歴史学会(7月21日)・静岡県地域史研究会(10月27日)においてそれぞれ「『関東足利氏の御一家』ノート」・「『足利一門』再考」・「足利一門再考」として口頭発表した。そこでは(1)「御一家」という史料用語が「足利御三家」・「足利一門」という二つの異なる意味合いを持っていたことを明らかにした上で、(2)足利一門とは誰のことか、(3)足利一門であるとはどういうことか、(4)足利一門になるとはどういうことか、(5)足利的秩序が崩壊したのはなぜか、などについての検証を行った。また、御一家が准ずるところの足利氏御連枝についても、関東公方家の兄弟たちを中心に検討を行い、それについては黒田基樹編『足利基氏とその時代』(戎光祥出版、2013年3月)に「足利基氏の妻と子女」として収められた。
著者
木村 洋太
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

私たちは,円滑なコミュニケーションを行うために,他者の感情を適切に理解し,それに適した表出を相手に返すという行為をすることができる.これは,私たちの感情システムが知覚・認知という側面と,身体を利用した表出という運動的な側面を共に扱っているからである.しかしながら,従来の表情研究は知覚・認知の側面,表出の側面をそれぞれ単独に検討することが多く,両者の相互機能については見過ごされることが多かった.そこで本研究では,自己の感情表出という行為の側面と,他者の感情認知という側面がどのように結びつき,相互作用しているのかについて検討した.本年度は具体的に,自己の表情と他者の表情が一致するかしないかという要因,またその表出間の「間」(タイミング)という要因が,他者の表情を知覚する際の注意の配分にどのように影響をするかを検討した。このことについて調べるため,擬似的なコミュニケーション要素によってタイミングや表情の一致性を変化させた場合に,同じ表情でも注意の停留の仕方が異なるかどうか検討した。先行研究によれば,ある種の表情(e.g.脅威表情;怒り・恐怖)にさらされると私たちの注意はその表情に長く焦点があてられる.しかしながら,表情に対する注意の解放は,注意の解放が物理的な表情の性質だけでなく,表情のやり取りといった要素によっても変容することがわかった。たとえば,同じ怒り表情であっても,自分が笑顔をした応答として怒り表情を見る場合は,遅いタイミングの時に注意の解放が遅れ,自分の怒りに対する応答の場合には,早いタイミングでの応答で注意の解放が遅れた。この研究により,我々の視覚的注意は,刺激の物理的特性によって変わるだけでなく,コミュニケーションといった動的な情報をもとに変化することがわかった。
著者
塩谷 彦人
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

足底腱膜は足部アーチ構造を支持し、身体運動中の衝撃緩衝や推進力の獲得に貢献する強靭な弾性組織である。足底腱膜の厚さや長さ、弾性といった形態的・力学的特性は体格や身体運動による機械的ストレスの蓄積度合を反映した個人差や可塑性を有し、足部のバネ機能に貢献していると予想される。本研究では一過性および継続的な運動前後における足底腱膜の形態的・力学的特性の定量評価を通じて、足底腱膜の可塑性や足部のバネ機能・身体運動パフォーマンスとの関連に迫る。また、得られたデータを足底腱膜の機能的特性・足部のバネ機能を補助するフットウェアに応用し、身体運動パフォーマンスの向上を狙う。