著者
鮫島 和行
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.173-178, 2019 (Released:2020-08-01)
参考文献数
21

ヒトが他者を認知し,他者と協力や協調する能力の高さは他の動物にくらべて特異的に発達した社会的知性を持ってい ることを示している.これまで,ヒト同士の社会的行動は社会心理学や社会神経科学などの分野で研究されてきた.一方で, ヒトと協力しながら生き残っている動物もいる.イヌやウマなどの動物は,ヒトとともにヒトに役に立つ使役動物として利用 されてきたばかりではなく,ヒトと絆を形成する伴侶動物として家畜化されてきた.本稿では,相互にかわされる非言語での コミュニケーションに用いられる社会的シグナルの役割を,ヒトと動物との間において検討した研究を紹介し,社会的シグナ ルによって他者に影響し,他者から影響をうける自己との関係性の計算論的モデルに関して考察する.
著者
田中 由浩 佐野 明人
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.47-52, 2014 (Released:2016-04-16)
参考文献数
38
被引用文献数
1

触覚は,体表全体に備わっているが,特に手が果たす役割は大きい.人は触れることで,対象の形状や質感を知覚することができる.また,滑りの予知など巧みな操作に不可欠な知覚もある.触知覚は,対象と皮膚との力学的相互作用による皮膚の変形や熱の移動を機械受容器が取得することで行われている.皮膚は,機械受容器にとって一種の力学的フィルタであり,人の手や指,皮膚の構造には,触知覚のための巧妙な力学的メカニズムが仕組まれている.多くの触知覚メカニズムがまだ未解明で断片的ではあるが,本稿では,機械受容器に有益な触覚増強をもたらす皮膚構造や知覚対象に適切な指や手の構造について概観し,触覚の観点から人工の手を考察する.
著者
田中 由浩
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.21-26, 2017 (Released:2018-02-01)
参考文献数
34

振動は触覚において様々な感覚に関わり極めて重要な情報である.我々の触覚は,対象と皮膚との力学的相互作用により皮膚で発生した変形や振動,熱の変化に基づく.また,触覚の受容と運動の間には双方向の関係がある.したがって,触覚には皮膚の力学的特性や運動特性が大きく関与する.本稿では,これらの観点のもと,振動と触覚との関係を,皮膚特性,触知覚,運動特性から,概観したい.皮膚特性では皮膚で生じる振動の周波数特性や,指紋や皮下組織の構造と振動との関係を,触知覚では粗さの感覚と振動との関係を,運動特性では個人差や粗さ知覚における運動調整を主に紹介する.
著者
荻原 直道 工内 毅郎 中務 真人
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム (ISSN:13487116)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.35-44, 2006 (Released:2017-02-15)
参考文献数
30

ヒトの精密把握能力の形態的基盤の進化を明らかにするためには, ヒトと最も近縁なチンパンジー手部構造の形態と機能の関係を理解することが不可欠である. このためCT および屍体解剖により取得した形態学的情報を元に, チンパンジーの手部筋骨格系の数理モデルを構築した. 本モデルを用いてチンパンジーの形態に規定される精密把握能力を生体力学的に推定し, ヒトの手と比較した結果, 特に第1背側骨間筋の付着位置の違いが, ヒトに特徴的な優れた把握能力に大きく寄与していることが示唆された.
著者
関 喜一
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.71-74, 2001-05-01 (Released:2016-11-01)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

本稿では,視覚障害者のためのVR技術について,晴眼着用VRとの違いについて述べ,次に聴覚と触覚に情報を提示する形式にわけてその原理と応用例を紹介した.聴覚VRについては,頭部伝達関数を用いた音響VRの原理と,視覚障害児教育への応用例,及び視覚障害者歩行補助への応用例を紹介し,続いて視覚障害者の障害物知覚について説明し,その訓練を行うための音響VR技術の例を紹介した.また,過去に行われた歩行補助装置の研究についても概説した.触覚VRについては,数少ない研究事例の中から,ピンディスプレイを用いた視覚障害者用3次元触覚情報提示装置の研究を紹介した.
著者
伊藤 慎一郎
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.203-206, 2010 (Released:2016-04-15)
参考文献数
1

水棲生物を系統樹から形態学的に分類すると彼らの遊泳運動メカニズムが大まかに分類できてくる.さらに生活形態を見ると運動形態が自ずと定まってくる.彼らの運動メカニズムは大きく揚力推進メカニズムと抗力推進メカニズムとに二分できる.前者は恒常的に遊泳するもの,後者は逆に常日頃は不活発であるが,非常時には瞬発力を発揮できるものである.生活形態が中心となって,自然淘汰によって生活に関わるエネルギーが最小になるように運動モードが決定しているようである.本解説ではそれぞれのメカニズムを述べると共に,さらに分類できるものは具体例を挙げて詳細な運動メカニズムを述べている.
著者
住谷 昌彦
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.93-100, 2015 (Released:2016-04-15)
参考文献数
49

四肢切断後に現れる幻肢痛をはじめとする神経障害性疼痛の発症には末梢神経系と脊髄での神経系の異常興奮とその可塑性に加え,大脳を中心とした中枢神経系の可塑性が関与していることが最近の脳機能画像研究から確立しつつある.幻肢の随意運動の中枢神経系における制御機構をもとに,我々が行っている鏡を用いて幻肢の随意運動を獲得させることによる臨床治療(鏡療法)についてその有効性と限界,そして今後の幻肢痛および神経障害性疼痛に対する新規神経リハビリテーション治療の可能性について概説する.
著者
谷島 一嘉
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.10-13, 2001

建設中の国際宇宙ステーションから2014年ごろの火星有人飛行において,長期無重力暴露に起因する循環や骨筋肉系の退化,カルシウム喪失が大きな問題になる.現在の対策ではなお十分でなく,人工重力のみがこれらを網羅できる対策であると,19世紀から考えられているものの,地上での実験と有効性の検証が遅れている.人工重力研究の国際的WGは1990年頃始まったが,我々は将来の重要性を見越して当初から独自の小型短腕遠心機を開発して研究を続けていた.無重力暴露のの地上模擬実験である6度ヘッドダウン臥床を4日間行い,世界で研究者が抑えきれなかったヘマトクリット値の上昇を,毎日+2Gz-60分の遠心負荷をかけて,初めて抑えることが出来た.遠心負荷の有効性を改めて示し,宇宙で試されるべき人工重力の一つの有力なパラメータを提供した.
著者
田村 博
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.112-116, 2004-08-01
被引用文献数
6

キーボードは書字下手な人々の悩みを解消した.そしてケータイは,移動中でも,ベットの中でも時や場所を選ばずに使える入力法を約束している.機械に合わせて人を訓練するのでなく,人に合わせた入力法の開発が格段の普及を促進するものと期待される.書字動作,キー入力,ケータイ入力に共通する人の特性についてのべ,最近の実験結果を含めて解説する.
著者
前川 喜平
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.74-82, 2008 (Released:2010-12-06)
参考文献数
41
被引用文献数
2

人間の高次脳機能は知能だけではないので,総称して知性と呼ぶ.認知心理学によると知性は1つではなく多数の並列した多重構造,機能的単位構造(モジュール)より構成されている.モジュールは階層性で,これらを統合する中枢処理系の存在が予想されている.さらに認知脳科学の進歩により認知心理学で想定されていたモジュールが,生物学的実態(脳構造)として実際に存在することが,これらの知性をスーパーバイズする前頭連合野の機能と共に解明されている.発達神経学,認知心理学,認知脳科学の知識を基にして高次機能の発達についてまとめた.
著者
廣川 俊二 福永 道彦
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム (ISSN:13487116)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.15-26, 2014 (Released:2017-02-15)
参考文献数
13
被引用文献数
1 1

和式生活では様々な座位動作が行われるが, これらの動作時の下肢関節のキネマティクスを体系的に計測した研究例は少ない. 本研究では, 健常成人男子10名, 同女子10名を対象に, 三次元磁気式位置計測センサーを用いて, 正座を初め, 様々な座位動作中の股関節と膝関節の屈曲角の時間変化を計測し, 各動作中の関節角の時間変化パターンの特徴や, 最大屈曲角, 股関節と膝関節の屈曲角変化の相関関係などを求めた. その結果, 股関節の最大屈曲角は立位靴下着脱での157.5±20.4°, 膝関節のそれは上肢の介助なし, 片脚から踏み出して正座を行う際の157.1±10.0°であること, 座位状態よりも座位動作や起立動作の過程で最大屈曲角を示す動作が多いこと, 股関節と膝関節の屈曲角変化には強い相関性が認められることなどの点を明らかにした.
著者
中島 義博 前田 貴司 今石 喜成 岩佐 聖彦 原野 裕司 荻野 美佐 志波 直人 山中 健輔 松尾 重明 田川 善彦
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム (ISSN:13487116)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.235-242, 2000-06-15 (Released:2016-12-05)
参考文献数
10

Purpose Exercise of patients was carried out to maintain and improve their body functions. The load on the hip joint during exercise was analyzed using the integrated EMG and force measurement of agonist and antagonist muscles. Method Experiment 1: The relationship between the integrated EMG and the muscle force of hip abduction was examined to identify their linearity up to 100% MVC using a Cybex 6000. Twelve lower extremities of six healthy males were used. Experiment 2: The load on the hip joint was estimated through this experiment, using twenty lower extremities of ten healthy males. Exercises such as straight leg raising (SLR), hip abduction, and knee extension were performed. The integrated EMG at 100% MVC and the muscle force of agonist and antagonist were measured. Then the integrated EMGs of agonist and antagonist were measured to determine the muscle force in proportion to the force at 100% MVC. Mathematical models were used to analyze the load on the hip joint in each exercise. Results Experiment 1: The integrated EMG and the muscle force of the hip abduction showed a strong linearity up to 100% MVC. Experiment 2: In SLR, the resultant force on the hip joint was 908 N and 1.4 times body weight at 10 degrees hip flexion. It was 765 N and 1.2 times body weight at 20 degrees, and 657 N and equal to body weight at 30 degrees. In hip abduction in the lateral position, it was 1.8 times body weight at 10 degrees hip abduction, and it decreased with increasing hip abduction. In knee extension with sitting, it was 127 N and 0.2 times body weight at a 60-degree knee flexion angle, and it increased gradually with knee extension. Conclusion The analyzed values showed good agreement with those from sensorized prostheses. The proposed method in this study was considered appropriate for evaluating the load on the hip joint during exercise. In SLR, the load was 1.4 times body weight, which was unexpected. Our approach will be applicable to other exercises in a rehabilitation protocol.
著者
榊原 時生 仰木 裕嗣
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.172-179, 2023 (Released:2023-09-08)
参考文献数
20

脳卒中患者による Box and Block Test(BBT)中の手先軌道を計測し,試行中のブロックを運んでいる期間(運搬相) における躍度を算出した.患者にはこれを一定の期間をおいた後,再度実施してもらう同様の計測を行った.ピンチ地点とリ リース地点の局面について躍度最小モデルによって推定したもっとも滑らかといえる躍度変化と,実測に計測された軌道から 算出した実測躍度との類似度を動的時間伸縮法により算出し,それを滑らかさの指標(mDtwq)とした.結果,BBT における 手先の移動軌跡の mDtwq は,回復過程において減少した.また,被験者間の mDtwq の分散の等価性についても有意差が認め られ,そのばらつきも減少したことから,手先の移動軌跡はより滑らかに変化していくことが示された.
著者
小池 関也
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.221-226, 2013 (Released:2016-04-15)
参考文献数
13

スポーツ動作は,身体各筋の筋張力により生じる関節トルクを主な動力源として発現される高速・高加速な多体系の運動であり,この運動は,多体系としての身体の運動方程式によって支配されている.そこで本稿では,この運動方程式が有する関節トルク入力と身体動作出力との因果関係を利用して,運動の生成に対する,関節トルクの項,重力の項,そして遠心力・コリオリ力からなる運動依存の項などの貢献を定量化する手法について説明するとともに,これら各項の貢献が種目によって大きく異なることを示す.このような定量化は,一見すると複雑な身体運動生成のしくみを簡明に表すこと,そしてパフォーマンス向上に対する力学的な要因を抽出することなどを可能とし,運動のコツを説明することに繋がる.
著者
鍛冶 美幸
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.66-70, 2006 (Released:2008-01-18)
参考文献数
17
被引用文献数
1

宗教儀式や祭事における巫女の舞,集落での集団の踊りなど,“踊り”は古来より人々の生活のなかにあり,人々の心をつなげ,神と通じる重要な活動であった.近代に入り身体と精神を分析的に区別してとらえる視点が広く定着し,精神生活と“踊り”は徐々に切り離されていく傾向があったが,昨今あらためて身体と精神の不可分性を唱え両者の統合を重視する視点が注目されている.本稿で紹介するダンス/ムーブメント・セラピーは,ダンスや動作を用いて統合体としての心身の機能回復・向上を目指す心理療法である.身体活動を通じた直接的な自己表現や心理的体験,人とのふれあいによってぬくもりを体感する機会が乏しくなっている現代において,“踊り”によってもたらされる交流と,芸術的で象徴的な表現/体験の機会の獲得は再び重要な心理社会的役割を担う可能性をもつのであると考えられる.
著者
坂巻 哲也
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.181-186, 2014 (Released:2016-04-16)
参考文献数
30
被引用文献数
2 2

ヒトにもっとも近縁な現生類人猿は,チンパンジーとボノボである.ヒトの直立二足歩行の進化を考えるとき,近縁な現生種の生態を知ることは,ヒトの二足歩行がはじまった起源と,その後に洗練される過程に働いた選択圧を考えるために重要である.この解説では,チンパンジーに比べ研究が遅れているボノボにおもな焦点を当て,両者の生態とロコモーションについて概観する.両者の社会と食物はよく似ている.二足姿勢はボノボの方がきれいに見えるが,これは幼形保有の副産物だろう.ボノボの湿潤林や水辺の利用,より乾燥した地域のボノボの生態は,今後の研究課題である.野生ボノボで観察される二足姿勢とその文脈についての素描も行った.
著者
名倉 武雄 山崎 信寿
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.159-162, 2000-08-01 (Released:2016-11-01)
参考文献数
16
被引用文献数
5 2

MR画像より得た大腰筋の3次不幾何学モデルおよび有限要素モデルにより,大腰筋の腰椎・骨盤・股関節に対する作用を検討した.大腰筋は腰椎においては大きな圧縮力と側屈のモーメントを発生し,骨盤に対しては筋方向が変化することで後方圧迫力を生じていた.また股関節では屈曲のモーメントが優位であった.腰椎の有限要素モデルによる解析では,大腰筋によって生じる圧縮力が,腰椎の支持性を増加する作用があることが認められた.以上の結果より,大腰筋は腰椎・骨盤を安定化し,かつ股関節を屈曲する作用を有し,ヒトの直立2足歩行に適した形態・機能をもつと考えられる.