著者
森 俊輔
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

本研究では、自己免疫疾患発症の原因と考えられるミスフォールドタンパク質・MHC クラスII 分子複合体の形成に重要な分子である Invariant chainに注目し解析を行う。ウイルスの免疫逃避機構の一つと考えられるInvariant chainの発現量低下が自己免疫を誘導する可能性があり、本研究を通してウイルス感染が関与する様々な自己免疫疾患の発症機構が明らかになると期待される。
著者
川口 慎介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

沿岸域の海洋表層における窒素循環を明らかにすることを目的として、5月中旬と10月中旬の二回、岩手県上閉伊郡大槌町にある東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センターにおいて、大槌湾内の表層水採水および数点での鉛直採水を実施した。表層水の採取には注意深く洗浄したポリバケツを使用し、鉛直採水には1MのHClで洗浄したX型にスキン採水器を用いた。採取した試料のうち硝酸の酸素同位体分析用試料は塩化第二水銀で滅菌した上でバイアル瓶に入れて東京都中野区にある東京大学海洋研究所へ持ち帰った。同時に、硝酸の酸素同位体と同様に海洋表層の窒素循環の新たな指標として期待されている溶存還元性気体成分(水素・一酸化炭素・メタン)を分析するための試料も採取し、これらについては国際沿岸海洋研究センターに設置した自作のガスクロマトグラフを接続した還元性気体検出器で分析を行った。国際沿岸海洋研究センター前の防波堤から採取した表層海水の還元性気体成分について24時間変動を調べたところ、潮位と明確な相関を持つ変動をすることが明らかとなった。この傾向からは、湾内の海洋底が巻き上がることで生じた高濃度還元性気体成分を示す水塊の混合比が表層水の還元性気体成分濃度を支配している、と考えられた。一方で、水素濃度の上昇が窒素固定量と比例するという議論もあり、今後の詳細な解析により、還元性気体濃度と窒素循環との直接的な関係を明らかにすることを試みる必要があるだろう。
著者
谷本 勝一
出版者
大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2022-04-22

ハンチントン病は異常伸長したポリグルタミン鎖(polyQ)をもつ変異ハンチンチン(mHTT)が凝集し、神経細胞内に蓄積することで発症する。polyQのN末端側に隣接するドメイン(NT17)がmHTTの凝集を促進すること、アルギニンがmHTTの凝集を阻害すること、及びアルギニンにエステル基を導入することで凝集阻害効果が高まることがこれまでに見出されているが、NT17によるmHTTの凝集促進メカニズム、アルギニンによるmHTTの凝集阻害メカニズム及びエステル基の導入により凝集阻害効果が高まる要因は分かっていない。本研究では、mHTTの詳細な凝集機構及びアルギニンとそのエステル誘導体によるmHTTの凝集阻害機構を理論的に解明することを目的とする。
著者
水野谷 祥子 (澤野 祥子)
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

遅筋と速筋に発現する脂質代謝関連遺伝子を網羅的に解析し、その発現量の比較を行った。遅筋モデルとしてsoleus、速筋モデルとしてEDLを用い、各々の筋組織からRNAを抽出・処理した後、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析に供した。得られたデータセットの品質評価・マッピング・発現量の正規化を行い、遅筋(soleus)と速筋(EDL)に発現する遺伝子の差異について検討した。遅筋と速筋それぞれに発現する全ての遺伝子を比較した結果、558個の遺伝子について有意な発現量の差異が認められた。そのうち遅筋における発現が多い遺伝子は230個であり、遅筋タイプの筋線維マーカーであるMyHC1をはじめ、β酸化・TCA回路関連遺伝子を中心に有意に発現量が高かった。速筋における発現が多い遺伝子は228個であり、糖代謝に関わる遺伝子発現量が有意に高いことが分かった。遅筋に多く発現する脂質代謝遺伝子について詳細に解析した結果、脂質酸化系に関連する遺伝子だけでなく、脂肪酸取込に関わるCD36 (fatty acid translocase)および、トリグリセリド合成に関わる遺伝子についても有意に多く発現していた。これらの脂質合成系の遺伝子発現量の増加はreal time RT-PCRにおいても認められた。したがって、当初の推測通り、遅筋においては、酸化によるエネルギー燃焼を行いつつ合成系の働きも亢進しエネルギー枯渇を防いでいることが示唆された。
著者
NORI Franco (2010 2012) NORI FRANCO (2011) GIAVARAS Georgios ジャバラス ギョルゴス
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

電磁場を組み合わせて形成させたグラフェン量子ドットの性質を詳細に研究した。電場により、ゲート電極を使用して発生させることができるであろう滑らかな量子井戸ポテンシャルが生成される。単層グラフェン内でのクライントンネル効果のために、量子井戸ポテンシャルの状態は振動的な漸近依存性をもち、したがってこの井戸のみでは電子を閉じ込めることはできない。しかしながら、均一な磁場がグラフェンシートに直交するように印加される場合は、この状態は閉じ込めに必要なように漸近的に減少する。我々は電場がランダウギャップ内にエネルギーレベルを誘起することにより、ランダウレベルのスペクトルを変化させることを見出した。これらのエネルギーレベルに対応する状態は、外場に束縛されており、その外場で調節することが可能である。これらの状態数は電場の強度に比例する。状態密度の計算結果によれば、量子状態は低密度領域内に存在し、従って量子状態は電子輸送測定を利用して実験的に探査することが可能であろう。更に我々は、スピンがブロックされたダブル量子ドットにおける電子輸送を研究した。スピン・軌道相互作用の強度を調節することにより、ダブルドットを通過する電流は、ゼロ磁場で落ち込む、あるいは2つの電子エネルギーが反交差するような磁場でピーク値になることを示した。この振舞いは、磁場およびスピン・軌道振幅による1重項と3重項との混合に依存するためである。我々は、電流の近似表現を、輸送サイクルに含まれる状態の振幅の関数として導出した。また、有限個数の核スピンを考慮した別のモデルを考え、電子と核スピンとの間にこのモデルの結果として生じる動力学を研究した。我々は、スピンアンサンブルが熱状態にあれば、一時的な電流の規則的な振動とそれに続いて、熱的ジェインズ・カミングスモデルで見られるものと類似する準カオスのリバイバルが存在することを示した。
著者
茶谷 直人
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

本年度は前年度に引き続き、アナロギア(アナロジー・類比)概念をキーワードに、アリストテレス哲学における解釈上の諸問題の解決、古代・中世哲学史の連続的把握、応用倫理学上の諸問題への新たな視点の提供を目指す、といった長期的展望のもとに研究を進めた。それにより、主に次の研究成果を生み出した。1.前年度からの継続課題として、アリストテレス『形而上学』Θ巻における二つのデュナミス(能力と可能態)の内実と関係、およびΘ6におけるアナロギアの意義を探った。両デュナミスの差異は排他的でなくパースペクティブ上のものであるがΘ3で両者の連続性が見出されること、Θ巻前半で提示される<能力:運動>というデュナミス:エネルゲイア図式は、Θ6でアナロギア(<現実態:可能態>関係の類比的説明)を展開する上で方法論的意義を有すること、などを示した。なお本研究については、日本哲学会編『哲学』へ論文を投稿の結果、審査を通過し掲載が決定した(論文題目:「アリストテレス『形而上学』Θ巻におけるアナロギアと二つのデュナミヌ」、本年3月公刊)。2.類比概念を、論証的知識から一歩距離を置きつつも単なる話術や修辞にも留まらない独特な知の様式として捉え評価し応用倫理学上の諸問題にアプローチする、という作業の一環として、インフォームド・コンセント(IC)に関し独自の観点からの考察を行った。そこではICについて、「医師の開示内容についての患者の有効な理解を如何に導得るか」という観点から検討し、それを実現する説明様式の一つとして、「アナロジーによる説明」を提示した。これは、高度に専門化された事象について患者の理解を促す策との一つとして有効である。本研究は、昨年11月に日本生命倫理学会大会において発表された(題目:「インフォームド・コンセントにおける<情報開示>と<理解>の関わりをめぐって--アナロジーの可能性」)。
著者
松本 和将
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

多くの動物は、生存・繁殖に様々な利点があることから集団を形成して生活している。集団の中で単なる性的な活動以上の協調的な相互コミュニケーションがあれば、その集団には「社会」があると規定される。社会には、複数の個体の間で繰り広げられる様々な個体間相互作用があり、これらは総称して「社会行動」とされる。社会行動は、その意味合いから順位制や縄張りなどいくつかに分けることができ、社会的に複雑な群れを作る種は様々な社会行動をすることが分かっている。霊長類をはじめ多くの動物において社会行動に関する膨大な量の研究が行われてきた。これにより、それぞれの社会の構造や機能が解明されてきた。しかし、進化の過程でいかにして社会が誕生して社会行動が獲得されるのかについての議論は、いまだ確証がないため推測の域を出ない。すでに明確な社会が確立されている種を対象にしていては、社会行動の獲得のための条件を解明することは不可能である。なぜなら、それぞれの動物に特有な社会行動は、長い時間の中で進化した形質であることから、その形成過程を現在では観察することができないからである。3500種以上いるヘビ類は、一般的に全て単独性で集団を形成しない。また多くの有性生殖の動物と同様に繁殖に関する個体間相互作用は存在するが、それ以外の行動においてはほとんど確認されていない。これらのことから、ヘビは一般的に社会性が非常に低いとされてきた。しかし、沖縄島に生息するアカマタという 夜行性のヘビにおいて、ウミガメ卵を採餌する時に限って、社会的な行動をすることを発見した。ヘビがウミガメ卵を餌にすることは非常に珍しく、世界でも本種を含めた2種のみが頻繁に採餌する。本来は社会をもたないヘビが、特定の条件下において社会行動をするようになるメカニズムを解明することができれば、動物の社会の芽生えに必要な条件を探る一助になる。
著者
堤田 泰成
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

本研究の課題は、ショーペンハウアーの哲学、特にその救済思想(「意志の否定」論)を中世キリスト教思想の受容と展開という点から明らかにすることにある。最終年度にあたる本年度は、昨年度の研究成果を踏まえつつ、当初の年次計画通り(2) 普遍と特殊、(3) 自由意志と恩恵、というテーマから研究課題を遂行した。(2)について、ショーペンハウアーが中世スコラ学の「個体化の原理」というタームを用いて現象界の数多性を説明している点に着目し、「一者」としての意志(普遍)とその現象である個体(特殊)の問題を、トマスやスアレス、ロック、ライプニッツの個体論なども参照しながら検討した。これにより、中世スコラ学からスアレス、近世哲学を経由してショーペンハウアーへと至る「個体化の原理」の哲学・思想史的系譜を文献的な裏付けをもって解明することができた。(3)について、ショーペンハウアーの「意志の否定」論とキリスト教の恩恵論との関係性を、エゴイズム(我意)の放棄という共通項から考察することを試みた。昨年度の研究成果からショーペンハウアーの「意志の否定」論とキリスト教の神秘主義、聖人論との間に予想以上に深い関連があることが判明したため、彼が「意志の否定」の体現者と見なしているアッシジの聖フランチェスコを考察の対象とした。ショーペンハウアーの所蔵していた『聖ボナヴェントゥラによる聖フランチェスコ伝』(ビヒャルト編、1847年)の書き込みの検討を行い、彼がフランチェスコのうちに清貧・禁欲・同情という「意志の否定」において重要とされる三つの要素を見出していたこと、またフランチェスコの人間と自然への歓びに溢れた生活のうちに本来的な自己を実現・現実化する積極的な生(人生)の肯定のあり方を見出していたことなどを確認した。
著者
小田 淳一 OEHLER Susan Elizabeth
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は大西洋黒人コミュニティー内の文化的つながりにおいて,アフリカ系アメリカ人の伝統(本研究においてはブルースという音楽ジャンル)の歴史=地理的な位置づけを民族誌によって試みることである。民族誌は文化活動をそのコンテクストにおいて探求する一つの方法であることから,アフリカ系アメリカ人のブルース伝統をアフリカの人々との関連において文脈化する有用なツールであると共に,アメリカ,アフリカ両大陸にまたがる音楽所産の理解に寄与するものでもある。具体的には,西アフリカのガーナ南東部エヴェ族の葬祭礼における歌唱の文脈化とアフリカ系アメリカ人によるブルースとの文化的共鳴,つまり「フィーリングで」表演を行うことが,エヴェ族の伝統的な葬祭礼の歌い手たちの間で広く共有されているかどうかを探るために現地において約一ヶ月の参与調査を行った。事前にエヴェ族の社会や伝統芸術,また西アフリカ全般の伝統的表演芸術についての文献資料を収集・検討した後,ガーナ・ラゴン大学アフリカ音楽舞踊国際センター(ICAMD)のサポートにより,幾つかの演奏集団の表演を調査した。取材した映像資料や音楽資料,またインタヴュー記録などのコピーはICAMDの要請によって同センターのアーカイヴに所蔵され,現地における研究資料としても活用される予定である。参与調査の結果,ブルースとエヴェ族葬祭礼歌唱との間の共鳴にとって,「フィーリング」概念が文化的源泉として捉えられるという結論が得られた。また,より実体的な事例としては,表演グループの統率者の役割が表演全体を通して特徴的であるということが付加され得る。なお,これらの参与調査の報告に関して11月に広島市立大学国際学部にて招待講演を行った。
著者
孫 惠貞
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

「文学における声」をテーマとする本研究は、ドイツ在住のバイリンガル作家・多和田葉子を中心に、既存の「国」や「言語」によって分類されてきた「文学」から、そのような「線引き」では定められない「間」に存在する「文学」がいかに人間の本質に向き合っているのかに着目し、その特徴として現れる「身体性」とりわけ「声」に注目している。具体的には、執筆だけにとどまらず「朗読」というパフォーマンスを通じて世界各地を回りながら「文学」の垣根を取り払う多和田葉子の文学活動における「声」を主な題材とすることで、文学における「声」の意味を見出だし、その行く先を見据える「朗読研究」である。これまでの先行研究が少ない分野であり、また文学研究において「文字」によるものだけでない「音」特に、一過性のパフォーマンスは資料が探しにくく扱いにくいため乏しいのが現状である。DC2の2年目である29年度は、28年度に引き続きフィールドワークに資料の収集、その資料の整理と分析を行う作業を進めると同時に、国内外学会で発表、そして大学でのゲスト講義などを通じて、本研究の位置付けを試みた。<フィールドワーク>1)ドイツのドレスデン(ドイツ衛生博物館のイベント記録撮影)、カールスルーエ(カールスルーエ音楽大学で朗読の記録撮影)、ベルリン(ベルリン日独センターにて朗読イベントの記録撮影)、ポーランドのポズナン(Festiwal Poznan Poetow取材及び撮影):2017.5.9-25 2)多和田葉子が芸術監督を務めるドイツのケルンで行われた世界文学フェスティバル「POETICA」に参加:2018.1.19-29<ゲスト講義> 立教大学「世界文学論」の文学部学部生およそ70人に向け、これまでフィールドワークで製作収集した映像や写真などを交え講義を行った。(2017年12月15日(15:00-16:30)立教大学池袋キャンパス)
著者
兼村 晋哉 BRAATHEN JOHANNES ALF
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-10-12

本研究では拡張ヒッグス模型で結合定数に対する2ループレベルの精密計算等を行う事により、将来実験を用いて電弱対称性破れの機構を解明するとともに標準理論を超えた新物理を探求する。ヒッグス粒子は発見されたが対称性の破れの根幹のヒッグスポテンシャルは未検証である。その構造と性質は新物理と密接に関連する。例えば電弱バリオン数生成シナリオでは強い一次的相転移が要求される為拡張ヒッグス模型が必要になるが、一次相転移が実現する場合には数10%の1ループ補正がヒッグス自己結合(3点結合)に現れるので、将来加速器で検証できると期待される。本研究は世界で初めて拡張ヒッグス模型の3点結合を2ループで計算する。重力波による1次相転移の検証可能性等も研究し、多角的にヒッグスポテンシャルに迫るタイムリーで重要な研究である。ニュートリノ質量や暗黒物質を同時説明する新模型を各種実験により絞り込む研究も行う。2020年度は、新しく古典的スケール不変性を持つ拡張スカラー模型(NスカラーCSI模型とヒッグス2重項が2個含まれるCSIモデル)を研究を修士課程2年生の下田誠氏との3人の共同研究として実施した。2015年に受け入れ研究者が研究したC S Iモデルに関する1ループ計算の研究を精査し、ついで2ループレベルの摂動計算に進んだ。古典的スケール不変性に基づく理論では、自己結合に対する1ループ補正は模型の詳細によらず66%程度の補正となることが知られていたが、我々の今回の研究によって、2ループレベルの補正によって模型の詳細によるユニバーサリティからのずれが発生し、そのずれが20-30%になることを示した。成果は論文として出版し、世界各地で開催された国際会議やセミナー等で多数の研究発表をおこなった。
著者
山中 玲子 MCGAUGHEY-SLANE HANNA
出版者
法政大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2021-09-28

This project's goal is a digital text corpus of Zeami's critical writings, with a focus on his first and most famous text Fushikaden, and their analysis using computational methods. The corpus will include not only transcriptions of historical manuscripts to digitally model their genealogy but also Yoshida Togo's first print publication and Nose Asaji's first annotated edition for an analysis of Zeami's modern reception. A critical evaluation of the results achieved during this fellowship will inform further consideration for building a digital scholarly edition of Fushikaden.
著者
高嶋 由布子
出版者
東京学芸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本年度は、前年度にまとめきれなかった論文執筆に取り組み、認知言語学の範囲でできる研究をまとめた。日本の手話研究は、先行研究が乏しく、手法も確立しておらず、手話話者と研究者の関係も乏しい状態であったことから、海外で先行している研究をまとめ、啓蒙的な論文を書くことが重大なミッションの1つであることが徐々に明らかとなり今年度はこれに取り組んだ。認知言語学の観点からの手話研究のレビューとして、『認知言語学大事典』に「手話と認知言語学」という項目を執筆した。また、手話言語の社会言語学的な状況と言語記述の必要を示した論文を、国立国語研究所論集に「危機言語としての日本手話」として出版した。さらに昨今のろう・難聴児を取り巻く急速な政策の展開を踏まえ、言語政策誌に「人工内耳時代の言語権―ろう・難聴児の言語剥奪を防ぐには」という共著論文を出版した。これらは日本手話が社会とどのように関わっているか、そして研究や手話話者への支援が、国外の状況・研究成果を踏まえたうえでどのように解釈できるかについて論じたものである。手話研究の分野はアメリカが先行しているが、アメリカでも著名な研究者が来日する機会があったので、国際的な研究業界の状況とその基礎についての講演会・ワークショップをコーディネートして、手話研究の重要性とその具体的な内容について、手話通訳をつけたうえで、手話話者と研究者に国立国語研究所と国立民族学博物館で開催した。フィールドへの還元を確保する一方、国際認知言語学会での発表や手話言語学最大の国際学会であるTISLRでの発表を行い、国際的な手話研究の土俵に日本手話のデータを上げることができた。前者は因果推論の構文の分析で、後者は語彙の構音的なネットワークを否定とメタファーの観点からまとめたものであり、どちらも認知言語学というフレームワークが手話研究でどのように生かせるかを示すものとなった。
著者
荒堀 みのり
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

本研究課題の目的は、単独性でありながら特殊な家畜化を経てヒトの伴侶動物となったネコを対象とし、その行動や遺伝子から、ネコとヒトの関係およびネコとネコの関係がどのようなものであるかを検討することであった。本年度では、研究1として、ヒトが視覚的に示す問題解決法にネコが追従するかを、2つの課題を用いて検討した。両課題とも、ネコがヒトに追従するという結果は得られなかったが、ヒトの存在によってネコのモチベーションが上昇した可能性を示唆した。しかしながら、半透明の装置を用いたため、抑制制御の必要性がネコの追従を阻害した可能性が考えられた。研究2では、集団で暮らすネコを対象として、ネコカフェで飼育されている3集団のネコの社会的インタラクション(親和的行動・攻撃行動)を観察し、毛中コルチゾール濃度を測定した。ネコ同士では嗅覚を用いたインタラクションが多く観察され、本研究で対象としたネコカフェでは攻撃行動はほとんど見られなかった。また、個体ごとに親和的行動を行う回数や受ける回数は異なっていたが、この2つの値の合計と、毛中コルチゾール濃度(長期ストレスレベル)は正の相関を示した。野生動物の社会においてコルチゾールレベルは個体の優位性と関係があるとされており、ネコ集団でもこのような社会システムが成立しているか検討していく必要がある。以上の研究はそれぞれ国内学会で発表された。今後は、様々な指標を用いることや、ネコの祖先種との比較も視野に入れながら、ネコがなぜヒトのペットになるに至ったのかを解明する予定である。
著者
原田 一貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

小腸内分泌L細胞(以下、L細胞)は、消化管内の栄養素、腸内細菌代謝産物、血液中のホルモン、神経伝達物質などを感知し、グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)を分泌する。GLP-1は膵β細胞からのインスリン分泌を促進するほか、摂食行動を抑制するため、内在的なGLP-1分泌能を改善することで糖尿病などの代謝疾患治療に結びつくことが期待されている。アルギニンバソプレシン(arginine vasopressin: AVP)は、腎臓からの水の再吸収に加えて社会行動や血糖値制御にも関与するホルモンである。申請者はAVPがGLP-1分泌を制御し血糖値調節に関与している可能性を提唱し、AVPおよびAVP受容体によるGLP-1分泌調節機構、およびその破綻が生体に及ぼす影響の解明を目的とした。まず、マウスL細胞由来細胞株GLUTag細胞にAVPを投与し、ELISA法によりGLP-1分泌量を測定したところ、細胞内Ca2+濃度およびGLP-1開口分泌回数の上昇を引き起こす濃度で分泌量が有意に上昇した。ここから、AVPによりGLP-1分泌が促進されることが確かめられた。次に、3種のAVP受容体遺伝子欠損マウス(V1aR-/-、V1bR-/-、V1a・V1bR-/-マウス)を用い、安静時および摂食時の血中GLP-1濃度を測定した。摂食条件としてグルコースやアミノ酸などの栄養成分を経口投与したが、マウスでは経口投与によるGLP-1分泌促進効果が低く、分泌能をより正確に解析できるようにするため、小腸への直接注射による投与方法を確立している。また、細胞内の代謝を制御する分子であるATP濃度変化を可視化できる蛍光タンパク質センサーMaLionを開発したほか、グルコース可視化センサーGreen Glifonの開発にも成功した。
著者
三船 恒裕
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は昨年度に引き続き、外集団への攻撃性が生じうるかを検討する実験を行った。昨年度はコスト祖を支払った攻撃性を測定する経済ゲームとして新たに先制攻撃ゲームを開発したが、そもそもの攻撃率が低いという問題があった。そこで今年度はまず、ゲームの内容を改善し、さらにゲームでの攻撃行動が防衛のための攻撃であることを示すための実験を行った。具体的には以下の通りである。参加者は二人一組で1500円を元手としてゲームを行い、一方が攻撃のボタンを押すとボタンを押したほうが100円を支払い、押されたほうは1000円を失うこととなった。両者がボタンを押しても結果は早押しで決まり、後から押した場合は自分・相手に対して何の影響もなかった。実験では二人一組の双方がボタンを押せる双方向条件と、一方だけがボタンを押す権利があり、もう一方はボタンを押せない一方向条件を参加者間で配置した。先制攻撃ゲームにおけるボタン押し行動が「相手がボタンを押すかもしれない」という恐怖に基づくものであれば一方向条件ではボタンを押し行動が生じないと予測されるが、実験の結果はこの予測を支持した。双方向条件での攻撃率は50%であったが、一方向条件では4%であった。双方向条件においてかなりの攻撃率が観察されたため、次の実験ではこの攻撃率が内集団相手と外集団相手で異なるのかを確かめる実験を行った。132人を実験参加者とし、最小条件集団を用いて相手の所属集団を操作した結果、攻撃率は相手が内集団の場合は約29%、外集団の場合は約32%であり、統計的な有意差は見られなかった。つまり、昨年度実施したゲームを改良し、攻撃率が高まるようにしても、昨年度の結果と同様に外集団に対して特に攻撃的になるという現象は観察されなかった。これは「ヒトには外集団に対する攻撃性が身についている」と主張する共進化モデルの予測とは明確に反する結果である。
著者
尾鼻 崇
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、映像に付随する音楽に焦点をあて、それを音楽学的見地から考察するものである。本年度は「映画音楽」の成立に大きく貢献した作曲家としてマックス・スタイナー(Max Steiner 1888-1971)を取り上げ、彼のスタイルの確立と変遷を明らかにした。「映画音楽の父」と呼ばれるようにスタイナーは1930年代に台頭しつつあったハリウッド映画において「映画音楽」を変容させ、大衆藝術としての新しい音楽ジャンルを確立した作曲家である。だが、同時に彼にはグスタフ・マーラーより本格的な西洋芸術音楽の教育を受けていた音楽的背景がある。ここからスタイナーの活動には通常、分断されて考察されがちな「正統な」芸術音楽と大衆藝術とを結ぶ方法論があることが考えられる。それを明らかにするために、スタイナーの代表作である『キングコング』(1933)、『男の敵』(1935)、『風とともに去りぬ』(1939)を取り上げ、(1).スタイナーが用いた西洋藝術音楽の技法、(2).スタイナーの作風の確立と変遷、(3).「映画音楽」と西洋藝術音楽の相違の三点を考察した。以上の成果は博士論文「映画音楽の誕生と変遷」として立命館大学に提出済みである。他方では、GCOE「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ」の一貫として、人文科学としての「映画音楽」研究の成果を基盤とし、テレビゲームとそのサウンドについての研究を行った。本年度は、立命館大学アート・リサーチセンターにおいて実験的に「テレビゲームの映像」と「コントローラーボタン操作情報」を収録し、デジタル・アーカイヴ化の方法論の構築した。
著者
柴田 芳成 FITTLER ARON
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-10-11

本研究では、日本の古典和歌と関連する特徴的な修辞法の中から序詞と本歌取りと引歌をとりあげて、比較文学的なアプローチと翻訳研究のアプローチから検討、考察する。前者においては、日本の和歌と西洋詩という、文化的や言語的な背景を異にする文学の間に共通性を探求することが中心となる。また、後者においては、対象とする上代から中世までの和歌作品(引歌の場合はそれを多く使用した散文作品)の欧文訳の実態を明らかにし、比較文学的な研究の成果も参考にして、翻訳の改善を試みることが中心となる。